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――孤独な王の夢を見た。
朝、目を覚ます。
しらじらとした光が、障子越しにやわらかに射し込んでいる。
それなのに気分は最悪。
夢の断片が、浮かんでは消える。
嫌な夢だった。それを振り払うように、頭を軽く振る。
俺は上半身を起こすと、隣の部屋を眺めた。襖は開け放たれ、部屋を一望に出来る。
そこに、金色の髪をした少女はいない。
夢で見た少女は、ここには存在しないのだ。
手に残るアゾット剣の感触。
俺はその剣で、少女の体を……
もう一度、頭を振った。
聖杯戦争から一年以上、過ぎている。自分の下した決断を後悔するなんて、まだまだ未熟ということか。
声を出して背伸びをする。遠坂たちが苦労して用意した作り物の体は、以前と変わりなく、伸びやかに動いた。魔力の通りが幾分ぎこちないが、それはさしたるコトではない。
俺は夢の残滓をひっぺがし、目だけ動かして時計を眺める。
「え……」
思わず漏れた間抜けな声。
すでに、九時を回ってる。ちょっと寝坊したっていうレベルじゃない。今日に限って、どうしたんだろう? 多少、寝過ごした気はしていたが、これはひどすぎる。
もう、それからは早かった。
あわてて着替えをすまし、居間になだれ込む。
「先輩、おはようございます」
桜の声。
台所から居間を覗く桜の姿は、普段と変わりなく……って、そんな場合じゃないだろう。
「ごめん、寝過ごした。学校に急ごう」
藤ねえは、先に学校へ行ったのだろう。ここにはいないし、気配もない。しかし、桜も桜だ。俺を待ってることないし、第一どうして、起こしてくれないんだ?
「どうしたんですか? まだこんなに早いのに」
不思議そうに首を傾げる桜。
そこで、俺は居間の時計を――
「あれ?」
目は時計に釘付けで。
「六時……だよなあ」
「そうですけど」
納得いかなくてテレビをつけ、それから桜を眺めた。
「おかしい……九時じゃない」
「先輩。顔を洗ってきたらどうですか? 寝ぼけてますよ」
桜はクスクスと笑った。
部屋の時計が壊れていたのだろうか。それとも単純に電池がきれたのかだが、どちらにしても、どうやら遅刻はまぬがれたらしい。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
その時。
「おはようございます」
居間に入ってきたのはライダーだった。魔眼殺しの眼鏡をかけたライダーは、いつ見ても途轍もない美人だ。本人は気にしているが、そのスラリと背の高いバランスのとれた姿は、スーパーモデルすらも羨望の目で見つめるに違いない。
「今朝は、二人とも早いのですね」
「おはよう。ライダー、別に早くはないけど」
なんとなく予感がした。
事実、ライダーは時計を見て首を傾げて、しばし考え込んでいる。眼鏡をずらして、再度、確認。そのままスタスタと廊下へ向かった。
確信だけど、顔を洗いにいったのだろう。
俺と桜は、顔を見合わせ苦笑した。
「今日はヘンな日みたい」
と言った桜の言葉が、妙に印象的だった。
いつものように登校する。
一年休学した俺は桜と同じ三年。だからといって何が変わったわけでもなく、平穏な日々を送っている。
当然のように、一成や遠坂は卒業していた。
一成とは休日に顔を合わせているが、遠坂はここにはいない。
卒業と同時に、イギリスへ。魔術協会の本部、倫敦の“時計塔”に旅だっていった。
遠坂のことだから心配はしていない。むしろ、あいつのことだから、なにか突拍子もない出来事に巻き込まれやしないかと、気にはなるのだが。桜にそう話すと、『やっぱり心配なんでしょう』とあきれて答えた。
そんなことを言う桜といえば、弓道部の部長となり大量の一年男子を捕獲して、以前にも増し部活に励んでいる。遠坂の代わりに、冬木市の管理も任され、少しずつだが逞しくなっているようだ。
――それが何より、うれしくて。
桜と共に生きる道を選んだ、その選択が間違っていないのだと、心から感じることが出来た。
多くのものを失い、選び取った小さな幸せは――今、ようやく芽を出そうとしている。
この日の朝を境に、日常の生活が歪む、その時までは。
それからの日常は、どこか違った。
無いものが見えたりするのは、すでに当たり前のコトとなり。それは俺だけでなく、口にこそ出さないがライダーや桜も同様で、幻は確実に俺たちを浸食し、その影響を強めていった。
はじめは些細な出来事も、度重なれば無視できず、俺たちは暗黙の了解で成り行きを窺った。なぜ、そんな受動的な態度をとるかといえば、その異常は俺たちにしか、現れないから。
正確には――魔術師とサーヴァントだけにしか。
その事実に怯える桜。
聖杯戦争でうけた心の傷が、ようやく癒えてきたというのに。遠坂がイギリスへいった今となっては、俺やライダーが叱咤し励まさなければ、桜の精神は脆く崩れるだろう。
いつまでも、傍観を決めこむワケにもいかない。
そんなコトを考えていた矢先に。
俺はセイバーと出会ってしまった。
それはバイト帰りの夜道。
家に向かう俺の前に、気がつくとセイバーは姿を現し、ゆっくりと俺に向かって近寄っていた。
以前と変わらぬ姿。遠坂に貰ったあの服を着て、静かに隙のない歩みで。
凍り付く体。
そのセイバーの瞳に、俺は映っていない。青い瞳は俺を認識すらしていないのだ。
セイバーは、動かない俺の横を通り過ぎ――
「待ってくれっ」
あわてて振り向き手を伸ばす、その先には。
――誰もいなくて。
ただ雲間から覗く月が、辺りをおぼろに照らしているだけだった。
事態は思っていたより深刻そうだ。
次の日曜日、俺と桜は丘の上の協会へ出向いた。
言峰の代わりに派遣された人当たりのいい老神父も、やはり幻に悩まされているらしい。結局、何の解決にもならなかったが、一つだけ確かなコトが判った。それは一般人には被害がないこと。
そのコト自体は救いだが、このままでは俺たちの精神が保たない。
俺たちは協会の扉を閉めると、家に向かった。
無言のまま、桜を連れて歩いていく。
坂を下り、冬木大橋を渡っている途中で、桜がぽつりと呟いた。
「わたしのせいでしょうか」
桜は俺の手をしっかりと握りしめ、元気のない顔で俺を見つめている。
「やっぱり、あの時の影響で……」
「そんなワケないだろう。もう一年以上たってるんだぞ。このコトがあれに――聖杯に関わっているはずがない。桜は気にしすぎだ。遠坂にも何度も言われたろう?」
「でも……だったら、なぜ、こんなコトが……」
桜がつないだ手に、強く手に力をこめる。
「わたし、昨日、兄さんの幻を見ちゃったんです……」
「慎二の幻?」
俺はハッとして桜を見た。それがどんなに桜にとって衝撃だったか、考えるまでもなく。
「他にも、いないはずの人、見たりして……」
「そうか――桜も見たんだ」
桜が驚いたように顔を上げ。
「俺もセイバーが歩いているのを見たんだ。対策を考えないと」
呟いた俺の目に、崩壊した深山町の幻影が、一瞬だけ見えたような気がした。
「あら、お帰り」
居間に、ここにはあり得ない人物が。
いや、それは少し前までは当たり前のように家にやって来て、あれこれと世話をしてくれたのだが――
「まただ。桜、ついに遠坂の幻も見えるよ」
「……そうですね。それに幻聴も」
「ああ、そうだな。ついに幻聴まで……」
遠坂が不機嫌な顔をした。
凄い。
今度の幻は、リアルに反応を返してくるぞ。
「先輩、わたしすごく嫌な予感がします」
「うん。俺もそう思う。ちょっと、まずいな」
こんなリアルな幻が、しょっちゅう現れるようだと、現実を見失うに決まっている。
「あの……わたし、お茶をいれてきます」
桜はよほどショックだったのか、慌てて台所へ向かった。慎二に続き、実の姉の幻影まで見たのだ。気持ちは判らなくもない。
「衛宮くん、そんな所に突っ立てないで座ったら?」
遠坂、幻とはいえリアルすぎる……その邪悪な笑みは、以前の二割り増しだし。更にあの特徴的だったツインテールを止めて、髪を下ろしたその姿は――
「遠坂のヤツ、こんなに綺麗だったのか?」
ぼっと遠坂凛の顔が赤くなり――
「いい加減に、気付きなさいよ! この馬鹿っ!」
遠坂は立ち上がるなり、バシッと俺の頭をはたき倒した。
「姉さんも悪いですよ。玄関の靴、隠してたなんて」
「ちょっと驚かしてやろうと思ったの。見事、期待に応えてくれたわ」
お茶請けに出した煎餅を、バリバリとむさぼる遠坂凛。前言撤回。全然変わってない、コイツは。
ほら、半眼でなにやら言いたそうに俺を見ているし。
「あら、不満そうね。衛宮くん」
「何でもないよ。まったく、遠坂も全然変わらないな」
「あったりまえよ。十年や二十年もたったわけじゃあるまいし。二ヶ月ぐらいで、そうコロコロと変わったら大変だわ」
そんな風に息巻く彼女は、暗闇に射し込む眩しい光のよう――
「まあ、あんた達も変わらないわね。もう少し、しっかりしてくれると、わたしも助かるんだけど」
容赦ないその言葉は、ほんとに、まったく変わらない、混じり気なしの遠坂凛そのものだった。
「もう、姉さんばかり苦労してるみたい」
「だって本当のことでしょ。わたしがいないと、何も出来ないんだから」
「ひどい。先輩も何とか言って下さいよ」
「ほら、すぐ頼るし。桜、悪いクセよ」
そんな二人のやりとりを聞いて。
「少しは加減してやってくれ」
うれしくて、笑いながらそう答えた。
「へー、まだ笑うだけの余裕はあったんだ。二人とも、どうしていいか判らず、パニックってると思ったんだけど。案外、大物なのかもね」
俺と桜はその言葉に愕然とした。遠坂は呆れながら、そんな俺たちを眺めている。
「姉さん、それはもしかして……」
はああ、なんてわざとらしくため息を吐く遠坂。
「なんだ、やっぱり。二人がどんな幻を見たのか知らないけど……思ったより深刻そうね」
遠坂はそう言って、手を口元にあて何かを考え込む。
「――知ってたんだ。いつからなんだ?」
「倫敦でね。ちょっと小耳に挟んだの」
「倫敦!?」
俺と桜はよほど驚いた顔をしたのだろう。
「実はね、ゼルレッチの爺さんが教えてくれたのよ」
と、遠坂はあわてて付け足した。
――ゼルレッチ。
その名は聞いたことがある。いや、魔術師を名乗るのならば、知らないでは済ませられない。
正確には、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。長くて偉そうな名前の通り、畏れをもって語りつがれている人物。
死徒二十七祖の一人にして、第二魔法を使う魔法使い。俺たち魔術師にとっては、雲の上の存在。
そして、俺が投影した宝石剣を創造し、宝石の称号を持つ爺さん、それがゼルレッチという魔法使いだった。
「……意外だな。どうしてそんな大物が、係わってくるんだ?」
桜も同じように考えたようだ。俺と目を合わせると、遠坂に詰め寄った。
「わたしたちがゼルレッチと係わったのは、聖杯戦争の時でしたよね。姉さんが持っていた宝石剣――」
「そう、“士郎が投影した”宝石剣だけだわ」
なんか今、俺を睨んで言ったぞ。言葉の一部をえらく強調しやがったし。
「まったく何でこんなコトになったのか――とにかく、今この町で起きている幻の正体は、次元の綻びによる、並行世界からの浸食なのよ」
――次元の綻び、並行世界からの浸食。それらの言葉は、頭の中にガンガンと鳴り響き。
「原因は? 原因はやっぱり聖杯戦争なんだ……」
桜が何を言いたいのか、それで判った。それに俺が口を出すよりも早く、遠坂が声を出した。
「だからって桜、アンタのせいじゃないわよ。何でもかんでも、自分のせいにして背負い込むのは、やめなさい」
「あっ……ごめんなさい……」
俯いて、小さな声で謝る桜。それに遠坂は容赦なく言葉を重ねていく。
「謝らなくていい。そんなコト強制してないし、第一、謝るぐらいなら、するコトあるでしょ」
「そ、そうですね。姉さん、手伝えることなら何でも言って下さい」
さすがは姉の貫禄か。
一発で桜を立ち直らせた。
「よし、期待してるわよ。もちろん士郎も手伝ってくれるんでしょ」
「もちろんだ。だけど、次元の綻びなんて何処にあるんだ?」
「アンタね、それ本気で言ってるわけ? 今までの話を聞いてわかるでしょう、普通は」
「そうですね。普通わかりますよね」
桜まで得意顔で頷く始末。
「ったく、鈍いんだから。これじゃあ桜も大変だ」
はい、なんて桜は返事をするし。
「わかった、鈍くても何でもいいから、教えてくれよ」
――連合軍に白旗上げて、降参した。
遠坂はピッと人差し指を上に向け、説明モードに入った。
「今回の事件は、聖杯戦争に端を発するわ。大空洞での戦いで使った宝石剣ゼルレッチにより、次元に微かな綻びが出来てしまった。ただ普通はその程度では、今回のような事件には発展しないハズなの。桜、なぜだか判る?」
「え、えっと、世界による“世界干渉の無効化”、かしら?」
「正解。黄金律を破ることは出来ない。世界そのものが異物を排除しようと、その干渉するモノを無効化してしまうから。だから長期間に渡るような干渉は、自然に矯正されてしまう。空想具現化や固有結界がいい例ね。もちろん、魔法や聖杯なんて例外もあるんだけど」
「だとしたら、今回のコトは……」
「異常な現象だと思う。ゼル爺がわざわざ報せてくるんだもの」
ゼル爺――遠坂、タメ口だ。
桜は突然、そうかと声を上げた。
「それで姉さん、あわてて帰ってきたのね」
あっ、なるほど。
桜の言いたいことが理解できた。つまり、今回の事件は宝石剣を使った遠坂に、発端があるわけだ。
「あの時、姉さんはずいぶん無茶な戦いをしたものね」
「大空洞、壊れたもんな。そうとう、ひどかったんだ」
「はい。それはもう。卑怯なぐらい無制限に、宝石剣を振り回して」
あー、わかる。
その光景が目に映るようだ。
「……二人とも、そのくらいで気が済んだ?」
遠坂の暗い声。
やばっ、眠れる竜――いや、あかいあくまを呼び起こしたかも。
「ふん。だいたい、あの時は桜、アンタだって滅茶苦茶してたんだからね。次から次にヘンな影呼び出して、アレに対抗するのにはああするしかなかったし、それに士郎! あの程度の使い方で次元が歪むようなモノ、投影するんじゃないわよ! アンタは才能があるんだから、もっと真面目に訓練しなさい! そうすれば固有結界だって使えるはずなのに、勿体ないったらないわ!」
があーっと吼えるあかいあくま。
このままでは危険だなと感じた時――
「ただいま戻りました……!」
居間に入ろうとしたライダーが、ザッと廊下に飛び退いた。速い。さすがはサーヴァント。いいタイミングで登場してくれたが、しかし遠坂、ライダーに嫌われてたのか?
「ライダー、どうしたんだ? 遠坂が帰ってるのが、そんなに驚くことなのか」
「い、いえ、少し幻影が見えたものですから、もう大丈夫です。それに士郎、私はリンとはすでに会っています」
ライダーはそう言って、手に持った買い物袋を俺に見せた。ライダーが見た幻影に興味があったが、あえて追求はしない。
「これを仕舞ってきますので」
そういえば今夜の夕飯はライダーの当番だった。遠坂が帰ってきたので、あわてて買い出しにいったのか。
「今日は、豪華そうだな」
「期待して下さい」
控えめな言葉は自信の表れか。物覚えの良いライダーは、ここのとこメキメキと料理の腕を上げている。
「ああ、勿体ないなあ」
遠坂は呆れてため息をついている。
「アンタ達、ライダーの価値ってわかってるの? 魔術協会の連中が知ったら卒倒ものよ」
「まあライダーだって、嫌がってるワケじゃないんだし」
「先輩の言うとおりです。ライダーって家庭的なんですよ。掃除に洗濯、何でも上手にこなすし」
「……それは、桜が呼び出したんだから、アンタに似てるかもしれないけど」
「リン、私は気にしてませんから」
台所から出てきたライダーは、そう言って遠坂の隣にやって来た。以前は、こうやってみんなで食卓を囲むことを遠慮していたが、今は抵抗ないらしい。相変わらず、素早い立ち振る舞いで正座する。
「それで、どうだったの?」
「周りを見回っただけですが、リンの言うとおり、あの辺りは何か異常です。空気が重いというか、澱んでいる」
「そうでしょうね。早いこと決着つけないと、タイヘンなことになるわね」
俺と桜は顔を見合わせた。
どうも話についていけない。
「ちょっと、まってくれ。順番に話してくれないと判らない」
俺の声で、ようやく遠坂とライダーはこちらを意識した。
「そうね。そう言えばさっき、どこまで話した?」
「世界干渉の無効化って辺りです」
「そうそう、そこでアンタらがチャチャいれて――あっ、なんかムカついてきた」
「さっきのことは謝るから、先を続けてくれ」
俺はあわてて頭を下げた。こうでもしないと、話が永久に終わらない。
「いいわよ、そんなことしなくても!」
遠坂はあわてて手を振った。
「もう――続けるわよ。それでゼル爺が言うことには、このまま放っておけば、次元の多重干渉による世界の崩壊がおこるだろう、というんだけど……詳しくはわたしも判らないわ。それに爺さん食えないヤツだから、食い止める方法は、一切教えてくれなかった。ただコレを――渡してくれたわ。餞別だって」
遠坂はバックから一振りの短剣を取り出した。
それは柄の部分に宝石が埋め込まれた、何の変哲もない短剣だった。
「大したものじゃないわ。柄にある宝石に魔力がこめられてるけど、以前、士郎に渡したアゾット剣と同じ程度の威力だと思う」
俺は遠坂から短剣を受け取った。
脳裏に銃の撃鉄を思い浮かべ、次のアクションで、魔力回路のスイッチを入れる。
「――基本骨子、解明」
短剣に魔力を流す。
――なるほど遠坂の言うとおり、これはアゾット剣と似たようなモノだ。埋め込まれた宝石の魔力を開放すれば、それなりの武器になる。
「やっぱりダメ?」
「ダメってことはないさ。武器としては、けっこう使えるよ。まあアゾット剣と違いはないけどさ」
「ほんとにただの餞別なのね。あの爺さん、今度あったら、絶対に文句言ってやるんだから。ちょっとはヒントを教えろっていうの」
たぶん、こんなコト言うのは遠坂だけだと思うぞ。
「……まあ、いいわ。とにかく、何が無効化を妨げているのか。それを、探るのが先ね」
遠坂はライダーに頷きかける。
「実はさっきライダーに、柳洞寺付近の偵察を頼んどいたの」
みんなの目がライダーに集まった。
白く細い指で眼鏡のズレを直しながら、ライダーは話し始めた。
「さきほどリンに説明していたのは、その事です。柳洞寺の周りは体感出来るほどに、異常でした。あの付近なら近いうちに、一般人にも幻影が見え始めるでしょう。それに――崩壊したはずの大空洞が元に戻っている大規模の幻も確認。その存在感は現実の重みを備えつつあるようです」
――大空洞の復活。
その言葉は衝撃だった。
「……とにかく、今夜にでもあの大洞窟の辺りへ、行ってみましょう」
遠坂の言葉に俺たちは頷いた。
「では、私は夕食の準備に」
立ち上がるライダー。
「わたしも手伝うわ」
桜はライダーと連れだって、台所へ向かった。
「はあ、なんか調子狂うなあ」
遠坂は呆れて二人を見送り。
「いいじゃないか。それより言い忘れてたけど――遠坂、お帰り。夕飯まではゆっくりしてくれ」
「ただいま。やっばり、ここは落ち着くわ」
遠坂は笑顔でそう答えた。
俺と桜、それに遠坂とライダーは打ち合わせ通りに、夜の闇へと躍り出た。
行き先は柳洞寺の大空洞跡。
胸中の不安をかき消すように足を運び、まず第一の目的地へとたどり着く。
闇に覆い隠された柳洞寺。そこへ至る石段の下で、俺たちは足を止めた。
辺りは不気味に静まり、時折、湿った風が吹き抜ける。
――空気が重い。
水中に深く潜っているような感覚。いや正確には、泥の中に埋もれているよう。
まるで、俺たちの不安な感情そのままだ。
「これ、思ってたより凄いわね」
遠坂は慎重に呟いた。
「それに気付いた? この感覚すらも幻よ」
「まさか。そんな感じは受けないけど」
「それだけ現実味を帯びている、ということになるのよ」
苛ついたように遠坂が言い放つ。
「桜、アンタやっぱり帰りなさい。ここから先は何があるか判らない。――危険だわ」
俺は隣にいる桜の顔を覗き見た。青白い顔で、何かを思い詰めているふうだ。
それから、桜はゆっくりと頭を振った。
「いいえ、わたしも行きます。聖杯戦争が原因なら――わたしが逃げるわけにはいかない」
「まだ、そんなコトいってるの。確かにアンタが積極的なのは嬉しいけど、それも時と場合によるわよ」
「遠坂いいじゃないか。桜だって覚悟を決めてるんだ。それに何かあれば、俺がカバーするから」
「士郎、アンタだって自分一人を守のに精一杯でしょう?」
遠坂は舌打ちして、黒い衣装で完全武装したライダーに話しかけた。
「桜は頼むから」
「始めからそのつもりです。サクラ、無理はしないで下さい」
「……わかったわ」
「ったく、頑固なんだから。それと士郎はコレを持ってて」
遠坂は取り出した短剣を俺に差し出した。それは柄に宝石の埋め込まれた短剣。宝石の翁の餞別だ。
「コレは遠坂が貰ったモノだろう」
「いいのよ。わたしには倫敦から持ち帰った宝石があるし、士郎が持っていた方が役に立つだろうから」
「わかった」
俺は短剣を受け取り仕舞うと、桜に声をかけた。
「桜は俺かライダーから、離れないようにしてくれ」
返事はなく。
見ると桜は俯き、怯えた顔をしていた。
「桜、大丈夫か? なんなら今からでもライダーに送らせるけど」
はっと顔を上げた桜は。
「し、心配しないで下さい。足手まといにならないように、ちゃんとついて行きますから」
と、あわてて答えた。
俺たちは闇の中、森へと入っていった。
獣道すらない森の中は、歩くごとに困難を極めた。
桜ははぐれないように、後ろから俺のシャツの握りしめている。何度か後ろを振り向き、桜に声をかけながら、先行するライダーと遠坂の後を追う。
ライダーは気をつかっているのか、俺たちの通りやすいところを選んで進んでいるらしい。以前よりも、すんなりと小川に到達した。
俺たちはその小川をさかのぼり、大空洞の入り口へ向かう。
「……この感じ、現実そのものね。昼間も同じだった?」
「いえ、昼間様子を見に来た時には、全体がブレている感じでしたが、更に固定化が進んでいるようです。……これは危険だ」
めずらしくライダーが弱音を吐いた。
――それもそうだろう。
聖杯戦争の時に崩れた岩の入り口が、完全に復活していたのだから。手で触るその感触は、紛れもなく本物の、冷たい岩肌そのものだった。
「これ、中に入って出られないってコトはないのか?」
俺は恐る恐る訊ねた。
「わたしが知るわけないでしょ。怖じ気づいたなら帰っていいわよ」
遠坂はそう言って、スタスタと洞穴の中に入っていった。
「待てよ。一人で進むと危ない」
「大丈夫です。私がついています。それより、士郎はサクラをお願いします」
俺はライダーの言葉に頷くと、桜に声をかけた。
「どうする? ここで持った方がいいんじゃないか?」
「……大丈夫ですよ。みんな心配性なんだから……」
だから、そこで俯いて小さな声を出すから、心配なんだけど。
――とにかく、桜の決心は変わらないらしい。
俺は桜の手をぎゅっと掴むと、少し先でこちらを待っている二人の元へ急いだ。
相変わらず洞穴は狭く、進むのは困難を極めた。どこにも崩れ落ちた形跡はなく、俺たちは下へと降下していく。
手を地面につけ背中をつけて、ただ前へ前へと。――もう桜を気にしている余裕もなく、ただ何度か声を掛け合い、励まし合う。そうしていい加減、全身の筋肉が悲鳴を上げ始めた頃、前回同様に路が開けた。
「うわ。悪夢を見るようだわ」
最初に声を発したのは遠坂だった。
「完璧に“存在”している。現実の重みが嫌っていうほど感じられるじゃない。もう世界の融合が始まってるんだわ!」
遠坂の言うとおりだった。
光苔が照らし出す淡い緑に彩られた洞窟の内部は、以前と変わらない生命力に溢れていた。ソレは幻などではなく、圧倒的な存在感を持つ“生気”、それに魔力だった。その濃密なマナに、くらくらと目眩すら覚える。
更にそれだけでなく――
「思ってたよりヤバそうね……」
その遠坂の言葉。
洞窟の先から流れている、黒い空気の塊は――
ひっと桜が空気を吸い込む音が聞こえてくる。
「まさか……そんなハズは……」
言葉だけが垂れ流され、意識は過去に遡り、その正体を探り当てる。
「アンリマユ……」
――それは誰の口から漏れたのか。
それすらも、気付くことは出来なかった。
歩いていく。
今は誰一人、無言で進んでいる。
緑の闇の中――俺たちは過去に戻ったかのように、この路を再び歩いていく。
歩みは止めない。
もうすでに後戻りなど出来るわけがない。
悪夢に捕らわれたかのよう。
この洞窟の先には、開けた空洞が広がり。
そして、その場で待ち受けるのは――
「セイバー……!」
俺たちの前に、黒い剣士が立ちはだかった。
――まるで逆行。
ただ一つの違いは、桜がいるというだけ。
「ここから先へは、行かせません」
黒いセイバーは静かな闘志を燃やし、俺たちに敵対する。
確認するまでもなく、黒いセイバーは現実の重みを備えていた。
これが並行世界からの干渉というのなら、何故ここに黒いセイバーがいるのか。これは過去の出来事だ。それとも数ある並行世界の中に、今この瞬間に聖杯戦争がおこっている世界があるのか。
「ここは私が」
すっと前に進み出るライダー。
顔色は変わらないが、その声には緊張が漲っている。
「士郎、リン。――サクラを頼みます」
「待てくれ。ライダーだけじゃ無理だ」
チラリとライダーは俺を見た。
「士郎は私をみくびっています。心配いりません。ですから――」
ライダーが駆けた。
「急いで、奥へ!」
稲妻の素早さで、黒セイバーに一撃を浴びせ――
それを剣の一閃で弾き返し、黒セイバーは呟いた。
「なるほど、少しはやりますね」
右に左にライダーの短剣は、黒セイバーを捉え続け――
その乱撃を、一歩も動かず弾き返しながら黒セイバーは不遜に笑う。
――その笑みは俺の記憶にないものだった。
「いいでしょう。その粋に免じて貴女と全力で戦おう!」
うなる斬撃。
一歩足を踏み出し、黒セイバーの剣は迫りくるライダーの短剣を捉えた!
「――!」
長い髪をなびかせて、弾け飛ぶライダー。
それに気を取られていた俺に。
「士郎! 急いで」
桜を連れて奥に進む遠坂が叱咤した。
――走る。
後も見ずに突き進む。
もう、何がなんだか判らない。
並行世界からの干渉、次元の重複、それは世界の崩壊を意味していて――
違う、違う。そうじゃない! 問題なのは、黒いセイバー、それにアンリマユ……!
早く止めないと。
桜を見る。
辛そう。
当たり前だ。
これは桜にとっては、悪夢そのもの。
ダメなんだ。桜にあんな顔はしてほしくない。一年――いや、それ以上たって、ようやく取り戻したんだ――桜の笑顔を!
駆け抜ける。
急げ。ライダーがどれだけ耐えきれるか判らない。クラスの能力は圧倒的にセイバーが上。援護無しに立ち向かえる相手じゃないんだ!
空洞は上に横に広がっていく。
着いたのだ。
――大空洞に。
「遅かったな」
そこにいる人物。予感がしていた。いや、洞窟に入った辺りから、確信していたんだ。
だから、驚きはしない。
だってここにいるとすれば、コイツしかいないじゃないか。
変わらない――見下ろすその目つき、冷静な冷たい声。おれが今、もっとも会いたくない人物。それは――
「綺礼……!」
遠坂のその声に、言峰綺礼は答える。
「師匠を呼び捨てか。ここの世界も変わらんな」
「へー、この状況が理解できるのね。さすがは、わたしの師匠だわ」
「大体な。もっとも、お前達が来なければ推測の域を出なかったが。――並行世界への移動という第二魔法を、体験できるとは思わなかったな」
気付いていた。言峰はこの状況を把握している。
「やはり、お前達とはこうなる運命か。皮肉なものだな。しかし、良い瞬間に立ち会えた」
不適な笑みで、桜を見据えて。
「何をしても無駄だ。もうアレはお前を見つけたからな」
厳かにそう言いやがった。
嫌みなヤツだ。言峰綺礼は、どの並行世界でもこうなのか。
「見ろ、アレを」
言峰の視線の先。以前、聖杯のあった場所。そこには黒い影が渦巻いている。
「あれがアンリマユ……」
禍々しい影は、再びこの地に現れ出ようとしているのか。
――あの時のように!
「……士郎、頼んでもいい?」
遠坂が真剣な顔で俺を見つめる。
「わたしがアレをどうにかするから、綺礼をお願い」
「――アレが、無効化の原因か?」
「たぶん、間違いない。向こうの世界から、こちらの隙間に手を突っ込んで、こじ開けようとしている……化けモンだわ」
「どうやる?」
目は言峰から離さず、遠坂に言葉をかける。
「封印は……無理ね。アレは規格外だから。ただ、こちらに具現化する前なら、吹っ飛ばすコトは出来るはず。一度吹っ飛んでしまえば、そう簡単にこの世界に手出しは出来ないわ。無数にある並行世界から、この世界を特定するなんて不可能に近いから」
「それはどうかな?」
言峰の声。
「アレはただ偶然、こちらに干渉しているわけではないぞ。引き寄せられているのだ。マキリの娘に」
一斉に、皆が桜を見た。
「そ、そんなこと――わたしは知らない……」
――怯えている。
桜にそんな顔はさせたくない。
それなのに言峰の奴は、言葉を止めようとしない。
「そう知るはずがない。だが、お前も聖杯のカケラを埋め込まれているならば、アレと繋がりがあるはずだ。少なくとも、私の世界ではそうだった」
「そんなことはない! この世界では大聖杯はもうないんだ。桜と聖杯の繋がりも切れている!」
嘘をついた。俺が言峰の言葉を鵜呑みにするのに、抵抗があるからだ。
本当はまだ聖杯との繋がりはあるのだ。その証拠に、膨大な魔力が常に桜を満たしている。
「そうかな。大聖杯ならあそこにあるが」
自信ありげに言峰は指をさす。
それは、いつかの決着の場。
「確認は済ませてある。残念だったな」
――大聖杯までが現れたというのか。
ぎっと奥歯が鳴った。
歯を噛み砕かんばかりに食いしばる。
「遠坂……行ってくれ」
俺は歯の隙間から声を漏らして、言峰を睨みつけた。
「お前が私の相手か――よかろう」
言峰の手に、いつか見た銀色に輝く細身の剣。今ならその剣の正体が判る。教会の一部の上級者・代行者が好んで使う、黒鍵だ。
言峰は三本の黒鍵を片手の指で挟み、顔の前まで持ち上げると無造作に振った。
「――――投影、開始」
両手に対の剣。あまりに素早い投影で、剣の完成度は劣る。
だが手にした剣は――干将、莫耶。
アーチャーが愛用した夫婦剣。剣の性能は折り紙付き。その双剣で飛来した黒鍵を叩き落とす!
「ほう。やるようだ」
声は目前から。
投擲と同時に飛び込んできた言峰は、ぐんと身を沈ませると俺の足を払いにきた。
それを後ろ飛びにかわしながら、体勢を立て直す。
だが、言峰の攻撃は止まることなく。
俺めがけて、黒鍵が迫った。
それは流れるような動作で、剣を繰り出し、俺を仕留めにきた一撃だ。拳法の使い手である言峰の動きは、俺の予想を超えている。それでも双剣を交差して黒鍵を受け止め、俺たちは拮抗状態に陥った。
「無駄だ。お前が私に勝とうとも、この世界を救うことなど出来はしない」
言峰が間近で囁くその声は、何故かもの凄く頭にきた。
「ふざけるな! 俺はそんな大それたコト、考えちゃいない」
「だったら、私を倒してその後どうする?」
じりじりっと言峰が力を加えてくる。
「アレを止める! 他になにがある。俺は俺の守りたい者を守る。その過程が世界を救うそのことと、同じというだけだ」
「具現化は止められん。だが、今なら間に合うだろう。アレと繋がりのあるマキリの娘を倒せば、あるいはな」
「――キサマッ!」
爆発的に、黒鍵を挟み込み押し上げる。メキッと異音を発し双剣がひび割れ、黒鍵の細い刀身は折れ曲がった。
言峰はその黒鍵を手放すと素早く退き、その手に剣の柄らしきものを取り出した。今度は見えた。それを媒体に、魔力で黒鍵が編み上がる瞬間が。あの剣が魔力で編まれたモノならば、魔力はいつかは尽きるはず。
俺は、砕けた剣を投げ捨て――
「――――投影、開始」
再び、手に干将、莫耶を握りしめた。
今の俺には固有結界は使えない。だが、剣の投影を得意とする俺が、奴に後れをとるはずがない。
後は実戦慣れしている言峰と、互角に張り合う経験が俺には無いということだけ。
ならば奴の体力と俺の魔力、どちらが上か。
――とことんまで、やってやる!
Interlude 1
攻防は熾烈を極めた。
剣戟の響きと共に、火花を散らす剣と剣。
次々に繰り出されるライダーの攻撃。しかし、黒セイバーの剣さばきの前では、なすすべがない。
ただ一つライダーに僥倖があるとすれば、黒セイバーが始めに見せたあの力強さが、今はもう消えていたということだけ。一歩も動かず乱撃を受けきった、あの時の黒セイバーはライダーを震撼させるに充分だった。しかし、二人になって打ち合うほどに、あの強さは幻だったのかと、ライダーは訝しむ。
だが、それでも力の差は歴然としていた。
「――!」
黒カリバーが迫る。ライダーの攻撃の隙間を狙う斬撃。振りぬいた剣をすぐさま切り返し、斬りつけてくる、その剣!
それを横っ飛びでかわしきる!
おそろしいまでのタイミング。そして、ライダーを脅かすのに充分な剣勢。
すでに魔眼の拘束具は外してある。セイバーの対魔力はA。順当にいけば、A+の能力をもつ魔眼の影響を受けているはず。それでも、この動き。まともな剣の撃ち合いで、勝てる相手ではない。
――ライダーには判っている。聖杯戦争でも戦っていたのだ。判っていたが、今は少しでも時間が必要だった。先に行った3人の魔術師を護るために、今は戦い続けるだけだ。
そのためにも、セイバーの宝具を使わせるわけにはいかない。あれを使われれば、一瞬で勝敗がついてしまう。それだけは、なんとしても避けなければならない。
ライダーは地に手をついて立ち上がると、
黒セイバーへ女豹のように飛びかかる。
ふたたび――剣戟の音が鳴り響いた。
ライダーは縦横無尽に短剣を振るい、黒セイバーを釘付けにする。
両者は互いに譲らず、戦いは長引いていく。だが、その時間に比例して、ライダーは確実に追い詰められていった。
一体、何度剣を打ち合わせただろう。
体中かわしきれずに傷ついたライダーの――桜に繋がるレイラインが、突然、異常を感知した。
――繋がるその先から、禍々しい気が流れ、何かに動揺している様が目に見えるよう。桜が二重に感じられ、途轍もない不安を感じた瞬間。
「――!」
黒セイバーの体が一瞬だけ、ぼやけて見えた。
それはほんの短い時間。黒セイバーすらも気付かないその変化に。
ライダーは――天啓を得た!
なぜ、幻が現れるのか。なぜ、黒セイバーがはじめよりも弱体化したのか――彼女の思考は加速する!
確証はない。だがもう、黒セイバーの相手をしている暇もない。桜の異常は緊急を要している。
迷い無く――
ライダーは後ろに飛び退き、距離を大きく空けた。不安に乱れた心を裡に秘めて、全身から冷気を放ち、黒セイバーと対峙する。
「もう貴方の出る幕はない」
ライダーの言葉。
どこか確信めいた声音に、黒セイバーは訝しむ。
「――宝具!」
ライダーは己の首筋を切り裂き、飛び散る血で、眼のごとき魔法陣を描ききる。
「覚悟を決めたようですね」
黒セイバーが黒カリバーを持ち直す。
その構え。
ベルレ――――
「騎英の――――」
エクス――――
「約束された――――」
紡がれるふたつの名。
二人のまわりに渦巻く魔力。
魔法陣は白く輝き、剣からは漆黒の闇が奔流する!
――――フォーン……!
「――――手綱……!」
――――カリバー!
「――――勝利の剣!」
双方から、巨大な魔力が開放される!
真っ向からぶつかり合う、光と影。
交錯する白と黒。
その闇の光の中を、ライダーは突き進む!
――切り裂く。
白い彗星が、黒光の流れをさかのぼる。
「ライダァァァーッ!」
黒セイバーの咆吼。
優劣は覆らない!
「――サクラ!」
切実なライダーの叫び。
「私が、行くまで……!」
その言葉と共に、黒い流れは見掛けはそのままに、威力だけを減じていく。もう白い彗星の勢いを止めることは出来ない。
それは幻影。見せかけだけの“約束された勝利の剣”!
見えた。
ライダーの目に、剣を振りきるセイバーの姿。その姿は邪魔だ。目指すは、その向こう!
――大空洞へ。
白い彗星は、黒い流れを渡りきる!
「……!」
黒セイバーは地に叩きつけられ。
その衝撃の後――
消えゆく黒光と共に――
黒セイバーは空間へと、その黒い姿が溶け込むように薄れていった……
「なぜ……」
今はもう、その呟きすらも……幻と消える。
Interlude 1 out
Interlude 2
凛は息を切らせて走っている。
――なんだか走ってばかりだ。そんなことを頭の隅で考える。
それでも、足は止めない。
隣についてくる桜に意識を向ける。本音をいえば、すぐにでも離れてほしい。だが、この場に逃げ場などあるのだろうか。
目前に迫る、アンリマユの影。それが現実化したなら、何処にいようと同じことだ。
全ての災厄、それがアンリマユというサーヴァントなら。
――凛の脳裏に、黒い令呪にまみれた桜の姿が浮かび上がる。
あれは忘れもしない。
なぜなら、コイツがその元凶!
足を止め、眼前に広がる影を見据えて、凛は宝石を取り出した。
倫敦を発つときに、かき集めた宝石は全部で8つ。貯め込まれた魔力は、Aクラスの攻撃力だ。
どれも一級品。
しかも高額。
――涙が出る。だが、そんな後悔は後でしよう。今は全力で――
全ての宝石を投げつける!
全財投入 敵影, 一片, 塵も残さず……!
「Stil,schiest Beschiesen ErschieSsung――――!」
影に向かう氷の雨。
そのすべてが強い威力をもつ氷塊だ。
避けようのない、その攻撃。
相手が完全な実体でなくとも、その威力は変わらないはずだ。
渦まく影に――突き刺さる氷の槍!
それが――凝縮した魔力を開放して、四散する!
「う、そ……」
凛の口から声が漏れる。
それも当たり前。あれだけの攻撃を受けても影は変わらない!
実体でないから、こんな攻撃は無意味というのか。それとも、この世界への足がかりが強固なのか。
凛は、唇を噛みしめる。
「無駄よ。姉さん」
凛の耳に、桜の声が聞こえる。
その声音に凛は震撼した。
Interlude 2 out
――まったく、なんて奴なんだ。
俺は口の中に滲む血の味に、顔をしかめながら立ち上がった。
強い。
その強さは半端じゃない。
コイツはサーヴァントかと疑いたくなる。
体力、格闘センス。どちらをとっても俺より上。
こんな卑怯なくらい強い奴と、二度も命をかけて戦うなんて――それこそ馬鹿げている。
投擲される黒鍵。
―――トレース、オン
「――――投影、開始」
脳裏には、引き上げた撃鉄。奴の攻撃の合間に、何とか準備したもの。だが、十の撃鉄を引き上げて、すでに五つを使い切った。
今また残った一つを打ちつけ、投影された黒鍵で互いを相殺する!
――俺は言峰の動きを追いながら、頭の隅で思考を巡らした。一体、何本の黒鍵を繰り出してくるのか。すでに十本を越えている。剣の柄を媒体としたところで、量産できるほど魔力に余裕があるのか。第一、剣の柄といえど、二十も三十も持てないだろうが! あっ、拾ってやがる。なんてヤツッ!
言峰が一足飛びに距離をつめて来た。
ギンッと音を鳴らして、剣が打ち合わさる。
たぶん、それは狙いじゃない。
黒鍵は投擲用の武器。
となれば――
ほら見ろ、言峰の拳が迫りくる。
こっちが本命。
がっしりと腕でガードする。
――衝撃。骨が砕けそう。
せっかくの体なのに。下手に傷つければ遠坂に怒鳴られ、桜を悲しませる。ああ、でも大丈夫。魔力回路は少ないが、体のつくりは前より頑丈らしい。
莫耶を振るう。
至近距離からの一撃。
それなのに言峰は、俺に接近して――
剣を振るう腕を押さえやがった。
剣が使えない。こんなの在りかよ!
捕まれた腕にギリギリと力を入れてくる。
だがその隙に、干将を突き立て……!
食らった。
言峰の頭突きが、まともに俺の顔面に。
俺はたたらを踏みながら、剣は離さない。
言峰は迫る。
徹底的に食らいつき、俺を離さないつもりか。
接近短打。
次々と打ち込まれる拳。
俺の肺腑を抉り、頭を打ちつけ、なお迫る。
それでも――踏みとどまる。
拳を食らいながら、双剣を振い――
奴を抱きしめるように、剣を振りぬく。
その無茶な戦法に、言峰はようやく退いた。
「なかなか、しぶとい」
「アンタには……言われたくない……」
言峰の奴、その言葉を鼻であしらう。
「口だけは勝てんぞ」
ああ、そうだな。まったくその通りだ。
俺の体は、すでにボロボロ。
あれだけの猛攻を受けて、体のあちらこちらが悲鳴を上げている。
それでも、今がチャンス。
今度は、こちらの間合いだ。
撃鉄を叩き込む。
ひとつ、ふたつ、みっつ――
投影した黒鍵を、次々と奴へと投擲する。
人間離れした大跳躍。黒鍵はさすがに尽きたのか、言峰は上空へと逃げ延びる。
――奴はかわしたつもりだろうが、そうはいくか。
脳裏には、最後の撃鉄。その鉄槌を打ち下ろす!
空中には逃げ場がない。
投影した黒鍵を落下する言峰めがけて、一直線に投げつける。
今度はもらった!
狙いはバッチリ、これ以上のタイミングはありはしない。
戒律引用、重葬は地に還る……!
「vox Gott Es Atlas――――!」
言峰の詠唱による魔術の発動。落下スピードが加速する――!
黒鍵は奴の頭上をすり抜け、彼方へ飛来した……
――忘れてた。コイツが遠坂の師匠だというコトを。
奴はあんなスピードで落下しながらも、見事に着地し、皮肉なまでの余裕で、俺を見据えた。
勝てない……!
無理だ。俺ごときが踏ん張ったところで、この程度なのか。
――不安が心をよぎる。
俺が悔しさに唇を噛みしめた、その時――
大空洞の奥で、閃光がほとばしった。
「……むっ」
俺、それに言峰は、互いに振り向く。
俺たちは目を凝らし。
「やったのか?」
その言葉は、しかし、失望へと変わっていった。
――影は変わらない。
どちらかというと、よりいっそう濃く、さらに人型に近づいている。
「どだい無理な話なのだ。アレを呼び寄せているのものが何か、それを知らぬ限りは」
……意外な言葉。
奴は言ったはずだ。アレは桜を目標に、こちらに現れようとしているのだと。違うのか?
――違和感がある。
それは一体なんなのか。考えろ、考えるんだ。何が正しくて、何が間違っていたのか。幻の始まりはなんなのか――違う、それは判っているだろう? 原因は宝石剣。そうじゃなくて――なぜ、一般人には見えなくて、その幻が何の姿をしていたかを!
――幻を見る魔術師とサーヴァント。その幻はセイバー、慎二、言峰、それにアンリマユ。この大空洞もひっくるめて、全ての符号はひとつを示すはず。
ソレは……!
言峰がふたたび迫る。
こんな大事なときに――
どうして、コイツはいつもいつも、俺を追い詰めるのか!
来る。拳がうなり、俺を倒しに。
それを受け止め、殴り返す。
止まらない。言峰の拳は止まってなんかくれない。ここで俺を仕留めようというのか。
受け止めきれない……!
苦手だ。コイツだけは、とことん嫌いだ。
その目つき、冷笑――
コイツがいると思うだけで。
俺は、“不安”をかき立てられる!
その瞬間――
頭の中で噛み合わないギアが、ガチッと音をたてて収まった……!
「士郎!」
声は後ろから。
言峰が自ら飛び退く。
俺の背後、その上空から天馬に乗ったライダーが現れた。
真白な馬体。巨大な翼をもつ幻想種。
それに騎乗したライダーが、声をかけてくる。
「貴方の戦いは無意味です。ここは、私に任せて下さい」
血まみれの傷ついた彼女の体。セイバーとの戦いは、壮絶を極めたのか。いや、そんなことより――
「セイバーに勝ったのか?」
ライダーは頷く。
「士郎、貴方がいなかった。だからこその勝利です」
――その言葉の意味。
今なら、おぼろに理解できた。
「俺があのセイバーを呼び出した?」
「気付いたのですね。そう、アレは士郎と私が呼び出したもの。私たちが思う、最悪の展開が、彼女を幻から実体まで引き上げた」
――やはり、そうなのか。
何が、世界干渉を無効化させていたのか。誰が幻に出会ったのか。
いつ、何処で、誰と。
考えれば判るじゃないか。
魔力をもつ――俺たちの、その心の不安のカタチが、この事態を作ったのだと!
「貴方が思った黒いセイバーは、私が思うものより強力だった。その思い――強い不安が、より強力なセイバーを、並行世界の彼方から呼び寄せた。貴方がいた時には苦戦しました。ですが、貴方がいなくなるとその強さは、私の知るセイバーとしての能力だけしか、現実と化すことが出来なかった。たぶん、より近くにいた私を媒体として、彼女は実体化を仕直したのでしょう」
「――それで勝てたのか」
「いいえ。悔しいが負けていた。ただ、彼女は私にとっての“不安”の源ではなかった。それが判ると同時に、セイバーは存在理由を失い、今はもう世界に無効化されたでしょう」
「おもしろい話だな」
言峰が俺たちの会話に割ってはいる。
「死徒二十七祖の中に、“ワラキアの夜”と呼ばれるものがいるが――」
「“ワラキアの夜”? それがなんだ」
「タタリとも呼ばれるそれは、特定の地域、その中で流れる噂を元に一夜だけ具現化するモノだ。噂を媒体とした現実への侵食。この次元の錯綜は、どこかそれと似ているな……」
そう言い終わると、言峰は自分の考えに埋没する。その姿は戦う意思を無くしていた。
ライダーは顔を影の渦に向けた。
「――サクラが気になる」
それがライダーの不安。
「行って下さい。サクラを安心させることが出来るのは、貴方だけです」
「言峰は?」
「二人とも、行くがいい」
言峰は静かにそう言った。
「私がここに在る理由は、すでにない。違うか、衛宮士郎?」
確かに、その通りだ。
言峰はすぐにでも消えるかもしれない。なぜなら俺の頭の中は、桜や遠坂のことで一杯だからだ。
「さあ、乗って」
ライダーは天馬を着地させると、手を伸ばした。
俺はその手を取り、天馬に騎乗する。
「飛ばします。私に掴まって下さい」
「判った。頼む!」
――間に合ってくれ!
今はもう、それしか考えることが出来なかった。
大空洞を駆ける天馬。
その目前に浮かび上がる――黒い影。その影は陸にあがったクラゲのよう。
俺はソレを知っていた。
下には桜と遠坂が対峙している。
黒化した桜の姿。
事態は最悪。これは誰の“思い”なのか。
「ライダー、桜はどうなったんだ。アレは幻だろう?」
「いえ……アレは本物のサクラ自身です。私には彼女の心が二重に感じられる。この世界に実在しているサクラと、もう一人のサクラ」
「――二人を同時に存在させるのを、世界が拒んでいる?」
「たぶん。それにあの姿は、サクラ自身の不安のカタチ。士郎、サクラを取り戻せるのは貴方だけです」
俺は頷いた。
天馬は地に降り立ち、俺は二人の元へ駆け寄った。
「待て、二人とも! もう全ては終わったんだ!」
二人は振り向く。
「なにいってんの! アンリマユは吹っ飛ばせない、桜はおかしくなるし、何も終わってなんか無い」
遠坂の叫び。
「そうじゃない。そう思うことが、魔力を持つ者の不安な心が――無効化の原因なんだ!」
遠坂のハッとした顔。だが、それには構わない。
俺は桜に近づいていく。
「終わったんだ、桜。聖杯戦争はもうおこらない。そんな姿は似合わない」
「そんなことない!」
桜が泣きそうな顔で叫んだ。
「言ったでしょう! わたしは先輩の思ってるような女の子じゃない! 沢山の人たちを巻き込んで、先輩まで元の体を無くして――それに、それに、アンリマユとも繋がって! どうして、いつもいつも優しくするの……!」
まだ、そんなコトを考えていたんだ。桜は俺の前では、滅多に不安な顔は見せない。きっと気付かれないように、心の奥に潜ませていたんだ。ああ、そうか。桜のその膨大な魔力と不安が、次元の綻びを少しずつ少しずつ広げていったんだ。聖杯戦争が終わった後から――ずっと。
なんて馬鹿な奴なんだ。それに気付かない俺と、隠し通した桜は。
抱きしめる――
桜の体は震えていた。
それをやさしく包み込み。
「守ってやるっていっただろう」
そっと呟いた。
「先輩は――後悔してないの?」
「してるさ、一杯な。だけど桜、それは俺たちだけの責任なのか? 聖杯戦争は誰が仕掛けて何回あった? アンリマユと繋がったのはサクラのせいじゃないし――それにほら、俺たちは巻き込まれただけじゃないか」
「でも……!」
「前も言っただろう。これから償えばいい。俺といっしょに、また明日から――」
顔を上げた桜の頬に短いキスをした。
陶然と目を瞑る桜。その体から力が抜け、俺に体を預けてくる。
元の綺麗な桜に戻り、やわらかな声音で――
「先輩って暖かい……」
そんな当たり前のコトを呟いた。
「えー、お取り込みの最中に悪いんだけど」
コホンッと咳払いをし、遠坂が割り込んできた。真っ赤な顔して、俺を睨みつけてくる。
「そーゆーコトは二人しかいないとこで、やってくれると、ありがたいんだけど」
かーっと顔が熱くなる。
俺たちはお互いに顔を赤くして、あわてて離れた。
「ったく。大体のところは判ったわよ。つまりアレか。わたしが帰ってこなければ、ここまでひどいコトにはならなかったんだ」
「なんだ、遠坂もソレ思ったんだ」
「そうそう。結局、大空洞に来たことが、そもそもの間違いだったと」
ポンッと桜が手を打った。
「――じゃあやっぱり姉さんが、全ての原因を作ったってコトね。ここに来たのだって、姉さんの考えだし」
「ほんと、そーよねえ――って、全部わたしのせいっ!?」
やばっ。あかいあくまが……
「言っとくけどね、わたしはアンリマユなんて気にしちゃいなかったわよ……って、あれ?」
遠坂が勢いで指さした先に、黒い闇が渦巻いている。そのカタチは先ほどよりも、更にくっきりとしていた。
「桜……いい加減にしたら?」
「わ、わたしは先輩がキスしてくれたから……その……」
「……不安は無くなったの?」
「今は――」
桜は潤んだ瞳で俺を見つめる。ちょっと照れくさい。そういえば、あのクラゲのような影は消えている。桜もちゃんと現状を把握したのだ。
「はああ。もう、勝手にしちゃって。じゃあ士郎は――――いい、言わなくて。わたしはもう、切り替えたから大丈夫だし、ライダーって線はなさそうね……」
「リン」
いつの間にか、ライダーも側にいた。
「アレは、この世のすべての災厄。次元を突き破ることも、あるいは……」
「マズイわね。それはあり得るかも。綺礼が言ったことも案外ハズレじゃないみたい――桜とは関係なく、もうこちらを目指しているんだ」
俺は桜の肩に手を回し、ギュッと引き寄せた。これ以上、心配なんかさせられない。
――なんとかしないと!
「わたしの宝具なら、なんとかなるかと」
ライダーの体をチラリと見た。
あちこち傷つき、血を流している。
「ダメね」
遠坂は一言で却下した。
「平気そうにしてるけど、セイバーとの一戦、堪えてるでしょ」
「俺もそう思う。玉砕は良くない」
ライダーはもう充分戦ってくれた。これ以上は無理だ。
「それでは、どうするのです? 他に方法などあるのですか? 桜が気付いた今、こちらへの足がかりが途絶えている。この時を逃す手はない」
「それは確かに今なら、並行世界の彼方へ押しやれるはずだけど――わたしの宝石は使ったし……ライダーも今はダメ。うーん、手詰まりだわ」
――どうする? もうアレは具現化をはじめている。何か手はないのか? この“不安”が、奴の具現化を手助けする可能性もある。急がないと!
「時間が惜しい。やはり私がいきましょう。セイバーとの戦いなど、大したことではない」
嘘だ。黒セイバーとの戦いは熾烈を極めたはず。本当にライダーは傷だらけなのだから。
――セイバーは強い。それは聖杯戦争の時に、嫌というほど味わった。あの時の苦い記憶は、一生忘れない。
守れなかった。助けることが出来なかった。
だからだろうか。今でも、孤独な王の夢を見る。
――それは、深い後悔。
「……!」
俺は桜を離すと、一歩前へと進み出た。
簡単なコトだった。
俺は夢見るほどに、セイバーを気にしているんだ。
不安なんだ。
彼女がどうなってしまったのか。
だって、そうだろう。俺たちは初めて出会ったあの土蔵で、運命を共有すると誓ったんだから。気にしない方がどうかしてる。
――強く想う。
残っている魔力に意識を向ける。
こんな時に散々に痛めつけられた体が、悲鳴を上げてきやがる。だが、今はそれどころじゃない。その声をより強い意思で隅へ押しやり、イメージを固定する。脳裏に浮かぶのは、金の髪をしたひとりの少女。ただそれだけに集中する。
ダメなのか。
奇跡はおきないのか。
それともセイバーへの想いが、足りないのか。
そんなはずはない。そんなコトがあってはならない。俺たちの絆はそんなもんじゃないッ!
短剣を取り出す。遠坂から受け取った柄に宝石の埋め込まれた短剣。大したモノじゃない。だけど、そんなことは関係ない。今は少しでも、この想いを現実に!
俺は短剣を両手で持ち、頭上に高々と掲げて、その魔力を開放し――
「セイバァァァーッ、お前の力が必要だァァァッ!」
喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。
――なにも起こらない。
無駄なのか。
こんなことではダメなのか。
まるで想いだけが、空回りしているようだ。
「士郎!」
遠坂の声。
きっと、あきれてるんだ。
自分でも馬鹿みたいだと思ってしまう。
こんなコトで、セイバーが現れるはずがないんだ。現れたとしても、それは俺の知らないセイバー。いったいどの面下げて頼むつもりだ。それではいくらなんでも、都合が良すぎるってもんだろう?
まだ全てが終わったわけではないというのに俺は――
「士郎! こっちを見なさい!」
遠坂の声に思考を中断し、仕方なく振り返る。
真っ先に遠坂の笑顔にぶち当たり、掲げた手の甲に刻まれた、令呪に気付いた……!
「やるじゃない。見直したわ」
「先輩!」
桜の安堵した声と、その横で頷くライダー。 俺はほっと肩の力を抜いた。
令呪……ソレの意味することはひとつだけ。脳裏に浮かぶひとりの少女。今、この瞬間に、この世界にあの少女は存在してるんだ!
「セイバー、こっちにおいで!」
遠坂の自信に満ちた声が、辺りに響く。
その声が消えないうちに――
しゃらん、という鈴の音のような音が耳朶を打った。
「凛、何事です」
令呪の効果は凄い。可憐な姿を鎧で包んだ少女が、一瞬にして現れる。セイバーだ。その姿に黒化した様子はない。並行世界の何処かには、無事に過ごしている少女がいるのだ。
セイバーは不思議そうに俺たちを見つめている。その仕草は、俺の知るセイバーと同一のものだった。
「これは、いったい……」
「説明は後。アレを宝具でぶった切って」
遠坂が指し示したアンリマユに気付いて、セイバーは表情を引き締めた。
「――判りました」
セイバーは俺の横を通り過ぎ。
すれ違う寸前、俺と目を合わせた。
魂が触れあうような、不思議な感覚に捕らわれる。
翠の瞳が語りかけてくるようだ。
――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。
ずっと昔の言葉のよう。
でも、それは今でも変わらない。俺たちの契約。
確かな絆を感じる。
たとえここにいるのが俺の知らないセイバーだとしても、その魂の本質までは変わってなんかいないんだ。
俺が力強く頷くと、セイバーは口もとを僅かに弛め、一瞬だけ笑顔を見せた。
セイバーはアンリマユに向かって、歩き去っていく。
そして、白光が辺りを覆い――
すべてが終わった後――
「セイバー、今は幸せなのか?」
俺はそんなことを聞いていた。
「はい、貴方とは、また別の貴方、それに凛や桜も――みんな、幸せです」
その言葉の後、セイバーは消えていく。
――仕方ないさ。
並行世界の彼方では、ちゃんと幸せを掴んだ少女がいるんだと、判ったんだから。
後悔がないというのは嘘になる。
それでも、ちょっと――
肩の荷が下りた気がした。
遠坂は次の日、倫敦へ戻っていった。
「大散財だわ。こうなったら、キッチリ落とし前つけてやる」
とかなんとか言いながら。
一体誰に対して、落とし前をつけるのか。さすがに恐ろしくて聞く気になれず。
桜も喜ぶし、一日ぐらいゆっくりしてもいいだろうに。まったく、元気な奴だった。
ちなみに次元の綻びが、どうなったかというと、実は何も変わっていない。
さすがに大空洞は俺たちが出たところで元に戻ったが、この事件の元凶である次元の綻びだけは、すぐには塞がらないという。
遠坂がいうには、時間がたてば今度こそ、綻びは矯正せれるだろうと。
そんなワケで、そのためには――
「桜を幸せにしなさいよ」
と、遠坂は一言注意しやがった。
そんなコト言われるまでもなく――
「先輩!」
声がする。
俺は物思いから覚め、ちょっと不機嫌そうな桜の顔を見た。
「ああ、ごめん。ぼーとしてた」
「もう、ダメですよ。こんな真っ昼間から居眠りですか?」
「違うって、考え事だよ」
「わたしを放っておいて、考えごとしてたんだ」
桜の目が据わっている。別に無視したわけじゃないんだが、怒らせたかも知れない。
「悪かったって。でもほんと、大したことじゃないから」
「じゃあ罰として――このおかず貰っちゃいます」
ひょいっと桜の箸が、俺の弁当に伸びた。
「あー、それ最後に食おうと思ってたんだぞ」
「――ダメです。もうお腹に入っちゃいました」
得意満面で桜は喋ると――
「それじゃあ、先輩にはコレあげます」
自分の弁当から別のおかずを箸で摘んだ。
「あーん、して」
「ま、待て、そんな恥ずかしいコト出来るかっ」
「ダメ、観念なさい」
桜はクスクス笑いながら、箸を俺の口に近づける。
――昼休み。
俺たちは学校の屋上で、昼食をとっている。
空に輝く太陽が俺たちを照りつけ、その眩しい光を受けて、幸せそうに微笑む桜。
俺たちはお互いを見つめ合いながら、現実を生きている。
そこにはもう。
何かが、つけいる隙間はなく。
あれは幻――
すべては白虹の幻で――
ただ、それだけのコトだった。
end
おまけ(先に謝っときます。いぬみみせいばーのてぃしさん、ごめんなさい)
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声を出して背伸びをする。遠坂たちが苦労して用意した作り物の体は、以前と変わりなく、伸びやかに動いた。魔力の通りが幾分ぎこちないが、それはさしたるコトではない。
俺は夢の残滓をひっぺがし、目だけ動かして布団を見て――。
「え……」
思わず漏れた間抜けな声。
――濡れた布団……
「ねねねっ、寝小便……」
「わたしのせいでしょうか」
桜は俺の手をしっかりと握りしめ、元気のない顔で俺を見つめている。
「やっぱり、あの時の影響で……」
「もちろん」
「……」
「……」
「そうか――桜も見たんだ」
桜が驚いたように顔を上げ。
「俺もセイバーが歩いているのを見たんだ。しかも、いぬみみ」
「いぬみみ!?」
「遠坂のヤツ、こんなに綺麗だったのか?」
ぼっと遠坂凛の顔が赤くなり――
「この浮気者!」
背後から桜にぶん殴られた……!
…………(昇天)
「今日は、豪華そうだな」
「期待して下さい」
控えめな言葉は自信の表れか。物覚えの良いライダーは、ここのとこメキメキと料理の腕を上げている。
「ああ、勿体ないなあ」
「アンタ達、ライダーの価値ってわかってるの? 魔術協会の連中が知ったら卒倒ものよ」
「だって奴隷(サーヴァント)だし」
「ですね」
「……」
「今日は、豪華そうだな」
「期待して下さい」
控えめな言葉は自信の表れか。物覚えの良いライダーは、ここのとこメキメキと料理の腕を上げている。
「ああ、勿体ないなあ。絶対、裸エプロンが似合うのに」
「いや裸Yシャツだろ」(即答)
「見ろ、アレを」
言峰の視線の先。以前、聖杯のあった場所。そこには黒いマントの吸血鬼がいる。
「カット、カット、カット! ヒャッヒャッヒャッーッ」
「……」
「誰だ?」
「わたしがアレをどうにかするから、綺礼をお願い」
「――アレが、無効化の原因か?」
「カット、カット、カット、カットカットカットカットカトカトカトカット――ッ!」
「……」
「なんか必至よね」
「――だな」
そのためにも、セイバーの宝具を使わせるわけにはいかない。
ライダーは地に手をついて立ち上がると、セイバーへ女豹のように飛びかかる。
「……なにをするのですか……あっ」
黒セイバーのいぬみみを引っ張るライダー。
「もしかして――感じる?」
……(以下、18禁にて省略)
ロンドンを発つときに、かき集めた宝石は全部で8つ。貯め込まれた魔力は、Aクラスの攻撃力だ。
どれも一級品。
しかも高額。
――涙が出る。だが、そんな後悔は後でしよう。今は全力で――
全ての宝石を投げつける!
「もったいない!」
宝石に飛びつく桜……
「おい……」
「う、そ……」
凛の口から声が漏れる。
それも当たり前。あれだけの攻撃を受けても変わらない!
「カットカットカットカットカトカトカトカトカトカッッッット……ッ!」
「噛んだみたいね……うわー、大量出血」
言峰の詠唱による魔術の発動。落下スピードが加速する――!
黒鍵は奴の頭上をすり抜け、彼方へ飛来した……
――チャンス!
俺は落下地点で、両手を銃のカタチにし上に向け――カンチョーの体勢に!
「――!」
…………
…………
虚しい勝利だ……
「おもしろい話だな」
言峰が俺たちの会話に割ってはいる。
「死徒二十七祖の中に、“ワラキアの夜”と呼ばれるものがいるが――」
「“ワラキアの夜”? それがなんだ」
「カット、カット、カット! ヒャッヒャッヒャッーッ」
「本編では出番があると思って、ずっと待っていたそうだ……」
「……哀れな奴」
「――とりあえず無視だ、無視」
「だな」
「さあ、乗って」
ライダーは天馬を着地させると、手を伸ばした。
俺はその手を取り、天馬に騎乗する。
「飛ばします。私に掴まって下さい」
「おう!」
「――抱きつくな!」
「――じゃあやっぱり姉さんが、全ての原因を作ったってコトね。ここに来たのだって、姉さんの考えだし」
「ほんとにそーよねえ――って、わたしのせいっ!?」
……まただよ。あかいあくま、か。
「あまり言いたくはないけど、姉さんちょっとマンネリじゃない。何かっていうとあかいあくま、あかいあくまって」
「遠坂、もうそのパターンは通じないんだよ」
「あんたたち……」
「――もしかして、悔し涙!?」
「姉さんもやれば出来るじゃない!」
「……」
「わたしの宝具なら、なんとかなるかと」
ライダーの体をチラリと見た。
あちこち傷つき、血を流している。
「いいアイディアね」
「ライダーの分まで幸せになるからなー」
「きっちり玉砕しちゃってねー」
「……」
「よーし。セイバー、こっちに来なさい!」
遠坂の自信に満ちた声が聞こえた。
ガッシャン、という騒がしい音。
「凛、食事時に呼ばないで下さい」
ちゃぶ台ごと転送されたセイバーが……
「……せ、説明は後。アレを宝具でぶった切って」
セイバーはうらめしそうに俺たちを眺めて……
「――イヤです。まだ食べたり無い。士郎、追加の夜食を」
……哀れだ、並行世界の俺――
そして、白光が辺りを覆い――
すべてが終わった後――
「セイバー、今は幸せなのか?」
俺はそんなことを聞いていた。
「馬鹿な。聖杯戦争のまっただ中です。凛の令呪を見て気付きませんか?」
……作者、ミスったか――
そんなワケで、そのためには――
「桜を幸せにしなさいよ」
と、遠坂は一言注意しやがった。
そんなコト言われても――
ライダー萌えな俺だった……
「士郎、これは?」
「ねこみみ。これで、いぬみみセイバーに勝てるぞ」
「そ、そうですか?」
そういって、しっかりと装着するライダーだった……