/ 8 泥の聖杯
弓の如し、細くか弱き月明かりの下、
静かに剣戟の音は無く――――
死神の眼は、燐と蒼く、残像を残していく。
踊る踊る殺人貴。
身は宙に舞っているように、重さを感じさせず、
疾風は血桜を咲かす―――
「くっ!何でお前、当たらないんだよっ!!」
遠野さんの焦った声が響く。
体中のあちこちが裂けて、血が滲んでいた。
月の光を返して、ぬらぬら輝いている血が傷の深さを語っている。
殺人貴―――――、あいつは一言も発さない。
まるで、それは不要とばかりに、ただその手の刃を翻す。
名前の示すような物々しさとは、酷く不釣合いな小さな短剣。
いや、短刀、太刀と言った方がいいかも知れない。
それが奴の獲物だった。
対する遠野さんの武器は、血塗られた黒鍵といった所だろうか。
振るうたびに刀身が飛沫を刃となす、飛び血刀―――
何かの力で編まれた双剣。
武器だけを見れば、遠野さんの優位は揺るがない。
双剣の飛び道具に対するのは、20cmも満たない短刀なのだから。
だが、それは真逆―――――
無数の血刀を放つ遠野さんに、殺人貴は歩みの速度を緩めない。
殺人貴の歩み…、それは獣のように。
予備動作の無い疾走。
在り得ない、加速したままの動作から一転し、縦から横への回避―――
人の現界を超えた、更なる高み。
さらには歩数と距離の違和感。
一歩は3間、二歩で一間、
緩急をつけた、不規則な移動。
見ているだけども参るのに、これと対峙した時の間合いの不安定さはどうだろう…。
届かないところからの一瞬の一撃。
来ると思ってて構えると、敵はまだあんなに遠くに居る。
遠野さんの表情には焦燥の色が濃い。
読むとか読まれるとかではない、これでは戦略の立てようが無い。
なんて出鱈目。
セイバーのような真っ当な体術では、決して行えない回避。
飛び交う血刀を揺れるように、右、左、右と揺ったりとした動作でかわす。
遠野さんが腕を振り上げる――――
「うううぁぁぁぁ!!」
裂白した気合と共に、その右の剣を振り下ろす。
殺人貴は、瞬きの間に懐へ――
刃を持っていない、左手を軽く黒鍵の柄に当て、弾く!
遠野さんは怯むことなく、左の剣が真横からあいつを捉えて、
避かられた――――
しゃがんだ体制で、殺人貴は鋭い足払いを放つ。
飛んで引こうとする遠野さん―――
だが、その刹那、身を引く時に残された足を切りつけられる。
「がぁっ!?……はぁ、はぁっく!」
傷口を抑えたまま身を引くも、更に肩に一閃。
仰け反った体が、無防備に敵に晒され―――――
ズドンッ!!!!!
遠野さんは数m程宙を待った後、地面にたたきつけられ、
ニ転、三転して、止まった。
起き上がる気配は、もう無い。
蒼い死神は、片手のみの掌底で、遠野さんを粉砕していた。
それで俺の意識に灯が灯った。
「セイバー!遠野さんを助けてくれ!!」
だが、振り向いた先には―――――
いつもは、疾風のような速さでかける彼女が、――――――動けないで居た。
「すいません、士郎…。志貴を助けたいのですが、そうすると今度は…くっ!
あの敵は、志貴との戦いの最中でも、こちらを牽制しているんです。
今は、貴方たちを守るだけで、精一杯で…」
「ちっ!だったらこれでっ!」
凛も先ほどの戦いで、呆けていたのだろう。
はっとした様に、宝石魔術を行使した。
「魔術への耐性は無さそうじゃないっ?吹っ飛びなさいっ!!」
凛の魔力の結晶である宝石が、その魔力を炎として開放する。
殺人貴の目前でそれは弾け、紅蓮の業火と――――――――
なるはずだった………。
「な、ばっ!?そんなことってある!?」
凛の驚嘆の声があがる。
「凛ッ、下がって。私も確かに見ました。構成が出来上がって弾ける瞬間…。
アレはその構成自体を、掻き消している!」
そう、殺人貴がしたこと…。
凛の宝石が魔力へ還元する瞬間、軽く左手を払っただけだ。
短刀は使わず、虫でも払うかのように。
その手は、何の仕掛けもなさそうに見える。
こちらを見つめる蒼い、蒼い二つの灯火。
それがさらにこちらへの畏怖をを募らす―――――!!
「いやぁ………!!」
振り向いて―――――――
桜が、目の前の光景に顔色を失っていた。
今にも倒れそうなくらい、蒼白な顔、
口元の手は、どうしようもなく震えてる。
「先輩、姉さんッ!セイバーさぁんっ!!志貴さんを、志貴さんを助けてっ!」
「!!」
桜がこんなにも何かを懇願してる!?
俺は、改めて桜の顔を見る――――
いつも兄の虐待を耐えて、何も言わずに笑った桜。
いつもどこか頼りなさそうで、儚げな桜。
聖杯戦争で辛い思いをしてたはずなのに、何も言わなかった。
なのに、今はこんなに素直に、
あの人の事を思ってるんだ――――
くそっ!くそくそくそくそっ!!!!!!
何やってんだ俺!!
正義の味方になるって、誓ったんじゃないのか!?
あいつの背中に負けないって、そう決めたんじゃなかったのか!
なんで震えてるんだ!
なんで目の前で殺されそうな人を、
俺たちを守ってくれた人を、見殺しにしてるんだよっ!!!!!
やっと震えが止まってくれた。
大事な人を、大切な妹のような、
桜を泣かすわけにいかない。
それに、彼女の大切な人、あの遠野さんを――――――
イメージは、いつも一つ。
自分の頭に、『銃の撃鉄』をバチンと打ち下ろす―――――
一瞬遅れで、全身の回路が『魔』で満たされる。
苦痛を伴う、充実感。
後は、
その身を持って、
行使するのみ――――――
「投影、開始――――」
想像を、創造する。
俺の本当の力から溢れた、失敗作。
だが、
それは、一つの剣を精製する――――――
「セイバー!凛と桜を頼む!!」
後ろを振り返らず、セイバーに守りを頼む。
もう怯えはない。
そんな余計な荷物は、さっき撃ち殺した。
守る―――――
この理不尽な侵入者から、大事なものを守る―――それだけだ!
駆け出す、
縁側から飛び降りて、
手には使い慣れた―――奴と同じ、
『干将莫耶』
俺の愛刀が生まれていた―――――――
「ああああぁぁぁぁぁ!!!」
その腹に食らい付く様に、右の刃を振るう!
避けるのは分ってる!
この一撃は、誘い。
殺人貴は、くぐるように避けて、こちらとの距離はゼロになる。
俺もこの距離では、いつ殺されてもおかしくない!
だが、そのための双剣。
さぁ、来いよ!
次は―――――――
っつ!
消えたッ!?
表意抜けして、左手を下からすくい上げる様な一撃を空ぶってしまう!
体が反動で、僅かだが、相手に背中を見せてしまうような体性に――――まずい!
直ぐに視線の元に戻して―――――
あいつは仕掛けてこなかった。
俺の横にセイバーが駆けつける。
一呼吸遅れで凛も。
「士郎ッ!貴方の力だけでは無理だっ!止めろととはいいません、
だがここは協力すべきだ!」
セイバーは、あいつを睨みながら手で俺を制する。
凛は俺の肩に手を置いて、自分の方に振り向かせた。
「馬鹿!あんた何の考え無しに突っ込んで!!
いい?セイバーはなるべくあいつを追い込んで、私は魔術で援護する。
士郎、あんは…」
「凛、悪いけど魔力借りるからな…」
俺の言葉を、凛が目を見開いて驚いた。
「!!
…あんたはそれが唯一無二の武器だったわね。
分った、士郎に魔力を貸してあげる。
だけど無理はしないでね?
あれは維持するだけでも、まだ容赦なく士郎の体に負荷をかけるから」
「悪い、使いこなせない武器は使いたくはないけど、俺には…
これしかないから」
「士郎っ!凛、決して無茶はしないように!行きますよっ!!」
「魔力は、返してもらうんだからねっ!」
セイバーの後を、凛が続く。
だから、俺には俺の出来ることを。
凛とのつながりを確認し、すこしく頼もしく思った。
あいつの魔力の泉から、少しずつ俺の体へ汲み上げる――――
俺の世界を、ここに発現させるために――――――
「―――――体は剣で出来ている」
俺は、その工程を開始した―――――――
「くっ!」
正直、誤算だった。
先のサーヴァント戦では私は本気を出せていなかった。
それは純粋な魔力不足。
だがい今は少なくとも8割は実力を出せているはずだ!
凛が、供給している魔力のリミットを外してくれた。
日頃は、生活するくらいなら大して魔力は消費しない。
だが、戦いともなれば別だ。
魔力の消費は防げない。
だから、早く決着をつけないと!
そう思って振るう剣は空しく避けれていた。
この男、―――殺人貴は人の身かと疑ってしまう。
払う剣は、交わされ、
付きは、その短刀で流される。
急所を狙う一撃は、鋭い返し刃で阻まれた。
「君たちとは戦えない、引けッ。」
今まで戦いの中では口を利かなかった男が、
そんな事を言ってくる。
「何を馬鹿な!?志貴にあのような事しておきながら
戦えないとはどういうことです!!」
上段から振り下ろした刃を避け、殺人貴は続ける。
「いいから引け!あの男には聞きたいことがあったからだ、
君たちと戦う気はない!」
「はっ!そのようなことを信じろと?冗談にしてはとても聞けたものではない!!!
仲間を傷つけられ、黙って引けとッ!!!!」
「仲間?あれを仲間と言うのなら、君はあいつの正体を知っているんだろうな?
君たちは騙され…チィィ!」
目の前の男に、急に焦りが見える。
その眼は、後ろに佇む士郎を捉えている!
「行かせないんだからっ!!」
凛が宝石を掲げ、スペルを紡ぐ―――――
「邪魔しないでくれっ!」
短刀を振るって、殺人貴は士郎の元へ疾風の速さでかける―――――
また、
まただ…!
凛の魔術は構成を掻き消され、宝石は灰になった。
「士郎っ!あぶないっ!!」
「士郎ッ!!!」
私と凛の叫びが重なる。
そして―――魔術師の世界は、其処に姿をあらわした―――――――
「クソッ!なんて早さだ!!」
俺の元へ、駆ける殺人貴、
それはまるで獲物を定めた猟犬のようだ!
手短にあった剣、それは彼女の栄光の証。
カリバーン――!
「まさか…!」
殺人貴の驚愕が聞こえる。。
青い瞳は、精一杯見開かれて―――
「これが俺の世界だっ!殺人貴!!」
カリバーンを正眼に構え、迫り来る殺人貴―――奴の首元に
渾身の力で押し込む――――――――!!
「馬鹿かお前はっ!俺に殺されたいのか!?
くそっ!消えろよ、固有結界―――――――!!」
訳のわからないことを言いながら、
奴は突きを紙一重で、交わして――――――
この『剣製の丘』を、
「ああっ、く…」
凛が膝をついて、肩で息をしている。
セイバーも苦しそうに剣で体を支えていた
奴は、蓄積した魔力を、俺の世界ごと打ち壊したのだった――――――
「先輩、姉さんッ!!?」
先輩は、呆然とあの人を見てる…
姉さんも、セイバーさんも魔力が極限まで弱ってる。
あの人、志貴さんにそっくりの『殺人貴』は―――――
志貴さんに歩み寄ろうとしてる。
いや、止めて!
そっちに行かないで!
志貴さんを殺さないで!!
私は走る、
見ているだけは嫌だから――――
やめてやめてやめて………
心臓が、。
肺が締め付けられてる様に痛い。
駄目だ、間に合わない、志貴さんは死んじゃう、
まだ私は足りない、もっと志貴さんの事知りたい、
まだ見ていたい!!!
なんで私だけ?私からだけ奪っていくの?
大切なものは全部あげたのに。
もうこれ以上は―――――なのに、なんで奪っていくの?
「志貴さんを殺さないでって言ってるのに…」
間に合わない、もう間に合わない
間に合わないの?
誰か、何か、助けて、私からもう奪わないで――――――――――――――
その時、
ドクンッ―――――!!!!
えっ?
なに、これ……!
私の体を、得体の知れない何かが這いずり、
通り抜けていって―――――
桜が駆け出して、あいつに近づいていく。
止めようとするが、足が言う事を聞かない。
「桜、あぶな…」
そう言おうとした瞬間、桜が、身を爆ぜる様に
ビクンッ
と、揺れた。
「なっ!?」
声があがる。
殺人貴の驚愕の声、その身は3間ほど後ろへ身を翻す―――
そして、
「桜、とうとう開いたね…」
ぽつりと、遠野さんが、桜を悲しそうに見つめながら立ち上がっていた。
「お前、やっぱり繋がってたな?」
訝しがるような、その問いに
「今や枷のない身になったよ、殺人貴」
遠野さんは余裕を取り戻した声で答える。
「だったら…!」
奴の蒼い焔が強さを増して、
遠野さんを睨む―――――
殺人貴の体が、構え――――
引き絞られた弓ようにピンと張り詰めていた。
そしてあいつが
「今日は駄目だ。またな殺人貴」
駆け出す直前に、遠野さんの体から黒い泥が噴き出し
その行く手を阻む!
あれは…、いつか見た、あの黒い泥!!?
考えが定まらぬまま、何時の間にか視界は開けている。
遠野さんと桜は――――
俺たちと、蒼い狩人を残し、消えたのだった。
―――――後書き
うわーい、戦闘ばっかじゃ辛いよー!
こんばんわ唄子です。
やっぱ戦闘は難しいですね。技術がサパリなので
悔しいです!
ですが、残すところ後2回。
最後までなにとぞ御慈悲あるお付き合いを♪
掲示板でいつも感想を頂いております、似非金ぴか様、穿様。
登録所で感想を書いてくださった皆様、本当に励まされております。
最後まで書くことを恩返しに頑張ります。
唄子