朝起きたら目の前に侍さんが居ました。
なんでさ。
「だれだアンタ」
「ふん?よもやこの身に覚えがないと申すか、小僧」
「は?えっと……ああ、思い出した、柳洞寺に居たアサシンか」
「うむ、アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。
久しいな、確か、士郎とか申したか」
俺の言葉に頷くアサシン、小次郎。
いやえっと、それはいいんだが。
「あー、小次郎…?なんだってアンタがここに居るんだ。
もう聖杯戦争は終わったし、そもそもアンタは、ほっといても消えるはずじゃなかったのか」
「む……確かにこの身はもとより偽りの身。灯籠のごときいつ消えるとも知れぬ存在ではあったが、
なに、そも、我らは仮初の肉を与えられた亡者共、
ならば、いまさら化けてでたところでいささかも不思議はあるまい」
「……は?つまりなにか、今のアンタは……」
「ふむ、そうよな。
一言で申せば地縛霊といったところか」
「…地縛霊?なんか未練でもあったのか?
っていうか、本当にそんな理屈が通るもんなのか」
「さて、私にとって何故いまだこの身が現にあるか等全て些事である故に、断言は出来ぬ。
これが如何様なカラクリによる物かなど知るべくもない、
だが、未練と呼ぶに値するものがあるのは真であるが」
……まあいいけど別に。
本人がそう言ってるんだからそういうことにしておこう。
「で、その未練ってのはなんなんだ?
わざわざ俺のところに来たくらいだから、なんか関係があるんだろ」
「ほう、察しがよいな。
なに、つまらぬ様よ。
もう一度かの剣霊と手合わせを申し出たくてな」
「セイバーと?」
「左様、なにしろ、生前かのような戦いを望むとてとんと機会を得られなかった故にな。
あの一戦は真に得がたいものであった、
叶うのならば、今再び存分にあの剣戟に酔いしれたいとな、そう思ったのだ」
「……いや、できればよして欲しいかな、と思うんだが」
もう戦いは終わったというのに、またセイバーを命の危険に晒すのは絶対に嫌だ。
悪いがどうにか勘弁して欲しいと思うんだが。
「ふむ、聞き入れられぬか。ならば致し方ない」
「ああ、アンタには悪いけど、俺はもうセイバーを戦わせたくなんかないんだ」
「なに気にするな、ならばその言、翻すその時まで居座るまでよ」
「…………は?」
「申したであろう。この身は地縛霊であるとな。
その懇願晴れるまで、その地に根付くのは当然であろう」
「な、なにぃぃぃぃ!?」
「気を使う必要はない、食も寝床も必要ない。
ただ、毎夜枕もとに立たせてもらうやもしれんがな」
「勘弁してくれ、それは……ていうか、大体なんで俺のとこに居るんだよ。
用があるのはセイバーの方なんだろ?ならなんでわざわざ俺に頼みに来るんだ?」
「無粋よな、貴様は明け方に女人の寝床に入ることをなにとも思わぬか」
「なっ!べ、別に今行けなんて言ってないだろ!」
「いずれにせよ、私がここに居るのには相応の理由はある。
……ふむ、説明するより見せた方が速かろう、丁度セイバーも来たようであることだ」
言われて耳を澄ませば、いや、澄まさなくってもどしどしと歩いてくる足音が聞こえてくる。
……げ、もうこんな時間じゃないか。
まずい、非常にまずい、
あれは間違いなく相当にお怒りの様子だ。
そしてその足音は、俺の部屋の前に辿り着くや否や、
声をかけることなどせずに力の限りふすまを開け放った。
「シロウ、ご飯はまだでしょうか」
……第一声がそれかいセイバー。
「ああ、悪い、今すぐ話をつけてから行くからちょっと待っててくれ」
「は?話をつける?何を言っているのですかシロウ」
「へ?」
「まだ寝ぼけているのでしょうか、そのようなことでは朝食に支障をきたします。
しっかりと目を開けてから、調理に臨むようお願いします」
言うだけ言って、俺の隣りに佇む小次郎には目もくれずにセイバーは部屋を出て行った。
「へ?セ、セイバー?」
「こういうことよ、
どうも私の姿は、他のものの目には映らぬものらしい。
まあ、儚き幻のごとき霊の身であるならば、それが道理であるやもしれぬがな」
「な、何で俺には見えるんだ?」
「さて、そうよな。
この地にはなにか、人の心、いや魂と呼ぶべきか、それを惹きつける様な何かがあった。
私もその誘いに寄せられこの地に根づいた故に、この地に住んでいたおまえとは何か縁が出来たやもしれぬか」
「……そんなもんか?」
「先刻もいったであろう、左様な些事に興味はない、とな。
私にあるのは死闘を望む心だけよ。
時に士郎、物は相談であるのだがな。
この身では願いをかなえるなど望むべくもない。
ここは一つ、私に手を貸してはくれまいか」
「…なにしろってんだよ俺に、いっとくけど霊体を実体化する方法とかそんなの知らないぞ俺」
「何、簡単な事よ、士郎、おまえは守護霊など所望してはおらぬか」
「……俺の守護霊になってどうしようってんだ」
「ふ、憑依合体だ」
「勘弁してください、いやほんと」
「何故だ、この身では不服と申すか」
「いや不服とかそうじゃなくて、俺シャー○ンキングになりたくなんてないし」
「ほう、では私が毎夜呪いを送っても構わぬと申すか。
確かにこの身に呪詛の覚えなぞないが、
なに見様見真似でも人一人、取り殺すぐらいはどうにかできよう」
「うぐ、それは困る……でもだな、そもそも俺にそんなことは出来ない」
「なんと、術士であるならその程度の芸は稚戯のようなものと思っていたが、
ふうむ、それは相済まなかった」
「…まあ分かってくれればいいんだが」
ふうむ、と一人あごに手を当て黙考する小次郎。
「なれば、やはり致し方なし、か。
この懇願を果たす秘術を得られるときまで、この地にて時を過ごそう」
「あー、やっぱりそうなるんだよな」
「この身はこの地より離れられぬ故にな、仕方がなかろう。
なに、最悪次の戦が始まればこの身も再び戦いに名乗りを上げられるやもしれぬ」
「その時まで、待つってのか…?」
「うむ、生憎と待つことには嫌というほど慣らされたのでな。
ただ阿呆のように時を待ち焦がれることなど造作もない。
その果てにあの剣戟があるならば、十や二十の年を待つことなど苦にもならぬ」
はっきりとそう言う小次郎。
ああ、これで我が家には、英霊にあくまに虎に加えて幽霊まで増えてしまった。
一体、何処の不思議空間だ。
「さて、ではそろそろお暇するとしよう。
士郎、おまえも速く行った方がよいのではないか?
これ以上かの獅子を待たせて、おまえまで霊となっては私も成仏できぬ」
「……あんまそういう縁起でもない事言わないでくれ、
あながち笑い飛ばせないんだからセイバーの場合。
ああ、そうだ、一応聞いとくけど、アンタ飯とかはいるのか?」
「その気遣いは感謝するがな、生憎とこのような身。
物を掴む事さえ出来ぬ故に、食をとることなど叶わぬ」
「ふうん、じゃあセイバーは幽霊になったりなんかしたら大変だな」
「くく、そうよな。あのものならばその怨恨で周りの物を取り殺しかねぬ、
いや、食の恨みは恐ろしいとはこのことか」
「いや、そんな生易しいもんじゃないぞ、あれは。
なにせセイバーときたら、飯を作るのが遅れようものなら竹刀で容赦なく一撃。
あまつさえ忘れたりなんかしようもんなら、完全武装で襲い掛かってくるんだからな」
「ほう?よもやそこまでのものとは。
その執念、なるほどもはや見事としか言いようも無いな」
「その上、最近じゃ味にもめっきりうるさくなって。
気に食わなかったら、やっぱりその日の鍛錬でぼこぼこにやられるんだ。
ああ、昔はあんなに純粋で素直な奴だったのに、
一体どこであんなに捻じ曲がっちゃったんだ!
きっとあれだ、マスターの性格に似ちゃったんだ、そうに決まってる!」
うわああああん、と溜めに溜めたものが溢れてしまったのか思わずその場に泣き崩れてしまう。
というか、改めて考えてみると、惨めだなあ俺。
「ふむ、時に士郎、かような言動をするときは、まず己が周囲を知りえておくべきだな」
「へ?」
そこに掛けられた小次郎の言葉に顔を上げる。
それと同時に、
「シロウ、中々興味深い話です、どうぞ先をお話し下さい」
待ちきれなくなったのか、後ろから居間に居るはずのセイバーの声が聞こえた。
なんていうか、その、殺る気だ。
振り向くまでもない、完全に殺る気だ。
きっとそこには、フルアーマーダブルセイバーが不可視の剣を構えて俺の命に照準を付けているに違いない。
「まったく、あまりにも遅いから一体何をしているかと思えば、
まさかそのようなことを壁に向かって話していたとは」
「あ、いや、セイバー、こ、これはだな」
「言い訳など聞く耳もちません、
さあ、私の食事を作った後死んでください」
「って無茶苦茶だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「むっ!私から逃げられるとでも思ったのですか!?シロウ!」
その場から全力で逃げる俺、
当然、魔力全開で追いかけてくるセイバー!
って、ちょっとまてぇぇぇぇ!
死ぬ!本気で死ぬ!
うお!というかセイバーの剣は既に見えてるじゃないか!?
いや!むしろ光ってるぅぅぅ!?
な、何か考えてんだ!セイバー!
本気で殺す気かぁぁぁぁぁぁ!!
「ふむ、まったく無茶をするものよな」
庭で元気に追いかけっこを展開する二人を、屋根の上から見下ろしながら、小次郎は一人呟く。
もっとも、そこで行なわれているものはそんな可愛いものではなく、
正に命を掛けた、真剣勝負であるのだが。
「ほう、セイバーはもちろんのことだが、士郎も存外にできるものだな」
その光景も、今の彼にとっては暇つぶしの見世物に過ぎない。
なにせ、手を出そうにも出しようもない。
ならばせっかくの余興、せいぜい楽しまねば損というものである。
――――さて、セイバー。再びお前と合い見舞える事はいつの日になることか。
そも、本当にその日が来るのかすら定かではない。
それでも、その男はただひたすらにその日を思い描き、待ち焦がれる。
その剣舞を、その眼差しを、その気迫を、
互いの命を掛けたその死合いを。
生涯をかけて磨き上げたその剣術、
その全てを掛けて戦うに値する、最高の敵との再戦を。
その想いは、その願いとは裏腹に、ひどく純粋なものである。
彼は以前も、その認めたただ一人の為に、自らを支え、ただひたすらに待ち続けた。
そして今も、彼はまた待ち続ける。
その想いは、もはや恋にすら近く、ただその日を待ち侘びる。
それはおそらく、何十、何百という年が過ぎても変わらずそこにあるだろう。
その一戦、その一戦だけに、己が身の、その偽りのその身の存在を見出し、
花を愛し、
鳥を愛で、
風を流し、
月に酔い、
彼のものは一人、ただその幻影を夢見て、無限の時を待ち続ける。