9. 最強証明 傾:クロスオーバー 注:R指定
夢の中で思う。
物語が分岐してしまったのは何時からなのだろう?
カプセルに閉じ込められてからか?それとも
思うに、それはあの時。少しでも早く帰っていれば、
こんな事にはならなかったのだと……
interlude
(本当に、帰ってきた?)
見上げる。今にも雨が降り出しそうな曇り空。
手を空に掲げると、見えたのはもう見慣れた白く細い指ではなく、かつてあった衛宮士郎の手だった。
到底信じられるものではなかったが――
これは一時の夢か幻か、だがそうであったとしても
「遠坂、急ごう。何か嫌な予感がする。」
「ちょっと、士郎?」
走る。たとえ幻だったとしても最善は尽くさなければ。
帰ってきた途端、激しい違和感に襲われた。
やはり、屋敷の結界は外されている。
「……誰かが留守中に押し入ったみたいね……出かけてたのは幸いか」
「シロウ、大河は―――――!?」
間に合わなかったのか!?
運命を変えることなど出来ないのだと、心の暗部が囁いてくる。
焦燥する感情と諦観の衝動を押さえつけ、駆ける。
だが、そこで変化が在った。
突如衛宮邸の庭に起こる剣戟の響き。
門をくぐり、その光景を見た。
庭の一画にキャスターが佇み、それより少し離れた位置で葛木と―――――藤ねえが戦闘を始めていた。
葛木が打ち込む拳を藤ねえは手にした虎竹刀で弾き、捌く。
拮抗する戦況。
「へ?」
目が点になる。
セイバーをも打ち倒したあの葛木と――確かに強いことは強いがそれも一般人の範疇に過ぎないはずの――藤ねえが互角に渡り合っていた。
目がイカれたのかと疑い、こすってもう一度確かめる。
間違いなく、藤ねえだった。他人の空似などではない。
隣を見れば遠坂もまた顎をあんぐりと外し呆然と眼前の光景を眺めている、意外なことにセイバーも視線は中空を彷徨い心ここにあらずといった風だった。
(でも、見たものが真実だ)
見る。確かに藤ねえの技量は葛木と互角―いや、むしろそれを凌駕し葛木に何度か面や刺突を打ち込むが
まったく効果をあげていない。それに対し葛木の拳は全て虎竹刀に阻まれるものの、
竹刀は葛木の拳を受けるごとに割れ、砕けた竹が周囲に舞い散っていた。
(このままじゃ武器がもたない!)
決断すればあとは早かった。
投影するのは兎に角、あの拳を防ぐただそれだけの性能で良い。
最速で投影できるあの双剣を思い浮かべ……
しかし、間に合わないことを悟った。
スローモーションのように、映像が流れていく。
葛木の左拳が嫌な角度で竹刀に当たり
それを受けた虎竹刀が砕け
さらに一歩大きく踏み込んだ葛木がその右拳に力を込め
だが、
変化は一瞬だった。
右拳を打ち込んだ葛木に対し、藤ねえは横に跳んでその軌道から逃れると、
すかさず踏み込み葛木の胴の中央、首、顔面へと続けて拳を埋め、
最後に肘打ちでトドメをさした。
……
傍目にもあれが、意識を奪うどころか殺傷しかねない強力な拳打だったことが伺える。
それを見て、思う。
(いや、なんで?確かに藤ねえが強いのは認めるけどむしろ柔術系の強さだったじゃん藤ねえは。剣道もやってたけどあいつの拳打ち払うなんて聞いてないし。
てか肘打ち? 空手?)
と、俺も遠坂とまったく同じような風にあんぐりと顎を落とし呆然としてそれを眺めていたことに気が付いた。
一方藤ねえは昏倒した葛木をさらに追い討ちとばかりに踵で蹴りつけ、
がしかし
それと5間程離れた位置で、キャスターが藤ねえに向けて右腕を掲げていた。一瞬で放たれる魔弾。
それを防ぐ術が藤ねえにはない。
「っ!!」
声にならぬ悲鳴をあげた。
呆然としている場合ではなかった。既に失策は致命的な状況を招き、キャスターが一言唱えると同時、
5つの光条が藤ねえに向かって放たれる。
だが、藤ねえはそれにまったく動じず、一瞥した後
右腕を掲げ、叫ぶ。
「出よ!」
突如、虎ストラップが爆発した、そして
虚空より現出した炎の虎は迫る光芒すべてを吹き散らし
キャスターに向かい跳びかかっていった。
……
――大河の空隙に在るという、絶対殺人武器。
その刃がいかなる形をしているのかは……語るまでも無く目の前にあった。
interlude out
「っ!!?」
がば、と起きた。心臓が異常な速度で拍動している。
(夢……幻……?)
今さっき見た幻視。はたしてあれは何だったのか?
垣間見た悪夢を否定する。藤ねえが強かったのは学生時代剣道部だったからで別にそんな得体の知れないものだからだとか、そういう理由ではない。
と、
傍らに立つセイバーが怪訝な目でこちらを見ていた。
「シロウ……まだ傷が?」
「あ、いや。なんでもない。土倉で寝ちゃって、変な夢見てただけだ。」
立ち上がる。脇腹の痛みも大分よくなってきた。動けると分かれば起きるのが衛宮士郎だ。
さらに言えば、何時までもここで寝転がっていると昼飯を抜きにされたセイバーや、
そろそろ起きてくるであろう金ぴかに何されるか分かったもんじゃない。
「えっと、セイバー。今何時か分かる?」
「ええ、12時を少しまわったところです。」
胸中で嘆息する。起きて朝食をとってすぐここに来たわけだから、
かれこれ4,5時間は気絶していたらしい。
皆に心配をかけない為にも、脇腹の損傷は隠し通さなければならないが
この分だとそれを長く続けるのは難しいかもしれない。
(慣れるしかない、か)
改めて、嘆息する。
昔から魔術回路を作るときなど痛みには慣れてきたのだから、この苦痛にもじきに適応できると信じることにする。
それに、この痛みは……
そう、これはかつて理想に挫折し、絶望の中で死んでいった男の傷であり、また
(正義の味方であることの、罰)
だった。
殺人という罪へ与えられた罰。その苦痛ならば耐えなければ嘘だろう。
たとえ、この傷で死ぬことになろうとも。
鍋に火をかける。
キャスターとの一戦があったあの日。俺が葛木を打ち抜いた後キャスターはしばらく錯乱していたが葛木がまだ生きていると分かった後の彼女の行動は素早かった。
心臓を修復し体に埋め込んだ後、拍動させる。その手際は見事としか言い様がなかったが……
それでも葛木の意識が戻ることはなかった。キャスターのマスターは今だ柳洞寺で昏睡している。
その治療が一通り済んだ後。キャスターは停戦を申し出てきた。
むこうの条件は、3日後に俺とセイバーが柳洞寺の赴くこと。護衛は何人でもつけてもよい。
こちらの条件はアーチャーの令呪であり、キャスターは条件をその場で呑み、即座に自分の左腕を切り落とし差し出してきた。よもや呑むとは思っていなかった為その場の全員がキャスターの行動を
驚くとともに懐疑したが。ともかく、その令呪は今遠坂邸に保管されている。
尚、遠坂は今魔弾の病で寝込んでおり、アーチャーが看病しているとのこと。今だ完全に味方だとは到底思えないが、遠坂が信頼していたので俺達に口を差し挟む余地は無かった。
だが、
正直、あの戦闘は拍子抜けではあった。聖杯すら手に入れたキャスターはこちらの知らない切り札を幾つももっている可能性があると踏んで出たのだが、はたして迎撃に出た戦力は予測内のものでしかなかった。
さらに言えば、はたして聖杯すら手に入れたキャスターの目的とは一体何なのか……?
決戦は終わった。キャスターに戦力はない。だが未だに重要な事は何一つ明らかにされていなかった。
と、そこまで思考が進んだところで
ぴんぽーんと呼び鈴が鳴った。
「はーい。」
返事はしたものの、今はちょっと手が離せる状況じゃない。ここはひとつセイバーに頼もう。
「セイバー、悪いけどちょっと出てくれないか?誰なのか確かめてくれるだけでいいから」
と、セイバーが頷こうとした途端
「士郎?いるのー?」
声が聞こえた。
廊下を歩く足音、その後に
台所に、見知った義姉がその姿を現した。
「えーと。士郎?」
「ああ、藤ねえ久しぶり。」
「……。」
藤ねえは俺の顔をなにやら懐疑的な目で見つめてくる。
「本当に、士郎?」
「あぁ、ホントに。疑うんならちょっとこれ食べてみろ藤ねえ」
いつもはつまみ食いなど絶対許さないが状況が状況だけに背に腹はかえられない。
「む、たしかにコレは士郎の味」
「だろう。」
「でも、士郎?」
「ん?何だ藤ねえ?」
「背、縮んでない?」
「あぁ、最近絶食続きだったんだ。」
「ふぅん。士郎、その胸は?」
「あぁ、ちょっと前から胸筋鍛えたから。」
ようやく成果がでてきたろ?とばかりに胸を反らす。
だが、こともあろうに藤ねえはそれを何の躊躇もなく鷲掴みにしてきた。
「っ!!?!?」
「しろおおおおおおっ! 何コレ!?柔らかいじゃないっ!!?」
「いやマテ!、落ち着くんだ藤ねえ。うん、最近食べすぎで少し脂肪が……
「さっき絶食してたって言ったじゃないいいいいいっっ!!?」
錯乱した藤ねえは両手で俺の、ていうかセイバーの、僅かしかない胸を掴み、
ぐわしぐわしと横に縦にと乱暴に握り潰しにかかっている。
(あー、ごめん親父。俺そろそろそっち逝くかも。ていうかイクかも)
口からエクトプラズムを吐き出しつつ、他人事のようにその状況を眺める。
だが如何に現実逃避しようと絶対感じたくない感覚が脊髄にビシビシ走っている訳で。
(やーーーめーーーーろーーーー、それいじょーーはやばいーー!!)
胸中でいくら叫んでも実際には叫びにはならず、口からはただ吐息が漏れるのみ。
(だーーーーーーーーちがうっ!!? マテ!!)
「ちょっと!士郎!下も見せなさいっ!!」
「ぁ……ぅ……あっ…………や……め」
(なにが「ぁぅぁ」だあああああっ!?「やめ」だああああああああっっ!!?)
もはや自分の意思に反し謎の行動を取り始める己の体を天井から見下ろし、ひたすら悲鳴をあげつづけるも、
一度火がついた藤ねえは止まることなくセイバー似の少女の肢体を陵辱しつづけ……
……
たらーリと、居間に避難しひたすら目を瞑りお茶を飲み続けるセイバーのこめかみに、一筋の汗が流れた。
久々に、この面子で昼食をとる。
先ほどのアレは俺が旅立つすんでのところで、主の身を案じたセイバーが止めに入った。
その時既に俺は放心状態だったそうだから、どうなってたのかはよく分からない。
というか分かりたくない。
んで、ひとしきり箸が進んだ後、
「それで、なんで士郎が女の子になってるの?」
とまぁ一番恐れていた質問がきた。
黙考する。最も説得力のあるいい訳――それは?
「あぁ、最近流行の整形手術だ。まったく雑種のかんが―いや、なんでもない。」
思わず奴のセリフの後半部分までがすべり出てしまったが
藤ねえは何の疑いもなく――かどうかはよく分からないが、ある程度は信じた様子だった。
「でも士郎、なんで整形なんてしたのよ?」
明らかに藤ねえの顔に、”士郎ってそういう趣味だったんだわたし育て方を間違ったわ御免なさい切嗣さん
でもこれもちょっと面白そうでいいかも”
という表情が浮かんでいるのが気になったが。
「それが交通事故にあってギッタンギッタンのぐちゃぐちゃのドロドロになっちゃってたらしくて。な、セイバー。」
と、そこでセイバーに目配せする。
主の意思を汲み取ったセイバーが一瞬目をキラリと輝かせ、口を開いた。
「はい。私が発見した時には眼球と鼻が欠落し、顎が取れかけ、下半身はもげて切断面から何かがプラプラとはみ出ていました。」
いや、セイバー。それ言い過ぎ。
俺は胸中で涙を流しつつ、続けた。
「で、手術して一命はとりとめたんだけど何故か俺の性別を誤った医者がこういう風に変えてしまった訳。」
完璧。グレイト。これ以上はないってほどに非の打ち所の無い嘘。まぁジャンプ誌の某漫画に似ているのは気のせい。多分。
にもかかわらず。
「嘘臭いわねー。」
お姉さまは軽く否定して下さいました。
「いや、全然嘘臭くなんか無い。うん、偽り無い真実。」
うーん、と藤ねえは腰に手を当てて唸っている。よし、もう一押し。
だが、
「嗚呼、これが衛宮士郎だという事は我が保障しよう。」
唐突に
まさに最悪のタイミングで某金ぴか英雄王が居間に入ってきた!
「ギ……ギルガメッシュ。」
ぱくぱくと口を開閉させて、かすれた喉でその名前だけを搾り出す。
拙い。とてつもなく拙い。ただでさえ俺がこんな格好になってしまった上、ここでもう一人居候が増えたなど
藤ねえがどんな反応するか考えただけで戦慄が走る。
だが、状況がここにきて最悪になったのは、避けようのない事実だった。
と、藤ねえが口を開いた。
「魏流我芽朱さん?」
「……まて、藤ねえ。そのあからさまに暴走族っぽい漢字はなんなんだ?」
”え〜”と口をとがらせ、藤ねえが言ってくる。
「わたしん家の若衆さん達はこういう風に呼ぶと喜んでくれるよー?」
頭が痛くなる。こめかみを押さえて、だが今こそ平穏だがいつ暴発するとも知れぬ火山に注意し、この場を穏便に勧める工作を全力で思考する。
とりあえず、紹介だ。
「あー、金ぴか。藤ねえ―じゃなくてこの人は藤村大河って言って俺の後見人の娘で姉みたいな
もんだ。」
「ふん、藤村大河。タイガーか。」
げ、
拙い。
見やる。
案の定藤ねえはゴゴゴゴゴゴゴと謎の効果音を出し拳を固めて立ち上がる。
咄嗟にフォローしようと俺が声をあげ
「金ぴか、タイガーはだめ……
あ゛
「なんて言ったらいいのかしらね。」
おかしい。いつもなら激昂して怒涛のように猛り狂う藤ねえが、
今は氷界地獄の底から響く、耳にしただけで凍りつくような声で、言ってきた。
ギギギとブリキのおもちゃのように、首だけを藤ねえの方に向けると――
次の瞬間。
何の予備動作もなく撃ち出された二条の箸が、俺の眉間を貫いた。
薄れゆく意識の中、藤ねえの有り得ないぐらい冷え冷えとした声が聞こえてくる。
「どうしようもなくムカつく言葉って、誰にだってあるものよ。」
そう言って、藤ねえはふっと溜息をつき、あさっての方を遠い目で眺めていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ネタ元は富士見ファンタジア文庫、某エ○ジェルハ○リングです。
以下オリジナルキャラ解説
絶対破壊者――藤村大河。
炎の虎を駆る。投剣の名手。
心の空隙には獣が潜んでおり、それが覚醒した時
獣の瞬間――理性や罪の呵責からも解き放たれ世界をも滅ぼす存在となる。
10.刺客 注:オリジナルキャラ
interlude
居間はメチャクチャになっていた。
何が天井から落ちてきたのか、部屋は瓦礫にまみれており、
その上で胡坐を組みカップラーメンを啜る白銀の髪の少女が一人
「確認するけど、貴女はわたしのサーヴァントで間違いない?」
「それはこちらが訊きたい…が、君の右手に令呪があるという事はそうなのだろう。」
「で、貴女何のサーヴァント?」
「アーチャーだ。だがガンナーと呼んでくれると嬉しい。」
「そう。で、アーチャー、あんたの真名は?」
「エミヤシロウ。」
「は?」
「エミヤシロウだ。」
目が点になる。
「えっと、わたしの知り合いにもそういうヤツがいるんだけど。」
「そうか。だが同姓同名の別人というのも特に珍しい訳ではない。」
アーチャーはそう言ってずずっとラーメンを啜る。
それはそうだろう。
第一あいつは男だ。この少女が実は男で女装していて今現在わたしを
からかっているアイツだとは思えなかった。というか思いたくなかった。
「ところでアーチャー、あんたの宝具はなんなの?」
「これかな。」
と、アーチャーは左手を背後にやり、何かを取り出す。
握られていたのは一丁のライフル。
「カラシニコフ47。旧式だが7.62x39ラシアンの弾が撃てる。
威力は悪くない上、どんな悪条件でも稼動するのが強みだ。」
そんな事を言い放って、目の前の少女は自動小銃を左手に掲げたまま器用に右手だけでラーメンを啜ってみせた。
震えがとまらない。
「アーチャー、アンタねぇぇぇぇぇ。」
少女はちらりとこちらを見やると、そのまま無視してかまわずラーメンを啜る。
「あんた本当に英霊なの!?」
「ああ、パレスチナゲリラの間では救世主と讃えられている。いや、いた。」
目眩がする…が、たしかに英霊は過去からよばれるものだけとは限らない。
現在、あるいは未来からすらも呼び出された英霊がいてもなんら不思議は無かった。
「…もういいわ、何でも。ところでアーチャー、あんた強いの?」
「何を言う。君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でない筈がない。」
「はぁ、言ってくれてる事は嬉しいんだけど。なんか素直に喜べないわ。」
アーチャーはふうむとあごに手をあて何かを考え込んでいる様子だった。
・
「ところでなんで貴女はアーチャーとして呼び出されたワケ?銃使うのに」
「聖杯戦争が最初に主催されたのは二00年前だからな。その頃にクラスが用意された
訳だからガンナーなどは用意されない上後の追加もない故、
結局遠距離攻撃を得意とするモノは全てアーチャーに分類されてしまう。まぁろくでもない話だ。」
「ふぅん。まぁそれはいいけど、アーチャー。」
「ガンナー。」
「アーチャー。」
「遠坂頼むからガンナーと。」
「アーチャー。」
何か思い出でもあるのか、今まで表情を微動だにさせなかったアーチャーはルルルーと涙を流し、
もはや塩の味しかしないであろうラーメンを啜っている。
「アーチャー。ここ、掃除しといてね。」
・
夜を走る。
午前零時、雲に覆われた夜空の下、わたしたちは武家屋敷に辿り着いた。
武家屋敷からは召喚の光が漏れ、十数秒。
既にランサーは逃げ出し
「拙いな。」
塀に乗ったアーチャーは一言呟いた。
わたしも塀に飛び乗り、見やる。
塀の下の庭では17ぐらいの少年を
赤い外套を羽織った騎士が剣を振りかざし追っかけまわしていた。
「うわぁぁぁぁああっ!やめろ、待て!、落ち着け!!お前俺を助けにきたんじゃないのかっ!?」
「ええい黙れっ!!さっさと殺されろっ!!」
赤い騎士はさらに追い討ちをかけるように構えた双剣を振りかぶり、
地を這いながら必死に逃げようとする少年に次々と斬撃を打ち放つ。
ドラグノフ
とそこで、アーチャーは取り出した狙撃銃を構え、スコープを覗き、
撃った。
銃声が衛宮邸に響き渡る。
赤い騎士の動きが止まり
弾丸は
衛宮士郎少年の眉間を貫いていた。
「アーチャー、残念だったな。私の方が早かった。」
言ってアーチャー、いやガンナーは、
すぱぁ、と吸っていた銜えタバコをぷっと路上に吐き捨て
そのまま虚空に掻き消えた。
呆然と立ち尽くす。
後に残されたのはわたしと赤い外套を羽織ったサーヴァントと、
そしてかつて衛宮士郎だった肉塊のみ。
十数秒の沈黙を挟み
「えっと、そこの貴方。アーチャー?」
「セイバーだ。」
「セイバー、マスターも殺されちゃったようだし、わたしと組まない?」
「いいだろう、君の名前は?」
「遠坂凛よ。」
と、セイバーが差し伸べてきた手を握る。
ふと
セイバーが首からかけている宝石と、
衛宮士郎の死体がしっかりと――まるでそれがダイイングメッセージであるかのように――
握り締めている宝石が、なんとなく似て見えた。
interlude out
「はっ!?」
目が覚めた。
何か悪い夢をみていたようだったが…?
と、そこで夢の内容をだんだんと、思い出……し…………
(知らない!わたしはガンナーなんて知らない!?わたしが知ってるのはアーチャーだけ!)
が、しかし。
「でも、ここでアイツを消しておかないと……後々大変なことになる?」
脳裏に浮かぶ見知った白銀の髪をした少女と、先ほどのガンナーの姿がダブって見えた。
朝の身繕いを済ませて居間に下りると
そこには紅茶を完璧なタイミングで淹れているアーチャーがいた。
とりあえず椅子に腰掛け、重く溜息をつく。
「……アーチャー、アンタがなんで士郎を目の敵にしてたか、分かった気がするわ。」
アーチャーはふぅむと顎に手をあて言ってきた。
「凛、とうとう理解してくれたか。」
「ええ、アーチャー。衛宮士郎を消さない限り、わたし達に未来は無いわ。」
「だが、凛。衛宮士郎を始末するのは、私がやらなければならない。」
「分かってる。邪魔はしないわ。」
◇
三人で朝食をとった後、そろそろ藤ねえが学校に行かねばならない時間が迫っている。
と、藤ねえが唐突に口を開いた。
「士郎、ちゃんと学校行かなきゃ駄目なんだから。」
一理ある、が。
「む、そうは言っても藤ねえ、この格好でどの面さげて行ったらいいんだ。」
だが、藤ねえは有無を言わさず切り返してきた。
「言い訳しても駄目、引き摺ってでも連れて行くからね。」
「うわっ、待った藤ねえ。」
嘆息する。こうなった藤ねえを止める事は出来ない上、戸籍を偽造するなどというのは難しい訳で、
さらにそんなことをすれば衛宮士郎はそれきり社会的にも抹殺されてしまうと考え、
仕方なく自室に着替えに戻る。
居間を出るとき、ちらりと
「良い事思いついた。」
などと呟きまるで赤いあくまのようにキシシと含み笑いをする藤ねえが見えた。
◇
「やーめーろー、藤ねえぇぇェェェ。」
全力で教室入り口の扉にしがみ付くのだが、首根っこを掴んだ藤ねえが有り得ないぐらいの力でそれを
引っ張ってくる。抗うにしても呼吸が出来ず、いや、しかし死んでもここは頑張らねばならず。
「もー、士郎。ここまで来てジタバタしても無駄なんだから。」
と、藤ねえはペリペリと、まるでシールでも剥がすかのような手軽さでこちらの指を一本ずつ片手で外し
しかし無論つかまれた首根っこからは後方への怪力が依然とある訳で。
結局、抵抗虚しく教室をずるずると無様に引き摺られていく。
さて、状況は最悪。いかがしたものか?
引き摺られる力には抗わぬまま、腕を組んで黙考する。
と、藤ねえが教卓について口を開いた。
「今日はみんなに転校生を紹介します。」
(ふー……)
人差し指をこめかみに押し当て、溜息をつく。
「衛宮士郎”さん”です。みんな仲良くしてあげてね。」
案の定、
教室はざわざわと藤ねえの謎行動から沸き起こった喧騒に包まれている。
教室中の視線の先、教卓の隣には女子制服を着た銀髪碧瞳の少女が立っていた。
◇
で、
そのまま即開始した一限終了後の休み時間。
「衛宮?本当に衛宮でござるか?」
「うむ。」
「衛宮くん、実は双子の妹とかそんなんじゃなくて本人なのか?」
「ああ。」
「漫画でよくあるシチュエーションだが、普通本名は隠すもんなんじゃないか?ていうかマジでやられると引くなこういうの。」
「言うな。これは事故。」
「衛宮、もう何も言わんが、だがなんで女子制服でござるか?いや、目茶苦茶似合ってるでござるが。」
「……それも事故、ていうか策謀。」
「「「「…………」」」」
後藤君一同はしばし沈黙し、
なにやらひそひそ話がはじまった。
(衛宮が……女!?)
(たしかに外見はかなり美人でござるな。)
(ていうか本人なのか?)
(そう証言している上にタイガーという証人までいるぞ。)
(いや、しかしまさか衛宮がそんな趣味をもってるとは意外でござったな。)
(ああ、でも可愛いからいいんじゃないか?)
(……おい、お前。おすぎだぞ。おすぎとピーコだぞ?いいのか?オイ。)
(たしかに、でも見てみろ。)
(む?)
(”あのレベル”までいってしまったら、許すしかないだろう?)
(むむむ)
(だがあくまで男だ。ナニがついてる女を俺は許容デキン)
(しかしあの分だと、本当にナニがついてるかどうかも疑わしいでござるな)
(っむむ。)
(ていうか胸出てるだろ?小さいからよく分かんなかったけど)
(むむむ。)
(この分だと男の最後の砦が陥落している可能性も非常に高いでござるな)
(むむむむむ。)
(でも断言は出来ないな。調べてみれば確かなんだけど)
一瞬の沈黙を挟み…
(俺がやる)
(((!!)))
(待て!待つんだ鈴木君!)
(止めるな!俺は畜生と謗られようともかまわん!)
と、突如鈴木君は立ち上がり、衛宮君の方へ詰め寄っていった。そして、
「衛宮!」
「ん?どした?」
「脱げ!」
「……へ?」
目を点にして固まった衛宮士郎の周囲を四人の男が取り囲んでいった。
◇
二限開始のチャイムに救われ、しばらくそのまま受講した後、脇腹に違和感を感じた。
授業を抜け出して、ついでに目的物を回収した後、人目のないところに退避し
「く…………っ。」
トイレの個室で延々唸っていると何か誤解されるのではないかと莫迦な事を思いつき、苦笑する。
徐々に悪化していく脇腹の痛み。段々と激痛を感じる時間も長くなってきている。
意識を保ってこれに耐えるのは拷問といえた、が結局気を失ったところでまた数秒とたたず
痛みで覚醒してしまう。耐えるしかない。
何時終わるのか、何時解放されるのか?最早時間の感覚も曖昧になった頭で考える。
この責め苦はおそらく、一生、自分が終焉を迎えるまで続いていく。
拷問じみた責め苦の中で自嘲気味に嘆息する。理性は弱い。自制もまた同じ。
瞬間の苦痛に耐えるのは容易であっても、持続する痛みに耐えるというのは不可能と言って差し支え無い程に困難な課題だった。
この激痛の中にもはたして周期があった。振り上げられた破壊槌が叩きつけられるような。
数秒間痛みが和らいだ後に、
破壊槌が最大の速度でもって叩きつけられ、脇腹を潰していく。
「く……ぁぁぁああああああっ!」
そのまま意識を失った。
◇
鐘の音で目を覚ました。
この鐘は……昼休みか。
授業途中で抜け出してきた訳だから
どうやらまる2時間程気絶していたらしい。
だが、昨日などはそのまま半日近く意識を失っていたのだから、今日はまだマシといえる。
3、4限をサボってしまったが、それはこの際仕方が無い。
とりあえず、着ていた―おぞましい事に―スカートとベストを脱ぎ、
職員室の藤ねえの机から奪還してきた男子制服を着ようと、手に取る、と――
それは直感だった。
咄嗟にドアを開け放ち、そのまま床に身を投げ出す。
――次の瞬間
今まで入っていた個室が粉々に粉砕され、その破片が周囲に散っていく。
その中に、赤い外套を羽織った騎士が双剣を無造作に掴み佇んでいた。
片膝をついて、じっとその男を睨みつける。
……奴はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
――傍から見れば、半裸の少女に刃物を持った男がにじり寄るという発禁モノの危ない光景ではあった。
とりあえず、少しずつ後退しながら、時間を稼ごうと口を開く。
「……ちょっと待て、お前。普通学校で襲うか?」
奴は一瞬ふっと皮肉げに笑い、言った
「問答無用だ、衛宮士郎はここで消えろ。」
「っ!!」
◇
走る。セイバーの脚力を用いて直線の廊下を全力疾走すれば、その速度は機械駆動に劣らない。
ただまぁ、上はYシャツ、下は下着一枚というカッコなのがちょっと嫌だったが。
だが命の危険が迫った状況なのだから仕方ない。
後ろを振り向くと、こちらの方が速いにも関わらず、双剣振りかざし奴はぴったりとこちらを追っかけてきている。
「っ!!!?」
「うわああっ!?」
「きゃああああっ」
叫ぶ観客は無視。
ジェットコースターじみた速度でかっ飛ばし廊下の生徒を左右の体捌きでかわしつつ、そのまま階段を二回の跳躍でやりすごしてまた反対方向へと逃走する。
と、奴の声が聞こえてきた。
「投影、開始。」
「っ!!?」
正気かっ!?
咄嗟に振り返る、後方からは十を超える矢が迫る!
即座に隣にあった掃除道具箱を開け放ち、中から自在箒を掴んだ。
工程をかっ飛ばし、箒の端々が砕けるのもかまわずそれを強化する。
既に剣群は目前。
その場で体を急反転させ
強化した箒でまず先行するスパナーを叩き落し、次弾のマイナスドライバーを弾き、
続いて飛来した無数の工具群を捌いていく!
「はぁはぁはぁはぁはぁ……。」
額の汗を拭う。
拙い。結局逃走したところで時間稼ぎにしかならない上、奴はとうとう周囲を省みず攻撃を始めた。
どこかで篭城しなければ、周囲の人間が巻き添えになる……。
だが、篭城するにしても、既に追いこまれた感のあるこの状況では、何か奴の気を一瞬でも逸らさなければ背を向けた途端そのまま串刺しにされるだろう。
何か手は!?
と、そこへ
「あれ?アーチャー?にセイバー……じゃない衛宮?」
慎二!
視界の端に見知った友人の姿が映った瞬間、決断した。
ボロボロに砕けた自在箒を奴に投擲し、慎二の手を掴む。
「え?」
きょとんとした慎二を有無を言わさぬスピードで強化する。
奴が投擲された自在箒を弾いた直後。
固まった慎二をそのまま肩の上に構え、
弾丸重量60弱、初速度は既に銃弾に同じ、最強の魔弾。
「っ!?正気か貴様ああぁぁっ!」
問答無用。
刹那の後、裂帛の気合とともに投げ放つ!
(ありがとう、慎二。ごめんよ、慎二。)
胸中で友情の涙を流しつつ逃走を再開した。
ちらと最後に少しだけ振り向いて、後ろを見ると
どてっぱらに戦車砲に劣らぬ弾丸を食らったアーチャーは、腹から慎二を生やしそのまま仰向けに昏倒していた。
◇
「にしても、衛宮。本当に本当なのか、それは?」
「ああ、何度も言ってるだろ、一成。」
とりあえず、
避難した生徒会室で茶を啜り、一時の安息を得た。
相変わらず友人は何度説明しようとも疑惑の眼差しでこちらを見て――いや、少し目を背けてくる。
いい加減、下着姿で逃げ回っているわけにもいかず、とりあえず一成を頼った訳だが。
と、
「衛宮、これでござるか?」
後藤君がどさくさのうちに紛失した俺の男子制服を持って、姿を現した。
「有り難う後藤君。助かった。」
頼まれてくれた後藤君に感謝し、受け取った制服を手早く着る。が、
なにやら後藤君はじーっとこちらを凝視している。
「どした?後藤君。」
「いや、なに。衛宮、こっちのもあるがどうするでござる?」
と、その手には、
スカートとベストが。
「っ!いやそれはいい!ていうかそれは燃やそう。うん、それがいい。」
「しかし衛宮。今のお前にはこっちの方が似合うでござるよ。」
「落ち着け、後藤君。俺はあくまで男だ。」
「ふむ、たしかに一理あるでござるが。」
「うむ。」
「鈴木がお前に惚れたらしくこれを着せて来いと五月蝿く言ってきたでござる。」
「っ!?」
「ちなみに扉のすぐ外にいるでござるよ?」
「っっ!!??」
こんこん、と扉をノックする音が聞こえた。
魔術師は普通の人にその存在を知られてはならない。
だが、俺はその戒律を破りそのまま窓から2階下へ飛び降りた。
◇
「シロウ、そろそろ約束の刻限です。」
「ああ、ちょっと待ってくれセイバー。今行く。」
あの後、警戒しつつ五限を受け屋敷に戻って一服すること半刻。
そろそろキャスターの指定した時間が迫っていた。
キャスターは果たして何を企んでいるのか?
それを確かめる為にも、柳洞寺に赴く
……ギルガメッシュは寝こけている上、アーチャーに道中の護衛を頼むのはかえって危険なので、セイバーと二人で。
意識しないうちに、重く溜息をついていた。
◇
イリヤスフィール・アインツベルンはこちらに協力し、回収した魔力も十分に残っている。
大聖杯のシステムを維持するのも後一ヶ月程度ならば問題ない。聖杯を開放する準備は整っている。
聖杯を顕現させるのに必要なのは”外部”からの来訪者である英霊の魂だった。
サクリファイス
そもそもサーヴァントとは生贄であり、
レセプター
マスターとは受容体であると共に、……令呪が何故最初に必要とされたのかを考えれば
エクスキュージョナー
……処刑人である。
だが、はたして例外は生まれた。第四次聖杯戦争より召喚されたセイバー。
彼女はもともと”外部”の存在ではない。
能力は傑出していても単に過去の人間が現在に召喚されたに過ぎない。
そう、霊体ですらない彼女は孔を穿つのに役に立つ存在ではなかった。
では何故召喚されたのか?
答えは簡単に出た。
そも基本的に6騎の生贄がいれば孔を穿つには十分過ぎる。
アインツベルンはもとより敗北する気などなかったのだろう。
故に、被召喚物が”何の役に立たなくとも”よい。つまり
サーヴァント
セイバーは純粋に戦力としてのみ召喚された剣奴
……はたしてそうか?
疑問は残る。アインツベルンとて第三次における自らの失態は既に承知していただろう。
第四次聖杯戦争、彼らの求めた聖杯が汚染され変質した時、彼女は召喚された。
それは何故―――?
◇
「聖杯の浄化?」
「……。」
マスター、衛宮士郎はその言葉に反応し、眉を上げて訊ねてきた。
一方彼のサーヴァント、セイバーは動じず正座のまま沈黙しこちらを凝視している。
「そう、今聖杯は汚染されていて使い物にならないわ。だから貴方達にはその掃除をしてもらいたいの。」
「はぁ……。」
衛宮士郎は特に警戒なくあっけらかんとしているが、
セイバーは左手に剣の柄を握り何時でも抜き打ち出来るよう身構えていた。
(下手なことを言えば一刀両断にされかねないわね。)
と、衛宮士郎が怪訝な顔をし訊ねてきた。
「キャスター、その掃除って危険なのか?」
「ええ、聖杯を汚染している元凶そのものを断つのだから、当然でしょう。」
「……元凶って一体何なんだ?」
「アンリ・マユ。六十億全てを呪う悪。これは比喩でもなんでもなく、事実その力をもっているという事よ。」
衛宮士郎はしばし沈黙し
「…………キャスター、そんなん相手に何をしろと?」
「それはまだ分からない。ただ、あなた達になら出来る筈。」
「いや、そんな確信もたれても。」
今度は即答してきた。
……やや、こめかみに青筋が立ちそうになるのを必死で堪える。
「聖杯を求めるというなら、今の聖杯を浄化する以外にない。目的が一緒なら協力すべきでなくて?」
「……。」
「……。」
二人は暫く沈黙した後、
「セイバーと約束したからな。聖杯がそれで手に入るって言うんなら引き受けるよ。」
と、それを聞き咎めてか、セイバーが口を開く。
「シロウ、私はサーヴァントとしてマスターを危険な目にあわせる訳にはいかない。」
「いいや、セイバーだって『貴方には聖杯を手に入れてもらう』って言ったじゃないか。だから俺も手伝う」
「っ!、あれは聖杯戦争の事であって、状況が変わった今……
「いーや、セイバーが何と言おうとこれだけは引かないからな。セイバーが手に入れたいなら最大限手を貸すって前に言ったろ。」
「しかし……
なお食い下がるセイバーに衛宮士郎はあっけらかんとして受け答えしている。
(これではどっちがサーヴァントなのか分からないわね)
苦笑する。嗚呼、でも他人のことは言えない。
自分と宗一郎もまた目の前の二人以上に倒錯した関係だったのだから。
二人を調停する為、口を開く。
「セイバー、貴女もサーヴァントならマスターの言う事ぐらい聞いてはどう?」
「っ!」
セイバーが一瞬黙り込んだ隙に、続ける。
「兎に角、二人には聖杯に”潜行”してもらう、それでいいわね?」
そう言うと、今までの喧騒はどこにいったのやら、二人はあからさまに”潜行”の意味につっかかりきょとんとした表情を浮かべている。
この分だとこの二人にはさらに長く説明しなければならないか。
◇
アンリ・マユ
聖杯を汚染した呪いはサーヴァントを始めとする霊体にとって天敵ともいえる。
そして何故、聖杯が汚染された後に彼らは霊体ではないセイバーを召喚したのか。
……全ては推測にすぎない。だが、今は成功する事を信じる。いや、
たとえどのような手を用いてでも成功させなければならなかった。
もはや、マスターを救うにはその手段しか残されていないのだから。
11.暗雲 傾:シリアス謎展開 注:オリジナルキャラ
キャスターが言う事には、あと一週間までには全ての準備が整うらしい。
その時にセイバーと俺が孔の奥に潜行し、聖杯の中に潜むというアンリ・マユを退治する。
それが作戦概略であった。
……最も具体的にどうするのかとか、60億全てを呪うとかいう相手をどうすれば退治できるのかとか問題点は山積みだが。
そこらへんはキャスターを信じるしかない。
さて、そんな訳で柳洞寺を後にし、山門まで来る
と、
ドタドタドタと走る音がする。
「いっせー、いっせーー♪」
「わっ、やめろイリヤこんなとこでーっ!?」
逃げる一成をブルマと体操服姿で追いかけるイリヤスフィール・アインツベルンの姿が一瞬見えた。
くらりっと
目眩がする。
過去友人と共有した数々の思い出が、今垣間見た光景は嘘だとひたすら連呼している。
だが
(つまり、一成。)
額に手をあて、ふぅと息を吐く。
(お前が女にまったく興味を示さなかったのは、こういう理由だったのか……?)
そのすぐ後、
「姉貴!そんな格好で出歩いちゃだめだ!!」
がーーーっと吼えながらアーチャーが二人を追いかけて走り抜けていった。
……
どうやらあいつはこちらに気付いていない様子だったが、
にしても。
(姉貴?)
黙考する。そも英霊とは過去から呼び出されるとは限らない。
未来から呼び出される英霊が存在しても別に不思議な事ではなかった。
と、すると
(アーチャーってイリヤの弟なのか。たしかに二人とも髪白いもんな。)
そう納得して嘆息し
「存外世界って狭い。」
天を仰いで呟いた。
◇
セイバーと一緒に石段を降りていく。
山門をくぐり、石段を暫く降りたところで。
横手の林に一瞬何かがちらりと視界を横切った。
(ん?)
見やる。
(あれ、イリヤ?さっきまで寺の中にいたのに……?)
注意して見なければよく分からなかったが、横手の少し影になり暗くなった林の中にイリヤが佇んでいた。
――いや
よく見れば、イリヤではない。黒衣を着ている為印象が違って見えただけかと思ったが、
髪もまた濡れる様な漆黒に染まり、顔は俯いている為よく見えないが、
だがその姿は天真爛漫なイリヤと違ってあまりに暗い。
か細い、だが確かに声が聞こえてくる。
と、その少女が顔を上げ真っ直ぐにこちらを見た。
「っ!!」
その顔、本来目があるところは円く窪んでおり、ただ黒い闇が広がっている。
よくは聞き取れない。だが悲鳴か怨嗟かの泣き声が林の影から響いている。
数秒の後、漆黒の少女は林の中に掻き消えていった。
傍らに立つセイバーが怪訝な顔をしてこちらを見てくる。
「シロウ、青ざめた顔をして……何かあったのですか?」
「いや、セイバーは見えなかったか?さっきイリヤに似た人影が見えたんだけど。」
「?いえ、私は見てませんが。」
「……。」
あの少女が消えたその林をじっと見つめる。
(何だ?)
少女が消えたあたりに、何か赤いものが落ちているのが見える。
「シロウ?」
セイバーの静止を振り切り林を分け入って近くに行き、確かめる、と
それは血痕だった。
異常なのは、まさしく同じサイズの滴が等間隔に並んでいること。
「これは……?」
「……。」
直線状に並んだ血痕。それが13滴落ちていた。
◇
「二人ともおかえり〜。」
「ああ、藤ねえただいま。」
さて、とりあえず屋敷に戻ってきたわけだが。
居間に入った途端、固まった。
他界、まさにその言葉に相応しい空気があたりの時空間に歪を作っている。
「え、セイバーさん……が二人?」
……
「あ、士郎。桜ちゃん来てるよ。って見ればわかるよねぇ。」
(っ!?)
ぱりぱりと煎餅を齧りながら、平然として問題発言をしてくれる藤ねえ。
やばい。
「……先輩?」
桜のまるで何か決定的に道を外してしまった人間を見るような、憐れみの籠もった眼差しが痛い。
「あ、いや。うん、そう。」
何を答えて良いかわからず、結局口から出たのは肯定だか否定だかも分からぬ曖昧な言葉だけだった。
「……。」
あ、桜固まった。
「おーい、桜ー?」
まるでスローモーションを見ているかのように、
青ざめた顔を浮かべた桜がゆっくりと、後ろにひっくり返っていく。
そのまま桜はぶくぶくと口から泡を吹き何かうわごとを呟きはじめた。
(うそ……セイバーさん?……変態?……返し……先輩。)
「…サクラ?」
「……さくらー?」
「桜ちゃん〜!?」
ギルガメッシュが唯一人、一連の騒動にまったく動じずテレビの前で胡坐を組み
煎餅を齧りながらプロ野球中継を見入っていた。
ぱりぱり。
◇
(結局何だったんだ?あれは。)
あのあと気絶した桜を客間に寝かせ、夕食の準備に取り掛かった。
鍋に火をかけながら、黙考する。
見間違い?この年でおばけを見るというのも恥ずかしい話ではあるが。
さらに言えば
(血痕、13滴。何を意味する?)
その数の方が重要に思える。とはいえ思いつくのはありきたりなものでしかないが。
と、
「っ、やばっ。」
晩御飯の下ごしらえをしていたのだが、危ういところで鍋が沸騰して溢れかえるところだった。
急いで火を細める。
さて、あとは。
冷蔵庫を開けて目的物を探す、が
「あれ?」
……ネギ、きれてたっけ?
仕方が無い。まだスーパーは閉じていない筈だ。
居間にいる二人に声をかける。
「藤ねえ、セイバー、俺ちょっと買い物いってくるから鍋気をつけといてくれ。」
「士郎、もう外暗いから気をつけるのよ?」
「藤ねえ、俺を何歳だと思ってるんだ?」
暗いとは言え六時を少し回ったばかり、到底健全な高校生ならまだ活動時間ではある。
と、
何時の間にかセイバーが傍らにまで回りこんでいた。
「シロウ、私も一緒に。」
「いや、いいよ。セイバーは家にいてくれ。今は何も危険なことなんてないだろう?」
それでもまだ不安気な表情をするセイバーを二言三言でかわし、玄関を出た。
◇
(さて、とりあえず必要な物は買ったし、帰るか。)
少しばかり寄り道していこうかとも考えたが、流石にそろそろお腹を空かした三悪人が
居間に集結している頃だろう。遅れれば何を言われるか分かったもんじゃない上、
桜が起きてしまったらその三悪人を桜に押し付けることになってしまう。
路地を曲がり足を速めて一路帰り道を急ぐ。
と、
(あれ?)
何か見知った人影が向こうの通りにちらりと見えた.
追っかける、というのもちょっと嫌な気がしたが、それでも何故か気になったものは仕方が無い。
とりあえず、適当な予測をつけて通りに出て、またその裏路地を曲がっていく。
「見失ったか?」
確かにこの路地に入っていったように見えたのだが、
しかし奥まで言ってみるとそこは、ビルの間に袋小路が出来ているばかり。
人気がまったく無い、ばかりか面するビルにもろくに窓がついていない、
……いかにも通り魔御用達といった風な場所。
漂う空気も淀み、正体不明の不安が胸を苛む。
と、
(殺気!?)
突如後方から感じた殺気に振り返る……そこには
紫色の長髪をさらりと伸ばした女が立っていた。
「……ライダー?」
「久しぶりですね、衛宮士郎。いえ、
サーヴァント
キャスターの手駒」
「サーヴァント?いや、俺はマスターだ。」
「ふふ、どうでしょうか?」
拙い。
追っかけていた、のではない。俺が誘われたのだ。
だが、そもそも
「ライダー、消えた筈のお前がなんでまだ存在してるんだ?」
「それを私が答えると?」
「……」
瞬間、ライダーは弾丸の様に跳ね、迫る。
「っ!」
◇
「まったく、雑種は何をしておる?」
居間で寝転がったギルガメッシュがばりばりと煎餅を齧りながら言ってくる。
「あー、ギルさん食べ過ぎ。晩御飯もうすぐなんだからあんまり御菓子食べちゃ駄目よ?」
大河もまた先ほどまで食べていたはずなのだが、本人は既に記憶にないのかもしれない。
「むぅ、雑種。我に意見するつもりか。」
「もー、ギルさん口悪すぎ。雑種雑種ばっか言ってると犬になっちゃうよ?」
「むぅぅ。」
ギルガメッシュが大河の勢いに押されて黙り込んでいた。
嫌な予感がする。マスターが少し買い物に遅れた程度で大げさと言われるかもしれないが
この直感はなにより無視することが出来ないものだった。
「ギルガメッシュ、留守を頼みます。」
「ふん?別にかまわんが、セイバー何かあったか?」
「嫌な予感がする。シロウを迎えに行って来るので、それまで。」
走る。
「……。」
「……。」
一瞬で弾丸のように駆けて行ったセイバー、
ぱりぱり
「あー、ギルさんもう駄目って言ったでしょ。」
「という雑種も齧っているではないか。」
ぱりぱりぱり。
◇
(っ!)
異常に体が重い。これは
(魔眼。石化!)
こちらの動きは封じられ、尚敵はこちらを遥かに凌ぐ機動性能を保有している。
ならば
投影する。
剣、ではない。
敵がこちらに密着する、その一瞬の間に完了させた。
刹那の後、打ち込まれた釘を左の”篭手”で弾き、右に構えた手刀で鳩尾を狙う。
だが、その攻撃からライダーは一歩跳び退ってかわしなんなく間合いから逃れている。
睨みあい、その間に鎧に包まれた左腕を掲げ、双剣を投影する。
(速さで勝てない、ならば敵の攻撃に耐え後の先を狙っていくしかない。)
投影が完了し虚空から剣が現れる…が
現出したのは陰剣莫耶のみ。
苦笑する。
とっくに分かっていた事だった。
陽剣は失われた。なら出てくる筈が無い。
だが、
(問題ない)
銃身はここに在り。
何一つとして問題は無い。
速さで勝る敵に対し、重量及び筋力で勝るこちらは密着戦で捉えればいい。
輪胴を確認し弾を込め、体を半身に
陰剣を防御におき、右手を手刀に構え、
「アアアアァァァッッ!」
ライダーが動く。突進する敵に真っ向から跳びかかっていった。
◇
先ほど大聖杯に磔にした”聖杯”を見上げ、黙考する。
戦力的に考えてもセイバー以外には有り得ない。
セイバー、霊体でないが為アンリマユの呪いに対して抵抗が高く、
レジスト
呪いに対する抗魔力は全サーヴァント中最大であり、持つ武器は善属性。
これ以上にはたして、アンリマユと相対するに相応しいサーヴァントが存在するであろうか?
いや――
存在する。
全ては上手い具合に整っていた。
……それも気味が悪いほどに。
物事があまりに上手く行き過ぎていることに悪寒を感じる。
これは、つまり
(抑止の力が働いている?)
有り得ないことではあった。
こと、かの存在に関してだけは霊長の抑止は発動しない。
人の手により生まれ、そして人の手がまったく施されずに成長する。
それこそがまさしく抑止から免除され最悪の災いとなる存在ではなかったか。
にもかかわらず抑止の力が働いていると考えるのならば、それは何故か?
12.欠けた言葉 傾:戦闘シリアス
どうという事はない。
6の刃は牽制、敵が回避するその隙に一気に畳み掛ける。
接触は一瞬。左腕で顔面を防御し咄嗟に対応してきた敵の一撃を鎧で受ける。
僅かに貫徹した釘が体に突き刺さるが、深くは無い。
そして、その刹那の後、空いた胴に渾身の突きを打ち込む。
敵は体を捻りその一撃を避けようとするが双方が突進した後の衝突。回避の間は無い。
しかし、
(浅い)
既に鉄の刃となった筈の手刀、だがそれは肉を裂くには明らかに鋭利さに欠けていた。
馬鹿な。右腕は銃身。その先の銃剣。この右腕が何かを”殺し損ねる”などという事はありえない。
疑問は一瞬。側面から唯一開いた顔にむけて放たれる左の釘。陰剣で弾くが、それは必至の一手だった。
直後、左腕と鎧の間隙、喉に釘が差し込まれていくのをどうしようもなく見届ける。
「か……はっ」
水道の蛇口から流れるように、鮮血が開いた穴から噴出する。
喉に一撃を受けた、だがそれでいい。
失ったものの代わりこちらは敵の命を奪う。
痛覚を自制で無視し、そのまま突きを放つ―――
だが伸ばした腕は敵の胴を掠めるだけ。既に敵は後ろに跳躍し間合いを離している。
……
睨みあう。
敵は一撃をこちらに与え、その後にすぐ離脱する。深追いしない単純なヒットアンドアウェイの攻撃。
ライダーにとって一撃で俺を仕留める必要などないのだ。徐々に削り、
失血と痛みで俺の自制に一瞬の隙を設け、そこに必殺の一撃を叩き込めばいい。
つまり、俺は
(狩られている。)
狩人と追われる獣。釘の猟銃はこちらに手傷を与え、
俺の動きが鈍ったところで眉間を撃ち抜いてくる。
ヒュゥヒュゥと音がした。
喉から空気が漏れる。
その音に気をとられた一瞬にライダーは接近した。
「っ!……」
咄嗟に後ろに跳び退るが敵のほうが速かった。
釘ではなくライダーの足が鳩尾に吸い込まれる。
爆発音。
……
ぱらぱらとコンクリートの破片が頭に落ちてくる。
「ぁ……」
肺が空気を求めて足掻き苦しむ。
だが吸った空気は片っ端から空洞から漏れさらに肺はもがき――
息が出来ない。
体から力が抜け落ちていく。
だんだんと意識が暗転していくのをどうしようもなく、ただ受け入れて
何故か場違いなことを思いつく。
懐かしい。
息が出来ない、この感覚は遠坂にカプセルを割られて以来だった。
右手で喉を押さえるが、手で塞いだところで指の間から空気がどんどんと漏れていく。
指が首にめり込み血が滲む程に押さえつけ、だが意味がない。
苦しい、薄れた意識の中ただその言葉だけが頭を埋めていった。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい……―――
薄暗くなった視界。目に入る光景は溢れる涙でぐしゃぐしゃになっていた。
ライダーの背がぼんやりとやけに高く見える。
すぐ目の前にまで来たライダーがその釘を振り上げ……
(死ぬ)
感じたのは恐怖、だが同時に安堵もあった。
ない交ぜになった感情と苦しみからの解放、安息を求める喘ぎがぐちゃぐちゃに混ざり
目を瞑ってただ、その解放の一瞬を――――
その時、誰かの声が聞こえた。
……
ヒュゥヒュゥというかすれた音の合間に聞こえる剣戟の響き。
真っ暗に閉ざされた視界。何も見えない、だが分かる。
「ァアアアアッっ!」
叫び声が聞こえた。
セイバー。間違う筈が無い。
意識なぞとうに無い、だが右腕が伸びる。
銃身は真っ直ぐに目標を捉えていた。
◇
主は横手の壁にもたれかかり、倒れていた。
遠目に見て、まだ息はある。喉からは鮮血がとめどなく流れていたが、
今すぐに手当てをすれば助かると判断し――
敵の呼吸を計る。
速度で勝る敵に対し、最適のタイミングをつかみ踏み込む事で一歩の距離を詰める。
静かに、耳に集中し……
と、ライダーが口を開いた。
「今の私は、セイバー。貴女より強い。」
その言に虚勢はない。確かにライダーが周囲に放つ魔力はおそらく私を―――
いや、全サーヴァントを凌駕するだろう。
何故、騎兵がそこまでの魔力を?
だが、それを気にかける必要はなかった。
もとよりこの身は主に捧げた剣である。
いかなる強敵であろうとそれを討ち、主を守る。
それが全て。
一瞬の決断の後、駆ける。
ライダーはこちらを真っ直ぐと見据え
「!?」
刹那の後にその姿が消えた。
真実消えた訳ではない。死角に回り込み、こちらに必殺の一打を見舞いにくる。
その一打、直感に体の全てを任せ――――
「っつぁぁぁっ!」
左後方の空間を一気に袈裟に叩き斬った。
◇
一撃はライダーに当たる事はなかったが、だがこちらも生きていた。
敵の必殺の攻撃はかわすことが出来たが―――
舌打ちする。
左手に篭手を貫通し深々と釘が刺さっていた。
感覚が失われている。しばらくは使えまい。
既に戦う前から分かっていた事だが、ライダーは以前闘った水準とは比べ物にならない。
さらに魔眼キュベレイ。体が石化することこそ無いが、
だが石化だと言っていい程にペナルティは致命的だった。
錘をくくりつけられたかのように体が動かない。
正攻法で闘えば敗北は必至。
ならば、
一撃をあえて受け、刹那の後に必殺の攻撃で敵を斬り殺す。
(それ以外に無い)
だが回避せずあの釘の一撃を受ける。それはつまるところ、唯一無防備である頭に
一撃を受けるは必至だった。鉄甲冑をも貫く攻撃。
はたして頭蓋が破られて尚、刹那でも意識を保っていられるか?
ちらりと主の方を見た。まだ息はある。だが長引けばそれも確信はない。
逡巡している場合ではない。
見れば、跳び退って機を測っていたライダーは徐々に距離を詰めてきていた。
決断し、大剣を上段に構える。
刹那の後
ライダーが、再び消えた。
頼りになるのは直感のみ。
神経を加速させ、一瞬を無限とする。
右か? 左か?
だが、
敵は最も注意を払っていない方位に現れた。
即ち正面。
(っ!!)
不意をつかれ、既に間合いに入り込まれていた。
ライダーの顔が眼前にまで迫り、
その釘は下方より喉から後頭部を貫く軌跡で突き込まれる。
脳を抉られ尚生きられる可能性を考える。
絶望的、だが喉から差し込まれるその釘が脳に達するまでに、
敵に一撃を与えることが出来れば――
「ァアアアアッっ!」
後方に跳びながら、大剣を裂帛の気合とともに振り下ろす。
釘が喉に触れる、その一瞬。
金属音が響いた。
釘でこちらの攻撃を弾いた?いや、そうではない。
では?
だが、思考する必要はない。
この一撃は防御物を置いたところでそれごと斬りふせる。
剣を振りきり、敵を真一文字に――――
ライダーの動作は俊敏だった。
一瞬の金属音とともに身を引き、
横に跳ぶことでその一撃から逃れようと試みる、
だが、それも間に合う筈が無い。
一撃はライダーの右腕を根元から叩き斬っていく。
初めて敵が苦悶の声を上げた。だがこのまま逃すつもりは無い。
さらに下から振り上げ、逃げる敵を畳み掛ける。
が、刃の先端はライダーの胴を僅かに掠めるばかり、
速さで勝る敵にこちらの追撃は届かなかった。
再びの対峙。
敵は肩から皮一枚繋がった右腕をぶらりと垂らし、息を荒らげ片膝をついている。
だが、自分の方がひどい有様であろう。
あの釘の一撃を回避する手段は無かった。
どんなに運がよくとも、首は破られている、
あるいは既に傷が脳に達している可能性も否定出来ない。
おそるおそる、左腕で喉をさする……が
(傷を負っていない?)
何故?
金属音、あれは?
両手で剣を構えなおし敵への注意を逸らさぬまま目だけで横手を見た。
――彼女の主が右腕をライダーに向け真っ直ぐと掲げている。
首からの失血は既に致死量ギリギリにまで達していると思われた。
半眼に開かれ地を見る眼。陥没した鳩尾。
ここからも喉から漏れる音が微かに聞こえてくる。
到底シロウに意識があるとは思えないが――
だがその瞳は明らかに一つの意思を宿していた。
「シロウ……?」
刹那の後、
「っ!」
音速を超え刃が連続に放たれた。
次々と着弾する刃をライダーは三度後方へ跳びかわし、さらに撃ち込まれた二条を
釘で打ち払う。
「っ……。生きているとは思っていませんでしたが。
いいでしょう、セイバー。決着は次に預けます。」
言い残し、退くライダーを見届ける。
追い討ちをかける選択もあったが今は主を見捨ててそんな真似をする事は出来ない。
敵の気配が消える。
武装を解いて、肩の力を抜く……と
どさ、と
すぐ横手から人が倒れる音が聞こえた。
「シロウ!?」
◇
痛みで覚醒した。
「……っ!」
布団を蹴飛ばしそのままばたばたと畳を転げまわるが、
これしきの事でどうなる痛みではないのはよく知っている。
「っっ!!………」
何時ものように痕が残る程強く脇腹に爪をたてその激痛を別の痛みで紛らわせる。
「っ!…………」
蹲り、じっと耐える。何度も畳に拳を打ちつける。
分からない。声が出ない。悲鳴をあげる事も出来ずただぐっと奥歯を噛み締め拷問に耐える。
ギリギリと歯がこすれる音が頭に響く。
(ぁ……ぁぁぁ………)
ぽたぽたと、畳に水滴が落ちて染みをつくった。
(正義の味方?)
皮肉に口元が歪む。
ただこの程度の痛みで何も出来なくなっているのに?
何を増長を。何を馬鹿な望みを抱いている?
何も出来ない。無力だった。セイバーが来なかったらただゴミのように殺されていた。
そしてそれを自分はあの時受け入れていた。
哀しくてただ笑う。その声も胸中に響くばかりで音にならない。
(ぅ……ぁぁぁ……)
脆弱な意思、蒙昧な理想、無力な自分。
磨耗する箇所すらもなくなっているのではないかと疑念を抱くほどに、
もう何もかもが欠けてなくなっている。
なにが痛むのかも分からず、ただ自分の体に爪をたてる。
涙が滴っていく。
それを笑った。その冷笑すらも弱々しい。
◇
感じたのは嘔気だった。
けたけたと狂人のように声にならぬ笑いをあげながら涙を溢し続ける。
その中で
ふつふつと怒りが沸いてきた。
馬鹿らしい、まったくもって馬鹿らしい。下らない。嗚呼、何を今更。
唇がいっそう歪んでいく。
(なんだってんだこんな事で?)
何を弱気になっている?
痛いから?苦しいから?言葉が出ないから?
何を馬鹿な。
お前は、
(お前は正義の味方になるんだろうがっ)
渾身の力で拳を虚空に叩きつけ―――
べし!
……
(べし?)
何時の間にか、閉じていた目を開ける。
……ギルガメッシュの顔面に俺の正拳が突き刺さっていた。
(えーと…………)
何故だかよく分からなかったが、
どうやらこいつはしゃがんで俺の様子を観察していたらしい。
「……雑種、それだけ威勢があるのならば問題ないな。」
突き刺さった拳を左手でついと払いのけ、憮然として金ぴかが言ってきた。
ふぅむ。
とりあえず謝罪と、何をしに来たのか訊こうとしたのだが結局口がぱくぱく動くばかりで声がでない。
と、やつは”はぁ”と一つ嘆息する。
「偽者であろうとその体はセイバーだ。
今後我の許可なく傷を負うことを禁ず。分かったな雑種。」
「……?」
やつはそれだけ言って立ち上がり、居間に戻っていった。
はて?
◇
で、
結局俺の意思表示は二つにまで絞られた。
イエスかノー、首を縦に振るか横に振るかである。
薄暗い屋敷。朝の―――六時といったところか?
顔を洗って居間に行く、と
居間には誰も居なかったが、桜が台所でことことと朝餉の支度をしてくれていた。
ふむ。
とりあえず、俺もエプロンをつけて何時も通りに桜の手伝いをしようとするのだが、
桜は何故か奇異な目でこちらを見やり、おずおずと口を開いた。
「……先輩?」
とりあえず、二択のうちの一方、首を縦にこくりと頷く。
「……先輩、その……、その体はどういう事なんですか?」
(いや、それが俺の口から説明できれば苦労はないんだがなぁ)
苦笑する。言葉が出ないのがこれほど難儀なものだとは思わなかった。
「もぅ、笑ってないで答えてくださいせんぱいっ」
(桜いくらなんでもそりゃ無理難題)
どうしようもない。声をだそうと喉をふるわせるが暖簾に腕押し、
かすれた声すらも出てこない。
うぅむ。こうなったらボディランゲージしか?
「先輩?」
右手左手を縦横無尽に動かしなんとか交通事故でぎったんぎったんでとあの言い訳を表現しようとするのだが……
「???」
全然伝わってない。
拳を握り締めてぐっと涙をこらえる。
諦めるな、俺。頑張れ、俺。
と、そこに助け舟がやってきた。
(セイバー?)
「シロウ、これを。」
言ってセイバーはメモ用紙とペンを俺に手渡してきた。
ふむ、つまり。
「サクラ、シロウは今声が出せないので、筆談で。」
「えっ!?」
なるほど。
とりあえず藤ねえに怪しいと評された言い訳をサラサラと書いていく。
何故かおろおろしはじめた桜にそれを手渡した。
だが桜は受け取った紙は読まずこちらを心配そうな目で見つめ、口を開いた。
「先輩、大丈夫なんですか?」
む、流石に喋れないってのは今後どうなっていくのかもわからないし、
自分でもどう答えればいいのか分からないが。しかし、
それでも桜に余計な心配をかけるわけにはいかない。
だから精一杯の笑顔を作り、それに答えた。
――――――――――――――――――――――
御免なさい。聖闘士星矢のノリです。
なんか五感が欠けていく戦士ってカッコよかったので。
13. 傾:壊、後半ちょこっとシリアス
九を守る為、一を殺す。
だがその九の中に己が含まれる筈が無い。
あれはそういった類の銃だ。
◇
二人が何故、というよりどうやってそれを入手したのかは不明だ。
大方藤ねえが持っていた?のを無断借用したのか、はたまた騙したのか。
兎に角、
歩きながら懐からメモ用紙を取り出し、さらさらとそれに記していく。
「ふむ、雑種どうした?」
その言葉は無視しぴっとそれを二人の前につきだした。
”二人ともなんでついて来るんだ?”
朝の通学路。
一般学生に混じりどう見ても日本人に見えない制服姿の三人組が登校している。
◇
通学路を歩く三人。
「シロウ、昨日ライダーに襲われた事、もう忘れたのですか?」
一人は金髪碧瞳の少女。
金砂のような髪が初夏の陽光を受け、澄んだ河の水のように煌いている。
白のブラウス、その上に代赭色のベストを着け胸には赤い刺繍タイ。
その隣
白銀の髪に薄い碧瞳をもつ少女が首を横に振って否定の意志を示している。
顔や背たけは先ほどの少女と瓜二つなのだが、詰襟を着込んでいるのがなんとも
ミスマッチなようでいて似合っている。
そして、そのやや後ろに金髪紅瞳、Yシャツを着込んだ男が
頭の後ろで手を組み、そのやりとりを眺めながら二人に続く。
と、銀髪の少女がさらにメモ用紙に何かを記し、それをぴっと隣につきつけた。
「シロウ、何と言おうとダメです。」
「……」
一瞬黙り込んだ銀髪の――士郎はさらにペンを走らせ、それを隣のセイバーにつきだす。
「駄目なものは駄目です。屋敷には誰も居ないのですから問題はありません。」
「…………」
ふぅと一つ溜息をつき、士郎は諦めずにペンを走らせる。
ちりんちりんと自転車通学の女生徒がこちらを奇異な目で眺めながら通りすぎていく。
後方からも、いくつかの視線が三人をちらりちらりと見やっている。
と、
そのメモ用紙をギルガメッシュが横からひょいと覗き込んだ。
「……ふん、少しならば拮抗出来る? 小僧、甘く見るな。
魔術師がサーヴァントと戦う事など出来ん。そういうモノなのだ。」
「……」
「何だ、不満そうな顔だな? 」
士郎はさらに記した紙をぴっとギルガメッシュにつきつけた。
「何々? っ!? 貴様あれは我が油断していただけだろうがっ」
金ぴかの抗議を士郎はそっぽを向き無視し、
さらにペンを走らせる。
既に校門の前、士郎は立ち止まり二人の方に向き直ると、
最後通牒と言わんばかりにそれを掲げた。
”兎に角、セイバーと金ぴかはここで引き返してくれ”
「……」
「……」
校舎の方へ歩いていく士郎を、あとに残された制服姿の二人はしばし見届け……
「分かっているな?騎士王」
「はい、英雄王」
◇
相変わらずの藤ねえのホームルームが終わり、一限が始まった。
藤ねえのノリのせいか、それとも別の理由か、
兎も角にも、3-Cの順応性は異常に高い為この格好の自分も既に二日目にして
馴染み始めている。
嘆息して窓を見やった。
とはいえあの二人まで目撃されてしまえば、流石にこのクラスと言えども
ただでは済むまい。
大人しく帰ってくれたか、いや制服まで着込んでいたのだからそれも考えにくい。
食堂か図書室で時間を潰しているのか。
それにしても
(二人とも学校までついて来るなんて、何考えてるんだ?)
と、
後ろの戸がガラと開き、なにかガタガタという音が聞こえてくる。
教室の生徒全員が後ろに振り返って、開いた戸を注視する。
「「「「「「??」」」」」
(……?)
一瞬、
目を疑った。
まず先に、机と椅子を抱え
前かがみになったギルガメッシュがガタガタ音を鳴らしながら教室に入り、
それに続く形でセイバーもまったく同じように踏み入ってくる。
(嘘だろっ!?)
ガタガタ音を鳴らしながらゆっくりと教室を横切り侵攻する二人は
窓側の一番後ろの席、俺のすぐ後ろにまで来ると、
どっかと机と椅子を並べ平然としてそこに腰掛けた。
「「「「「「「…………」」」」」」」
異様な沈黙が教室を包む。
ギルガメッシュは泰然として腕を組み、
セイバーはあまつさえ持参した鞄からノートと筆記用具まで取り出し始める。
兎に角、神速でペンを走らせ後ろの二人にメモ用紙をつきつけた。
”何やってんだ二人とも!?”
「シロウの護衛です」「雑種の保護監督だ」
「……」
がっくりと肩を落とし、嘆息する。
頭痛がした。
金ぴかはまだしもセイバーまで?
と、その成り行きを静かに、というか固まって見ていた教師が口を開く。
「あー、君達。ここのクラスの生徒じゃないだろう? 早く自分の教室に戻りなさい。」
だが、
瞬間金ぴかはまさに殺意をすら込めた眼光でその教師を睨みつける。
「っ!?」
そして何故か後ろの黒板から無数の刃の先端が浮かび上がってきた。
「「「「「……」」」」」
……
「……えー、では38ページの問5の問題だが――――」
(……流しやがった…………)
俺は胸中でルルルーと涙を流し、机に突っ伏した
◇
同日、一限終了
「衛宮、お前喉どうしたんだ?」
”カゼでイカれてて、声出すと痛いんだ”
教室の一角、戸の近くに集まった6人はふぅむと唸る。
「難儀やな、衛宮」
”ああ、まぁ慣れれば問題ない”
「ふむ、お前も女になったり声枯らしたり色々忙しいな」
”言うな、全て事故だ”
「うぅむ。しかし言っちゃ悪いが
今まで通りの口調で喋ってた衛宮より、無言の衛宮はずっと良いな」
”頼むから勘弁してくれ鈴木君”
紙をつきつけたまま、はぁと嘆息して士郎は頭を抱えた。
「まぁ、それより、だ」
「あの二人、衛宮の知り合いか?」
その内の一人がさらに反対側、窓側の一番後ろのあたりを指差す。
「……」
サラサラ
”ああ、家の居候だ”
「っ!?」
「いやそれより」
「あの娘何ていうんだ?」
サラサラ
”セイバー、隣の男がギルガメッシュ”
「「「「「ふむふむ」」」」」
「セイバーちゃんか」
男六人は揃ってうんうんと満足そうな顔をして頷いている。
「変な名前だけど良い響きだ」
「なんで衛宮そっくりなのかは分からないけど、良い」
「ふむ、たしかに美人でござるな。衛宮そっくりでござるが。」
「いや、むしろ衛宮がセイバーちゃんそっくりなんだろう。」
「ううむ、衛宮そういう趣味か?」
”どういう趣味だ?”
と、その噂の少女が一同に近寄り士郎の手を引く
「シロウ、そろそろ次の授業が始まります。」
「「「「「っ!!」」」」」
そのままぐったりとした様子の士郎は金髪碧瞳の少女にずるずると引き摺られていった。
「悪くないな。」
「うむ、絵になる」
「良い」
◇
同日、二限終了
「で、衛宮。何でお前セイバーを学校に連れてきてるんだよ。」
…
「それはそうだけどさぁ。お前僕を抹殺する気なんじゃないだろうな?」
…
「……衛宮、お前ってそんな性格だったっけ?」
…
「まぁ確かに、同情はしてやるけどさぁ。」
言って慎二はちらり、と窓際の最後尾席を見やった。
士郎もそれを見てぐったりと、慎二の机に突っ伏す。
……セイバーは10人ほどの男子生徒に取り囲まれて質問攻めにあっていた。
◇
「セイバーちゃん。衛宮とはどういう関係なの?」
「衛宮ん家に下宿してるとか?」
「?シロウは私のマスターです。」
「「「「「ますたぁ?」」」」」
「……セイバーちゃんメイドか何かなの?」
「いえ、サーヴァントですが」
「さーヴぁんと?」
「ふむ、辞書で調べてみるでござる。」
「ああ、頼む後藤」
「…ふむふむ、これでござるかな。」
「お。で、なんて意味?」
「奴隷、でござるな。」
一瞬の静寂。
「!?」
「っ!!」
「なっ!?」
「何!!?!?」
「?」
きょとんとした表情を浮かべ顔をあげた士郎に、男連中が詰め寄る。
「衛宮っ!!」
「きさまっ!」
私刑が始まるのは時間の問題に思えた――が
男6名はその姿を直視するなり怯んだ。
白銀の髪に碧瞳、置物のように綺麗な少女が男子制服を着け
アブノーマルな美を醸し出している。
「くっ」
「ぬぅぅっ」
「むむ、男が立ち入ってならぬ禁断の花園というヤツか」
士郎は頭を抱え、ピッと一同にメモ用紙をつきつけた。
”お前ら何言ってんだ?”
「「「「「っ!!」」」」」
「ええいっ、この幸せモノがっ!」
「このやろうっ!」
「脱がせ脱がせ!」
「っ!?!?―――――――」
と、
「待て待て、雑種ども。」
そこへ騒動で目を覚ましたか、はたまた何時も通りの起床時刻がきただけか
ともかく覚醒したギルガメッシュが一同に割ってはいった。
「む、なんだ金ぴか?」
「止める気でござるか、金ぴか。」
「ふん、貴様らなにか勘違いをしているようだが――」
「ん?なにが?」
「言ってみろ金ぴか」
金ぴか――ギルガメッシュは嗚呼と前置きして口を開く
「セイバーも衛宮士郎も全て我のモノだが?」
「っ!?」
「!!!!」
「っっ!?」
……
「なっ!?雑種ども何をするっ!」
「黙れコノヤロウ!」
「この外道がっ!!」
「おい体育館裏空いてるか?」
「コノヤロウ!連行しろっ」
ぎゃぁぁぁぁという悲鳴を残し金ぴかは群集にもみくちゃにされ消えていった。
「……」
「……」
「セイバーちゃん。もう大丈夫だ。あの外道は俺達の手で葬ったから。」
「はぁ……」
◇
同日、昼休み
六月の晴天。
屋上は少しばかり風が強いが、その風も頬に心地良い。
ほのかに香る、夏の気配。
金網にもたれかかり、青空を見上げる。
果てしなく続く蒼い天とそこに浮かぶ白い雲と、
手を伸ばしさえすればそのまま何処までも届くのではないか――
「シロウ?」
と、
隣に腰掛けたセイバーが怪訝な顔をしてこちらを見やる。
一つ吐息をついて胸中で自嘲気味に笑う。
空の向こうを夢想する必要なんかない。
自分は何もかも今此処、この時間にあるもので満ち足りているのだから。
メモ用紙にペンを走らせる。
それを隣から覗き込んでいたセイバーは、
紙の端にまでペンが走ると突如顔を赤らめて言ってきた。
「っ!?、私はあくまでシロウの護衛としてここに来ただけで何もそんなつもりでは――――」
セイバーの言葉を遮ってくっくっと声に出さず、笑う。
「っシロウ!」
忍び笑いを漏らしながらペンを走らせた。
セイバーはそれを見ると一つ溜息をつき。
「まったく…今までのシロウは一体何処にいってしまったのですか」
「?」
言葉の真意を計りかね、メモ用紙でセイバーに訊いてみる、と
「ええ、前はそんなに意地悪くなかった。」
ぷいと怒ったような様子でそう返された。
ふぅむ
とりあえず、ヘソをまげてしまった護衛は保留して鞄から弁当箱を取り出す。
と、そっぽを向いて怒っている筈のセイバーが、どうしても気になる様子で、
目線だけでちらちらとこちらを見きている。
少しばかり悪戯心が沸いてきた。
セイバーを無視して蓋をあけ一人で食べ始め、ちらと横目で隣を見やる。
隣人は内心の葛藤に苛まれ、ぎゅっと目を閉じて絶対無視を決め込もうとするが、それでも
どうしても気になってしまうようで、片目だけしきりに開いては
ちらちらとこちらの膝の上にある弁当箱を見てきていた。
笑いをかみ殺して、弁当箱を自分と隣人の中間に置いて
購買で貰ってきた割り箸を差し出した。
セイバーは真っ赤になり俯いてそれを受け取る。
自分の箸は手元に置いて、
傍らのメモ用紙を取り出しサラサラとペンを走らせた。
それを見せると
「っ!シロウ!!」
セイバーはさらに顔を赤く染めこちらに抗議する。
抑えようとするのだが、どうしようもなく
くっくっと含み笑いがこぼれた。
◇
一つの弁当箱を二人でつつく。
セイバーがこくこく頷きながら箸を動かしている。
それを顔がくっつく程間近で見ていると
少し、というよりかなり気恥ずかしい。
セイバーも胸中はこちらと同じなのか
お互い無言で事務的に箸を動かし続ける。
しばらくそうして時間が過ぎていく、と
「あら、どうやら先客がいたみたい。」
唐突に声が響いた。
……この声は
背筋が緊張する。
ギギギと頭を起こし屋上の入り口を見やると、やはりと言うべきか
そこにはあかいあくま、こと遠坂が仁王立ちする姿があった。
「リン?」
傍らのセイバーがぽつり、と呟く。
声にならぬ悲鳴を上げた。
「衛宮くん、何時の間にか随分セイバーと仲良くなってるのね?」
まるで何か新しい玩具を手に入れた子供のような顔。
拙い。
なにが拙いってもうこれ程にない程拙い。
よりによって絶対こんな光景を見られてはならない相手。
だが、しかし。
自分の失策でもあった。クラスの人間に見つからない場所ということで
ここに来たが、思えばここは遠坂のテリトリーではなかったか?
だが既に後悔は遅かった。
平然とした顔で遠坂はこちらの正面まで歩み寄る。
むむ。
と、その傍ら、何も無かった筈の空間から見知った赤い人影が現れた。
「やれやれ。セイバー、君はこのような酔狂な真似をする人間だとは思っていなかったのだが。」
奴――アーチャーは腰に手をやり呆れた様子で言った。
一方、一瞬息をつまらせたセイバーは、それでも体勢を整え切り返しを放つ。
「何かと思えば。アーチャー、主を護衛するのはサーヴァントとして当然の行為です。」
「ふむ、君の言う護衛というのは屋上で自らの主と昼食をとることも含まれているのか?」
きっとセイバーはアーチャーを真っ直ぐに見据えるが、
奴は皮肉げに笑ってそれを受け流す。
「貴方には関係ないことです、アーチャー。」
「確かに、君の言う通りだ。」
奴は相変わらずニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべる。
さて、
とりあえず、セイバーが立ち上がり視線で牽制している間に、ペンを走らせた。
”で、お前何しに来たんだ?”
「知れたこと。お前も既に分かっているのだろう?」
アーチャーの手に双剣が握られ、
それを完全武装したセイバーが奴の前に立ち塞がり遮った。
……
”お前昨日襲っといて、今日またソレか。芸の無い奴。”
「なんとでも言え。いや、この場合書けか?」
静止するセイバーの手を振りほどいて即座に書き記したメモ用紙を奴の眼前につきつける。
”お前変質者って単語知ってるか?知っててやってるのか?”
「何を、オカマに言われたくはないわ」
”これは不可抗力だ。それより、いたいけな少女追い回して、てめぇ何が愉しいんだ?真性のド変態か?”
「はっ、そのような代名詞を使い始めるとはいよいよ変質者極まれり、というものだ。ド変態はお前だろう?”
”てめぇこっちの質問に答えてないな?どこからどう見ても少女な俺を追い回すお前みたいなのを変態っつーんだ。分かっとけド変態”
「ふん、貴様のように最早男の自覚も無くなった糞野郎はオカマバーにでも行って掘られ死ね。ゲイに抱かれて溺死してろ変質者。」
”なにをこのド変態が!”
「なんだとこのドド変態が!」
”このドドドドド変態!!”
「このドドドドドドドドドドド変態!」
アーチャーが次々と唾を散らせて罵声を吐きかけ、
一方の士郎はもはや目視すら不可能な速度でペンを走らせ、
ありとあらゆる罵倒を眼前の男に繰り出し、足元にはメモ用紙の山が築かれていく―――
それを傍から見ていたセイバーと遠坂は”はぁ”と一つ深い溜息をついた。
◇
「「ぜーはー……ぜーはっ……ぜーはー……」」
”なかなか言ってくれるじゃねぇか変態弓兵”
「お前こそなオカマ士郎」
お互い罵倒するが二人の顔はどこか涼やかだ。
アーチャーは白い歯を輝かせ、
士郎はニヤリと笑いながら額の汗を拭う。
陽光を浴びて雫が煌く。
強敵と書いて友と呼ぶ、最終ラウンド開始直前の静けさといったところ。
一方の遠坂とセイバーはぐったりとした様子で金網にもたれかかり
完全に観戦に決め込んでいた。というより二人とも関与したくないだけか。
それきり二人は動きを止めた。
風が吹く。
ジリジリとした陽の光のもと。
対峙する二人の顔に緊張が走っていく。
どちらかが指一本動かせば、それが開始の合図となる。
士郎が一度右手を握り―――
アーチャーが走る。
士郎握っていた右手を開き、掲げ
だが、その刹那
突如爆音が鳴り響く。
巻き起こった土煙が一瞬で辺りの視界を零にした。
「「!?」」
「ふん、フェイカー、相変わらず我の所有物に手を出そうとするか。
最早貴様は盗賊と呼んだ方が似合いだろうよ。」
煙が収まった後
屋上の入り口に金ぴかが姿を現す。
まぁ、服の端が破れていたり、靴跡がそこいらじゅうについていたりと
ややボロボロになっていたが。
いや、そんなことより。
見やる。今までアーチャーが立っていた箇所には
巨大な鉄槌がつき立っていた。
鉄槌、おそらく全長十メートル程の巨人が使うかのような。
アーチャーはぎりぎりでかわしたようで、大きく後退し
金網の傍でギルガメッシュを睨みつけている。
「……」
対峙、
刹那の後
金ぴかの背後に唐突にまったく同じ鉄槌が現出した。
それが開始の合図となった。
アーチャーが投影した鉄槌をギルガメッシュはすんでのところで跳んでかわし、
カウンターとばかりに半瞬の間もあけず鉄槌を打ち出す。
アーチャーはそれをさらに横に跳んでかわす――が
「っ!!」
「アーチャー!」
その空間に直後鉄槌が現出し横合いから水平に振りこまれ
ぎりぎりで腕で防御したものの、
それを食らったアーチャーは金網を破り校庭に落下していった。
一瞬の間も空けずギルガメッシュがそれを追い、金網から跳躍する。
二人が落下していった下からは轟音が連続に響いてくる。
咄嗟に金網に駆け寄り、下を見た。
……
アーチャーとギルガメッシュはそれぞれ鉄槌を交互に繰り出し、
お互いの直上から垂直に振り下ろされるそのバカでかい鉄槌を身軽な体捌きでかわす。
校庭では無数の鉄槌が振り下ろされ、
冗談と言いたくなるような穴ぼこがそこいらじゅうにぼこぼこ形成されていた。
えーと
とりあえず、二人を傍目にペンを走らせる。
呆然として校庭を見下ろす遠坂の眼前に、メモ用紙を差し出した。
”遠坂、俺の命狙うのはいいけどこのままだと学校に居られなくなるぞ?
「っ!? わ、わかってるわよっ。」
◇
夕日に映える町並み。
道の端を沿って林立する電柱
朱の空に人口樹の黒いシルエットが落ち、
電線は黒い糸となって、遥か空の向こうまで続いていく。
「シロウ? そっちは道が違うのではないですか」
と、傍らのセイバーが怪訝な表情を浮かべ、疑問符をなげかけてきた。
ポケットのメモ用紙を取り出し、ペンを走らす。
”ちょっとキャスターに会いに行く。セイバーは先に帰っててくれ”
「成る程、昨日の事を訊きにいくのですね。ただ後半部分には賛同出来ません。」
一つ嘆息して、諦める。 第一昨日のライダーがまた来ないとも限らない。
セイバーがいてくれるのは確かに心強かった。
黙考する。昨日のライダーがはたして何故今だに現界しているのか?
と、いうよりもむしろ再び現れた?
昨日のライダーは以前の時と印象が違っていた。たしかに不可思議な印象を
持った相手だったが、昨日のライダーはそれに加え纏う魔力も禍々しく
到底以前の相手と同一とは信じられるものではない。
さらには、異常はライダーばかりではない。
林の中に佇んでいた少女、13の血痕、ライダーが言ったサーヴァントという言葉
それと、もう一つ。
色褪せた髪、欠けた体。失われた声、脇腹の歪、そして
右腕の銃身。
キャスターにこの体の治癒を頼むか? いや
苦笑する。
おそらくキャスターの魔術をもっても、これらの欠損が直る訳ではないだろう。
それには、確信があった。
だがこの体が何時まで持つのか、その程度は彼女になら分かるかもしれない。
欠損は身体の修復機構が不完全な為、傷を負っていくごとに次々と歪みが溜まり、
いつかは全てが砕けることになる。
……
はたして、そうか?
どこからか疑念が沸いてくる。この欠損、
ひょっとすればそれは単なる機構的な問題ではなく―――
◇
石段を上がっていく、
二人が山門に着くと、声が響いた。
「セイバー、にそのマスターか。何用か?」
士郎は黙ってアサシンの前まで上がる。
”キャスターに会いにきた。協力関係にあるんだから、別に遮る必要はないだろ。”
「ふむ、確かにそれは道理。よかろう。」
言って、アサシンは道をあけた。
警戒しながらも、その傍らを通る。
山門をくぐり、一歩境内に入る、と。
士郎はメモ用紙に記し、きょとんとしているセイバーにそれを渡した。
「…っ!シロウ、一人で行くなど駄目です。キャスターに気を許すなどどういうつもり……」
だが、彼女の主は寂しげに微笑んで首を横に振る。
(あ……)
セイバーは一つ溜息をつくと、諦めたように肩を落とした。
「分かりました。ですが少しでも異常を感じたらすぐに踏み込むので、そのつもりで。」
彼女の主は一つ頷いて、境内の奥へ歩んでいった。
◇
「宗一郎が気になるの?そうでしょうね。自分が手にかけた相手は気になるわよね。」
「……」
「生きてるわ。でももう保たない。私の魔術をもってしてもあと一週間あるかどうか。
私はその為にも聖杯が必要なのよ。」
キャスターが戸を開ける。
通された部屋の隅で
死んでいるかのように静かに、葛木が眠っていた。
脇腹がずきりと痛む。
右手の爪を脇腹に立ててそれを抑える。
葛木。俺が殺した人間。九を守るために俺が捨てた一。
「っ……」
何もかもを守る万能の正義の味方など存在しない。
九か一か、全てを救うことなど不可能だとしたらどちらを救う事が正しいのか。
とうに頭では理解していた事だった
もう子供ではないのだから全てを救うことなど出来ないなど。
しかしそれが絵空事だったとしてもその理想を求める。
出来る事は例え不完全でも、真っ直ぐとその理想を見据えて進んでいけば
それが間違った事の筈がないと、そう信じた。
だが、
右腕で葛木を貫いた感覚を思い出す。殺人の感触。
現実に状況に迫られたならば何かを切り捨てなければならない。
だからあの時、俺は切嗣のようにせめて自分の周囲の人だけでも守ると決めた。
脇腹の痛みにギリギリと奥歯を噛み締めて耐える。
呼吸が荒い。
九を守り、一を殺す
ではその周囲の人間の中の一人が敵対したら、今度はそれを殺していくのか?
集合の中から常にある一定量を切り落とし削っていく、それが切嗣の言う正義の味方だ。
あの丘が脳裏に浮かぶ。列なる剣、磔にされた白骨。永遠に続いていく荒野。
不意に、理解した。
九を守る為に一を捨て、八を守るため一を捨てていけばその先に何が在るのか。
その答えがあの灰色の丘だった。
◇
キャスターは葛木の方を向いたまま言ってきた。
「シロウ、貴方を憎んではいない、と言ったら嘘になるわね。でも貴方の罪を問うことなんて出来ない。
私だって貴方と同じ立場だったら、貴方と同じ事をしていたでしょうからね。」
…言う女の横顔は陶器のように美しかったが、
その哀愁を帯びた瞳に耐え切れず、目を逸らした。
キャスターはふっと笑いを溢してからこちらに向き直り、言う。
「宗一郎の見舞いだけで来た訳じゃないでしょう? 用件はなに?」
「体の異常? それは私の魔術では無理ね。その体の抗魔力は知っているでしょう?
貴方の体は現代の魔術師はおろか私の魔術でさえ防いでしまう。
魔術干渉が無理な相手を破壊することも癒すことも出来ないわ。」
むぅ
だがそれはある程度は予想していた事だった。
動くのならばそれでよしとして、現状で我慢するしかない。
次の質問――石段で見た事を記しキャスターに手渡す。
「以前にイリヤに似た黒い人影を見た?見間違いではない訳ね?」
頷く。
「……まだなんとも言えないわ。ただ、聖杯の中に居るものが仮の姿を得て外に出てきているのかもしれない。」
ってそれ重大事じゃないのか?
「出来る限り私も急ぐわ。警戒だけはしていて頂戴。」
ふぅむ。
さらに次の質問をさらさらとメモ用紙に記し、それを千切ってキャスターに渡す。
「……ライダーが貴方をサーヴァントと呼んできた?」
キャスターの言葉にこくりと一つ頷く。
はたしてどういう意味なのか?
「……ふむ、確かに私は貴方を利用している。そういう意味では貴方は確かに私の
サーヴァント
手駒 と言えないことは無いわね。」
むむ。
結局それは予測内の答えでしかなかった。
軽い落胆を覚え、肩を落とす。
さて、これで訊きたい事は全て
いや
あと一つあった。それを記してキャスターに渡す。
「……13という数字に覚えがあるかって? 漠然としているわね。」
キャスターはクスリと笑い、続けた。
「13、単純には裏切りの符丁と考える事が出来る。
あとは、そうね。タロットでは正位置で死、損失、ミス、危険、災難、あと……破局」