帰ってきた男4 〜鈍感な男(達)〜  M:凛、セイバー 傾:恋愛


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1: にぎ (2004/03/24 02:21:45)[cfg52030 at syd.odn.ne.jp]


それはまあ、桜も咲き誇る春の一日の事だ。
私、遠坂凛は士郎の家の縁側でくつろいでいた。

しかし、やる事が特にないって言うのも暇なものだ。
それというのも士郎が悪い。
せっかくこんないい天気なのに、
私を置いて一人で買出しになんぞ行ってしまうとは。


「……ふん、あの朴念仁、甲斐性なし、唐変木……」


ついこの間私を離さないとか言ってたくせに、
いきなり置いてけぼりを食らわせるとはどういう了見だ。

一応言うけど、別に士郎が構ってくれないのが悔しいとか、
まして寂しいとかそういうわけじゃない、絶対にない、ないったらない。

むー、なんか段々腹が立ってきた……。
今日の稽古はみっちりと鍛えてくれようか。

そんなことを考えて暇をつぶす。

相も変わらず、春の穏やかな陽気はぽかぽかと周りを包んでいる。

―――あ、なんか眠くなってきたかも………、

んー、そう言えば昨日は色々と寝るのが遅くなっちゃたし、
幸い、今この家には私だけだし、
このままお昼寝にでも興じるのもいいかもしれない。

む、そう思うとますます眠くなってきた。
よし、どうせやる事も無いわけだし、
たまにはゆっくりとした昼下がりを過ごしても悪くは無いだろう。

うん、決定。

そう思って、さっそく夢の世界へ旅立とうとした時、


「リン、申し訳ありませんが少々相談に乗っては頂けないでしょうか」


塀でも乗り越えて来たのか、
私の目の前には、いつの間にかわがサーヴァントの姿があった。










帰ってきた男4 〜鈍感な男(達)〜










「それで、相談ごとってのは何なのセイバー」


とりあえず、縁側に腰掛けたまま
用意してきたお茶を手渡しながらセイバーに聞く。

しかしセイバーが相談なんて珍しい、
彼女なら大抵の事は自分で解決しそうなものだけども。


「えっと、それは……ですね……」


でもその言葉に彼女は、なんだか顔を赤くして、
ごにょごにょと口ごもってしまった。

……この反応を見る限り、彼女の相談とは十中八九あの不良英霊がらみである事は間違いないだろう。
む、もしかして、なんとかは犬も喰わない、とかそういったたぐいの話であろうか。


「えーっと、セイバー?
 多分あってると思うけど、相談ってのはアーチャーの事?」

「え、あ、はい。そうですが……リン、何故分かったのでしょうか」

「分かるに決まってるでしょ、
 その反応を見れば士郎だって分かるわよ………………多分」


微妙に絶対に気づくとは言い切れない。
というか分からないような気もする、あの男なら。


「ま、いいわ。で、どうしたの?
 あの馬鹿がなんかやらかしたわけ?」

「いえ、彼は何も悪くありません。
 むしろ彼は本当に良くしてくれます。
 食事も美味しいですし、
 そ、それに、その、い、色々としてくれますし……」


………なんかちょっとのろけが入ってた気がするのは私の気のせいだろーか。
む、ちょっぴり殺意が沸いてきたぞ、主に士郎に。


「そ、そういうことで、彼が悪いという事ではないのですが、ただ……」

「ただ?」

「……はい、ただ……私のする事が何もないのです」


それは重く、まるで罪を懺悔するかのごとく、セイバーは告白した。


「する事がない?」

「はい、私もこの家にすんでいた頃は、及ばずながらシロウの掃除の手伝いなどをやっていました。
 ですが、アーチャーは私が何かしようとしても、その時には既に済ませてしまっていて、
 結果、料理は勿論の事、掃除も、洗濯も、買い物でさえ、
 私はなにもせずにいる事態になってしまうのです」


ああ、確かに。
アーチャーの家事能力はもはや神の領域だ。
あれこそが衛宮士郎の到達点だといわんばかりの主夫っぷりは、
聖杯戦争の時にも遺憾なく発揮されてたし、召還初日とか。
あの惨状を一晩で完全復帰させたのにはさすがに驚かされた。
スキルで言えば最低でもA+は間違いないだろう。


「何もせずにただ彼に任せるというのはあまりにも無責任ですし……
 ですが私も一応王であった身ですから、そのようなことは得意ではありませんし……
 それで、どうしたらよいものかと思いまして……」

「私に相談にきた?」

「はい……」

「う〜ん、別にいいんじゃない?あいつは多分好きでやってることだろうし」


士郎のやつも口ではなんだかんだと理由をつけていたが、あれは絶対に家事好きだ。
だって、なんかそういう事してる時、特に料理中の士郎は幸せがにじみ出てるし。
……調理道具に軽く嫉妬したのは内緒だ。


「いえ、例えそうであっても、私たちの立場は平等なものであるのですから、
 彼だけを働かせるわけにはいきません」

「でもねー、あいつのアレはもはや趣味とかって言うレべルをとっくに通り越して、
 生きがい……くらいにはなっちゃってるからね、今更止めろって言っても無駄だと思うし」

「むむ、そうですか……」


難しい顔で考え込むセイバー。
まあ気持ちは分からないでもない。
セイバーは、そういったところはキッチリさせないと気が済まない性格だからなおの事なんだろうけど。


「むう、ところで、リンの方はどのように過ごしているのでしょうか」

「私?まあ以前と同じような感じよ。ちょくちょく料理ぐらいはしてるけど」

「む、料理……ですか」

「ええ、まあ私も家事全般で士郎に敵うって言ったらそれぐらいだし」


多少悔しくもあるが、事実なのだから仕方がない。
まだ料理なら私にも分があるが、ほかの事になるともはや勝負にならないだろう。
長年培ったというのなら私だって負けてないはずなのだが、アレはやはり天性の才能としか思えない。

……魔術の方もそれぐらいなら楽なのになあ、ってそしたら面白くないんだけど。


「そうですか……しかし私にアーチャーに敵うところなど……
 こと戦闘にかけてなら自信があるのですが、日常でというと……むう…」


セイバーはますます真剣に悩みこんでいく。
そのうんうん唸りながら、眉毛をどんどん八の字に曲げていく様は見ていてわりと面白い。
あ、なんか頭から煙が出てきた。

しかし、あのバカもセイバーがこんなに悩んでるのに気がつかないとは、
所詮、英霊になっても士郎は士郎ということだろうか。


「セイバー、そんなに真剣に悩む事ないと思うけど」

「む、何を言うのですかリン。
 私はこれでも騎士であった身、タイガの様に堕落した生活を送るわけにはいきません。
 やはり私もここまでしてもらっている以上、どうにか彼への恩を返したい」

「……いやセイバー、それ割りと失礼……でもないのかなあの人の場合、
 まあいいわ、私が言いたいのはね、そんなに悩まなくったって、
 どうすればいいかなんて簡単じゃない、てことよ」

「は?それはどういう意味でしょうかリン。
 やはりまずは鍛錬に励むべきだという事ですか」

「ちがうわよ、セイバー。
 ……ね、なんでアーチャーの奴はさっさと家事を済ませちゃうか分かる?」

「え?それは、やはり時間を効率的に使う為ではないでしょうか」

「ん、まあそんなところね。じゃ、それは何のためだと思う?」

「え?何の為……と言われても……」

「ま、これは私の予想だから多分なんだけどね、
 あいつはね、少しでも長くセイバーと一緒の時間が作りたいんじゃないかって思うんだけど」


だから家事はさっさと済ませて、
少しでも長く二人で過ごせるように、
長い長い時間の果てに手に入れたようやくの幸せだから、
一分、一秒たりだって惜しいと思ってしまっても無理はない。


「なっ…!そ、そんなことは!」

「あら、嫌なの?セイバー」

「い、嫌なはずなどありません!
 し、しかし!仮にそうだとしても!だから私が何もしなくてもいいなどという話には……!」

「うん、だからそれも簡単」

「は?どういうことなのでしょうかリン。はっきりいっていただきたい」

「要するに、あいつはあなたとずっといたいって、ただそれだけの話なのよ、
 だからね、お礼がしたいって言うならセイバー。
 今度、あいつにこう言ってやりなさい――――――――」

























「さて、うまく言えるといいけどねセイバー」

まあどの道、あの二人なら結局の所うまくいくんだろうけど、とか
また一人になってしまった縁側で、そんなことを考える。

なんとなく眠気も覚めてしまったし、今更お昼寝しようって気は起きない。


「それにしてもアーチャーのやつ。少しぐらい気づいてあげなさいよね」


どうでもいいことには無駄に鋭かったりするくせに、
こういうところは本当に鈍いんだから。
ま、いくら英霊になった所で、その辺は士郎のままということか。


「……というか、遅いっての、あいつは」


ふと、いまだに帰ってこないこの家の主を思い出して再び腹が立ってきた。
セイバーと話していた時間も入れると、かなりの時間待っているんだけど、
……一体どこで道草を食っているのかあいつは。

私を一人で待ちぼうけさせるとは、彼も随分と偉くなったもんだ。
むう、やはり今日はそこら辺をしかと身に覚えさせるためにも、
ここは、びしびしと調教……もとい鍛えてやるべきか。


「あー、もうっ、速く帰って来なさいよっ!」


早くしないと魔術の修行の時間がなくなっちゃうとか、
もっともらしい理由をつけたりしてみるけど、

ああ、やっぱり駄目だ、そんなことがちゃちな嘘だって事ぐらい何より私がわかってる。


「――――寂しいじゃないのよ、もう」


……ほんと、我ながらまるで子供のようだと思って恥かしくなる。
一人でいることぐらい慣れっこだったのに、遠坂凛はいつの間にこんなに弱くなっただろうか。

いや分かってる、私は元々、ちっとも強くなんかなかったことぐらい。
ただずっと、強がって生きてきたことぐらい、もう分かってる。

だってもう、彼に嫌というほど思い知らされたから。
彼が、私にもう一度ぬくもりを教えてくれたから。

ああ、だっていうのに、その本人が私を寂しがらせるとはどういうことだ。


「……はぁぁぁ、お互い、バカな男に惚れちゃったもんね、セイバー」


まったくもう、心の底からそう思う。
まあでも、それなら私はもっと馬鹿か。

そのことに後悔など一切なく、
むしろそんな士郎だからこそ好きになれたのだと、
誇らしげにさえ思っている辺り、いよいよ救いようがないのかもしれない。


「でも、好きなんだからしょうがないわよね」


こんなこと、本人の前で言ってみたら、彼はどれだけ慌ててくれるだろうか。
まあ絶対に言ってなんかやらないけれど。


ふと、戸が開く音が聞こえた。
どうやら、ようやく彼が帰ってきたらしい。

どうやら随分慌てているようで、なにやらバタバタと慌しく音が聞こえてくる。
それを遠くに聞きながら、やっぱり私は救いようのない馬鹿かもしれないとそう思う。

だって、今ごろ帰ってきたのかという怒りより、
やっと帰ってきてくれたという、その喜びのほうが大きいのだから。


「………………む」


それでも、待ちぼうけを食らわせたことを帳消しにしちゃうほど私は人間が出来てない。
だから、この緩みそうになる頬を押さえつけ―――、

―――ああやっぱり無理だこれ、ならいっそ満面の笑みを浮かべておくべきか。

とにかく、私を寂しがらせたりなんかしたあの男に、
今日という今日こそは、きっちりと女心というものを分かってもらわねば、

だからそう、私のする事なんて決まっている。
いつもと同じ、私の愛しい人の前に立ちふさがって、


――――――さあて、今日はどんな風に彼を困らせてくれようか。


















   an epilog...





さて、リンにも礼を言い、一人で家路につく。
そしてその途中、何の因果か私を悩ます彼と見事に遭遇してしまった。

おそらくは買い物に向かう途中なのだろう、ならばこれは私にとっては好都合だといえるのだが、
心の準備が出来る前に思いがけず出会ってしまったため、思うように言葉がでてこない。


「セイバー、もう凛への用事というのは済んだのか?」

「え、ええ。アーチャーはいまから買い物ですか?」


いや、違う、そんな分かりきっていることではなく。


「ああ、夕飯の材料をな、何かリクエストでもあるなら聞いて置くが」

「い、いえ、アーチャーにお任せします。あなたの作るものならば間違いなく美味しい」


だから違う、いや違わないが。
でも今言うべきことはそうではなくて……!


「そうか、ではご期待に添えるようにするとしよう、ではセイバーいってくる」


軽く片手を上げて、彼が私と反対の道を歩いていく。
行ってしまう、行ってしまう。
もう迷っている暇も、躊躇っている時間もない。


「ま、待ってください!アーチャー!」


だから思わず大声で彼を引き止めてしまった。


「む?どうしたセイバー、やはりなにかリクエストでもあったか?」

「そ、そうではありません!」


やはり一向に分かってはくれない彼に思わず声を荒げる。
分からないのが当然だと思いながらも、
少しぐらい分かってくれてもいいではないかと、身勝手にもそんなことを思ってしまう。


「そ、その、…わた………しょ……きま……か」

「?すまないセイバー、よく聞こえないのだが」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
 で、ですから!私と一緒に行きませんかと!そう言っているのですアーチャー!」


そんな彼の態度に、気がついたら全力で大声を放っていた。
彼は呆気に採られたような、
そう正に、はとが豆鉄砲を喰らったという表現が似つかわしい顔で呆然としている。


「――――――――――――」


対する私は、もはや確認するまでもなく、顔中が真っ赤に染まっているだろう事が手にとるよう分かる。
熱い、顔どころか体中が熱い。

ああ、彼はいつまで呆然としているつもりだろうか。
私は、このまま逃げてしまいたいくらいに恥かしいというのに。


「ああ、そうか」


そして、しばらく待った後、ようやく彼はポツリと呟いた。
その短い響きの中に、どこかいろんな気持ちが滲んでいる気がした。


「そうだな、一緒にいこうかセイバー」


彼はそう言って、
本当に、本当に柔らかい笑みを浮かべて、その手を差し出してくる。

その笑顔は、本当に子供のように綺麗で、ただ純粋なものだった。
不思議だ。
その笑顔を見たら、私の恥かしさなどどこかにいってしまった。
いや、そうじゃない、私は本当にその笑顔に、心の底から、ただ見とれてしまったのだ。


「はい、行きましょう、アーチャー」


だから私も微笑んで、彼のその手を握り返す。
彼の隣り、そこに並んでただ歩く。
その当たり前の行為が、今はひどく心地いい。

ああ、いまならば、リンの言ったことも確かに理解する事が出来る。






――――は?一緒に……それだけですか?

――――そ、多分それがあいつが一番喜ぶ事だから。

――――し、しかし、それだけで……。

――――ね、セイバー。好きな人と一緒にいるっていうのはね、ただそれだけで幸せな時間なのよ。






確かに、今私は何処までも幸せを感じている。
ああ、つまり私は、


「こんなにも、彼の事が好きだということか」

「ん?なにか言ったか、セイバー」

「!いえ、ただの独り言です」


……むう、思わず声に出てしまったとは、気をつけねば。
すでに分かりきった事ではあるのだろうが、面と向かって言うには恥かしい。





――――あなたはねセイバー、アーチャーの奴もそうだけど、一人でどうにかなんてする必要ないのよ。
      せっかく一緒になれたんだから、なら少しでも一緒に居れたほうが得だと思わない?






本当に、リンの言うとおりだ。
なぜなら私は、彼と共に生きる事を選んだのだから。


今日帰ったら、そう言おう。
買い物だけではなく、他の全ての事も、
二人でやりたいのだと。
あらゆることを全て、二人で分け合いたいのだと。




その逞しく愛しい手を強く握りしめる。
こうして二人で歩く、それが、何よりも幸せな事なのだと思えるから。





だからきっと、
この先、どれだけの時間が経ったとしても、
私はずっと、ここに、
彼と共にここに在る、


そしてずっと、
彼と共に歩んでいこう―――――――――。





[END]


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