夜の闇の中、二人の男女がいた。
男はくたびれた服装をし、自尊心だけが、人間の形になったといっても過言ではないほど、ねじ曲がった人相をし、女性を罵倒していた。
「存在の意味をきちんと理解できない魔導師は長生きできないぜ」
心底同情した声が突然、闇から聞こえてきた。
「だれだ!?」
闇に向かって中年の男が叫ぶ。
闇の中から聞こえてくるのは嘆息が一つ。
「全く、こんなのに付き合わされる君には同情するよ」
闇の中から、溶けでるように長い銀髪の青年が姿を現す。
「私に何のようだ?」
男の激昂に青年は、飄々と、
「別に、あんた自身に用はないよ。俺が用があるのは、あんたに無理矢理傅かされているそこの彼女だ」
侮るような男の様子が豹変して、殺気を青年に向ける。
「貴様。マスターなのか!?」
「これからなる予定」
男を挑発するように、青年が徒手空拳で構える。
「魔術師に丸腰で戦いを挑む愚かさを身をもって知るがいい!!」
男の放つ魔術を青年は手で軽く握りつぶす。
「!?」
男とキャスターは驚愕する。
魔力を全く感じない凡庸な青年が魔術を無造作に握りつぶしたのだ。
そんな芸当が存在するはずはなかった。
それはあり得ないものだった。
だが、青年は現実に何らかの方法で男の魔術を握りつぶした。
「別にこの位、驚くようなことじゃないと思うけど?」
青年は今、起きたあり得ない事実を当たり前のように、語る。
「さて、用事をさっさと済まさせてもらおうかな」
懐から、今にも崩れそうな古びた紙切れを取り出し、
「我が名に於いて、命ず、我が言を聞きて、我が意に従え」
ただの魔術を呼び出すはずのない言葉に反応して、紙切れが輝き、辺り一面を包み込む。
「あんたには悪いが、聖杯戦争はリタイアしてもらおう」
一仕事終わったという風な青年が一言告げる。
男は消えてしまった右腕の令呪を惚けたように眺めると、一目散に逃げ出した。
「さて、命までは取らない。この町からさっさと逃げた方が身のためだ」
声もあげる余裕もないのかそのまま、何もせずに、逃げ出す男を青年は
「そうそう。教会に逃げ込まない方がいいぞー」
明らかに場違いな声で忠告する青年だったが、
「殺すな!」
「!?」
突然発した青年の一喝によってマスターであった男に向かって魔術を放とうとしていたキャスターの動きが彫像の様に止まる。
青年は、男が完全に視界から消えるのを待ってから、指を鳴らす。
「大きな声を出して悪かったね、大丈夫?」
青年がキャスターに手をさしのべる。
「あ、あなたは?」
不信感を全く隠そうとしないキャスターをからかうように
「得体の知れない怪しい奴」
「怒るわよ」
ちゃかした風に言う青年に怒気を含んだキャスターに、
「まあ、悪いが、悪巧みをしているような連中の前でべらべらと話す気がないだけさ」
「!?」
青年の言葉にキャスターが驚きの表情を見せる。
「確か・・・・マキリ・・・ゾウゲンだったかな」
青年の視線はキャスターから暗い闇の一点に注がれる。
「くかかかかかか」
闇の中からぞっとするような声が響いてきた。
「噂程度には聞いたことがあるぞ。雨と呼ばれる火消しのことを」
「へえ・・・雨ねえ。いつでもどこでも降るからそうつけられたんだろうな」
青年は意外といった風に、肩をすくめる。
「あらゆる災禍を根絶し、悲劇を未然に消滅させる不可思議な実態を持たない噂だけの存在と聞いていたのだが?」
臓硯はそこで一息ついてから、息も凍るような視線を闇から青年に投げかける。
「よもや目の前に現れるとは思いなんだ」
その視線を意に介さず、青年は臓間を試すように
「それ以上の事を知っているのかな?翁」
「そうさな。守護者のような存在ということ、大陸を沈め、神を滅ぼし、星々を操り、宇宙をも自在にすると聞いたが、君には回路の片鱗すら感じられん。先の腑抜けとじゃれている時も、道具しかつかわなんだったしな」
「一つ、訂正しておく。必要ではないものは使わない。ただそれだけだ。」
「かかかかか。食えぬ男だ」
「で、どうする?闇に潜んでいるサーヴァントで攻撃するのかな?」
「ふん。なるほど。おもしろい」
「一つ老婆心ながら、忠告しておいてやろう。目的のための過程が、いつの間にか過程そのものが目的になってしまうことはよくあることだ。」
青年は腕を組み、少し渋い顔をしながら、
「本質、真実に類するものといった方がいいかな。そういったものは得てして見失いやすい。目的が困難であればあるほど・・・過程にしがみついてしまうものだ」
青年の言葉に闇からは何も反応を起こさない。
「何のために、生きながらえている?その無様な虫の体をかりて魂すら腐敗させて、初志を踏みにじってまで生きる?」
青年はそこまで言って大きく息を吐く。
「くかかかかかか。なるほど、それは面白い。面白いぞ。若造!」
吐き気がするような殺気を放つ臓硯を挑発するように
「この場でやるなら、別段、かまわないが臓硯。どうする?」
殺気、闘気の欠片すら見せず、やる気があるのかわからない青年に、臓硯は
「今は退こう。精々火消しに精を出すのだな」
闇から二つの気配が消える。
「さて、退いてくれたか」
青年は、面倒ごとが終わったように一息つく。
「確か、真名はメディアだったかな?」
青年の言葉にキャスターは凍り付く。
「君にとってはどうかなわからないが、供給源がない。ちょうど、サーヴァントをほしがっている人間がいる。このまま彷徨って消えるのを待つか、それとも足掻くかは君次第だが」
ローブの下の表情を伺うことはできなかったが・・・逡巡の後、
「いいわ。契約するわ」
キャスターの言葉と同時に、青年の右腕に、令呪が刻まれる。
「話が早くて助かるよ」
青年は、それだけ言うと無防備に背を向けて歩き始める。
キャスターは青年に印を組み、呪を紡ぐ。
「そうそう。君程度の魔術では、俺を傀儡にすることはできないから、無駄な労力はかけないほうが楽だよ?」
青年が立ち止まらずに軽い口調で言った言葉にキャスターはその動きを止める。
「無駄な労力が時には必要なときもあるから、やるなら止めないよ」
青年がキャスターの方に向き直り、手を広げる。
「・・・あなたは何を考えているの?」
困惑した様子のキャスターに、
「君のような人物は簡単に人を信用しないからね。信頼してくれなくとも、信用くれないと、これからやりづらいだろうからね」
あっけらかんと青年はその理由を話す。
「あなたの名は?」
キャスターは一度、声にもでない苦笑を漏らすと、青年に名を聞く。
「ラグナロク」
一瞬、時が止まる。
「その手の冗談はあまり好きじゃないわ」
不快感を如実に表すキャスターに神々の黄昏と名乗った青年は、至って真面目に、
「悪いが、俺の方の事情で、本名を言うことができない。勝手は承知だ。君が納得するとは思えないが、あのくらいはしておかないと君に悪いだろ?」
ラグナロクの真摯な視線から逃れるように、
「一つ聞いていいかしら?」
「答えられる範囲でなら」
「ラグナ。あなたは聖杯を手に入れて何をするの?」
キャスターの言葉に、嫌悪の表情を浮かべ、
「たかだか聖杯如きに叶えられる願いは持っていない」
キャスターではない何かを嫌悪するように吐き捨てる。
「なら、なぜ?」
「・・・・大切な人の笑顔を、もう一度見るために、そこにたどり着かないといけない」
後悔、絶望、嗟嘆、自噴、その類する暗い感情がすべて雑ざった表情を浮かべる。
「それがあなたの願い?」
「聖杯にたどり着く・・いや、聖杯を具現化させることが、俺の目的だからだ」
今までのラグナロクからは想像できないような重い決意を固めた表情をみせる。
「少しは信用してもいいかもしれないわ」
「信用してくれると助かるよ」
「人がバカみたいに良いのね。そのうち、寝首をかかれるわ」
「別に、人が良い訳じゃない。君みたいな人種は、令呪といった力でねじ伏せれば、鬱積したものが蓄積し、それが強制した人物に返るだろうからね?」
青年の穿った言葉に、
「食えない男ね。あなた」
ラグナロクは悪戯が成功した子供のように笑うと、
「ま、褒め言葉としてとっとくよ。さて、行こうか?聖杯を手に入れるために」
聖杯戦争の説明を教会で受けた後、俺たちはイリヤと出会った。
イリヤは俺たちを殺そうとする。
「やっちゃえ、バーサーカー」
イリヤは歌うように背後の異形に命じた。
巨体が飛ぶ。
バーサーカーと呼ばれたモノが坂の上からここまで、何十メートルという距離を一息で落下してくるーーーーー!
『士郎!結界の持続時間が三分。その中で力を行使できるのは連続で十秒。そして、5秒のラグが生じる。足りない部分は俺がサポートする!いくぞ!』
その声とともにスイッチが入れ替わった・・・違う。
魔術回路を形成したのとも・・・違う。
ただ、自分が異質な何かに変質したことだけは分かった。
『十!』
頭に響いてくるその声に頷きながら、着地点目掛けて、全力でバーサーカーにタックルする。
「シロウ!」
「ちょっとあんた!」
どごぎゃ!!
「えっ?!」
「まさか!?」
「うそっ!?」
巨岩の肉体は、何かの冗談としか思えないような速度とそして、豆腐のような柔らかいものに沈むように塀の奥底消えていき、その姿は見えなくなった・・・・
なんつう・・・・威力なんだ。タックルしただけなのに
これが彼の力なのか。
こんな事が簡単にできるものなのか・・・・
『士郎。今のでバーサーカーは暫くの間だが戦闘不能になったから、結界ごと解除する』
何事もなかったような口調で俺に伝えてくる彼に、
ああと気の抜けた返事を返す。
そうして、今まで感じていた感覚がゆっくりと消失する。
「うそっ!?今ので三回死んじゃった!?」
「シロウ・・・貴方は一体何者なのですか?」
「衛宮君。貴方一体何者なの?!」
『神霊の力を手に入れたと言えば、ある程度だが、説得力があると思うが?』
二人に詰め寄られて困っている俺を見かねたように、助言してくれる。
そうしよう・・・それが一番良さそうだ。
「神霊の力を手に入れてその力を使ったんだけど・・・」
『当然、食い下がってくるのは目に見えている。これ以上は説明できないと打ち切ったほうが無難だろう』
「ごめん。これ以上はちょっと、説明できない」
「説明できないってあんた!」
当然、それでは納得できない遠坂が俺に詰め寄ろうとしたとき、
『まずい!全員を転送する!』
突然緊迫した声が響いてくると同時に、一面の景色が一変する。
そこは、前回の聖杯戦争で焼け野原になった公園だった。
『あちらを見れば分かる』
俺の問いを先読みするように言われ、俺は視線をそちらに向ける。
視線の先には空を貫き、夜の闇という闇をを食らいつくし、昼以上に一面を照らす巨大な光の柱が存在した。
『あのあたりはおそらく太陽と同程度の熱量に包まれてる』
そいつの固い声に、背筋が寒くなった。
何か知らないのか?
俺の問いに、少しの沈黙の後、
『説明するまでもなく、本人がきてくれたようだ』
「小手先でしたが、一瞬のうちあれほど見事な転送陣を形成されるとは感服しましたよ」
ぱちぱちと拍手の音がどこからか聞こえてきた。
『レザード=ヴァレス。神を創造しうる稀代にして最悪の魔術師だ』
やばい・・・・手足が何も感じられない。
重圧で押しつぶされるような感覚だ・・・殺気を向けられた訳じゃないのに・
『士郎。恐れることは悪いことではないが、何事も度が過ぎて良いことはないぞ』
ああ、そうだな。ありがとう。
「私の名はレザード=ヴァレス。錬金術と屍霊術を使う者です。ご存じだとは思いますが、一応、自己紹介させていただきますよ」
レザードと名乗ったそいつは嘲笑の笑みを浮かべてあの光の柱を背にいつの間にか現れていた。
『士郎。大丈夫か?』
ああーーーーだい、じょうぶーーーだ。
なんとか、振り絞るように彼に伝える。
「貴方のような存在は非常に興味深い」
実験動物を見るような厭な視線が俺に突き刺さる・・・いや、俺じゃない。俺に憑いてるあいつに興味があるんだ・・・
『士郎。今、ここで、奴を滅ぼす』
ーーー世界が凍るーーーそれ以外に表しようのない殺気がレザードに向けられる。
「準備が整っていない今。力の大半が使えないとはいえ、あなたとやり合うのは得策とはいえませんからね。今回はこのあたりでお暇させてもらいますよ」
レザードの周りに魔法陣が形成されて、レザードは姿を消す。
レザードが姿を消した後、俺と遠坂、セイバー、イリヤ・・・そして、ダメージから回復できないバーサーカーはその場に立ちつくしていた。
第三話 吼えるあかいあくま?
「なんなの!?」
づだんっ!
テーブルを粉砕しかねない勢いで彼女ー遠坂凛が吼えた。
「衛宮君!あなた!彼をしってるんでしょ!?何者なの!?マスターなの!?サーヴァントなの!?」
士郎たちは、レザードが去った後、士郎の家まで帰ってきたのだが・・・なぜか、イリヤという少女まで一緒に来ていた。
・・・・・因みに、一緒に転送したバーサーカーはその巨体故に、屋敷に入れないため、庭先で何故か・・・正座をしていた。
なんとなく、あぐらでもかいていた方が彼に相応しい様な気がするが・・・先ほど一撃でやられた罰なのかイリヤ散々怒られ、正座を強要されていたことを付け加えておく。
神話の大英雄が正座というあり得ないほど異様な風景だったが、それが気にならないかのように、彼女は怒り狂っている。
そのとばっちりを士郎が受けていた・・・・・彼に、助け船を出すか。
「衛宮・・・士郎と言ったな」
赤い外套の男が具現化し、静かに告げる。
まずいな・・・・・・彼が同じ彼なら、気づかれているはずだが・・・
「あのとき、ランサーに殺されたとき、なぜ。その力を使わなかった?」
鷹のような眼光が士郎を射抜く。
俺を認識していない?
と、言うことは・・・彼は違うのか?
だが、もし、守護者の彼が神霊について詳しく知っているなら、誤魔化しがきかなくなるおそれがある。
ここであれに知られると、無駄に手間を食う羽目になりかねない。
ただでさえ、肉体を失い、あれから目を誤魔化して、赤子の力程度しか振るえない状況で、少なくとも、レザード以外にもやっかいな連中を何とかしないといけないのに、これ以上、制限を受けるはめになれば、勝機はなくなる。
バーサーカーはイリヤに教えるおそれがあるが、セイバーについては・・・問題ないだろうが、楽観するわけにはいかない。
いざとなれば、力ずくでも、気乗りはしないが・・・やる必要が出てくるか
彼女は、
「そうです。土蔵の時もあの力を使えばランサーを一蹴できたはずです」
セイバーも思い出したようにアーチャーの言葉に乗る。
遠坂凛も少しは落ち着いて、何か考えているようだ。
『力を使えなかったと、お茶を濁すしたほうが無難だと思うぞ』
士郎は忠告に同意し、
「あのときは、力が使えなかったんだ」
「それはどういう意味ですか?」
セイバーの疑問に、
「条件を満たさなければ、その神霊とやらの力は、使えないという事か」
アーチャーが士郎の代わりに答えるように確認する。
「ああ。流石に条件はいえない」
士郎の言葉に頷くと、アーチャーは、
「わかった。次に、レザード=ヴァレスについて聞こう。あの男は何者だ?」
『そんなに詳しい訳じゃないが・・この世界と異なる世界にいる錬金術師・・・そして神を創製し、自らも神となるべく神と戦った男だ。』
士郎は自分の言葉に直して、それを皆に伝えた。
『さて、どうする?凛とイリヤスフィールと同盟を組むのか?』
俺の問いに、士郎は俯く。
『君がそう言うのであるなら、止めはしない。ただし、俺の存在が明らかになってしまえば、俺の力は使えなくなる。そこだけは注意してほしい』
個人的には、アーチャーとイリヤが俺の存在に行き着く恐れがあるため、あまり好ましくはないが、少し気をつければ・・恐らくは問題ないだろう。
まあ、我ながら楽観しすぎのような気もするが・・・最悪、裏技を使ってなんとかするしかないか。
俺が考えを巡らせている間に、話は一通り終わったらしく、イリヤと凛がここに泊まることになったようだ。
『士郎。すまないが・・・・少しだけ夜空を眺めにいってくれないか?』
立ち上がろうとする俺に彼が頭の中で話しかけてきた。
遠坂やイリヤたちの準備もあるので、彼に、少しだけと言うと、
『ああ、少しだけでいい』
と、彼も頷く。
俺は、縁側からそとに出ると、彼が、
『士郎の肉体を強化するから、屋根の上に飛び上がってくれないか?』
と、伝えてきたので、俺はその通りに、飛び上がる。
体にすべての枷がなくなったかのように軽い・・・違う。何も感じなかった。
そう思う間もなく、俺は屋根の上に飛び上がっていた。
屋根に腰掛けて、何となく月を眺める。
『今夜は月がきれいだ』
何か分からないが疲れた様にその疲れをはき出すように、彼は呟いた。
そういえば、あんたの目的は?
『俺の目的か?』
少し長い沈黙の後に。
『誰も知りたくないような下らない物語を永遠に終わらせるためだ』
誰に向けられたものではないはずなのに、底冷えのする声で淡々と言った。
そういえば・・・あんたをなんて呼べばいい?
『そうだな・・・・デウスエクスマキナが妥当じゃないのか?』
デウスエクスマキナ?
『生憎と、名前を言えない理由があるんでね。デウスでも構わない。』
じゃあ、デウスだ。
『分かった。さて、そろそろ。戻らないとお客さんの怒号が響くことになるぞ』
俺は、頷くと、屋根から飛び降りる・・・・・・
ちょっとまて!?
デウスから強化してもらってない!?
やばいと、思う間に、
『やれやれ、仕方ないな。気をつけないと、命に関わるぞ』
あきれた声が響いて、俺は何事もなかったように着地する。
『知識、経験、感覚、技能・・・君はすべてに於いて足りないずくしだ。明日から、鍛錬を始めないとだめか』
と、ため息が聞こえてきた。
第四話 英霊を凌駕する方法。
今、目の前に一人の青年が私の目の前にいる。
今、私は非常に不愉快な気分だ。
その理由は、朴訥な青年のせいだ。
彼は私と腕試しをしたいと言ってきた。
私はそれに了承したのだが・・・道場で彼と対峙したとき、
言葉を失った。
「さて、セイバー。始めようか」
彼は私と素手で渡り合おうと考えていたのだ。
そして、殺気はおろか、闘気すら感じさせない。
バーサーカーを一撃で退けたときに感じた力・・・今、感じることはできない。
だが、違和感を感じる・・・シロウではないような気がする。
彼は人間と英霊の差を埋めるようなものは一つとしてない。
その彼は私に宝具をもって戦えと言うのだ。
彼の慢心を今、打ち砕かなければ、必ず敗北してしまう。
多少疎まれようとも、彼の慢心を諫めるべく常人であれば、一瞬で気を失うほどの殺気を彼に、たたきつける。
だが、彼に動じる様子はない。
「シロウ。私を甘く見ると火傷ではすみませんよ」
一足で間合いを詰める。
だが、彼は動かない。
ならば、このまま!
肩への一撃を彼は、身をよじるようにのけぞると、その反動を生かし、彼は私の背後に回る。
なっ?!インビジブルエアを避けた・・・?
不可視の剣が見えていたのか?
「セイバー。インビジブルエアの風切り音で大体の予測をつけていたんだよ」
シロウは私の考えを読むように説明する。
「付け加えて、セイバーの重心を見れば、どういう剣なのか大体わかる。」
彼は肩をすくめる仕草をすると、
「これで、少しはやる気になってくれたかな?」
少し小馬鹿にした口調で言う。
「ええ、あなたには手心を加える必要はないようだ」
「全力以上できてもらわないと意味がないんでね。」
おかしい・・・おかしい。
これは、異常だ。
かれこれ一時間彼は私の剣を避け続けている。
そして、彼は疲労の陰はおろか、汗一つかいていない・・・・
「あまり意味はなくなってしまったが、少し本気でいこうか」
彼の声色は同じでも・・・口調が違う?
動けない・・・この私が動けない。
素手の人間に私がおそれを抱いている・・・のか?
バーサーカーを退けた力と・・・同じ・・・いや、違う!
「くっ!?」
間合いを離しても離れたように感じない。
厭な汗が頬を伝う。
「あなたは、一体、何者ですか?」
「もし、俺に勝てたら教えてもいいよ」
その言葉とともに風景が消える。
「がっ!?」
なぜ、私の背に壁がある・・?
衝撃を受けた場所を見ると、鎧が紙細工のようにへこんでいた。
「さて、こんなものか」
彼は手を二度、三度、たたいてから、
「セイバー。自身の能力の把握と慢心は別物だ。人間でも君を滅ぼす方法がない訳じゃない。気をつけないと寝首をかかれる。君自身、今のように変則的な戦闘方法を苦手なはずだ。自覚しているかは知らないが」
「シ、シロウ。あなたは、今・・・なにをしたのですか?」
くっ、バーサーカーを退けた力ではないはずなのに、まだ回復できない・・・
「魔導師がそう簡単に種明かしはしないと思うけど?」
「どのような魔法を使った」
彼の前に立ち塞がるように現れたアーチャーに、
「今の技か?」
「ああ。今、お前はなんの力も使っていなかったはずだ。人間に英霊のはやさを超えることは不可能だ。お前の肉体は人のそれでありながら、なぜ、セイバーの早さに迫れる」
「別に、魔法じゃない。セイバーの動きの起点を予め読んでいた。だから、最小限の動きでセイバーを何とかできた」
「起点?」
アーチャーが訝しげに眉をひそめる。
「そ。視線、肩、腰とまあ、生物である以上、動作の始まりは必ず存在する。そして、その起点を視界に入れておけば、相手の行動がわかる。直感や、未来予知を使わなくてもね」
アーチャーが壁にもたれかかるセイバーに視線を投げた後、
「その結果が今の彼女の状態か?」
「ああ。流石に連続で攻撃されると、避けきれないから、それだけは封じたけどね。」
異常といえる技量をもってしなければ、なしえない奇跡の業にアーチャーは憎悪と殺意の視線を彼に送る。
「衛宮士郎。その力は神霊のものなのか?」
「神霊の力じゃない。今やったことは人間の筋力だけでやれる。あとは単純な技量の問題だ」
彼は道場の入り口までいくと、
「この世に敵わないものは決して存在しない。力が無いなら、技量を持って相手を凌駕すればいいだけのことじゃないのか?摩耗した英霊」
彼はそう言うと、道場から出て行った。
第五話 彼の胸中によぎるもの
さすがは英霊か・・・・あまく見過ぎていた。
人間という器では未来予知でも捌けないほど、セイバーの剣技は洗練されたものだった。
アーチャーたちに説明したあの見切りの方法は、動作を認識できれば、何とか捌けるのだが、セイバーの剣撃は初動すら人の目には映らないもののため、焼け石程度しか効果をなさない。
付け加えて彼女の能力の前では、未来予知ではなく未来確定ぐらいさせないと不可能だろう。
その不可能の溝を埋めたのが、転臨眼。
転臨眼は、第三の目やらいろいろな呼び方があるらしいが、その目のもたらす力は、
事象に介入する能力と、この世のすべてを見通す眼。
子細ではないが、この二つが主な能力だ。
セイバーの仕合の時、事象に介入して無理矢理回避する事象を作り出すというイカサマをやってのけたのだが、アーチャーに怪しまれる羽目になるとは・・・・
アーチャーに勘ぐられるのは好ましくはなかったが、これで衛宮士郎という少年を通して発現できる事象は大体、把握できたことを由とするしかないな。
それよりも、現時点でもっとも頭の痛いのは・・・俺が体を借りている士郎のことだ。
今・・・・彼は意識を失っている。
セイバーとの仕合は実戦経験の無い彼に少しでも実戦の感覚を身につけてもらうために体をかりて、俺が代わりに戦ったのだが・・・
まあ、あの殺気に三十分もったのは賞賛に値するが、楽観できないのが頭の痛いところだ。
流石に初日で過度の期待をするのは間違っているのもはわかっているが・・・いつまでも甘いことを言っていられるかがわからない今。最低でも、戦闘中、戦意喪失だけはしない程度になってもらいたいのだが・・・思いようにはいかないか。
正直なところ、俺以外でも倒すことが可能なら、可能な人間がやってもらっても構わないのだが、凛をはじめとする他のマスターたちでは、あれを滅ぼすことはおろか、止めることすらできない。
あれを止められる可能性はあの死神くらいだろうが・・・それでも分の悪い賭になる。
肉体の再生がままならない今、士郎と決着をつけるしかないか・・・・
そんなことをとりとめもなく考えていると・・・僅かなゆがみを感じ、思考を中断する。
この波動は・・・・・・・・あいつか。
予想よりも早いが、サポートがついていれば、一日は遅すぎるくらいか。
被害がでないように、あの場所で仕掛けるか。
俺は意識を失った士郎の体を借りたまま、その場所に向かった。
第六話 虚無の王と悪の化身
気がつくと、俺は夜の公園にいた。
『士郎。気がついたか』
硬い声が頭の中に響いてくる。
デウス。・・・ここは?
『公園だ。敵さんの準備ができあがったらしい』
周りを見回しても、誰一人として存在しない。
『士郎・・・目に映るものだけが事実とは限らない』
なんか・・・非常に落胆した声を感じるのは気のせいだろうか・・・・
『気のせいじゃない。魔術の研鑽を積んでいるのにその程度って言うのは、切ないぞ。まあ、あの男じゃ仕方ないかもしれないが、違和感程度感じられないのは少々問題だ』
なんかため息が聞こえてきそそうだ。
才能がないかもしれないけど・・・
『その話は後でしよう。ずいぶんと遅かったじゃないか・・・・・レザード?』
デウスは俺の言葉を遮り何かを見透かすかのように声をかける。
「気配を消したつもりでしたが、お見通しでしたか。流石は転臨眼の持ち主」
声だけがどこからか聞こえてくる。言葉だけなら、賞賛しているように聞こえる・・けど、哀れみを含んだ嘲笑の色があった。
デウスの声が聞こえるのか?
『キャスター。はぐらかすのは止めてもらおう』
俺の疑問に答えるかのように、姿を現す。
あいつは以前、俺たちを襲ったやつ・・・あいつがサーヴァントなのか?
「そこの彼なら一筋縄でいけそうですがそうはいかないようですね」
からかうような視線を俺に向ける。
『余計なご託はいい。俺の予想だが、人間になった彼女の代わりに喚起されたんだろ?』
「ええ、あの程度の手品師と同列に扱われるのは甚だ不愉快ですがね」
肩をすくめながら、頭を振る。
「賢者の石ですら手に入れられなかったものを手に入れるために、苦渋を飲むことにしましたよ」
『魔術師・・・・の業だな』
「ええ、そうかもしれませんね。さて、手駒を準備できたので、馳せ参じたところです」
レザードの言葉に、空間そのものが歪んで、色を無くした灰色の世界に変わる。
レザードの背後に何かがいる。
・・・・正視してはならない。
『なるほどね。ネオエクスデスか・・・・どうやら、アカシックレコードをみたようだな』
ネオエクスデス?
レザードの背後にある何かがネオエクスデスなのか?
いったい何のことなんだ?
「ええ、流石にすべてを理解するのに少々の時間を要しましたがね」
レザーの背後の闇から融けでるように、あらわれた。
それは・・・・あらゆる生物が組み合わさった巨人。
それ以上はわからなかった。
その巨人をそれ以上見ようとすれば・・・俺は耐えられない。
『あの巨人だが、名はネオエクスデス・・・・ある世界に存在する長老の樹に収束された負の感情より生まれ、すべての存在を否定する力・・・無を手に入れ、すべてを無に回帰させる存在・・・・・そして、』
デウスは、一度言葉を切って、
『人間の愚かさが作り出したなれの果てだ』
自身への警句のように固い声で俺に告げる。
「肉体を失い、力を満足に使えないとはいえ、相手に不足は無いと思いますが?」
レザードの試すような視線をデウスは、
『虚無の王とは言っても傀儡じゃあ、面白くはないな』
デウスの嘲笑とともに、何か訳のわからない霧のような何かが現れた。
ネオエクスデスとともにあれを理解しては・・・いけない。
『士郎は、あれはギーグだ。あれも異世界の存在でわかりやすく言えば、侵略しようとした宇宙人というやつだ。力を追求するあまり自身の制御を失って、暴走した愚者の末路だ』
「あなたにとってある意味天敵のはずですが?」
『ある意味ではな』
『士郎。心の準備は大丈夫か?』
さっきみたいに俺の体を使った方がいいんじゃないのか?
『残念だが、君の体を借りた場合、魔法、魔術、法術の類は、使うことはできないし、さっきの今みたいに借りることはできない』
じゃあ、あの変な未来予知みたいのは?
『君の体を借りた場合、俺が体得したものと転臨眼は、使えてもそれ以上は使えない』
じゃあ、どうするんだよ。
『君自身が俺の力を使ってあの三人を殺さない程度にぶちのめして、丁重に元の世界に叩き返す以外にないだろ?』
どういう意味なんだよ!?あんなのを殺さないで、なんとかできるのかよ!?
『あれらはこの世界の存在ではない。本来の世界では、その世界の英雄によって滅ぼされている。この世界の存在である君がやつを倒すと言うことは、本来の流れをねじ曲げると言うことになる・・・そうなれば、二つの世界の接点が生まれ、善くて、世界の融合・・・最悪。世界の対消滅もあり得る』
・・・どうすれば、いいんだよ。
『やるしかないんだよ。それ以外に選択肢はない。あの三人が俺たちを滅ぼした後に、自発的に元の鞘に戻るとでも思うのか?』
そ、それは・・・
『・・・・仕方ないか。今以上を、君に求めるのは酷か。もういい。体を借りるぞ』
「がああああああああああああ!!!!」
体が勝手に吼えた。
なぜ吼えたかはわからなかったが、なぜか吼えた。
体中がめきめき音を立ててのびていくのに、
何も感じない。
あまりにも何も感じないせいで他人事みたいな感じがする。
「ほう。融合に近い状態で憑依するとは、中々面白い裏技を使いますね。先ほど、少年の体を借りて同じ手は使えないと言うことですか」
「ああ、レザード。お前さんがそこの二人を喚起するために作った空間を利用させてもらったよ。この空間なら、世界からの修正を気にしなくてすむ」
視線がいきなり頭一つ高くなり、衣服も見たことのない材質のものに変わっている。
声質も変わって、腰まである長い銀色の髪が、風に乗ってたなびく。
「なるほど、あの少年の肉体を核にあなたの霊体で増強しているようですね」
「ご明察。一回こっきりの使い捨ての切り札なんでね。俺としては、最終決戦の最後の切り札に使うつもりだったが、大盤振る舞いだ」
自分で体を動かせないのに、デウスが自嘲するように唇を歪めるのがわかる。
「やれ」
レザードの言葉と共に、二つの悪が動き始める。
「ラグナロク!エクスカリバー!天の叢雲!正宗!」
デウスの言葉に答えるかのように四つの武具が虚空から姿を現す。
右手にラグナロク、正宗。
左手に、エクスカリバー、天の叢雲を構え、巨人に突進する。
一瞬のうちに何かが終わった。
「おわりだ」
音もなく十六箇所を深く切り刻まれ、身動ぎすらできないネオエクスデスに、両手の武器を投げつける。
四つの武器はネオエクスデスを深く貫く。
デウスは右手をネオエクスデスに向けて、
「元の世界に戻れ」
ネオエクスデスの周囲に魔法陣が描かれ、魔法陣に融けていく。
「さて、まずは一匹。片づいたな」
「16回の剣撃。とどめにその武器を投擲して、計算し尽くされたかのように瀕死に追い込むとは恐れ入りましたよ」
「ま、剣技でもなんでもないただの乱れうちだ。適当に切り刻んだうちにも入らないほど、雑なもんだけどな。次、行こうか?」
余裕綽々に語るデウスの視線はギーグとレザードに向けられる。
「やせ我慢はよくありませんよ?」
レザードは何かを見透かしたかのようにデウスに告げる。
「やはりあなたの存在はあまりにも究竟だ。その一端しか具現化していないにもかかわらず、既にあなたは世界からの修正を受けている。それでも平然としていさまは流石と言わざるをえません。他にも方法が在るにもかかわらず、あなたは危険を冒して何故、そこまでするのですか?」
「一番大きな理由は、それをやる意味を理解してほしい人間がいるってことかな」
「なるほど、あなたは無駄で無意味な事がよほどお好きみたいですね」
頬を歪めて、デウスがあまりにも愚かだと言わんばかりに
「かまわんさ。手遅れになる前に気づけば、それでいい。ギーグは主の命を今かと待ちわびているみたいだが?」
「ええ、では、続きを始めましょう」
レザードは眼鏡を押し上げて、ギーグに命を下す。
ギーグは霧の体を震わせて、デウスに迫るが、デウスは、
「奴を倒さない程度の攻撃は無理か・・・・俺の芸風じゃないからやりたくはないんだが」
デウスは右手を空に掲げ、
「存在するすべての世界に生きるものよ。ただ、ただ、大切な人の無事を祈るものよ。その祈りを、その想いを、ほんの少しでいい。ほんの少しだけ、分け与えてほしい」
デウスがその言葉を言い終えると、右手に淡く消えてしまいそうで儚い光が一気に集まり、ギーグを照らす。
ギーグの動きが止まり、霧の一つ一つが痙攣を始める。
「元の世界に戻れ、ギーグ」
静かにその言葉をつぶやくと、ギーグは魔法陣に消えていった。
「これでひとまず終わりだな」
視線が元の俺の体と同じに戻る。
「力を全く使わず。なんでもないただの言葉で他の存在から力を借り、でたらめな方法で退けるとは恐れ入りましたよ。そこにいる少年を殺すのは簡単ですが、あなたに免じて退きましょう」
そう言うと、現れたときと同じようにレザードは姿を消した。
第七話 セイギをかたる資格
『さて、帰ろうか、士郎』
脳裏に響く声に士郎は動かない。
「あんたは一体、何者なんだよ。さっきのあの二人は英霊という次元じゃなかったはずだ」
苛立ちを含んだ士郎の声にデウスは、
『異世界に存在する無力な魔導師だ。これで充分だと思うが?』
「あんたの目的は?」
『俺の目的か、以前、悲劇を終わらせるためと言ったはずだが?』
「じゃあ、その為に何をするんだ?」
『聖杯に辿り着くことだ』
「聖杯に辿り着いて何をするんだ?」
『聖杯の中身に用がある』
「あんたは聖杯でなにか叶えようとしないのか」
『たかだか、人間や世界の作り出した程度のものに叶えられるような願いはないし、そんなものに俺の理想を汚されたくはないんでね』
士郎の質問に最低限しか答えないデウスに、
「・・・・あんたは、英霊なのか、人間なのか?」
『どちらでもない。肉体を滅ぼされても、死ねない・・・・・化け物が一番適していると思うが』
言葉に詰まる士郎に、
『これで、満足かな?』
デウスは何かの宣告を始めるための言葉を紡ぐ。
『さて、俺も確認しないとまずいことがあるのだが・・・あまり乗り気になれないものなんでね。後にのびてしまったのだが・・・君に確認しないといけないことがある』
士郎の体から、融けでるようにデウスが姿を現す。
『もしも、だ。生きるために人間を殺し、食わなければいけない親しい人間を君はどうする?』
デウスは士郎に向き直り、その碧い双眸で士郎の目を見る。
少し・・・・間をおいて、
『参考までに、幾つかのケースを言っておく。ある男は、自分の肉を食わせて彼女に生きながらえさせた。また、ある男は、彼女のために他者を食らわせた。そして、またある男は・・・彼女を殺した』
また、間をおいて、
『彼らはそれぞれにおいて、ある意味、正しい方法と言えるだろう』
虚空を見上げながら、
『想いはそれぞれだったろう。彼女のために、みんなのためにそういう思いで決意しただろうよ』
デウスは何かを思い出し、反芻するように独白する
『ただ、言えるのはどのような決断するにも、失うものはやまほどあっただろう。簡単に決断できるほど軽いものではなかっただろうな』
何も言わない士郎を試すように士郎の双眸をのぞく。
『さあ、君はどういった理由でどのような決断をする?』
ただ、士郎の答えを確認する為に、何も写さない双眸を士郎に向ける。
「お、おれは・・・・・人間を食べないですむような方法を探す」
士郎の返答に、予想通りと言わんばかりに、
『絵に描いたような回答だな・・・・因みに、あえてどういった状況か言わなかったのは、君を試した意味合いが強かったんだが・・・・君はその仮定を確認すらしなかった。その意味がわかるかな?』
デウスは、額を片手で押さえ、俯きながら、
『つまりだ。君はその選択から逃げている。セイギノミカタをかたるつもりなら、その問いは避けて通れないはずだ』
俯き、片手で額を抑えているため、表情は伺うことはできないが、険しい口調で士郎を詰問する。
『・・・丁度、君にいい試練が在ることを思い出した。君の周辺で助けを必要としているものがいる。それを救うことだ。ルールは特にない。あらゆる方法でもかまわない。そいつを救うこと。それが試練だ』
そう言ってから、少し間をおいて、
『それを君は殺すのか、生かすのか、それとも第三の方法を見つけるのか、お手並み拝見と行こう・・・ただし、期限は24時間。それだけが唯一のルールだ』
淡々とそれだけ言うと、デウスの姿はかき消すように消えた、
第八話 正義でも悪でもなく
『さて、刻限だ。セイギノミカタである衛宮士郎。回答してもらおう』
デウスは士郎に問いかけた時と同じ場所で、その言葉を発した。
長い・・・・長い静寂の後に、
「俺にはわからない」
『そうか』
と、一言だけつぶやくと、デウスは沈黙する。
その碧い双眸で士郎を眺め、
士郎が沈黙していたのと同じ時をかけてから、
『君は間桐桜と接して、何年という時間を無為に過ごしていたんだ?』
責めるわけでもなく感情を一切殺して、淡々と告げる。
「桜がそうなのか?」
『その程度には察しがいいようだな・・・間桐桜は今もなお、この時でさえ、衛宮士郎の力を必要としている・・・・だが、君に救えるのか?』
「どういう意味だ」
『彼女は間桐家の人間に肉体を無理矢理、手を加えられ苦しんでいる。真っ当な方法では元に戻せないくらいにな』
「気づいても何もできないなら、俺にどうしろっていうんだよ」
『だから、ルールはないと言ったろ?君が気づき、助力を願うなら、俺は力を貸すつもりだった』
「あんたは気づいていたのか?」
『ああ。だが、俺としては聖杯が具現化する直前まで放置するつもりだったが宿主である君が言うのであるなら、多少の融通は利かせるつもりだったが』
「・・・あんたは誰よりも力があるはずだ。なんですぐに助けない」
『俺にも都合というものがあってね。彼女には悪いが、俺が考えているタイミングまでは助けるつもりはない』
「あんたの勝手で桜を苦しめるって言うのか?」
『そうだ。だが、手遅れになることは決してあり得ないとだけ言っておく』
「何でそう言いきれる」
『気付いていないなら敢えて言う必要はない。それよりも、確認しなければならないことがある。間桐桜は存在した時点で既に救う価値のない悪だと言うのか?まさか、気づけないほど、愚鈍だったのか?彼女の叫びに耳を塞いでいたのか?それとも、セイギをかたりたくなかったのか?』
「ちがう!」
『なら、今、聞こう。お前の騙るセイギとはなんだ?強者に従い、弱者を虐たぐ事がセイギなのか?自分を否定するものすべてが悪なのかね?まさか自分のできないことそのものが悪だと言うんじゃないだろうな?』
「ちがう!そんなんじゃない!」
『ただ否定されたんじゃ、俺にはわからない。今、ここできちんと言葉にしてもらおうか?衛宮士郎』
デウスの問いに答えることができない士郎に構わず、デウスは言葉を続け始める。
『借り物の理想、言葉、願いだとしても、そいつの本質をきちんと理解すれば、うまくやっていくことができる。お前は衛宮切嗣のセイギノミカタという上っ面の煌びやかな言葉だけに惑わされて彼の想いを理解しようとはしていない。借り物であるなら、尚更失敗は許されないはずだ』
デウスは士郎から背を向け、
『今の衛宮士郎では、俺の求める最良の結果は導かせられないと判断した。勝手で悪いが、君よりもマシな依り代を探すことにした』
感情を含まず、静かに告げると、闇の中に姿を消す。
『最後に、一つ忠告を。お前は必ず、どうしようもない無力を味わうことになる』
闇の中にその声は消えていった。