目の前に聳える門。その向こうに見える巨大な屋敷。
「お金って在るとこには在るんだな。」
「………」
「まあまあですわね。」
三者三様の反応を示して、俺達は坂の上のお屋敷の前にいた。
錬剣の魔術使い・第十話
「は〜あ、しかし大きな屋敷だな。」
感心する俺。
「あら、わたくしの実家は、こちらより大きいですわよ。そうだわ、今回の事が終わったら、シロウを我が家に招待しますわ。」
「え、あ〜、都合がつけば。」
「嫌なのですか、シロウ?」
「いや、帰ったら、埋め合わせしないとならないから。」
苦笑する。何を要求されるだろうか?
「それよりも、凛。さっきから呆けてるけど、どうかしたのか?」
俺の言葉通り、さっきから呆けてる凛に声をかける。
「遠野。やっぱり。」
「「?」」
独りごちる凛。首を傾げる俺とルヴィアさん。
「士郎、あんたは知らないと思うけど、この遠野家は、日本有数の混血の一族の名門よ。ミス・ブルーの教え子がどう言う人か知らないけど、油断は禁物よ。」
場合によっては、戦闘もありうるわと緊張した面持ちの凛。
「分かった。でも、ま、ここでこうしててもしょうがないしな。」
ピンポ〜ン。
「ホントに分かってんの、あんた!?」
声を荒げる凛。そうは言ってもな。ま、なるようになるさ。
「はい、どちら様でしょうか。」
インタフォンから女性の声で答えが返ってきた。
「シキさんはいらっしゃいますか。」
一瞬の沈黙。返答は先ほどより硬い。
「どういった御用件でしょうか?」
「魔法使いの弟子が来たと伝えていただければ大丈夫だと思うんですが。」
「しばらく、お待ちください。」
で、しばらく待っていると、メイドさんがやって来た。一瞬ここがホントに日本か分からなくなった。シキさんの趣味だろうか。
「志貴様がお会いしたいそうです。どうぞこちらへ。」
門が開かれ、中へと案内された。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
案内されながら、中で待ち受けるのが、そんな生易しいものじゃないことを、この時俺は知らなかった。
「はじめまして、俺が遠野志貴です。こっちが妹の秋葉。それと後ろにいる二人が、家で働いてくれている琥珀と翡翠です。」
シキさんの紹介に合わせて、頭を下げてくれる秋葉さん、琥珀さん、翡翠さん。えーと着物着てるのが琥珀さんで、メイド服なのが翡翠さんと。
「すいません、こんな朝早く。俺が、ミス・ブルーの弟子の衛宮士郎です。こちらは、俺のその、友人で遠坂凛と、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトさんです。」
とりあえず、簡単な紹介を済ます。
しかし、驚いた。師匠の教え子って言うからどんな人格破綻者かと思ったんだが。穏やかな容貌。黒縁の眼鏡。優しげな雰囲気。例えるなら、穏和で暖かな月と言った感じの人だ。膝の上で眠る黒猫がそんな感じを際立たせる。
「それで、先生からの用件って言うのは、衛宮さん?」
「あ、士郎でいいですよ。それで、手紙を預かってますんで。」
言って志貴さんに手紙を渡す。志貴さんが封筒を開いて、中の手紙に目を通す。琥珀さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、その様子を、場にいる全員が見守る。
「士郎、手紙―」
志貴さんが手紙を読み終わり、口を開こうとした瞬間。
ガッシャーーーーーーーーン!!!!!!
居間の窓ガラスが砕け、白と黒の何かが踊りこんでくる。
「邪魔するニャーーー!!デカ尻エル!!!」
「黙りなさい!!このアーパー吸血鬼!!!」
居間を蹂躙する破壊の嵐。夫婦剣と投影し、凛とルヴィアさんに迫る衝突の余波を防ぐ。琥珀さんと、翡翠さんは慣れてるのか、巧く避難している。
「あなた方、いい加減になさい!!!」
髪を逆立てて、その破壊の嵐の加わろうとする秋葉さん。気のせいか、さっきまで凛のような艶やかな黒髪が、怒りに呼応したかのように紅く見える。
「落ち着け、秋葉。お前まで加わると、収拾がつかなくなる。」
言って、罵り合いながら激突する二人に無造作に近付いていく志貴さん。
「あぶな―」
何でもない事のように二人の手を取り、
「いい加減にしろ、二人とも。お客さんがいるんだから。」
「お客さんですか?」
「あれー、士郎じゃない。なんでここにいるのー?」
先ほどの激突が嘘のような暢気さだった。
「はー、あなたが噂のミス・ブルーのお弟子さんですか。」
「むー、ブルーの弟子とは聞いてないわよー。」
シエルさんとアルクェイドさんは一緒に紅茶を飲んでいる。居間は、すっかり元通りだ。さっきまでのあれが日常ですと言わんばかりに、皆落ち着いている。日常なのか、あれ?
しかし、豪華な面子だ。真祖の姫に、埋葬機関の第七位、遠野の現当主。でも、志貴さんが当主じゃないと言うのは意外だ。なんと言うか動き方に隙が無かった。それにあの眼鏡、凄い力を感じる。まあ、長男が、必ずしも当主になる訳じゃないんだろうけど。
「で、話は戻るんだけど。先生が言うには、士郎は助っ人らしい。」
「助っ人ですか?」
「その、二日後の。」
「二日後?」
二日後って何かあったっけ。
「あは〜、バレンタインですね〜。つまり、衛宮さんは、いつもの騒動を治める為に派遣されたと言うことですね。」
琥珀さんの発言で思い出す。バレンタインか。そういえば。
「いつもの騒動ですか。なんとなく想像出来ますね、遠野さん?」
「良くは分かりませんが、ミスタ・トオノも大変ですわね。」
二人の意見にハハと乾いた笑いをこぼす志貴さん。それを、横で見ながら俺は、
「アルトさんは本命誰に渡すんだろ?」
バレンタインで連想した事を口に出す。
「「「「「「え?」」」」」」
居間の時間が止まる。
「?」
硬直した遠野家?の面々に首を傾げる俺。
「士郎、アルトって」
「どこのどなたですの、シロウ?」
女性の名前に反応する凛とルヴィアさん。
「あー、ちょっとした知り合い―」
「詳しく聞かせてくれないかしら、士郎?」
顔に手を当て、その指の隙間から金色の瞳を覗かせるアルクェイドさん。昨日とは比べ物にならない圧迫感。朝なのに!!
「落ち着け、アルクェイド。それじゃ士郎が話せないだろう。」
「志貴は黙ってて!!」
「ふ〜。アルクェイド、落ち着かないと一週間口を利かないぞ。」
瞬間、アルクェイドさんに猫耳が生える幻視と共に、圧迫感が消失した。
「うにゃ〜〜〜〜〜!!ごめん、しき〜〜。ゆるして、しき〜〜。」
必死に謝るアルクェイドさん。俺は今、世界で一番貴重な映像を見ている。
「で、士郎は、アルトルージュと知り合いなのか?」
「ええ、まあ。日本に帰る二週間前くらいに呼ばれて。」
「士郎よ、お主に頼みがある。」
「なんです、アルトさん?」
城の中のアルトルージュの私室。現在、ここにいるのはアルトルージュ、プライミニッツ・マーダー、士郎だ。リィゾとフィナは外に待機。
「日本には、その、女性が好きな殿方にチョコレート菓子を贈る風習がある、と聞いたのだが。」
「ああ、まあ、あれは日本だけらしいですね。」
お菓子業界の陰謀とか何とか。そう言えば、俺、義理(実は本命もいくつか混ざってた)しか貰ったこと無いなあ。ちょっと悲しいかも。
「それで、その、手作りの方が喜ばれるのであろう?」
顔を赤くしながら尋ねてくる死徒の姫。むう、レアな映像だ。
「ええ、そうですね。もしかして、誰か、手作りチョコを贈りたい相手が?」
耳まで赤くして俯く死徒の姫。なんと言うか、一年前に知り合って以来、初めて見る姿だ。
聞けば、想い人は日本にいるらしい。アルトさんは、欧州をおいそれと離れられないので、余計、思いが募るとのこと。
「分かりました。そう言うことなら、協力します。」
人の恋路を邪魔する奴はなんとやらってね。ちなみに、応援したらどうなるんだろう?
「礼を言うぞ、士郎。お主は、本当に良き漢よ。気は変わらぬか?お主なら、すぐに死徒二十七祖に名を連ねられようぞ。」
「いや、人間辞めるのは、ちょっと。」
「そうか、じゃが、気が変わればいつでも言うがよい。」
嬉しそうに言うアルトさん。今から想像してるんだろう、想い人にチョコを贈るところを。それに比べれば、勧誘を断られることも些事に違いないようだ。
「ところで、城にいる料理人に習わなかったんですか?」
素朴な疑問。
「妾にものを教えると言うことができると思うか?」
あ〜、萎縮しちゃうか。て、それは俺も同じだと思うけど。
「それでは行くぞ、士郎。プライミニッツ・マーダー、味見を頼むぞ?」
「リィゾさんとフィナの奴に頼まないんですか?」
「は、恥ずかしいではないか!!」
頬を膨らませて怒る死徒の姫。可愛らしく、微笑ましいこと、この上ない。
「でも、犬にチョコは毒ですよ?」
「士郎、ガイアの怪物を犬と一緒にするでない。大丈夫であろう、多分。」
「多分ですか。」
気のせいか、プライミニッツ・マーダーの目が不安に揺れているような。
「ほら、士郎、急がぬか!」
急かすアルトさんを先頭に、俺達は厨房に向かった。
「と言うことなんですが、もしかして、アルトさんの想い人って。」
「多分、俺かな。」
志貴さんが苦笑しながらそう言う。緊迫する遠野家?女性陣。
「先生が手紙に、士郎にも今回起こる騒動の原因の一端が在るって書いてたのは、そう言う訳なんだな。」
「みたいですね。」
責めるような視線を一身に浴びながら、何とか答える。
「士郎、死徒の姫と知り合いって、何で、黙ってんのよ!」
「………」
憤る凛と何か考え込むルヴィアさん。
「いや、聞かれなかったし。」
「聞くわけ無いでしょうが、そんな思いも付かない事!」
「すまん。ところで、志貴さんはいつ、アルトさんと?」
「二年ほど前に、ちょっとあってね。」
遠い目をする志貴さん。なぜかごっつい親近感が湧くんですが。
「まさかと思いましたが、情報は確かだったようですね。」
「どういうことです、先輩?」
秋葉さんが、シエルさんに聞く。
「メレムから、アルトルージュ一行が来日すると知らせがあったんです。衛宮さんの話で、信憑性が上がりましたね。」
「また来るんですか、あの女。」
二年前、何があったんだろうな。怖くて聞けないけど。
「アルトルージュの奴、まだ志貴を死徒にするのを諦めてないのね。」
「どういうことだ、アルクェイド?」
「チョコにアルトルージュの血が混ぜれば、チョコを食べた志貴は死徒になるわ。志貴は血を吸おうとするのは許さないけど、チョコなら食べるでしょう?」
「なるほど。さすが、あなたの姉ですね。悪知恵が働きます。しかし、そんな事は、もちろん許せません。断固阻止せねばなりません。遠野君、私はアルトルージュ一行に備えるため、今日は帰ります。」
「あたしも、今日は帰るわ。シエルより先にアルトルージュを見つけ出して、あの女の手作りチョコを塵に変えてやるわ。」
言って、疾風のように去る二人。残される遠野家の人々と、俺達。
「あの二人、考え過ぎだと思うんですが。アルトさん、そんな事しないと思いますよ。」
「俺もそう思うけど、今は無理だね。二人の頭がもう少し冷えたら、話してみるよ。」
と、志貴さんが時計を見て立ち上がる。
「すまない、仕事に出る時間だ。行こう、秋葉。」
「はい、兄さん。琥珀、翡翠。衛宮さん達の部屋を用意してあげて。」
「え、いや、俺達、シティホテルに部屋を―」
「衛宮さん。あなたは、今回の騒動に備えるためにここに来たのでしょう。ならば、即座に対応できるよう、我が家に逗留なさるのが筋でしょう?」
ああ、あの笑みは知っている!あの笑顔に逆らっちゃいけない!!
「分かりました。お世話になります。」
「それでは、失礼します。」
居間を後にする遠野兄弟。見送る俺達。
「それでは、お部屋を御用意してきます。」
「あは〜、お部屋の数は二つですか〜、それとも一つ?」
「二つ「三つでお願いします。」
凛の言葉を、封殺する。睨んで来るが、ここ、他所様の家だぞ!
「本当に、三部屋でよろしいんですか?」
「姉さん!」
「冗談よ、翡翠ちゃん。それでは、ここでお待ちくださいな。」
「失礼します。」
「あ、あの、準備している間、荷物取りに行っていいですか。」
「もちろんですよ。」
「それじゃ、凛、ルヴィアさん、一旦ホテルに戻ろう。」
「ええ。」
「………」
「ルヴィアさん?」
「え、な、何かしら、シロウ?」
「いや、こちらに厄介になるから、荷物を取りにホテルに戻ろうと。」
「そ、そうですの。それでは行きましょう。」
先に居間を出て行くルヴィアさん。
「どうしたんだろ?」
「さあ?」
凛と顔を見合わせる俺だった。
ホテルから戻った俺達は、部屋に案内された。豪華でちょっと居辛いと感じたのは内緒だ。凛は、
「コネ、作っときたいわね。将来、パトロネスになってくれないかしら、秋葉さん。」
気は合いそうだから、実現するかも。何か末恐ろしい協力関係になりそうな。
この日は寛いで、何事も無く終わった。ただ、琥珀さんが何かと凛を刺激して困った。料理は、あんなに美味いのに。関係ないか?ちなみに、ルヴィアさんは何か上の空だった。
「おはようございます。」
「おはようございます、衛宮さん。」
「おはようございます、衛宮様。」
翌朝、居間に行くと秋葉さんと翡翠さんがいた。琥珀さんは、厨房で朝食を作ってるようだ。凛とルヴィアさんは、まだ部屋だ。朝早いからな。
「早いんですね。志貴さんは?」
「兄さんは、朝は弱いので、しばらく起きてきません。」
ちょっと、怒り気味に言う秋葉さん。だが、唐突にきょろきょろと何かを探るように、あたりを見回し、俺に向き直る。
「衛宮さんに、お願いがあるんですが。」
「俺に?」
はて、何だろう。じぃ〜と俺を凝視する秋葉さんと何故か翡翠さん。何度か口を開け閉めした後、
「私と翡翠にチョコの作り方を教えてくれませんか!?」
耳まで真っ赤にしながら、頭を下げてきた。翡翠さんも。
あとがき:ムリヤリ、強引、考え無しとダメの三拍子揃った福岡博多です。いや、人数増えると大変ですな。後、アルトの口調失敗したかも。むう、反省点ばかりだ、今回。士郎、欧州を中心に活動してたと言うことで、アルトとも知り合いって考えたんですけど、無理ありすぎ?何か、話が全体的に破綻してきた気がします。どうしよう?このまま突っ走るしかないか!!当たって砕けろ、俺!!!