『なぜ王は剣など抱いて眠られるのだ?』
『よほど気に入ったのであろうよ』
『まったく子供のおもちゃでもあるまいし』
『なるほど、中身もさほど子供と変わらないと見える』
……違う。
違う違う違うっ!
お前たちがそんなだから、お前たちがわかってやろうとしないから、ただひとつ信じられる剣に縋るんだ。
どうして誰も気付いてやらないっ?!
その視線の先に目を向けて、同じものを見てやればいいだけのことだろう?
同じ場所を目指して、一緒に走ればいいだけのことだろう?
偉そうななりして格好ばかり気にしやがって、てめえら揃いも揃って腰抜けでへっぽこのあんぽんたんだ!
『王が誰も信じられぬというのなら、誰も王を信じられぬというのなら、その偽りなき信頼に応え、この身を捧げ、護り抜いて見せよう』
───それは、遠き日の果たせなかった誓い───
───いや、世界は止まり、あの丘はあの日のまま───
───ならば、今一度その胸に抱かれた温もりに報い、必ずや───
一箭必中/第四矢
「……朝飯、作んなきゃ……」
まだ幾分はっきりしない頭を振って身を起こす。
別に寝不足ってことはない。
気絶していた分を含めば睡眠時間は結構なものだ。
頭がぼけーっとしてるのは、ひとえに隣で幸せそうに眠るセイバーのせいだったりする。
その……ことが終わってからこっち、ずっとセイバーの寝顔を眺めてたりしたもんだから、夢と現実の境界線が曖昧になったままなのだ。
……結局明け方まで頑張ってしまったわけで、さすがにここで眠ってしまってはいつもの時間に起きられる自信がなかった。
寝坊なんてしようものなら、嫌でも浮気現場を押さえられた夫の心境を味わうことになる。
ほぼその通りなのでものの例えにもならないが……。
「……っと、その前に風呂だな」
セイバーを起こさないようにこっそり布団から抜け出そうとして、右腕がセイバーの胸の中で拘束されているのに気が付いた。
しばらくどうしたものかと思案したが、このままって訳にもいかないので、ゆっくりと引き抜く。
セイバーの体温と淡いふくらみの感触のせいで頭がくらくらしたが、理性を総動員して押さえ込んだ。
幸いセイバーの穏やかな寝息はそのままだ。
露わになったその胸から目を逸らしながら、セイバーに布団をかけ直す。
物音を立てないように服をあさり、抜き足差し足で部屋から脱出、風呂場に直行。
さすがに昨夜セイバーが張ってくれた湯は冷めていたので、水を抜き、シャワーだけ使って風呂場から出る。
そこに……それがいた。
腕を組んで、仁王も金剛力士も裸足で逃げ出すような怒気をまとったあくまが……
「士郎、聞きたいことがあるんだけど」
遠坂、寝不足は美容の大敵だぞ……。
目の下にクマ作った遠坂なんて初めて見た。
それに、いつも澄んでいた瞳を真っ赤に腫らして……頬に残るあれは、涙の痕、か……?
「……ずっと起きてたのか?」
「そんなことはどうでもいいっ!」
「わかってる、俺は逃げも隠れもしない。でも話は藤ねえと桜が学校に行ってからにしよう。まだ時間はあるから、少し寝ておいた方がいい。身体に悪い」
「あんた、自分がどういうことしたかわかって……」
「セイバーを抱いた。隠すつもりは毛頭ない」
一瞬怯んだ遠坂としばし睨み合い、話は終わりとばかりに背を向ける。
これ以上、遠坂のこんな顔を見ていたくはなかった。
「……いいわ、今日は学校を休みましょう」
「……わかった」
「どうしたの、セイバーちゃん? おなかの具合でも悪いの?」
「いえ、そういうわけでは……あの……シロウ、リンはどうしたのですか?」
「ん? まだ寝てるんじゃないか? ほら、あいつ朝弱いからさ、出てこないならわざわざ起こすこともないだろ? 噛みつかれたら困るし」
そう冗談めかして言って、ちょっと無理して笑顔を向ける。
真っ赤になって顔を伏せるセイバー。
あう、極力いつも通りにと思ってたのに、そういう反応をされるとこっちも照れる。
「あ、やっぱり遠坂さん泊まってったんだ」
「ああ、根が傍若無人だからな。居心地がいいからって旅館代わりに使われるのもどうかと思うけど……」
取り敢えず心にもないことを口にしてごまかした。
桜はさっきから不機嫌そうに黙々と箸を動かしている。
桜、口ん中に物詰めすぎだって、頬袋でもあるのか、お前は?
「いいんじゃない? ただでさえ夜はセイバーちゃんと二人っきりのことが多いんだから、お互いに牽制すれば間違いも起こらないでしょ?」
「ぶっ!」
「わっ、士郎汚い」
思わず味噌汁吹き出しちまった……。
……ごめん、藤ねえ、俺、両方と間違った。
いや、それは言葉のあやで、間違いだなんて思ってないけど。
うん、遠坂には嘘偽りなく正直に心の内を話そう。
下手に言い訳なんかしたら、かえって怒らせるだけなんだから。
なんかあったよな、ほら、偽りの自分は捨てて、ただありのままで、って……。
藤ねえと桜を玄関まで見送り、居間に戻ったら……やっぱりいた。
目の下にあったクマは消えて、すっかりいつもの綺麗な遠坂だった。
「……お茶でも飲むか?」
「いらない」
「そっか」
俺は居心地悪そうにしているセイバーの隣、遠坂の正面に腰を下ろす。
ひとつ大きく深呼吸。
……よし、大丈夫。
さあ、行け、衛宮士郎!
「遠坂、もう一度言うぞ。俺はセイバーを抱いた。一時の気の迷いなんかじゃない、間違いだとも思ってない。セイバーが好きだ、愛してる。だから抱いた」
「なっ?!」
「シ、シロウ?!」
真っ赤になる二人。
一方は怒りで、もう一方は羞恥で。
だが、ここが勝負どころだ、遠坂に何か言わせる隙を与えたら負け。
真っ向から喧嘩したら絶対に勝てないのはわかってる。
だったら、言いたいことは全部最初に吐き出してしまえ!
「先に言っとくが、どっちかを選ぶなんてできないぞ。遠坂も、セイバーもどっちも好きだ。自分がとんでもないことを言ってるのはわかってる。けど俺にはどっちかを切り捨ててどっちかを取るなんてことはできない。それで俺を見限るなら構わない。でも、そうすることで少しでも悲しむのなら、二人ともそれはしないでくれ。俺は、俺のせいで誰も悲しませたくはない」
「……正気?」
「嘘偽りない本心だ。俺は、遠坂を愛してる。そして、それと同じだけセイバーも愛してる。どっちも放したくない」
さあ、言いたいことは全部言ったぞ!
矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ!
煮るなり焼くなり好きにしろ!
衛宮士郎は逃げも隠れもしないぞ!
……沈黙、痛すぎる沈黙。
誰も、俺も遠坂もセイバーも、口を開こうとはしない。
俺からはもう何も言うことはなかった。
全部さらけ出して、細かいことは何も考えずに思うままを口にした。
時計の秒針だけが、我関せずとばかりにチッチッチッと時を刻む。
「……そこまで開き直れれば、上等」
ふっ、と遠坂の頬が緩んだ。
「遠坂……?」
「一時の気の迷いでした、ごめんなさい、なんて素直に頭を下げでもしたら、本気で殺してたかも知れないわ」
服の下で輝いていた左手から、光が失われていく。
「……いずれこうなることはわかってたのよ。セイバーをこっちに残すって決めたときからね。セイバーは士郎にぞっこんでべったりだし、士郎はセイバーのことをこの上なく大切に思ってる。それでこうならない方がおかしい、むしろ遅いくらい」
「なっ?!」
「……そうだな。うん、遠坂の言う通りかもしれない」
「まったく、2か月も同じ屋根の下にいて、何してたのよ? この甲斐性なし」
「なっ?! ななな、何を言うのですかっ?! 私はそのような不純な動機では……」
「黙りなさいセイバー! 今さら何言っても無駄。大体あなた、うちに連れて行こうとしたら『私はシロウの剣です。どのような名剣も手の届かないところにあっては役には立たないのです』なんて言ってテコでも動かなかったじゃない。終いに、剣は抱いて寝るものだー、なんてことまで言いだして、この子大丈夫なのかって本気で心配したわよ、わたしは!」
遠坂は、赤くなったり青くなったりしているセイバーにそう言って指を突きつけた。
剣を抱いて寝るって……セイバーって、もしかして剣フェチ?
そんな俺の思考はお構いなしに遠坂は続ける。
「それにあんたたち、存在の相関っていうか繋がりが異常に強いのよ。はっきり言って士郎の依り代としての影響力がなくちゃ聖杯なしでセイバーを限界させ続けることなんて、いくらわたしでも無理」
「そうなのか?」
「そうよ。前に聞いたかも知れないけど、あんた本当にアーサー王の遺品とか持ってないの? それも宝具クラスじゃないとここまでの絆は生まれないはずよ。他に可能性があるとしたら直系の子孫とか……」
「いや、だからそんな大層なもの持ってないって」
「子孫って線も考えられないわね。セイバーの話じゃ実際に血を分けた子孫はいないってことだし……セイバー?」
気が付けばセイバーは目を閉じて心ここにあらずって感じてうっとりしていた。
胸の前で両手を握りしめちゃったりなんかして、いかにも夢見る乙女ですって風情。
……ちょっと怖いかも……。
「……どうした、セイバー? なんか……嬉しそうだな?」
「セイバー、何か知ってるの?」
セイバーは頬を赤く染めて、はい、と小さく頷いた。
「その腕に抱かれてわかりました……シロウは、私の鞘なのです。抜き身の剣である私を護り、優しく包み込む大いなる鞘」
……鞘?
そんなものは身に覚えがない、何かの例えだろうか?
それに……
「いや、どっちかって言うと逆じゃないのか?」
「……シ、シロウ、それは露骨すぎます……」
「……しろーのえっち……」
……失言。
真っ赤に熟れたリンゴが三つ。
再び満ちた静寂を、ひとつ咳払いをしてセイバーが破った。
「……と、とにかく、リンに申し訳ないという気持ちはありますが、私にも譲れないものがある。二度と同じ過ちを繰り替えすわけにはいかないのです」
今にも飛びかからん勢いで睨み合う二人。
竜虎ならぬあくまと獅子のせめぎ合いだ。
……俺にどうしろって言うんだよ?
「……私は、何があっても絶対にシロウから離れない!」
それを聞いた遠坂から肩の力が抜ける。
そのまま肩を竦めてため息ひとつ。
「……あんたたちのそういうとこ見てると、嫉妬する気も失せるのよね。……そうね、煮え切らないままうだうだされるよりは、いっそのこと一思いにくっついちゃった方がいいのよ。先は長いんだし……」
「遠坂?」
「リン?」
「感情的に収まらない部分はあるけど、納得はしてる。セイバーを恨んだりしないし、士郎も……怒ってはいるけど呪い殺す程じゃない。これから先ずっと3人で暮らすことになるんだから、下手に遺恨を残すつもりはないわ。……ただし、あくまで本妻はわたし! セイバーはお妾さんの分を越えないように! 士郎はえこひいき禁止!」
……開けた口を塞ぐのに非常に苦労した。
遠坂、それって……?
「む、それでシロウと共にいられるというのなら依存はありません」
セイバーはなんかすんなり納得してるし。
自分で言い出しておいてなんだが、なんか違くないか、それ?
少なくとも日本では……
「あと、わたしに黙ってこっそりよろしくしようなんて考えないこと! その……せ、精液は魔力の塊みたいなものなんだから、なんかしたらすぐわかるんだからねっ!」
真っ赤になって顔を背けながらそんなことを言う遠坂。
……なんか、可愛い。
でも、男として遠坂に一生頭が上がらないような借りを作ったような気がする……。
……だったら、一生かけてでも返さなきゃ仕方ない。
「ありがとう、遠坂。やっぱりお前いい女だ、惚れ直した」
「───っ!」
遠坂はかんしゃくを起こした猫みたいに、うー、っと上目遣いで唸っていた。
えっと、俺、誉めたつもりなんだけどな……。
「……それと、昨日はセイバーだったんだから、今度はわたしの番だから……その、今日は大丈夫な日だし……」
……俺、これから先、身体持つんだろうか?
「……健康に生んでくれた天国のお父さん、お母さん……衛宮士郎は今そのことに改めて感謝します……」
「大丈夫、シロウの回復力は折り紙つきです。ええ、私が保証しますとも」
そう言って自信たっぷりに笑うセイバーがちょっとだけ恨めしかった……。
※あとがき※
今までタイトルに引っ張られ気味だったのですが、今回は気にせずに。ちょっとだけ個人解釈ありです。
二股ルート開拓、頑張れ士郎、負けるな士郎、志貴っちに追いつけ追い越せ、次は桜なのか? 美綴なのか? まさか、藤ねえなのかー?! ……いやこれ以上は収拾つかないって。
この辺で上手く完結させる手もあったんですが、まあ、意欲があるうちはだらだらとやってみます。