遠坂さんの秘密のお仕事 M:凛 傾:メイド(服)


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1: Sylpeed (2004/03/21 22:05:05)[sylph at kagoya.net]http://sylph.kir.jp/

■凛ちゃんと一緒 エピソード3・番外編1 遠坂さんの秘密のお仕事


section 1 遠坂自慢

午後四時。

俺はいつものようにルヴィア嬢の工房の整理と検品を終え、不足品を帳簿に記入する。
不足品の中でも、簡単に入手が可能な物の発注は俺の業務範囲、今書いている帳簿がそれ用だ。

そして、俺如きではどうにもならない様な物。―――エジプト王家のミイラの粉末。
とか、なにか大冒険でもしないと手に入らないような代物が少なくなっていた時は、
ルヴィア嬢にお手紙をしたため、そこに不足品の名前と数量を記入するのだ。

「……ジキタリス――10本、と。」

よし、終了。
あとはお嬢様の帰りまで、お茶を淹れる特訓の時間に充てるのが俺の日課だ。

「ミスメイ、お茶の淹れ方おしえてくれないか。」
「はいはい、ミスタシロウ、工房の方はおわったのですか?」
「ん、ジキタリスが10本欲しいけど、それは後で庭に行ったときに取ってくるよ。」
「そうですわね、ジキタリスなら薬草園にまだ在りました。
 取ったらきちんと種を埋めておいてくださいましね。
 肥料の管理と水やりはこちらでやりますから。」
「了解――――で、教えてくれ。」
「ミスタシロウは熱心なんですね。……それくらいでないと私の後任は任せられませんけど?」
「……お茶だけはまだ師匠の足下にも及びません、精進します。」

俺は両手を合わせメイ・ユイファを拝む。

「ふふっ、お茶の淹れ方など簡単ですのに、何故ミスタシロウは旨く淹れられないのでしょうね?」

ふわっと微笑むミスメイ。たしか俺と同じ年齢の筈なのだが、
なんでここまで落ち着いているのだろう。間違いなく東洋美人だし、
凛やルヴィア嬢とはえらい違いだ。

……もしかして。

「ミスメイ? もしかして、貴方も猫を被ってます?」

ストレートに訊いてみた。ストレートすぎか、言ってみてから反省。

「さあ、どうかしらね? でも、こういう職場で地はちょっと出せませんわね、業務上。
 私みたいな一般庶民は、どこか飾って場に合わせようとしちゃいますわね。」


いたずらっぽく微笑むミスメイ。
いつもこんな風に曖昧にごまかされてしまう。
微笑みが綺麗な女性はそれだけで得なんだと、ちょっと思う。


「あ、そうそう、このレシピをお渡ししておきますね、ルヴィアお嬢様が好まれる30種類の
 常備茶の淹れ方。
 この通り作っただけじゃ50点位しか貰えませんけれども、私の伝授を思い出しながら
 淹れていただければ、及第点は頂ける筈ですから。」
「わざわざすみません。感謝です。」

がんばってくださいね、と激励とともにメモを渡してくれるミスメイ。
これがウチの凛だったら、多分こうなる。

『はい、紅茶の淹れ方のメモ。明日までに全部覚えておきなさいよね。
 貴方は才能がへっぽこなんだから努力でカバーしなきゃ大成しないんだから。』

……想像して落ち込んでしまった。やっぱり明日までにレシピの内容全部覚えておくか。






「只今戻りましたわ、ユイファ、今日は暑かったから、ペパーミントティを淹れてくださらない?
 それから、ミスタシロウは居て?」

「「はい、ただいま。」」

俺は、ミスメイの用意してくれたティーセットを持って庭のテラスに向かう。

午後はこうやってお茶を飲みながらルヴィア嬢の話し相手をするのが俺の仕事だ。
……楽そうに見えてこのお嬢様の相手をするのは結構重労働だと思う。精神的に。

「……でね。最近ね、ミストオサカの親衛隊ができたのよ。でもね、傑作、
 いきなりミストオサカってば、結成式の場で『そんなの、およびじゃないわ』とか言って、
 親衛隊の皆さん目が点になってしまって、隊長さんの面目まる潰れよね。」

くくく、と、さもおかしそうに笑うミスルヴィアゼリッタ。

「あいつらしいと言えばあいつらしいよな。一匹狼というか、とにかく群れるのを嫌うんだよな。」
「そうね、派閥争いには荷担しなくないみたいね、彼女。
 ……でも、そんなのとは関係なく、派閥争いってのは優秀な人材は見逃さないものよ。」
「まあ、そういうもんだろうな。じゃあ凛の立場って今どうなってるんだ?」
「そうね、彼女には申し訳ないんだけど、私がしょっちゅう声を掛けるもんだから、
 ルヴィア派の実質No.2って捉えられているみたいね。今回の親衛隊の話は、
 ミストオサカがその説を真っ向から否定したことが発端なんだけれど。
 ……うちの派閥のNo.2は面白くないみたい。ほっとけって言ってるんですけど、
 成立しない意地悪を仕掛けて自爆してるわ。いい加減たしなめておかないといけないわね。」
「なんであいつは長いものに巻かれようとしないのかな。一人で立っていても辛いだけだと、
 思うんだけど。」
「それは、貴方と同じじゃないのかしら? たとえば貴方は彼女がそうやって上手く人生を
 渡って行く娘だったら、放っておけないって思ったかしら?」
「む、それは、そうかな。俺が凛を護りたいって思ったのも、彼女がアーチャーに裏切られて、
 泣きそうになっていたのが最大のきっかけだし。」
「なんだかんだで、あなた達は魂の色ってゆうのかな、よく似ているのよ。表現は全然違うけど。
 彼女も、貴方が呪詛で苦しんでいたときに、『あいつは、いつも危なっかしくて、
 見ていられないのよ、だから、私が助けてあげるの』って言ってたわよ。」

な、アイツ、そんなことまでルヴィアに言うことないじゃないか。

「あら、ミストオサカがこの場にいらっしゃらなくて残念ね。今、抱きしめたいて顔をなさっていてよ。」

うわ、俺の気持ちを代弁されてしまった。貴方は魔女ですか、俺の心が読めますか。

「貴方がすぐに顔に出しすぎなんですわ。すこしはポーカーフェイスも覚えなさいな。」




「えぇ? それで、貴方はそのミストオサカの指をどうなさったの?」
「うん、まあ、その時は触ってただけなんだけど、その日の夜、舐めてみた。」
「(ごくり)そ、それで? ミストオサカはどんな反応だったの?」
「……殴られた。」
「ぷっ。あははは、おかしー。
 彼女、ああ見えて照れ屋ですからね。……もう少し色っぽい反応すればいいのに。」

実は、殴られる前にたっぷり色っぽい反応はしてくれたんだけど。
さすがにそこまでルヴィアに話すわけにはいかないから、そこは黙っておこう。

「そうね、ミスタシロウは良いとこ突いたわ。指とか足先は結構ポイント高いわ。
 彼女が慣れたら凄くなるわよ。頑張りなさい」
「すすす、凄くなるのか。」
「そう。貴方、てくにしゃんの素質もあってよ。精進なさい。」


こうやって、俺とルヴィア嬢の共通の話題ということで、
連日連日、遠坂自慢合戦を繰り広げているのだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 2 街角のカフェ


「時に、貴方、ミストオサカのアルバイトってご存じ?」
「いや、一日二時間だけやってる接客業のバイトだとしか。」

凛のバイト、実は興味がある。
本人曰く「気になる? んっふふ。士郎が心配するようなバイトじゃないから安心して。」
だそうだが、そんな話じゃ何も分からない。

「行ってみませんこと?」
「え、ミスルヴィアゼリッタ、知ってるのか、凛のバイト先の場所。」
「やっと情報を入手しましたわ、彼女が口を割らないので苦労したのですけれども。」
「で、どうだった?」
「ですからこれから行くのですわ。流石にミスタシロウ抜きで行くのは可哀想と思いまして。」

「行くぞ、ミスルヴィア。」

これは、彼氏としての義務だ。

………けっして興味本位ではない。
決して、凛みたいは覇権主義なヤツがアルバイトでどんな姿を晒しているのだろうとか、
接客なんて出来るのかとか、客とトラブルを起こしてるんじゃないかとか、そういった、
興味が動機なのではない。





―――――四番街の角のカフェ



正統なブリティッシュスタイルのカフェは、ウェイトレスが全員メイド姿で給仕してくれる。
うむ。流石は、かつては七つの海を制覇した王国とったところだ。




そして、そこには―――――――

そう、(元)学園のアイドル、高値の花、赤いあくま、金のかかる女、遠坂凛が男に給仕をしていた。

いや、男女関係なく給仕しているのだが、なんとなく悔しかった。

「おりましたわね、やはり情報は正確でしたわね。」
「あ………」
「? どうなさいまして? まさか連れ戻すなんて仰りませんわよね?
 そこまで独占欲が強いと流石に嫌われましてよ?」
「か、かか。」
「……まさか、体調でもおかしくなさいまして? ミスタシロウ?」

ミスルヴィアゼリッタが怪訝そうに俺の方を見る。


そう、俺は――――――



 凛のあまりにも可憐な姿に――――、



―――――萌えていた。



「可愛い………(///)」

おもわず、げ、という顔をするミスルヴィアゼリッタ。

ああ、彼女はメイド服なんて見飽きる程見ているから、彼女にとっては常識だから、
凛のあの姿を見ても、単に可愛らしいとしか思わないだろう。

しかし、日本では、メイド服、いやメイドという存在は空想の彼方。

かつてあった帝国時代の残滓






遙か遠い理想郷(アヴァロン)なのだ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 3 遠坂の野望


可愛いモノが好きだった。

綺麗なものが好きだった。



昔、昔、私の家には女給(メイド)がいた。

父の身の回りのお世話をするための女給(メイド)達。


当然、あの屋敷だ、女給(メイド)たちはきちんとしたメイド服を着ていた。


そのメイド服は幼い私の憧れだった。


当然だ。

当時、父が連れてきていた女給(メイド)たちは、誰も彼もとても美しく可憐にして優しかった。

早くに母に死に別れていた私は、大人の女性というものに接した経験は殆どなく、
彼女らの立ち居振る舞いだけが全ての手本だった。

そんな少女に、メイド服に憧れるな、なんというのは出来ない相談だ。


そうして、幼かったわたしは、彼女らに打ち明けた。

「その服が、着たいの。」

と。

彼女らは優しかった。
彼女らは喜んで私用のメイド服を仕立ててくれた。
無論、私も手伝いはした。

彼女らとの楽しい一時が過ぎ、私の身体のサイズ合ったメイド服が完成した。

その時の私は有頂天だった。

彼女らも喜んでくれた。

その日私は、ずっとずっと飽きもせず、姿見の前で何度もくるくるまわったり、
彼女ら教わった可愛らしいポーズとかを試していた。

そして、父の前にその姿で現れた時、その喜びは全て反転した―――――







――――父が怒っていた。


次期遠坂の当主ともなろう私がなぜ卑しい女給(メイド)の姿などするのかと。

身分を弁えろと。


私はすぐに身ぐるみ剥がされ、スリップ一枚の姿でおしりを何度も何度も、それこそ、
おしりが真っ赤になるまて叩かれた。


私が体罰を受けたのは、あの時が最初で最後だった。


確かにあの時、遠坂の当主というものが一体どのような存在なのか、
ほんのちょっとだけ私は理解したのだ。


そして、時は流れた。



ある日、引っ越し後のあれこれ買い出しに士郎と出かけた時、あのカフェを発見した。
ウェイトレスがメイドの格好で給仕する、というビクトリア時代さながらのカフェ。

お父さま、お父さまの訓戒は身に染みてわかっております。
分かっておりますとも。
でも、そういう職業では仕方ありませんものね。
私も不本意ですが、そういう職場なのであれば、着させて頂きます。メイド服。






三つ子の魂百までも、とはよく言ったモノである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 4 君はメイド、僕はご主人様。


「行くぞ、ミスルヴィア。」

「……いいけど。」

ジト目でおれを睨みつつ、俺の後ろを着いてくるルヴィア嬢。
しかし、そのような嫌みったらしい顔などに屈する俺ではない。

なぜなら、そこにメイドが居るからだ。
日本人男性にとってこれほどの支援効果はない。

メイドさんの為なら死ねる、と言い切れる男性がそれこそ日本にはごまんといるのだ。


「いらっしゃいませ、お二人様ですか。」
「「はい」」

「あちらの窓際の席にどうぞ。」

受付嬢(メイド) に笑顔で案内される。

うむ、流石はメイドカフェ。
君、笑顔もかわいいよ。とうっかり声を掛けそうになった。

席に着く。

案内係の彼女はぺこりとお辞儀をして戻っていった。
俺は壁際に座る。

当然だ、男たる者、容易に背中を取られる場所に座るべきではない。
背中にメイドさんが居るなどということは屈辱以外の何者でもない。

決して、全員のメイドさんをつぶさに観察出来るようにというポジショニングではない。


気合いは十分、魔力も体内で満ちている。

さあ。どこからでも来い、凛。

ここに来て、俺に給仕するのだ。



客(俺たち)の存在に気づいた凛が、一瞬、げ、という顔をする。
非道いヤツだな、彼氏と友人がわざわざ心配して訪ねてきているというのに。
客としてだが。
そんな顔を見せるヤツがあるか。
これは今晩の家族会議の議題に挙げるとしよう。

なにか不安げに左右の同僚を捜す凛。

居るわけがない。そういうタイミングを見計らって入ってきたのだから。

これは、目当ての娘に給仕させるための基本テクニック。
ただし、外から店員の動向を観察可能な店限定だが。

なにか、諦めた様子で一瞬肩をすくめると、凛は満面の営業スマイルで俺たちに近づいてきた。

どきどき、どきどき。

見慣れた凛の顔の筈なのに、なぜかどきどきする。
初めてラブレターを書いて、初めて告白したときのようなときめき。

そのエプロンは、あくまで白く、そのカチューシャは、あくまで1200円。
その歩みはあくまで、優雅で、その目は、あくまで柔らか。

完璧です、凛さま。ぼくは、ぼくは、貴方に会いに来ました。


「お水を、お持ちしました。」

俺とルヴィアの前に水の入ったグラスを置く。そして、メニューを手渡しする凛。
あくまでにこやか。

ルヴィアはすぐに目を通すが、俺はメニューなんか見ない。
そのまま凛の目を見つめ続ける。

凛は、なにか照れた様子で目をそらし、すぐにまた見つめ直す。

ルヴィアがメニューを閉じた。

「ご注文はおきまりでしょうか?」
「ミルクアッサ「君のお薦めのものを二つ。」」

な、という顔をするルヴィアと凛。

この子達は分かっていない。
こういう店ではこう言って、女の子たちとのコミュニケーションを図るのがルール。
鉄則、大宇宙の真理なのだ。

凛が一瞬困ったような笑みを浮かべる。
よし、掴みは上等。
とっても可愛いです。凛さま。

「では、こちらのミルクアッサムティーは如何でしょうか?」

ルヴィアが頼もうとしていたヤツか。
そんな客の意見に迎合した発言は訊いていない。

「それ、美味しいの?」

「当店のものは、何でも美味しいです、お客様。」

敵もさるもの。定番の応答が帰ってくる。しかしそんなモノ既に想定済み。

「で、君個人の意見としてはどうなの?」

カチーンと、固まってしまう凛。

がんばれ、もう一息だ、俺は凛の意見が訊きたいんだ。

「えと、私もここのミルクアッサムティーは好きです。ミルクは今朝牧場で取れたものを
 つかっていて、とてもコクがありますし。」

極上の微笑みと共にそう答える凛、顔はかすかに紅潮している。
最高の受け答えです。凛さま。

「じゃあ、それ二つ。」
「かしこまりました、少々お待ち下さい。」

ぺこりとお辞儀して立ち去っていく凛。
その振る舞いはとてもキュートだ。
ああ、生きていて良かった。男として生まれて良かった。


俺は、とても、倖せだった。



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section 5 萌えろ、いい女。


「いったいなんなですのよ、今のは?」
「いや、定番通りの筈なんだけど。」

ミスルヴィアが抗議する。

「そんな定番どこにありまして? それとも日本じゃああいうのが定番なんですの?」
「そうだよ、日本じゃあれが当たり前。あれくらい対処出来なきゃメイドカフェの
 店員なんてやってられない。」
「……嫌な国ですわね。」

こら、それは日本国国民の皆さんに失礼だろう。この場を借りて謝罪いたします。
ごめんなさい。

「いきなりナンパかと思いましたわよ。
 自分の彼女をナンパするなんて変な趣味とおもいますけれども。」
「そうか? 俺は凛が相手だったら毎日でもナンパしたいけどなぁ…」

言って自分で恥ずかしくなってしまった。
俺、最近なんでこんなこと口走るようになっちゃったんだろう?

「ああもう、ごちそうさま。」

あきれ顔で俺を睨むルヴィア嬢。きっと赤面するくらいなら言うなと思ってるんだろう。

「……それにしても、ミストオサカ。可愛らしいですわね。
 先ほどは軽蔑したような目で見てしまってご免なさいね。」

ミスルヴィアは視線を凛から外さずに言った。いい加減彼女も凛マニアだ。
いや、だからこそ同好の士としてこんなところまで一緒に来て居るんだが。

「ああ、凛のツインテールとカチューシャは、なんか凶悪な位、似合うな。」

俺も凛に視線を固定したまま言った。人のことなんて全然言えないな、これでは。









―――――さっきから視線を感じる。


視線の先にはルヴィアと士郎。
なんだか二人して舐めるように私を見つめている。
いったいなにが言いたいのよ。私の格好がそんなにおかしいのか。
なんだか羞恥で目の前が真っ暗になる。

だいたい、バイト先なんて二人には教えてない。
どうやって知ったのか、なぜわざわざ二人で来たのか。

嫉妬に狂いそうになる。
なんか楽しげに二人で話してるし。

そこ、指さして笑うなこら。
だって、この服を着て見たかったのだもの、いいじゃない。
私のささやかな願望を嘲笑するのか。あんたたちは。

士郎も鼻の下伸ばしちゃって。
浮気? 私に見せつけに来たの? 嫌がらせ?


なんて、そんなわけは無いのだ、そんなことは分かっているし、信頼もしている。
頭でわかっては居ても、心が涙を流している。

そんなにルヴィアに近づかないで。
そんなにルヴィアに笑顔を向けないで。
そんなにルヴィアと親しげに話さないで。
そんなにルヴィアに……………


嫉妬は嫌い。
でも士郎が誰かと親しげに話すのはもっと嫌。


ん? なんか士郎が呼んでる。私を名指しか。
いきたくないなあ。でも仕方ないか、今の私は雇われ店員だし。

私が士郎とルヴィアの席に行くと、ダージリンを追加で頼まれた。
それと、片付けた皿に露骨にメモが載っていた。

「凛へ
  もうすぐ上がる時間だろ。
  角の向かいで待ってるから、着替えたら来てくれ。
  ルヴィアは先に帰らせるから、一緒に帰ろう。
                              士郎   」


ご丁寧にも日本語で書いてある。
英語で書いてあると他の店員にばれたときにうるさいからこういう気配りは嬉しい。

たしかにそろそろ私は上がる時刻だ。

仕方がない、行ってやるか。
ルヴィアを先に帰らせる、という話で気を良くしたんじゃないわよ。
待ってるなんてかかれちゃ、無視して帰るわけにはいかないじゃないか。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
section 6 お熱いうちにどうぞ



上がる時間が来た。
私はバックヤードで挨拶をしてから、更衣室に行き、着替える。

十字路の向かいってことは、お店からむっちゃ見える位置よね。
でもそんなぼっと外なんか見てる人いないか。

別にこれはお店の客と逢い引きしてるわけじゃないんだから、
堂々としてて良いはずなんだけど、どうも外聞がよろしくない。

これで同僚に声などかけられようものなら卒倒モノだ。
というわけで、私は士郎を無視してそのまま角をまがった。

士郎が声を掛けてくるが無視。

そのまま店が見えない処まで歩いてから、くるりと振り向いた。

「凛! よかった、怒ってるのかと思った。」

士郎が小動物のような目つきで私の態度を伺う。

「あら、衛宮くんは私を怒らせるようなことをした自覚があるのかしら?」

そういえば最近、虐めてないよなーと思いだし、わたしはちょっと意地悪してやることにした。

「う、だって、一方的な手紙だったし、俺がルヴィアと話すとこ見て凛、睨んでたし。」
「なんだ、分かってるじゃない。で、この埋め合わせはどういった形でしてくれるのかしら?」

私、新しいイヤリングほしいなー。なんて言いながら士郎の腕を掴む。

「う、例のいっせんまんえん級の宝石入りじゃなければいいけど……」
「衛宮くん、あなたそれ本気で言ってるの?」

私は、わざと士郎を睨みながら答えた。

「す、すまん、凛は好きなモノにしてくれ、で、できればローンが効く店がいいな。」
「ばーか、そんなでっかい宝石つけたイアリングなんか、耳たぶ取れちゃうわよ。」

はっ、とからかわれた事に気付いた士郎。
むー、と顔をしかめる。

しかし、士郎は私が欲しいといったら本気でいっせんまんえん級の、
宝石入りのアクセサリーを贈ってくれる気だったのか。
たかだが手紙一つで一千万とは豪勢よね。

でも、良い機会だからイヤリングはおごって貰っちゃおう、いますぐ。

「じゃ、行こうか士郎。三番街のジュエルショップ、まだ空いてたはずよ。」
「い、いまからか?」
「そ。士郎がその気になってるうちに貰えるモンは貰っておかなきゃ。」
「わかった、じゃあ行こう。凛の機嫌がいいうちにな。」
「なによそれー。それじゃ私いつも怒ってるみたいじゃない。」
「すぐ怒ったり拗ねたりするだろ、凛は。でもそんなところが可愛いんだけどな。」

言いながら顔を真っ赤にする士郎。
私も負けずに真っ赤になる。

もう、この男は、人を照れさせることに全力を費やして、
自分が照れる事も厭わないんだから。

まあ、士郎がそれで照れなくなったら、それはそれで寂しいかもしれないけど。
私が照れていると、士郎はさらに追い打ちを仕掛けてきた。

「あのさ、凛、さっきのメイド服な、あれ、凄く可愛かった。
 それから、あんな風に接客される奴に凄く嫉妬した。」

いや、もう、何も考えられなくなってしまった。
さっきまでどうやって反撃してやろうか考えてたのに。

私、もう倖せ一杯でもういっぱいいっぱいです。




そのあと、私はシェリー・カラーのインペリアルトパーズのイヤリングを買ってもらった。

女の倖せは贈ってもらった宝石の数で決まるのよ。
士郎にはもっと頑張って貰わなければ。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■後書き

「凛ちゃんと一緒 エピソード3」で語られたままスルーされた
遠坂さんのバイトの話です。

番外編扱いですが。

途中で士郎が暴走してますが、あれは私の本性じゃないです。

なお、あの士郎の行動を真似て店員さんに嫌われても当方は一切関知いたしません


2: Sylpeed (2004/03/21 22:43:06)[sylph at kagoya.net]http://sylph.kir.jp/

ご免なさい。

>「凛ちゃんと一緒 エピソード3」

これでは探せませんね。エピソード3は以下のタイトルで登録してあります。

「恋模様、晴れ時々曇り? M:凛 傾:恋愛?」


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