前編
include
今、一人の少女が孤独な戦いを強いられていた。
彼女の名はセイバー、と言っても本名では勿論なく、数ヶ月前に起きた「聖杯戦争」において、彼女が召還された際
に与えられた「役割」の名である。
彼女の真名は世に名高い「アーサー王」。
その王こそ遥か昔ブリテンに名を馳せた「騎士王」。
聖杯戦争においては古今東西名のある英雄たちが召還されたが、その中でも「最強」と称された彼女。
その彼女が、今苦戦していた。
いや、むしろ戦況は絶望的と言っても良い。
聖杯戦争において多くの強敵たちに弱音一つ吐かなかった彼女の心が折れようとしている。
「いけない、このままでは・・・」
――耐えられない
端正な眉の根に皺を寄せ、歯を食いしばって必死に抵抗する。
いかなる強敵であっても、例え適わぬ敵であっても戦いを避けることなど王としての誇りが許さない。
が、敵もさる者、そんな彼女の矜持を試すかのように数時間前からゆっくりと体を蝕んできた。
――朝まで耐え切れれば、私の勝ちだ。
そう、今の「敵」は朝になれば力を失う、しかし朝までは後数時間もある。
そして今、好機と見たのか最大の攻勢に出てきていた。
その勢い、正に疾風。
ランサーのゲイボルグをも上回る勢いで彼女に襲い掛かる。
「ぐっ」
必死になって丹田に力を込める。
だが遅い、ほんの半刻程度の戦いで消耗しきった彼女にはそれを止める術はない。
「もう、だめだ・・・。」
キュルル
それ(腹の虫)はあたかも、勝利の雄たけびのようであった。
セイバーさん食事事情
「ちっ!」
軽く舌打ちして、布団から起き上がる。
胸に広がるは敗北感。
噛み締めるは自己嫌悪。
数多の戦場を不敗で来た私にも、細かい敗北は経験している。
それらの経験から学んだことは、「なぜ負けたかを把握すべし」ということだ。
「慢心していましたね・・・。」
兆候は湯浴みの時点であったのだ、風呂上りにほんの少し感じた空腹感。
いわば戦闘における斥候の報告のようなものを私は取るに足らないものと握りつぶした。
最大の失策は就寝前の敵の第一声を過小評価したことだ。
あの聞こえるか聞こえないか実に微妙な鬨の声(腹の虫)の時点で叩き潰しておくべきだった。
「タナトスの城塞(睡眠)」で篭城し、朝を待てば敵は瓦解すると希望的観測を持ってしまったのだ。
その結果が先刻の敗北。
だが、これは最終的な敗北ではない、剣道の試合に例えるなら三本中一本取られたに過ぎない。
元よりこのまま大人しくしている様なしおらしい性格は持っていない。
――ここは寧ろ打って出る!
元より篭城など性に合わない、ここは城門を開いて出陣すべきだ。
その為にもまず状況を確認せねばならない。
今頼りになるような人物は二人。
まず隣の部屋にはこの家の家主であり、聖杯戦争において最初のマスターであった衛宮士郎が睡眠中。
今現在形にできる契約こそ持っていないものの、彼に剣を捧げると約束した以上、騎士としてそれを守り続けている。
いや、それは都合のいい言い訳なのかもしれない
そう、私は彼の行く末を見届けたいのだろう。
あの聖杯戦争に召還された英雄たちの中で「アーチャー」と呼ばれた存在。
彼は未来において自ら英霊となった衛宮士郎こと「英霊エミヤ」。
自分の求めた理想に裏切られ、歪み、過去の自分を殺すことで清算しようとした悲しき「英雄」。
彼とは数えるほどしか言葉を交わさなかったが、その多くが私の心を今も深く抉る。
――お前は、間違っている
その言葉、否定すべき筈なのに何故か私の心を揺さぶる。
――その答えを、昔の彼自身であるシロウに求めている。
根拠はない。
ただ、彼はきっとその答えを自分に教えてくれるだろう。
この胸にわだかまる「何か」が何なのか・・・きっと。
「そうだ、シロウを起こせば・・・。」
シロウは男の身でありながら料理が上手い。
きっとこのような状況下でも現状を打開するものを作ってくれるだろう。
それにあの度を越したお人よしの性格からして、こんな真夜中にたたき起こして食事を要求しても、
文句一つ言わないどころか、嬉々としてエプロンを纏って戦場(厨房)に立つだろう。
そう、何一つ文句もいわず、嬉々として・・・
「・・・それは違う!」
そう、それだけはしてはならない。
この身は彼の盾となり剣となると誓ったのだ。
シロウの助けにこそなれど、負担になるようなことなどあってはならない。
それに、その、シロウにこういうことを知られるのは駄目だ。
何がどう駄目なのか論理的な説明は皆目存在しないがとにかく駄目だ。
「そうすると、次は・・・」
遠坂凛、今現在において私の正式なマスターだ。
――凛に・・・助けを?
駄目だ。
却下だ。
例え天地がひっくり返ってもそれだけはしてはいけない。
彼女が非道な人間だと言うわけではない。
稀に見る才能をもつ魔術師でありながら情に厚く、本来捨てるべき事を捨てられない。
シロウの事を「お人よし」と称するも、自分もかなりお人よしである事を自覚していない。
人間としては非常に好ましい彼女だが、如何せん性質の悪い性癖がある。
人をからかう事に至上の喜びを感じることだ。
確かに彼女の事だ、今回の事も何だかんだと文句は言いながら食事の世話はしてくれるだろう。
――尤も、寝起きが絶望的に悪いので起きるかどうかは微妙ですが・・・
仮に起きたとして、その後が怖い。
仮にも騎士王である私が夜中に夜食を要求するなど恥ずかしい事この上ない。
そのような弱みを凛に知られると思うだけで鳥肌が立つ。
只でさえ凛の風当たりが最近強いのだ。
まあ、シロウの学校に毎日のように尋ねたり、
シロウと毎日のように買い物に行ったり、
シロウとこの前二人だけで町に出たり、
シロウの恋人である凛からすれば噴飯モノである事は理解している。
――でも、仕方がないではないですか。
学校に行くのは昼間私が一人きりだと言うとシロウが弓道場に呼ぶようになった結果であり、買い物に行くのも単に
私が家のことが何もできない事を嘆いた事に対する気使いであり、買い物もシロウがどうしても、というからついて
行ったのであって私がことさらに希望したわけではない、いや、したわけでもない事はない、私が服をあまり持って
いない事に気づいたシロウがせっかく気を使ってくれたのだから・・・まあ、確かに凛も誘えばよかったのだろうが
それでも只でさえ最近の凛はシロウを拘束しすぎだと感じる、大体週七日のうち六日も衛宮家に滞在するのは冬木の
管理人としてどうかと思う、魔術の訓練はいい、だが、月に一度くらいに聞こえてくるあの悩ましい声はどうしたら
いいのか、道場は隣で声が筒抜けなのでシロウの部屋に避難するのだがそれでも離れからの声を遮断し切れていない
しかも聞こえてくる声がほとんど凛の声なのだが本人は気づいているのだろうかいや凛の声はこの際どうでも良くシ
ロウがあのような事をしてるかと思ったときのこの胸のモヤモヤはいったいなんだろうかと・・・
きゅるる
『ふははは!及んだな騎士王!敵を目前に物思いにふけるとは!』
どうやら末期だ、腹の虫がかつての強敵であった英雄王の声に聞こえる。
――そうだ、これはもともと私一人で倒すべき敵・・・
元より誰かに頼ろう等と言う問題ではない、これは私一人で倒すべき『敵』。
そうと決まれば、即断即決あるのみだ。
まずは敵を迎え撃つのに打ってつけな場所へ向かう事にしよう。
と言うわけで居間に来た。
まあ、敵を迎え撃つだなどといってやる事は食事を取る事なのだから必然的にここになる。
この家の食料の類は居間の奥の食堂で一括管理してあるのだから。
ぎゅるる
『そのような事をしても無駄だ、大人しく我のものになれ。』
どのような事を言われようとも、ここまでくれば恐れる事は何一つとしてない。
居間を通り過ぎて台所に至る過程で見える現状を打破する最強の一。
「約束された勝利の箱(冷蔵庫)」
普段からこの宝具には只ならない恩義を感じていたが、今日ほどこの存在を偉大だと思った事は無い。
世が世なら爵位を与えてもいいくらいだ。
この宝具を使えばこの戦いは終わる。
この宝具の使用には魔力も要らなければ制約も無い。
単に取っ手を掴んで引っ張ればいいだけだ。
「多分、今日の晩の残りか、明日の朝食の何かがあるはず・・・」
そう呟いて、取っ手に手をかけて・・・
『夜中に腹が減って眠れず、冷蔵庫を漁るなんて真似をセイバーまでしだしたら
俺はショック死するね。』
それは、何時の言葉だったか。
その言葉が、今はこんなにも重い。
「ぐっ!!」
止めた、かろうじて止まった。
冷蔵庫は目の前だ、扉を開き、中の物を食す、これだけだ。
これだけの行為で『敵』は雲散霧消する。
だが、それをすれば決定的な何かを失ってしまう!
「しかし・・・要は・・・」
シロウに分からなければいいのではないか。
――それは都合のいい理屈だ・・・
シロウは人の感情の機微には呆れるほど鈍いのだが、こと人の行動には恐ろしいほど鋭い。
特に食事関係は神懸っている。
その矢面に立つのがサクラとタイガの両名。
サクラは良く食べるほうなのだがその事をシロウに隠しておきたいらしく、普段の食事はそこそこ取って残りを間食
で補っているようなのだが、何をどう隠そうが誤魔化そうが全てシロウが気づいていると言う悲惨な状況だ。
そのせいか最近は開き直って三度の食事に全力を尽くしている。
タイガは夜中にお腹を空かすとつまみ食いに走るらしく、しょっちゅうシロウに怒られている。
何しろタイガが実家にいるときですらわざわざこの家につまみ食いに来るらしい。
それでも気づくシロウも問題だとは思うのだが・・・
とにかく、何が問題かと言うとこれがシロウに気づかれないわけが無いと言う事だ。
「いや、気づく、シロウは「こういう事」には恐ろしいほど鋭い・・・」
とにかくシロウに気づかれるのだけは駄目だ。
あの、どこかしら失望したようなそれでいてなにかしら嬉しげな目をされるくらいなら消えたほうがましという物だ。
がりゅるるるる
『なるほど、で、それからどうするのだ騎士王?』
――知れた事!
タン!と地面を蹴ると音も無くちゃぶ台に着地する。
この際行儀には構っていられない。
要は、冷蔵庫に手を付けねば良いだけの事。
幸いちゃぶ台の上には常に何かしらのお茶請けが存在する。
一個や二個無くなったとしても流石のシロウも気づかないだろう。
威力としてはDランクではあるがどの道朝まで持てばいいのだ。
月も無い闇世の中、目を凝らして世界を見る。
――無い
そう、お茶請けが存在するはずである竹で編まれた籠の中に本来あるべきものが無い。
「あ・・・」
そうだ、あれは今日の夕食後の事。
『あれ?先輩、このお菓子賞味期限切れていますよ。』
『ん?本当だ、しょうがない、今食っちまおう。』
『でも結構量あるわよ、私はパスね、この時間に甘いもの食べたら後が怖いもの。』
『なによぅ、みんな食べないの?せっかくわたしがもってきたのに。』
『いやしかし藤ねぇ、いくらなんでも生八橋30箱はどうかと思うぞ、ニッキ臭くてかなわん。』
『ふーんだ、ね、セイバーちゃんはたべるよねー。』
『いえ、私も今日は少し遠慮しておきます。』
『ええー!セイバーちゃんおまえもか!こうなったらお姉ちゃんが全部たべてやる!!!』
――で、30箱綺麗に食べたと言う事ですか
しばし呆然となる。
山のように積み重なっていた箱の山が綺麗さっぱり無くなっている。
そして私を嘲笑うかのように居間の脇にデンと鎮座まします半透明の袋。
目の前にあるのは避けようも無い現実。
――あの時食べておけば・・・このような・・・
ぎぇりゅるるるるる
『ふん、雑種風情と馴れ合うからそのような事になる。』
「それは違う英雄王、この身を御し切れなかった私の責任、タイガに罪は無い。」
そう、このような事をしてる場合ではない、早く食事を取らねば夜が明けてしまう。
再び音も無く跳躍して台所に舞い戻る。
目指すは厨房の床下にある倉庫、そこになら冷蔵庫に入れるまでも無い食料品が入っている!
音を立てないように、慎重に床下の扉に手を掛ける。
そこには、新鮮でないにしろ保存の利く何かしらの糧秣が・・・
――な・・・・
開かない。
押しても退いても開かない。
よく目を凝らすと、四つ数字が並んでいる。
――これは確か・・・指定の数字を四つ組み合わせると開くと言う・・・
そして、3日ほど前の出来事が頭に浮かんだ。
『今度から床下の倉庫に鍵を掛ける事にしたから。』
『え?何でそんなめんどくさい事するんですか先輩?』
『ん〜、誰かさんが夜中に起き出して床下の料理酒全部開けちまったからな。』
『ええ!セイバーちゃんそんなことしたの?』
『なっ!私はそのような事は!』
『いいかげんにしろ藤ねぇ、ネタは上がってんだ賠償請求しないだけましと思え。』
『うわーん!士郎がいじめる〜、遠坂さん何とかいってよ!』
『残念ですがこの件を立案したのは私です。
藤村先生、私が秘蔵していた中華料理用の中国酒をお飲みになられましたね?』
『う、呑んだことは呑んだけど、ほんのチョットじゃない・・・。』
『ビン半分を「ちょっと」と表現するとはなかなかジョークのセンスがおありですね先生?
衛宮君のたっての願いでこの程度に留めておいて差し上げているのです、本来なら三倍返しじゃ聞きませんよ。』
『遠坂先輩、それ一体いくらしたんですか?』
『これがね〜、0が五つくらいつくのよね〜、桜。』
『ええ〜、そんじゃあもう少し呑んどきゃよかったかな・・・。』
『タイガ、そういう問題ではないかと・・・』
――また、タイガですか・・・
ぐんぎぇりゃんりゅるるるる
『ふん、そのような事だから貴様は国に滅ぼされたのだ。』
「黙れ!この身は既に国のものだ!」
段々自分が一体何をいっているのかわからなくなってきた。
一向に止まない空腹感と腹の虫。
――ああ、一体なぜこのような事に。
大体何故今まで一度も無かったのに今日に限ってこのような事になるのだ。
今日の夕餉は十分に食べ・・・・た・・・?
『セイバー、よく食べるのはいいけど食べ過ぎると藤ねぇみたいになるぞ。』
「あ・・・」
そうか。
そうですか。
そうだったんですね。
ええ、確かに今日のタイガの食事の量は尋常ではありませんでしたよ。
でもだからといってまだほとんど食べていなかった私にその台詞を投げかけるのはどうかと思いますよシロウ?
数ヶ月前の私ならともかく今の私にタイガに同一視されるのだけは我慢なりません。
いえ、タイガは確かに人格者ですし、剣士として尊敬に値する面もあります。
ですが「シロウにタイガと同一視される」のはそれとはまったくの別問題です。
それはおそらく「決定的な何か」が終わったと言う事でしょうから。
ぐりゃんぐるぐれろんろおおおおるる
『やっと気づいたか騎士王、本当の敵は我などではないぞ。』
――ええもう存分に分かりましたよ英雄王
ふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
覚悟して下さいシロウ、明日の稽古は只で済ます気は毛頭ありませんよ?
王たる私にここまで恥を掻かせてくれたのですからその報いは受けてもらいます拒否は認められません理由?いるの
ですかそんなものが大体シロウは無責任に物を言いすぎです前々から言おうと思ったのですが聖杯戦争以来気が緩み
すぎです凛とシロウが隠れて睦みあってる所に何回出くわした事やら分かりませんいや睦みあうなとは言いませんが
私が行く先行く先で必ずそうしているのはわざとですか?ええもう勘弁なりませんシロウをどうするか考える前にま
ずはこの冷蔵庫を空にする事からはじめましょう・・・。
――シロウが困る顔が目に浮かぶようです
マスターに負けないくらい邪悪な表情を浮かべて、私は「約束された勝利の箱(冷蔵庫)」に手を掛ける。
躊躇いも無く宝具を開放する。
幾多の食材の封印が解け、漏れた冷気が霧となり視界を覆う。
それが晴れると、今まで散々求めていたものが目の前に・・・
それはまさしく、「今は近き理想郷」・・・
パチ
途端、世界が光に包まれた。
「こら!藤ねぇ!とうとう現場を抑えたぞ!神妙にお縄につ・・・・え?」
時が止まる、現実には刹那である時間が、永遠に感じられた。
「せい、ばー?」
それで頭が冷めた。
――私は、なんと愚かな事を・・・!
大体冷蔵庫を漁って困るのはシロウではなくて私ではないか!
しかももう誤魔化しようが無い現に冷蔵庫は開いているしいやここで水を飲みに来たと言えばでも冷蔵庫が空いている
のはどう釈明したものか大体このようになったのはシロウと言ってもそのような逆恨みじみた言動が王にふさわしいと
は思えないああどうしたら良いのだええいもうこうなったら誤魔化せ死んでも誤魔化せシロウが納得しようがしまいが
関係ないとにかく誤魔化せ!
「シロウ!」
「は、はい!」
「何をしているのですか!聖杯戦争が終わったと言え己の体調管理は基本です!
このような真夜中に起き出すとはどういうことですか!」
「え?いや、何か物音が今からしたからてっきり藤ねぇかと・・・」
「ならば尚の事です、これが無頼の輩であったらどうするつもりですか!
シロウはまだ未熟なのです、サーヴァントである私に一言声をかけるのが筋と言うものでしょう!
それともなんですかシロウ?私は信用できないとでも?」
「い、いや、そういうことじゃない、そうか、藤ねぇならともかく、強盗って可能性もあるよな・・・。
ってあれ?それなら結界が反応するはずだけど?」
「その強盗が魔術師だったらどうするつもりです?」
「馬鹿な・・・ってそういうのもあるか、ここには遠坂もいるし研究を狙ったと考えても・・・・」
――ああ、シロウ、貴方の物分りのよさが今日は特にありがたい。
「そうですシロウ、分かったのなら後は私に任せて・・・」
そのほんの少しの緩みが引き金となったのか。
きゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる
『ではな騎士王、いや、なかなか楽しかった。』
include out
後編に続く
後編
「はい、セイバー、晩の炊き込みご飯が残ってて良かった。」
そういって居間のちゃぶ台に置いた皿の上にはお握りが三つ。
まあ、これだけあれば朝まで持つだろう。
「・・・頂きます。」
セイバーはといえばさっきから顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
その姿に普段の凛とした印象は微塵も無い。
――本当に、女の子なんだよなぁ
髪を下ろしてこの前一緒に買ったライオン柄のパジャマを着ておにぎりをもくもくと食べている姿は可愛い過ぎる。
この女の子が世に名高いアーサー王だとは誰も思わないだろう。
「シロウ・・・」
よっぽどお腹が減っていたのか一つをぺロリと平らげると真剣な眼差しをこちらに向けた。
「私はやはりタイガのようになるのでしょうか・・・」
――は?セイバーが?藤ねぇみたいに?そんなこと・・・
「ありえないよ。」
「し、しかし今日の夕餉にシロウがそのように・・・」
――晩飯?それって・・・
「あ・・・ひょっとしたらあの事か」
それは今日の夕方、藤ねぇが脅威の食欲を見せて炊き込みご飯を3合「つまみ食い」した事が事の始まり。
まだ未完成の料理に手を付けられたとあって藤ねぇに食事抜きを言い渡したのだがその後の暴れよう、正に野獣。
ちゃぶ台はひっくり返すわおひつ奪って逃走しようとするわ家中のしゃもじもって和室に立てこもるわてんやわんや。
結局制限つきで食べることを許可したのだが、その際腹立ち紛れにセイバーをだしに皮肉を言ったような気が・・・。
「いや、あれは違うぞセイバー、あれはセイバーに向かっていったんじゃなくてだな。」
「分かっています、あれがタイガに対する皮肉であった事くらい承知しています。
ただ、私が食事を多く取るのは事実だ、私が食事に拘っているのも自覚しています。」
「でも・・・」
「しかしそれはタイガも同じだ、私のそれとタイガのそれに明確な違いなど無い、ならば・・・」
「違うぞセイバー、それは間違いだ。」
その言い分に腹が立ったのか、彼女の言葉を遮る様に、俺は静かにはっきりと言い放った。
「っ!何が違うと言うのですシロウ!」
「ぜんぜん違うぞセイバー、大体セイバーは三度の食事以外は基本的に食べないだろう?」
「そ、それはそうです、一日に三度きっちりした食事があるのに、わざわざ他に食べる必要などありません。
しかし、それでも私はよくお茶請けなどを・・・」
「それだって俺とか遠坂とかが薦めて持ってきたものしか口にしないだろ?
よく桜とかが食べてる駄菓子には一切手を付けないじゃないか。」
「それは・・・、人が私のために用意してくれた物を無下にするわけには行きません。
大体シロウや凛の持ってくるものは基本的に職人や料理人が丹精を込めて作ったものです。
それらを食べもせず断じてしまうのはそれを作った者たちに失礼と言うものです。」
いかにも心外、といった感じで反論するセイバー。
そこに洒落や冗談と言ったものは無く、あらゆることに真剣な彼女の在り方を体現しているようだった。
「ですが、サクラの持ってくる『ダガシ』というのは正直いただけません、確かに保存が利いて緊急時に食用するの
には向いているかもしれませんが、どこの馬の骨が作っているのか分からぬような品は口にしたくありません。」
まあ、あの類のは大概機械が作っているのだが。
「それにあの菓子の味は正直『雑』です。
そのようなもので腹を膨らまして食事に影響が出るなど、料理を用意してくれるものに対する侮辱です。」
「あと、インスタント系も嫌いだよな。」
「嫌い、というのは語弊があります。
確かにあれは便利なものだ、戦時や非常時、時間の無いときなどあれがあれば助かります。
かつてあのような便利な保存食があれば騎士たちも補給に苦労せずともすんだでしょう。」
少し遠い目をして、過去に悔いるようにそう呟いた。
「ですが、今のような平時にわざわざ好んで食べるべき品だとは思いません。
何度も言いますがそれで腹を膨らましてはシロウや凛やサクラに失礼です。」
「そっか、それにセイバーつまみ食いは絶対しないもんな。」
「それこそ作る者に対する冒涜です!
料理と言うものは料理人が皿に盛って目の前に置かれる事によってはじめて完成するのです。
量やバランスや時間、盛り付け方など、知らぬものからみれば些細な事も、料理人にとってはとても大事であるこ
とくらい分かります。
それを傍から掠め取るなど、例え殺されたとしても文句のいいようも無い愚劣な行為です。」
――ああ、その言い分は実にセイバーらしい
「シ、シロウ、何故笑っているのです?やはり私はタイガのように・・・。」
「違うよ、安心しろセイバー、おまえは絶対藤ねぇみたいにならないから。」
「な、何を根拠にそのような・・・」
根拠?それは今セイバーが話したじゃないか。
「だってセイバーは食事に関して戦闘みたいに誇りを持って真剣に取り組んでるだろ。
それに比べて藤ねぇは「悪食」って言った方が良いくらい食い汚い。」
「な・・・、そのようにタイガを悪く言うなど・・・」
「だって事実だぞ、藤ねぇは食い物であったらいいんだ、それこそ美味い不味い関係なくそりゃ―もう食い物であっ
たら「我の胃袋、一片の食い残し無し」って感じだぞ。」
よく分からないのかセイバーははぁ、と一言。
「確かに料理すりゃ喜んでくれるけどな、何食っても喜ぶし、食事前にポテトチップス3袋食った後に晩飯褒められ
ても正直微妙だぞ。」
「ま、まあ、それはそうでしょうか。」
「だからさ、勿論遠坂とか桜とかに褒められるのは嬉しいけど、そうやって真摯に向き合ってくれてるセイバーに褒
められるのが俺は一番嬉しい」
「な・・・」
それを聞いてリンゴみたいに赤くなって俯くセイバー、正直抱きしめたくなるくらい可愛い。
まあ、こっちも負けないくらい真っ赤なんだろうけど・・・
「では、私はこのままでいいのでしょうかシロウ?」
「ん、問題ない、むしろこのままでいてくれたほうがいい。」
――いつも真面目で、誇り高いセイバーが好きだから・・・
言うのはやめたけど、その思いは伝わったらしく、セイバーはさらに顔を赤くしてお握りにかぶりついていた。
そして、蚊の鳴くような、溜息で流れてしまうような声で・・・
「私も・・・シロウが作ってくれる食事が一番嬉しい。」
そう、いってくれた。
「はは、じゃあ、これからは手は抜けないな。
もっとも、今まで手を抜いた覚えは無いけど。」
「当たり前です、未熟なシロウにはそれくらいしてもらわないと割に合いません。」
「むむ、確かに俺は未熟だけどそれだけってことは無いぞ。」
「ほう、では何があるのです?剣技も魔術も半人前のシロウが胸を張れる事とは?」
拗ねる様に、最後のおにぎりを一かぶりするとそう言いやがりました。
――ふん、俺だって特技の一つや二つは・・・
「ええと。」
特技の一つは・・・
「うーんと。」
特技・・・
「どうしましたシロウ、早くしないと夜が明けますよ?」
さあさあ、と急かすセイバー。
「ええと・・・。」
やっぱり、俺の胸を張れることといったら・・・
「今は・・・やっぱり料理・・・かな?」
そう言うと。
「ええ、今でこそ料理だけですが、きっとシロウは将来全てにおいて胸を張れる様になります。」
ためらいも躊躇も無く、澄み通るような笑顔で彼女はそう宣言した。
――ああ、彼女がそういうのならきっとそうなのだろう
なら俺は精々精進するだけだ、遠坂とセイバー、この二人がいれば、きっとあの英霊エミヤは生まれない。
「ああ、全てに胸張って生きてるセイバーに太鼓判を押されちゃそうならないわけにはいかないな。」
「む、何か引っかかる言い方ですが、まあ良しとしましょう。」
そういってセイバーは障子を開ける。
薄暗がりから差し込んできた朝日が暗闇に落ち込んでいた居間を照らす。
どうやら色々やっているうちに夜が明けてしまったらしい。
「さ・・てと、じゃあまずは今日の朝食からがんばるとして、少し寝ようか、セイ・・・。」
セイバーを、まだ世界全てを照らし出すには程遠く、世界全てに希望を伝えるには十分な量の光が覆っていた。
その姿は正に威風堂々、遥か昔の英雄譚をを伝える一つの絵のようだった。
「シロウ、私が全てに胸を張っていると思っているのですか?」
ああ、当然だ、セイバーみたいなのが人生後悔して生きてるのなら、この世は後悔だらけだ。
「なら、シロウ、いつか証明してください、「私が間違っている」ことを。」
ああ、約束する、いつか必ずおまえを救ってみせる。
それは俺の中にあるたった一つの確かな答えにつながっている。
「ああ、俺はセイバーの『正義の味方』にもなってみせる。」
epilogue
変わりない朝の光景、ただ今日の朝はチョット奮発して一品増やしてみたりしました。
「セイバー、おかわりはどうする?」
「そうですね、もう少し頂きます。」
「あ、私もお願い〜。」
「藤ねぇは駄目。」
「なんでよ〜。」
「あん?昨日約束しただろうが、ご飯は2合まで、おかずはおかわり禁止!」
「うわーん!おうぼうだじんけんしんがいだ!おねえちゃん士郎をそんな子に育てた覚えはないわよ!」
「あー、わかったわかった因みに今月から食費徴収な、爺さんにも話しつけてあるから何したって無駄だぞ。」
「お、お祖父様のうらぎりものーーーーー!」
「あー朝から騒ぐな、つくね投げるな豆腐で絵を書くな、はい、セイバー。」
おひつからご飯をよそうと、セイバーに渡す。
無論大盛り。
「ありがとう、シロウ。」
「何か、今日のセイバーさん良く食べますね。」
「ええ、今日のシロウの朝食は格別に美味しいですから。」
う・・昨日の今日だけにちょっと照れくさい。
「そーよねー、何か朝から気合入ってるし、何か朝から仲いいしー。」
「な、何だよ遠坂、朝から機嫌悪いなおい。」
何かジト目でこちらを睨んでくるあかいあくま。
「ん?別に、ただセイバーと士郎が朝から仲いいな〜って思っただけ。
何?何かやましい事でもあっちゃったりするのかな衛宮クン?」
「ばっ!!そんなことあるわけ・・・。」
「安心してください凛、確かに私とシロウには確かな信頼関係がありますが、昨日の晩の凛とシロウの関係のような
事にはなりませんから。」
そのあかいあくまにを髣髴とさせるような笑みを浮かべていらっしゃるセイバー。
って言うか今このお方何をおっしゃいましたか?
「せい、ばー?」
「へ?」
「え?先輩と、遠坂先輩の関係?」
「ど、どういうことよ!まさか・・・セイバーあんた!」
「凛、誤解しないで下さい、私に覗き見の趣味はありませんよ、只聞こえてくるのですからしょうがありません。」
聞こえるって・・・ナニガ?
「せ、せいばー!」
「な・な・な・な・・・。」
「あ、あの、二人とも一体どういうことですか!」
「サクラ、私も全てを理解しているわけではありません、ただ。」
「ただ・・・なによ?」
「いえ、あまり夜中に大声でケダモノだのばかだのと叫ぶのはあまり褒められたことではないと思いますよ、凛。」
「・・・・・・・」
止まった、さっきからほとんど動いてなかった脳みそがその一言で完全停止した。
「!!!!!!!」
片や我らが遠坂は耳の先まで真っ赤にして硬直中、あー、何か可愛いなそういうのも。
「ふ!二人とも、い、一体どういうことですか!」
状況に気づいたのか顔が険しくなる桜、すいません目が怖いです。
残る良心藤ねぇは実の祖父の裏切りに動揺を隠せず早期に戦線離脱。
つまりもう阻止限界点は超えちゃってるってことだね。
「そこのところは凛とシロウに聞いてください、ではシロウ、私は先に道場に行きますが決して遅れないように。」
「あうあうあうあうあうあうあうあうあう。」
セイバーは極上の笑みをうけべて後ろ手に戸を閉めてでていかれました。
あの、ひょっとして・・・。
「士郎!あんたのせいだからねこのケダモノ!!!!!」
「先輩!どういうことなのか説明してください!!!!」
「うわーーーーん!しろーのばかーーーーーーー!!!」
――昨日の事、根に持っていらっしゃいましたかセイバーさん?
「当たり前ですよ、シロウ。」
あとがき
いや、いきなりincludeとか書いてて申し訳ございません、正確にはinterludeでした。
皆様の脳内で変換しておいてください。
SSは初挑戦ですが、今後もまた見かけましたら覗いていただいて感想などいただけると励みになりますのでよろしくお願いします。
次回、「凛様の恋愛事情」
あんまり本気にしないで、気長に待っててやってください