それは、壁だった。
斬っても叩いても傷ひとつ付けられず、その全てを弾き返す壁。
万里の長城はおろか、聖地エルサレムに伝わるジェリコの壁でさえこれほどの絶望感を抱かせはしない。
そんな壁の前で、俺は途方に暮れることさえ許されなかった。
ただの壁なら黙って見上げてるだけでもいいんだけど、その壁が休みなしに剣を繰り出してくるもんだから性質が悪い。
上段袈裟、下段払い、中段薙ぎに下段からの逆袈裟。
その全てに竹刀を合わせ、軌道を変えて捌く、捌く、捌く。
まともに受けたら確実に竹刀を弾かれるんだから仕方ない。下手すりゃ折れる。
一通り捌ききったところで、セイバーは一旦距離を取った。
追い討ちは不可能、飛び退く動作は危険を察知した猫のそれだ。
「受け流すことに関しては様になってきましたね。悪くありません、その調子で続けてください」
息切れひとつ漏らさずにセイバーが告げる。
対する俺は汗びっしょりで完全に息が上がっていた。
……続けろって言われても、限界ってものがあるだろうに。
それに、守ってばかりの消耗戦じゃ万に一つも勝ち目がない。
そりゃセイバーは、勝つことは考えるな、死なないために剣を取れ、って口を酸っぱくして言ってるんだけどさ。
セイバーの剣は変幻自在で、いまだにどこからくるのか全然読めない。
合わせて流して捌いて凌ぐ。
俺の武器……というか防具はこの目だけ。
動体視力にはそれなりに自信があるから、剣の軌道を見極めて剣を合わせる。
それで精一杯、攻撃の隙なんかありゃしない。
……だからこその壁なんだが。
取り敢えず無意識にセイバーの剣を捌けるぐらいには成長しているようだ。
当然向こうはこれでもかってほどに手加減してくれてるんだけどな。
捌いて流して合わせて凌ぐ。
……なんか、違う。
でも、こんな分厚くて高い壁を前にしちゃ、何もできやしない。
……壁?
そうだ、目の前に壁があったら、衛宮士郎はどうする?
よじ登るか? 迂回するか?
……どっちも違う、どうすればいい?
いや、よく考えてみよう。
壁の向こうに行ったからといって何がある?
そこでは色黒の若白髪が人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべてるだけじゃないのか?
『貴様はそこで亀になっているのがお似合いだ。亀なら亀らしく兎を抜こうなどと大それたことは考えない方がいい』
あ―――
「―――ったまきたー! 誰が亀だってー?!」
「……シロウ……?」
両者飛び退いて間合いを空ける。
いきなり叫んだ俺に、セイバーが訝しげに眉を寄せる。
俺は無言で竹刀を構えた。
身は半身、左が前で右が後。
踏み込みに備え、腰を落として右足に体重をかける。
竹刀は限界まで後ろに引き、切っ先を目の高さで真っ直ぐセイバーの胸へと向ける。
「……その構えは……なるほど、また身に余る人真似ですか? ……面白い、かの神業、やれるものならやってみなさい」
セイバーは下段に竹刀を構え直した。
俺と戦うときのセイバーの構えは正眼。
でも、聖杯戦争、サーヴァント相手に剣を振るうときは常に下段だった。
……それなら落胆はさせないさ。
これも俺なりの恩返し。
―――さあ、思い出せ、衛宮士郎。
ただ無心に己を貫いた一箭を。
愚鈍なまでに真っ直ぐだったあの一箭を。
その軌跡こそが俺の進む道。
「……何を勘違いしてるのか知らないが、俺は、ただ―――」
右足を蹴って踏み込む。
まだ一足刀の間合いじゃない、遠すぎる。
「な―――っ?!」
「―――前に、進むだけだっ!」
セイバーの狼狽の声に俺の叫びが重なった。
何に驚いたかは知らないが、油断した方が悪い。
弾くにしても、下段からの打ち上げじゃ―――間に合わない!
俺は捨て身で思いっきり飛び込み、真っ直ぐに竹刀を突き出した。
届かない、まだ遠すぎる。
左手を竹刀から放し、右手を限界まで伸ばす。
身はまたしても半身、今度は右が前。
まだ浅いかっ?!
「―――っ!」
―――疾い。
なるほど、守りに手加減は無用ってわけか。
絶対に間に合わないはずだった逆袈裟が下段から俺の竹刀を弾く。
だが、疾すぎた。
加減を誤った疾過ぎる一太刀は、俺の竹刀に掠るに止まり、僅かに軌道を変えただけ。
竹刀を振り上げきったセイバーの胸は完全に無防備。
剣気一閃―――届けば、俺の勝ち!
…………むにゅ…………
…………あれ…………?
……ぐりぐり……むにむに……
竹刀を通じて伝わるこの柔らかい感触は……
「えーっと、遠坂よりちょっとだけ控えめなくらい……かな?」
「……シロウ、それは非常に興味深い話だ。何がリンより『チョットダケ』控えめなのか、詳しく教えていただきたい」
「こ、これは不可抗力と言うか……そんなに『チョットダケ』を強調しなくてもいいと思うぞ。そんなに気にするほどのもんじゃない、多分……」
「ほうほう、つまり私の胸がリンより『チョットダケ』控えめなのは、不可抗力だと、そう言いたいのですね、シロウは?」
「い、いや、それはそっちにかかる言葉じゃなくてですね……あのー、セイバーさん、聞いてます?」
大上段に振り被った王様は、威厳に満ち溢れると同時に―――慈悲の欠片も持ち合わせていなかった。
「ボンノータイサン!」
薩摩示源流なみに訳のわからない気合を耳に残し、俺の意識は途絶えた。
一箭必中/第三矢
目を覚ましたら午前2時過ぎだった。
「……嘘だろ、おい……」
思わず呆然と呟く。
……すまん、遠坂。
衛宮士郎は据え膳も食えない甲斐性なしでした……。
『部屋で待ってるから』
晩飯を済ませ、道場に向かう俺に、遠坂はそう耳打ちした。
いくら俺でもその意味がわからないほど鈍くない。
一汗流して風呂に漬かってから……そう思ったのが運の尽き。
ただでさえ学校の一件で疲れてたし、藤ねえとのだし巻き玉子争奪戦に惜敗したセイバーはやたら気合入ってたし。
血反吐吐くほど食わせてやるとまで言った手前、これでどうだとばかりに特売の玉子1パック10個全部使ったんだが、あっという間になくなった。
主犯は主に藤ねえとセイバー、桜もかなり健闘したが一歩及ばず。
俺と遠坂は見てるだけで腹いっぱいになりそうだった。
「む、今からでも遅くないか? でも、さすがに風呂に入ってからじゃないと……」
「何が遅くないのですか? それと風呂なら涌かしてありますので、すぐにでも入れますが?」
「うわっ、セイバー?!」
あ、そうか、道場でセイバーにこっぴどく……それはもう、無抵抗で命乞いをする敵兵を切り捨てるが如く残酷に打ちのめされたんだ。
あれ? だったら俺、なんで布団で寝てるんだ? ちゃんと寝巻きに着替えてるし……
「あのまま道場で寝かせてしまってはシロウが風邪をひいてしまうと思い、ここまで運びました」
考えてることが顔に出ていたのか、セイバーがそう教えてくれた。
「……抱き上げて?」
コクンと頷くセイバー。
「……えっと、もしかして着替えも?」
コクンと頷くセイバー。
そうかそうか、納得納得……って違うっ!
「な、何てことするんだよ! 女の子なんだから少しは恥じらいってものをだなあ……それにセイバーは王様だろ、王様! そんなのは召使いの仕事です!」
「シロウ、戦場には男も女も王も臣もない。私には傷つき倒れた兵を手当てもせずに放って置くことなどできない。それに私はシロウに剣を奉げた身、シロウが望むのであれば召使いとして身の回りの世話をすることも厭いません。ええ、むしろそうすべきでした。聖杯戦争が終わった今、抜き身の剣は不要。他の方法でシロウの手となり足となり仕えるのが平時の騎士の務めと……」
「わーっ! わかった、わかった! その話はもういいから、セイバーは今までどおりにしてくれ、頼むから」
「しかし……」
「ダメ、絶対ダメ! これは命令!」
思わず頭の中にメイド服姿のセイバーが浮かんでしまった。
御主人様とか言って……ちょっと、いや、凄くいいかも……
うわっ、だからダメだって!
「む、命とあらば従います」
しぶしぶ引き下がるセイバー。
まったく、こいつには王の尊厳とかプライドとかはないのか?
道場で最後に見たときは威厳に満ち溢れてたけどな。
その変わり無慈悲だったが……。
「しかし、先程は私も少し大人気なかった。竹刀というものがこれほど魔力の通りがいいとは……」
……よく生きてたな、俺。
「いや、セイバーは悪くない……比較的。俺こそちょっと……いやかなり軽率だった。まさかそんなに気にしてるとは……」
こめかみに青筋の浮かんだ笑顔は、『まだ寝足りないのですか、シロウ?』と、それはもう説明お姉さんモードに入った遠坂並に雄弁だった。
「……って遠坂だ、遠坂! セイバー、遠坂見なかったか?」
「リンなら数時間前まで寝巻き姿で部屋の周りをうろうろしていましたが、シロウはもう寝たと言って追い返しました」
絶望感に打ちひしがれ、俺は頭を抱えた。
……もしかして、俺、泣いてる?
「……怒ってたか?」
「それはもう邪神と見紛うばかりに」
……死んだ。
俺は死んだ。
ごめんよ、父ちゃん、あんたの遺志は継げそうにないよ。
でも、誉めてくれるよな? 俺、頑張ったよ……
「それよりシロウ。少し話したいことがあるのですが……」
「……既に死に行く定めのこの俺に、一体何の話があると……」
「真面目に聞きなさい」
「……はい」
居住まいを正すセイバー。
つられて俺も布団に正座。
セイバーは多分、そのために俺が起きるのを待っていたんだろう。
なら、真面目に聞かないと王様に失礼だ。
「惑わされました」
「え?」
「先刻の鍛錬の話です。コジロウ……といいましたか。アサシンのことは前に話しましたね?」
「ああ、佐々木小次郎だろ? 巌流島決戦で有名な」
「ええ、本人はその器に適していただけの名もない剣士と言っていましたが、その技量は間違いなく一流、単純な剣技では私の及ぶところではありませんでした」
「でも、倒したんだろ?」
「はい、本来使うはずではなかった宝具を使用して……その意味では、負けたと言っていいのかも知れません」
試合に勝って、勝負に負けた……ってとこか。
頷く俺に、セイバーは言を続ける。
「かの剣豪の秘剣、その構えと先程のシロウの構えは寸分違わず同じだった」
「ちょっと待った、佐々木小次郎って言えば物干し竿だろ? それならおかしい、だってあの構えは……」
「ええ、普通なら間違いなく、一撃必殺捨て身の突きの構えです」
飛び込みに備えて半身で腰を落とし、目の高さに置いた切っ先は、視線に乗せて真っ直ぐに一点を貫く。
物干し竿と呼称されるほどの長刀なら、斬撃に特化したものであるはず。
槍じゃあるまいし、長すぎる刀は突きには適さない。
「……ですが、受け流しに特化したシロウの剣質、目前の敵ではなく、その先にあるものを見据えたかのような剣気、そしてあの構え。私は、シロウがコジロウを真似て、かの秘剣を繰り出すものと……名前も少し似てますし」
「いや、俺、そいつのことほとんど知らないし」
なにせ金ぴか相手でいっぱいいっぱいだったから。
後ろでなんかドカーンって言ってたのは、セイバーの宝具だったのか……
「ええ、対象を理解せずに真似することなどできない。それに考えが及ばなかった私の不覚。故に……私の負けです」
「ちょっと待った! 結果として、セイバーの胸を……その、ちょっと突っついただけなんだし、その後俺はコテンパンにされたんだ。それで俺の勝ちってのは辻褄が合わない」
「いいえ、心理戦もまた戦、シロウが無意識だったとはいえ、実戦ではそれが命取りです。もし、剣が数センチ長ければ、踏み込みが数センチ深ければ、心臓を貫かれて私は死んでいた」
「セイバー、それは矛盾してる。実戦に『もしも』はない。そう教えてくれたのは、誰だ?」
「しかし……」
「わかった、じゃあこうしよう。間を取って今日は引き分け。それでいいな?」
俺は、まだ何か言いたそうにしているセイバーの機先を制し、ぴしゃりと言いきった。
そしてこれ以上は一歩も引かないぞとばかりに睨みつける。
「……わかりました、そういうことにしましょう。シロウも奇妙なところで頑固なのですね」
「それはお互い様だろう?」
ええ、まったくです、とセイバーの頬が緩む。
つられて俺も肩の力が抜け……そうになったところで、絶対に言われるだろうなぁ、なんて思っていたお小言が飛んできた。
「ではもうひとつ。なぜあのような剣を使ったのですか? 私は言ったはずです、相手を倒すことは考えず、死なないことを考えなさい、捨て身など愚の骨頂だ、と」
そう、これだけだ。
セイバーが俺に教えたことは、ただひとつ、死ぬな、ということ。
それは今まで鍛錬したことの全てと言っていい。
そのために俺はセイバーと剣を交えた。
ならば、これは裏切り。
それでも―――
「……違うと思ったんだ」
「……シロウ?」
「こんなところで立ち止まって、亀みたいに守ってるだけでいいのかって、衛宮士郎は前に進まなきゃいけないんじゃないのかって……。それなら……目の前に壁があるのなら、そんなものは叩き壊して進め、そう思った」
セイバーは、やはりそうですか、と口の中で小さく呟いて目を閉じた。
膝の上で握り締めた手が、何故か小刻みに震えていた。
やがて、意を決したようにその目を開く。
澄んだ、吸い込まれるほど澄み渡ったエメラルドの瞳で、俺を真っ直ぐに見据えた。
「シロウ、タイガに剣の教えを受けたことはありますか?」
「……何でここで藤ねえが出てくるんだ?」
「答えてください」
「……教えってほどのことはないけど、竹刀で苛められたことは何回かある」
「そのときタイガは何と?」
「何も考えないで向かってこい、悔しかったら叩きのめしてみろ、ってそりゃもう何度も何度も……」
それっきりセイバーは黙ってしまった。
いきなり藤ねえの話なんて持ち出して一体何だってんだ?
「……先日、タイガに将棋というものを教わりました」
ぽつりと、それこそ丑三つ時の静寂が後押ししてくれないと聞こえないくらいの小さな声で、セイバーが呟いた。
聞いていることを示すために俺はひとつ頷く。
それを上目使いに確認して、セイバーは続けた。
「香車という駒を手にして、タイガは、これはシロウと同じだと……ですが、私は最初、シロウはこれほど勇敢ではないと言って否定しました」
結構ひどいことを言われているんだが、俺は口を挟むことができなかった。
ただでさえ小さくて、すぐに壊れてしまいそうなセイバーが、今にも消えてしまいそうなほど小さく見えて、何かに怯えるように肩を震わせて―――
『この子はねー、士郎とおんなじなの』
『む、それには意義があります。シロウはこのような勇敢な突撃兵とは似ても似つかない。それに何故前方に歩兵を展開しなければならないのです。前面に立てて敵陣突破を狙うのが常道でしょう』
『あはは、でもセイバーちゃん、それじゃ取って取られておしまい。ゲームとして成り立たないよ?』
『それはそうですが……』
『この子はねー、避けることも退くこともしないんじゃなくて、できないの。前に何があっても蹴散らして真っ直ぐ進むことしかできないの』
『ですからそのような突撃兵は……』
『だから、あんまり前に出して放って置くと、ただ横から取られるだけの的でしかない』
『あ……』
『それに、ちょっと油断すると、後先考えずに勝手に前へ前へ進んじゃって、目の前の敵をやっつけたー、と思ったら、自分も危ないところにいて、何もできずにやられちゃうの』
『…………』
『だから誰かが隣で支えてあげなくちゃいけない。そうすればこの子は何倍も強くなれる。それにね、この子が後ろにいてくれたら、その前にいる子は、それがただの歩兵でも、とっても強くなれるんだよ? だって、この子の目の届くところなら、どんなに遠くにいてもきっと助けにきてくれるんだから』
『…………』
『真っ直ぐ前に進むことしかできないけれど、誰かが支えてあげれば士郎は強くなれる。後ろに士郎がいてくれれば、わたしは強くなれる。うん、だから士郎とおんなじ』
「……タイガは最後にこう言いました。『前に出て庇ってあげるのも間違いじゃない。シロウが後ろにいてくれれば、私たちは強くなれる。でもそれだけじゃシロウ自身は強くなることができないのだから、たまには道を空けてあげなさい』と───」
「…………」
「シロウ、剣士として大成したいのなら、これからはタイガに教えを請いなさい。私は貴方に自らを護る剣しか教えることができなかった。貴方を失うことを恐れるあまり、前に出て庇うことしか考えられなかった。タイガなら、貴方の全てを理解し、正しい方向に導いてくれる。シロウは、もっと強くなれる」
「駄目だ」
「シロウ? なぜ……?」
「だって、セイバー、泣いてるから」
「え……?」
セイバーは、そう言われて初めて気づいたかのように自らの頬に触れる。
見開かれた瞳から止めどなく溢れる涙が月明かりに煌いて、俺は、素直に綺麗だなって思った。
「誰に教わっても一緒だ。俺は、俺のための剣を見つける。それは誰かに導いてもらったり、誰かに教えられたりするものじゃない……なあ、セイバー。あの突きは、あの一閃は、誰かの猿真似だったか?」
「……いえ、あの剣気は、誰のものでも……あのアーチャーのものでもなかった……間違いなく、シロウの剣です」
「だったら、今までやってきたことは無駄じゃない。誰に教わっても一緒なら、俺は、セイバーがいい」
ぽん、と、セイバーの頭に手を乗せ、サラサラした柔らかい髪を指に絡ませる。
セイバーは何も言わず、ただうつむいて俺のされるがままにしていた。
「……香車ってのは、隣で別の駒が支えてないと力を発揮できないんだろう? だったらいつも隣にいて護ってくれる駒が必要なんだ。それが王将だってのは身に余るけどな。……まあ、香車だって隣に王様がいれば嫌でも頑張るさ」
呆けたように俺を見上げていたセイバーの顔が引き締まる。
セイバーは、正座のまま、すうっと後ずさり、俺との距離を取った。
弄んでいたセイバーの髪が俺の指から逃れる。
その感触が名残惜しくて、思わず手を伸ばしそうになったが、セイバーの右手に現れた黄金の剣を見て、俺は動きを止めた。
「……セイバー?」
セイバーは、片膝を立て、両手に恭しく聖剣を奉げ持つ。
鞘である風王結界は展開しておらず、抜き身の刀身が黄金の輝きを放っていた。
そして、セイバーの澄んだ美しい声が夜闇の中に朗々と響き渡る。
「我が身、常に貴公と共にあり。その身に降り注ぐ矢のことごとくを撃ち落とし、その身に迫る槍のことごとくを切り落とし、剣となり、盾となり、この身果てるまで御身を護り通すことを、騎士の名誉とこの剣に賭けて誓う。我が名はアルトリア・ペンドラゴン」
俺は、いきなり訳のわからないことを言い出したセイバーを見て、どうしたらいいのかわからなかった。
しかし、しばらく待ってもセイバーは剣を奉げたまま微動だにしない。
俺は、ゆっくりと立ち上がり、セイバーが奉げ持つ聖剣におそるおそる手を伸ばした。
作法なんて知らないので、ただ一言だけ。
「許す」
聖剣は溶けるように消え去り、残ったのはセイバーの笑顔だけ。
でも、それさえあれば他には何もいらない―――そんな気がした。
「誓いはなりました。シロウが前に進むことしかできないというのなら、私はいかなる災厄からも貴方を護ってみせましょう。ですから貴方は周りを気にせず、前だけを見て進めばいい。ただ……」
「ただ……何だ?」
「……ただ、ひとつだけ約束してください……」
そこまで言って、セイバーは頬を染めて顔を伏せた。
そこから先の言葉は、かすかに震えていた。
「……私を置いて先に行くことだけはしないと……」
「―――っ!」
―――それで、限界だった。
だってそうだろう?
こんなに可愛らしく頬を染めて、こんなにいじらしいことを言われたら、誰だって歯止めが利かないに決まってる。
そんなものは、俺の正義に、俺の理想に、俺の信念にかけて誓う。
絶対にセイバーを放さないって―――
頭がくらくらして、動悸が止まらなくて、もう、何も考えられなかった。
俺は、セイバーの小さな身体が壊れてしまうほど強く抱き寄せて、強引に唇を重ねた。
……その夜、剣と剣はひとつになった。
……セイバーは、やっぱりちょっとだけ、遠坂より控えめだった……。
※あとがき※
やっちゃいました……。