土蔵で魔術の鍛錬。とはいっても、やるのは、魔力の貯蔵量の増加と剣製のスピードUP。これだけは、ここ二年欠かした事が無い。やり慣れているが、気を抜かず、内面世界に入り込む。イメージする。老師と師匠の理不尽な攻撃の嵐を。それを千の、万の神剣・魔剣で凌ぐ自分を―
「嫌なイメージだよな。」
少し泣きたくなった。
錬剣の魔術使い・第七話
鍛錬を終わり、自室に戻る。せっかく、布団で寝れるんだ。土蔵で寝る気はしない。多分布団は俺の前世の恋人に違いないと、バカな事を考えながら布団を敷く。窓から差し込む月明かり。それじゃ、おやすみなさいと布団に入り込もうとすると、襖の向こうに人の気配。そして、
ボンボン。
襖を叩く音がする。
「誰だ?」
不穏な気配はない。イリヤだろうか?今日の騒ぎで、また俺と一緒に寝ようと画策してるのかも。襖が開く。その向こうに立っていたのは、思った人影ではなかった。
「遠坂?どうしたこんな時間に。」
人影に尋ねる。ま、多分老師の話を聞きに来たんだろう。でも、遠坂、なんでシルクのバスローブなんて格好なんだ?正直、目のやり場に困る。なんて考えていると、
「等価交換しに来たの。」
また、自分の予想は外れていた。
「等価交換?」
はて、何の事だろう。俺は、遠坂と等価交換しなくちゃならない事しただろうか。心当たりが全くない。
「遠坂?いきなりそんな事言われても困るぞ。第一、どういう理由なんだ?」
遠坂は俯いて応えない。俺は、遠坂を見据える。沈黙。しばらくして、遠坂が口を開いた。
「し、士郎を見逃す条件として、宝石剣投影して貰ったでしょ。で、でも、あれは、等価交換に成り得ないわ。だ、だから―」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ。あれで、足りないって言われても困るぞ。金なんかないし。か、体を調べるのも、勘弁してくれ。」
「ち、違うわよ。逆よ、逆。こ、こっちの条件が安いって言ってるの。」
「ホッ。なんだそうか。それなら、気にすることなんてないって。俺にとっては、十分等価交換だから。」
遠坂と戦うのは、ごめんだったからな。
「そ、そうはいかないわ。わ、私の魔術師としてのプライドに係わるんだから。」
む、つまり、遠坂は退く気はないらしい。しょうーがないか。遠坂も頑固だしな。
「分かったよ。それで、何くれるんだ?」
と昨夜の遠坂を真似て問い掛ける。
遠坂は、一瞬息を呑んで、ゆっくりとシルクのバスローブに手をかける。
「へ、と、遠坂!?」
畳の上に落ちるローブ。月明かりに浮かび上がる輪郭。紅い上品な刺繍に彩られた下着に包まれている肢体。熱病に冒されたかのように紅潮した肌。そして、意を決した表情。
「わ、私を、あ、あげるわ。士郎。」
なんて、おおばかな事を言ってきた。
「バババババババババ、バカなこというなああああああああああ!!!!!!!」
呂律が回らない。ついでに頭も回らない。
「やっぱり足りないよね。」
下を向き、かろうじて聞き取れる声で呟く遠坂。
「あ、あほ!!!それこそ、逆だ!!!宝石剣なんか、対価になるはずないだろう!!!」
世界中の魔術師が否定するような事を言う士郎。と言うか、老師の秘奥をなんか扱いだ。
「そ、そもそも、そういうことは、ホントに好きな人とするものだろう。」
これまた「こちら側」に生きる者とは思えない発言。と、遠坂がプルプルと震え始めた。目に涙を溜めて。
士郎が言った。そういうことは、ホントに好きな人とするものだと。噴き出してくる。蓋を吹き飛ばして。コントロールできない。自分の心なのに。五年前に蓋をしたもの。未練なんて無いと言ったあいつの表情を見て、封じ込めたもの。「彼女」に勝てないと諦めたはずのもの。あの赤い夕焼けの日に始まっていたもの。それが爆発した。
「士郎!!私が、好きでもない奴にこんな提案すると思う!?」
「へ、と、遠坂?」
突然、大声をあげた私に士郎が驚いている。知らない!!士郎は驚こうが構うもんか!!
「私、好きな人いるの。中学のとき、生徒会の用事で他校に行ったの。その中学の運動場で、日が沈むまで、絶対飛べない高さの高飛びに挑戦してたバカがいたの。その後、すぐに忘れてたけど、五年前、そのバカと出会ったの。思った通りのバカで、弱くて、へっぽこなくせに、お節介で、どうしようも無くお人好しで、でもいつの間にか頼ってた。暖かくて、側にいて欲しいと思ってた。」
ああ、私、何言ってるんだろう!!でも、止まらない!!止めたくない!!
「でも、そいつの中には、もう、ある人しかいなくて。入り込む隙間なんかないって、不戦敗だからしょーがないって、自分に嘘ついて、気持ちに蓋をして。でも、蓋したからって消える訳なくて、むしろ、どんどん強くなっていって、でも気付いてもどうしようもないからって目を背けて。」
目の前がどんどん滲んでくる。
「それ、なのに、そいつの、側に、あたし、以外の、誰かが、いるのが、凄く、嫌で、嫉妬、してるの。側に、いたいの。私を、見て、欲しいの。私の、名前を、呼んで、欲しいの。でも、拒まれ、るのが、怖いの。怖くて、たまら、ないの。」
言葉が、しゃっくり上げるせいで、途切れ途切れになる。
「でも、怖い、けど、好き、なの。私、士郎の、こと、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、どうし、ようも、ないの。」
メチャクチャだけど、私のホントの気持ちを伝えた。
目の前で、遠坂が泣いている。畳の上にペタンと座って。
「あ〜と。」
状況を整理しよう。ここは俺の部屋。うん。で、寝ようとしたら、遠坂がやってきた。うん。そして、遠坂が俺のことを「好き」だと。うん。
「ハハハハハ、ハイィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!?」
なんだ、なんだ、どういうことだ!?遠坂が、俺のことが好き!?はっ、そうだ!!分かったぞ、これはドッキリだ!!襖の向こうにはしろいこあくまやきんのあくまがいるに違いない!!いや、まじょやいたずらじいさんがいてもおかしくない!!性質が悪いぞ、こんな悪戯!!!だが、そんな考えは、
「士、郎?」
おずおずとこちらを窺ってくる遠坂を見て霧散した。
遠坂は、本気だ。それは、分かった。なら、衛宮士郎は応えなければならない。切嗣が言っていた。女の子を泣かしちゃいけないと。でも、その言葉が無くても、遠坂を泣かしたままにしておけない。
「と、遠坂―」
と、遠坂に話し掛けようとしたら、
「き、聞きたくない!!!」
耳を両手で塞がれていた。
全部、言い終わった後で、後悔した。よく、どうせ振り向いてもらえないなら、告白しないより告白した方が良いなんて聞くけど、嘘だ。だって、こんなに怖い。バーサーカーに握り潰されそうになった事なんて、日常の一コマに感じる程、士郎に拒絶されることが怖い。
「と、遠坂―」
士郎の口が、世界で一番聴きたく無い言葉を紡ぎ出そうとする。
「き、聞きたくない!!!」
耳を塞ぐ。目を瞑る。首を振って、私を包もうとする恐怖を振り払おうとする。
―分かってる。士郎は、私の側にいてくれない。士郎は、私を見てくれない。士郎は、私を受け入れてくれない。分かってるから、士郎の声で、それを言わないで!!
どれほど、そうして闇の中にいただろう。空気が動いた。この部屋にいる私以外の唯一人が、私に近付いてくる。
「イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、来ないで!!!!!」
幼児のように、駄々を捏ねるように、首を振り、拒絶する。拒絶されたくないから拒絶する。
「遠坂、落ち着け。」
でも、士郎は、そんな私を、私の好きな優しい声で、優しく髪を梳きながら、優しく抱きしめてくれた。
遠坂を、抱きしめる。優しく髪を梳いてやる。ゆっくり、ゆっくり。少しずつ遠坂の体の強張りが取れていく。そして、しばらくそうしていると落ち着いたのか、耳を塞いでいた手を下ろし、目を開けて俺を見つめてきた。不安気に揺れる瞳。自分が、遠坂をこんなに不安がらせていることに腹が立った。でも、俺は、自分の気持ちを正直に言うしか、遠坂に応える術が無い―
「遠坂、その先ず、ありがとう。遠坂が俺のこと好きだなんて、夢みたいで、そのムチャクチャ嬉しい。そ、それで、その、俺の気持ちなんだけど、うまく言えないことが結構あって、この話し聞いたら、遠坂、俺のこと軽蔑するかもしれない。それでも、最後まで話し聞いてくれるか?」
「うん、聞く。」
こっくりと頷く遠坂。いつもこんだけ素直ならなあ。
「俺は、遠坂の言う通り、「あいつ」を愛してる。それは間違い無い。」
びくっと震える遠坂。抱きしめる腕に少し力を込める。伝わったのだろう。遠坂が頷く。
「昔は、俺の一番大事な場所にいたのは、「あいつ」だけだった。でも、今は違うんだ。俺の大事な場所にはいるのは、「あいつ」だけじゃないんだ。藤ねえ、イリヤ、桜、セラ、リーズリット、そして遠坂。俺には「あいつ」と遠坂を比べる事なんてできない。比べようとも思わない。二人とも、俺の大事な人だから。」
真っ直ぐに遠坂を見つめて言う。
「でも、「彼女」は愛してて、私は大事なんでしょう?」
不安気に聞いてくる遠坂。
「う〜〜〜ん。説明し辛いんだけど。その、「あいつ」に対する気持ちと、遠坂に対する気持ちの違いは、色で、深さは同じなんだ。で、その色も物凄く似てて、あ〜〜、何言いたいか分からなくなってきた。と、とにかく、遠坂に好きって言われて、俺は凄く嬉しくって、俺もその、と、遠坂のこと、好きだってこと!!」
あ〜〜。間違い無く、今俺の顔真っ赤だ。大体、今の話し、「あいつ」にも、遠坂にも失礼だよな。でも、これが、偽らざる衛宮士郎の気持ちだ。これで、遠坂に嫌われても、しょうがない。ま、ショックでしばらく駄目になりそうだけど。
「酷い話ね。」
遠坂が、じと〜〜〜と半眼で睨んでくる。
「わかってる。でも、嘘はついてない。」
遠坂の目を見て言う。と、いきなり、笑顔になって、
「士郎が、好きって言ってくれて、私も嬉しいよ。」
そんな事を言ってきた。顔が熱い。反則だ。そんな嬉しそうに言うなんて。
「でもね、士郎、一つだけ嫌な事があるの。」
俯きながら、不意にそんな事を言ってきた。
「い、嫌なことって?」
もう泣かせたくなくって、慎重に聞く。遠坂は、もじもじしながら俺を見たり、俯いたりを繰り返す。
「俺、バカだから。遠坂が、何が嫌なのか分からない。だから、教えて欲しい。遠坂に嫌な思いして欲しくないから。」
その俺の言葉にやっと遠坂は口を開いた。
「名前、読んで欲しいの。名前を呼びながら、好きって言って欲しい。」
何だろう。今俺の腕の中で、照れながら顔を真っ赤にして、そんな可愛らしいこと言うのは、俺の知っている遠坂凛なんだろうか。うん、間違いない。これが遠坂凛なんだ。
「衛宮士郎は、凛のことが好きです。」
凛と見つめ合いながら、きっぱりと口にした。
あの後、凛が泣き出して、
「士郎に泣かされちゃった。」
なんて言われた。
そしてキスをした。いや、その、凛が可愛くて、気付いたら実行しておりました。
「えへへ、士郎にキスされちゃった。」
凛とはセカンド・キスだ。で、その先に行きかけたが、さすがにそれはまずいと押しとどめた。その代わり、
「今夜は、士郎の側にいたいの。」
と、一緒に寝ることを要求された。
「いや、ま、まずいだろう。」
「士郎はいや?」
「い、いや、嫌とかじゃなく―」
「くしゅ」
凛がくしゃみをする。当然だ。冬の深夜に下着姿なんだから。
「分かったよ。このまま問答続けてたら、凛が風邪をひいちゃうし。」
「ありがと、士郎!」
と言うや否や布団に潜りこんでくる。
「士郎。あったかい。」
むむ、柔らかい。色欲煩悩退散、喝!!
「士郎、我慢できなくなったら、襲ってもいいよ。」
「こら、妙なこと言うな。」
「士郎、ギュ〜ってして。」
「はいはい。わがまま姫の仰せの通りに。」
凛を抱きしめる。優しく。でも強く。
「明日の朝早く、部屋に戻っておくから。だから、それまではこうしていてね、士郎。」
「ああ。」
お互いを確かめ合うように抱きしめ合う。心地よい温もりでお互いを包みこむ。そして、二人で眠りへと堕ちていく。
心地よく眠りに堕ちていったせいで、忘れていた。凛が朝に弱いことを。
あとがき:うん、ムリヤリだ。うおおお、自分の力の無さを痛感。穴があったら入れたいじゃなかった入りたい気持ちで一杯です。修羅場フラグ立ちました。他のヒロインのフラグはどう立てようか。悩んでおります。凛が一番なのは、単純に書き易いと感じたからです。こんなの凛様じゃないという方、ごめんなさい。書いてる内にこうなりました(爆)士郎は、歪なあり方を師匠と老師に修正されてます。拳で。その事も書きたいとは思うんですが、書けるかな?とにかく、皆が幸せ、士郎は不幸せ?な結末目指して更新、更新♪