何も無かった筈の荒野。
生温い風が吹き抜け、褐色に染まった草を揺らす。
時折、風に乗る匂いは生臭く、鉄臭く、錆び付いた臭気。
目を凝らせば草に埋もれる影が見えた。
かつて人と呼ぶ事が出来た影は、地に散らばる総てが干乾び、風に吹かれる度に転がる。
ミイラと呼ぶのすら過小過ぎた。
まるで体内から水分を総て奪われた様。
まるで血液を吸われ切った様。
そう・・・、それはまるで吸血鬼に襲われた様。
「成る程。今回はなかなか苛烈そうだ・・・」
何時の間にか男が佇んでいた。
真紅の外箕を血生臭い風に揺らし、左手で頬を掻いている。
男が手を止め、空を見上げる。
風が一層強く吹き、男は光の無い目を細めた。
飄々と風が鳴る。彼の視線の先には月が真円を描いている。
鳥肌が立つほど禍々しく、身震いするほど朱い月が、星の無い暗闇に浮かんでいた。
「さて、従者は従者らしく責務を果たすか」
男は呟き、月に背を向けた。
『A windy day』
青年が居た。
死体しか無い荒野に余りにも不釣合いで、似合い過ぎた男。
青年の外見は余りにも似合わず、その身の纏う希薄過ぎる雰囲気が、彼を否応なしに異常な者に仕立て上げた。
青年は荒野に腰を下ろし、足を投げ出した。
黒髪に、黒ぶちの眼鏡。黒のインバネスに、黒のコート。
鴉のように全身を黒で覆う。その雰囲気と相まって、気を抜けば夜の闇に溶け込んでしまいそうだ。
青年は小さく溜息を付き、地面に手を置く。
ぴちゃり、と水音がした。
彼の手の平が赤く染まる。青年は自分の左手を見て眉を潜め、そして――
「ん・・・」
舐めた。
何かに耐えるように目を閉じ、身を小刻みに震わせ、青年は指先から指間まで余す所無く舐め取った。
「はぁ」
再び両手を地面に着き、青年は夜空を見上げる。
空にはやはり紅い月が浮かんでいた。
「さて、そろそろ終わったかな?」
青年は、よっこらせ、と声を掛けながら立ち上がる。
――彼にとっては予期せぬ出会い。しかし、男にとっては総てが予定調和。
青年の足が止まる。
「ほう、お前が今回の敵か? 人間では無いのは久しぶりだな」
「はぁ、何処まで行っても敵だらけ。ほんと、先輩の言った通りだな・・・」
青年の眠たげな視線の先には赤い騎士が居た。青年は緩慢な動作でコートのポケットに手を入れる。
「まぁ、これも惚れた弱みって奴か?」
青年は誰に聞かせる訳でもなく言い、黒ずんだ棒を握った手を出した。
「吸血鬼が世界の終わりか・・・、理想と言えば、理想だな」
それが如何言った理由であろうと、騎士のする事は変わり無い。それしか彼には無いのだ。
かつての理想に縛られるが故に。
赤き騎士は右足を半歩引き、軽く腰を落とす。
「アンタ何者だ? 死徒でも、他の魔でも無い。ましてや人間でも無い」
「高過ぎた理想に溺れて死んだ、成れ果てだ。何も出来ない、何もしない。やれそうな気すら無い。只――殺すだけだ」
騎士は短く息を吐き、疲れたように言った。
「答えになって無いぜ?」
青年は意地悪く笑い、手首を軽く振る。
パチン
乾いた音が響き、薄汚れた棒から血糊で曇った刃が飛び出す。
騎士は何時なら言えただろうか? 自分は何者かと。
何時なら言えただろうか? 胸を張って――
――自分は『 』だ、と・・・。
「これはお前の仕業か?」
今度は騎士が、辺りを横目で見ながら尋ねた。
カサカサと音を立てる草。その下に埋もれる死体、死体、死体。
目を凝らさなければ見えないが、それこそ皮膚から雑草が生えた、と言える程、辺りは人で在った影に埋め尽くされていた。
風が吹けば、砂が舞う。否、砂ではなかった。
まるで騎士の視線がそうしたかの様に、干乾びた影は灰となって崩れて行く。
それを生温く、生臭い風が吹き散らして行く。
当の昔に紛れていた筈の腐臭が、二人の鼻を突いた。
「ああ、殺したのは俺だ。俺にはそれしか出来ないからな」
青年は肩を揺らして溜息を付き、左手で頭を掻いた。
「それだけか?」
騎士が聞く。
「それだけだ・・・」
嘘だった。
彼は確かに殺しただけだが、それだけでは無い。
死しても尚、捕食者の手先となって苦しむ彼等を見たくは無かった。
彼女にそんな物は見せたくは無かった。自分の業を知らせたくは無かった。
だから殺した。
――結局は自分のエゴに過ぎないか・・・。
どれだけ言葉を並べようと、所詮は偽善。
自分が罪も無い彼等を理不尽な都合で、地獄へ落とした事に変わりは無い。
青年は昏く笑った。
だが、それでも良い、と彼は思っている。
それで彼女が護れるなら、彼女が生きて行けるなら、自分が総ての罪を被ろう、と。
「アイツに泣き顔は似合わないからな」
青年は苦笑した。
騎士には何の事か理解出来なかったが、彼も皮肉っぽく笑い返した。
その笑みは自分にも覚えが在る物だったから・・・。
「アンタは正義って何だと思う?」
青年は空を見上げた。
騎士の体が一瞬跳ねた。それから訝しげに青年を見る。
「俺は自分が遣っている事を正義とは思わないが、全部が悪い事とも思えない。生物が生きて行く為には、何かしら犠牲が必要だ。その力が大きければ、大きい程、消費も大きい」
青年が言っている消費が人であり、力は文字通り世界最強の生物だった。
「もし、正義の味方が居るなら何も食えなくなる」
青年は笑った。
「ああ・・・、だが、人間限定の正義の味方なら話は違うな」
「?」
騎士は静かに言った。その議論に於いて彼の右に出る者は居ない。
それは騎士が生涯考え続けた事であり、結局その答えは見付けられなかった。否、見付けたのかも知れない。只、直視しなかっただけなのかも知れない。
「人間だけの正義の味方なら、豚が死のうが、牛が死のうが、化物が死のうが、知った事では無いからな・・・」
自分の事を言われているのだと思い、青年は乾いた笑い声をあげる。
「ははは、そうだな」
多数の人間を救うが為に、少数の人間を切り捨てた男の皮肉に、一人の吸血鬼を救うが為に、総ての人間を敵に回した男は笑った。
「じゃあ、アンタは人間限定の正義の味方かい?」
青年は笑いながら言った。
「いや・・・、只の掃除屋だ・・・」
騎士の外箕が舞う。一段と強い風が新たな血臭を立ち込ませた。
「さて、アンタと話しているのは楽しいが、連れがまた遣らかした様だ」
青年は苦笑しながらナイフを逆手に回し、左手で眼鏡を外した。
「そうか、それは好都合だ。生憎、此方は全く愉しく無かったのでな」
「・・・ははは」
騎士の指が軽く広げられる。
「最後に一度だけ聞こう。退いてはくれないか?」
「・・・投影、開始」
青年はコートに眼鏡を仕舞いながら尋ねる。
騎士の両手には、何時の間にか一対の剣が握られている。
「・・・・・・」
「そうか・・・」
青年は残念そうに呟く。しかしその声色には隠し切れない歓喜が混じった。
彼は尋ねる。
協会と戦う時、教会と合間見える時、それが青年の逃げ道だった。
視界を埋め尽くす線を見ながら、青年は苦笑した。
その意味は容易に察しが付くが、誰にも分からない。
「死ね。それが人間の望みだ」
騎士は青年に告げ、構えを取る。
「死ねないさ。それが彼女の望みだ」
青年は眼前にナイフを掲げ、地を這うように腰を落とす。
吸血衝動の最初の被害者にして、唯一の生存者。それがこの青年だった。
だから、彼は生きる。その身を夜の眷属とし、血に眠る二つの衝動に苛まれながら彼は生きる。
それが彼女の望みだから。
騎士は蒼い眼を睨みながら、間合いを計る。
騎士は言う。お前の死は人間の願いだと、我が現れた事がその証拠だと。
其処に騎士の意志は無い。
生前、幾多を助け、幾多を殺し、幾多に崇められ、幾多に呪われた。
そしてその身は霊と成り、輪廻から外れ、人の意識を糧として生きる。
それ故に彼は言う。
其れが人の望みだと、其れこそが人の――正義であると・・・。
其処に彼の意志は無い。
「我は思う。他人を騙し、世界を騙し、本物を騙し、模造を騙し、自分を騙す。
故に我は無い。故に世界は無い。只、偽者だけが、偽装の世界を包み、模造と成る」
騎士の呪詛めいた言葉に、青年は嘲笑する。
「偽者だろうが、本物だろうが関係無い。俺はアイツの障害と成る物、総てに敵対する。――それだけだ」
騎士は眩しげに目を細めた。風が強くなったからだろう。
二人の周りの風が強くなる。因子の密度が上がり、息苦しくなる。
空気の湿度が上がり蒸し暑く、嫌な汗が流れる。
ジリジリと死の気配が首筋で渦巻き、悪寒が呼吸の度に走る。
一際強くなりつつ有る血臭が、嘔吐感を凶悪なまでに増幅させた。
「ふっ」「はっ」
唐突に、二人は爆ぜた。
騎士の左薙ぎを、青年は開脚による体勢低下によってかわし、逆手のナイフを真上に切り上げる。
騎士は身体を逸らし、青年は腕を振り上げ様に跳んだ。
騎士の逸らされた腹に蹴りが跳ぶ。
騎士は後ろへ跳び、青年は空中で後転した。
両者、着地と同時に疾駆し、騎士は両腕を交差させた斬撃を放った。
青年は間合いギリギリで急停止し、腕が振り切られるのと同時に地を蹴る。
「甘いっ!!」
騎士から蹴りが繰り出された。
青年は速度を殺さず、地を滑りながら腰を左に捻る。鼻先に風を感じながら、騎士の喉笛にナイフを突き立てた。
騎士は首だけ逸らしてかわし、逆手に回した左剣を自分の方へ流した。
青年は跳躍し、騎士の肩を蹴って空中で百八十度身体を捻る。
騎士は左手と一緒に身体を回し、遠心力を加えた右薙ぎを放つ。
空中で青年の足が浅く切られた。
「くっ」
青年は着地と同時に後ろへ跳び、距離を取る。傷は治り始めていた。
「今夜は満月だ。俺を倒すのも少しは難しい筈だ」
「ふん、夜明けが来れば此方の勝ちだ」
騎士は平然と言った。
青年は顔には出さず、奥歯を噛み締める。彼にとっては月の加護が総てで有り、支配であった。
月光に照らされれば、復活呪詛は向上し、その姿を眼に映せば、身体能力は向上する。
裏を返せば、日の出と共に青年の敗北は必至だった。
「ならば、それまでに決めるっ!」
足の裂傷が塞ぎ切ると同時に、青年は地を蹴った。
「死徒等、所詮は人間の延長。抑止に勝てると思うな」
騎士は一度剣を打ち鳴らし、迎え撃つ構えを取る。
青年は駆けながらナイフを順手に持ち替える。
騎士は右剣で刺突を放った。
青年は左に身を開く。騎士は刺突から右薙ぎへ繋ぎ、青年が膝を屈めるのを見越して、同時に左剣を振り下ろす。
しかし青年は薙がれた右剣の上を跳ね、腰を捻って騎士の顔面に蹴りを放った。
予想外の攻撃に、蹴りをかわした騎士の体勢が崩れる。
青年は地に着いた左足のみで跳ね、騎士に走る線を見た。
「くっ」
伸び切った両手を引き戻しつつ、騎士が苦渋の声を上げる。
「終わりだ」
青年は数少ない線を凝視し、呟く。
騎士の右肩から斜めに走る線へ袈裟切りを放った。
「ふん、それは違うな――」
騎士の身体に切先が届く寸でで、金属音を響かせナイフは止まる。
「なっ!?」
ナイフと騎士の身体の間には、別の刃が生まれていた。
青年は即座に思考を切り替え、後ろへ跳ぼうと足を曲げる。だが、遅かった。
鈍く光る刃の向こうでは騎士が腰を落とし、夫婦剣を構えていた。
「――終わるのは、お前だ」
銀光が疾る。
二合を短刀で止め、よろけた所で三合の斬撃を受けた。
腕の交差からの二撃。そして左薙ぎ。
青年は血飛沫を上げながら、後ろへ逃げる。
最初の二回は胸に、最後は反射的に出した右腕に受けた。
しかし、この好機を歴戦の騎士が見逃す筈も無く。追撃を加えんと青年に向かい地を蹴る。
青年の顔が切先に映る。青年は両手を添えたナイフを振り上げ弾くが、同時に心臓を狙った一撃が、空いた胸部に迫る。
右足が地に着くのを感じながら、青年は迫る死を蒼い眼で追った。
「くそっ」
上に浮いた手は戻らない。何の障害も無く、剣は彼の心臓へ接近する。
――死ぬ?
青年は思った。当たり前の事だ。此処まで来て、死なない筈が無い。
――何故?
幾ら吸血鬼と言えど、生物が心臓を刺されて死なない筈が無い。昔から言うではないか? 吸血鬼を殺したくば心の臓に白木の杭を打ち、首を撥ねよ、と。
それは白木の杭で無ければいけないのか? 否、青年にとって杭と今、迫る夫婦剣の片割れは同義であった。
「くっ」
上げられた両手は動かない。
青年の服を切先が割る。
彼の身体に感じ慣れた死の気配が痛い程走り、青年に自らの終わりを告げつつあった。
――死ぬ? 死ぬ・・・。死ぬっ!
青年の心臓が早鐘の様に脈打つ。何時の間にか止めていた呼吸が苦しくなる。
剣が進む。気配が一層強くなり、彼の背筋に形容し難い悪寒が走る。
只、打ち震えた。
――駄目だっ! 死ねないっ!! 俺はアイツを・・・、アイツを!!
更に刃が進む。青年は自分の肋骨に固い感触を感じた。
「がっ」
抉られた。縦になっていた剣が、皮膚を巻き込んで寝かされる。
――俺が死ねば如何なるっ!? アイツは一人じゃないのかっ!? 俺は、俺は、アイツを・・・っ!!
アイツを再び、孤独にする訳にはいかないっ!!
青年が顔を上げた。
騎士は無表情で、青年に食い込む剣を見ていた。
騎士が視線に気付き、顔を上げる。
眼が合った。そして――
――嘲笑った。
たぶん幻聴だろう。
青年の耳の内で、カチリと、音が鳴った。
――如何すれば良い・・・? そんなの簡単な事じゃないか・・・。
「なっ!?」
騎士が声を上げた。
青年の浮いていた左足が着かれ、彼は剣に押される様に身体を旋回させた。
剣が青年の身体を滑り、服を裂いて行く。
青年は遠心力をそのままに、騎士の頬に左肘をぶち当てた。
「がっ」
騎士がすっ飛び、始めて地面に顔を着く。
「なんだ? 今のは」
騎士が口内に溜まった血反吐を吐きながら、苦々しく呟く。
青年は二、三歩よろめき、地を這う騎士を見下した。冷酷に口元を吊り上げ、嘲るように口を開く。
「なんて、無様」
青年は嘲笑を含ませながら、冷ややかに言い放った。
「何?」
騎士は素早く立ち上がり、怒気を混めて呟く。
「安心しろ、別にお前に言った訳じゃない。只、余りにも不甲斐無い自分に腹が立っただけだ」
青年が人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。先程までとは、まるで別人の様だった。
実際、別人なのかも知れない。
「それに――」
青年は地を蹴った。その自然過ぎる動作は、騎士すらも一瞬呆然とした程だ。
拍子も何も無い。まるで呼吸するかのように、青年は騎士に接近していた。
騎士が右剣を横薙ぎに振るう。
青年の影に剣の影が重なると、彼は騎士の視界から消えた。
「くっ」
騎士は剣を振りぬくと同時に、前へ跳んだ。
騎士が立っていた背後には、何時の間にか青年が短刀を振り切った格好で立っている。
「――それに俺は、殺す奴に言葉を贈るほど優しくは無い」
青年は誰も居ない虚空に呟き、再び地を蹴った。
短刀を逆手に持ち替え、騎士へ疾駆する。
先程とは速度が違った。
騎士は剣の柄を握り直し、地を蹴った。
騎士は右袈裟に剣を振り下ろし、其れによって動く重心を利用しながら、左の刺突を放つ。
青年は一撃目を、身体を左に逸らして避け、そのまま膝を曲げて二撃目をかわす。
騎士の腹に流れる線を右薙ぎになぞった。
何時の間にか逆手に持たれ、戻って来た右剣に押し出される様に受け流される。
青年の頭上に左剣が逆袈裟に振り下ろされた。
青年は右足で跳ね、一歩分動いて着地と同時に左で跳躍する。
ナイフを回し持ち替えながら、喉笛に向かい一閃した。
再び、逆手に持たれた右剣で防がれる。
青年の口元に冷えた微笑が浮かんだ。青年の手首が動き、ナイフが騎士の刀身を下へ滑る。
ズブリ
その擬音が相応しい。
青年の短刀は、騎士の剣へめり込んだ。
そのまま呆気無く、切断される。その抵抗を鞘走りに、再び騎士の喉笛に銀光が疾った。
騎士は上半身を逸らし、兇刃をかわす。切先が顎を掠めた。
青年は腕を振り抜き、騎士の心臓に向かい突きを放つ。
左の剣に弾かれ、騎士はそのまま地面を後ろに蹴った。
「何をした?」
半分から綺麗に斬られた剣を見ながら、騎士は言った。
青年はナイフを逆手に回し、笑う。
「手品の種を教える馬鹿が何処に居る?」
「ふん、成る程・・・。真理だ」
騎士は右の剣を捨て、口元を吊り上げた。
「投影、開始」
騎士の右手に先程と同じ剣が握られる。
「先程までとは何か違うな。化けたか?」
騎士が目を細める。風が外箕をはためかせた。
青年は溜息を付き、両腕をぶらりと下げた。
騎士から殺気が薄れる。
青年に気配が戻って来る。
「化けたなんて、そんな大層な物じゃ無い。只、在るべき姿に戻っただけだ」
「手品の種を教える者は居ない、そうでは無かったのか?」
青年が苦笑する。
「アンタ、友達居なさそうだな」
騎士は答えない。
青年はおどけた様に肩を竦め、ゆっくりと息を吐いた。
「まぁ、俺も人の事言えないけど・・・」
青年は夜空を仰ぐ。
「なぁ、アンタは自分が正しい事をしているって、心から思えるかい?」
「ああ」
騎士は即答した。
「――そうでも無ければ、遣ってられんからな・・・」
暫らく沈黙し、そう付け足す。
「だったら、止めてくれれば良いのに・・・」
「出来るのなら、とっくにそうしているさ」
騎士が思うのは、あの情景。それは遠い過去、或いは未来か。
どちらにしろ、文字通り今は掛け離れた世界。
彼は出来たが、そうはしなかった。それを出来なかった、と言うのだろうか?
「俺は――」「いい」
「お前の無駄話など聞きたくも無い」
騎士は言葉を遮り、言い放った。
青年は一瞬呆気に取られ、そして苦笑する。
「本当、良い性格してるよ」
「それは、どうも・・・。先程から、お前は何が言いたい?」
騎士は棒読みで返した。
「いや、死ぬのが怖いだけだ。何とかならんかな〜、って漠然と思った。
まぁ、無駄だった訳だけど・・・」
青年は空を見上げたまま、邪気の無い笑みをこぼした。
視線を騎士に戻し、足を肩幅まで広げる。
「結局、正義なんて物は個人が思い描く幻想に過ぎないんだ」
今度は青年が棒読みで言った。
「・・・ああ、だが其れが間違いだと誰が決めた?」
騎士が蒼い眼を睨み、構えを取る。
青年の姿が霞み、存在が希薄になって行く。其れが彼の戦法であり、在り方。
其れに反比例して騎士の存在が大きくなり、殺気が膨大して行く。
先程言い放った一言は、騎士にとって数少ない本心。そして、当の昔に捨てた筈の希望。
――赤き騎士は永遠に等しい時間を生きる。
青年は構えも無く棒立ち、騎士は隙を狙う。
二人の影を、赤い月光が長く引き伸ばした。
「さぁ、殺し合おう、真紅の騎士よ」
「亜種よ・・・。吠えずに掛かって来たらどうだ?」
青年は苦笑し、不自然で自然に地を爆ぜた。
騎士は両腕を広げて構えを取り、有らぬ力で地を蹴った。
三度、否、四度目の打ち合いが、どちらからとも無く始まった。
青年が草の海へ、そっと埋没する。何故か、音すらもしない。
騎士は草を踏み締めて止まり、構えを取った。
静寂が辺りを包む。
只、草と灰だけが、風に揺れてカサカサと音を立てる。
そのまま十秒か、一分か、もしくは一時間か? 体内時計すらも狂わす緊張感。
或いは、二人に取っては、初めから些細な問題に過ぎないのかも知れない。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「ふっ」
唐突に騎士が右薙ぎを繰り出した。
鋭い吐息が風切る音に混じり響く。静寂な、停滞していた空気が揺れた。
銀線が紅過ぎる月光を受けてきらめき、夜の闇にその軌跡を焼き付けた。
しかし、それは目的敵わず空を切る。
伸び切った右腕に、もう一人の銀光が上空から吸い込まれる。
それは金属音を立て、左剣に阻まれた。
青年がナイフを押し、もう一度空へ身を跳ね上げる。
騎士の胸に跳び蹴りを放った。騎士が上半身を屈めてかわし、両腕を時計回りに旋回させる。
降り立った青年の背中へ一対の斬撃を放つ。
二度の剣閃が空を切った。剣が通ると共に、青年が騎士の視界から消える。
騎士が空へ跳んだ。
騎士の残像に袈裟の文様が刻まれる。
姿を現した青年は上目で騎士を確認し、身体を右下へ捻り絞る。
筋肉が悲鳴を上げ、筋繊維が千切れる寸前――
「極彩と散れ」
かつて青年の故郷であった退魔が開発した究極の殺技。
その秘伝中の秘伝は代々の当主にだけ受け継がれた。
かつて無い逸材である彼は記憶の中で一度だけ見た父の技を、それだけで体現していた。
『極死・七夜』
不可視の速度で腕が振られ、騎士の心臓にナイフが吸い込まれて行く。彼は遠心力を殺さず百八十度回転し、そして、
――夜に舞った。
「っ!?」
見た事も無い形式の技に、騎士は目を見開く。
だが、その表情とは裏腹に、両腕は上昇する風を感じながら引かれている。
『鶴翼ハ欠落不セズ』
夫婦剣は投擲された。風を裂くナイフに、交錯するように。
「投影、開始」
騎士の両腕に新たな夫婦剣が生まれる。
飛び上がる青年の目の前で、短刀が一対の剣に弾かれた。
宙を舞う三剣の向こうで、騎士が待ち構える。
青年は両手を繰り出した。
騎士が勢いを失い、落ち始める。その目は更に大きく見開かれていた。
血飛沫が舞う。
掴む。
青年の右手は、ナイフの柄を。左手は夫婦剣の片割れを。
刃を掴んだ青年の左手から血が流れる。
騎士は彼へ向かい落下しながら、右の剣を振りかぶった。
青年は刃を掴んだまま、騎士へ剣を投擲する。
騎士は剣を右薙ぎにして飛来する剣を弾き、左剣を刺突の構えへ移行する。
「遅い」
そう言ったのは、どちらか?
青年だった。
彼は投擲と同時に、腰を左下へ捻り落としていた。
バネを蓄積させ、騎士の線を横目で睨む。
「ちっ」
舌打ちと共に騎士の左手が動く。
だが、それより先に、青年が動き始めていた。
『閃鞘・一風』
全身の筋肉を総て連動させる、彼が持つ最速の一撃。
確実に決まれば、あの短い短刀ですら死を斬らずとも人体を二つに分断する。
騎士の視界、斜め下から幻の様に現れた兇刃。騎士は身体を左へ捻りながら、刺突を真下へと振り下ろす。
青年の速さが仇となった。彼の切り上げの一撃は、騎士の熟練した剣技。その最速で有る刺突に勝るとも劣らぬ速さであった。
故に――
「ちっ」
青年の舌打ちが金属音に紛れる。
――止められた。
騎士はナイフを弾き、青年へ蹴りを放つ。
青年は左手で直撃は防ぐが、空で勢いは殺せず。地面へと叩き付けられた。
そのまま横へ転がり、騎士から距離を取る。
騎士は音も無く着地した。
「しぶといな」
青年は立ち上がりながら、呟く。
「其れは此方の台詞だ、とだけ言って置こう」
騎士が剣を構え、鼻を鳴らす。
青年がちらり、と自分の左手に目を落とす。
血をコートの裾で拭い、感触を確かめる様に開閉した。
今までと同じ様にナイフを構え、低く腰を落とす。
騎士が地を割らんばかりに踏み締め跳躍し、両腕を青年の頭上に振り下ろす。
青年は軽く左に跳ね、かわした。
それを見越した様に、騎士の両腕が左右に跳ね上がる。
騎士は左剣を横に薙ぐ。否、そのまま投擲した。
「なっ!?」
青年が声を上げた。
回転しながら青年へ吸い込まれる剣。
青年は重力に従い、そのまま後ろへ倒れた。
剣は彼の鼻先を掠め、風を切り裂いて行く。青年の耳に、その音がはっきりと聞こえた。
騎士は左腕を振り抜くと同時に、そのまま逆時計回りに身体を旋回させる。
青年は手を地面に着き、足を振り上げた。俗に言うバク転。
着地し、限界まで膝を曲げる。
騎士は青年の気配を確認しながら呟く。
「――I am the bone of my sword.」
騎士の、左手周辺の空間がよじれる。
それはさながら、大袈裟過ぎる蜃気楼の様だ。
其れを上目で睨み、青年は軽く地面に手を添え、足は地を抉り、そして跳んだ。
『偽・螺旋剣』
『閃走・七夜』
何時の間にか握られた弓。騎士は振り向き様に剣を射出した。
地に掠れる程の低さで青年は跳躍し、短刀を後ろへ引き絞る。
青年は飛来する剣に目を見開き、首だけを右に逸らした。
左肩の焼け付くような痛みに、青年は奥歯を噛み鳴らす。
仕留め切れなかった騎士は弓に両手を添え、高く振り上げた。
「がっ」
だが、其れより速く、黒き疾風となった青年が騎士の脇を駆け抜ける。
騎士が声を上げ、青年に引き込まれたかの様に身体を揺らし、転倒した。
青年もまた着地は叶わず、地を滑り、転がり、横たわった。
両者、身体を痙攣させながらゆっくりと立ち上がる。
「がはっ」
「ごほっ」
二人は血煙を吐き、咳き込んだ。
片や、騎士等、英霊と言う種族にとって切り札であり、必殺とも言われる技を受けた。
その真名を宣した威力はやはり尋常では無く。直撃せず肩を掠めただけだと言うのに、魔力を含んだ風圧は想像以上に傷を抉り、衝突の際の衝撃は骨格を初めとする、青年の左半身に絶大なるダメージを与えた。
青年は肩に右手を添えながら、騎士を睨む。
片や、古来から魔と言う歪みを正す為、只ひたすらに殺害と言う行為に妄執し、敢えて魔力や術式を取り払い、自らの身体一つで殺害と言う行為を極めようとした一族。その集大成とも言える体術。
それを身に受けた。
一族の名を冠するその技は、騎士の脇腹を神速で裂き、狂うような激痛と止まり様の無い出血を与える。
更に、先程から騎士を襲う脅迫観念。
膝は笑い、唇は青ざめ、呼吸困難に陥る。
騎士は霞む眼で、青年の得物を見詰めた。
――基本骨子、解明。
展開図を描き、立体化し、骨子を組み立て、構造を読み取り、肉付けし、模造を作り、現時点と現在との差異を見極め、経緯を想像する。
「!」
騎士は噛み千切りそうな程、唇を噛んだ。
剣の記憶とも言える、青年の戦闘行為の履歴。
其れは驚くべき物であった。かつて、死徒二十七祖と呼ばれた存在は、半数以上がそのナイフによって滅ぼされ、その取り巻きで在った、死者や食人鬼、ヴァンパイアや使い魔の殺害数は七桁を越える。
それ以降も、幻想種や他の世界から迷い出た異常種、そして伝説級の魔等、大よそ信じられる経緯では無かった。
更に、目の前の青年が世界最悪の魔眼の持ち主だと分かり、この短刀がその激戦を経ても、使い物になる理由が分かる。
そしてこの短刀が、恐るべき物に変化している事も・・・。
万の断末魔を聞き、
万の血を刀身に纏い、
そして万の命を奪った。
それ以上に、呪われた眼によって見出される理不尽な死は、総てこの短刀で具現され、この世界ではその兇刃を見るのと死は全くの同義であった。
つまり・・・
「死の概念武装か・・・」
騎士は忌々しげに呟く。
この剣に斬られる事は死に等しい。殺し過ぎた短刀は、そんな暗示にも似た概念を自己に付加させ、例えその傷が致命傷でなくても、被害者に自分は死んだと強制的に思い込ませる事が出来る。
用は、自分で自分を死に追い込むのだ。
正に、死神の鎌。
そんな物を扱えるのは、殺人貴と呼ばれる、やはり死に近過ぎた死神だけだろう。
騎士は脇腹に手を添えながら、無表情に蒼い眼を睨んだ。
「本当にしつこいな・・・」
青年が苦笑し、呟く。
青年は溜息を付き、眠たげに目をこすった。
「やる気が無いなら、さっさと死んでくれ。目障りだ」
騎士が、あからさまに舌打ちをする。
「いや、そう言う訳じゃないんだが・・・。もう良いか? 正直に言うと、これは只の時間稼ぎだ」
時が止まる。
青年が楽しそうに笑った。
「何?」
「疲れた。全く、本気で死ぬかと思った」
青年が間の抜けた声を上げる。
「本当はアイツの手を煩わせる積もりは無かったんだが・・・。アンタ、想像以上に強いな」
そう言いながらも青年は、下級の宝具と同等以上の魔剣を構える。
騎士は弓を捨て、顔をしかめつつ脇腹から手を離す。
「投影、開始」
騎士の両手には、見慣れ始めた夫婦剣が現れる。
「まだ、やる積もりか? もう逃げた方が良い」
「・・・なんだと?」
「逃げろ、と言ったんだ。今なら見逃すし、まだ間に合う」
「ご提案は有り難いが、生憎と帰れる所が無くてね」
騎士は感情の篭っていない声で言った。双剣を構え、軽く膝を曲げる。
「何処でも良いんだけど・・・、まぁ良いか。もうどちらにしろ遅い」
青年が騎士から視線を外した。
騎士が其方の方を、ゆっくりと振り返る。
「志貴。遅いと思ったら、なに遊んでるの?」
鈴を転がしたような美声。
――世界が凍り付いた。
総てを越え、超える者。正に超越種。
騎士の顔が苦虫を噛み潰したように歪む。
敵う訳が無い。自分が人に生かされた存在なら、彼女に敵う筈が無い。
神話、伝説、御伽噺。それは所詮、人が生み出した物。
ならば、彼女に勝てる筈が無い。
先程までの死の感覚が、まるで虫刺されの様に思える。
約束された死。決して抗え無い死。其れこそ、彼女こそが死。
――真祖殺しの真祖。
彼女が魔王に堕ちた真祖を狩ると言うなら、彼女が魔王に堕ちれば、誰が狩ると言うのだ?
否、誰にも狩れはしまい。
騎士は無言で紅き瞳を睨む。剣を握る手は意図せず震えていた。
その顔、蒼白。脊髄は震え、歯が噛み鳴る。
吐き出される息は、波打っていた。
「志貴、誰ソイツ?」
「何時もと一緒だよ」
「ああ、そう言う事」
彼女が大袈裟に頷く。
騎士と青年の視線の先には、魔性の美があった。
その顔は見惚れる位の笑み。破滅の使者で在りながら、誰よりも無邪気な笑みであった。
「志貴。そんな奴早く殺して。次行こ」
彼女の笑みが深くなる。
世界最後の真祖。
世界が生み出し、そして残した唯一の御伽噺、魔王アルクェイド・ブリュンスタッドを、騎士は震えながら睨み続けていた。
「だから逃げろと言ったんだ」
騎士が首だけを青年へ向ける。
志貴、と呼ばれた青年はウンザリしたような、其れで居て何処か楽しそうな口調で言った。
「ああ、此方もお前に従っておけば良かった、と感じている所だ」
騎士は、感情を押し殺した声で返した。
「志貴、貴方まだそんな甘い事言っているの?」
女の口調が少し固くなる。どうやら前例が多々在るようだ。
「こういう奴等はどうせまた懲りずにやって来るんだから、さっさ殺しちゃった方が良いの」
分かった? と付け加え、女は騎士に視線を移した。そして見惚れるような笑みを向ける。
「そう言う訳だから――」
女が軽く地面を蹴る。騎士の視界から女が消え、騎士は剣を構えなお――
「――喰らいなさい」
「がっ!?」
殴り飛ばされた。
何とか地に足を着くが、衝撃は凄まじく、そのまま土煙を立て地面を滑る。
騎士がしかめた顔を上げると、目の前で金色が揺れていた。
騎士が即視感を覚えながら、右剣を振りかぶる。
剣を薙ぐより先に、騎士の顎から脳へ振動が突き抜け、次の瞬間、身体は宙を舞った。
骨がひび割れ、血反吐を吐く。
次は即死感を覚えた。
「・・・な・・・に?」
騎士は空へ打ち上げられつつ、混乱した思考を引き戻す。其れも無駄だった。何が起きたのか、全く感知出来ない。
魔王の力は、英霊の感覚器官を軽く凌駕していた。
霞む視界に、白色が映る。
鈍い衝撃を伴って視界が反転し、気付けば目前に褐色が迫っている。
埋もれる程の威力で、騎士は地面に叩き付けられた。
「まだ生きてる・・・。そう来なくっちゃ」
女は笑いを含みながら、言った。
青年は、幼児が楽しそうに蟻を踏み潰す様をふと想像し、眉をひそめる。
規模は違うが、次元は同じだった。
騎士はノロノロと手を動かし、緩慢過ぎる動作で立ち上がった。
身体中から血を流し、泥酔者の様に足をふらつかせる。
だが、その眼だけは相変わらず、彼女を睨み付けていた。
「へぇ〜、まだ立てるんだ?」
女は感心した様に、わざとらしく目を大きくした。
完全に舐め切り、遊んでいた。そうさせるだけの力を、確かに彼女は保有している。
もう、何時でも止めを刺せるのだ。
「止めろ、アルクェイド。もう充分だろう?」
青年が不機嫌な声でいさめる。もう良い、早く楽にしてやれ、と彼はその一言に込めた。
彼女は青年の方を向き、屈託の無い笑みを浮かべる。
「それ」
彼女は青年を指差した。否、正確には青年の左肩を。
「コイツにやられたんでしょう。だったら、私が十倍にして返してあげる・・・。幾らでも苦しめてあげる・・・。志貴を傷付けた奴は、絶対に許さないんだからっ!!」
笑顔はみるみる内に、怒りへ変化して行く。
彼女が激昂し、叫ぶ。
それだけで突風が巻き起こり、彼女の強大さを再確認させた。
――彼女にとって青年は総てで有った。
青年は風に捲かれながら、複雑そうに俯いた。
「おい、茶番な夫婦劇はそれ位にしてくれないか?」
満身創痍の騎士は、口元を皮肉げに吊り上げる。
「そうね・・・。コロシテアゲル」
ぞっとするほど優しい声で告げ、女は二人の前から姿を消した。
刹那後、騎士の身体が綿ぼこりの様に宙を舞う。
「――I am the bone of my sword.」
騎士は痛みと衝撃に顔を歪めながら、掠れた声で呟いた。
下では、女が跳躍の為に僅かに停滞しているのが、辛うじて認識出来た。
『偽・螺旋剣』
完全に第六感で、不可視の敵に向かい放つ。
しかし、何の反応も無く。騎士は再び叩き付けられた。
「舐めて貰っちゃ困るわ。マナの集束がバレバレよ」
何時の間にか現れた彼女の左手には、先程放たれた剣が握られている。
どうやら受け止めたらしい。考えられない動体視力だった。
「化物が・・・」
「ええ、そうよ。貴方以上のね」
女は騎士に、勝るとも劣らない皮肉を言い放ち、残酷に笑った。
「さぁ、嬲り殺してあげる」
女の右手が上がる。
手を這い回し、起き上がろうとする騎士にゆっくりと向けた。
『空想具現化』
世界全土を覆う、確立変動。総てを手中に収めるべく力。
真空によって生み出される空気の断層が、刃と成って騎士を襲う。
騎士が突然跳ね起き、左へ跳躍する。文字通り風を切り裂きながら、騎士の横を刃が通り過ぎた。
「へぇ、まだ動けるんだ。中々、頑丈じゃない」
騎士は肩を揺らし、息を荒く付く。
その顔には、何処までも変わらず。皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。
「褒められても嬉しさの欠片も湧かないが、一応礼だけは言って置こうか?」
騎士は途中何度か詰まりながら、女に問い掛けた。
騎士は青年にちらり、と視線を向け、笑みを深くする。
「中々健気じゃないか? 真祖とも在ろう者が一人の男に惚れ込むとは・・・、滑稽過ぎて笑えもしないな」
「貴方、自分の立場が分かってるの?」
「いや・・・。分かっているのは、これから私がお前達を倒すという事位だ」
騎士の言葉を、女は一笑した。
「呆れた。まだ勝てる積もりで居るの?」
「勝つも負けるも最初から相手等存在しない。私の敵は、常に私だ」
「何それ?」
騎士の言動を女は笑い飛ばし、青年は訝しげな表情を作る。
騎士は二、三歩ふらつき、肩幅まで足を広げた。
光の無い、しかし確実に強き意思を込めた眼を女へ向ける。
そして、唯一にして絶対の技を・・・、その発動を宣言する。
風に紛れるほど、小さな声で――。
「――I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)」
騎士は紅い瞳を睨み付けた。
「へぇ、魔術? 何をする積もりか知らないけど・・・。面白い、待ってあげる」
「アルクェイド。気を付けろ、アイツ何か様子が違う。――アイツこそ化けたんじゃないか?」
青年の言葉を聞き、騎士は口元を吊り上げる。
――化けた? そんな大層な物じゃない。私は・・・、そう、只在るべき姿を再確認しだけ・・・。
騎士は自問する。
在るべき姿とは何か?
掃除屋か?
否、
抑止として、英霊としてか?
否、
偽者(フェイカー)としてか?
そう、
だが、それ以上に・・・、
かつて、夢見た理想として・・・、
そう、
正義の味方として・・・、
――情けない・・・。
死に掛けなければ、思い出せない。
死に掛けなければ、確認出来ない。
騎士が思うは、遠い昔。忘れ、紛れた記憶。
抑止としてでは無く。人として、一人の人間として駆け抜けた日々。
彼はそこで理想を見、限界を見、そして未来を見た。
そこで騎士は彼の男を見、その背中を追った。
――皮肉な物だな・・・。
騎士は慣れた笑いを刻む。
「――Steelis mybody , fireis myblood.(血潮は鉄で、心は硝子)」
騎士は回想を続ける。
――アンタ何者だ?
先程、確かそう聞かれた。
――高過ぎた理想に溺れて死んだ、成れ果てだ。
確か、そう答えた。
騎士は思う、ならば溺れ続けよう、と。
その間、騎士は理想を見上げ続ける事が出来る。
只、盲目に高過ぎた理想を追う事が出来る。
彼は、もう死ねない。
赤き騎士は永遠に等しい時間を生きるのだ。
「――I have careted ovara thousand blades.(幾度の戦場を越えて不敗)」
騎士の両手には何時の間にか、見慣れた夫婦剣が生まれていた。
――死ね。それが人間の望みだ。
先程、確かそう言った。
騎士は何時か、誰かに聞いた。
正義の味方が正義の味方たるには、其れ相応の悪が必要だと・・・。
そうは思わなかった。総ての人間が笑える。そう、笑っていられる。
それが出来る。それが、正義の味方。
だが、目の前に居るのは如何だ? 魔王、そしてその護り手。
明らかに、其れ相応の悪であった。だが、此処で彼らを倒さなければ、確実に人は死ぬ。
彼等によって、笑える人は激減する。
ならば、倒せ。
其れが例え、何時かの言葉の肯定だとしても、二人を・・・、
そう、吸血鬼を・・・倒す。
騎士は、人間だけの正義の味方なのだから・・・。
「――Unknown to.(ただの一度も敗走は無く)
――Nor known to life.(ただの一度も理解されない)」
騎士の両手が、柄を握り直す。
――我は思う。他人を騙し、世界を騙し、本物を騙し、模造を騙し、自分を騙す。故に我は無い。故に世界は無い。只、偽者だけが、偽装の世界を包み、模造と成る
先程、確かそう言った。
騎士は言う。
自分は空なのだ、と。何も無い、偽者なのだ、と。
ならば、その偽者が見る世界も、偽者では無いのか?と。
決して世界が偽者なのでは無く。だが、自分の眼球が映す世界は偽者だと・・・。
だが、だからこそ、何時か本物を。
在り得ないと言われた理想を。
目指す。絶望せずに、飽きもせずに、妥協せずに、目指せる。
自分が偽者で在るが故に・・・。
在りえ無いと確信する、自分の心すら騙して…。
騎士は目指す。
高過ぎた理想を。
「――Have withstood to create weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)」
騎士は右足を半歩引き、腰を落とす。
――結局、正義なんて物は個人が思い描く幻想に過ぎないんだ。
先程、確かそう言われた。
そう、だが、だからこそ人は正義に憧れ、羨望する。
それこそが、一人、一人の理想で、そして有り得ない幻想で有るから。
だからこそ、子供は正義の味方に憧れるのだ。
だからこそ、大人は正義の味方を一蹴するのだ。
それは、有り得ない幻想で有るから・・・
「――Yet.hands will never hold anything.(故に、生涯に意味は無く)」
騎士は両手を広げ、構えを取る。
吹き荒ぶ夜風が、癒え切らない傷に激痛を走らせた。
――アンタは正義って、なんだと思う?
先程、確かそう言われた。
正義は幻想。
――だが、もし、森羅万象総てに通ずる正義が在るとしたら?
――誰か、それを完全に理解した者が居たとしたら?
空気が捩れ、狂う。
空間が歪み、ひび割れる。
真祖の支配した世界は塗り潰され、騎士の支配する世界が、世界を変革する。
現界が消え、幻界が現れる。
世界が、景色が、法則が、総てが入れ替わる。
騎士が内包する、限定空間へ・・・。
騎士、それを眺め、空想する。
――その者はきっと・・・、
騎士は思う。
――正義の味方等に成りはしないだろう・・・。
「――So as lparay , unliblade works.(その身体は、きっと剣で出来ていた)」
世界が反転した。
「・・・これは?」
青年は見えない夜空を見上げた。
「固有結界・・・。中々、洒落た物持ってるじゃない? 良いわ、貴方のこのチンケな世界ごと、叩き壊してあげる」
騎士は皮肉げに口元を吊り上げる。
「何が可笑しいの?」
女は苛立たしげに聞いた。
「私が負ける? 在り得ないな」
彼の敵は、何時だって彼自身だ。
故に、騎士は想像する。
最強の自分を。
故に、騎士は創造する。
何時も夢見た。あの、
――赤い騎士の姿を・・・。
脳裏に揺らめく赤を描きながら、口元には、相変わらず。皮肉げな笑みが浮かんでいる。
そして、騎士は完成を宣言する。
幾度となく宣し、そして之からも永遠に宣すであろう言葉。
騎士が理想に溺れ続ける限り、世界の危機に幾度となく空気を震わせる言葉。
騎士が幻想を描き続ける限り・・・、騎士は、永遠たる誓いを此処に宣す。
――そう、かつて目指し、今も写る、あの男のように・・・。
『“Unlimited blade works”(無限の剣製)』
「さぁ、行くぞ。死ぬ覚悟は充分か?」
後書き
どうも、初投稿です。SS自体は、自分の自己満足でちょくちょく書いていたりするんですが、その、中々人に発表するというのは・・・、すいません、小心者なんで・・・。
今回も、自己満足丸出しな訳ですが・・・、用はバトルする人が書きたかっただけなんです。まぁ、一番書きたかったのは、志貴君の武器なんですけど・・・、妄想の時点では、おぉこれは凄い。とか自分で感動したりしたんですけど、実際書いてみると、なんじゃこりゃ。
見事、失敗してますね。
キャラの感じとかも明らかにオカシイし・・・、人によっては、はぁ、これ誰? とか、言われそう・・・。――勘弁して下さい。
只、自分の中では、まだマシかと思いまして、おっかなびっくり(死語)投稿してみました。
三人の、書いてない心情とか、この後の展開とか、想像して暇潰しでもして頂ければ、これ以上の幸せは在りません。
もし良かったら感想とか・・・、いや、嘘です。すいません、調子に乗って・・・。
あの、それでも、もし書いて貰えば嬉しいです。
面白かったです!!!
続きがかなり気になる…(;_;)
暇があったら続き書いてくださいね!!!