運命の輪 中編 (傾 大体シリアス


メッセージ一覧

1: (2004/03/20 17:05:20)[wallscantattack at yahoo.co.jp]



闇が、死を引き連れてこの場所を覆い尽くす。
The dark takes the death along and this place is covered completely.

死を恐れることはない、平等な死を受け入れろ。
Do not fear death, and accept an equal death.

闇よ、広がれ。世界を黒く塗りつぶせ。
――...dark.. extend. Paint out the world blacking it.               』

   ◇


――運命の輪―― 7話 ”A Shadow.”


   ◇

中華飯店を出た時、時計は午後四時になろうとしていた。
買い物をしに来たのではないので、商店街にもう用は無い。
後は家に帰るのみだった。

   ◇

色々と考え込んでいたせいで、いつの間にか交差点の前に立っていた。
イリヤが隣で騒いでいる。商店街からずっといたらしい。
公園での約束も忘れていたので、ご立腹のようだ。
精一杯の誠意でお客様として家に招き、手厚い待遇を約束する。
しかし、イリヤは俺と切嗣を殺しに来たのに、そんなヤツが家にあがっていいのか?と聞いてきた。
俺は切嗣の行った事、アインツベルンへの裏切り、非道な方法によるマスターの殺害。
それらのことを、この運命の輪の中で知った。
イリヤは切嗣を許さないだろうし、俺を殺すという言葉も本当だろう。
しかし、俺はその理由があるからこそ、イリヤを衛宮の家に招くべきだと思った。

セイバーはイリヤの訪問に全否定をする。
そんなセイバーを丸め込み、客間で待機してもらうことにした。
幾らか小言を言われ、機嫌を元に戻すのが困難な状態になってしまったが夕食を盾にすれば安心だろう。

イリヤは、家に入ると和風の建築に興味をもったようだった。
居間で茶菓子と緑茶を出す。
緑茶の反応は些か不評だったが、和菓子は好評のようだった。
家の中を見て回る最中に、イリヤがお嬢様ということを実感したとですよ。(何弁だ?)
家の造りとか、大きさとかボロクソ言われると、流石に落ち込むと思うよ?うん。
……ブルジョワジーって何か嫌だ。

   ◇

イリヤと公園で別れて家に着く。
玄関に桜の靴があって、もう帰って来ていたのかと居間に向かう。
桜は居間で、畳に仰向けになって眠っていた。
部屋から毛布を持って来て被せようとすると、寝惚けた桜に抱きつかれてしまった。
微妙にヤバイ事になり、体が硬直してしまって動けない。
理性まで停止寸前になったところで、我等が救世主セイバーさんが来てくれました。
慌てて桜を引き剥がし、遁走する。
後に残ったのは、居眠りを続行する桜と、俺の奇怪な行動に呆けているセイバーだけだった。

   ◇

深夜、桜に気付かれないように外に出る。
月は見えない、分厚い雲が覆い隠しているからだ。
交差点に着く頃、セイバーがサーヴァントの気配を察知した。
方角は東――深山町と新都を繋ぐ大橋に向かう。

大橋の傍にある公園に着く。
一歩足を踏み入れると、異様な空気が満ちているのが解った。不快な空気、何かが腐り落ちるときの腐臭がする。
思わず顔を顰めた。ナニカの気配がする。魔術回路は既に開かれ、いつでも投影できる状態。

 「シロウ、アレを――!」

セイバーの見据える先に、俺達に背を向けている遠坂たちと、

 「ぬ?どうやら新手がきたようじゃな」

間桐臓硯の姿があった。
状況は把握できた、遠坂と臓硯は戦闘をしているらしい。

――武器を投影する。今回は弓。遠距離からの援護を目的としたもの。

強化された視力で遠坂たちを見る。周りには数十いや、数百匹の、蟲、蟲、蟲。
アーチャーの夫婦剣に切り裂かれたのだろう。蟲は全てが両断され、息絶えていた。
遠坂と臓硯が何かを話している。口論だろうが、そんなものを聞こうとは思わない。

――投影した剣を弓に番え、『矢』にする。

遠坂との話が一段落つき、臓硯が奇怪な杖をレンガ作りの地面を打ちつけた瞬間、老人の前に、倒した筈の魔術師が現れた。
キャスターが生きていたのは知っている。驚きなどはない。ただ違和感から、疑問を口にする。

 「…キャスター、か?」
 「シロウ。あれはキャスターであって、キャスターではありません。…外装、能力はそのままですが、意思である魂を感じない。
 アレは――キャスターの死骸を別のもので補っただけの模造品です」

臓硯はカラクリを見破ったセイバーに賞賛の声を上げる。
それを、怒りの混じった声で老人に問うセイバー。
その返答は、アーチャーとセイバーの怒りの琴線に触れたらしい。

 「貴様」
 「カカカ、何を憤る!所詮サーヴァントなど主の道具、どのように使役するかなど問題ではあるまい!令呪で縛られるも死骸となって使われるも同じ、ならば心ない人形と化すがうぬらの為…」
 「――”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

狂った口上を止めたのは、俺の放った『矢』によってだった。
真っ直ぐ進むソレは操り人形と化したキャスターの魔術防壁に阻まれる。
しかし、それを易々と突き破って、キャスターは放たれた宝具の魔力の爆発に巻き込まれる。
カラン、と魔力の空になった剣が転がり、刀身から砂になっていく。

 「……たわごとは、それだけか?」

今にも飛び出そうと身構えていた二人のサーヴァントよりも、俺の怒りが限界に達するのが早かったようだ。
幾度もの聖杯戦争で、俺はセイバーと戦いを共にした。だからこそ臓硯の発言は許せない。

 「ふむ。宝具並みの武器の魔力で爆発を起こすか。小僧かと思いきや、爪を隠した鷹であったようじゃな」

臓硯には傷一つ無い。

――二人のサーヴァントが地を蹴る。
セイバーとアーチャーは申し合わせたように、哂う妖怪へ突進した。

既に老人は逃走を始めている。
しかし、妖怪と呼ばれようが所詮はヒト。英霊たるサーヴァントに勝てる筈は無い。
二つの剣風が老人を切り裂いた。
セイバーに足を斬られ動きが止まり、アーチャーに横一文字に両断される。

 「ぬ、う、なん、と――!」

上半身のみとなった老人は、ずるずると手を使って這って行く。
内臓と血液、それ以外の何か異質なモノを零しながら、それでもまだ生きていた。
なんという生への執念か、余りにも見苦しい光景である。

 「終わりだ魔術師。過去からの経験でな、おまえのような妖物は早めに処理する事にしている」

臓硯に短剣を振り上げるアーチャー。
それで終わる。
五百年を生きた老人はこれで生涯を終える。
アーチャーの短剣は確実に魔術師の命運を断つ。

 「――え――?」

否、断とうとして、その動きを停止した。
この空間がまるで他のモノに変わった感覚。
それは、ここに居る全員、死にゆく老人も感じ取り愕然と体を震わせた。
ソレの登場と共に公園が闇に染まる。空気が凍りつく。何かよくないものがいる。

――ニゲロ

何だろうか、本能がアレに敵対するなと喚いている。

――アレ二、カカワレバ、「 」ゾ

嫌な予感がする。逃げようとしているのに逃げられない。本能は逃げろと言うのに、体が命令を拒否する。

――アレハ、ヨクナイモノダ、ニゲロ、カカワレバ、「シヌ」ゾ

しかし、逃げても無駄だ。出会ってしまったからには決して逃れられない。アレはそういうものだ。
唐突に理解する。アレからは逃げられない、ならば徹底的に抗おう。
公園の入り口に顔を向ける。

――それは、黒い”影”だった

空間が歪んでいる。 それが錯覚だと信じたい。
立体感が無い立ち姿。 影が、宙に浮かんでいるようにも見える。
吹けば飛びそうな程軽い存在。 喩えれば、風船のよう。
知性も理性も無い、生物でさえないモノ。 この影は今、この空間の王であった。

”黒い影”はその場に留まり、蜃気楼のように立ち続ける。
その光景を、何故か懐かしいと感じた。


to be Continued


副題の意味は『影』です。(たぶん)

2: (2004/03/20 17:05:37)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 7.5話 ”Another Battle”


   ◇

あの”影”が現れた瞬間、怯え、恐れ慄きながら臓硯は公園を離脱した。
その後、誰も動かない空間で、”影”の影が動き出した。
狙いは遠坂。獲物を見つけ、貪欲に喰らい付く。
アーチャー、セイバーでは間に合わず、遠坂は気付かない。
消去法で遠坂を助けられる者は、俺一人だけ。
そして遠坂を突き飛ばした。

――結果、俺は影に飲み込まれた。

影の中はまるで”この世、全ての悪(アンリマユ)”に近い、いや同一の呪いのようだった。
体がだるい。一体アレは何だったのか。
その答えは、

 「助かったか。まあ本体に触れた訳でもなし、実体のあるモノなら瘧を移された程度だろう」

アーチャーが知っているようだ。
アイツはキャスターの消えた今、町の人々の魔力を吸い上げているのはあの影だと言った。
そして、俺を見据え

 「どうやら、私怨を優先できる状況ではなくなったようだ。そうだろう、衛宮士郎。
 アレがなんであるかは、おまえの直感が正しい。
 ……ふん。サーヴァントとして召喚されたというのに、結局はアレの相手をさせられるというワケだ」
 「アーチャー……?貴方は、一体」
 「そうか。君はまだ守護者ではなかったな。ではあの手の類と対峙した事はなかろう。……まったく。何処にいようとやる事に変わりがないとはな」

俺達に背を向け遠坂と立ち去ろうとする。――寸前。

 「……いや、そう悲観したものでもないか。
 ―――まだ事は起きていない。後始末に留まるか、その前にカタをつけるのか。今回は摘み取れる可能性が、まだ残されているのだから」

そう言っていた。


――Interlude 7-1――  柳洞寺にて


一日前に槍兵が訪れたこの寺に、また人影がある。
境内のど真ん中を、威風堂々と歩く姿には王の威厳が見える。
金髪の青年、彼の名はギルガメッシュ。彼の『英雄王』である。

 「臭うな。こんな所には我が来るべきでは無かったのだが、貴様の不始末のせいでな。こんな所に来ることになった」

それは誰に言っているのか。答えは無く、周囲に人の影も無い。
ただ、黒いナニカが存在するだけ。

 「…クー・フーリンよ。既に言葉も無くしたか」

それは、英雄と呼ばれたモノだった。
手に持つ槍は、赤く禍々しいゲイ・ボルク。
青かった痩身は黒く染まり、心臓が在るべき場所には黒い靄があった。

 「それで英雄を名乗るか。ならば英雄王として汚点を消してやらねばならんな」

青年が手を上げる。
周りの空間が歪み、数十本の武器の柄が現れる。

パチリ

と、指が鳴らされた。その音と同時に、あらゆる武器が槍兵に牙を向ける。
しかし――

 「ふむ、『矢よけの加護』とは目障りなモノを持つ」

それらの全ては防がれた。
槍は、点ではなく線の攻撃で薙ぎ払う。
それに巻き込まれ、武器は次々に打ち落とされる。
点ではないのは、それでは防ぎきれないからだろう。

 「ならば、その加護の限界を試してやろう」

武器が弾かれ、一瞬後にはその数を上回る武器が放たれる。
時間では数分、感覚では無限であったその半無限ループに、遂に終わりが訪れた。

ドスッ

一つの細長いシルエットが、その胸を貫いた。
その後に次々と襲い掛かる武器。
敗北したのは槍兵。胸に刺さっているのは、彼の持つ槍と全く同じ。

 「は、『必ず心臓を穿つ槍』とは愉快な槍だ」

武器の突き立てられた肉槐に、英雄王が話しかける。

 「どうだ、クー・フーリン。わが子を殺し、親友を殺し、神話の最後に自分自身を貫いた槍の感想は?やはり、英雄はその神話の最後と同じ最後が相応しいな。」

どこか悦に浸るような言葉に、槍兵の体が反応した。

――既に槍兵は息絶えていなければおかしい。
しかし、彼の生存能力は、致命的な傷を負わない限り彼を生かそうとする。
否、致命的な傷を負ってさえも、暫しの時間は生き延びる。
まだ彼の意識はあった。
意識らしい意識ではなく、ただ目の前の敵を倒せという本能であったが。
宝具を発動できるような知性は彼には無い。
操り人形には、ただ命じられたことを実行するのみ。――

英雄王に襲い掛かる。その身はまるで、針鼠のよう。
その体で、渾身の一撃を放つ。

 「ぐっ!?」

槍は、英雄王の脇腹を捕らえた。しかし、浅い。
死に至らすことは出来ぬ、掠り傷に等しい攻撃、しかし最後の一撃を加えた。
その表情が仄かに誇らしげに笑っているように思える。
誇り高き『アルスターの戦士』は日本の豪傑、弁慶と同じ仁王立ちの最後を迎えた。

   ◇

徐々に崩れる槍兵の体。
傍らには脇腹を押さえ、憤怒の表情で消え行く亡骸を見詰める英雄王の姿があった。

 「ちっ、我に傷を負わせるとは予想外だった。神父に治療を頼むしかなさそうだな」

槍兵を蹴り飛ばし、ギルガメッシュは境内に背を向け、石段を降りていった。
後には血の跡一つ残ってはいない、しかし、戦いの痕跡が残されていた。
そして、英雄王は気付いてはいなかった。槍兵が黒い影に飲み込まれていることに――


――Interlude out――


――Interlude 7-2――  柳洞寺にて


黒衣を羽織る、髑髏の仮面が唐突に寺に現れる。
その視線の先には、戦いが有ったであろう微かな痕跡。

 「門番の代わりが倒されたようだな」

その代わりの姿は既に無く、あの黒い影に戻ったのであろう。

 「さて、倒したのは如何なるサーヴァントか。マスター共々、探し出さねばな」

なにかを楽しむような口調で、アサシンは数刻前に戦場だった場所を眺めていた。


――Interlude out―― 士郎視点へ


いつの間にか、自分の部屋に戻っていた。布団の中で眠りかけている。
耳元で何かを囁かれるが、聞こえない。体の感覚が薄く、五感も正常ではない。
そんな状態で、頭の中では

――十年前の風景がいつまでも離れなかった。


to be Continued


副題の意味は『もう一つの闘い』です。(たぶん)

3: (2004/03/20 17:05:51)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 8話 ”survive.”


   ◇

体調は万全。昨日のアレが嘘のように感じるほど、体は軽かった。
桜は昨日、セイバーと喧嘩して顔をあわせ辛いそうだ。
俺とセイバーの朝飯を作って、一足先に学校に行ってしまった。
詳細をセイバーに聞くと、桜の勘違いに近いものらしい。
セイバーと桜は、二人とも互いを気遣って、気持ちのすれ違いがあったようだ。

朝のニュースで、三十名に及ぶ意識不明者が出たと報道していた。あの影の行為であろう。
セイバーと話し合い、巡回では影の探索をするという方針にすることにした。
しかしあの影は、倒せる倒せないの次元の話ではない。
”この世、全ての悪(アンリマユ)”と同等の呪いが歩き回っているのだ。
原因を調べなければ、どうにもならない。アーチャーが知っているようだったので、遠坂に協力を要請しよう。

   ◇

学校で、藤ねえが暫らく家に来れないことを聞く。日常の一コマが減ってしまい、空虚さを感じてしまう。
ついでに、藤ねえが俺になにか起こる、と不吉なことを言ってきた。

屋上、昼休みに遠坂と落ち合う。
影のことについて、排除するという意見は賛成された。
今後の予定も指定してくれて、とてもありがたい。
しかし、

 「わたしは臓硯を追うから」

これは気になる。
影を倒すならまわりを綺麗に片付けてからということらしい。
間桐邸に乗り込むとも言うが、危険である。無理せずに、と伝えておいた。
アーチャーに話を聞きたいというと、明日遠坂の家に来いと言われた。

   ◇

今日の巡回は柳洞寺に向かう。
屋敷でその事が決まると、セイバーが桜の話をしてきた。
曰く、桜は自責の念に囚われている、と。
薄々気付いていた事だったが、他の人に指摘されて直さない訳にはいかない。
今度、話をしてみようか?

   ◇

石段を登りきった。境内を抜け、寺の中を探る。本殿を最後に調べ、寺の裏側に向かおうと廊下に出る
その瞬間に、――嫌な予感がした。その予感から逃れるように転がる。
立ち上がると同時に先程まで自分のいた地点を見る。そこには投擲武器(ダーク)が刺さっていた。

 「シロウ!」

セイバーが叫び、俺はバックステップをしながら、投影した双剣で短剣を防ぐ。

 「アサシンか!!!」

――この攻撃方法から、言峰の言っていたアサシンだと推測する。アサシンは本当に佐々木小次郎ではないようだ

短剣が投擲されている方向を見ると、白い髑髏の仮面が浮いていた。
否、黒衣を羽織り、闇に同化して見えるだけだ。
臆す事無くセイバーが斬りかかる。
近づこうとするセイバーに、アサシンが短剣を投擲し後退する。
幾つかはセイバーを逸れて俺に向かってきた。

――アサシンは、サーヴァントではなくマスターを狙う暗殺を得意とする。

故にアサシン。殆どの攻撃は俺を狙ったモノだった。それが俺を狙うのは当然のこと。
しかし、アサシンの攻撃は俺を確実に仕留めようとするモノではない。
おかしい、そう疑問に思い始めると、アサシンは廊下を抜け何処かに消えた。

 「待て、アサシン!」

セイバーが追う。
しかし、嫌な予感がする。先程とは比べ物にならない悪寒。
このままセイバーを行かせれば、大変なことになる。そんな、確信めいた予感だった。
既に、廊下の端から端ほどの差がある。だが、今すぐ追えば間に合うだろう。
身体を強化する。脚に魔力を通し、疾走する。

   ◇

あと少し、角を曲がればセイバーが居る筈。
セイバーたちには及ばないが、人の普通を遥かに越えた速さで走る。
そこまで来て、目の端に小さな複数の影が見えた。
斬、斬、斬、斬、斬
複数のナニカは真っ二つに斬られ、無様な死体を曝した。
それは蟲。ふと周りを見ると、数え切れないほどの蟲に囲まれている。
蠢く蟲は、見たこともないような種類で、普通の虫よりも強い嫌悪感を覚えた。

――これが誰の仕業か、考えずとも答えはでた。

 「間桐臓硯、邪魔をするな!」
 「邪魔なのはおぬしのほうだ、衛宮の子倅。アサシンが用を終わらすまで、そこで大人しくするがよい」

壁のように細かく密集した蟲の中から、老人が哂いながら現れる。

――ただ何も言わず、その体を切り裂いた。

何故体が復元しているのか、そんなこと些細な問題だ。
臓硯は魔術師、欠けた部分を復元する術などもっていておかしくは無い。
それが大魔術と呼ばれるモノでも、五百年を生きた妖怪にはそれ以外の方法でも実行できるだろう。
斬るのに使った双剣が溶けた。これも些細な問題だ。
この身は幾らでも武器を投影できる。こんなものは痛手でもなんでもない。

首が転がる。それでも臓硯は喋り続ける。気にしない。
今は、セイバーの身に降りかかるだろうこの嫌な予感を消し去りたい。
新たに投影した双剣で壁(ムシ)の一部を斬り裂き、飛び込む。
受身を取り、立ち上がった。そこには、セイバーとアサシンが対峙していた。
しかし、おかしい、

――セイバーが、あの黒い影に囚われている。

 「セイバーーーー!!!」

突進する。まず目の前のアサシンに踊りかかった。

 「む、」

アサシンは一言呻き、闇の中に消えた。
追いはしない。一足飛びでセイバーの元に向かい、影の上に降り立つ。
そして、あの『呪い』に包まれた。

 「ぐ、う」

体が焼ける。熱いコールタールの中に落ちた感覚。
遠坂を庇って”影”の影に立った時とは、比べ物にならない程嫌な感覚。

 「シロウ――」

セイバーが影を振り払うためか、最大出力の魔力を放出して剣を構える。
それは、

ザクリ

 「キ、キキキキキキキーー!!!」

――俺の背後を狙った、呪いの手を切り落とした。

セイバーの体が影に倒れこむ。手を伸ばして、慌ててセイバーを受け止めた。
影が俺の体を侵食する。
苦しい、辛い、逃げたい、でもそんなことは出来ない。
これは英霊にとってよくないものだ。このままだと、セイバーは消える。
嫌だ、セイバーがこんなことで消えるなんて許さない、許される筈がない。

こんな事が前にもあった。”この世、全ての悪(アンリマユ)”に呑まれた時。
妖精郷の名を冠する聖剣の鞘。今にも消えそうな、腕の中の彼女の鞘。あの時はソレを投影した。
だが、あれからあの鞘の投影に成功したことは無い。成功するのは必ず、セイバーが窮地に陥ったときだった。
そう、今がその時。確信できる。今なら、あの鞘を投影できる。

投影を開始する。俺の半身は、すぐに手の中に現れた。

 「――”全て遠き理想郷(アヴァロン)”」

光の粒子が俺と、俺の抱えるセイバーを包む。
俺たちを中心に、黒い影は退いて行く。
セイバーを侵食していた影は、光に浄化され消え去った。

――しかし、セイバーの踝から下が黒い。殆どアレに侵されたからだろう、治療しない限り動けそうには無い。

 「遠坂の小娘には使い道があるが、おぬしはどうしようかのう、小僧?」

風に流されるように、しわがれた声が聞こえた。
周りを睨む、そこには影の姿は無く臓硯やアサシンの姿も無い。
ただ、始末しろとでも言われたかのように蟲だけが残っていた。
鞘の効果で蟲は俺たちに近づけない。
そこから先は、ただ蟲をいたぶるだけの戦いにもならないものだった。


to be Continued


副題の意味は『生存(生き残る)』です。(たぶん)

4: (2004/03/20 17:06:12)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 8.5話 ”The Wheel of Frotune”


   ◇


――Interlude 8-1――  遠坂視点


深夜、巡回の後に家に戻って寝ようとした矢先に来客があった。
わたしの家を訪問するような輩は、少なくともいない。
訂正、一人(二人?)いた。

玄関に行き、扉を開ける。一応、間違いだった時のために宝石を持っていった。
そこには予想通り、衛宮士郎とセイバーのサーヴァントがいた。
しかし、様子がおかしい。
居間に連れて行ってからの、わたしの第一声は

 「――何が、あったの?」

非常に不愉快な声となってしまった。

   ◇

衛宮くんは疲労困憊、セイバーは完全に衰弱しておりソファーに寝かせてある。
セイバーは衰弱しているが、呼吸は安定し、眠って疲労を回復させようとしているようにも見える。
話を聞いた限り、とんでもない目に遭ったようだった。

柳洞寺でアサシンと戦闘。
セイバーが孤立し衛宮くんが追うが臓硯による妨害。
どうやら、臓硯はアサシンのマスターになったらしい。
妨害を振り切り、セイバーの支援に駆けつけるが、そこにあの黒い影が居た。
セイバーが影に吸収されかけ、それを阻止する。
この部分はあやふやに誤魔化され、詳しいことを訊けなかった。
その後、残った蟲を始末する。
セイバーの状態は今よりも悪く、すぐにでも消えてしまいそうだったらしい。
そして衛宮くんは、セイバーに血を飲ませた。

――魔術師の血は精に次ぐ魔力の塊で、使い魔の類には簡易の応急処置にはなるだろう。

実際、少しは回復してはいる。しかし、

 「この足、踝から下は完全に汚染されているから、一日二日で治らないわよ。魔力を通せば消えるってわけでもなさそうだし」

直接影に触れていた足首から下は、治癒に大分時間がかかる。

 「それじゃあ、この屋敷で休ませてやってやれないか。遠坂邸は吸血鬼が寝床にしていた霊脈にあるんだろ?
 まわりのマナを吸収したりすれば、セイバーの回復も早まると思うんだが」
 「まあ、いいけど。セイバーはそれで納得するの?ここは一応、他のマスターの工房なんだし」
 「そうです、シロウ。私は平気ですから、あの家に戻りましょう」
 「セイバー!?お前、大丈夫なのか?」

いつの間にか、セイバーは身を起こして気だるそうに座っていた。

 「平気ですと言ったでしょう。私を心配することはありません」
 「そんな体でふざけたことを言うなよ」
 「こんな身でも盾となるぐらいのことはできます」
 「盾、か。君は誰かを助けるという事に自分を含めていない。それは致命的だ」
 「アサシンも同じ事を言っていました」
 「なら何故……」
 「私はサーヴァントです。主(マスター)を守るのは当然でしょう!!それに、その事は貴方にも言えることです。人のために後先考えずに行動するのは貴方でしょう」

沈黙。そして、

 「……そうだった、君はそんな風だったな。すっかり失念していたよ――本当に、頑固な奴だ」

衛宮くんはよく分からないこと言って微笑み、言った。

 「俺は、そんな体で盾になられるよりも万全の状態で剣になって欲しい。」
 「しかし、」
 「セイバー」
 「ですから、」
 「セイバー」
 「シロウ、――やはり、貴方は卑怯です」
 「分かってくれたか?」
 「ええ、そうですね」

優しく微笑みながら、セイバーに話しかける衛宮くん。セイバーは不機嫌そうにしている。
でも、そのセイバーが何故か嬉しそうに見えた。


――Interlude out――


――Interlude 8-2――  アーチャー視点


凛の屋敷を訪れた衛宮士郎――昔の私はセイバーを連れていた。
これは、並行世界のなかでも特に珍しいものだろう。
この頃の私はまだ未熟。先日、投影をして私に打ち勝ったのが気になるが…
しかし、あの影から逃れるのは、ほぼ不可能の筈だ。

この世界の衛宮士郎はナニカが違う。何より、知識。
契約の方法、血での魔力の補給、そして投影。
本来、まだ知らぬ筈のモノを知り、使いこなしている。

 <ふむ、一度問い詰めてみるか>

偶然にも、衛宮士郎が、聞きたいことがあると名指ししてきた。
丁度いいので、地下で話をすることにした。

   ◇

地下に着いてからのヤツの第一声は

 「今から話す事は、全て真実だ。だが、信じる信じないはおまえに任せよう」

だった。
その話を要約すると、

――衛宮士郎は、幾度も聖杯戦争を繰り返している。

 「なるほど。それならばおまえの知識量、小源(オド)の事も納得がいく」
 「原因は解るか?エミヤ」
 「アーチャーで良い。貴様の考察は、大体は合っている。しかし干渉しているのは聖杯ではない。願望機にすぎん聖杯に、消えた後で魂に干渉する程の力は無い。干渉しているのは大聖杯だ」
 「大聖杯が?しかし、アレは”孔”を開くだけだろう」
 「アレは”この世、全ての悪(アンリマユ)”に汚染されているだろう?」
 「それが何だって……ああ、そうか。つまり、アレの中のアンリマユが俺に興味を持った、と」
 「そうだな、自身の一部といえるモノを破壊されたのだ。恨み言でも言わんと気がすまんのだろう」
 「復讐者(アベンジャー)。第三魔法、不老不死の成功例。聖杯のなかで受肉しているアンリマユ――やはり、言峰の発動した聖杯に取り込まれかけたのが発端だろうか?そ…」

うむ、実際数年分は知識が増えているらしい。私に相当する程か。
ただ、人の話を聞かずに思考に耽るのは止めたほうが良い。

私の知りたいことは、今ので殆ど分かった。
喩えれば、衛宮士郎は大アルカナの『The Wheel of Frotune(運命の輪)』の逆位置だ。
逆位置の場合のキーワードは避けられない運命や暗転、停滞などのもの。
正に今のこの男の状態を表している。
そしてこのカードの象意はサイクルの終わりと始まり。
壊れた運命の輪は逆転し続けこの男を巻き込む。

――「運命の輪」が回転することによって、ひとつの物事の終わりと始まりを体験する、これは「偶然発生」すること。
人は誰も自分の「運命」を操作することなどできない。
私達がどこから来て、どこへ行くのか、どうしてここに居るのか…?
「神のみぞ知る」こととして称されるのにふさわしい私達の「運命」。
根拠なく降りかかり、そこに人の意志など介在する余地はない――

これに衛宮士郎は抗おうと言っている。面白い話だ。

 「お前は、運命の輪を元に戻せるのか?衛宮士郎」

   ◇

最後に私の聞きたいことは――ただ一つ

 「衛宮士郎」
 「何だ?」
 「私の最後はどうだったのだ?貴様が答えだしたと言った、私の最後は」
 「は?――ああ、アイツは笑っていたよ。遠坂に俺を任せて満足そうに。そうだな、まるで俺見たいな笑い方だった。」
 「……そうか」

私ではない私、唯一のチャンスを棒に振った、その私の答えを知ることが出来た。

――どうやら、そのオレは本当に満足できる答えに辿り着いたみたいだな

昔のような口調でその気持ちを噛み締める。
怒りか、憎しみか、羨みか、妬みか、疑問か、喜びか、諦めか、それらの渦巻く感情を――


――Interlude out――  士郎視点へ


家に着くと、時刻は午前二時前後。
玄関で桜に会った。どうやらずっと待っていたらしく、気にせず待つなと注意しておく。
セイバーの事を聞かれたが、知り合いの家に暫らく泊まる、と言って誤魔化した。
桜は思い詰めるタイプだから、もっと気楽にいけ、というのは一応伝えておいた。
布団に入り、眠りにつく。これから、どうなるのだろうか?


to be Continued


副題の意味は『運命の輪』です。(たぶん)

5: (2004/03/20 17:06:27)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 9話 ”Mourning .”


   ◇

目を覚ますと既に七時、完全に寝過ごした。
朝食の用意をしに居間に行き、桜と会う。そして、桜が倒れた。
その体はいつかのように熱く、病状がかなり重いであろうことが予想できた。
桜に学校を休ませる。自分の状態に気付かないほどヤバイらしい。
藤村組のヘルパーさんに桜のことを頼んで、学校に向かう。

   ◇

昼休み、いつものように屋上に行く。
遠坂が言うには、セイバーの足は徐々に治り始めているらしい。
しかし、

 「彼女、魔力がほぼ失われていて戦力としては期待できないわよ」

と言われた。
もとよりセイバーが影に取り込まれかけた時点で、そのことは承知している。
聖杯を破壊する際に宝具を使ってくれれば、それでいい。
別れ際に遠坂は、放課後に家を訪れるようにと念を押してきた。

   ◇

遠坂の家に着くと、まずはセイバーの様子を見に行った。
薄暗い地下に、一枚だけ絨毯がある。
もっと汚かった筈だが、お節介なアーチャーがセイバーのために掃除でもしておいたのだろう。
セイバーは絨毯の上に座っており、俺もその上に座り込んだ。
沈黙。気まずいものではなく、このままでいたくなるような空気。
そんななか、セイバーに一つだけ訊いてみた。

 「……なあ、セイバー」
 「何ですか、シロウ」

突然の質問にも動じずに、そのままの体勢のセイバー。

 「セイバーは聖杯を求めていたんだよな」
 「そうです。私はある目的のために聖杯を求めました」
 「……何のために、なんだ」

本当は解っている。セイバー――アルトリアは王として最後の務めを果そうとした。
それは過去の変更。自分が王に選ばれた事実を、間違いとして訂正しようとした。

 「私が生前に果たせなかった責任を果す為、その為に聖杯を欲している。しかし私はただ、やり直しがしたいだけなのかもしれません」
 「アーサー王としての最後の責務として、か?」

セイバーは驚愕の表情を浮かべ、忌々しげに俺を見据える。

 「――知っていたのですか」
 「一応は」
 「……黙っていても、意味はないようですね」

セイバーから語られたのは、他のセイバーに聞いたものと同じだった。
あの日。岩から剣を抜く人物、自分より王に相応しい人物は他にいて、
その人物ならば、平和な国を長く築けたのではないか、そんな、願い。
同じだ、彼女は間違いに気付いていない。

――俺は、それを正してやらなければならない。

 「セイバー、それは間違っている。

 死者は蘇らない。起きた事は戻せない。そんなおかしな望みは、間違いだ。
 過去をやり直せたとしても――それでも、起きたことを戻してはならないんだ。

 死者の為に流した涙、大切な人を失った痛み、その記憶も。
 そうなったら嘘になるから。

 安らかに死ねなかった人がいた。
 誰かを助ける為に代わりに命を落とした人がいた。
 彼らの死を悼み、長い日々を越えてきた人がいた。
 過去を変えてしまったら、一体彼らの思いは何処に行けばいい。

 死者は戻らない。傷跡は消えない。現実は覆らない。
 その痛みと重さを抱えて進む事が、失われたモノを残すという事ではないのか。

 ……人はいつか死ぬし、死はそれだけで悲しい。
 けれど、残るものは痛みだけの筈がない。
 死は悲しく、同時に、輝かしいまでの思い出をのこしていく。
 俺が生きるために見捨てた彼らの死に縛られているように。
 俺が、衛宮切嗣という人間の思い出に守られているように。
 だから思い出は礎となって、今を生きている人間を変えていくのだと信じている。

 ……たとえそれが。
 いつかは、忘れ去られる、忘れ去られてしまった記憶だとしても。

 ――その道が。今までの自分が、間違ってなかったって信じている」

言い切った。前に、教会の地下で死に掛けたまま彼らの前で思った事。
途中から、それは彼女にではなく自分自身に向けた言葉となっていた。

 「……シロウ」

目尻を拭われる。いつの間にか、俺の目から涙が溢れていた。

 「私はシロウと契約していた短い間に、貴方の過去を夢として垣間見ていました。あれは、――酷かった。
 ……シロウの気持ちは解ります。私も、多くの人を見殺しにしました。国の為という大義名分を掲げ、死に行く者たちを見捨てました。
 私も、あなたと同じです。

 ――シロウ、そこまで自分を傷つけなくともよいのです」

ゆっくりと抱きしめられる。嗚咽を殺して、子供のように俺は泣いていた。

   ◇

セイバーの前で泣くなんて、格好悪いことをしてしまった。情けない。
落ち着いてから、地下室を出る。
そして、一度だけ後ろを向いてセイバーに言った。

 「――セイバー。俺の話を聞いて、考えは変わったりしたのか?」
 「いえ、まだ私には決断することが出来ません」

まだそんな事を言うセイバーに激情を抑え、しかし、もう一度問おうとしたとき

 「ですから、これから私に間違いを教えてください。シロウ」

ニッコリと微笑まれて、思わず顔を赤らめてしまった。
その笑顔は、アルトリアと別れを告げた時のような、そんな笑顔だった――

   ◇

ここは自宅、つまり俺の家の筈だが、

 「……荒らされている」

正確には侵入した形跡がある。
桜の姿は無く、家政婦さんは帰ってしまったようだ。
迂闊だった。何が桜を守る、だ。
これを恐れて、俺は桜を預かったのに結果はこれだ。ふざけるな。
誰の仕業かは考えれば分かる。マキリ、間桐臓硯か慎二の二人だ。
可能性は半々、しかしこのどちらかだ。
なにか残されていないか確認する、そして電話が鳴った。
電話の主は慎二。この状況でこのタイミング、慎二が犯人と見て間違いは無い。
関係の無い話はせずに要件を聞き出す。

 『――場所は学校だ。いいか、くれぐれも一人で来いよ。ここにはライダーが結界を張ってるからね。セイバーを連れてくればすぐに判る。
 そうなった時――こいつがどうなるか、ちょっと保証はできないな』

慎二と戦うことになった。セイバーは居ないが何故か家にまで着いてきた遠坂が居る。
どうにかなるだろう。奪われたから奪い返す、それだけの話だ。

   ◇

遠坂が校門まで着いて来る。
フォローを任せると、桜を守ってやるという条件で引き受けてくれた。
当たり前だ、俺は初めからそのつもりでいるのだから。

六時前、生徒はおろか教師さえ残っていない校内。
慎二の性格から考えると、高いところにあり、かつ馴染んだ場所にいると予想する。
ならば該当するのは三階の教室。
遠坂は十分後に入るので、それまで注意を引き付けておいてくれ、だそうだ。
頷いて、走り出す。

――撃鉄を落とす。それで、二十七の魔術回路は全て開ききった。

しかし、”投影”はしない。
下手に慎二の気に触るような事をすれば桜が危ないだろう。
故に使うのは”強化”のみ。
頼りないがそれしか方法はないのだから。
そして三階で、ライダーと桜の首筋にナイフを押し付ける慎二に遭遇する。
ライダーと戦闘を開始した。


to be Continued


副題の意味は『追悼』です。(たぶん)

6: (2004/03/20 17:06:46)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 9.5話 ”Oblivion.”


   ◇

頭の中がグルグルと回転している気がする。短い間に色々なことがありすぎているからだ。
今は、教会の長椅子に座っている。

――桜がライダーのマスターで、ライダーはメデューサで、慎二はライダーのマスターではなく、……

 「ああ、もう何だってんだ!!」

知らない知識が大量に手に入るのはいいが、混乱して苛立つ。
遠坂はそんな俺の様子を見て、元気そうだと満足げだ。
桜の魔術だったらしい一撃を喰らい、俺の魔力を根こそぎ奪われてぶっ倒れたので、ここまで連れてこられたのだ。
桜は今治療中、教会の奥に居る。
遠坂の説明によると、二人は姉妹らしい。驚きの新事実。

桜の治療が終わり、言峰が現れる。桜は未だに危険な状態らしかった。
この後も刻印虫なるモノを摘出すると、奥に戻ってしまった。
邪魔だ、と追い払われ、公園で今後の事を考える。

――エミヤは多くの命を救うために少ない命を見捨てた。この状況は正にそれ。
桜の命と多くの命、正義の味方を目指すころならば、確実に桜を見捨てている。
今は、違う。それではエミヤのようになるだけ。世界に絶望するだけと知っている。
エミヤの道が間違っていたとは言わない。俺が中途半端なだけだ――

今の俺は中途半端で、『誰かの』正義の味方か『大切な人の』正義の味方、その中間にいる。
決心をする、今が決断のときなのだろう。答えは解っている。
国の為に戦い、大勢の為に傷ついたアルトリア。
彼女も、最後は俺一人の為に戦ってくれた。
俺は彼女と同じ選択をする。

――俺は、『大切な人の』正義の味方になることを誓う。

   ◇

遠坂は暴走しない内に桜を殺すという。
俺はそれを止める。なにより、実の妹を自身の手で殺めさせるなんてこと、させない。
殺す、殺さないという物騒な会話が聞こえたのだろう、桜は逃げ出してしまい見失った。

橋の下の公園で桜を見つける。
雨の中、自身の過去を曝け出す桜。
その姿は、罪悪感や嫌悪感そして後悔に、今にも押し潰されてしまいそうな程弱々しかった。
優しく抱き、桜を許す。誰が桜を責めようと、俺は許し続ける。
誰かのためにではなく、大切な人のための正義の味方なのだから――

家に帰ると遠坂に待ち伏せされていた。
しかし、桜が戦うと宣言して遠坂は今の状況を不利に思ったのか帰ってしまった。
俺との協力関係は破棄らしい、セイバーのことを忘れていると思う。
遠坂が気付くのは何時の事になるのだろうか?


――Interlude 9-1―― 遠坂視点


居間で紅茶を飲んでいる。
アーチャーの淹れたお茶は、相変わらず美味しい。
頼みもしないのに茶坊主のようなことをしているのは気に食わないが、まあいいだろう。
しかし、先程から(何故か実体化して)目の前を歩き回っているコイツはどうにかならないものか。

 「アーチャー、目障り」
 「その辺でウロウロしてろと言ったのは君ではないか、凛」

そうだ。思い出した。
折角これからの事を思案していたというのに、邪魔するからそんな命令したんだっけ。

――桜が死ななかったのは姉として嬉しい。けれど、魔術師としては嬉しくはない。

それでどうしようどうしよう、と悩んでいたのだ。

 「私は折角、不肖のマスターに教えねばならぬ事があるので呼んでいたのだがな」
 「ふっ、不肖ってねえ」

私はそんなに愚かではないと思う。……多分(汗)

 「教えないといけない事って、何?」
 「それでは改めて言おう、凛」

アーチャーは眉を引き締め、真面目な顔になってこちらの顔を覗き込んでくる。
突然のことに、少し照れた。

 「な、何?アーチャー」
 「――君はセイバーのことを忘れてはいないか?」
 「あ」


――Interlude out――


to be Continued


副題の意味は『忘却』です。(たぶん)

7: (2004/03/20 17:07:04)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 10話 ”Connect the Left Arm.”


   ◇

朝、目を覚ますと体が異様にだるかった。
何故こんなに疲れているのか回想し、昨日の夜を思い出す。

 「…………!!」

眠気が吹き飛び、顔が真っ赤になるのが分かった。
咄嗟に横を見るが誰も居ない。既に桜は起きているようだ。

――昨日の夜は桜と肌を重ねた。

つまり、おしべとめしべ云々をしたのだ。
顔が真っ赤を通り越し、どす黒くなってる気がする。
そういえば、桜の姿が見当たらない。
服を着て、居間に向かう。
多分、朝食を作っている最中なのだろう。

   ◇

朝の食卓にライダーが居た。しかし、食卓に居るのに飯を食わないのはいけないと思う。
食後に今後の方針として、他のマスターと協力することを桜に言う。
まずはイリヤに会う。協力は出来ずとも忠告ぐらいは出来るだろう。
善は急げと桜に見送られて衛宮邸を後にする。
その際に、ライダーに「シロウ」と呼ばれてセイバーの呼び方と被るから訂正させた。

……なんでそんなことをしたんだろうか?

まあ、ライダーは私生活では案外ドジっ子だと解った一時でした。

   ◇

郊外の森を歩く。以前に見た詳しい道順と、自身の記憶を頼りに城に向かう。
森がおかしい。樹液の匂いがキツイ。余りに普段の森と違う。
鳥はざわめき何かに怯えるよう。木々は揺れ、何者かの侵入を拒否しているよう。
不信に思いながら、奥へ奥へ進んでいく。
奥に進むごとに違和感は大きくなり、体はナニカの重圧に責められる。
そんななかで、遠坂と出会った。
二人して敵と勘違いして、武器を構えながらの対立。遠くでピヨピヨと鳥が鳴いていた。

遠坂は俺と目的は同じで、イリヤに忠告に来たらしい。
臓硯を甘く見てると痛い目に遭うとか何とか。
色々と話してくれる姿は、協力しているときとなんら変わりなく。
まだ自分が遠坂と協力しているような気にさせた。
その空気に呑まれたのだろう、聞かなくてもいいことを訊いてしまった。

 「遠坂、セイバーの調子はどうだ?」
 「ああ、回復は順調よ。見捨てようかとか、倒してしまおうとか考えたけど、何かの役に立つかな〜と思って」

助かった。もし倒したとか言われたらどうしようかと、考えてしまった。
暫しの間、呑気な雰囲気がこの辺りを包んでいた。
そして――爆音を聞く。

 「……」

急に険しい顔になる遠坂。俺も同じだろう、これは余りに場違いな音だ。
ここはアインツベルンの森。イリヤには、この森に侵入した侵入者の存在を知ることが出来る。
恐らく、その侵入者を排除しようとしているのだろう。
しかしこれは、

 「――バーサーカー。どうやら一歩遅かったようね、わたしたち」

バーサーカーが戦闘をしている。それはそれだけ敵が強いということなのだろう。
遠坂と目を合わせる。窮地に陥った俺たちは、即席のアイ・コンタクトで意思疎通をしていた。
アーチャーを先行させて駆け出す。アーチャーは道を切り開くように疾走する。
まず、見えたのは巨体だった。暴れまわるその巨体には黒い蔦が巻きついている。
もう一体は黒衣を纏う髑髏の仮面、アサシンの姿。
そして、あの黒い影。黒い影は巨体の動きを封じ、攻撃する。

 「######!!」

バーサーカーが叫ぶ、暴風の如き一撃が地面を砕く。
しかし、動くたびに底なしの沼に沈んでいく。
抜け出そうと剣を振るうが、その体を触手のようなナニカが刺し貫く。
易々と突き刺さった触手は、皮膚の内側からも侵食して巨体を取り込もうとする。
その黒い影を見て何故か、

――何か、よく知っているモノに見えた、気がする。

バーサーカーは既に体の末端を侵食されて、剣も掴んでいられない。

 「######!!」

それでも、自らの主を守ろうと奮闘する。
そして、一際巨大な触手がその身を貫こうとし、

 「やだ――止めて、バーサーカー……!」

巨体の主が駆けた。
影など見えていないかのように、一心不乱にバーサーカーへと走り出す。
それを止めて地面を転がる。
バーサーカーは黒い影に、一飲みに飲み込まれた。

   ◇

今は森の中を逃走中である。追うはあの呪いの塊と、そしてアサシン。
どちらもイリヤを狙っている。
アサシンは主の命で、影は食料のように取り込むため。
どちらにも渡せない。イリヤを抱え、遠坂に合わせて走る。
強化によって、身体能力は向上しておりまだ速度は上げられる。だがアサシンは既に肉薄している。
耳元で死ね、と言う声が聞こえて迫り来る一撃を避けようと加速する。
キン、と甲高い音が鳴る。後ろを振り向くと、アサシンとアーチャーが対峙していた。
アーチャーが足止めをする。勝機はアーチャーにあるようで、アサシンは逃走した。
遠坂が足を止め、アーチャーを賞賛する。しかし、

――その背中にあの影が迫っていた。

 「――――凛!」

アーチャーが遠坂を突き飛ばし、影から伸びた触手に串刺しにされる。
口から、量は少ないが血を吐き出す。
アーチャーはもう終わりだ。
まだ息はあるし、出血も少ない。しかし、アレはサーヴァントを殺すモノ…アーチャーは終わっていた。

――影が脈動する。

森が、周囲の全てが魔力を吸われ死んでいく。
それは水風船。限界まで注がれているのにまだ水を注ぐ。
風船は破裂し、その中身をぶちまけて――

 「遠坂。逃げろ、巻き込まれる!」

その叫びに答えるように、アーチャーが触手を引き抜き駆け出す。
俺は力ずくでイリヤを倒し、隠すようにして覆い被さる。瞬間、

――視覚と知覚が、黒一色に染め上げられた。

左腕の感覚が無くなる。
まるで溶かされたように、否、本当に左腕が溶解した。

視覚が戻る。影は、力を使い果たし跡形もなく溶けていった。
イリヤは無事。アーチャーは今にも消えてしまいそうなほど、弱っている。
その傍らに、居ないはずのライダーも見える。頭がおかしくなったのだろうか?

 「――ここまでか。達者でな、遠坂」

アーチャーは俺みたいな声で、別離を告げる。まだ、続きがあるようだ。

 「衛宮士郎、貴様に一つ置き土産を残してやろう。たいした物ではないが、これで私の代わりに凛を守ってやってくれ」

耳がおかしい。

 「あと――、私の――を――おまえに残―て―――。条件――でな。それは」

途切れ途切れにしか聞こえない。
耳の中でまるで局地的に嵐が起こっているような音が聞こえる。
五月蝿い。アイツの声が聞こえない。
あれはきっと大切なことだ。黙れ。
ちゃんと聞かないと、後で後悔することになる。

――だから、黙れって言ってるだろう!!!

頭の中で、そう叫ぶと今度は静寂が訪れてはっきりとアイツの声が聞こえた。

 「――おまえが、自分自身のために生きることを望んだ時だ」

そこでブツンと、ブレーカーが落ちるように唐突に意識が途絶えた。

   ◇

――熱い

肩を中心に、体の内側から焼かれている。
炎を無理やり無くなった左腕に突っ込まれている。
焼かれ、炙られ、腕はボロボロ。
もう黒焦げになるまで焼かれた腕は、炭を通り越して灰になっている。

――熱い

遺伝子を書き直す痛みに、気が狂いそうになる。
徐々に広がる熱は、確実に体全体を焼き尽くそうとしている。
本来、繋げてはならないモノを繋げたせいだ。

――熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い………!

ナニカが入り込んでくる。それはヤツの戦闘経験であり、戦闘情報でもある。
既に知っている知識は破棄され、新たな技術がほんの一握り取り込まれる。
鍛冶、剣製を生業とする英霊。それは複製ではなく投影。
術者の創造理念(イメージ)が真作を再現する特殊な魔術。
使いこなせと、体を焼く炎が言う。

――理解し、調査し、鑑定し、共感し、同調し……全てを―――

そこで、目が覚めた…


to be Continued



副題の意味は『繋がれた左腕』です。(たぶん)

8: (2004/03/20 17:07:17)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 10.5話 ”A Questionnaire.”


   ◇

今は、イリヤと遠坂と俺で遠坂邸に向かってる。
教会で目が覚めた俺は、言峰にアーチャーの左腕を移植したことを告げられた。
今の左腕は魔力殺し(マルティーン)の聖骸布で覆われている。

――アーチャーの魔術回路が発動すれば、精神ではなく肉体が崩壊する。それは、一度使えば、止められない時限爆弾のスイッチを入れるようなモノ。

左腕は動かない。まだ繋がっただけで、馴染むのは数日掛かるようだ、それでも驚異的らしいが。

その後にイリヤを誰が預かるかという話になり、俺に決定したようだ。
遠坂の俺の呼び方が、衛宮くんから士郎になったことが気になるといったら気になる。

   ◇

交差点で、セイバーの事を思い出して遠坂の家に行く。
あれから大分経っているので、セイバーが現界しているのか心配だ。
イリヤと遠坂も遠坂邸に用があるらしく、三人並んで向かっているという訳だった。


――Interlude 10-1――  セイバー視点

 「――!」

遠坂邸の地下で体を休めているとき、それは突然起こった。

――シロウとの繋がりがなくなる。

彼と繋がっているという、感覚が途絶える。
それは、令呪が破棄されたか、彼が死んだということ。
彼は令呪の破棄などしないだろう。という事は、

 「……シロウ」

彼の無事を祈る。何かがあったのだろう。
凛たちも巻き込まれてはいないだろうか。
否、彼女と彼は協力関係にある、巻き込まれていないはずは無い。(←セイバーは二人の協力関係が破棄されたことを知りません)
しかし、私を呼ばない位、いや呼べないような何かがあったのだろうか…

 「……シロウ」

名を呼ぶ。それをすることで、彼の無事が分かるような気がしたから。
マスターの居なくなったサーヴァントは、消える運命にある。
早くマスターを探さねばならないが、まだ動ける状態ではない。
辺りに満ちた魔力を吸い上げ、少しでも長く現界しようと試みる。

――シロウと凛が無事であることを祈ります。

   ◇

それから数時間。屋敷に三つの気配が帰ってきた。
全員無事だったのだろう。ほっ、と息を吐く。
私が現界しているのにも、もう限界だったからだ。
地下に降りてくる足音がして、三人と目が合った。


――Interlude out―― 士郎視点へ


遠坂邸の地下に居るセイバーに会いに行くと、目が合った途端にと嬉しそうな声で出迎えられた。
なのだが、イリヤの姿を見ると敵対心を露わにされた。殺気を混ぜるのは止めて欲しい。
まずは、セイバーに言わなければならないことがあった。

 「セイバー、俺は令呪が無くなってマスターではなくなった。
 俺にセイバーを現界させることは不可能になったんだ。それでだが…遠坂と契約してやってくれないか?」

セイバーに契約させる。もうすぐセイバーは消えてしまうだろう。
それを防ぐためにも、早めに魔力の供給をしなければならない。

 「マスターとしての資格が残っているのは、遠坂とイリヤだけだ。セイバーはイリヤよりも遠坂の方が仲が良さそうだし」

これは嘘。本当は、イリヤをこの戦いにこれ以上巻き込みたくないからだ。
セイバーは渋々ながらその意見に賛同してくれ、遠坂は喜んで引き受けた。


用がなくなってから、家に帰る。色々とすることがあるらしく、二人はまだ残っていた。
セイバーは明日、調子が良くなってから来るそうだ。

   ◇

家では桜に激怒された。
下手に嘘を吐き、それがばれて逆鱗に触れたのだ。
ここまで怒った桜を、俺は見たことは無い。
反省する。大人しい桜にそこまでさせたのは、俺のせいだ。
ただ格好悪いところを見せたくなくて強がっただけだった。
単に、見栄を張っていただけなんだ。

桜との会話の途中で遠坂たちがやって来た。セイバーは居ないけれど。
大きなボストンバッグを持って来いる…ああ、今日からココに止まると言っていたな。
桜は遠坂を警戒する。
そういえば、桜にまだ何の説明もしてないや、俺。

一悶着あって、遠坂は桜と同じ離れの客間、イリヤは和室で泊まることになった。
遠坂とイリヤの仲は良く、愛称で呼び合うほどだった。
あかいあくまと悪魔っ子で、どちらも悪魔だからか。
その代わりなのか、イリヤは桜を嫌っている節があるようだ。桜もイリヤには冷たい目つきをしているし。
アインツベルンとマキリという関係からだろう。イリヤにとって遠坂も桜も格下扱いなのだろう。
一つ屋根の下に住むというのにこんな関係で、大丈夫なのか?。

   ◇

夜、目が覚めた。体が熱い、今夜は熱帯夜だったのだろうか?
ヤバイ位に汗が吹き出ており、寝巻きは水で濡らしたように水浸しだった。
無意識に左腕に手が伸びる。手は聖骸布の結び目を掴み、今にも解こうとしていた。
慌てて、きつく結び直した。
頭を冷やすために、廊下を抜けて庭にでる。
空を仰ぐ。星が瞬き、月が見える。
まだ寒い季節の冷たい風は、頭を冷やすのに丁度良かった。
聖骸布が巻かれた左腕を掴む。

――英霊の肉体を人に繋ぐ。それは、相容れぬモノ同士を無理矢理組み合わせるのと同意。

人の体は英霊の肉体に蝕まれ、徐々に壊れていく。
魔術回路をではない、肉体そのものを侵食されていく。
強力な投影は制限され、使用回数も限られる。これは、本当に最後の切り札となるのだ。

何を、思い悩んでいるのか。
部屋に戻ろうと振り返ると、そこにライダーが立っていた。
こんな時間に庭に居たのを不信に思い、様子を見に来たらしい。
用が無いのも何なので、簡単な質問をしてみた。

 『令呪の縛りが消えたら、桜を殺すのか?』

と、ライダーは桜の事を好きだと言い、殺したくないと言った。
そして、今度は俺がライダーに質問される。

 『桜が何に耐えてきたか解りますか?』

と、解る筈は無い。容易く”解る”と言えるものではないと答える。
その回答に満足したのか、最後にこういった。

 「………貴方はサクラの味方ですか、士郎。この先に、たとえ何があったとしても」

そして、覚悟を決めておけと言って、闇に溶けるようにライダーは立ち去った。
答えることはできなかった、それは気付いてしまったから。

――桜を幸福にするという願いは、どうあっても叶えられない幻想だということに――


to be Continued




副題の意味は『質問者』です。(たぶん)

9: (2004/03/20 17:07:33)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 11話 ”Masochistic.”


   ◇

――目を潰す光。

強い向かい風が吹き、その先に”入り口”が見える。
光はまともに視覚することができず、知覚することも出来ない。
風に晒され、体が徐々に錆びていく。
一秒に満たぬ無限、永遠に近い瞬間。
時間が無く、時間など存在しない。時間の無い時間は、年を秒に変えていた。
錆ている体は、ぼろぼろと崩れていく。

――前へ、そう”入り口”へ行かなければ。

何故そう思ったのか、実体を感じない体で歩む。
人を拒むこの世界に、俺は存在してはならない。
光は”入り口”であり”出口”だ。
ココから出たい一心で、駆け出す。

――早く、早く、速く、速く、疾く、はやく、ハヤク、ハヤク、ハヤク、ハヤク

後一歩、ソレを掴もうと手を伸ばし――

   ◇

 「――シロウ」
 「え?」

目が覚めた。目の前にはイリヤが居た。
説明を聞くと、俺は魘されて聖骸布を剥ぎ取ろうとしていたらしい。
危なかった。もしイリヤが来なかったら、布を剥ぎ取っていただろう。
イリヤに礼を言って、朝飯を作ろうとする。そして、忠告された。

 「あなたとアーチャーの魔術の程度は同じだけど、その布だけは取ってはだめよ。そしたら、シロウは自分の心に呑み込まれてしまうから」

…良くは解らない忠告だったが、一応は心に留めておこう。

イリヤは桜を嫌っているわけではなく、俺に合わないから認めていないだけだそうだ。
まあ、嫌いなわけでないならそれでいいと思う。

   ◇

朝、朝食中のニュースで不可解な事件が報道されていた。
公園で四人の死体の一部、一人分の血痕が発見されたらしい。
遠坂の指摘で、画面の端の草が黒く変色しているのを確認する。
これはあの影が出て来た時と同じ。ならば、これはあの影が起こした事件と考えたほうがよさそうだ。
しかし、疑問点は二つ。
人から魔力を吸い上げるだけだったのが、いきなり人を捕食するようになった。
血の跡や肉片など、臓硯はこんな証拠を残すようなことはしない。
これはどう考えても異常だろう。遠坂に訊いてみる。

――前者は、敵が居なくなったから。後者は、臓硯の意思ではなく影の単独行動。つまり予期せぬ事故だった。

そう答えが返ってきた。

朝食後、遠坂に道場に呼び出された。
そこでまずは今後の方針を決める。否、再確認する。

――桜とイリヤは家に篭り、俺と遠坂は臓硯を倒す。

一応はこれで決まったのだが、桜の猛烈な反対があったので、どうにか説得して丸め込む。
その後に、道場で何をするのか訊いてみる。
どうやら、魔術刻印から魔よけの刻印を少し俺に移植するらしい。
魔術回路はアーチャーより俺のほうが上なので、侵食される恐れは無いだろうとの事。単に、影の対策用のようだ。
しかし、一応は英霊の腕である。解放したらどうなるか判らないので、聖骸布は外さないようにと念を押された。

   ◇

時刻は午前十一時半。
台所では、桜と遠坂が昼食の準備をしている。

――遠坂と桜は姉妹として上手くいきそうな感じなのだが、後一歩を踏み出せずにいる。

手助けでもしてやろうと考えて一つの策を投じ、こんな状況になっていた。
俺はセイバーを迎えに遠坂邸に行って来ていたのだ。
それで、いつの間にかこんな事に。……なんでさ。
どうしようか、と頭を悩ませていると疲れた顔のセイバーが居間にやって来た。
声をかけるが弱々しく返事が返ってくるだけ。
おかしいと思うと同時に結論が出た。

 「セイバー」
 「…何ですか、シロウ」
 「もしかして、腹が減っているのか?」

セイバーに正面から、つまり、目が合った状態で訊く。
途端に、セイバーは頬が真っ赤になって弁解をしてきた。
両手は前に突き出され、首は凄い勢いで横に振られている。
あ、そのままだと

 「シロウ、少し目が回りました。気分が、優れません」

壁に手を着いて、フラフラしながら言う。
やはり、気持ち悪くなったか。
頭はあまり振らないほうが身のためだぞ。

一段落着いたところで、桜たちにもう一つの策を決行する。

   ◇

桜に遠坂を「姉さん」と呼ばせる作戦は、大成功を収めた。
……ある意味で言えば失敗だが。
二人の仲は目に見えて良くなった。
しかし、その後の調理が大惨事になり、料理は殆どが人として食べられる限界であった。
そのため、餓えていた獅子の怒りが俺に向かって来たのだ。
道場でボコボコにされた訳ではないが、

 「夕餉に期待します」

と、裏に負の感情が溜まりに溜まった言葉を言われ、精神的にキツイです。
片腕の俺にまともな料理は作れないのにな。

   ◇

夕食、一同が居間に来る頃には料理の準備は出来ている。
セイバーは大分満足したらしい。昼のことは免除してあげましょう、と申してくれました。
寛大な心をお持ちで助かります。
しかし、そんなセイバーが褒めてくれた料理を、桜は不思議そうに首を傾げていた。
曰く、味付けが変。
しかし、他の全員が絶賛しているのだ。おかしいわけがない。
桜は、味付けの薄いところを食べたと言っておかわりを三杯もしていた。ちなみにセイバーも同じく。
我が家のエンゲル係数は、右肩上がりに急上昇していくだろうな。シクシク(涙)

   ◇

セイバーの足の呪いは動ける程度になっただけで、戦闘が出来るほど治っていないそうだ。
巡回はセイバーも居たほうが心強かったが、遠坂も妥協して完全回復まで待つことになった。

二人のみでの巡回で、中央公園に行く。
事件の現場を検証して解ったのは、あの黒い影とは少し違うらしい、ということだけだった。
辺りの魔力を軒並み飲み込んでいたあの影と違い、ここ一帯の魔力は枯渇していなかったからだ。
ここで得られた情報はそれだけで、もう家に戻ることにした。

橋を渡る途中、遠坂に桜のことを訊いた。
そして、初めて知る事実を知る。

――俺の前でしか桜は笑わない。

俺だけに笑ってくれるという事実は嬉しいはずだ。
しかし俺にはそれが、ひどく危うい事実を含んでいるように思えた。

   ◇

深夜、自室で聖骸布に手をかける。
この腕が、俺に使いこなせる物なのか、耐えられるものなのかを確認するために。
始めに感じたのは痛みだった。

――これまでに体験した痛みの何倍、否、比べ物にならない痛みが感覚を支配する。

まず左腕が死んだ。そこから最も近い臓器、血液、細胞が破壊されていく。
破壊された分子単位の細胞は、全く別のものに作り変えられる。
作り変えられるよりも、皮膚の下から生えてくるという感覚。

――何が?なにが、なにガなニガナニガナニガナニガナニガナニガ

左腕から生えてくるものが何かを調べる。しかし、それは錯覚。
腕には何も生えてはいない。その後には一つの思考しか頭に残っていなかった。

――早く布を縛らないと

きつく、もう解けないように聖骸布を縛る。
これを解放するのは、命懸けだ。解放すれば、体を何かに蝕まれて侵食されていく。
ガタガタと震えながら、左腕を抱いて気を落ち着かせた。
大きく息を吐いて、眠りに着こうと布団に潜り込んだ。


to be Continued



副題の意味は『自虐的な』です。(たぶん)

10: (2004/03/20 17:07:48)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 12話 ”Noise and Silent.”


   ◇

夢を見る。いや、夢なのか解らない。
視えるのは一つのシルエット。
フィルター越しに見ているかのように、全体がぼやけている。
しかし、これがアイツの腕から流れてくる何らかの情報だと、頭の隅で理解していた。
それは棒状の何か。強力な力、善でもあり悪でもある力を持った何かだった。
それを解析しようとする。
途端に体が拒否反応を起こした。
頭からではなく、体のどこかにあるもう一つの脳が拒否をした感じだ。
その何かは水面に波紋が起こったように歪み消えてしまった。
同時に、俺の意識も覚醒していく――

   ◇

…不思議な夢?だった。
あと少しで掴めそうなほど近いのに、触れようとすると遥か彼方に逃げていく。
あれは何だったのだろう。

左腕の調子を確認する。いい感じだ。
時計を見ると時刻は午前八時……寝過ごした。
だらだらと着替え、だらだらと布団をしまう。体がだるい。疲労が溜まっているのかも、なんでさ。
朝食を食べ、居間でだらだらする。
桜が昨日のことで照れていて、俺も話しかけにくかった。昨日のことというのは、やはり年齢指定のことである。

 「……だるい」

だらけ過ぎるのもなんなので、道場に行こうとする。
すると、遠坂に呼び止められてテレビを見るように促された。

――昨夜未明に起きた、新都での昏睡事件。一夜にして意識を失った住人たち。
 被害範囲、実に直径五十メートル。そして、行方不明者の表記。

明らかに異常。今までと比にならない程の被害だ。
行方不明者は既に死んでいると見て間違いなさそうだ。
それを見たせいか、いつの間にか体の不調が治っていた。
遠坂は、苦々しい顔をして画面を睨んでいた。

   ◇

『投影(グラデーション・エア)』
アーチャーの宝具であり、武器を複製する魔術。
そして、今の俺が使える唯一の戦闘で有効な魔術だ。

あの影を倒すには、セイバーの宝具で仕留めるのがいいだろう。
しかし、あの状態ではセイバーにまともな戦いは無理。
後は俺が投影するしかないのだが、強力な投影は左腕に影響を与える。
聖骸布を解かなくとも、左腕が侵食されてしまうのだ。
あの夫婦剣程度でもアウト。出来るのは、竹刀や木刀といった役に立たないもの位だ。

――材料を用意し、それを武器に投影する。

他の魔術師ならば、こちらのほうが効率がいいだろう。
しかし、衛宮士郎の投影は他の投影とは違う。
遠坂はそれに気付いていない。イリヤは薄々感づいているようだが。
遠坂は材料を集め、俺の負担を減らそうとする。
俺は一からしか創れない。材料があろうが、それを武器に投影することは不可能。
しかし、その間違いをあえて俺は指摘しなかった。
無駄骨になるだろう。しかし、遠坂に教える気にはなれなかった。

    ◇

特訓もなく、やることもない。
俺は投影の仕方を知っているので、アーチャーの腕を使うのに慣れる必要は無いようだ。
遠坂とイリヤは部屋に篭って、俺に投影させる物の解読をしている。
桜と俺とセイバーの三人、居間でのんびりしていた。
ライダーは居ない。何処かで見張りでもしてくれているのだろう。感謝、感謝。
セイバーと桜が机の傍で寝ている。
……悪戯しちまえ♪

 「うりゃ」

何故かその辺に有った羽箒を構える。
羽箒で擽(くすぐ)ると凄いのだよ。本当。

こちょこちょ

まずは桜の首筋にそって小刻みに動かす。

 「ひゃ」

小さく声を出すが、まだ起きない。
徐々に場所をずらしながら、もっと擽る。

こちょこちょこちょこちょ

 「む、……あ、ひゃい、……きゃ」

こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ

 「……あ、うん、あ、……あん、きゃ、……ひゃぁ、ああ」

…色っぽい声になってきた(汗)
何かヤバめなのでセイバーに移行。
少し擽り方を変える。

コチョコチョ

 「ん、――――」

あっ、耐えてる。生意気な(ニヤリ)

コチョコチョコチョコチョ

 「――あ、―ん、――――ひぃ、――」

コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ

 「ひゃあ、―ん、――あ、あひぃ、ふ――ああ―」
 「やめんか、このボケーーー!!!」

セイバーの声がヤバめになってきた時に、謎の声が聞こえてそちらに振り向くと同時に、

ドゴス!!

顔に低空ドロップキックがめり込んだ。

   ◇

芸術的なドロップキックは、どうやら遠坂がやったらしい。
俺がセイバーにいけないことをしているように見えたらしく(実際そうだが)それを全力で止めたらしい。
全力があのドロップですか、鼻が曲がったかと思いましたよ、遠坂さん。
それと、ミニスカートのドロップキックは控えましょう。中身が見えるから。
ちなみに、俺には見えませんでした。色々と不思議だよね、遠坂のミニスカート。

セイバーと桜、ついでに遠坂とイリヤの四人に拷問紛いのことをされました…まだ婿には行けるっす。

昼食後も、そんな感じで俺がボロボロにされました。

   ◇

夕食を食べ終わった。誰も喋らず、沈黙が続く。その理由は、桜だろう。
料理の味はチグハグ、箸もまともに使えない。遂に限界が近くなって来たのだろう。
あと、あと少しなんだ。あと少しで桜を救えるのに!
今の俺たちでは臓硯を倒せない。力が、足りない。
左腕は必要も無いリミッター、限界でもないのに俺を止めようとしてくる。

――こんな腕、切り落とせ――

頭を振る。

 「駄目だ。そんな事はできない」

これが有ろうと無かろうと状況は変わらない。むしろ、五体満足なだけこちらのほうがマシだろう。

   ◇

今日も夜に巡回をした。
セイバーを連れて行かずに二人だけでの巡回。
だがそれは、誰よりも先にその異常を知る事になるものだった。

新都とは反対側の、柳洞寺に続く道の町並み。
おそらく五十軒ばかりの家々は、無人だった。
百人以上の住人が消え去った。死体など何処にも無い。
夜が明ければ誰も異状に気がつかない、完璧なまでの清潔さ。
だというのに、この周囲が十年前以上の荒れ野に見えた。
ここは影に飲まれた町、全てが真っ黒でまるで影絵の町。
その中を歩いているのに、

――何故、桜の事ばかり思い出すのだろう。

気が付かない振りをしていた。
既に気が付いていたことなのに。
あの影に出会った時に、もう解っていたじゃないか。
あれは、あれに呑まれた感覚は

――「 」を抱いた後にくる、重い悪夢に似すぎている――


to be Continued



副題の意味は『雑音と無音』です。(たぶん)

11: (2004/03/20 17:08:01)[wallscantattack at yahoo.co.jp]


   ◇


――運命の輪―― 12.5話 ”Out of Gear.”


   ◇


――Interlude 12-1――  セイバー視点


歩ける程度にしか回復していない足を触る。
呪いに侵され、黒く染まっていたがやっと元の色に戻ったようだ。
シロウと凛は、今日も二人のみで巡回に行ってしまった。
私は足手まといだそうだ。
確かに、今はこの呪いが完全に抜けなければどうしようもない。
そして、ふと

 「シロウは、どうやってあの影から助けてくれたのでしょう?」

そんなことを思った。


――Interlude out――  士郎視点へ


家に着き、部屋で寝ようとすると桜が部屋を訪れた。
今宵も爛れた夜が始まった。


――Interlude 12-2――  新都にて


ヒトが食われる。否、呑まれていく。
影はヒタヒタと歩き、近寄るヒトを捕食する。
それは、甘い匂いで虫を誘い捕食する食虫植物と似ていた。
その後を追う一人の青年。そして、

 「――精が出るな。今夜に限っていつもの倍か」

青年と影は接触した。
影の動きが止まる。先程まで捕食者のように振る舞い、人を襲っていた影。
その影が逃げる。影はその青年に怯えていた。

――青年の名はギルガメッシュ。金のサーヴァントである。

青年は、逃げる影に合わせるかのような速さで歩く。
逃げる、追う。逃げる、追う。逃げる、追う。
影は目に見えてその青年を恐れ、逃げようとしている。
それは、捕食する側とされる側が入れ替わっただけのこと。
自分よりも強い存在に、敗北するしかない。それは弱肉強食の世界だ。
先程までその法則に則り、人を食していた影はその法則に従わざるを得ない。
そして、影は路地裏へと逃げ込んだ。それで、終わり。

 「聖杯の出来そこないを期待していたが、まさかアレに届くほど完成するとはな。惜しいと言えば惜しいのだが、」

数多の武器が飛ぶ。
王の集めた財宝が、容赦なくその影に突き刺さる。
彼の持ち得る財宝の数は千。
その内の十分の一にも及ばぬような数に貫かれただけで、影は倒された。

 「選別は我の手で行う。死にゆく前に、適合しすぎた己が身を呪うがいい」

影が滅多刺しにされる。
そこで、機関銃のような武器の襲撃は止まった。
先程まで雲で隠れていた月が、僅かな雲の隙間から垣間見える。
月明かりが、閉ざされた空間の路地裏を照らし出した。
影の輪郭がはっきりとして、その正体が明かされる。
影は衛宮士郎の家族同然であり、毎朝朝食を作りに来てくれる、面倒見のいい後輩、
今は、彼の布団に同衾している筈の少女。

――間桐桜の姿をしていた。

その彼女が宝具に全身を貫かれ、路面に這い蹲り、血を垂れ流している。
生きているとは思えまい。なのに、

 「――あれ?」

それほどの傷を負っているのに、彼女の口からは声が漏れていた。
立ち去ろうとしていたギルガメッシュが、その僅かに漏れた声を聞きつける。

 「まだ息があるのか。生き汚いな、娘」

心の底からの軽蔑を露わにして、顔を歪める。
ギルガメッシュがパチンと指を鳴らした。
一閃。
主の命により、傍に控えていた刃がそれの首を断とうとする。

 「――あ」

これで終わり。それの命は消える。
手の平で虫を追い払うように、蝋燭の火を吹き消すように。
彼の手によって、容易く命を奪うことが出来る。

――はずだった。

既に興味はないとでも言うように背を向け、路地裏を去ろうとしていたギルガメッシュ。

 「――ぬ?」

ギルガメッシュにとって、その隙は致命的だった。
影が迫る。
彼が振り向いた時にはもう遅い。

 「―――貴様、よもやそこま、ガ―――!!!???」

足元から飲み込まれていく。
溶かすようにして飲み込んでいく。
逃げることなど出来る筈はない。
彼は、既に・・・・・・・・・・・・

   ◇

影がギルガメッシュを飲み込んだ。
影は少しずつ歩き出す。
数瞬前に、自分が何をしていたのか忘れたかのように。
体は表面ではなく中身がズタズタ。
それを治す為、栄養(ヒト)を求めて歩き出す。
惨劇が繰り返される。
英雄王が居なくなった今、影は本当に止めることなど出来なくなった。

ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ


――Interlude out――


to be Continued


副題の意味は『歯車が狂う』です。(たぶん)


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