「聖杯?」
「そう、聖杯。万物の願いを叶える奇跡の杯、それを聖杯という」
私の言葉に師匠は頷きながら答える。
――夢を見ている、これはいつの夢だったか。
「私は聖杯が欲しい、だがこれを得るには一つの戦争を勝ち抜かなければならないのだよ」
師匠は少し辛そうな顔で続ける。戦争、それは要するに。
「聖杯を得るための戦争?」
「その通り、それを聖杯戦争と呼ぶ」
そういってから師匠はホワイトボードになにやら書き込み始めた。
真ん中に聖杯と書かれた器。その下に七つの円を作り、そこに名を書き込んでいく。
セイバー、ランサー、アーチャー、アサシン、ライダー、キャスター、バーサーカー。
それを書いてから今度はホワイトボードの右の方に二本の縦線を書く。
「まず、聖杯戦争に参加できるのは七人の魔術師である」
要するに聖杯の次に書いた円が魔術師なのだろう。ではその下に書かれたものはなんなのか。
「彼らは聖杯の魔力を利用しサーヴァントと呼ばれる使い魔・・・否、英霊を呼び出し、それを使役する」
「英霊・・・って、もしかして英雄のことですか?」
コクリと頷いてから、師匠は右の縦線の間に三つの点を打ち、上から過去、現在、未来と文字を添える。
「英霊は大抵過去から呼び出される。かのアーサー王であったり、東のノブナガ・オダと呼ばれる武将であったり・・・様々な英雄が、この時聖杯という魔力を借りて肉を持ち、現界する」
英雄を召喚し、維持する。それだけの魔力を内包する聖杯。
成る程、確かにそれならば万物の願いを叶える事が出来るかもしれない。正しく魔法の域だ、と私は思う。
師匠は私が頷いたのを見て、更に続ける。
「英霊を呼び出すにはまずシンボルになるものを用意するのが妥当だ。クーフーリンを呼び出すならばゲイボルクを用意、アーサー王ならばエクスカリバーの鞘、兎に角その英霊に縁のあるものが必要だ」
また頷く。
「その中で・・・例外があるときもある。例えば・・・未来に、英雄と呼ばれるものがサーヴァントとして現界する事もある」
「え!?」
驚いた私は大きく眼を見開いて師匠を見る。その様子を見て師匠は「私も半信半疑なんだがね」と呟いて、更に説明を続ける。
「私が思うに、英霊というのは”英雄”とあがめられたものの集まるカテゴリーのようなものに情報が保存されていて、聖杯はそこからサーヴァントを呼び出そうとしてるものが持っている縁の強い英雄をそのカテゴリーから呼び出し、現界させているのではないか・・・と、思っている」
そういいながら師匠は三つの点から右の方に線を引き、そこに”情報”と書く。そこから更に線を延ばして聖杯へつなぎ、そこから七つの役職へと更に線を振り分ける。
「ちなみにセイバーの英霊となるには剣を使えなくては意味がない。故にアーサー王はキャスターにはなれない・・・まぁ、これくらいはわかっているよね?」
私は大きく頷く。当たり前だ、そんな矛盾が存在するわけがない。
それに満足したような笑みを浮かべてから、
「聖杯は全てのサーヴァントを倒し、生き残った一組の前に現れる・・・それが聖杯、万物の望みを叶える奇跡の杯だ」
と、締めくくった。
「参加はしないんですか?」
「したいのは山々だけど、痛いのはイヤだろう?」
そういって師匠は笑い、私も笑った。うん、痛いのは確かにイヤだ。
師匠はホワイトボードに書いた図を消して、よし、と意気込んでから「授業を始めようか」と言った。
私は元気に「はいっ」と答え、いつもどおりの魔術の勉強が始まる。
「師匠は、聖杯を手にしたらどうするんですか?」
授業中。子供心から私はそう聞いた。師匠はその唐突な質問に一瞬驚いた表情を見せてから、満面の笑みを浮かべてこう答えた。
「皆が笑って暮らせるような世界を望むかな」
「―――嘘吐き」
目が覚めた私は自分にしか聞こえないような声でそう呟いた。
半分落ちた瞼を擦り、身体の覚醒を促す。まだ少し眠いが、窓から見た景色には地上が写っていた。
少し息を吐いてから座席に座りなおし、シートベルトをしっかりとしめる。
ようやく私は辿り着いた。日本。あの男がいるはずの国。そして次に目指すのは、終わった筈の聖杯戦争が再び起こる、冬木の町に。
「・・・今度は、逃がさないから」
恐らく今も笑顔を貼り付け、そこにいるだろう。なら私は逃がさない。今度こそあの男を殺してみせる。
奥歯を噛み締め、憎悪を滾らす。
あの男を殺すがために、この身は在る。
そうして、私の聖杯を求めない聖杯戦争は始まりを告げる。
――Re.聖杯戦争
大十字 九郎の場合
「せああぁぁぁぁ!!」
咆哮一閃。無数に湧く亡者をバルザイの偃月刀にて斬り捨てる。
もう何十匹と斬り捨てたか、それでも亡者は尽きることなく彼――大十字 九郎へと襲い掛かる。
繰り出される一撃をバックステップして回避、後ろから殴りかかろうとした亡者をその勢いで蹴り飛ばす。そのまま休む事無く偃月刀を振るい刃を展開、中央の輪を右手で掴み、身体全体を弓のように撓らせ――
「とうりゃあぁっ!」
投げる。
放られた偃月刀は弧を描きながら九郎の眼前に迫っていた亡者達を次々と両断していき、その威力は弱まる事を知らない。
一回りして戻ってきた偃月刀を手に取り、こびりついた肉片を振るい落として再び構える。
「・・・ちっ、キリがねぇな」
忌々しげに呟いて、未だ奥底から湧き出でる亡者を睨みつける。
こんなものでは自分はやられない、だが数が多すぎる。それは十分な足止めになり、更に九郎をいらだたせた。
「ぜってぇに逃がさねぇぞ、ナイアルラトホテップ―――!」
彼、大十字 九郎は焦っていた。
無貌と呼ばれる神が在る。
大十字 九郎という男は最強の魔導書―アル・アジフと魔を断つ剣―デモンベインと共に、その無貌の神を討つために戦っている。
その戦いは正に次元を超えた戦いだった。
俗に言う平行宇宙というものを彼らは行き来し、毎回違う時間軸の世界で毎回展開の違う戦いを繰り広げている。
もう幾度と討ったか、それとも討たれたか。
一つ世界を滅ぼされ完全な敗北を味わったときもあれば、どうしようもなくあっさりと終わったときもある。窮地に立たされる時も、身体を激しく損傷される事も何度もあった。
それでも九郎は戦い続けた。無貌の神――ナイアルラトホテップ、それを滅ぼすために。
否、アレに終わりなどない。あれは永遠、アレは神、あれは門の内に在る異形の中でもとりわけ異質の存在だと九郎は認識している。
だがそれでも折れるわけには行かない。アザトースの宇宙を取り戻さんとするあれに、彼らは勝たなければならないのだから。
「いい加減しつっこいんだよっ!手前ぇらぁ!!」
黒い髪を靡かせながら九郎は高く跳躍。背中の鞘にバルザイの偃月刀をしまい、腰につけたホルダーから一丁のオートマティックの拳銃を抜き、その弾倉から弾丸を一つつまみ出す。
身の内に流れる魔力を掬い、形作る。
「フングルイ ムグルウナフ クトゥグア フォマルハウト ンガア・グア ナフルフタグン イア! クトゥグア!」
弾丸に魔術刻印を刻み、即座に装填。未だ湧き上がる亡者に照準を合わせる。
「行けぇっ!クトゥグアァァァァ!!」
発砲。
銃身は赤熱し、銃口からは紅蓮の弾丸が打ち出される――否。それは弾丸にあらず。四つの足を持ち真紅の焔を纏う一匹の獣だった。
気高く咆え、獣は亡者へと襲い掛かる。爪の一振りで亡者の殆どが焼き、切り裂かれ、消滅した。
幾度繰り返したかわからない。ただ九郎はアル・アジフと、デモンベインと共に戦い続けた。
しかしその戦いは困難を極めた。理由は無貌の神の戯事もあるが、もう一つ大きな要因がある。
平行世界――門の外における能力の制限。
その魔力は無限にあらず、その身体は完全にあらず。力は押さえ込まれ、万全の状態で戦えるというのは極稀。その状態で、あの無貌の神と戦うのは不可能にも思えた。
それでも彼らは戦い、勝利を収めてきた。
今居るのは門の内。一つの平行世界での戦いを終え、再び無貌の神を追う。
その中で、大十字 九郎は失敗を犯した。
門が在る。眼前にある門を睨みながら、九郎は今現在の自分のコンディションを確認した。
傷は多い、魔力もきつい、更にこの門の向こうでデモンベインが完全な形で使えるとは限らない。
それでも行かなければならない。
この門の向こうには倒すべき神が、そして彼の魔導書であるアル・アジフが待っている。否、捕らわれている。
ならば彼はそれを倒さなければいけないし、救わなければならない。故に九郎は、己が身を省みずその門を開き、世界に飛び込んだ。
「グ・・・アァァアッ!?」
刹那感じる激痛。この世界における能力の制限は普段よりは弱い。しかしその身から血は溢れ、傷は開き、魔力は迸る。それでも、それでも大十字 九郎は世界へと飛び込む。
「アル―――」
小さく呟いて、血塗れの身体を引きずり、落ちていく意思をなんとか拾い上げ、九郎は暗い路地裏に降り立った。
一息つこうとしたが呼吸が上手くいかない。
崩れそうな身体を持ち直して、壁に手をつきなんとか支える。
「そこにいるのは、誰だ?」
「――――ッ!?」
冷たい声。酷く冷徹で、一片の容赦もない、まるで刃物のような声色。
その声を聞いて九郎は苦笑いを浮かべる、運はない方だと思っていたがこんなにも運が悪いとは。
いい加減身体も限界、どうなるかわからないが兎に角この身体は休めなければなるまい。
そう考えて、彼はその意識をゆっくりと闇に落としていった。
そうして大十字 九郎は冬木の町へと現界した。
「追って来たんだねぇ、僕の九郎君?」
闇の覆う空洞。そこで一人の女が酷く妖美に口元を歪めていた。
胸を扇情的に開いたその服装は、若い男が見れば意識してしまうような格好である。
「全く、僕が恋しいのはわかるけどそんな傷だらけの姿で来ちゃ駄目じゃないか、もっとゆっくりくればよかったのに」
クスクスと笑みを絶やさずに彼女は哂う。本当に可笑しそうに哂う。
そうしてからつぃっと視線を上に上げる。
そこには一人の少女が居た。
白い服に紫の流れるような髪、その顔立ちは端正で、穢れのない綺麗なものである。
だがその少女はその身体に異常なまでの魔力を内包していた。そして彼女は”人”ではない。
今その少女を見上げている女も無論”人”ではない、その二人の魔力は膨大にて、濃密。
「アル・アジフ?君の恋人がやってきたよ、この狂った街に、意味のない戦争に巻き込まれるためにね・・・ハハハ!!本当に素晴しいよ、君の恋人、僕の想い人――大十字 九郎が!!」
何処か壊れた機械のように女は笑う。尽きることなく、何よりも高く、狂ったように。
「ふん、何が可笑しいか、異形」
そこに酷くしゃがれた声が響いた。女は哄笑をピタリと止め、笑顔を浮かべながら声のした方向を見やる。
皺だらけの老人が其処に居た。
「やぁやぁ魔術師殿、間桐 臓硯!一体どうしたんだい、こんなところへ」
「どうした、ではない。聖杯の代わりとなり魔力を供給してるそれが気になったまでよ」
「ふぅむ?魔術師殿は彼女が一体何なのか、気になるのかい」
臓硯の言葉に女はふむふむと頷く。その表情は常に笑顔。
「彼女?何を言う、あれも貴様と同様人ではないだろう」
そういいながら臓硯は皺だらけの顔を歪に歪める。よく見るとそれは笑っている様に見えた。
女は一瞬ピタリと止まってから、再び狂ったように笑い始めた。
「ク――ハハハハハッ!魔術師殿!君がそれを言うかい!蟲の集合体である、君が!!」
「――ふん、確かにそうじゃな、だがワシ等比べ物にならんほどに人ではない貴様が言うか」
「ははっごめんよ魔術師殿、気を悪くしないでくれたまえ・・・そうだね、教えてあげてもいいかな」
目尻に浮かんだ涙を拭いながら女は言う。
その姿を見て、臓硯は畏怖した。この女はおかしい、意味のわからない事で笑い、唐突に意味深な事を呟き、時には恍惚に歪んだ笑みを浮かべる。
壊れている。
この女は壊れている、自分と同じく――否、そうではないが、人ではないそれは臓硯にとって脅威であった。
だが彼女は自分に初めて会った時に言った、聖杯が欲しくはないか、と。
欲しいと思った、否、思っていた。だからこそ女の提案に乗った、聖杯を手にするために。
女は方法は語らなかった、しかし確かに聖杯を作ろうとしている。
理由として、彼の孫である間桐 桜はライダーの現界に成功した。条件は同じだったので全く同じサーヴァントを現界する事が出来た。
だからこそ疑問に思った。聖杯はない。この街に満ちる魔力も足りていない、なのに何故、サーヴァントを呼ぶ事が出来たのか。
「彼女は魔導書さ、魔術師殿」
そういって女はその口元に妖艶な笑みを浮かべる。その言葉に、臓硯はその目を大きく見開いた。
「魔導書じゃと?戯言を抜かすな。あれにこれ程の魔力が現存するか、それに、この姿は――」
確かに、美しい少女のものである。
うろたえる臓硯を見て女は再び哄笑を上げた。その様子を少々唖然としながら臓硯は見つめる。
「ハハ!魔術師殿、君の知っている魔導書とここにある魔導書は違う、違うのだよ」
「違う、じゃと?」
哄笑を上げながらナイアは頷き、そして続ける。
「彼女の名はマスターオブネクロノミコン!アル・アジフ!!無論本物さ、普通の魔導書と同列に考えるのは彼女に対する侮蔑だよ魔術師殿!!」
そういってから女は少女――アル・アジフに対して深々と頭を下げ、そして再び哄笑を上げる。
臓硯はというと再び大きく目を見開き、そして恐怖した。
500年生きてきたが、それでもこの女のような異形ははたして見たことがなかった。
恍惚に歪み、高らかな声で笑い続けるそれを見ながら、臓硯は恐怖し――歓喜した。
聖杯が手に入る。
方法はわからない。ただ、この女は本当に聖杯を作り出すだろう。
それがおかしい、狂っている、だがそれに歓喜している自分がいる。
ならば自分も狂っているのだろう、と、臓硯は思い、そして呵々っと笑う。
洞窟の中。よく通る声としゃがれた声の笑い声がいつまでも響いていた。
――――聖杯戦争まで、あと一日。
後書きらしきもの
はい、Fateキャラが後半にしかでないという大暴挙な小説です。
正直投稿しても大丈夫だろうか、趣旨ずれしてないだろうか、とかなり怖かったりします。
何かもう、「TYPE−MOONのSSじゃねえじゃん!?」みたいな。
九郎君登場です、ED的には旧神ED。
あと臓硯おじいちゃん登場です。
では、また次回に会いましょう。