郊外の森に佇むアインツベルンの巨大なお城。
その中で一人、ただひたすらに慌てる男がいた。
言うまでもない、彼だ。
バーサーカーだ。
「■■■■■■―――――」
彼は本当に慌てていた。
端から見るといつもと同じく突っ立っているだけなので分かり難いが、
彼は本当に慌てていたのである。
その原因は当然彼のマスター、イリヤスフィールである。
端的に言うなら、
その日、外から帰ってきたイリヤが熱を出した。
寒いのが苦手なくせに長い時間外に出たりなんてするからだ。
ともかく、バーサーカーはそれで慌てていた。
少し前から、イリヤは目に見えて苦しそうにしている。
だがこんな時に限ってメイド二人は留守である。
街に出て迷子になったリーズリットをセラが捜索に出たらしいが、まあそれはどうでもいい。
とにかく苦しそうなイリヤの前で、突っ立ったままひたすらにうろたえるバーサーカー、器用な男である。
苦しそうなイリヤを何とかしてやりたいと思っても、そこはなんせバーサーカー。
どうすればいいのかなんて分かりはしない。
「■■■■■■―――――」
そうしている間も、イリヤはますます苦しそうにうめいている。
それを見て、彼も腹を決めた。
自分に分からぬなら、分かるものに見てもらおう。
そう決めると、彼はイリヤを抱えて一目散に城を飛び出した。
向かうのは、彼が唯一知っているあの街だ。
彼はランサーもかくや、というスピードで一気に目的地を目指す。
途中で歩くたびに道路に穴を作り、車を蹴散らしながらただ一心にイリヤの為に走り続ける。
そして車で約一時間という距離を、ものの数分で走破した。
その割りにイリヤには振動をかけないように心を配って走ってきたのだから、
正にサーヴァントの鏡である。
「■■■■■■―――――!」
しかし、街まで来たのはよいが、周りには誰もいない。
いや、いる事にはいるのだが、完全武装の警官隊とか。
しかしそれらも、微妙に離れた位置からバーサーカーを伺っているだけで近寄ろうとはしない。
当然の判断だが。
「■■■■■■■■―――――!!」
それでも彼は必死に呼びかける。
だが彼が向くだけで、そこにいる人は人の身を超えた反応速度で逃げていく。
人間の生存本能は思ったよりも優秀らしい。
その状況に、思わず絶望に陥りそうになった時、思いがけず声を掛かられた。
「バーサーカー、こんな所で何をやっているのだ、君は」
「■■■■■■■■―――――!?」
その声に反応して振り向けば、両手いっぱいの買い物袋をぶら下げた赤いのの姿。
お前こそ何やってんだと問い詰めたい。
だがバーサーカーにとってはそんなことどうでもいい。
とにかく、やっと話を聞いてくれそうな人物に出会えた彼は、勢い込んでイリヤの事を話した。
敵のサーヴァントに自分のマスターの不調を教えてどうする、とかいう意見もあるがそんなこと彼は気にしない。
だってバーサーカーだから。
バーサーカーの真剣さが伝わったのか、アーチャーもふむふむとその話を聞き終えて。
「うむ、さっぱりわからん」
伝わってなかった、当然だが。
「■■■■■■■■―――――!!!」
怒るバーサーカー。
伝わらないのも無理は無いが、
それならそれでさっさと言えこんちくしょー!とかそんな感じだ。
「まあまて、確かに君の言葉は分からんが、
要は君のマスターの体調が思わしくないので何とかしてくれ、とかそんなところだろう?」
「■■■■■■■■―――――!」
その言葉にコクコクと頷くバーサーカー。
やはり、分かってんならさっさと言えよこんちくしょー!とか思ったりもするが、
今はそれよりイリヤが優先である。
さすがはサーヴァントの鏡、マスターに食事の要求しかしないどこぞの某騎士とは違うのだ。
「どれ、見せてみろ………ふむ、ただの風邪の様だな。
これなら部屋を暖かくして大人しくしていれば大事には至るまい」
「■■■■■■■■―――――!?」
でも苦しそうだぞ!?と言いたげに叫ぶバーサーカー。
アーチャーもその返事はなんとなく分かったのか、ふふんと得意げな笑みを浮かべる。
「ふ、安心しろバーサーカー。
まずはこれだ、いわゆる氷枕という奴だな、シートタイプだから頭に貼ってやるだけでOKだ。
そしてこれが、咳止め、こっちが頭痛止めだな、彼女が目を覚ましたら飲ましてやれ。
あとは……うがい薬だ、こんな事がもう一度起こらぬように、
治まった後も外から帰ったあとはうがいと手洗いを徹底させるように、
最後はこれ、桃缶だ、風邪といえばこれだ、
………む、もしかして彼女は林檎の方が好みだろうか……?
まあいい、両方持っていけ」
なにやらその手に下げた買い物袋から、無数に飛び出す対風邪用装備。
そして気がつけば、バーサーカーはそのアイテムの数々を無数につめられた一つの袋を持たされていた。
アレだけの数が一つの袋に入る辺りかなりの収納上手である、さすがはアーチャーといったところか、関係ないが。
「■■■■■■■■―――――?」
その手際のよさに、なんでこんなに用意してあるんだ?と問いた気にアーチャーを見るバーサーカー。
「ふっ、別に気にすることではない。
ただ、備えあれば憂いなし、というだけの話しだ。
別になんだかセイバーの調子が悪そうだな、とか
そう言えば凛も朝方わりと風邪っぽかったかな、とか
そんな理由で大量に買い込んでいるわけでは決して無いぞ、うむ」
バーサーカーの言葉が分かっているのか、いないのか。
勝手にべらべらと話し始めるアーチャー。
こちらも敵であるバーサーカーにセイバーの不調をしっかり伝えている辺り、
この二人、意外と似たもの同士なのかもしれない。
――――数日後。
アーチャーのおかげもあって、無事にイリヤは元気になった。
その隣りで、やはり突っ立ったまま心配そうにしていたバーサーカーもこれで一安心だ。
「あれ?ねえ、そういえばこれバーサーカー?」
ベッドの脇の台に置かれた林檎や桃缶を指差して問いかけるイリヤ。
「■■■■■■―――――」
いや、それはアーチャーにもらったものだと正直に言うバーサーカー。
やはり英雄としては、そんな嘘はつくものではないのである。
こうみえてもバーサーカー、義理とか人情だとかには厚い男である、むしろ漢である。
「そう、ありがとうバーサーカー」
やっぱり伝わらなかった、当然だが。