その身は、剣で出来た聖剣の鞘 第一部その11 傾:シリアス


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1: kouji (2004/03/19 23:31:29)

37

柳洞寺の山門、その石段の前に立ち、
衛宮士郎は、我知らず、左手を握り締めていた

この石段を登れば、最後の戦いが待っている
それは恐らく、今までの生き方全てを問い直されることになるだろう

覚悟はもう決めている、やるべきことも決まっている

だかこそ、彼は、そばに居る二人を振り返った

一人は、何処までも気高く、何処までも澄んだ少女、
自らを剣と称し、騎士として、王として駆け抜けることを誓った女性

果たして自分は、彼女を救えたか?

疑問は尽きず、そして、結論は先延ばしに成ったまま、ここまで来た
その答えも、この先に有るかは分からない
ただ、あると信じて駆け抜けることを誓い合った

だから、最後まで駆け抜けなくてはいけない

もう一人は、時に頼もしく、時に厳しく、ただあこがれるだけだった少女、
その幻想は既に過去のものとなったが、自分が彼女に向ける目は、
見上げる高さが、少しだけ、下がった気がする

たくさんの借りを作った

命さえ救われた

きっと自分は、一生彼女に借りを返すことは出来ないだろう

「行くわよ、準備は良い?」

「もちろん」
「はい」

石段に一歩を踏み出す、上るのは三人、帰るときも、きっと三人、
でも、この三人で歩くのはこれが最後だろう

待たせている人のところへ戻る時には、
きっと、『剣』と呼んだ少女は居ない

惜しむことは無い、惜しむ暇も無い。
彼らは、ただ前を向いて、歩き出した


38セイバー視点

石段の途中から、獣道に分け入って行く
鎧に包まれた、自らの胸元へと、知らず手を添えていた自分に気付く

自分がこの道を戻ることは無い、だから、ただ歩く道の一つ一つが、
大切なのだと、そう思う

あの丘へ戻り、この命尽きるその時に、この短くも長い日々が、鮮明に思い出せるように
この目で見るもの、その全てを覚えていよう

「記録によるとこの辺りなのよね」

リンが、何かを探している、
大聖杯へと続く、地下道の入り口だろう

「アレじゃないか、あの、岩の陰になってるとこ」

士郎の指差す先を調べる。
彼の言うとおり、人の通れる穴が開いていた

後ろに、気配を感じる

「士郎、リン、先へ行っていて下さい」

進軍において難しいのは、後ろからの奇襲を避けること、
殿は、逃げるときだけでなく、攻めるときにも重要なのだ

「判った、先に行く」

「こいつが無茶する前に追いついてね」

二人が、孔の奥に入っていく

剣を握りなおす、静かに風が渦を巻き、ゆっくりと不可視の鞘が解けていく

「呆れましたね、そのような姿で、生き恥をさらそうとは」

現れた男に送るのは、同情ではなく、畏怖でもなく、
もはや哀れみに近い、

身に纏った金色の鎧は、記憶にある荘厳さを失い、
悠然とあらゆる物を見下していた瞳は、ただ怒りだけをたたえている

「セイバーか、貴様この俺を愚弄するか!!」

「愚弄も何も、
それほどの誇りがあるのなら、生き恥をさらさず、自ら命を絶つべきでしょう、
己の愚考を恥じ、民への配慮の無さを恥じ、国に身をささげた王としても」

自らへも突きつける、自分はどうだったか、民にとって、忠義をささげるに足るものだっただろうか?
滅びの道を歩む国へ、問うことももはや無意味であろうが

「国に身をささげるだと?
ふん、愚かだな騎士王、
王とは全ての主たるもののことだ
全てを従え、全てを支配できぬのなら、王という超越者など不要なのだ」

それは決して、自分とは相容れない信念、
この男は間違いなく王なのだろう、
この信念の元に超越者として振舞い続け、天地に自分以上のものを認めぬ
この世の全てを背負っていると誰彼構わず言い切ってはばからぬ、
私のように切り捨ててきたわけではなく、初めから見下し、省みない男

「笑わせるなアーサー王、
そんなだから、貴様は国によって滅ぼされたのだ」

嘲笑などもはや聞こえない、この男は結局、
アーチャーとの戦いに、何も学ばなかったのだろう

「満身創痍でよくも言う、
確かに、この甘さが我が身を滅ぼしたのは事実だ、
―――だがな、英雄王、
そんな、敗北に何も学ばぬ男だから、貴様は国を滅ぼしたのだ」

その手に聖剣を握りなおし私は言い放った
この胸にある暖かな思いに賭けて、この未熟な私を信じてくれた者達の為にも
目の前の男には負けられない


39凛視点

セイバーと別れ、洞窟の奥へ進む、
ボンヤリと光る苔のお陰でライトはいらない

士郎は、まるであそこでセイバーと分かれることを知っていたように勤めて平静だった
むしろ、この先に居る『誰か』のことの方がずっと気がかりなのだろう

長い道のりを過ぎて、少し空けた場所に出る、
ちょっとした体育館ほどの広さは有りそうな場所の真ん中に、
嘗てわたしが従えた、隣に立つ男の、理想の結果たる男が
悠然と立っていた

「早かったな」

その振る舞いは、セイバーが居ないことすら予想済みと言いた気だった

「凛、桜なら奥に居る、行きたければ行くと良い」

かつてと変わらない口調で、でも何も私に向けずに告げる

「そのつもりだけど、聞いておきたいことが有るのよね」

「それは桜のことか? それともギルガメッシュか?」

問い返す声は平坦で、赤い外套を纏っていたときとも、少年のときとも違っていた

「なぜ、桜に手を貸すの? これから何がおきるかを知ってて、
それを未然に防ぐためにあの子を殺そうとした、貴方が」

「何故、か…………」

皮肉気に口をゆがめてアーチャーは私を見た、
冷たい、輝きの無い金のような目には、何の感情も無い

「……遠坂、そんなのは結局ついでだよ、
アイツにとって、もうどうでも良い事なんだ」

問いに答えたのは彼ではなく、いつか『彼』になることを約束された少年

「アイツは最初から、俺を殺すのが最終目的だったんだ
アイツは『エミヤ』のオリジナルじゃない、
だから自分を殺しても、『エミヤ』は消えない、
アイツが自分を消すには、俺を殺すことが必要なんだ」

私を制して、士郎はアーチャーに向けて歩き出す

「アーチャー、一つ聞くぞ、
お前は、自分が英雄になったことを後悔してるのか?」

「無論だ、衛宮士郎は『正義の味方』になどなるべきではなかった、
いくら伸ばそうと手は届かず、拾うものよりも取りこぼすものの方が多い、
ただ自分の知る限り、誰にも傷ついて欲しくなかっただけだったのに、
求めたものの答えは、ただの薄汚い掃除屋だった
世界と誓約した『守護者』など、所詮、人の世の安定のためだけの道化に過ぎなかったのだ」

問い、答える、二人の『衛宮士郎』
後悔を抱くエミヤ、それでも彼は、他人ではなく、己の過ちだとして己を消すことを望んだ、
過去を変えることなど出来ないと言い切った少年は、磨耗しつくして、過去の清算を求めていた

「…………そうか、
なら、俺とお前はやっぱり別人だ」

それを、まっすぐに見て、士郎は言い切った

「伸ばした手が届かないからあきらめるのか?
望んだ答えを得られなかったことに後悔して、自分の答えを覆すのか?
俺は違うぞ!
例え、救え無くても手を伸ばす、
手が届くから救うんじゃない、救いたいから手を伸ばすんだ
それも出来ないのが衛宮士郎の理想の結果なら、
俺はその理想を破壊して、その上の理想に手を伸ばす!」

言い放って互いの正面に立つ、もう、彼らには自分たちしか見えていなかった

「遠坂、そう言う訳だから先に行っててくれ、
セイバーと合流したら俺も行く」

顔も向けずにそう告げる

「判ったわ、でも早く来ないと桜を殺すわよ?
他の手段なんて、どうせ無いんだから」

答えは無かった、
私は、二人に背を向けて、洞窟の奥に向けて走り出した


40

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

散発的に来る、剣の雨を叩き落しながら、騎士王が斬り込んで行く
黄金の騎士が必死の形相でその剣をさばく

状況はセイバーに傾いていた

ギルガメッシュの戦い方は、
宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』に収められた剣による物量戦である

一つ一つが宝具に値する武器の嵐

それが、この男本来の戦い方
高みに立って他者を見下し、決して同じ土俵になど立たない
今、その前提が崩れようとしていた

「おのれ!!」

残り少ない剣の一つが刃の根元から砕け散る
巻きつけていた風を解き放った聖剣は、閃光となってギルガメッシュへと肉薄する

両の手で乖離剣を振り上げ、捌く
その重さのなんと煩わしい事か、

「くっ!」

舌打ちしつつ、セイバーは距離をとる

開いた距離は凡そ八メートル

万物を断つ剣の力を解放し
苛立ちを隠すことなく、目の前に居る女に向けて叩きつける

世の始まりから有りて、世界を切り開いた剣
自身の持つ不敗の剣であり、王としての象徴、
絶対者ゆえに持つことを許された最強の剣、

「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」

「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

迎え撃つのは、星に創られし神創の聖剣
湖の主より、人の王に渡りし最高の剣、あらゆる物を手にする男が、
唯一持たぬ最強の幻想

二つの剣は互いの力を解き放ち、自らの存在をかけて互いへと牙をむいた


41士郎視点

キンッ!

子気味良い音を立てて、俺の手の中の干将が砕け散る
それを無視して開いた手に新たな干将を投影する

ガキッ!

そうしている間に莫耶が砕けた、これも干将と同じく、すぐに新しいものを投影する

創造の理念を鑑定し
この程度では打ち負ける
基本となる骨子を想定し
                  解析の速度が遅い
構成された材質を複製し
まだだ、もっと内に沈め
製作に及ぶ技術を模倣し
                                   基盤の広さを把握しろ
成長に至る経験に共感し
これが全てではない
蓄積された年月を再現し
                 まだ全てが開いた訳じゃない
あらゆる工程を凌駕し尽くす

砕けた干将から手を離し、転がって間合いを離す

「これで……二十三本目…………」

魔力を通して強引に回路を開く、

まだだ、衛宮士郎という基盤は、まだその全てを開いていない

片目を瞑り、意識の半分を魔術回路の開放に向ける

踏み込んでくるアーチャー、干将を再投影している時間が惜しい、
とっさに足元のデュランダルを掴んで弾く 
                                     これで二十五
 
         “I am the bone of my sword”
体は剣で出来ている

アーチャーが何か呟く

“Steelismybody,and fireismyblood”
血潮は鉄で、心は硝子。

                                   二十七、端が見えた!

“I have created over athousand blades.”
幾たびの戦場を越えて不敗

振り下ろされる偽・螺旋剣を

       “Unknown to Death.Nor known to Life”
ただの一度も敗走は無く、ただの一度も理解されない

                             掴みあげたゲイヴォルグで弾き返す

  “have withstood pain to create many weapons.”
かの者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う

その隙に干将を投影する

“yat,those hands will never hold anyhing”
故にその生涯に意味は無く

                                      あぁ、やっと判った

“so as I pray, unlimited blade works”
その体は、きっと剣で出来ていた

ならば、創れ
常に最強のイメージを持って
誰をも騙し、自分さえ騙しうる、最強の模造品を創造しろ                          
                  難しいはずは無い
                  もとよりこの身は
               ただそれだけに特化した魔術回路

それすらも間違いだった

          “I am the bone of my sword”
体は剣で出来ている

                                 「投影」などただの余分

“Steelismybody,and fireismyblood”
血潮は鉄で、心は硝子。

俺が創るのは剣じゃない

       “I have created over athousand blades.”
幾たびの戦場を越えて不敗

                                  干将莫耶を放り出す

“Unaware of loss. Nor aware of gain”
ただの一度の敗走は無く、ただの一度も勝利もなし

突き出したては虚空を掴み

     “Withstood pain to create weapons.
waiting for one‘s arrival”
担い手はここに独り,剣の丘で、鉄を鍛つ

                           『衛宮士郎』の『本当の魔術』をつかみ出す

“I have no regrets. this is the only path” 
ならば、我が生涯に意味は不要ず

剣立つ無限の荒野

     “Mywholelifewas   『unlimited blade works』”
この体は、無限の剣で出来ていた

巻き上がる幻想の焔は全てを焼き尽くし

鉄火場を思わせる廃棄場と

墓標のごとき剣の荒野

                                          を生み出した

心象世界は現実を食い破り、互いを食い合う幻想は、打ち消しあって現実へと回帰する

これこそが衛宮士郎の魔術、ただ一つ許された、自分だけの型

固有結界『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』

手加減無用、容赦不要、
俺たちは互いの『世界』を食い破るため剣を取って向かい合った





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