ある夜、どこか。
月明かりに照らされた桜は見事な風景となっている。
ちらりちらりと舞い散る桜を、酒を飲みながら志貴は1人で眺めている。
「よお、1人か?」
どこからともなく現れた男は声をかける。突然、声をかけられたことにたいして驚かず志貴は返事をかえす。
「久しぶり、四季」
「ああ、そうだな」
互いに微笑んで挨拶をかわす。
「今日はどうしたんだ? 何か特別に伝えることでもあるのか?」
「いや、1人寂しく酒を飲んでもつまらないだろうと思ってな。ゲストを連れて飲みに来たんだ」
「へー、誰を連れてきたんだ?」
「志貴君、久しぶり」
桜の影から聞こえてきた声は志貴にとって忘れようのない声だった。
かつて自分に好意を寄せてくれた少女。そしてその少女を殺したのも自分。
「弓塚さん……」
「そんな顔しないで、恨み言いいにきたんじゃないんだから」
「そーだぜ、お前のこと恨んでるなら、とうの昔に祟ってるしな」
「そ、それはやめてほしいなぁ」
ふふっと軽く笑い2人は志貴の側にきて座る。
「俺にも酒をくれ」
「飲めるのか?」
「馬鹿にするな、秋葉と同じ血が流れてるんだぞ」
「いや、俺が言ったのは、幽霊が飲み食いできるのかってことなんだけど。っていうか遠野の家系は皆酒豪なのか?」
「だめだよ四季君。未成年がお酒飲んじゃ」
「幽霊に年は関係ないだろう」
「それもそうだね。じゃあ私も飲んでみようかな」
志貴は2人に紙コップを渡し、酒をなみなみと注ぐ。さっそく四季は口をつける。
「わっ、多いよぉ」
「かーっ、うまいねぇ」
「そりゃあ、秋葉の秘蔵の酒を持ってきたからな。弓塚さんも飲んでみてよ」
「うん」
こくりとひとくち飲んでみる。
「わあ、おいしい……」
そんな弓塚の様子を満足そうに志貴は見ている。
3人は桜をつまみにしつつ、しばらく無言で飲む。
沈黙をやぶったのは志貴だった。
「あの世ってのはどんなとこなんだ? なんか簡単にこっちに帰ってきてるけど」
「あっちか。まあ悪いとこじゃないな」
「そーだね。いつでも志貴君のこと見ることができるしね」
「いつも見てるの? ちょっと恥ずかしいな」
「私たちは転生するのを拒んでるから。ほかにすることがなくて」
「見てて飽きないからな。いつまででも見てたいぞ」
ここで酒がきれる。ちょうど夜空が白んできた。
四季と弓塚は立ち上がる。
「さて、帰るとするか」
「名残惜しいけどね」
「帰るのか……。ごめんな、生きてれば、こんなこといつでもできるのに」
「気にすんな。俺たちが悪かったんだからな」
「それにまた来るよ。だからその時も、おいしいお酒用意してて」
「わかったよ」
2人の姿が薄れていく。
「そーだ。あっちは悪くないって言ったけどな、まだくるんじゃねーぞ」
「お姫様のセリフじゃないけど、私たちを殺した責任はとってもらわないとね。私たちのぶんまで楽しく生きて、少しでもいいから長生きして」
「最後の最後まで生き抜けよ。未練なんか残してみろ追い返してやるからな」
そのセリフを残しふっと消え去る。
「はははっ。追い返す……か。がんばりますか」
朝日が昇る。志貴の日常がまたはじまる。
桜を見て微笑む。交わした約束を守るため志貴は歩き始める。
桜の近くには来客のいた証の紙コップが残されて、幻ではなかったことしめしていた。