冬木の街に、私とルヴィアゼリッタが到着したのは、二月一日の午後四時前だった。ミス・ブルーの弟子の捜索は明日からと言う事にして、ルヴィアゼリッタとは別れ、我が家へと戻ってきた。荷物を置いて、すぐ町の反対側にある目的地に向けて歩き出した。再会の予感を胸に。
錬剣の魔術使い・第二話
町並みを眺めながら、目的地を目指す。思い出すのは、一年余りの穏やかで暖かい時間。人生で一番長い時間を過ごした我が家よりも、今、向かっている先に懐郷の念を抱くのはいかがなものか。
父さん、あなたの娘は思いの外、薄情みたいです。
父としても、魔術師としても尊敬していた。愛していたとも思う。それなのにどうして、
拒む事を知らない開け放たれた門。包み込むような穏やかさと暖かさを湛えた屋敷。
この家の前に立って、やっと「帰ってきたんだなあ」と言う実感が湧くのだろう。多分今、自分は微笑っているんだろうなと思いながら、呼び鈴を鳴らした。
ピンポ〜ン。
「はい。どなたですか?」
程なくして、応えと共に扉が開いた。
「ただいま、セラ。皆、元気にしてる?」
扉を開けたセラは、目の前にいる私に少し驚いたようだがすぐに、
「おかえりなさい、リン。お嬢様も私達も、問題は何もありません。」
いつもと変わらない態度で応じてくれた。
玄関を上がり、セラと共に居間へと向かう。玄関にあった大きな男物の靴。間違い無く士郎のものだろう。士郎に会うのは、実に四年ぶりだ。この四年間、何度か里帰りしたが、士郎のそれと重なった事は無い。避けられているかもと疑うくらいに。士郎が帰ってきそうな時期を狙って、予定を立てたにもかかわらず。あ、ちょっと、腹が立ってきたかも。
なんて事を考えている内に居間に着いた。居間ではリーズリットがお茶を飲んでいる。何でか日本茶が好きらしい。
「セラ、お客さんか。」
と台所から、居間に出てきた男が一人。声に釣られてそっちを見る。
瞬間、思考が停止した。
見上げるくらいの長身。白に近い銀髪。日に焼けたのとは異なる褐色の肌。記憶にある赤い騎士と重なる。声が出ない。何を喋っていいか分からない。一瞬の沈黙。
と、目の前の青年が、彼女の良く知る少年の笑顔で、
「久し振り、遠坂。四年ぶりだな。元気にしてたか?」
なんて嬉しそうに言うもんだから、
「ええ、士郎も元気そうで何よりだわ。」
赤面しそうなのを何とか押さえ込んで、士郎に負けないぐらい嬉しそうに返事してしまった。
あの後すぐ、着替えたイリヤが居間に戻って来て、一悶着。俺は、遠坂の分を加えた夕飯の下拵えを終わらせ、エプロンをはずし、居間に入った。
「あ〜あ、せっかく士郎と二人きりだと思っていたのに。何で、今頃帰ってくるのよ、リン。」
「急用よ、急用。私だって予定外だったんだから、しょうがないでしょ。」
「わたしたち、のけ者?」
「だまってなさい。」
腰を降ろし、自分のお茶を淹れる。喉を潤してから、
「でも、ホント久し振りだよな、遠坂。倫敦はどうなんだ?」
「そうね、今年中にはこっちに戻るつもりだけど。今は、大詰めってとこかな。」
「それなのに、戻ってきたのか?」
「色々あるのよ。それよりも!」
ビシッと俺に指をつきつける遠坂。人を指差しちゃいけないんだぞ。
「その髪と肌の色は何?ちゃんと説明してくれるわよね?」
とあかいあくまがわらいながらきいてきました。
マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ。
理由も分からないまま、ライブで大ぴんち。ただ、答えなければ余計にヤヴァイと俺の本能が叫んでる。
「その〜、魔術の使い過ぎだと思われます、はい。」
遠坂の笑顔が、グレードアップした。助けを求めて視線を彷徨わせるが、三人とも目を合わせてくれない。切嗣、今日が俺の命日かも。
「私、言っておいたわよね。投影は使わないようにって。命に係わるからって。一年足らずの師匠の言うことは聞けないって訳?」
「い、いや、わかってるけどさ、これは投影のせいだけど、投影のせいじゃないと言うか。と、とにかく、もう大丈夫だから。し、心配させてすまない。」
頭を下げる。少し怒りが治まる気配。程なく、盛大なため息が漏れ、
「ま、士郎が言って分かるくらいなら苦労しないか。」
身も蓋も無い事を言われた。
「で、いつからそんな感じなの?」
「二年ぐらい前からかな。こうなって初めて帰ったとき、酷い目に遭った。藤ねえと桜に不法侵入者扱いされて危うく警察沙汰になるとこだった。」
「私は、すぐ分かったわよ。タイガもサクラも、シロウに対する愛が足りないわね。」
「あれ、そういえば桜は?藤村先生は学校でしょうけど。」
「サクラなら、ライガ達と温泉に行ってるわ。明日の午後には帰ってくるはずよ。」
桜は、現在藤村家で家政婦として働いている。桜の卒業前に藤村家で働いていた家政婦が、家庭の事情により辞める事になった。そんな時、藤ねえが、桜に後釜を頼んだのだ。就職の決まってなかった桜は、最初は断っていたものの、藤ねえと雷画爺さんの懇願と言うか駄々に折れる形で藤村家の家政婦と相成った。ちなみに雷画爺さんは、実の孫以上に桜を可愛がっている。今の雷画爺さんの夢は、遠坂、桜、イリヤと、父親の代理として、一緒にバージンロードを歩くことらしい。藤ねえはいいんだろうか。と言うか、遠坂とも仲良いんだよなあ。
「なに、士郎が戻った事連絡して無いの?」
「明日には戻ってくるんだし、せっかくの旅行に水差しちゃ悪いだろ。それに今回は長くこっちに居るから、焦る事も無いし。」
「は〜あ、相変わらずよね。桜が可哀そう。」
「む。なんでさ。」
「言っても、どうせ分からないわよ、この朴念仁。」
「そうそう。シロウは鈍感だからね〜。」
理不尽だーー!!と心の中で滂沱の涙を流していると、
「たっだいまーーーー!!士郎、ちゃんと居るーーーー!?」
追い討ちを掛けるように、理不尽の塊のような猛獣がやってきた。
「それにしても、遠坂さんまで帰ってきてるとは思わなかったよぅ。うんうん、賑やかでお姉ちゃん、嬉しいよぅ。士郎、おかわり!!」
俺の力作ハンバーグをもぎゅもぎゅと食べながらお茶碗を突き出す藤ねえ。イリヤは満面の笑顔。セラとリーズリットは、いまだ表情が乏しいものの、満足してるのを感じ取れる。どうやら好評のようだ。と、遠坂に目を向けると、
「と、遠坂。もしかして、口に合わなかったか。」
思わず聴いてしまうくらい、渋い表情をしていた。俺の問いかけに、遠坂は慌てて手を振ると、
「ち、違うわよ。想像以上に腕上げてて驚いたの。間違い無く今の私じゃ勝てないわね。」
「じゃあ、不味い訳じゃないんだな。安心した。」
「当たり前じゃない。シロウのご飯は、最高なんだから。リンが勝てるわけ無いじゃない。」
「私は、遠坂さんのご飯も好きだよぅ。もちろん桜ちゃんが作るご飯も。」
「タイガ、おいしいものが、好きなだけ。」
「士郎を凌駕する食事は、どうしたら作れるのかしら。」
と賑やかながら楽しい夕飯の時間は過ぎていった。
洗物を片付け、おやつ時に作っておいた黒ゴマのプリンを六つお盆に載せて持っていく。
「「ん〜〜〜。シアワセ〜〜〜〜〜〜。」」
「ん、おいしい。」
「どうして同じ味が出せないのかしら。」
「む〜〜。あんた、料理の修行のために世界廻ってたの?プロ顔負けじゃない。」
これも大好評だった。あと、遠坂、俺は料理の修行をしてた訳じゃない。ただ、あの二人に下手なもの出したら、フルアーマーダブルセイバーなんて可愛いくらいに大ぴんちなんだ。死と隣合わせの料理の修業なんて、聞いたこと無いぞ。体験はさせられたけど。
お腹が満たされた後の、まったりとした時間。俺の旅(ほんの一部)の話。遠坂の倫敦での話。イリヤ、藤ねえ達の話。気付けば、
「あ、もうこんな時間なんだぁ。それじゃそろそろ帰るとしましょうか。」
「なんだ、藤ねえ、泊まっていかないのか?」
「うう、そうしたいのは山々なんだけど、家空けた事がお爺様にばれたら、お小遣い減らされちゃうのよぅ。」
「って、藤村先生、まだお小遣いなんて貰ってるんですか。」
「そうだけど?」
と不思議そうな表情をする藤ねえ。呆然とする俺達。気を取り直して、遠坂に向き直り、
「と、遠坂は、どうする?泊まるなら、離れを用意する「ダメーーー!!!お姉ちゃんは許しませんよ!!!年頃の男女が、同じ屋根の下で、一夜を共に過ごすなんてダメダメよぅ!!!」
「な、なにいってんだこの馬鹿トラ!大体、イリヤやセラ、リーズリットも居るだろうが!」
「ふーんだ、お姉ちゃんの目は誤魔化せないわよ。士郎、遠坂さんばっか見てたくせに。久し振りに再会した元同級生が、すっごく綺麗になってて、今まで気付かなかった気持ちに気付いちゃうみたいな、ドラマのような展開を狙ってるんでしょう。」
「で、どうする。遠坂?」
「荷物の整理もあるから、今日は帰るわ。」
「うう、無視された〜〜!!」
「タイガ、よしよし。」
リーズリットに慰められる藤ねえを放置して玄関まで、遠坂を見送りにいく。
「リンは、どれくらいこっちに居るの?」
「相手次第ってとこね。まあ、一日二日じゃないとは思うわ。」
「じゃ、明日来れないのか?桜、帰ってくるのに。」
「大丈夫だとは思うけど。それじゃ、またね、士郎。お休み、イリヤ、セラ。」
「お休み、遠坂。」
「お休み、リン。」
「おやすみなさい、リン。」
遠坂が帰った後、藤ねえも帰り、風呂に入って就寝間際。イリヤが、一緒に寝ようとするのをどうにかこうにか説き伏せて、布団を敷いて、さあ、寝ようとすると、
「なんだ、あれ?」
机の上に、紙切れを見つけた。食事の前には、間違いなく無かったはず。気になって手に取り、書かれている文字に目を通した瞬間、戦慄が体を奔りぬけた。
『今夜、二時、冬木中央公園ニ、来ルベシ。来ナイ場合ハ、捻ジ切ル。』
定規を使って書いたような無機質な文字。脅迫じみた文面。て言うか、捻じ切るって何を捻じ切るつもりだ!?
呪いが篭められてる訳じゃないが、まるで呪われてしまった心持ちです。手紙の送り主は、まあ、あいつなんだろうけど。
「行かないと、ホントに捻じ切られるだろうし。あ〜あ、今日もぐっすり寝られると思ってたのになあ。しょーがないか。」
一時まで、仮眠を取るため、布団に入る。
遠坂の用件には、心当たりはありまくるけど、正直勘弁して欲しい。まあ、遠坂の帰国は、間違いなく俺絡みだろう。穏便に、事が進めばいいけど、なんて儚い希望を胸に、俺は意識を手放した。
あとがき:無謀なる連日更新でござる。自己嫌悪の余り、「直死の魔眼」が欲しい今日この頃。皆さんには、生存を許して頂きたい所存でありまする。士郎は、UBWエンドの髪下ろしアーチャーが、桜トゥルーの服装をしていると想像して下され。次回は、バトル&オリキャラ登場と更なる無謀を遂行いたす。死して屍拾って下され。
こういうSS待ってました!!続きがたのしみです。