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うん。やはりたまには目に優しい緑に囲まれて、のんびりするのも悪くない。
さわさわと頬を爽やかな風が撫でていく。
特に会話するべき事がある訳じゃない。自分も彼女も饒舌という訳ではないし。
しかし、決して重苦しい沈黙という訳じゃない。
隣を見るとライダーも穏やかな顔をしている。俺も彼女もこの穏やかな時間を大切にしようと思っているだけだ。
聖杯戦争から1年。
最初は苦手だった彼女も、今ではかけがえのない家族の一員だ。
あの頃と比べて、随分と柔らかい表情も見れるようになった。
そんな事を考えていると、
「?」
ふと視界に何かを捉えた。
「…犬だ」
「犬ですね」
「野良犬かな?」
その割にはなんだか小綺麗だけど。
そんなに大きな犬ではなく中型犬だ。茶色の短い毛並。口の辺りの毛が黒くって、可愛い様な気がしない事もない。
「いえ、恐らくリードが外れたりでもしたのでしょう。首輪がついていますし」
言われてみれば。犬は確かに首輪をしている。
さて、どうしたものかと公園を見渡すが、やはり飼い主らしき人はいない。
と、犬は俺達に興味を持ったのか、近づいてくる。
ライダーはベンチから離れ、地面に片膝をつけて、チッチッチッ、と舌で音を鳴らして犬を呼ぶ。
ああ。なるほど、犬を怖がらせないように、犬の目線の高さに近づけるんだな。
…ライダー、背が高いの気にしてたしなぁ…。
「でもライダー。そいつ、何か警戒してるっぽいぞ?」
そう、犬は確かにこちらに興味は示しているのだが、警戒しているのか、その歩みはまっすぐにこちらには向かっては来ずに、右往左往していたり。
「心配ありません。私の特殊技能が何であるかお忘れですか? 幻獣はもとより神獣をも扱うこの身。言うまでもなく、目の前にいる犬など容易いものです」
ふっ、なんて余裕の笑みまで浮かべるライダーさん。
おお、何かカッコいいぞ。……その対象が犬というのも中々シュールだが。確かに天馬を乗りこなす彼女にしてみれば、犬くらい問題ないだろう。
と、犬は警戒を解いたのか、段々と寄ってくる。
やるなライダー。騎乗A+は伊達じゃないか。
そして、ライダーは犬に右手を差し出し、
「お手」
……
カプッ。
……
…あ。ライダー、手、噛まれてる。
「……」
「……」
「いかがですか?」
「何が」
とりあえずツッコミは入れる。
「……」
ライダーは無言だ。
あ、久しぶりに見た。そのポーカーフェイス。
「……」
で、俺も何となく無言になる。
犬は俺たちに興味を失ったのか、それとも他に何か面白い物でも見つけたのか。ピクン、と耳と立てたかと思うと尻尾を振って向こうへ行ってしまった。
……何とも言えない空気が流れる。
と、ライダーは、んんっ、なんて咳払いしつつ、
「それはさて置き。士郎」
なんてことを言ったり。
「…ごまかしたな」
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない。それよりライダー、その手、痛くないのか?」
「いえ、この程度の傷、どうということは」
あまりその話には触れられたくないのか、そんな事を言ったり。…しかしその右手には歯形がくっきりと残っている。
「そんな訳ないだろ。」
ライダーの右手を取って公園にある水道に向かって行く。
「あ、あの、士郎?」
ライダーは声を掛けてくるけど、今はこっちが優先だ。
「うん、良かった。とりあえず血は出てないみたいだ」
水で患部を流してハンカチで水気を拭いた後、ライダーをベンチに座らせてから、『衛宮士郎の秘密の七つ道具』が入っている布袋から七つ道具の一つ、消毒液を取り出す。他の六つは秘密だ。何故ならそれは秘密だからだ。
秘密の七つ道具はいつも肌身離さず持っている。俺も伊達に学生時代に便利屋と呼ばれていた訳ではない。
俺もベンチに座って、消毒液を傷口にぴぴっと吹きかけて別のハンカチで巻く。
「ん。これでよし」
「ありがとうございます」
何処となく恥ずかしそうに礼を言うライダー。
「どういたしまして」
先程の、犬に噛まれた話題にはあまり触れられて欲しくなさそうなので他の話題を探す。
……と、ライダーは何かに気付いたのか、
「士郎、あそこでこちらを見ているのは貴方の知り合いですか?」
「ん?」
言われてライダーの視線の先を追ってみる。と、
「…美綴?」
公園の入り口辺りで立ってこちらを見ている女の人。茶色がかった髪を、相変わらず肩の辺りでばっさりと切り揃えて。釣り目がちな目は猫の様。
目が合って俺だと分かったのか、こちらにやってくるのは美綴綾子だ。
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よう、なんて感じで片手を挙げて挨拶してくる。
「後ろ姿だったからいまいち確証は持てなかったけど、そのオレンジ頭は目立つからねえ。もしかしたら、とは思ったけど。やっぱり衛宮だったか。久しぶり」
「おう。久しぶり、美綴。そっちは相変わらず元気にしてそうだな。買い物か?」
「いや、探し物というか何というか」
きょろきょろと辺りを見渡す美綴綾子。
美綴…オマエは探し物するのにこんなトコを探すのか…。
「…しっかし、これまた珍しいヤツを見かけたもんだ。
まったく、アンタときたら唐突に休学しちゃって。アンタがどうなってるのかなんて、つい最近、遠坂に聞くまで知らなかったし」
「ああ、ちょっと親父の昔の知り合い関係で急に海外に行く事になってな。心配掛けたか。スマン」
これは俺が1年ほど休学した際に、あらかじめ遠坂が考えていた言い訳だ。
「……そりゃあね。遠坂から聞いてはいたけど。元部活の同僚、だからね。多少は心配したよ」
言って、何故か俺から視線を外す美綴。
と、隣にいるライダーをちらりと見て、
「衛宮? こちらは?」
「ああ、そういや紹介がまだだったな。ライダーっていうんだ。ちょっと変わった名前だけど。で、コイツは美綴綾子。元同級生で、ついでに俺が辞めるまでは同じ弓道部にいた、元部活仲間だったりする」
二人はお互いに初めまして、なんて挨拶したり。
「士郎」
と、ライダーに声を掛けられる。
「何だ? ライダー」
「積もる話もあるでしょう。私は家に先に帰っています」
「あ、何だか気を遣わせたかな」
美綴は申し訳なさそうに言う。
見た目はサバサバしている美綴だが、細かい所にも気付いたりする。そんなところが、学校を卒業したというのに未だに部活の後輩に慕われている理由の一つだろう。
「お気になさらずに。友人というものは良いものです。それが久しぶりに会ったのですから。では」
柔らかく微笑んで、公園の出口へと去っていくライダー。
「はあ。変わった名前してるし、最初は冷たそうな印象を受けたけど、良い人じゃないか」
「ん。そうだな」
「…しかしアンタも隅におけないねぇ。遠坂から桜とアンタが付き合ってる、ってのは聞いてたけど」
言って、既に視界から外れようとしているライダーをちらりと見て、
「…浮気かい? エミヤ」
なんてにやにやしながら聞いてくる。
…これはアレだ、聖杯戦争という修羅の道を潜り抜けた今の俺なら分かる。
これは、分かってて俺の反応を楽しもう、って腹だ。
…そういえば美綴とトウサカは親友らしいし。…類は友を呼ぶ、って言葉の通り、…ちくしょう、人をいじって楽しいか、とあくまで心の中で愚痴る。…ううっ、我ながら情けない。しかし決して口には出さない。…後が怖いし。
と、ライダーが一瞬、ピタリと立ち止まった。
が、何事も無かったかの様に公園を出て、角を曲がって去って行く。
…? 何だったんだ?
「衛宮?」
美綴に呼ばれて我に返る。
とりあえず反論すべき事は反論しておかないと。
「…あのな、俺は浮気なんて…」
「しかも『先に家に帰ってます』なんて。同棲でもしてるのかい?」
「アホか。確かにライダーは俺と一緒に住んでるけど、桜も俺と一緒に住んでるんだ。それにライダーは桜の友人だし、俺と桜はその…付き合ってる」
「…へぇ。衛宮がそんな事言うようになるとはねえ。…しかしサクラも気が置けないだろう。あんな美人がエミヤの近くにいるんだし」
…まあライダーが美人である事は否定しないが。
「美綴。友人と言ってもライダーと桜は姉妹みたいなもんだ。いくら冗談にしても質が悪いぞ」
「ん。確かにそうだね。悪かった衛宮」
自分が悪かったと思ったら素直に認める、そんなところも相変わらずの男前だったりする。
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それから15分程、美綴とお互いの近況報告をしたりした後。
美綴は思い出したのか、
「ああ、そういえば探し物の途中だった。またな、衛宮」
そう言って、片手を上げて去っていった。
いつもの道を通って帰宅する。
さて、そろそろ我が家も見えてくるかな、という所で道端にいるのはライダー。
「あれ? ライダー、先に帰るって…」
「士郎、話があります」
そう言う口調は穏やかなんだが…何だか視線が痛いんですけど。
「な、何?」
妙な緊張から思わずどもってしまった。
「先ほどアヤコが言っていた、士郎の『浮気』に関してです」
「…は?」
一瞬何の事か分からなかった。
…ああ、あれか、聞こえてたんだな。だから一瞬立ち止まったのか。
―――聴力の増強。魔力をその部位に帯電させることで可能な、基本的な魔術の1つ。
何せ半人前の俺みたいな魔術師でも使えるんだから、全身が魔力の塊である、英霊である彼女にとってすれば、それこそ対象に意識を向けるだけで聴力の増強なんてできるのだろう。
「アヤコは先程、士郎が浮気をしているのか、と聞いていました。貴方は桜というものがありながら―――」
「ていうかライダー。美綴が言ってたの、ライダーの事だぞ?」
「ですから貴方には……今何と言いましたか?」
「いや、だから美綴が言った『俺が浮気している相手』っていうのはライダーの事を指して言ったんだ、って。
ついでに言うと、美綴が言ったのは冗談だ。美綴も言ってたけど、遠坂とアイツは友人だ。類は友を呼ぶ、っていうだろ? 遠坂と同じで人をからかうのが趣味の一つみたいな奴なんだ」
ライダーはあんな風になっちゃ駄目だぞ、と一応釘をさしておく。
……これ以上俺をからかう奴が増えてたまるか。
「……」
ライダーは何か考え出した。どうやら自分の勘違いだったと分かった様子。
「非礼を詫びます、士郎。どうか許して欲しい。」
そう言って頭を下げる。
「いや、分かってくれればいいんだけど」
そこまで丁寧に謝られると、何だかこっちが悪い事した気分になってくる。
「……しかし、何故アヤコは冗談とはいえ、私を士郎の浮気相手などと言ったのでしょう?」
そう言って、本当に分からない、といった様子のライダー。
「いや、三綴言ってたぞ。ライダーはいい人で物凄い美人だって」
「そんな事は。この身はサーヴァントであるというのに」
「? 俺も美綴の言う通りだと思うけどな。アイツはいじめっ子だけど根はいい奴だし。人を見る目はあると思うぞ」
「…今、何と?」
ライダーはこちらをじっと見つめてくる。
? 俺、何か変なこと言ったかな?
「え?」
思わず問い返す。
「ですから、今、士郎は何と言ったのですか、と」
「ああ、あいつはいじめっ子だけど根はいい奴だし」
「そこではなく」
「…人を見る目はあると思うぞ、ってところか?」
「そこでもなく!」
そう言ってライダーは身を乗り出してくる。
「俺もそう思う」
「…つまり?」
ずい、と詰め寄ってくるライダーさん
…珍しい。
普段穏やかなライダーが、こんな風に感情をはっきり表すのは久しぶりに見た気がする。
「? 俺もライダーはいい人で物凄い美人だと思う、と」
言ってから気付いたけど。
……なんだか、これじゃあ告白させられてるみたいだ。
そんな事を考えてたら、何だか顔が熱くなってきた。
―――そんな俺の様子がおかしかったのか。
ライダーはびっくりするぐらいに可憐な微笑みを浮かべて……
「では帰りましょうか、シロウ」
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翌日の昼下がり。
場所は衛宮家の、いつもの居間。
「? 桜、ライダーは?」
いつもなら、この時間帯は家にいる筈なんだが。
「ライダーならさっき、ビーフジャーキーを持って公園に行くって言ってましたけど」
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あとがき
こんにちは、都間都です。如何でしたでしょうか。
何しろ自分はSSを書くのは初めてだったので、どこまでキャラを壊していいものか悩みました。
特に士郎ちんが壊れている所(『秋桜の空に』のネタの所)なんかは、今思うと文字通り、
しまった! やりすぎた!
な、と。反省してます。…あれも一種のクロスオーバーになるのかな。
実は自分がSS書いてみたくなったのは、某、裸Yシャツの偉い人のライダーさんのSSの影響だったりします。
とは言え、自分にはあんなハイレベルなギャグもネタも思い付く筈もありません。
しかしせっかく話を思い付いたので、拙いながらもSSを書いてみたくなった次第です。
チキンな自分は前編を投稿した時、ホントにドキドキしました。
リンク先を間違えたり、タイトルに『前編』と入れるのを忘れたり。
ご意見、ご感想等頂けたら嬉しいです。
それでは。長々と自分の稚拙なSSにお付き合い頂き、ありがとうございました。