Der Wecker einer weisen Prinzessin−届け奇跡は聖杯へ 3-1 M:凛、他 傾:シリアス


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1: 唄子 (2004/03/16 02:47:27)[orange.peco.chipi@m2.dion.ne.jp]

/Dark Dark Pain’s

/1 Dark Pain
 ―――喉の奥が痛い。
 どれ位、泣いて、叫んだろう。
 痛みは喉の奥から、食道渡り、腹部に至る。
 時折、何も音のしない筈の部屋に居るのに
 耳鳴りがする。
 静か過ぎるせいだ。
 先ほどまでの、体中を這い回る虫も居なければ、
 醜悪な笑い声を上げる主も居ない。
 
「っく…」

 分っていた。この身は決して幸せの方向へは向かってはくれない。
 いつも、何か怯えていた。
 いつも、痛みを持っていた。
 いつも、何かに蝕まれていた。
 いつも……、いつも…、いつも、いつもいつも…
 
 でもあの戦争が終わって変わったのだ。
 兄が入院した。
 あの時に、幸せの予感がしたのに―――――――――



 それは、突然の先輩からの電話。
 兄、間桐信二の入院の知らせ。
 本当は行きたくなかったが、先輩が電話したから無視できなかった。
 ナースステーションで兄の病室を聞き、
 部屋に入ると、そこには先輩とあの人―――
 遠坂先輩、…姉さんが居た。

 姉さんは何も言わずに、私を確認したら、さっさと病室を出て行った。
 部屋を出る前に少しだけ目があった。
 心配しているみたいだった。
 けど、一瞬だったからそう見えただけかもしれない。

 姉さんが出て行ったあとを見ていると
 後ろから先輩が声をかけてきた。

「信二、学校で倒れてたんだ」
 先輩が真剣な面持ちで私に語り始めた。


「この前さ、学校で大騒ぎがあっただろ。
 原因不明の…。関係あるかどうかわかんないけど、
 病院の人がそう言ってた。」

 先輩の表情、辛そうに見えた。

 先輩は、嘘ついてくれてる。
 兄は、きっとあの戦争で倒れたのだろう。
 ライダーの気配が消えて、それでも兄は家には戻らなかった。
 だから、先輩に電話をもらった時には分っていた。
 ああ、あの戦争で倒れたんだって。
 
 先輩はこんな私でも、心配してくれてる。
 巻き込まないように、私に心配をかけまいとしてくれる。
 すごく嬉しかった。
 日ごろ吐けない嘘をついてくれる、そんな先輩の気持ちが
 たくさん伝わってきたから。

「そうですか…。兄は今どんな状態なんですか?」

 だから私も、深くは聞かない。
 先輩の負担を少しでも減らしたかったから。

「先生が言うには、ただの衰弱だって。
 でも、用心のために1週間は寝てなきゃだめだってさ。
 命に別状はない。
 良かったな、桜」

 そう言って先輩は少しだけ笑った。
 別に兄の容態に心配していたわけではない。
 だけど、それでも死んで欲しいとまでは、思ったことはなかった。
 先輩の笑顔、久しぶりで嬉しくて、兄が生きている事にほっとして、
 兄の事憎みきれない自分がわかって、先輩が笑いながら頭をなでてくれて
 いろんな思考がぐるぐる回って――――

 気がついたら、先輩の胸で泣いていた。

「さ、桜!?」

 ごめんなさい、少しだけ、もうちょっとだけでいいから
 私だけの先輩になってください――――!!

 しばらく泣いてたら、だんだん気持ちも落ち着いていった。
 先輩はちょっと前に帰っていった。
 一緒に居る、そう言ってくれたけど、
 悪いから断った。
 先輩だけでなく、外で待っている姉さんにも。
 
 やっぱり姉さんは私の欲しい物を全て持っていく。
 でも、それもしょうがない。
 私は望んでも、それを行動に移せなかった弱虫だから。
 姉さんとは、しばらく顔を遇わせるのは辛いけど、
 今度こそ、『姉さん』と呼べたら、
 もしそんな風に呼べたら、何か変わっていくかもしれない。
 うん、私にもそんな勇気があるのかもしれない。
 先輩と姉さんと三人で楽しく、心から笑いながら夕食を囲む―――
 そんな未来が目の前に、少しだけ浮かんだ。


 それからまたしばらく経って、兄が目を覚ましたみたいだった。

「んっぁ、さく…ら?」

「兄さん、気がつきましたか?
 体、痛いところはないですか?」

 兄は、しばらく天井に視線を巡らしていたが
 こちらに首だけ動かして、私の方を向いた。

「衛宮が…?」

「ええ、それに遠坂先輩も」

「そうか。なぁ…、衛宮は何か言っていたか?」

「学校の集団貧血事件、その影響かもしれないって。
 学校で倒れていたと…」

「それで…、おまえ納得したのか?」

「…はい。先輩が嘘をついているのは分りました。
 でも、心配をかけまいとしてくれてるのが、伝わりましたから。
 兄さんは、あの戦争で傷を負ったのでしょう?」

 兄は、少しだけ目線を天井に移して、また私の方を向いて言った。
 
「聖杯に…、聖杯に取り込まれたんだ」
 
 驚いた。戦争で傷を負ったと思っていたら
 衰弱と聞いて不思議には感じていたが、
 兄がそんな状態だったとは思いも至らなかった。

「そんなっ…。兄さん、それじゃあ、その体は…」
 
「衛宮から聞いたんだろ?衰弱だろう、多分」

「良かった…。別におかしな所とかはないですか?
 傷むところは…」

 最後まで喋れなかった。
 兄の荒く、弱々しい語気にかき消されて。
 
「何でお前が心配するんだよっ!…いままで散々お前を弄ってきた僕を…
 兄さん?なんで、なんでまだそんな風に呼んでるんだ!
 もう戦争は終わった、僕らは負けたんだ!
 間桐家は負けたんだよ。
 桜、お前は、お前の役目は終わったんだ。
 だったら…」
 
「だったら、遠坂家へさっさと戻れ、ですか?兄さん」

「っ!?
 …そうだよ。別に間桐家に居る必要はもうないだろ。
 だったら、もう戻っていいだろ…。
 お前も、遠坂家に戻りたいだろ…?
 あんな家に居たって、それに…、それに僕もいつか戻ってくる、
 また僕と顔を向け合って暮らしていかなきゃならないんだぞ!
 そんなことするくらいなら、
 そ、そうだ、帰りにくいなら、俺が遠坂に言って…」

「…ぷっ!ぷっく、あはははは♪」

「なっ!?なにが可笑しいんだよ、桜!」

 あぁ、兄の恥ずかしがって狼狽した顔なんて、初めて見た気がする。

「兄さんは、兄さんです。私は、私。間桐桜ですよ、これからも。
 それに兄さんはそんな事言って、明日からはどうするんですか?
 誰が身の回りの世話をするんです?
 ああ!それとも誰か女の子呼ぶつもりですか?
 それでは出る幕ないですね、それじゃ私はもういらない子でしょうか?
 かといって今更のこののこ遠坂家へ帰れと?」

 自分でも驚くくらい言葉が出てくる。
 兄も同じくらい驚いてるみたいだ。
 目を見開いて、口をパクパクさせている。
 楽しい、兄との会話がここまで楽しかったことなんてない。

「ええっ!?おまえ、おまえ本当に桜か!?
 僕はまだ夢の中に?
 な、なぁ、桜おまえ、本当に遠坂家には…」

「行きませんよ、もうっ!兄さんって意外と物分りが悪いんですね〜!
 そんな子はには、えいっ!」

「い、痛いっ!さっ、桜、でこピンなんてお前、あいたっ!
 今、鈍い音がしたぞ!ちょっとまって、僕は病人で、いたっ!
 鼻は狙うなっ、な?分った、分ったから!!」

 兄が本気で怯えている。
 やり過ぎてしまったのかもしれない。
 でも、楽しかった。
 すごく、すごく普通で、本当の兄妹みたいに―――


「桜」

 本気で痛かったのか、兄がでこをさすりながら真面目な顔をしている。

「ご、ごめんなさい、兄さん。つい、その、痛かったですか?」

「…、痛くない。」

 兄は、でこをこするのを止めて、しばらく私の顔を見た後、また口を開いた。
 
「痛くない。桜に今までしてきたことに比べれば…!」

 っ!!
 思い出したくない、でも決して忘れられない記憶。
 濁った目で、何度も殴られた。
 たくさんの罵声、恥辱、また罵声、そして…

「そうだよ、僕は別人になったわけじゃない…
 ましてや、生まれ変わったわけでもっ!
 あの、『間桐桜』に暗い、深い、傷を負わせた…
 間桐信二だっ!!」

 そうだ―――
 憎くて、でもどうしようもなくて
 逃げ出したくて、逃げ出せなくて―――
 そして、決して私という人間を認めてくれなかった兄、
 間桐信二。

 でも、今は、そう今の今までどうしようもなく嫌いだった筈だったのに!
 でも、そんな兄になんで私――――

 その時、兄の顔を見て分った。
 ああ!だから、だからそんなどうしようもなく嫌だったのに
 こんな風に、こんなにも振舞えるのは―――

「兄さんは、…兄さんは変わりましたから」
 
 そうだ。
 兄が起きた時、その顔を見てすぐに分った!
 背負った嫉妬、僻み、憎しみ、そんなものが全くなくなっていたのだ。
 だから、純粋に心配していたのだ、この弱々しく、私の事を気にしている兄を――

「変わったって…、僕が…?
 そんな、どうしてっ?何が変わったていうんだ!?
 僕は何も…」

「でも兄さん…、今の兄さんは目がとても綺麗です。
 私は兄さんがどうして変わったかなんてわかりません。
 それでのも、私は、今の兄さんを憎む気持ちは、たとえ昔を思い出しても、
 …沸いてこないんです。」

 兄は、また少しだけ天井に視線を移す。
 目を瞑り、今度は私の方を向かなかった。
 疲れたから、休むのだろうかと思っていると、

「たくさん、たくさんの憎しみを見たよ。
 聖杯に取り込まれたとき、憎しみ、嫉妬、妬み、蔑み、
 そんな思念の海の中に放り込まれた。
 どうしようもなく、気持ち悪くて、不安で、怖くて、ただただ終わりだけを。
 自分がその海に溶けて、何も感じなくなるように小さくなって震えてた。
 …そんな時、桜。
 おまえを憎み、妬み、蔑もうとする僕を見たよ。」

 憎しみを見た?
 兄が私に抱く憎しみを?

「苦しかった。
 おまえをこんな気持ちに、思いをしてたのかって。
 そんな風におまえに振舞っていた僕に、僕は酷い憎しみを抱いたんだ。
 おかしな話だろ?
 全部自分の気持ちなんだ。脚色も比喩もない。
 真実の、今までの自分の気持ちを見たのにな…。」

 辛そうだった。その時の情景を思い出しているのか、
 兄は、掛けられた布団をぎゅっと握っている…

「そして衛宮たちが、…助けてくれたんだろうな。
 時々あいつの呼ぶ声が聞こえたんだ。
 それがすごく嬉しくて…。
 目がさめたら、桜、お前が居たんだ。」

 本当に、以前の兄からでは考えられないような笑顔。
 安心して、それでいて慈しむようなやさしい微笑み。
 それが、泣きそうな顔に変わる。
 いや、そう思った時には兄は、泣いていた―――

「直ぐにでも、謝りた、…かったっ!
 でも、でもどうやって謝ろうって。
 許してもらえるはずないし、どうしようもなくなってるって!
 だってそうだろ!?
 あんな気持ちになるなら、死んだほうがましだ。
 辛かった、嫌でたまらなかった!
 なんでこんな気持ちなんだろうって。
 どうしてこんな自分が居るんだって!
 おまえはずっと、何年もこんな思いを…
 なんであんな酷いこと、酷い事したのかって!!
 僕は、僕はどうすれば、さ、桜に、桜がっ…」

「もういいんです!もういいんですっ、兄さん、
 もう……、兄さんはもう辛い思いをしたんです。
 私の気持ち、初めて考えてくれた…、もういいんですよ、ね?」

 そう言うのが精一杯だった。
 胸が、心が熱くてヒリヒリした。
 それは、そう。
 寒い冬、家に帰って暖かいストーブに手をかざす時、
 手の真が、じーんとゆっくり温まってくる―――――
 そんな表現が一番当てはまると思う…。

 兄はガチガチ歯を鳴らして、体は硬く震えていた。
 そんな兄を抱いて、私も泣いていた。
 ずっと、ずっと―――

 そして、兄とは本当に何年もかかったけど
 本当の兄妹になれたのだった。



 そうして、数日が過ぎ、
 兄の退院の予定日が決まった帰り、
 家に帰ると、

 あの老人が間桐の家に居た―――


「桜、聖杯は満ちたのかのぅ?」

 祖父、間桐肝臓は、愉しそうに笑っていた。
 濁ったような眼、吐く息は白く濁っているような錯覚さえ。
 私をその濁った眼に写して、
 まるで本当に何年振りかの、孫との再会を喜んでいるかのようだった。




 意識が徐々に明るくなる。
 私は、まだ其処に居た。
 今はあの老人は居ない。

 この家を満たしていた、黒く、重い空気がなくなっていた。
 私は服を探した。
 今度こそ、今度こそ私はあきらめない。
 
 昔、姉さんだった人が居る。
 今の兄さんが居る。
 そして、先輩が居る!
 
「姉さん、姉さんの強さを私に少し貸してください」

 私は着替え終えると、少しだけ後ろを振り返って、玄関を出た。
 もう負けたりしない。
 もう奪われたりしない。
 誰にも傷つけられない!
 これからは、これからは―――――

 衛宮邸へ続く道、私は今まで走った事のない位の
 速度で駆け出した。



〜〜ちょっと後書き

 すいません、今回はちょっとした桜の現状を紹介をするつもりが
 変に乗っちゃって。
 だらだら書いてますが、次はしっかり本編へ戻ります。
 読んでくださった方、本当にすいませんでした。
 
 もし、読んでくださった方は、今しばらくお付き合いください。(ペコリ
 では、以上お詫びでした。

 次回の3-2話 Dark Dark nightでお会いいたしましょう。
 他の作者様の力量を少しでも分けて欲しいこの頃です。
 ビバ☆起承転結!簡潔明瞭!

 唄子  


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