・・・ULBW編、藤ねえ人質シーンのBADENDから続く
深い闇の中にいる
あれから何時間経過したのかわからない。
目が覚めているうちに秒を刻んで時間を計ろうとしているのだが、どうも十から先の数が思いつかない
全てが朦朧としている。
ふわふわと手足の実感がなく、水に浮いているような穏やかさ
頭蓋の中に藻が詰まったとしか思えなく、つい笑い出したくなるような闇
「・・・・・・・」
ここのところ、セイバーは会う度に視線を背ける
たしか、聖杯は随分前に手に入った筈だ。
なのに少しも幸せそうじゃないセイバーは、俺に会いに来るたびに
「スマナイ」と繰り返す。
「気分はどうシロウ?貴方のおかげで手に入った聖杯ですもの、
欲しいものがあったら言って頂戴。
セイバーでもあの子でも、好きなモノを作ってあげるわ」
……欲しいもの、欲しいもの。
そう言われて思いつくものはないし、昔から欲しい
ものはなかったし、今の自分にほしいものがあったところで
どうにもならない。
強いて言うのならもっと寒い場所がほしい。
頭蓋のなかの藻が凍りついてくれるような、つい踊り
だしたくなる痛い闇。
ともかく、ここの居心地が悪いのは確かだと思う。
でも動こうにも水の中に浮かんでいたのではどうしようもない。
試験管のなかの胎児を思い出す。
手足の感覚は根元から消失している。
自分はもう動けないのだろう。
自由がないのは不便だと思った。
この体が動けないなら新しい体があればなんとかなるかもしれない。
そこまで思い至って新しい体を作ることにした。
-------------------------------------------------------------------
いつの間にか来ていたセイバーを見る。
結局定期的に会いにきてくれるのは彼女だけだったし、新しい体といっても
自分に出来ることといえば一つしかないだろうから、
彼女を**することにした。
人を**するなんて無茶だろうが、しかし”彼女”にいろいろ体をいじくりまわされた今なら出来るかもしれない。
………
もう何年か、何十年か経ったろうか
面会に来てくれた彼女をひたすら解析して設計図を作る。
彼女の名前が何だったかはもう思い出せないし、
時々何の為にこれをやっていたのかを忘れてしまう。
それでも何か意味があったのだろうと思う。
続けていれば思い出せるかもしれない。
そう思って、ただ彼女の解析だけを続けていた。
「久しぶりね衛宮くん。ようやく見つけてあげられた」
随分と懐かしい声が聞こえた。
「キャスターの言った通りね。貴方はわたしを逃がす為にそうなった。
だから、今の貴方を見て笑ってあげられるのはわたしだけよ」
よう、と手を上げる手が見当たらない。
「 笑い飛ばしてあげる。
悪い夢はここで終わりよ、士郎」
ああ、水がこぼれていく。
ふわふわと浮いていたカラダが転がっていく。
頭蓋のなかの藻がようやくこぼれていくような、狂いだしたくなる温い闇。
「凛!?」
これは彼女の声だ。なにを焦っているのだろうか?。
いつもここに来ると彼女は謝ってばかりだったから、こういう事は珍しい。
何時になく今日は思考が進む。今なら自分が何の為にこんな設計図を作ったのか思い出せるかもしれない。
しかし、クリアーになる思考に反して段々と呼吸が苦しくなってく…る。
息が……出来ない。
「あら、セイバー。何か言いたい事があるようだけど」
一刻も早く
思い出さなければ。何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故 自分はあんなことを続けていたのか。
「…何故!? いえ、そんな事より・・・シロウを試験管の中に戻しなさい」
そう言って彼女は**に剣を突きつける。
「これが最良よ。…これを知っていたなら貴女が士郎を楽にしてあげる事も出来たんじゃない?」
何故か、身動きがとれない、息ができない、視界が白に染まっていく。ともかく、この体が力尽きる前に
思い出せ、何故?何故自分は、彼女…セイバーを、解析していたのか。
「…」
解析、設計図、それは何のためか、呼吸が出来ない、身動きが出来ない、身動き?まて、まてまてまて
近い、身動き、身動き、動く、動く、動かなければ、この体はもたない。この体じゃない、新しい体…
「これは生きているなんて言えない。これならまだ殺してあげたほうが慈悲があるでしょ。」
そう言って遠…は宝石のついた短剣をこちらに向ける。
そう、新しい体だ、新しい体を作る。どのように?なにを使って?設計図に決まっている。その為のものだ
だが設計図?設計図をどうする?設計図でなにを?なにをする?何を?????
「…」
セイバーは俯いて唇をかみ締めている。
遠坂がその短剣を振りかぶる。まずい。あれを振り下ろされたら自分は一太刀のもとで息を引きとるだろう。
短剣、剣、剣を、どうする?
常に土倉で・・・する時は剣が思い浮かんだ。そう、
この身に許された唯一の魔術、投影
そう、それで
**、**だ、**を作る、
**?、作るべきものは・・・分からない。だが問題は無い
そう、設計図はとうに完成している。
焦燥する意識の中、夢中でその呪文を唱えた。
トレースオン
「・・・投影開始」
覚醒した。まず最初にすべき事は本体の確保。
「遠坂ストップ!!。」
あらん限りの声を張り上げて、一瞬でも遠坂の注意を逸らす。
遠坂はハッとしてこちらを振り向き。
その時には既に目的を完遂していた。手にはぬめりとした感触と共に一振りの魔杖が
握られている。先端が胎児のような形をしたそれは、たとえ自分の体だとしても
気味が悪い。
急速に意識が薄れつつある。元々、キャスターに移植された魔術刻印により
五感と意識を別の器に移したところで本体に何らかの刺激が伝わればたちまちのうちに
意識も五感も元の体に戻ってしまう。それでも、断崖の僅かな突起に指をひっかけるように最大限の自制でもって偽の器にしがみつく。
「ハァ、ハァ、ハァ…。」
「セイバーが二人!?。」
視界には自分の足元しか写っていないが、それでも遠坂が動揺しているのが分かる。
突然セイバーと瓜二つの自分が出てきたのだから当たり前か。
「シロウ…?。」
セイバーの問いに頷いて、俺は次の作業にとりかかった。
意識と五感を再度本体に戻し、もう一つの魔術刻印を発動する。
(え?)
目の前の状況は理解の範疇を超えている。唐突に一糸まとわぬ姿で現れたセイバーそっくりの何かは短剣を振り下ろそうとした刹那、それを妨害して、今はわたしの足元で
士郎の変わり果てた体を抱えて蹲っている。
セイバーは確かに”シロウ”と言った。
とすると、魔術師にとってしてもあり得ない事だが、この目の前のセイバーは…
と、魔杖−士郎の体に紋様が浮かぶ。魔術刻印。
光が士郎を包む、そして、目の前の”セイバー”は士郎の体を自分に抱き寄せて…
「!?。」
士郎の胎児のような体が白い肌の中に埋もれていく。音もたてず、吸い込まれるように。
奇怪な光景だった。もはや、士郎の体は完全に飲み込まれ、”セイバー”の
みぞおちのあたりに僅かな膨らみを残すのみ。
「士郎…なの?。」
半信半疑で問う。状況を整理すればそれ以外には考えられないが、それでも
尚魔術師としての常識が理解を阻んだ。
暫く呼吸を落ち着かせた後
「ああ、おかげさまでなんとか無事だよ。」
そう言って、
その少女はにこりと、まるでよく知った彼のように、微笑みかけてきた。
--------------------------------------------------------
・・・気が向いたら続くかも
2
あの後、
突然泣き出したセイバーに抱きしめられたり、ちょっと複雑ながらも嬉しかったり
それを傍から見ていた遠坂に”あなたたちそんな風にしているとレズに見えるわよ”
などといわれて咄嗟に離れたり、まぁ色々あったが
どうにかこうにか、こうして無事に懐かしの我が家に帰ってこれた。
既に夜中の三時を過ぎ、無人の家は明かり一つ無く。
家をどのくらいの期間空けていたのかは不明だが、
遠坂も最後に見た時と比べそれほど変わった風ではないし
俺がキャスターに監禁されていたのはそれ程長くはなかったようだ。
ちなみに、俺が監禁されていた場所はアインツベルン城近くの廃墟で
キャスターが作った拠点のうちの一つらしい。
とはいえ、セイバーが守っていた他はろくに監視もなく脱出は簡単に出来たのだが
まぁ、英霊の体とは言え流石に裸足で森を歩くのは痛かったとだけ付け足しておく。
遠坂に借りた外套を脱ぎ私服に着替えて居間に向かう。
適当にくつろいでいるかと思ったが、
予想に反し二人は何やら真剣に話し込んでいた。
「二人とも何話し合ってるんだ?。」
「あんたね・・・、まぁいいわ、そこ座りなさい。」
む、家主に向かって命令するとは何事か・・・
などと言えるような空気ではないようなので
おとなしく遠坂と向き合う形でテーブルにつく。
「ところでさ」
とりあえず聞きたい事は山程あるのだが・・・
「今って何年の何月?。」
先ず一番重要な事を聞いてみた。
何かおかしな点でもあったろうか?
二人ともしばし呆然とした後、
はぁと溜息を一つついて遠坂が答える。
「そんなに経ってないわ、
今は六月だから士郎が捕まってから3ヶ月ちょっとかしらね。」
「安心した。で、聖杯戦争は?。」
途端、遠坂の面持ちが真剣に変わる。
「とっくに終わったわ。キャスターが聖杯を手に入れて・・・
多分今も聖杯は柳洞寺のどこかに在る。」
「!?聖杯って、じゃあキャスターは聖杯を使って何をしでかしたんだ?。」
「何も。」
「へ?。」
「キャスターは何もやってないわ。少なくとも今のところはね。」
黙考する。聖杯戦争というのがどういった形で終幕を迎えるのかは考えた事もなかったが・・・
聖杯というのは一度現出すれば後はもうそのまま残るものなのだろうか?
それより、キャスターが聖杯を手に入れて尚何も願わなかったのは不思議…というより
奇妙だ。もとより何も願いなどないのか、それとも?
「聞きたい事はそれだけ?。」
と、こちらの思考を遮って遠坂が訊ねてくる。
「いや、あとサーヴァント、生き残ってる奴はどのくらいなんだ?。」
「ランサー、バーサーカー、ライダーは脱落。残ったのは
キャスター、セイバー、アサシン、アーチャー・・・あとギルガメッシュ。」
「ギルガメッシュ?。」
「ええ、前回から生き残ってる奴が一匹だけいたのよ。
ギルガメッシュだけがキャスターと敵対して、何度か柳洞寺にも襲撃していたみたい。」
ふむ。俺が人質になってたせいでセイバーがキャスター側についていたのならば
たとえ遠坂でも手出しは出来なかったと。
しかし、そのギルなんとかは不明だとしてもアーチャーと遠坂という危険要素をそのまま
見逃すようなキャスターではないと思う・・・
とそこまで考えて、肝心のアーチャーが今までまったく姿を見せていない事に気づいた。
いくら遠坂でもキャスターの拠点にサーヴァントを連れずに行くというのはおかし過ぎる。
とすると結論は一つ、
「遠坂、一応聞いておくけどアーチャーは?。」
遠坂は顔を俯け、一息ついた後答えた。
「寝返ったわ。まぁその御蔭で私は無力とみなされて放置されてるんだけど。」
ふむ。とすると状況は、3対4対1、とはいえサーヴァントの数だと1対3対1
不利ではある。しかしキャスターは以前に藤ねえを人質にとっている。
今現在どういうつもりなのかは不明だが、しかし後手に回れば致命的な事態になりかねない。
となれば一刻も早く片付けておかねばならない相手なのだが・・・。
「質問はそれで終わり?。」
と、そこまで考えたところで再び思考を遮られた。
「え、あぁとりあえずは。」
「そう、じゃ次はこっちの番ね。衛宮君、説明してもらえる?。」
「へ?何をさ。」
「だから!今日のことをよ。
キャスターに何がしかの改造をされたのは見て分かったけど、
そのセイバーの体はどういう事なの?。」
「あぁ、あんな風にいじくり回されたからな。
ろくに身動きもとれなかったんでセイバーの体を投影して
それに本体と神経繋げて動かしてる。」
と、そこでセイバーの視線に気付いた。
「いや、セイバー、まった、聞いてくれ、結局あんなとこに会いに来てくれるのは
セイバーだけだったからセイバーを投影するしかなかったわけで
これは仕方ないし決してやましいことなんか考えてない、うん、まったく。」
「はぁ、わたしも妹が出来たようで悪い気持ちはしませんが。」
そう言ってうーんと複雑な表情で唸るセイバー。
妹・・・ってことになるのだろうかやっぱり。
セイバーの本当の年齢を知りたくなってきたが。
いや、しかし今はそんなことより、
鏡を見ない限りは気にならない、
というより頭が気にしないように処理しているのか。
だがしかし落ち着いて自分の体を見てみると、
僅かに膨らんだ胸とか、小柄な体とか、挙句に長く伸びた金髪とか
まぁやっぱり、どこからどう見ても男には見えない訳で。
うわぁ…、親父ごめん。
しかし存外、あの親父なら嘆くより逆に喜びそうではある。
嘆息する。自分の体とは言えあまりじろじろ眺めるのはセイバーに失礼だ。
深く考えるのは止めよう。意識しなければどうという事も無い。喝。
「で、士郎頭の方は大丈夫なの?。」
「まったく正常だ。」
遠坂がなにやら恐い顔をして睨み、突拍子もないことを聞いてきたので
即答した。
うん、多分正常。
体は問題あっても精神に異常をきたした訳じゃない筈。
「そうじゃなくて、…訊き方が悪かったみたいね。
サーヴァントの体なんか投影してあげくにそれと神経の接続するなんて…
いえ、前言撤回。あなた頭おかしいんじゃない?。」
「いや、仕方なかったって言ったろ。
あの状況じゃこれ以外方法なかったからこうしただけ…」
「だから!なんでそんな事が出来たのかも不思議だけど、
もし仮に出来たとしても危険よ。サーヴァントの体と繋がった時点で普通は即死。
良くてサーヴァントの精神に食い殺されて脳の方が破損するわ。」
「そう言われてもな、何ともないぞ。少なくとも今のところは。」
遠坂は黙ってこちらを睨み続けてくる。
「多分、セイバーを投影したって言っても結局器だけしか出来なかったからかな。
魂や精神のない空っぽの器なら繋がったところで影響は受けないんだろうと思う。」
「はぁ…、まぁ士郎本人がそう言うならそうなのかしらね。
でも絶対無理だけはしないで。危ないと思ったらすぐに止めて頂戴。」
その眼は真剣に俺の身を案じてのものだった。
「わかった。約束する。」
それを聞いて遠坂は破顔して、
とんでもない事を言ってきた。
「でも本当、瓜二つね。双子の姉妹みたいじゃない。」
途端、顔面の温度が上昇する。
隣のセイバーも同様に真っ赤に染まっていた。
「待った遠坂、見た目こんなんだけどあくまで俺は男!。」
う、そう言った途端
なにやら隣のセイバーの視線が俺に突き立ったような気がするが。
ゆっくりとセイバーの方を見ると、
一瞬前まで怒っていたらしい視線を今は心持ち下に向けて、
珍しくセイバーが小声でごにょごにょと訊いてきた。
「シロウ、その体ではやはり不満ですか?。」
「いや、そんな事ない!。可愛らしいし気に入ってる!。
ただちょっと胸が小さいのが不満…
だーーーーーーーーちがう!?」
もう頭が茹で上がってて自分で言ってる事が理解できてないが
なにやら破滅的な事を口走ってる事と…
傍から見物している遠坂がまるで新しい玩具を手に入れたかのように
ニヤリ笑いを浮かべている事だけは分かった。
3 魔弾の射手 傾:後半だけバトル
さんざん遠坂に”士郎今度ワンピースでも着てみたら?”とか
”わたしの服貸してあげようか? フリル付きとか似合いそうね”
など散々からかわれた後、
話題を逸らす為苦し紛れに作戦会議を提案したら
それが延々小一時間程続いてしまった。
まぁそもそもそうすべきだったから望ましい事だけれど。
提出した案のうちの一つ”そのギルなんとかと同盟を組んだらどうか?”
という案は何故か二人に猛反対された。なんでも随分な人格破綻者らしく
同盟など到底組めるものではない…とのこと。
特にセイバーが嫌がっていたのが気にかかった。
何か思い出でもあるんだろうか?。
まぁそれはそれとして
基本方針は
日の昇っているうちに見つかったとしても言い逃れの通るセイバーが
柳洞寺を偵察し、明日深夜奇襲という運びになった。
早計すぎるようだが
敵は人質を取るような連中である。
後手に回ればまた無関係な人たちを巻き込みかねない。
となれば多少の戦力不足や情報の欠如があったとてしても
ある程度の強行軍は仕方がない。
まぁそれで今は夜討ちに備えて休息をとらねばならないのだが。
「セイバー、もう寝たほうがいいんじゃないか?」
「シロウこそ、夜更かしは体によくありません。」
などと未だに二人とも居間で茶を啜っていたりする。
既に夜は白み、朝の5時。
世間一般この時間”まで”起きているのは夜勤の仕事のある人か、ないしは
(立派な駄目人間だよ…)
ルルルーと心の中で涙を流す
ちなみに優等生(猫被りであっても)の遠坂はもうとっくに客間で休んでいる。
ずずっ
番茶をもうひと啜り。
隣のセイバーは正座したまま煎餅をぱりぱりかじり、ひたすらに
日本テレビの某番組の放映時間を待っている。
天井を仰いで嘆息する。
セイバーはどうも俺とのレイラインが繋がったとかで、
もうあまり睡眠を取る必要はないようだ。
(だからってなぁ)
今まで食っちゃ寝できた反動だろうか、ここにきて食っちゃ徹夜というのは。
「セイバー、やっぱり明日偵察に行くのに寝不足は拙いぞ。」
「私は英霊ですし、一日睡眠を
とらなかったとてどうということはありません。」
再び嘆息する。セイバーは一度決めた事は頑固に貫き通す性質だ。
もはや何を言っても聞いてくれそうにはないが…
しかし、仕方がないのだ。
セイバーがこれほどまでに拘るのは。
そも聖杯戦争の最中は魔力の消費を抑えるため殆どの時間を寝ていなければならなかったし
俺がキャスターに捕まった後はあの廃墟から殆ど外に出ることはなかったそうだ。
そんなセイバーが、茶の間で”ズー○イン朝”の話題が挙がった時に
興味を示して、是非見てみたいと意気込んでいるのをはたして
否定する事が出来るだろうか?たとえ決戦前日であったとしてもだ。
だが、それでも−たとえ人非人と謗られようと−俺には否定せねばならぬ理由があった。
ズー○イン朝はご存知の通り5時半から始まる、それはいい。
しかし、その番組はそれから2時間続くのである。
となると、六時から十何年かぶりに某民放で放映される懐かしの”○光仮面”とかぶる事になる。
ちなみに衛宮邸のテレビは一台。
ずずず、と茶をもう一啜り。
おそらく、俺に残された冷呪は唯一つ。
運命の刻は刻一刻と近づいていた。
5時29分
いまやセイバーはテレビの真ん前に正座し、リモコンを握り締め、目を輝かせて
N○Nニュースが終わるのを今か今かと待っている。
時折リモコンから嫌な軋み音が聞こえてくるのは、そう、多分幻聴。
そして、
居間にかけられた時計がまさに30分を刻もうとした刹那。
突然ブレーカーが落ちた。
無論テレビの電源も落ちる。
「っ!!」
「あれ?」
あたりはしんとした闇に包まれる…、いや。
からんころんと音が聞こえる、これは衛宮邸に張られた結界の警告音!
身構える。
セイバーも既に完全武装し−まだ何か未練が残っていたようだが−ぶんぶんと頭を振って断ち切ると。
「シロウ。」
「分かってる、遠坂のところに急ごう。」
セイバーは一つ頷いて駆け出した。
こういう時、最も狙われやすいのは孤立している人間と相場が決まっている。
急いで客間に向かう…、と
行く手からガラスの割れる音が響いた。
「っ!!」
「セイバー!庭だ!。」
客間に面したガラスと言えば庭以外に有り得ない。
今まで来た廊下をまた戻り、居間の障子ガラスを開け放って庭に躍り出た。
と、
そこには、
庭の一角、客間のすぐ下に立つアーチャーと
その傍らにぐったりとして遠坂が横たわっていた。
−頭が煮えたぎる−
「アーチャー、まさか!?。」
右手には干将が現出し
−眼前の光景が網膜に焼き付いて−
セイバーがはっとして、アーチャーに詰問する。
左手には莫耶が
−それが何とも滑稽に見えた−
−疑う余地は無い、こいつは!!−
脳が命令を下すより早かった、
飛ぶ様に駆け出しそのまま奴に斬りかかる、
斬撃はクロスして、そのまま奴の胴を左右から両断する!。
だが、
先手はこちらだったにも関わらず、奴の動きの方が早かった。
ひらりとこちらの双剣をかわし、間をあけて向き直ってくる。
有無を言わさず駆け込む。敵も既に両手に得物を取り構えている。
(上等。)
先に陽剣、遅れて陰剣をそのまま体ごと突きこむ。
その刃を奴は上に弾き飛ばし、そのまま中段蹴りを放ってきた。
もとより突進しながらの攻撃、その蹴りをかわせる筈もなく。
「っ!。」
無様に吹き飛ばされて、尻餅をつく。
蹴られた下腹はまだ痛みを訴えていた、だが関係が無い、
頭が煮えたぎる、痛覚は不要、今は唯
と、そこで
「シロウ!凛はまだ生きている。」
遠坂の傍らに膝をつくセイバーの姿が目に入った。
見やる、確かに、ぐったりとしてはいるが遠坂の胸は僅かに上下して動いていた。
「ああ、だが何時まで生きているのかは保障できん。」
その声は真正面、赤い外套の騎士のもの。
「どういう意味だ?。」
「肩に短剣が刺さっているだろう。はたして何が塗られていたと思う?。」
言って奴はニヤリと皮肉げに笑ってみせた。
あくまで前方の騎士に刃を向けながら、視線を再び遠坂に移した。
肩の短剣、決して深く刺さっている訳ではなかったが…。
「青酸カリか、トリカブトか、なんにせよ早く手当てしなければ助からん。」
「アーチャー、てめぇ…」
だが、
思考は次第に冷静になっていった。遠坂はまだ生きている、
だが今選択を誤れば取り返しのつかないことになる。
ゆえに判断は正確に、失敗は許されない。
既に遠坂のところから移動してきたのか傍らにはセイバーが大剣を構え言ってくる。
「シロウ、アーチャーは私が。」
いや。
「それより、セイバー、毒物の治療とかって分からないか?。」
「ええ、多少ならば…。」
「遠坂を頼む。俺じゃ手当て出来ない。」
「しかし。」
「セイバーが遠坂の手当てを済ます間ぐらいは生き延びてみせる、だから…。」
セイバーは一瞬逡巡した後、
「分かりました、御武運を。」
言って遠坂を抱え屋敷の中に戻っていった。
…
さて
セイバーの前でああは言ってみたものの。
距離は10間ほど、アーチャーの構えに隙は無い。
考える。あらゆる奇策、戦術、戦略、
決してまっとうに戦う必要は無い、さらには勝つ必要も無い。
そこまで考え。
構える
右足を下げ、左を前へ
右手を敵に向け真っ直ぐ差し伸べ
左手で右手首をしっかりと掴み固定し
六つの剣、すべてを凍結待機し解き放つその一瞬を待つ。
先ず敵が動いた
”射殺す百頭−ナインライブズブレイドワークス”
アーチャーが放った九つの刃は一直線に標的に向かい飛来する。
「っ!!。」
知覚した瞬間右斜め前に身を投げ出した
衝撃波、唸る轟音とともに飛来する剣群が髪をかすめていく
が、それは牽制
視界の端に写る。
投影と同時、アーチャーは既に距離を詰めてきていた。
受身を取る。しかし、ここはもう敵の射程圏内。
アーチャーの陰剣が左上方より迫る。
だが、
投影は身を起こすと同時、両手には既に双剣が握られている。
迫る陰剣を右の陽剣で弾き、側方より胴をとる陽剣の軌道を陰剣で阻み
そして
フリーズアウト ソードバレルフルオープン
「停止解凍、全投影連続層写」
「!!」
装填した六つの刃を同時に撃ち出した!
おおよそかわせる筈はない、必殺の魔弾。六の刺突。
放った”射殺す百頭”を衛宮士郎が避けた事は予想外ではあった。
身体能力は劣り、複数同時投影もした事がない今の”奴”では本来かわすことなど不可能な攻撃
だが、冷静に考えてみれば衛宮士郎として認識していた事自体が間違いだったと気付く。
九つの刃をかわし身を投げ出すその姿はまさにセイバーそのもの。
スペック
脚力をはじめ性能はセイバーに近いと考えた方がいいだろう。
しかしそれももはや関係が無かった。
咄嗟にかわし受身をとったようだが敵は既に死に体。
このまま斬りつければそれで終わる。
左の陰剣を振り下ろし、永劫か一瞬か、続いてきた呪いの連鎖に終止符を打つ。
だが
響いたのは金属音だった。
焦燥する感情に押されそのまま陽剣を打ち付ける。
結果は同じ、見れば奴は既に双剣を投影しこちらが放った斬撃を受け流していた。
そして
フリーズアウト ソードバレルフルオープン
「停止解凍、全投影連続層写」
「!!」
聞こえた呪文に耳を疑った。奴は”複数同時投影”が出来るのか?
ならば何故それでこちらが放った刃を相殺しなかったのか?
何故初撃を跳んでかわすような真似をしたのか?
導かれる結論は一つだった。
(罠か、嵌められた。)
気付いた時には既に遅い。
もはやローアイアスを展開したところで防御できる間合いではない。
それらはまるで悪夢のように眼前に現出し、
そのままこちらを縫い付けるように音速を超え撃ち出される!
----------------------------------------------------------------------
三話目、段々まったく別の話になってきてオチつくのかなぁコレと思いつつ。
筆者がそんな感じなんで熱烈なFateファンにはあまりお勧めできません。
あくまで本編とは別個のモノとして、生暖かい目でお楽しみ頂ければ幸いです。
4 続 魔弾の射手 傾:戦闘のみ
だが、そもそもサーヴァントの戦闘とは攻撃は必殺であって当然。
そしてそれを避ける者のみが英霊として召喚される。
撃ちだされた六の刃は人にとって必殺であっても
人ならざる者にとってはその限りではなかった。
外れた刃は地を抉り、砂を撒き散らし、周囲を土煙で覆う。
警戒は怠らず双剣を構え、煙から逃れるように後退する。
(避けられた)
土煙はしだいに収まり、10間ほど離れた位置にアーチャーの姿を確認した。
アーチャーは右肩と脇腹から一本づつ刀を生やし膝をついている。
(だが無傷ではない…ってとこか)
双剣を捨て再び六の剣を装填し、そのうちの一本だけを解き放つ。
敵はそれを陽剣干将で弾いた。
弾かれることはもとより分かっていた。
続けて弧を描くように走りながら次弾の刃を撃ちだす。
(結局のところ、剣術ではアーチャーに適わない)
そう、長い修練の末衛宮士郎にとって最適の剣筋を身につけたあの男に
たとえセイバーに稽古をつけてもらったからとて、
一朝一夕で追いつく、まして追い越せるものではない。
剣術では抗えぬのならば戦闘手段は一つしか残らない。
即ち投影。無限剣製は不明だが、こと投影に関してならば
アーチャー相手でもひけをとらない自信がある。
そもこの身はそれ専用の魔杖。
(投影に関して負ける道理がない)
放った刃、その数28。
単発射撃を一定間隔に、逃れる隙を与えぬ連弾。
いまやアーチャーは弾く事を諦めローアイアスを展開しそれを防いでいる。
5本目の刃を陽剣で弾いた所で、もはや刀で捌くことは不可能だと悟った。
ローアイアスを投影し機関銃のように放たれる刃をやり過ごす。
だが傷はそのまま魔力残量に響く。もはや戦闘に使える魔力は残り少ない。
こうしているうちにも盾の維持に魔力が浪費されていく。
だが盾を消せばその瞬間にも連弾に身を貫かれることになるだろう。
と、半透明のアイアス越しに見える−黄金の髪をなびかせ縦横無尽に翔けながら
次々と刃を繰り出すその少女はまるで死神のようだと愚にもつかないことを思いつく。
束の間の膠着。一秒すら無駄にせず弓兵はこの窮地から脱する方法を考える。
問題は無い。この程度の死地なら幾度となく潜り抜けてきたのだから。
背後に展開した六の剣、 リロード
凍結待機する六のうち一つを撃ちだし、また一つを装填する
回転する輪胴が頭に浮かぶ。
右手はそのまま銃身だった。
拳銃を連発するように次々と刃を撃ちこんでいく。
残弾、108
結局のところ、危険を冒してまで勝ちにいく必要などない。
出来うる限りの時間を稼ぐ。
治療を終えたセイバーが参戦すれば、そこで勝負は決まる。
あとは撤退を試みるアーチャーの背に全弾を撃ちこめばいい。
例えそれで仕留める事が出来なくとも、手傷を負った状態では
その後の追撃をかわす事は不可能であろう。
…既に遠坂が手遅れだという事は考えないでおく。
持久戦になればアーチャーに勝ち目はない。
それを分かってか否か。
ここにきてアーチャーはローアイアスを消し、再び9つの刃を撃ち出してきた。
「!!。」
9つのうち6を相殺、残る3つの刃を横に跳んで避ける。
先ほどの戦法を警戒し、既に干将と莫耶は握っている。
だが、アーチャーはその場を動かず
その手には弓と一振りの剣が握られている。
背筋に悪寒が走った。
言うまでも無い、バーサーカーを狙撃し、
キャスターを衝撃波だけで無力化した最悪の矢
28の刃を浴びその間に浮かんだ戦術は
ごく単純なものであり
(それ以外にない)
ものであった。
戦場において一つの傷を恐れれば、
そのまま命までもっていかれるのが常である。
ならば肉を斬られる事は覚悟し、敵の骨を断つのみ。
決断し、ローアイアスを打ち消した。
「っ…」
途端に次々と体に刃が刺さっていく…が
痛覚を最大限の自制で押し留め、
膝をついたまま再び”射殺す百頭”を放つ。
放った刃が当たるかなどは考える必要がなかった。
そも、衛宮士郎の敵は過去、現在、未来において常に等しい。
最大の敵は自分のみ。
意識を内面に落とす。
放つ攻撃は一撃必殺でなければならない。
丘から引き上げるべきは一つの弓、と
捻じれた剣、カラドボルグ
咄嗟にありったけの刃を展開し、
−悪夢がスローで流れていく−
つがわれる矢、空中に次々と展開する17の刃
弦が最大まで引かれ…
間に合わない!
「我が骨子は捻じれ、狂う。」
「停止解凍、全投影連続層写!!」
解放は同時、線を描き飛び行く17の刃、そして
正面よりカラドボルグは点として迫る!
避ける事など無意味、あの矢は中る。
理屈ではなく直感がそう告げる。
ローアイアスの展開は既に間に合わない!
「っ!。」
いまさら跳ぼうが伏せようが音速を超え迫るカラドボルグを
回避することなどはできない。
故に、後方へ跳ぶ。
全神経を視覚に、ただその一瞬に集中する。
飛来するカラドボルグ
それが見えた筈はない。だが
刹那
左右の双剣を用い、全力で目の前の空間を袈裟に薙ぎ払った。
世界から音が消える。
視界は一面白光で包まれる。
あらゆる束縛、重力からすらも解き放たれ、
「あぐっ!。」
次の瞬間、背中から壁に叩きつけられた。
そのまま成すすべなく地面と口付ける。
だが、
(死んでない)
うつ伏せに倒れたまま、顔だけを上げる。
どうやら直撃だけは避ける事が出来たようだが、
その後の爆発はどうしようもなかった。
後方に飛び、威力を軽減したが体のダメージは計り知れない。
だが生きてるだけでも運が良いといえた。
さっきまで自分が立っていた場所を見れば、
冗談と言いたくなるような大穴があいている。
(あいつは)
その穴の向こう、
矢を放った本人は有り体に言ってひどいありさまではあった。
10を超える刀に貫かれ、片膝をついて蹲っている。
普通ならもはや生きているようにも思えないが。
だが仮にも英霊、真実死んだ訳ではあるまい。
(ならば復活は時間の問題か)
立ち上がる為手を突っ張ろうとするが
その手の感覚が無い。
(!?)
見やる。
一面に広がる血の海、その中で
腕は左右両方とも根元から無くなっていた。
陶器が割れたような切断面とともに肩から生じたヒビが体中に走り
体に刻まれた間隙からはとめどなく血が流れ出している。
それでも、足だけで立ち上がろうともがく。
右膝をついて、力を入れると足首にヒビが入り
無視して立ち上がろうとすると足首から下が砕け散った。
「くぁぁあああああっ!。」
唐突に回復した痛みに耐え切れず蹲る。
もはや少しでも身動きすればそのまま全身が砕け散ってしまいかねない。
存在の強度。投影で作られた体の最大の弱点であった。
「無様だな衛宮士郎。」
聞こえた声に、顔を上げる。
見れば、アーチャーは刺さった刃を無造作に抜きながら
こちらに歩み寄ってくる。
この混濁した意識で繊細な制御を要する魔術など扱える筈もなく。
どうしようもない。
あいつがあの中の一本でも剣を投げつけてくれば
こちらにはもう避ける術が無い。
その危惧が的中したように、
アーチャーは己の体に突き刺さった最後の刃を抜き
投槍のように構え、
だが
「シロウ!」
突然の乱入者に、ぱっと後ろに跳び退った。
(セイバーが来た、ってことは遠坂は助かった…?)
セイバーがこちらに駆け寄ってくる。
とは言え、もうろくに眼も見えなくなっていたけれど。
そこでふっと張り詰めていた糸が切れた。
体は力を失い、そのまま前に倒れ…
と、そこでふわりと受け止められた。
もう既に意識など殆どなく
このまま気持ちよく眠ってしまおうという欲求は抗いがたいものがあったが。
これだけは確かめておかなければならない。
「セ、イバー、遠、坂の毒…。」
セイバーはこくりと頷いた後
クロロホルム
「大丈夫、ただ麻酔で眠らされているだけです。」
へ?
…
いやなんだか。
なんであんなに真面目にやってたのかとか
それでも遠坂が無事でやっぱり嬉しいのと。
でもあんなに頑張った意味ははたしてあったのか否かとか。
意識が飛ぶ、最後に浮かんだのは皮肉げに笑うアイツの顔だった。
5 決戦前夜 傾:ギル様壊れ系
もし生えるのだとしたらにょきにょき生えるのかと思っていたが、
布団から腕だけを突き出し、じっくりと観察する。
半透明、白い腕の向こうに天井が透けて見える。
アーチャーに半殺しにされてより14時間。
ようやく物に触れられる程度には存在してきたようだ。
「よっ。」
動けると分かれば起きるのが衛宮士郎だ。
未だに右足が床にずぶりと沈む感覚に戦慄するが
それは無視して顔を洗いに洗面所へ向かう。
両腕がもげて全身が罅割れていたという見るも無残な状態だったが
サーヴァント特有の自動修復機構は紛い物の体にも備わっていたようで助かった。
まぁオリジナルに比べれば修復に二百倍ほど時間がかかるようだが。
ただ、この体の欠点−先の戦闘で理解した事だが
レプリカ、所詮投影物にすぎないこの体は性能こそオリジナルと同じなものの
決定的に安定性に欠けていた。
存在が希薄であり、もともと何時砕け散ってもおかしくない代物である。
ひょっとすればオリジナル同様バーサーカーの一撃すら耐えるかもしれないし、
あるいは棘が指に刺さっただけで全身が砕け散るかもしれない。
神経の一部は既に一体化している。
それが砕けた場合本体にどのような影響が出るのかは
あまり考えたくはなかった。
顔を洗って洗面所の鏡を覗くとそこにあるのはセイバーの顔。いや、
少しばかり違っていた。髪の色が白銀に染まっている。
「…」
いや、むしろ色素が完全に抜け落ちたといった感じか。
おそらく劣化したのだろうが…。
戦慄が走る。
修復したといえども、それは完全ではない。
どこかは歪になりこの髪のように何かが欠けていく。
「って言ってもどうしようもないだろ。」
嘆息する。ある程度は覚悟していた事だ。
今更うろたえた所で何が変わる訳でもない。
長髪にやや寝癖がついていたので軽く櫛をかけると
夕飯を作ってくれている遠坂を手伝いに台所に向かった。
夕飯は中華だった。
遠坂嬢は手の込んだ調理は出来るわりに味噌汁の作り方も知らない。
味噌汁その他軽いものは俺が作り、メインディッシュは遠坂に任せ、
出来上がったのは…噛みしめる。まぁ悪くなかった。
あくまで正座のまま出来上がった料理に乱暴狼藉を働くセイバーを傍目に
マイペースに箸を動かす。
まぁ、あらかた料理が片付いたところで
ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。
「はーい?」
結界は反応していないから危険はないのだろうが。
誰だろう?もし藤ねえや桜だったら…
大分よくなってきたとはいえ未だ半透明な腕とか
いや、そもそもこの体はセイバーのものだった。説明はどうする?
玄関の前まで来て逡巡していると、後に続いてきたセイバーが
小首をかしげて不思議そうな目でこちらを見てくる。
ふむ、いずれにしろ返事した上ここまで来てしまったのだから開けるしかないが。
と、唐突にガラと戸が開き…
そこには金髪紅瞳の見知らぬ男がいた。
男はこちらと顔をあわせるなり目を丸くして呆然と立ち尽くしている。
…セールスマン?新聞屋?
金髪の異人さんが?
「あの〜、どちら様でしょうか?」
「!、セイバーが二人だと!?」
む、どうやらセイバーの知り合いらしい。
男は自失状態から立ち直ると
今度は俺とその傍らに立つセイバーを見比べて滑稽なほどに動揺しだした。
「いや、俺はセイバーと違うから。」
「貴様何者だ!?」
ん〜、と
考える。とりあえず差し障りの無い嘘を…。
「あぁ、双子の妹。」
「嘘つけっ!」
そっくりだから汎用的に使える嘘だと思っていたが
一瞬で見破られたのは少し哀しかった。
「じゃ、親戚。」
「”じゃ”とはどういう事だ!貴様我を愚弄する気か!!」
ふむ。俺が口を開けば開くほど状況は悪化していく。
ここは一つセイバーに頼もう…と隣を見やると
完全武装で大剣構える−といっても剣は見えないが−騎士の姿があった。
「…セイバー?」
セイバーはそれには答えず、ただ目の前の男を睨みつける。
「何の用です?ギルガメッシュ。」
男はふんと一つ鼻をならすと。
「我の方から訪問しにきてやったのだ、同盟を組んでやってもよいとな。」
んーと、こいつが例の…人格破綻者?
ま、とりあえず。
「不要で…
「まぁ立ち話もなんだから上がってくれ。」
セイバーが言い終わる前に口を差し挟んだ。
で、
居間は異様に緊迫した空気に包まれていた。
テーブルにギルガメッシュと俺が隣り合って座り、
セイバーと遠坂が向かい合う形に座っている。
沈黙を破ったのは遠坂だった。
「で、何で金ぴかがここにいるわけ?」
「いや、なんか同盟組まないかってさ。」
ちらりと隣を見やる。
金ぴかことギルガメッシュは腕を組んでふんぞり返り
俺の言葉を訂正してきた。
「我が組んでやってもよいと言っておるのだ。」
「おんなじだろ?」
間髪いれず答えると何やらギルガメッシュの表情が一段険しくなる。
それはいいとして
「まぁ敵は同じなんだしいいんじゃないか?」
「…」
しごく真っ当な正論を言うと、遠坂は何やら半眼になり、
セイバーを連れて居間の端に移りちょいちょいと手招きしてきた。
客がいるのに内緒話というのもちょっとあれかなと思ったが…
腕組んでふんぞり返ってるこいつなら別にいいか。
「で、何?」
顔を寄せて小声で訊ねる。
「ちょっと士郎、本気?」
何やら遠坂は眉を寄せて難しい顔をしている。
「あぁ、もう一人戦力が増えれば4対4で丁度いいじゃないか。」
「あんたね…」
と、そこでセイバーが口を挟んできた。
「シロウ、あの英雄王は信頼出来る相手ではありません。同盟など論外です。」
ふむ。たしかにそうかもしれない、が
「同盟ってもキャスター倒すまでだろ?
用が済んだら後ろから刺せばいいじゃないか。」
3対1なら簡単だろ?と説得する。
使えるものは使う。使えなくなったら捨てる。
権謀術数渦巻く戦争なら至極真っ当な理論である、のに
「士郎、あんた変わったわ。」
「シロウ、いつからそんな黒い人間に。」
何故か二人は憐れむような目で俺を見てきた。
「じゃ、同盟は組む。裏切りそうになったら刺す、これでいいな?」
決議の最終確認をすると二人は、何かを諦めたような顔で溜息をつき、
「ええ、いいわ。」
「はい、かまいません。」
と同意してくれた。
内緒話といっても同じ部屋だから全部筒抜けだと思うのだが
例の金ぴかは動揺した様子も無く腕を組みふんぞり返ったままだ。
意外と大物と思ったが目が閉じてるから寝ているだけなのかもしれない。
とりあえず鼻提灯をつついて起こし、決定事項の前半だけを告げる。
「ギルガメッシュ? とりあえず同盟は承諾したからこれからよろしく。」
「ん、あぁ、そうか、賢明な判断だな、雑種。」
新しい盟友は寝ぼけ眼で一回欠伸をしてから答えた。
「で、ここで寝泊りするなら和室が一つ空いてるけどどうする?」
と、別に不自然な提案ではないと思ったのだが、
「なっ、シロウ!?」
「衛宮君!どういうつもり!!」
二人が猛抗議する。
「いや別に他意はないよ。一人だけ孤立してたら狙われるし、
同盟組んだなら一箇所に固まってるべきだろ。」
つい朝方にアーチャーが襲撃してきたばかりだ。
同じ屋敷にいても各個撃破されそうになったのに、
一人だけ別の場所に泊まるなど狙ってくれと言っているようなもんである。
「しかし、」
ぎりと顔を俯けセイバーが唸る。
理屈では分かっていても感情が拒否しているといったとこか。
と、そこで渦中の男−ギルガメッシュはいやと一つ前置きした後
「我はこの屋敷で最も広い部屋を使う。狭苦しい部屋は性にあわん。」
…
ギルガメッシュが親指で指す方角はたしか…
「道場?」
金ぴかは相変わらず偉そうにふんぞり返ったまま重々しく頷いてきた。
星を見上げる。
一点のかげりもない満天の星空。
吐息は闇の中で尚白く、刺すような寒さが心地いい。
ぃクシッ
…心地よかろうがなんだろうが、やはり寒ければくしゃみも出る訳で。
鼻をさすって、毛布に深くもぐりこむ。
六月でも流石に夜中は冷える。
最近は異常気象か気温の低い日が続いているから尚更だった。
遠坂が屋敷の結界を拡張し
尚且つ半径200メートル内に使い魔を放ったからとて
用心にこしたことはない。
遠坂は夜目がきく訳でなし、金ぴかは始終油断の塊のような奴だから
見張りなどできる訳もなく、
結局俺とセイバーが交代で屋根の上で見張りについている。
しかし、と思う。
昔、生身の体だった頃の方が視力は良かったようだ。
今の自分の眼もそう悪いわけではないが。
嘆息する。何でもかんでも求めることは出来ない。
セイバーと同程度の身体能力と反射神経、加えて抗魔力。これだけ揃えば
眼球の性能や、そして針に刺さっただけで全身が砕けかねないリスクを考えたとしても
おつりがくる。もとより以前では絶対に渡り合うことすら出来なかった筈の相手に
綱渡りのようなものだとは言え、多少なりとも抵抗ぐらいは出来た。
昔の体に未練が無いといったら嘘になるが…。
それでも、セイバーの足手まといに過ぎなかった以前よりはずっと良い。
衛宮士郎の目的は一つ、理想も一つ。であればどんな器になろうと関係ない。
つまるところ、彼にとって理想を実現する力に一歩近づいたのならば、他の全て
たとえ生活全般の困難−例えば風呂に入るときに鏡に目をやってしまい赤面し
結局目隠しをして入った事−や社会的に例えば戸籍をどうするのかとか
藤ねえや桜にどう言い訳するのかとか一成をはじめ友人にどう顔を合わせるのかとか
むしろそれ以前にこれから学校に通うことすらできるのかどうかとかは
些事に過ぎなかった
「シロウ、交代です。」
と、思考を打ち切る。
何時の間にか来ていたセイバーが
梯子からひょっこりと顔だけ覗かせ告げてきた。
「え、あぁ、まだ大丈夫だからセイバーは休んでていいよ。」
「そういう訳にはいきません。
さっき決めた事なんですからシロウも守ってください。」
と屋根に上がったセイバーは腰に手をあて、つんとした表情で言ってくる。
こうなったセイバーを言い負かすのは難しい。
となれば素直に従おう。
「ありがとう。じゃ、お言葉に甘えて。」
「ええ、ゆっくり休んでください。」
自室に戻る。
時刻はもう二時過ぎ。
六時に起きるにはそろそろ寝ておかないと厳しいが…
少しばかり気になることがあった。
押入れから二枚ほど毛布を引っ張りだし、次に台所に行き幾つか
の荷物を抱えて道場に向かう。
繰り返すようだが、六月とはいえ夜は冷える。
案の定、道場の隅で膝を抱えて震えている見る影もない英雄王に声をかけた。
「どうやら凍死はしてない様でよかった。」
「たわけ、断りも無く入るなセイバー。」
「いや、セイバーと違うから。」
三ヶ月家を空けてる間に何かあったのか、道場の電灯は点かなくなっていた。
もってきたキャンプ用の携帯ランプ型電灯を点けて道場の真ん中あたりに腰を下ろす。
「差し入れ、適当に食ってくれ。」
スーパーのビニール袋からカップラーメンを二つ取り出しお湯を注ぐ。
流石に英霊とはいえ寒さと空腹のダブルパンチには堪えたのか、ギルガメッシュは
のそのそと動くとこちらと向かい合う形に腰を下ろした。
「雑種、良い心がけだ。」
「俺は犬か?」
抱えて持ってきた毛布のうち一枚を被って、待つこと二分半。
ラーメンは少し硬いぐらいが丁度良い。それはまたカップラーメンも同じ。
アルデンテのラーメンを啜る。たまにはこういう味も悪くない。
奴はそれからさらに一分待ち、やや伸びかけたラーメンを
同じように啜り始めた。
と、箸を止めギルガメッシュが口を開く。
「で、雑種。貴様、結局何者だ?」
「衛宮士郎。セイバーのマスターだ。」
ギルガメッシュはしばらく衛宮、エミヤ、エミヤと言葉を転がし。
「話と違うな。衛宮士郎は男の筈だ。」
「三ヶ月前までは男だった。」
こいつがその名前を知っている事は少し意外だったが、
聖杯戦争関係者なら他マスターの名前を知っていても何も不思議はない。
「ふん、今流行の整形手術か。雑種どもの考えることは分からんな。」
「な訳ないだろ。」
とはいえあまり否定は出来ない。手術といえば手術には違いなかった。
と、唐突に金ぴかの目つきが変わる。
「貴様、得体が知れんな。」
「は?」
「魔術師やセイバーの力量は知っている、同盟を組むことも許そう。
だが貴様ははたして我の役に立つほどの力があるのか?という事だ。」
そう言ってギルガメッシュはまたラーメンを啜り始めた。
途端
奴の背後に幾つもの剣が浮かび上がる。
ずずずとラーメンを啜る。まぁ物騒な奴だとは最初から分かっていたが。
「生き延びれば認めてやってもよい。」
と、奴がラーメンを啜ると同時
展開された宝具のうち三つが解き放たれた。
装填は既に済んでいる。
六の弾丸のうち三つを撃ち出しそれを相殺する。
ずずっ。
ずずず。
次に射出されたのは倍の六本。
こちらもラーメンを啜りながらすぐにリロードし全弾を発射、相殺する。
ずずず。
ずずっ。
「…。」
「…。」
ずずっ。
ずずず。
18本の剣が散乱した道場の真ん中
二人の男が向かい合って胡坐を組みラーメンを啜っている。そして、
金髪の男の背後には無数の剣が浮かんでいた。
およそ普通にはありえない、非現実的な光景。
道場にはずずずとラーメンを啜る音のみが響いている。
しばらくの膠着。
と、
唐突に不意打ちの形で、先ほどのさらに倍、12本が放たれた。
装填された全弾を撃ちだしても相殺しきれる数ではない。
だが、
輪胴を回しながら次々と弾丸を撃ちだし、そのたびに一発を装填。
最速で撃ちだされた連弾は刹那の時間差で放たれた全ての刃を相殺した。
ずずっ。
ずずず。
「……。」
ずずっ。
やや、箸の動きが早くなった金ぴかの背後に新たな剣が次々と浮かびだす。
その数48。
一瞬の間をおいて。
それらが全て同時に放たれた。
もはや、相殺することは不可能。
で、あれば。
ラーメンを啜る。
内面に意識を落とし、丘から一つの盾を引っ張りあげた。
”ローアイアス”
熾天覆う七つの円冠
両者の間に展開した花弁は放たれた全ての刃を弾き飛ばしていた。
奴の箸の動きが止まる。
ずずっ。
「………。」
刹那の沈黙、その後。
もはや形振り構わず、だがあくまで箸は手放すことはなく、
奴はありたっけの宝具を展開しそれを全て解き放つ。
だがそれも無意味。
ゲイボルグをも防ぐこの盾の前では
たとえ宝具であろうとただ放たれただけのもので破ることは不可能。
刃の雨、無数の火花、弾かれる刃が次々と金属音を奏で散っていく。
しかし、無限に続くかと思われたその循環の中
「っ!」
奴は箸を手放し、背後から一本の剣を掴む。
あれは丘にない唯一つの剣。
「出番だ、エア。」
途端に辺りは轟音に包まれ
回転する三つの刃は冗談のような強風を巻き起こす。
ラーメンを啜る。
あれが放たれればおよそローアイアスなど塵のように吹き飛ぶであろう。
彼奴は胡坐を組んだまま右手でつかんだ剣を振りかぶり
「エヌマ!!」
既にローアイアスは消していた。
刃の雨が止み、両者を隔てるものがなくなったその刹那。
輪胴に一つだけ弾丸を込め、撃ち込んだ。
「…。」
憮然とした表情を浮かべるギルガメッシュ。
エアを振りあげたまま固まったギルガメッシュの眉間に
中空で静止した刃の先端が僅かに触れていた。
ずずっ。
夜が明ける。
”ん〜”と一度伸びをし立ち上がる。
およそキャスター達でも日が昇っているうちに事をかまえることはないだろう、
ということで見張りをするのは夜中だけにし、昼間の策敵は結界と使い魔に任す
というのが昨日決まった方針だった。
梯子を降りて屋敷に入る。
さて、自室に戻ろうとシロウを起こさないようにそーっと襖を開ける…が
そこに彼女の主人はいなかった。
はて?
また土倉で修行しているのかもしれない。
様子を見に土倉へ向かう。
はたして
そこにもシロウの姿はなかった。
黙考する。嫌な予感が頭をよぎる。
数時間前、道場の方で剣が弾かれるような金属音が鳴り響いていた、
あの時は大方あの金ぴか英雄王が他愛ない事で暴れているのだろうと思って放置していたが
まさか!?
胸を苛む悪寒に押され最速で駆け道場に向かう。
だが、あれからもう大分時間が経っている。
手遅れでない事を祈り
道場の戸を開けた。
「シロウ!?」
と、
眼前に広がった光景に目が点になる。
そこには
剣が無数に散らばった道場の真ん中で大の字になって寝こける彼女の主人とギルガメッシュの姿があった。
自然と微笑していた。
二人を起こさないようにゆっくりと戸を閉め…
だが、半ばまで閉めたところで、その物体が目に入った。
背筋が凍る。
およそ如何なる敵を相手にしても怖気づくことなどなかった彼女の膝が
今はがくがくと震えていた。
二つの空きカップ。
もう忘れかけていた悪夢が蘇った。
「っ!!」
あの親にしてこの子有り。
血は繋がっていないからと、安心していた自分が愚かだったのか。
目眩がする。
彼女は、朝夕晩カップラーメンの悪夢に苛まれながら、
ゆらりと道場の戸を背にして崩れ落ちていった。
6 エクスカリバーの使い方 傾:暴走壊れ系
幼い頃火事で何もかもを失った記憶があるからだろうか。
衛宮士郎は基本的に物には頓着しない人間である。
で、あるから
大切に戸棚に隠しておいたドラ焼きをギルガメッシュに食べられてしまい、
それに激昂したセイバーが聖剣振りかざし、風王結界すら解放し延々ギルガメッシュを追い続けた結果として…
最終的に居間のテレビが真っ二つになっていた事には特にどうという感慨も浮かばなかった。
エクスカリバー
対城宝愚の使い方
いや、むしろ
その斬り口が美しいと思った。
それにはおよそ、試し切りの切り口にみられる
自らの腕を誇ろうとする虚栄心や
他者を超えようとする競争心、
あるいは自らの技量を上げようとする向上心すら見られない。
ただ斬った。いやむしろたまたま斬れてしまった。
見とれたのはそう、その在り方がただ美しく見えただけ…
…
「二人ともこれから晩飯抜き。」
「っ!!。」
「なんだと!雑種!」
決戦前日。
これから14時間後にはキャスター勢との対決を控えているにも関わらず、
この家の家主、衛宮士郎はひたすら破損した居間のテレビの修理を行っていた。
溶接マスクが眩しく光る、右手にスパナー、左手にドライバーを握り
足りない部品は投影で補い、劣化した箇所を強化する。
居間には他に二つの人影もあった。
テーブルに突っ伏してルルルーと涙を流す金髪碧眼のやつれた少女と
胡坐をかいてカップラーメンをすすり、手伝うでもなくただ家主の作業を見守る金髪紅瞳の青年。
と、箸を動かす手を休めて、紅瞳青年が口を開く。
「雑種。」
「なんだ金ぴか。」
「そもあれはセイバーが追いかけてきただけであって、我のせいではないぞ。」
「なっ!?」
と、既に半死体と化していた少女が途端に顔を上げて抗議した。
「それは違う。そもそもギルガメッシュ、
貴方が窃盗を働いたのが事の始まりではありませんか!。」
「ふん、この世の物は全て我のもの。であれば我が窃盗を働くなど物理的に不可能ではないか。」
「っ!?。」
セイバーが息を詰まらせる。
「…いいでしょう英雄王、貴方がいつまでもそのような態度を続けるというのであれば、
わたしにも覚悟があります。」
「よかろう、セイバー。歯向かうことを許す。」
途端
二人の間に展開された強烈な殺気が火花を散らす。
見れば既にセイバーは完全武装、
ギルガメッシュもまた”金ぴか”の名に恥じぬあの悪趣味な鎧を着込み
両者はただならぬ様子で睨みあう!
と、
「二人とも、昼飯も抜きな。」
ぽつり、と家主がその緊迫した空気に口を挟んだ。
途端
碧眼の少女は再びテーブルに突っ伏してルルルーと涙を流し、
一方の紅瞳の青年は何事も無かったかのように、また胡坐をかいてカップラーメンを啜り始めた。
同日 26時
「アサシンは山門から動けない、そこに付け入る隙があるわ。」
そう言ってキッと遠坂は山門を睨みつけた。
interlude
「えっと、本当にやるのか?遠坂。」
「もち。」
見える。
学校では猫被りであったとしても優等生、高嶺の花とまで称された
遠坂の口に…くわえタバコが!
心持ち身長が縮んで見えるのもきっと気のせい、うん、そうだ。 パパン
幻覚、というか夢、夢なら少しぐらい悪いことしてもいいよね、親父。
そして、既にピヨり始めた士郎を傍目にセイバーが風王結界を解き放つ。
エクスカリバー
対城宝具、
古において城塞をも消し飛ばした究極の剣
つまるところ対城宝具とは戦略兵器に他ならず、
それは戦争における約束された勝利。
あらゆる不利な状況をも覆す必勝手段。
「一番、セイバー。」
遠坂の掛け声にセイバーはこくりと一つ頷き。
「エクスカリバーーーっ!!。」
一般的にエクスカリバーなどに代表される対城宝具には指向性をもつものが多い。
基本的にエクスカリバー、エア、ベルレフォーンなどは直進し、
その軌道上にある障害物を破壊する。で、あるから
角度にさえ気をつければ他に被害を与えず
石段の下段から最上段の構造物のみを攻撃するといった芸当も可能な訳で。
放たれた純白の閃光が山門の上半分を消し飛ばし
「二番、士郎。」
「どうとでもなれぇぇぁぁぁぁあああああああああっっ!!。」
続くエクスカリバーレプリカが山門の構成物質を蒸発させ
「三番、金ぴか。」
「出番だ、エア。」
最後に放たれた乖離剣がトドメを刺した。
戦争における必勝法−すなわちアウトレンジからの絨毯爆撃
もはや山門は跡形も無く、ただ巨大なクレーターが広がるのみ。
その端には消し炭と化しぷしゅると煙をあげつつ転がったアサシン一つ。
そして、
「作戦成功、突入開始。」
あかいあくまの毒気にあてられた三人の反英雄が境内に突入した。
interlude out
「はっ!?。」
「士郎!、ちょっと士郎!。」
気付いたら何故か石段の途中で突っ伏していた。
何やら非道い夢を見ていたような気がするが…?
「一体…?。」
「突然士郎が倒れこんだのよ。アーチャーにやられた傷、まだ治ってないみたいね。」
「ん、いや…、
なんか今唐突に対アサシンの必勝法が頭に浮かんだような気がしたんだ。」
遠坂ははぁと溜息をつき、
「作戦ならさっき打ち合わせたばっかじゃない。最初に山門に速攻をかけて、他の三人が
出てくる前にアサシンを倒す。これ以外にないわ。」
「いや、基本的にそうなんだが…なんかもっと、人としてやっちゃいけないぐらい極悪な戦法が。」
と、そのやりとりを傍から見ていたギルガメッシュが口を挟んできた。
「何を言い争ってる、雑種。行く気がないならば置いていくぞ。」
「っ!、わかってるわよ!
ほら、士郎、今更引くに引けないんだからしっかりして。」
「あ、あぁ…。」
しばし、遠坂がタバコをくわえていない事に安堵する。
今は、垣間見た異世界の幻視に惑わされている場合じゃない。
決戦は既に始まっている。何人が生きて帰れるかは分からないが…いや
(全員を守る。その為の力だ、これは。)
右手を握り拳をつくる。腕は銃身。何かを殺め、代わりに何かを生かす力。
で、あるからには。
(理想には程遠い。だがせめて、自分の周りの人たちだけでも守る。)
皆は既に先にすすみ、その姿は上に遠のいている。
覚悟を決め、立ち上がった。
「ストップ。」
と、暫く進んだところで唐突に遠坂が皆を制止する。
既に山門は眼前、普通に駆け上がって10秒もあれば着く。
「なんだ?、雑種怖気づい…
「どうしたんだ遠坂?いきなり立ち止まって?」
とりあえず、金ぴかをどついて黙らせ遠坂に向き直る。
「ここからキャスターの結界が張られてる。一歩でも踏み入れば感知されるわ。」
と、いうことは?
「ここから一気に駆け上がるわよ!」
キャスターの結界手前から、一気に駆け上がり
後20段、そこで足を止め、見上げる。
山門にはアサシンが物干し竿を構え佇んでいた。
その背後にさらに二つの人影が在る。キャスター、そして葛木。
「ふぅん?全てお見通しってワケ?」
「ええ、そういう事よ、お嬢さん。」
キャスターはくっくっと笑い、続けた。
「しばらくは放っておこうと思っていたのだけれど。
そうね、貴方達の方から出向いてきてくれたのだから、少し趣向を変えましょうか。」
一方の遠坂は何も言わず、ただ段上の女を睨みつける。
「総力戦をやっても私たちが負けることはない、でもこちらも何人かは命を落とすわ。
だからこうしましょう。シロウとセイバーを差し出せば、貴方達は見逃してあげる。」
言って、キャスターは遠坂とその傍らに立つギルガメッシュに視線を向ける。
「今更何を…
と、
言い返そうとした遠坂を右手で遮り、ギルガメッシュが口を開く。
「騎士王もその偽モノも、王である我のモノだ。
王の宝に手を出すなど口にするのも大罪。疾く自害せよ、道化。」
パチンという音。
途端。
中空に無数の刃が現出し解き放たれ、
剣群は直線を描きキャスターに向かい収束する!
だが、
「っ!」
横合いから放たれた同数の剣群がギルガメッシュの放った剣、その全てを相殺した。
「フェイカーか!」
7 決戦 傾:戦闘のみ (グロ注意)
石段を左手に垣間見、赤い弓兵は敵と逆走する形で林を走る。狙うは敵の後方。
包囲陣形を取り上段のキャスターと挟み撃ちにする形で
要塞に正門より突入した愚かな敵兵を殲滅する。
石段より一歩でも横にそれれば、そこは既にサーヴァントにとって鬼門。
そこを走り抜けるのは危険が伴ったが。
だがキャスターは開戦直後より3秒間のみ、その城壁にして障害たる寺の石段周辺の瘴気を中和し、
その間に近接及び遠距離攻撃双方を可能とする万能の弓兵が単独で敵の後方を撹乱する。
それが作戦だった。
残り一秒、既に敵は左舷後方。
林から一際強く横に跳び出し、敵後方の石段に着地する…が
着地の瞬間を狙いすましたかのように12の刃が自分めがけ、迫る。
(流石にそう簡単にはいかんか)
投影では既に間に合わぬ。握っていた双剣で危険と判断した3本の刃を弾き、
その衝撃には抗うことなく、体勢を低くしそのまま石段を転がるようにして剣群から身をかわす。
被弾した刃は二つ、一つはこめかみを掠め、一つは
右の太腿に深く突き刺さっていた。
無造作に抜き、横合いに放る。
(機動力を殺された。戦闘に支障はないが、足の感覚はせめてあと2分は経たねば回復すまい。)
既に距離は離れていた。無限剣製で敵本隊を覆い後方から火力で圧倒し殲滅する…という当初の目論見は
諦めねばならないだろう。段上にはこちらに向かい石段を降りる英雄王の姿が見えた。
「フェイカーか!」
ギルガメッシュが声をあげ石段左手の林の方を振り向く。
俺もそれに倣う。木の間からこちらの背後をとるべくして疾走する弓兵が垣間見えた。
「まずい。」
後ろをとられればこちらは袋の鼠。
そのままキャスターの魔術とアーチャーの剣群に挟み撃ちにされ逃げ場を失う。
一瞬の思考、アーチャーを追うか?それともこのまま総力で山門を攻めるか?
いや、誰かがアーチャーを抑えなければならないだろう。
既に彼奴は後方に潜み、剣を解き放つ瞬間を待ち構えているかもしれないのだから。
と、
「雑種、弓兵は我に任せよ。」
まるでこちらの思考を読んだかのように、
ギルガメッシュが言ってきた。
「助かる。後方は頼んだ。」
ギルガメッシュはふんと鼻を鳴らし
「すぐに片付ける、それまで生き延びていろ。」
そう言い残し石段を今来た方に駆け下りていった。
さて、
山門に向き直る。
左手上段に葛木。その後方にキャスター。右手にアサシンが待ち構えている。
ならば、布陣はそのまま。
俺が葛木を抑え、そのやや右後方でセイバーがアサシンと対峙し、
遠坂がキャスターと向き合う。
この敵が相手なら、一旦戦闘が始まればお互い他をかまってられなくなる。
誰かが一人でもやられればその場で敗北が決定する戦い。
石段左端からゆっくりと登りはじめた。
唐突なようだが、セイバーと葛木は相性が悪い。
奴は大剣の弱点というものを知り尽くしている。
結局のところ、
長大な武器というものは射程において一歩の優位性を示す代わり
懐に入られると途端にその脆さを露呈する。
この場合その使い手は武器を手放すか否かという
およそ達人でも難しい決断に迫られる事になるのだが……。
大剣のみに特化したセイバーではおよそ徒手格闘で葛木に勝てる道理がない。
葛木という卓越した拳法家を前に剣を手放すというという事は
セイバーにとって命を捨てることに等しかった。
剣で戦える相手ではなく、また剣を手放すことも出来ず。
それは即ち対峙した時点で敗北しか有り得ぬ戦闘。
だが、
俺と葛木の場合、戦いは銃と拳のそれ。
勝敗など戦う前から目に見えている。
右手を構え、6つの連弾を撃ち出した!
が
「っ!!」
放たれた連弾
奴はその全てを奇妙な足捌きでかわし、尚異常なまでの速度で迫る!
「く。」
もはや装填し直したところで間に合わない。その前に葛木は俺に一撃を見舞うだろう。
投影する。衛宮士郎が最速で鍛つことができる、あの双剣を。
工程など不要、唯念じれば右手に干将、左手に莫耶が。
握る。もはや眼前に迫った葛木、不可視の拳を避ける事など不可能、であれば
こちらから突き込むのみ。
左の莫耶を顔前に構え守りに置き、
体は右半身の構え、重心を下げ左足を踏み出し
裂帛の気合とともに干将を敵の胸部、心臓目掛けて突き出した!
素人がどうしても刃で戦わねばならぬ状況に陥った場合
一般に斬撃より突きの方が有効だと言われている。
日本刀を始め、刀はその構造上確かに「斬る」ことを主体とした武器ではあるが
結局「斬る」為には長い修行と実戦で培った力量が必須であり、
一朝一夕でどうこうなるものではない。
だが、「突き」の場合、必ずしもそのような長い修練は必要ではない。
例え素人であったとしても、気迫さえ十分であれば
手練を一突きにすることも出来るのである。
それは「御式内」より派生した合気武術において
一之太刀に突きを採用しているところからも伺えるであろう。
以上は、余談。
なんにせよ。
技量は素人にすぎないが、その身体能力は人のモノを遥かに凌駕する。
突き出された刃は如何な達人であろうとも、回避することは不可能な速度。
まさに、人間であれば必殺の域。
だが
「っ!?」
突如、葛木の姿が視界から消失した。
焦燥する感情を押さえつけ、ただ直感で敵の位置を予想する。
次の瞬間には必殺の拳が体の何処かに突き刺さるという恐怖の中、
勘のみを頼りに左の陰剣、莫耶で側面左の空間を薙ぎ払う。
金属音。
打ち込まれた拳を刃が弾き、だが腕力だけの斬撃では強化された腕を斬り飛ばすことも出来ず
次の瞬間
脇腹に致命的なまでの威力を秘めた拳が突き刺さった!
「がっ!」
衝撃に吹き飛ばされ、
そのまま数メートルの距離を飛び樹に叩きつけられる。
「カ、ふッ、は…、ハァハァ、は…ぁ…。」
崩れ落ちようとする体を最大限の自制で繋ぎとめ
刀を地に突き立て片膝をついて体を安定させる。
この間に同じ速度で踏み込まれ、あの拳を打ち込まれたならば避けようがないが…
漠然と右手を葛木の方へ差し伸べる。装填は吹き飛ばされている間に済ませた。
最早牽制にしかならぬ事は重々承知だが、それでも奴は警戒したのか
無造作に腕を下ろし、三間程隔った距離から俺を見下ろしている。
何のことはない、さっき葛木が視界から消失したあれは単なる入り身。
体を回転させ、相手を視界に捉えたままその側面にまわりこむ。
体術の基本、基礎中の基礎。
で、あるのに。
(それをあいつは完成された技として、秘術の高みにまで昇華させている……ってのか)
目眩がした。
武器をもっているから
あるいは人間を凌駕する身体能力があったからとて関係ない。
人知を超える域にまで達した拳法家、それと対峙する事は、不可能。
剛を柔によって制し、蛇の拳をもってしてこちらの体を砕く。
見やる。
打たれた脇腹は既に血で真っ赤に染まっていた。
衣服の上からでよく分からないが、おそらく肉は砕け内臓が露出している……。
ビキビキと、脇腹から体中にヒビが入る異音。動けば、内臓を痛める。
たった一撃食らっただけ、ただそれだけのことで。
(行動不能。俺は……負けた?)
紛い物のこの身では、オリジナルのサーヴァントと同等の強度を求めることなど出来ない。
であれば、敗北は既に決まったようなものだった。
だが、
立ち上がる。
干将は要らない。
陰剣のみを左手に
構えは最も手馴れたもの、
左足を下げ、右足を前へ、
右手を真っ直ぐと敵に差し伸べ
左手の莫耶を逆手に握り、右手の五指を広げ、
イメージする。右腕は銃身、何よりも堅く、何者をも貫く鋼の弾丸。
(みんなを守るって、決めた。だから、
ここで負ける訳にはいかないだろうっ!!)
殺人への鉄の意志を込め、告げる。
フリーズアウト ソードバレルフルオープン
「停止解凍、全投影連続層写!!」
左上に立つ士郎が初弾を放つと同時に駆け出した。
もとより魔術では敵わない相手。ならば勝機は白兵戦以外にありえない。
宝石を一つ飲み込み身体を強化、右手には宝石を四つ握り込み
先行するセイバーにやや遅れ、その背に隠れるようにして
石段の右端を山門に向かい駆け上がる。
迫る閃光。キャスターが放った5つの光条はこちらに向かい収束するが、
セイバーがひと睨みしただけでその軌道はそれ、遥か後方に吹き飛んでいく。
だがキャスターとてセイバーと対峙するのはこれで二度目。
およそ如何なる魔術もセイバーには効果ないことなど知っているだろう。
では?
焼かれた網膜にうっすらと映る、セイバーに向かい疾走するアサシン。
それを、
セイバーもまた、全力の突進でもって迎え撃った。
セイバーの不可視の大剣、その射程の遥か遠くから放たれた斬撃。
それは本来胴をとるもの。
しかし、敵より下段に位置するセイバーにとってそれは
確実に首を取る軌跡だった。
「っ!」
横合いより迫る長刀。
煌くその刀は闇の中で尚白く、美しい。
故にそれが必殺の刃であることがなんとも矛盾しているように見える。
だが、刃が頚動脈を断ち切る、その寸前。
セイバーは石段を強く蹴り、跳ねた。
首を外した刃が彼女の鎧を削り金属音を奏でる。
闇の中、夜空に一際明るい黄金の髪が舞う。
蒼い騎士はそのまま膝をかかえ中空でくるりと一回転し、
既に敵の頭上、そのまま自由落下の全運動量を不可視の刃に乗せ標的を叩き斬る!
その瞬間に、駆けた。
セイバーを迎撃するアサシンを傍目に、
それを追い抜いた刹那。
禍々しく赤い光を放つ魔弾がこちらに迫る。
宝石の一つをそれの相殺に使い、さらにその宝石に残った魔力を全てキャスターに叩き込んだ。
おそらく、防御される。だけど関係ない。
次の宝石は身体強化に充てる。
二重の身体強化。はたして後の後遺症は恐いものがあるけど……。
先ほど解き放った魔弾の雨はキャスターに降り注ぐ、さらに距離を詰めながら、
−驚く程体が軽い−
閃光の雨が止まぬうちに追い討ちをかけるようにさらに宝石を追加、これはキャスターに。
最後の一発を セイバーと斬り結ぶ侍に漠然とした照準で撃ち込んだ。
セイバーなら当たっても問題ないから、大丈夫。多分。
緑色の光芒と蒼の閃光と、入り乱れ、スパークするそれはまるで花火のよう。
加速する。
やはり、キャスターは無傷。どうせ何らかの魔術で防御したのだろうけど。
「ひっ。」
キャスターの声。今更遅い。アサシンと葛木がいるから安心していたのか?
それとも、魔術師が白兵戦をするという概念自体がないのだろうか?
どうでも良かった。背後から右手でアゾット剣−もう一度使ってしまいほぼ魔力はないが−を引き抜き、
踏み出すのと同時、そのまま体ごと跳び、刃を敵の脾臓の奥へと突き入れる。
「ぐっ。」
くぐもった声。
ずぶり、という嫌な感触。
着地と同時、
そのまま踏み込み
水月に肘を突き入れ、
体勢を低くし足払いをかけ、
倒れたキャスターの頭に踵を打ち下ろす。
嫌な音が響いて、キャスターはそれきりぐったりとして沈黙した。
…あっけない。
「一丁上がり。」
言ってみたものの、顔をしかめる。
こういうのはあんまり良い気持ちがするもんじゃない。
……した方が嫌だけど。
とまれ、急がなければ。
士郎、もしくはセイバー。多分この場合は士郎か。
援護に行かなければ。今にも彼らは殺されてしまうかもしれないのだから。
と、振り返った彼女の背後に黒いローブの影が浮かぶ上がるのを……
彼女が気付くはずもなかった。
放った六つの刃が闇の中にきらきらと、無意味に美しい残光を描きながら飛んでいく。
いや、それらは到底視認できる速度の筈がない、であればそれは自分の妄想か。
だが、たしかに見えていた。
敵はそれを二歩で避けた。
ハシ
疾る。
標的がゆっくりと、構えを取り、
後の先をとるべくしてか体勢を下げ、
そこに、左足で踏み込んだ。間合いは一間もない。最早密着といえる距離。
左の莫耶、影の刀。暗殺者が好んで持つ黒く鍛えられた鋼。
それを一瞬の間をおいて、下からすくいあげるようにして走らせる。
必殺でも何でもない、ただの素人が放つただの曖昧な一撃。
敵はそれを体捌きでかわす。
さっきは消失したようにしか見えなかったその動きが今ははっきりと見える。
どうということはない、こちらへ最短距離で、半身になり刃をかわし、
シンピ
左側面へ踏み込んでくる。一切の無駄がない、完成された魔術。
だが、
先ほどの一撃はそれを誘うための布石。
右足をスライドさせ、体を入れ替える。
既に敵は構えていた。右の拳を腰溜めに、左腕を盾として体の眼前においた典型的な構え。
朽ちた殺人鬼と自らを語る男。その姿は幽鬼のようでありながら、
明確にある一つの意志を瞳に宿している。
殺人への
突如として、その盾が解かれ何の予備動作もなく左拳が突きこまれた。
いや、正確にはそれは拳ではない。人差し指と中指、薬指と小指をそれぞれ揃え、
二股の穂先をもつ槍のようにこちらの眼球を突くべくして打ち出される。
人体急所は大別して二つに分けることができる。
一つ、体の表面から打てるもの。そしてもう一つ、体の内奥にあるもの。
内奥の急所を狙うのであれば特に強く打ち込む必要はない。
その穂先が狙うのはおそらくただの目潰しではなく眼球の奥、
脳に突き立てるべくして放たれた急所への一撃。
拳を用いる殺し屋。その掌はまさに刃に劣らぬ武器であった。
拳が骨を砕き、手刀が肉を裂き、指先は何よりも鋭い槍として機能する。
その一撃に対し。
眼を、捨てた。
左の刀をそのまま敵の左腕にそって突き込む。
敵も既に打ち込む最中の攻撃、これをかわせる筈はなく
刀身が標的の肩口に突き刺さり
そして、敵の爪先が眼球に触れる。
「っ!」
咄嗟に頭を下げ、体を獣のように伏せ。
右足、右手を下げ、手刀を形作り、腰溜めに構える。
敵の穂先が刺さる。
だが、こちらが咄嗟に頭の角度を変えた為か、その槍はその深奥に届くことなく
眼窩上の頭骨に当たり、止った。
世界が闇に包まれる。
イメージする。
右腕の先。銃剣は既にここにあり。
咆哮を揚げる。
低地から銃剣は仰角を構え。
視認の必要はない。敵はそこにいる。
意識の箍が飛ぶ、無限とも思えるその一瞬の後
銃身の先、その刃、右腕を裂帛の気迫とともに突きこんだ!