闘が始まってから五分あまりが経過したころ、月明かりを受けたワタシのセイバーの剣が、斬、とライダーの首を切り飛ばした。
頭部を失ったライダーはそのまま倒れ、その身を聖杯へと還していく。
それを見たライダーのマスターは何事かをわめき散らし、身を翻して逃げていった。
本来であれば、後顧の憂いを絶つためにマスターも殺したほうがいいのだが、
あんなクズを追う必要はないだろう。
そして、初めての勝利の高揚もまた、ワタシの胸には湧き上がってはこない。
だって勝利など当然のこと。
ワタシのサーヴァントは七つのクラスで最高のセイバーであり、英霊としても最高の人物を現界させたのだから。
なによりワタシはエリシール・フォン・アインツベルン。
必勝を義務付けられた、アインツベルン最後の器なのだから。
月の浮かびし聖なる器 Interlude 〜sisters〜
「キリコ、もう出てきてもいいよ。」
セイバーを霊体へと戻し、隠れてこちらを伺っているであろう義妹に、
ワタシはそう声をかけた。
所要で出かけようとしていたワタシ達が侵入者に気がついたのは、聖杯戦争開始からすぐのこと。
目的は偵察といった所だったのだろうけど、このアインツベルンの城には、その周囲の森も含めて侵入者を探知する魔術結界が張られている。
そんなことにも気づかず、侵入してきたのは能力の低い、在野の魔術師だった。
キリコに実戦を経験させるいい機会かとも思ったが、とりあえずはサーヴァント同士の戦闘がどんなものかを見せるために、ワタシとセイバーが迎え撃ちキリコには隠れているよう指示を出した。
あっさりと見つかったことに驚愕していたライダーのマスターは、魔術師としてもマスターとしても三流の男。
使う魔術も戦術も三流、脆弱にして惰弱、五分では練習にもなりはしない。
サーヴァントであるライダーはなかなかに優秀だったが、マスターがあれではどうしようもなかっただろう。
ワタシにとっても初めてだったサーヴァント同士の戦闘をそんな風に分析していると、
隠れて見ていた義妹のキリコがようやく姿を見せた。
恐怖のためか、器として作られ、成長できないワタシと違って年相応に成長した身体をわずかに震わせ、キリコがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
窓から差し込む月明かりを受けるその髪は、黒く、長い。
「ねえキリコ。あのライダーって何ていう英霊だったんだろうね?
ニホンで有名な人物なのはまちがいないと思うんだけど。」
そう話し掛けたものの、答えはあまり期待してはいない。
キリコは確かにこの国で生まれ育った子だが、歴史に詳しい訳でもないだろう。
こんな話題を振ったのは、あくまで少しでも恐怖から現実に引き戻してあげるため。
「わかり……ません。ごめんなさい。」
案の定、青白い顔をしながら、キリコはうつむいてワタシにあやまる。
キリコに初めて会ったのはおよそ一年前。
年はワタシと一年も違わないというのに、キリコはいつもワタシには恐縮した態度で接する。
もっとも、年などは関係ないのかもしれない。
あの忌々しいキリツグが、ワタシが母様の胎内にいるときに四回目の聖杯戦争の準備にアインツベルンを離れ、一時このニホンに来たのが十六年前。
アーサー王を呼び出す触媒としての『鞘』は、すでにアインツベルンによって発掘されていたが、キリツグとアインツベルンのチームは『万が一』の予備として、もう一つの触媒をこのニホンで手に入れた。
その際にキリツグは現地でアイジンをつくり、キリツグがニホンを離れてアインツベルンに戻った後に生まれたのがキリコだ。
そのキリコの母は、キリコにキリツグの事は何も告げずに二年前にこの世を去り、キリコは一年間シセツと言う所に預けられていた。
そのキリコを、今回の聖杯戦争のシステムの変更と準備のためニホンを訪れたワタシと世話係が引き取り、この城に住み始めたのが一年前。
それ以来キリコは、ずっとワタシに対して何処か遠慮して接している。
ワタシもキリコの存在を知ったときは、つねに冷静でなければならない魔術師らしくも無く動揺し、あの男のアイジンの子ということで嫌悪もしたが、キリコには何の罪も無い。
イリヤ姉様の予備として造られ、大老と極一部の世話係以外、存在を知らないワタシと。
父親のキリツグに、その存在を知られること無く去られたキリコ。
そんな何処か似た境遇が、キリコへの抵抗を弱めたのだろう。
「別に謝らなくてもいいわ。
宝具を使わせる前に倒しちゃったしね。
まあニホンでライダーになりそうなのはマエダとか、たぶんそのあたりでしょ。」
もっとも、宝具を使おうとどうしようと、絶対にワタシのセイバーが負けるなんて事はありえない。
ワタシのセイバーは、アーサー王の予備としてアインツベルンがキリツグと共に発掘した、例の触媒で呼び出したものだ。
ただし、予備とはいえその力は絶大。
ワタシもニホンに来てからこの国の英霊となりそうな人物を調べたが、こと『ニホンの英霊』であるのなら、まずセイバー以上の存在はいないだろう。
信仰の強いニホンでなら、恐らくアーサー王とて倒し得る。
しかし、油断はならない。
必勝を期して送り込んだキリツグの裏切りと、最強のバーサーカーを従えた姉様の敗北。
我がアインツベルンは、二度の『絶対』を逃した。
おそらく今回聖杯を手にできなければ、アインツベルンはその機会を永遠に失うだろう。
ゆえに、才能はあるものの、魔術の基本すら知らないキリコにまでサーヴァントを召喚させ、聖杯戦争に参加させたのだ。
キリコはためらったが、勝利を確実なものとするために、ワタシのパートナーとなってもらった。
だが、キリコの召喚したサーヴァントを見たときは驚いた。
触媒無しの召喚であったし、魔術師としては未熟なキリコであったから、
大した戦力となることは期待していなかったのだが、よりによって『アレ』が召喚されるとは。
『アレ』が英霊であったのにも驚いたが、『キャスター』というのがまた皮肉だ。
いっそふさわしいのは『アサシン』あたりだと思うが、アサシンはすでに召喚されていたのかもしれない。
まあ、どんなクラスでもかまうまい。
いずれにせよ、思いがけない『娯楽』ができたことに変わりはないのだから。
ワタシのセイバーとキリコのキャスターを使って残りのサーヴァントを倒し、イレギュラーとして参加したアーサー王を消し、聖杯となった姉様の心臓を破壊したカレを殺す。
そして最後にキャスターの首を刎ね、ワタシは聖杯になる。
この予定に変更はない。
それはアインツベルンに生まれたワタシの宿命。
逃れられない義務であるのならば、せめてこの程度の『娯楽』は許されるだろう。
「あの……エリス義姉さん。今日はこれから………。」
会話が途切れてしまったことに不安を感じたのだろう。
キリコがおずおずと話し掛けてきた。
「そうね。
今日はもう休もうか?
ライダーが来て予定が狂っちゃったけど、明日こそ―――」
ワタシがそう言うと、キリコは辛そうに俯いた。
「―――明日こそ、挨拶に行こう?
アタシ達のシロウお義兄さまに、ね。」
そんなに辛そうな顔をしないで。キリコ。
だって、これは仕方の無いこと。
ワタシはエリシール・フォン・アインツベルン。
必勝を義務付けられた、アインツベルン最後の器なのだから―――――――