3月14日、つまり今日。
一ヶ月前に幸せにも(不幸にも?)今までにないくらい沢山の戦果をあげた身としては頑張らなくてはいけない日なのだ―――。
ホワイトデイ―――3月14日の出来事。
と、いう訳でいつもより少し早起きをして現在午前三時。
材料は我が家の食物庫を荒らす虎から少し前から自分の部屋の押入れの中に隠しておいた。
「…あんまり前からだと見つかっちゃうかもしんないしな」
勝手に家捜しをしたりする(元)優等生とか銀髪のちびっ子とか何故か加わって騒ぐ後輩とか虎とかに。
ホワイトデー、一ヶ月前のお返し。何を返したらいいかもわからないので、応用が利くチョコを返すことにした。
チョコを湯煎にかけ、少しずつ生クリームを溶かし込んでいく。
それから一人ずつの分量に分け、好みの味付けに仕上げていく。
桜にはアーモンドの欠片をちりばめて。
藤ねえは味はあまり変えなくていいが、量を多めに(元々結構な大きさなのだが、虎の餌にはこの大きさが丁度いい)。
遠坂には少なめに、ブランデーを溶かし込んで風味を豪華な感じに。
イリヤには生クリームを多めにして、甘めに。
…そして、最後の一つには。
「おはようございます、先輩」
「ああ、おはよう桜。今日も早いな」
「先輩こそ。私も準備したかったんですけど、もう仕上げだけですか?」
「ああ、うん。いつも桜には手伝ってもらってるから、たまにはいいだろ? ドーンと座っててくれ」
「…はい。じゃあ、甘えちゃいます」
そう言っていつもの席に座ってテレビを見る桜。
実際今は二人きりなのでチャンスでもあるのだが、気恥ずかしい思いは一回にしたいと、後で皆と一緒に渡す事にする。
…二人きりだから渡しやすいってのもあるけど、無駄に気合が入ってしまったラッピングなんかも今思えば恥ずかしいし。
「おはよう桜、士郎」
「おはようございます、遠坂先輩」
「よ、遠坂」
と、そんなこんなで今日も来たあかいあくま。遠坂もなんか知らんが聖杯戦争が終わってからはよく家にきて飯を食っていくようになった。
こんな風に自分の家から来る時にはあの鬼気迫った寝起き顔を見なくて済むのでこれ以上優等生のイメージが崩れる事もないだろ――
「…あんた今なんかすっごい失礼な事考えなかった? 士郎」
「いえまさかそんな事はありません」
「………」
…いや、まあ。崩れる事はないかもしれないけどその前に俺が崩れそう。って何言ってんだか…。何はともあれ迂闊に悪口――いや口に出してないから悪妄想――もできない。
――――まあそんな事は前からなんだけど。
「…ま、それはそれとして」
そう言ってニンマリ、とあかいあくま発動の予兆・チェシャ猫の笑みを浮かべあくまは桜の方に――――
……桜?
「で? どうだったのよ桜、もらったの?」
「え、な、何をですか? 遠坂先輩」
「もーとぼけちゃってこの子は! そんな顔赤くして誤魔化せると思ってんの?」
「え、あ、う……」
…聞こえない聞こえない。桜には悪いけど今首突っ込んだらあくまの餌食にされる。すまん桜夕飯はお前が好きなもの作ってやるからな。
自分の事が、というか自分の作ったものの事が話題に上ってんのは判ってるけど、流石に今日は遊ばれ続ける気力はない訳で。
…ああそんなに耳まで赤くして。ほんとにごめんなさい桜さん。
「おはよーシロー! …何してんの? サクラとリン」
「…おはようイリヤ。……悪いが桜を助けてやってくれ」
「…はあ。しょうがないわね」
そう言って二人の方に行くイリヤ。助かった。あの惨状を見ただけで何でからかわれてるかが判ったらしい。さすがイリヤ。
――あのあくまに対抗できるカードは今の所イリヤしかいないからなあ…情けないが。
俺の姉貴分は遠坂に口で勝てる見込みはないし……って、あれ?
「イリヤ、藤ねえは?」
「タイガなら後から来るって。若衆さん達に捕まってたわよ?」
「……なるほど」
一ヶ月前にばら撒いたモノのお返しって訳か。あそこはヤクザって言うには語弊があるかも知れないってくらい和気藹々としてるからなあ。
……さて、出来た。少し遅いが、桜を助けてやろう――――
「ごちそうさま、士郎。相変わらず美味しかったわ」
「ほんと。タイガが作るのとは全然違うわ」
「む。何よぅ、私だって頑張ってるのにー」
「そういうセリフは目玉焼きを炭にしないようになってから言う事ね」
「むー。イリヤちゃんが意地悪だよう。ヒドイよねー、士郎?」
「……いや、まあ。イリヤの言う事も正しいとは思う」
「あー、士郎まで! なにー、反抗期?!」
朝飯の後、お茶を飲みながらそんな事を話す。ちなみに今日は休みだから、皆のんびりしてる。
ちなみに桜は御飯の最中もずっと真っ赤になって俯いたままで、やっぱりもう少し早く助けてやればよかったかな、と思った。
―――いや、俯いていてもお代わりはちゃんとしていたのだけれど。
そんなこんなでのんびりとお茶を啜っていて、さあそろそろかなと思った時に――――
「所で士郎? 私達に何かお返しする物があるんじゃなくて?」
――――あかいあくまにカウンターを貰いました。
「……わかってるよ、桜からな。いつもありがとう――――助かってる、桜」
そう言いながら、チョコを渡す
顔を真っ赤にした、後輩へ。
いつも俺の隣で笑っていてくれる大事な人へ、感謝の気持ちを包んで。
「あ、ありがとうございます! ……先輩」
そう言ってギュッ、と胸にチョコを抱く桜。そんなに喜んで貰えるとこっちが恥ずかしくなる。
……でもまあ溶けちゃうからその位にな、桜。
遠坂は良かったわねー、なんて言って桜の頭をグリグリしている。もういい加減にやめとけってのにこのあくまは……。
「ほら、遠坂にも」
「あら、桜と違ってそっけないんじゃない?」
そりゃそうだ。人前で素直に感謝の言葉なんか言えない。言うとすれば魔術の話も出るし、こいつ相手には少し恥ずかしい。
その言葉は、一人ずつのメッセージカードに書いてある。もちろん遠坂のチョコにも入ってる、言葉に出来ない紙の上の思い。
聖杯戦争で、一緒に戦った仲間。こいつがいなければ生き残る事も、今ここでこうして話すことも出来なかったに違いない。
普段の憎まれ口を差し引いても、大切な仲間。
「はい、イリヤ。いつも藤ねえの面倒ご苦労様」
「ううん、いいのよ。ありがとう、シロウ」
「なにーーー!? こら士郎!!」
猛る虎を流して、イリヤにチョコを渡す
まだ何も知らない、少し前から俺の家族になった小さなレディ。
そして俺の、大切な妹。
「どうどう。ほら、藤ねえにも」
「むーー」
唸りながらも、しっかりとチョコは確保している。
ちゃらんぽらんに見えて、実際はちゃんと周りを見てる(ような気がする)藤ねえ。
昔から一番近くで面倒をみてくれた、俺の姉。
「……それにしてもずいぶんと凝ったラッピングねえ。普段の鈍さからは想像できないわ」
そこはかとなく失礼な事を言っているあくま。でもまあ機嫌は悪くなさそうなのでOKだ。
「そうねー。相変わらずシロウは器用ね。開けていい? シロウ」
「ん、いいよ。でも中に入ってるカードは一人で読んでくれると助かる」
「え!? 何メッセージカード!? この唐変木いつの間にそんな味なマネを……!!」
「だあああ!! だから今見るなっっつってんだろが!!」
「……先輩……」
「桜も!!」
……なんでウチの女性陣はこんなに手がかかるんだろう。いつもはこうじゃない桜も今日はずっと顔が真っ赤で酔っ払ったみたいだ…どうしてだろう?
ちなみにイリヤはニコニコしながら上品に少しずつチョコを食べ、藤ねえは「おいしいよう」とか言いながら相当あった筈のチョコを半分まで侵食している。
ふと、時計を見る……そろそろ、行かないとな。
「と、俺はちょっと出かけるから。皆ゆっくりしてってくれ」
「え?どこ行くのよ士郎」
おもちゃがいなくなる、って顔で見上げてくる遠坂。でも今日はその魔手に引っかかってる訳にはいかない。
「ん、ちょっとな。用がある」
「何よー、もしかして誰かにお返し渡しに行くの?」
その時、そのあくまの一言で
――――――時が止まった気がしました。
「あら、そうなの? シロウ」
「なにーー!? どこの馬の骨か! ねえちゃん許さないわよーー!」
純粋に疑問の視線を向けてくるイリヤに、何故か激昂しまくる藤ねえ。そしてそれを天使の微笑で見つめる遠坂。覚えてろよ、多分何もできないけど。
いや、それよりも何よりも。
「…………先輩?」
いや桜頼むからその顔はやめて欲しい…泣きそうなって言えば一番近いんだろうけどどことなく影があって少しっていうかかなり怖いので。
もう、なんというかこのままだと出かけられそうにないので強硬手段
「じゃ、じゃあ俺行くから!」
「あ、先輩!!」
玄関に飛び出して土蔵に直行。こんなこともあろうかとここに置いておいたチョコの包みが入ったショルダーバッグを引っ掴んで門を出る。
――――ごめんオヤジ……俺こんなことばっかり上手くなっていくよ……うう。
「アイツなんだと思う?」
「追けましょう」
「シロウも色々あるんでしょうし…やめておいたら?」
「追けるんです!」
「いや、でもそれは本格的にヤバイんじゃないかしら?」
「行きますよ! 遠坂先輩!!」
「え、ちょ、私も!?」
「当然です! お留守番お願いしますね!!」
「騒々しいわね……ほっといてあげたらいいのに。ねえタイガ?」
「……むぐむぐ……ん? どうしたの? イリヤちゃん」
「……何でもないわ」
で、私達は今少し前を歩いてる士郎を追けて歩いている。桜は隣で珍しく怒った顔をしながら士郎の背中を睨んでいたりするけど。
実際ここまでする事はないんじゃないかしら、とは思う。士郎がどうでもいい訳じゃないけど、アイツがそんな事を隠しているなら一ヶ月前に判っていた筈だし。
――――でもまあ素直に追いてきているのは少し面白そうだからという他ないのだが。
それからどこに着いたのかと言うと。
「……柳洞寺?」
ぽかんとそんな事を言ったのは桜。私も同じ様な感じだけど……何でここ?
ここには男しかいないはず、ってそんな事を考えてる間に士郎は山門の辺りまで登り切ってしまった。ちなみに私達は石段の下から見上げてる。
そこへ現れたのは眼鏡に長躯、見覚えのあるウチの生徒会長
柳洞一成。
「「ええ〜〜〜〜〜〜!!??」」
「……あれ?」
「む、どうした衛宮」
「いや、なんか聞こえたような……」
「女狐の呪いではないか? かっかっかっかっ」
「……怖い冗談だな……」
「それはそうと。他ならぬ衛宮の頼みだ、その位なら全く問題はない」
「そうか? 助かるよ、一成」
「何、いつも手伝ってもらっているのはこちらだ。気にするな」
「サンキュ」
頼みを聞いてくれた一成に例を言ってから、その場を後にする。
向かうのは、あの場所。
桜(と自分)の口を塞いで林の木の陰に飛び込むのがもう少し遅かったら見つかってたわね……。
風はこっち向きに吹いてたから完全に感づかれる事はなかったみたいだけど。いらない時だけ鋭いのは勘弁して欲しい、本当に。
「む〜〜、むう〜〜!!」
桜は少し涙目になって唸ってる。
……だけど私は、さっきの表情で判ってしまった。
視力を魔力強化して見た(覗きで使うなとか言われそうだけど)、アイツの表情。
それは。
あの時に散々見ていたものではなかったか――――――――
「……桜」
「何ですか!? 先輩行っちゃいますよ!!」
「大丈夫」
「……何がですか」
「……まだ、ね。誰も勝てないみたいだから」
「……え?」
「平気。誰か見た事もない女が待ってるとかじゃないから」
「………」
察してくれたのだろうか、と思う。士郎のことになると見境が無くなるこの子だけど、本当に士郎の事を考えている事が伝われば、それは。
「……はい。わかりました」
――――ちゃんと、判ってくれるはずだから。
そしてまだ不満そうではあるけれど、いつもの桜に戻った所で衛宮邸に向かって歩き出す
何があったかは知らない。お寺だから、ただ単にそれだけの理由で来たのかも知れない
そう、その相手は。
――――もう決して、会う事はできないんだから。
風が、吹く。
あの時以来一度も来た事はない、決着の地。
「……セイバー」
誰も聞くことのない、俺だけの呟き。
「今日は、さ……これ。持ってきたんだ」
そう言ってショルダーバッグを下ろし、中からラッピングされた包みを取り出す。
碧の包装紙に、金色の帯。貰ってもいない、今日だけのお返し。
「セイバーは食べるの好きだしさ……喜んでくれるかなって、思って」
そう言うと、「私はそんなに大食漢ではありません!」とか言って怒られそうだけど。
本当に、静か。あの時殺し合いをしたとは思えない程に静かで、そこに金の騎士を幻視してしまいそうになる。
「チョコレート、っていうんだ。食べた事あったっけ……気合入れて作ってみたんだけど」
こくこくと頷きながら、食事を楽しんでいた彼女。
その事を言うと真っ赤になって否定してたけど、別に恥ずかしくないんじゃないかな、と思う。
「セイバーは恥ずかしがってたけどさ、俺は嬉しかったな」
自分の食事を楽しんで貰える喜び。それは、俺の心を温かくしてくれていた。
その包装紙に包まれたチョコを、池の近くの石の上に置く。
不意に、思い出す。
思い出してしまう。あの、最後の愛しい声
『―――――――――、――――――』
もういないと
もう、声は聞けないと
姿を見ることも髪を梳くことも体温を感じる事もないと
『――――――貴方を、――――――』
そう思って、思い続けて
何も、伝えようとしなかった
『――――――貴方を、――――いる』
でも、それは間違いだ
俺はあの時誰よりもあの剣の騎士を、愛した。
「……セイ、バー」
こうしてあれ以来一度も呼んだ事のない名前を口に出すだけで
「……セイ…バー……!」
涙が溢れそうになる、くらい。
でも
でもそれは、侮辱。
自分を見つめ直して、去っていった彼女。
『――――――私は貴方を、――――いる』
過去は変えられない、変えてはいけない。それがどんなに悲惨で、救われなくて、絶望に満ちていたとしても。
……それで確かに救われた者も、笑い合えた者もたくさんいたはずだから。
振り向かない、その時の自分に恥じないためにも。
「未練なんてないって……言ったのにな」
一人ごちる。それは間違いなく、俺が言った言葉。
……その言葉は、何て嘘に、誤魔化しにまみれていたのか――――――!
未練だらけだ、認めよう。だって、そうでなかったら。
『――――――私は貴方を、愛している――――』
なんだって、こう。
あの時言われた言葉を、思い出す、だけで。
「ごめ、ん――――セイバー………!!」
止まらないのか。
あの、美しい―――美しすぎる朝焼けの中でさえただの一滴も零れなかった、涙が。
「………ぐっ……」
止まって、くれないのか。
だから認める。俺は、衛宮士郎は。
まだセイバーを……アルトリアを――――――――――――
「たまに、来るよ。怒られちゃうかも知れないけど」
もう出会えない、出会うはずのない恋人との逢瀬。
だけど、あの時のとても優しい彼女の微笑を思い浮かべるだけで、自分も優しくなれる気がするから。
「……言い逃げ、されちゃったしな。ズルいぞ、セイバー」
忘れる必要はない。無理に思い出に変える必要もない。今の自分は、彼女に誇れる自分でありたいと思う。
だから。
「また、な」
そう言って、家に帰る。
家族の元へと、思い出だけを抱いて。
それは、ただ一枚の紙に書かれたなんでもない一言。
池のほとりの石の上、包みの中のメッセージ。
彼以外の、彼女以外の。誰が見ても判らないその言葉。
何よりも美しい、その言葉。
――――――――俺もだよ、セイバー。
それはただ、それだけの話。
後書き
皆さん初めまして、とーかといいます。
今回タイプムーン系では初めてのSSです。セイバーTRUEものですね。
自分的にはあのEDも好きなんですが、やはりGOODも見たかった……。ファンディスクに期待、です(笑
ホワイトデイにチョコ? とかいう突っ込みは無しでお願いします(つД`)