たぶん平和な冬木市の日々(傾:ギャグ M:セイバー)


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1: takya (2004/03/14 23:01:22)



 それはいつもと変わらぬ、平凡な一日だった。
 朝起きて、道場にて朝稽古をし、朝食を取り、昼までぼんやり。
 ぽかぽかした縁側で、うとうとと春の陽射しを享受しながら昼食を待つ。
 軒先で猫が鳴き、花の先には蝶が舞い、遠くどこからか線路を走る電車の音がささやかに響く。
 ほんとうに平和な一日、だったのだ。
 居間で、魚を咥えた黒猫を見つけるその瞬間までは。



    たぶん平和な冬木市の日々



「……ふう。いい陽気ですね」

 セイバーは縁側に座ってまどろみながら、微笑を浮かべて呟いた。
 季節は春も半ば過ぎ。時刻は昼前。暖かい、という表現がぴったりの気候に、眠気は深まるばかり。
(――いけないいけない)
 気を引き締める。先日、この家の食客の一人であるイリヤスフィールに「くっちゃ寝セイバー」呼ばわりされたばかりである。彼女は最近偽造の戸籍を更に改変して士郎達の学校に通い始めたせいか、どうも現在無職であるこちらを見下しているフシがある。
(せめて、寝すぎるのは止めておきましょう)
 というのがセイバーの決意である。飯はしっかり食べるのである。志低っ。
 そしてセイバーは、はあ、とため息を一つ。最近緊張感というものが大きく欠けている。少し前までならこのように空いた時間を利用して修行に励んだものだったのに、一体どうしたものか。

「それにしても……早いものですね。――あれから、もう一年ですか」



 一年前。セイバー達サーヴァントと呼ばれる七人の英霊が、この冬木市に召還された。
 目的は一つ。互いに戦い、生き残り、聖杯を手にする為に。

 ――――が。

 戦いに意気込む皆を前に、ふらりと幽鬼の如く現れた悪役顔の神父、言峰綺礼が爆弾を落とした。

「実はな。……聖杯は、まだ出来ていないのだ」
「な、なんだってー!?」

 なんでも、聖杯が顕現するだけの魔力が、前回の聖杯戦争より十年じゃ溜まりきらなかったとかなんとか。
 今のままサーヴァント同士が殺しあっても、最後に聖杯は出てこないからまだ戦うな、という事らしい。なんじゃそら。
 彼らは驚愕し、憤怒した。詐欺だ。嘘吐きだ。JAR○を呼べ。と喧々囂々。
 誰かが聞いた。なら何故自分たちサーヴァントが呼ばれたのかと。尤もである。
 すると神父はセイバーのほうをニヤリと見つめ、
 
「実はな。前回の勝者となったマスターが、聖杯を壊してしまったのだ。そしてその中身が辺りにぶちまけられた所為で、高濃度の魔力がこの辺一帯に満たされ、聖杯が完全に顕現するより随分早くサーヴァントが呼ばれてしまって――」
「なら仕方ありませんねええ本当に残念ですなんということだ」

 セイバーは電光石火で合意した。愚痴る他のサーヴァントを問答無用で叩きのめして合意させた。
 何故なら彼女は前回の聖杯戦争で勝ち残ったサーヴァントでもあったのだ。

 言えない。私が壊したなんてとても言えません――!

 と、いうわけで。
 セイバーのマスターであり、正義の味方になりたいなんて真顔で言い放ちヒーロー物はしっかりチェック。戦隊モノって五対一で卑怯じゃないか、とやっぱり真顔で言う朴訥少年こと衛宮士郎の提案によって、休戦条約が締結された。
 一つ、戦争はダメよ。
 一つ、ちょっとしたケンカは可。喧嘩するほど仲がいい。
 一つ、それぞれのサーヴァントは、きちんとマスターが面倒見るべし。
 以上である。ちなみに破ったら切腹。

 そして――それから一年。聖杯戦争は未だ始まっていなかった。なんてこった。



「――さて。そろそろお昼の時間ですかね」

 回想を止め、ちらりと時計を見る。時刻は十時半。早過ぎだ。
 
「む」

 バカにされた気がする。セイバーは辺りを探るが、誰もいない。
 いつも唐突に現れては人を食いしん坊呼ばわりする神出鬼没の弓兵も――
「……そう言えば、彼は今いないのでしたね」
 ふと、脳裏に赤い外套を着込んだ男の姿が浮かんだ。
 
 ――ふん。君は相変わらず食べてばかりだなセイバー。

 浮かんだ影を斬って捨てた。
 おのれ、想像の中でさえ私を愚弄しますか奴は。シロウとは大違いだ。全く。

 浮かんで斬られた男。それは、マスター遠坂凛のサーヴァントであり、未来の国から衛宮士郎を更生させる為にやってきたエミヤえもん――では無く、未来のエミヤシロウである。
 ただひたすらに鍛錬のみで己を鍛えあげ、衛宮士郎の三倍の家事能力を身につけ、ついには自力で航時機を創り上げた英霊。
 その名もエミヤV−MAX。俗名はアーチャー。戦場での通り名は赤い男性。別にCV池田ではない。
 彼もまたセイバーと同じく、暇を持て余していたサーヴァントの一人であった。が、マスターである凛の意向によりバイトしたりバイトしたりバイトしたりの日々を過ごしていた。
 そんなある日、彼は運命に出逢う。
 手当たり次第に受けたバイトの中にあったプラモデル製作のアシスタントの最中。彼のクリエイター魂が叫んだ。コレだ! 
 彼は瞬く間に才能を開花させ、その人間技とは思えぬ精巧さに『奇跡の右腕』と呼ばれるようになる。
 だが、ここから彼の転落は始まった(ドキュメンタリー調に) 
 バイトの合間のガンプラ製作。酷使しすぎた腕は限界を超え、ついには右腕がいかれてしまう。
 しかしそれで諦めるアーチャーではなく、彼は士郎を弟子に取る。プラモ作りの弟子かよ。

「まだ細部の作りが甘い。これで満足か? お前など、理想を抱いて溺死しろ」
「こんな理想なら……むしろ溺れて死ぬのも本望だ!」
「ふん。言う事だけは一人前だな。――ついて来れるか?」
「いいや……てめえの方こそ、ついてきやがれ――――!」 

 セイバーは真剣に二人を阿呆だと思った。っていうかアンタ更生させに来たんじゃなかったんかい。
 流石に心配した凛の言葉にも耳を貸さず、ついには、

「アーチャー。お願いだからもう止めて」
「――凛」
「わたし、家事とか自分でも頑張るから。士郎の奴も、いい加減現実に目を向けるようにさせるから……! だから、アンタは――」

 ――今からでも、ちゃんと休みなさい。

「……答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレは、これからもプラモ作り続けるから」
「――っから人の話聞きなさいよあんたわーっ!!」
「ひでぶっ!」

 と要点だけまとめるのも馬鹿らしいやりとりの末、渾身のベアナックルが致命打となり入院。サーヴァントの治癒能力は何処行った。
 そして現在リハビリ中である。南無。
 ちなみに先週見舞いに行った所、随分げっそりとやつれていた。
 どうやら怒った凛がアーチャーの入院理由について、
 『若いくせに右手を酷使しすぎたからだ』
 とか、むっちゃ人聞き悪い説明を流布したらしい。
 いつの間にか『奇跡の右腕』という称号も、『右手が恋人』にクラスチェンジしていた。
 セイバーにはよく意味がわからなかったが、同じ入院患者の人に

「こんな美人さんが見舞いに来てくれるんじゃないか」
「あんた若いんだからまだまだいけるだろうに」
 
 とか言われるたびにトラウマを抉られるような顔をするアーチャーは何やら悲惨げだった。
 
「オレはね、セイバー。英雄になど、ならなければ良かったんだ」

 なんて泣き笑いで言われてもどうしろと言うのか。それ以来見舞いには行っていない。



「――さて、いつまでも故人を偲んでいても仕方ないですね」

 死んでない死んでない。
 セイバーは何事もなかったかのように立ち上がると、居間へ向かった。
 ちなみに時刻は十時四十五分。早いってば。

 だが……だがしかし、それはある意味遅すぎる到着でもあった。



 その日、悲劇に出逢う――――



 居間にて。
 両者は対峙し、硬直していた。
 片方は金の騎士。鋭きその視線を、居間の食卓に向けている。
 片方は黒い仔猫。食卓の上で魚を咥え、ぼんやりとこっちを見ている。

 …………

「ドロボーーッ!!」

 セイバーは叫んだ。なんということだ。
 あれはシロウが作ってくれた私の昼食ではないですか!

 今朝、今日はおかずが少ないけど我慢してな、と言っていたシロウの笑みを思い出す。
 ちなみに彼は最近リンによる『士郎真人間化計画』とやらの所為で毎日疲れた様子だった。
 心配である。もし体調でも崩されたら、私はどうしたらいいのかわからない。

 朝飯とか昼飯とか夕飯とか。

 だから、少しグレードが落ちても文句は言わなかった。
 少し量が減ったとしても、それでも美味しいご飯を楽しみにしてたのに。
 楽しみにしてたのに!
 大声にびくりと震えた猫は、身を翻して駆け出す。
「させませんっ!」
 思いっきり剣を振りかぶって追撃する大人気ないセイバー。
 両者の距離は、サーヴァントであるセイバーにしてみればほぼ一瞬で詰められる間合い。
(いける!)
 ――だが、猫は斬撃をひらりと避け庭に逃げ延びた。

 流石に驚く。あの猫、ただものじゃない。
「けれど、逃がしませんっ!」
 セイバーは、猫なれど侮るなかれ、と気合を入れて、剣を構え直し。
 庭へ向かって、裸足で駆け出した。

 ――どたんばたんまちなさいこのドロボウネコひゅんっみゃーどかーんくっばかにしているのですかばたんどたん――  



 その日、衛宮邸で起こった大捕り物について、幸か不幸か付近の住民は誰も気付かなかった。
 何故ならここは冬木市。世界で一番サーヴァントによる人的災害の多い土地。
 大概の事は笑ってスルーされる、なんとも平和な土地だった。



 戦い終えて日が暮れて。まだ昼過ぎだが。

「――なんて――コト」

 セイバーは愕然として呟いた。
 場所は庭……だった場所。今や見る影もないが。
 所々抉れ、切り裂かれ、破壊の傷跡が生々しい。

「――逃がして、しまいました」

 猫の姿はない。気配もない。腹が減った今のセイバーでは、探す気力も沸いて来ない。
 完敗だった。お互い一太刀も浴びせる事はなかったが、それでもセイバーの完敗だった。
 四足歩行動物にあしらわれた。その衝撃と屈辱が、セイバーを打ちのめす。
 だが、腹は減る。
 セイバーはとぼとぼと家の中に入り、メインの抜けた質素な昼食をもそもそと食し、「ごちそうさま」と項垂れたまま呟いた。重症だった。
 そして――

「……おなか、すきました」

 ぽつり。
 
「……何かお菓子は……ないですね」

 この家によく来るイリヤのサーヴァントであるバーサーカー君が、巨漢の癖にお菓子好きであっという間に食べ尽くすからだ。今度ぶちのめしてやる。

「これでは、とても夕飯まで現界していられません」

 大袈裟な。
 セイバーは、仕方なしに立ち上がった。
 そうだ。商店街に行こう。どら焼きは安くて美味しい。
 お金ならあったはず。背に腹は変えられない。
 セイバーは、よし、と頷いて歩き出した。



 ――ところがどっこい、悲劇に出逢う。



 セイバーの部屋にて。
 両者は対峙し、硬直していた。
 片方は金の騎士。驚愕に見開く視線を、自室の箪笥の前に向けている。
 片方は黒い仔猫。箪笥の前で何やら茶封筒を咥え、ぼんやりとこっちを見ている。

 …………

「私のへそくりーーッ!!」

 セイバーは絶叫した。なんでアレを!?
 セイバーの優れた視力が、茶封筒を凝視する。
 口の端から覗く場所に、達筆な字で『王の遺産』と書かれている。間違いない。

「それだけは……渡すわけにはっ!」

 飛びかかかる。ひょいっと避ける猫。ぶんっ、ひょい、ぶんっ、ひょい。みゃー。

 ――ぶちん


   エクスカリバー
「約束された勝利の剣ーー!!」


 溜めなしでぶちかました。



 その日、衛宮邸の士郎及びセイバーの自室を粉砕した衝撃について、付近の住民は気付きもしなかった。
 何故ならここは冬木市。この程度は日常茶飯事の土地だから。



「――やり、ました」

 セイバーは安堵して呟いた。
 場所は自室……だった場所。今や見る影もないが。
 完膚なきまでに粉砕されている。
 セイバーはしかし、部屋の様子など気にもとめず、手の中の茶封筒を見やった。
「良かった。今度は取り戻せた」
 そっと中を確認。空だ。
 ……え?
 もう一度確認。よく見る。裏返してみる。気付く。

 封筒の下半分が、見事に消し飛んでいた。

「――あぁ――あ――ぁぁ」

 がくがくと体が震える。涙が浮かぶ。
 思い出すのは、これをこつこつと溜めた日々のこと。

『お、セイバーちゃん。お使いか? よし、いつも美人のセイバーちゃんにオマケだ』
『ありがとうございます。――これで、ちょっとお金がうきます』

『セイバー。買い物ありがとう。お釣りは駄賃にしていいから』
『あ――は、はい! ありがとう、シロウ』

 こつこつと。

『お金が溜まるのは嬉しいものですね。よし、確認――あれ、空?』
『――ああ、そういえば商店街でクレープを買ったんでした』

 こつこつと?

「……赦しません」

 地獄の底から響くような声で、セイバーは呟いた。
 あの猫……もう、赦さない。

 セイバーは一瞬でフルアーマーモードにチェンジすると、僅かに残る猫の気配を頼りに走り出した。  
 


 それは、なんてことのない昼下がり。日常の風景。
 冬木市は今日も、たぶん平和です。




END


あとがき

 初めてギャグ書いてみて発覚。
 どうやら自分はギャグの方が気楽に書けるのにシリアスの方が気乗りするというワケワカラナイ人のようです。
 ほのぼのとかラブは無理。

 今回は壊れギャグですみません。
 シリアスネタは後一つ二つあるのですが書ききれるか微妙なので取り合えず置いといてふと思いついたギャグネタを書いてみました。休み半日潰して何やってるんだろう自分。Fate熱から抜け出せません。
 原作ルートの派生でギャグにしようとしてもどうもうまくいかず、いっそ前提から壊してしまえ、と思っていじったら何か奇妙な世界に。
 前のようなシリアスを評価、期待してくれた方いましたらごめんなさい。
 セイバーが魚を取られて駆け出すだけの話のつもりが、付け足してるうちに珍妙な事に。自分アーチャー好きですよ。ほんとに。
 文体がどうも固いので、それを崩そうと意識してみたんですが、微妙。
 それでも、ちょっとは笑ってもらえたら嬉しいです。
 あ、もしネタ思い切り被ってるとかあったら突っ込んでやって下さい。
 もう幾つかネタはあるので、もしかしたら無謀にも続きを出すかもしれませんが、今回の所はこのような馬鹿話に付き合って下さりありがとうございました。



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