Der Wecker einer weisen Prinzessin−届け奇跡は聖杯へ 2 M:凛、他 傾:シリアス


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1: 唄子 (2004/03/14 19:16:08)[orange.peco.chipi at m2.dion.ne.jp]

/2.悪魔は夜に微笑む

 別段、来客がいる事は不思議ではない。
 そこには、チャイムだってあるし、ポストだってある。

 ただ、なんとなく遠坂にお客さんが来てるってことに
 なんとなく違和感を抱いただけだ。
 時間も時間であるし、見える人影は同級生ってわけでもなさそうだった。

 なにより、女の子ではないのだから。

 自分の眼は良いほうだと思う。
 加えて魔術で強化すれば、20m先の新聞の文字も読める。
 あの人は高校生には見えない。
 年頃で20歳ぐらいだろうか。
 背は、高い。自分より10cm前後はあろうか、おそらく180cmくらい。
 しかし、がっちりしているわけではなく、モデルみたいな、そう、優男風である。
 伸ばした髪は、無造作に風に揺れている。
 犬の毛を思わせる、癖のない黒髪。
 併せて、眼鏡をかけているから、なんとなくインテリっぽい雰囲気を醸しだしている。
 すらっとしたジャケットを羽織、ストレートのメンパン。
 ただ、その両方が髪の毛の色と同じ黒で統一されていた。
 まるで風景に、夜に溶け込んでいくような不思議な感じ
 それは御伽噺に出てくる魔法使いのような―――
 そんな感覚に陥るのは、その姿のせいだけではないだろう。

 肩にいる黒い塊。
 その人は肩に黒猫を乗せていた。
 そのせいで、全体的に不思議な感覚を醸し出していたのだった―――


 「やぁ、こんばんは。君はここの家の人かな?」

 気づけばその人はこちらを向いていた。
 距離にして5m。
 気づかなかったのは、ぼーっと観察していたからだろう。
 こちらを向いているという事は、俺に挨拶したのであろうか?

 後ろを振り向くけど、人影はなく、ここにいるのは自分と、
 黒い人のみ。

 「あっと、こんばんは。」

 ちょっと間が空いたが、挨拶を返した。
 その人はこちららが挨拶を返すと、ニコッとして

 「ええ、こんばんは。」

 と、もう一度挨拶した。
 遠坂とは180度反対にしたような微笑。
 けして上辺だけでない、心からの喜びを表わしたような笑顔に
 ちょっとドキッとしてしまった。

 「あーえっと、この家にご用事ですか?」

 「うん。でも留守みたいなんだ。まぁ時間が時間だからチャイムは1回しか
 押していないけどね。
 君は、ここの家の人ではないみたいだね。」

 「ここは知り合いの家です。」
 彼女の家です、っては言えなかった。
 なんか気恥ずかしいし、その見ず知らずの人にそこまで説明するのも
 気が引けたため、知り合いの、そう表現したのだった。

 「そうか。この家は留守みたいだね。いつ帰ってこられるか分かるかな?
 また、明日改めて伺わせてもらおうと思うんだけど。」

 そういって、この人は頬を人差し指で掻いている。
 確かに、こんな時間だし、そう思うのが良識的だとは思うのだが。
 明日になっても、この家の主は帰ってこないだろう。
 なにせ今は、おれんち、衛宮邸にすっかり居付いているのだから。

 それに、この人は悪い人じゃなさそうだし、こんな時間に悪いと思いながらも
 訪れたのだ。なにか急ぎの用があるに違いない。
 そう考えた瞬間、もう口に出していた。

 「そいつ今うちにいるんですけど、良かったら今から家にきませんか?」

 「えっ?そうなの?」

 「ええ。ですから家にくれば。まだ、起きていますし、話なら出来ますよ。」

 うーん、その人は一瞬考えた後、

 「こんな夜更けに、その良いのかな?迷惑じゃないかい?」

 と、申し訳なさそうに聞いてきた。

 「いえ、迷惑なんて事は。では、少し待っててください。この家にそいつが
 忘れ物しちゃってるんで、それを取って来ますから。」

 その人が、うん、とうなずくのを確認して、月刊ミンキーを取りに門をくぐった。




 「助かったよ。今夜の宿も決めてない状態だったし。明日出直すとなれば
 宿を探しに、今から新都のほうまで出なくちゃならないからね。本当に助かった。
 ありがとう。」

 彼、遠野志貴さんはそう言って頭を下げてきた。

 「いや、そんな。それにこっちとしては荷物を運ぶのを手伝ってもらっちゃって、
 その、すいません。」

 「気にする事ないよ。僕にとっちゃ安いものだよ。尋ね人に合わせてもらって、
 その上、泊めて頂けるんだから。でも、本当に良いのかい?家の人には迷惑に
 ならないかな?」

 「それも心配ないです。俺、親父がいたんですけど、そのだいぶ前に亡くなって、
 今は一人なんです。」

 遠野さんは、はっとして、こちらを見た後、
 「士郎君は、強いんだな。」

 そう言って、微笑んだ。
 今度はこっちが驚く番だった。
 大概、こんな話したらみんな
 「ごめん、そんな事知らずに」
 とか、
 「大変だね。なんか力になれることが有れば言ってよ」
 とか言葉を返してくる。
 そりゃ、有りがたいけど、実際にそんなに困った事はない。
 親父がなくなって、暫くは胸に穴があいたような感じだったが。
 俺の周りには、藤ねェや雷河じっちゃんとかいたし、
 雷河じっちゃんの所の若い衆からも可愛がられていたから
 いつの間にか元の自分を取り戻してしまった。

 だから、そんな風に言われたら、なんか居心地悪くて、いつも弁解していた。
 「いや、みんなもいるし。大丈夫だよ」って。

 でも、遠野さんはそうじゃなかった。
 『強いんだな』って微笑んでる。
 そういわれると、なんか嬉しくて、照れくさかった。

 「えっと、重くないですか?良かったら俺がやっぱり全部…」

 「ああ、いいっていいって。こう見えても腕力には自信が有るんだ。
 まぁ、そうは見えないってよく言われるけどね。」

 と、遠野さんは笑っている。
 そうか、俺だけじゃないんだなぁ、そう思うの。
 だって遠野さん、すごく華奢そうだもんなぁ。

 にしても遠坂のやつめ…!企んでたな。
 もし遠野さんが持ってくれなかったら、こんなにすんなり帰れなかっただろう。
 あいつが資料を用意していたのには助かった。
 だが、この量は半端じゃない。ぎっしりダンボール2個分。
 しかも、きっちり玄関に置いてあった。

 これを、うっかり、忘れるかなぁ。
 まぁ、もってこいと言うのも酷だろが。
 後で倍返しだな。決定、来週いっぱい飯当番の刑に処す!!


 しかし、助かったのはいいが―――
 遠野さんの腕力への自身はあながち嘘じゃないらしい。
 俺と遠野さんの荷物はちょうど半分ずつ。

 加えて遠野さんの方の荷物には、プラス黒猫一匹。
 眠たそうに丸くなって、時々欠伸している。
 レンって言うらしいけど。

 いくら夜が暖かくなってきたとはいえ、この時間はちょっと冷える。
 しかし、俺は少し額に汗をかいているのに、遠野さんときたら汗一つ
 かいてないようだった。
 息も荒れてない、事が上手く言ってか、始終ニコニコしている。
 俺が腕力足りない?いや、一般男子なみだとは思うんだけど。
 この人一体何者なんだろ?
 そんな好奇心が沸いてきた。

 「遠野さんってどこの人なんですか?」
 まずは出身地から聞いてみた。

 「ん?三咲町ってしってるかな?ここから電車で4時間くらいの場所なんだけど。」

 「そんな遠くから?わざわざあいつを尋ねて来られたんですか?」

 「うーん、遠坂家に寄ったのは、用事の一つだよ。
 ほかにもいろいろあってね。それでこっちに着いたのは昼過ぎだったんだけど、
 この時間になってしまった言うわけ。」

 「そうなんですか。遠坂に用事っておっしゃられますけど、彼女とはお知り合い
  なんですか?」

 「いいや、初めて会うことになるかな。僕も人づてに聞いただけだから。」

 「そうなんですか。」
 ほっと胸をなでおろす。
 そりゃぁ、遠坂とは好きあってるってては思うけど、
 あいつ、からかってばっかりでちっとも好きかどうかわかんないもんな。
 
 それに、なんか遠野さんってかっこよさげだから
 うー、焼きもちってやつなのか?
 よく分からないが、そんなもの感じたのかもしれない。

 「ふふ、心配しなくたって大丈夫だよ。彼女とは初対面なんだ。」

 「え、いや、心配ってのはっ、そんなんじゃ…」

 「ん?好きなんだろ?それに今は君の家にいるってことは、こんな時間だ。同棲かい?
 士郎君はなかなか見た目とは違って大胆だなぁ♪」
 ニコッとしながら遠野さんは、器用に片手でダンボールを持って
 ポンポンッと肩をたたいてきた。

 かぁっと顔が赤くなっていく。
 遠野さんにまでからかわれてしまった!
 こんなとこ、あの赤い悪魔に見られたらなんていわれるか…
 ニヒヒ…、くぅ、あの赤い赤い笑顔が浮かんでくる。
 遠野さんに家に来てからでもかわれでもしたら、それこそ危険だ。
 ここで釘を刺しておくべきだろう。そうそう赤い悪魔の好きにはさせられないのだ。

 「遠野さん、やつの事は家ではその、あ!それに二人きりじゃないですし、
 ええと、そう!もう一人女の子がいて、ど、同棲ってわけじゃ…」

 「ハハハ、わかったわかった。からかったりしないよ。ごめん、つい、ね。
 しかし、やるねぇ士郎君も、三人とは。いや、若いってことはそれだけで宝だよね」

 と、弁解するつもりが、余計な事を言ってしまった。
 横で遠野さんは、三角関係かぁ、いやー、へー、ふんふんと
 ニコニコしながら言ってたりする。

 そんな折、もう我が家が見えてきた。

 「えーと、遠野さんここが我が家…って聞いてますか!?」

 「あはは、うんうん、聞いてるよ。いわゆる愛の巣ってやつかな?
 おー、この広さならあと5、6人はいけるんじゃないのかい?」

 だぁぁ!ダメだ。この人ってば黒い悪魔になってますよ、ちょいと、遠野さん!

 「遠野さん、暖かくなってきたとはいえ…、野宿はまだ厳しいですよ?」
 すこしばかり睨みながら呟く。

 「いや、広くて立派な屋敷だね。うん。健全な建物には、健全な心が宿るという。
 士郎はそんな不順なやつではないと、僕は分かっていたよ。」

 と、さりげに間違ってるけど、聞いたことがあるような事を言いつつ
 ニコリっと返してきやがりました。
 いつの間にか、『士郎』になってるし、呼び方が。
 まぁ、そっちの方が落ち着くけど。
 しかし、その反応のよさは期待できると信じたかった。

 「てなわけで、野宿したくなかったら、よろしくお願いします。」

 「ハハハ、士郎は手厳しいな。OK、了解したよ。」

 その返事を聞きながら、玄関を開けるのだった。
 やっぱり、この人只者じゃなさそうだ…
 疲れがどっと押し寄せる。
 お茶より先に水をもらおうかな?

 と考えながら、玄関に上がると―――
 元祖赤い悪魔、遠坂凛嬢が、仁王立ちになられていましたよ、
 こんな玄関先で。
 瞳には灼熱の炎が映っている。、
 普段はかわいらしい口元には、炎がちらちらと
 ははは、見える気がする。
 ああ、水を、炎はいいから、今は水を飲ませてくれ―――
 こっちが口を開く前に、遠坂の声が発せられる――

 「なんでキスしないのよ――――!!」

 あはははー、
 俺が照れる前に、お前も赤くなるなら言うなよー。
 前では赤い悪魔が、それこそ頬を赤くし、

 後ろでは、黒い悪魔が、
 目には見えないけど、きっときっと
 眼を細くして、

 「あっはっはっはっは♪」

 と大声をあげて笑っていたのであった。


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