Der Wecker einer weisen Prinzessin−届け奇跡は聖杯へ 1 M:凛、他 傾:シリアス


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1: 唄子 (2004/03/14 19:13:50)[orange.peco.chipi at m2.dion.ne.jp]

/1.春の予感

 もうすぐ其処まで春は来ている。
 今はまだ時おり寒い朝がある。
 しかし、暖かい朝はその割合を増してきている。
 三寒四温、昔の人は上手いことを言ったものだ。

 今だって夜中だというのに、頬をなでる風はこんなにもやさしく、
 鼻腔を掠めるものに鋭さは無く、緑の予感すら感じさせる。
 
 だから春はすぐ其処だ。
 暦は3月の終わりまで来ていた。


 「あー、遠坂のうっかりも慣れたもんだよな。」

 呟きながら、赤毛の少年は坂道を上っている。
 少年の名は衛宮士郎。
 一応、魔術師だ。
 が、その腕は半人前の半人前。
 『強化』意外はてんでダメ。
 まだ師匠に遥か届かない。
 その師匠は、今頃自分の家でお茶の準備をのんびりしている頃だろう。
 五大元素を操る、稀代の若き魔女。
 含み笑いの赤い悪魔、レジェンドオブうっかり。
 それが彼女のあだ名だ。
 だが、その名で呼ぶことは、ないだろうなぁと考えたりする。
 呼べば3倍でガント撃ち。やはり赤いのは伊達でないらしい。
 
 その傍らでは、きっと金髪の少女がお茶請けを準備しているだろう。
 こちらは準備というより、自分の食べたいものを選んでいるだけかもしれない。
 食べたいもの、もう少し付け加えるならば、食べたい量だろう。
 彼女は、俺の剣になると誓ってくれた少女。今は契約こそしてはいないが、
 その思いは変わっていない。
 その姿は涼やかにして、操る剣は剛―――
 見た目はかわいい少女であるが、いまや我が家のエンゲル係数を左右する
 大食漢の王様だ。
 こっちも、彼女の耳に入るものならばそれこそ大変なことになるだろう。

 竹刀って、ビール瓶切れるんだよなぁ。
 あれは、ちょっと前に彼女が見せたデモンストレーション。
 ただただ、凄かった―

 衛宮邸、庭。縁側の向こう、そこはちょっとしたスペースになっている。
 「いいですか、士郎。あなたは剣に頼りすぎる。
 使い手がその技を鍛えれば、ほら!この様に」

 シュパスッ!!
 目の前で、彼女の振るった竹刀は見事にやってのけた。
 偉業、ビール瓶3本斬り。
 しばらく空いた口がふさがらなかったっけ。
 別の意味で藤ねェは、ぽかんとしていたが。
 なにもビール3本で泣かないで欲しい。
 その後、なぜか八つ当たりのフランケンシュタイナー。俺じゃなくてセイバーが
 やったんだろ うに…はぁ。

 今後の鍛錬は、セイバーにはプラスチックの玩具の剣を持たせることにしよう。
 そう思わせるひとコマであった。

 そんなこと思っている間に、もうそろそろ師匠の、遠坂家との中間まで来ていた。
 そもそもこんな夜中に散歩なんかする羽目になったのは、遠坂凛のうっかりのせいだ。

 今夜もいつもどおり魔術の授業をしよう、遠坂の部屋にいくと
 「士郎。今日の授業は魔術関連の情報よ。
 これは一般には裏社会の情報といっても良いわね。
 社会の表では語られない、事件、人物、勢力。
 私たち魔術師はこのあたりにも敏感になってなきゃいけないのよ。」

 なんて会話から始まった。

 「へー。それって有名な魔術師の事とかか?」

 「それだけじゃないわよ。
 魔術師、そして現存する魔法使い、妖し、魔物。
 そしてそれに纏わる事件、組織。
 たとえば協会の事とかね。」

 「事峰がいた教会、代行者の事とかか?」

 「そう。私たちにも天敵とかいるしね。
 知っていれば危険も回避できる、
 なにより戦ってはいけない相手もいるのよ」

 「戦ってはいけない相手?例えばどんなさ?」

 「分かりやすいところで言えば、そうね〜、『死徒二十七祖』とかね」

 「27そ?何だよそれって。魔術師のえらい人の事か?」

 「違うわよ。魔術師もいるけど、それ以前の問題。
 人じゃないのよ。そいつら」

 「人間じゃない!?じゃぁ一体…」

 「『吸血鬼』。それの、まぁ四天王みたいなもんよ。27もいるけどね。
 それも今じゃだいぶ減ったって、27中今残ってるのは8〜9ぐらいじゃないの?
 だいぶ倒されたり、行方不明になってるって話しだもの」

 「吸血鬼って事は、教会の活躍によるんだろ?」

 「それもあるけど、急激に減った最近のものは教会の力だけじゃないわ。」

 「じゃあ一体何さ?魔術師協会か?」

 「ちがう、魔術師協会はそんな活動はしないもの。
 もちろんやられたらやり返すでしょうけど。
 二十七祖をここまで減らしたのはある人物の仕業よ」

 「ある人物?現存する魔法使いとか?」

 「さぁ、詳しい事までは分かってないみたい。でも魔法使いではないでしょうね。
 そうだったら名前がわかるもの。
 今までいなかった人物なんでしょ、こちら側に。
 でもあだ名はつけられているみたいよ。
 それもぴったりのやつ。」

 「どんな?」

 「単独で吸血鬼と対峙する――貴い殺人を犯すもの、もしくは殺人を犯す貴族かしら、
 『殺人貴』ってね」

 「…そりゃすごいな。しかし、一人でそんな吸血鬼の親玉みたいなのを
 倒してるんだろ?そいつ。殺人貴かぁ、しっくり来てるなー。」

 「そうね。だからそういうこと知っていれば、危うい道も避けてとおれるって訳よ。
 分かった?何も知らなかったら相手の力量や、立場もわからないんだから
 生きていけないわよ、この世界」

 「そりゃあぜひ知っておくべきなんだろうな、うん。んじゃ、今日もよろしく頼む。」

 「ん!じゃぁ、バシバシ行くわよ。なんせ士郎はなーんにも知らない素人だからね。
 歴史の教科書3冊分は駆け足で覚えてもらう覚悟はしてもらわないと、ね。」

 ニヒヒって顔しながら、遠坂のやつ笑ってやがる。
 「ムッ!しょうがないじゃないか。俺そういうの勉強しようがなかったし…
 大体、遠坂もそれってどうやって勉強したんだよ。」

 「父さんの残してくれた書物とか、最近の情報は取り寄せた雑誌ね。
 そう、月刊「ミンキー」とか。
 今月号は始めての時計塔って、入学者必見の記事も付いてたから
 士郎も読んどきなさい。安いスーパーとかも書いてあったし」

 「月刊、ミンキー、モモ?」

 「…は?ミンキーっていってるじゃない?」

 「いや、だから、…モモ?」

 「士郎。フザケないで。なんで桃なんて果物出てくるのよ、そこで」

 …そりゃ、ミンキーっていやぁモモだろ?普通。
 まぁ、普通と思っている自分にちょっと自信なくなってきたが。
 好きだったのになぁ、変身シーンとか。やっぱ看護婦さんだよなぁ
 男のロマンって。スチュワーデス、美人カメラマン、それに…

 「ち、ちょっと、なんでそこでヨダレが出てくるわけ!?士郎っ?」

 「はっ!…すいませんでした。えーと、で、その月刊誌と資料はどこにあるんだよ?」

 「えっ?どこって…。ああ!」

 「今日は学校の帰り、勉強に使う道具を家に取りに寄ってくるって、遠坂いってたろ?
 晩飯の当番かわってやったじゃないか、遅くなるって言ってたし。お前ひょっとして…」

 「えへへ、ごっめーん。あの時、着替えとか化粧品をついでに持ってきたのよ。
 それでね、どれ持っていこうか迷ってたら、その、ね。ハハハ…」

 「ふぅ。忘れたのかよ。で、どうするんだ今日は。休講にするのか?」

 「うーん、ロンドンに行くまであと1年あまりしかないしね。
 こういう知識って早めに知っておいたほうが良いし。
 士郎〜とってきてくんない?」

 「なんでさ?俺一人で?」

 「なんでって、あんた。私に取りに行かす気?こんな夜中に?女の子一人で?
 そう、分かった。士郎はあたしが痴漢とかに遭ってもいいんだ。
 へー、そうなんだ。
 …グスッ、そうよね、士郎はもともとセイバーが好きだったんだもんね。
 私なんか、私なんか…」
 最後まで言い切ることなく遠坂が俯いた。
 肩が震えている。
 ―――俺が、俺が泣かしたのか!?
 そりゃ、遠坂が忘れたんだから、遠坂といっしょに、俺も行こうって
 そういう意味であって、ああもうっ!

 「い!いや、そういう意味じゃなくて!
 大体なんでそこでセイバーが出てくるんだよ!?
 その、あー!俺が取りに行くよ、そうするのが良いよな。
 俺は男だし、魔術師だしな、一応、うん!
 そうするべきだ、ごめんな、遠坂…」

 とだけまくし立てて、俺は頭を下げた。

 「ド半人前だけどね。」

 「なっ!お前嘘泣き!?」

 はっとして頭を上げると、
 ニヤニヤしている遠坂が目の前にいた。
 こいつ…!

 「てな訳で、頼んじゃっていいのかな?頼りになる魔術師士郎様♪」

 「くっ!わかったよ、行きゃいいんだろ。泣きまねなんてしやがって」

 「お茶入れて待ってるから、ねっ♪
 いやー、帰る時荷物が多くて、ちょっと今日は疲れてるのよ。
 ごめんね。」

 「あ。…そうだったのか。んじゃ初めからそう言えよ。
 訳言えば、俺が一人で行くのに。
 そもそも遠坂には教わってる身なんだしさ、
 はぁ、なんかもう行く前から疲れたよ。」
 「お茶請けも準備してるわよ。だからね、おねが―いっ♪」

 ぴとっ♪

 「うわぁぁ!腕からませるなって、なんか甘い声だすなよ、その、ちょっと離れて…」

 「ふっふーん?士郎かわいいー。
 照れちゃってるの?
 ねーねー、行ってきますのチューは、ねぇ士郎〜?」

 なんて言いながらニヤニヤくっついて来る。
 くっ!赤くなっている自分が恨めしい!
 
 「も、もう行って来るからな!!」
 遠坂を突き飛ばすような形で、玄関へ走る――

 「ち、ちょっと士郎!待ちなさいって―――」


 そう言って逃げるように家を出てここに至るわけである。
 そりゃキスはしたいけどさ、あんな風に迫られたらどうして良いか分かんなくなる。
 だって遠坂は、その、可愛すぎるのだ、あれは反則過ぎる。
 また先ほどの腕に絡まる感触を思い出して、顔が赤くなっていく。
 
 「くっそぅ、いつか仕返ししてやるからな!」

 そうぼやいて前を向くと、もうすぐ其処に遠坂邸が見えていた。
 いつも通り、立派な洋館だ。
 夜の闇のなかでそこだけボォっと白くそびえているように感じる。

 が、その様子はいつもと少し違っていた。

 遠坂の家、その玄関には、1人の人影が佇んでいた。


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