Fate/with The knight 第二話(傾:シリアス M:凛、士郎


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1: HIRO‐O (2004/03/14 05:19:22)


 家に着いて、最初にしたこと。
 それは、居間に残っていたお弁当――朝食べたハンバーグを挟み込んだ
サンドウィッチ、おいしかった――を食べることだった。

 そのあと、道場にいる士郎に声をかけ、それに従がって部屋までやってきた士郎に健康診断して、
薬を処方して、そのついでにからかったりみたりもして。
 そして少しづつ日課になりつつある、魔術の勉強会を始めて―――


 ―――わたしは、まだ、ランサーとのことを彼らに、士郎に言っていなかった。







     第2話   〜Oath of knights〜


   2‐1   師弟




「それにね、セイバーの剣を模造するなんて、そんなのは自殺行為よ。
あの時は上手くいったからいいものの、本来なら自滅していてもおかしくなかった。
 アンタも言ってたけど、セイバーの剣の魔力は、士郎の魔力のキャパシティを超えているのよ。
それを複製するって事は、自分の魔術回路の限界を軽くオーバーしてるって判るでしょ」

 この話をするに当って、ようやく頭の中身を入れ替えた。
 これはとてもとても大切な話。
 衛宮士郎が今後魔術師として生きていく、文字通り生存していくために必要不可欠なこと。
 だから、こちらとしても中途半端な精神状態で伝えるわけにはいかない。


「……判ってる。けど自分の限界なんて、そう簡単に超えられないだろ。
いや、そもそも限界なんだから、それ以上なんて行けないんじゃないのか」

 こいつと来たら自分のことを棚に上げてナンテコトを。判ってないから説教してるんだってのに。

「―――行けるわ。だからこそ、魔術師は死と隣り合わせなんじゃない」

 きっちりと睨みつけてハッキリと言う。
 頭のどこかで、

 『ぬかに釘』
 『のれんに腕押し』
 『馬耳東風』

と、聞いた事のある慣用句を呆れ顔でつらつらと並べ立てるアーチャーの姿がよぎった。


「魔術師っていうのはね、自滅さえ覚悟なら限界なんて簡単に超えられる。
 魔術回路を焼ききらせて、神経をズタズタにして、それでも魔力を回転させていけば奇蹟に手は届くわ」

 そう、自滅の覚悟があるなら、誰だって出来る。    .............
そして厄介な事に、目の前の少年は自らを滅ぼすことに元々覚悟なんて必要としない。



 彼の師匠になると決めた。
 そう、遠坂凛は、衛宮士郎の師匠。
 衛宮士郎は、遠坂凛の弟子。一番弟子。わたしが初めて教える生徒。
 だったら、コレだけは最初に教えなきゃいけなかったんだ。
 それをしなかったのはわたしの落ち度、彼を、彼の魔術を見縊った証拠。

  『……。凛、ズバリ言おう。君は優秀だが、それ故に他人を過小評価する欠点がある。
  成人するまでには矯正したまえ』

 つまりはそういうことだ。わたしは衛宮士郎という人物を過小評価しすぎていた。


 「……だから、覚えておきなさい衛宮くん。
  自分の限界を超えた魔術は、術者を廃人にするわ。
  セイバーの剣を投影するなんて、もう二度とやらないで」


 これだけは絶対に言っておかないと。わたしは彼の師匠なんだから。

 とはいえ、わたしが何を言ったところでコイツはやっちゃうんだ。
わたしや、セイバーや、イリヤスフィールが危険だとわかったら、きっと真っ先に身体を投げ出す。

 いつか見た夢が頭の中をよぎっていく。それが、とても悲しかった。



「ま、投影は専門外だからわたしに出来ることはここまで――って言いたいところだけど、
そうもいかないわ。
 今日は身体のこともあるし、魔術なんか使わせることは絶対出来ないからもうお終いにするけど、
明日からちゃんと身体が治ってたら、投影の練習するわよ」

「―――――え?」
 うわ、すっごい間抜け面。

「投影の練習? 宝具なんか投影したらヤバイっていったの遠坂じゃないか」

「だれが宝具なんかやらせますか。まったく、コレだから怖いのよアンタ……」

「うわ、酷いなソレ」
 それじゃ、まるで俺がキ○ガイみたいじゃないか―――なんて呟いてる士郎。
 まったく、自己犠牲の精神も、過ぎれば似たようなモンでしょうに。
 まあ、それを徹底的に自覚させる事がわたしの師匠として最初の役目なんだろう、きっと。
 

「確かに、わたしには士郎の投影を上手くすることなんて出来やしない。
けど、今の貴方には、自らの限界を知っておく必要が絶対にある。
 それを知らないでこれからの戦いに臨むのと、一応知ってから臨むのとでは
それなりに違いは出てくると思う。だから」

「だから? まさか……」
 うんうん、ようやく理解できたか。

「そ。わたしがするのは見てあげると言うより、すぐ無茶しそうになるアンタを
見張っててあげるってトコね。
 阿呆なことしそうになったら、即吹っ飛ばしてあげるから、安心なさい」

 これが絶対にしてとても重要な件。魔力の流れを外部からずっと見張ってなくちゃならないから、
実は結構大変だろうけど、それだけに遣り甲斐はあるってもんだ。

「げ、その笑顔、すっごく怖いぞ」

 ―――って、なんて失礼な。


 結局、この時点で彼に午前中のことを伝えることは、頭の中からすっかり消えていた。
後で気付いた時には、
「ま、全員揃ってる夕飯の時のがいっか」
とか呟いてる体たらく。―――まったく、どうかしてる。
 ともあれ、少し疲れた。夕食までにはまだ時間があるし、ちょっと休んでおこう。
 そう思って、ベッドに体を投げ出し、目を閉じた。

 それからの短い時間に、あの哀しい夢をみることはもうなかった。



















 今日の夕飯はシチュー。
 ちなみに、我が家でシチューと言った時は鶏肉でクリームが基本。
○レアおばさんみたいなものは使ったりはせず、ベシャメルソースを小麦粉と牛乳で一から作ったシロモノだ。
 遠坂のお勧めに沿う形となったが、まあ、イリヤが喜んでくれてるなら問題はない。

「シロウはやっぱりお料理上手ね。とってもおいしいわ」
「そうだ。もし、本格的なビーフシチューのレシピを知りたいなら、今度リズに持ってこさせようか? どうする?」

 うん。問題ない。 作っている時の記憶とか全然ないけど。
でも、おいしく出来てるっぽいから。

「シロウ?」

 ―――今も味なんか全然わからないけど。

 チラリと視線を横にやると、俯いたまま黙々とスプーンを動かしているセイバー。
 少し視線があったかと思うと、それに気が付くやいなや、またすぐに下を向いてしまう。


  『……シロウには、あまり見てほしくない。
  このように筋肉のついた体では、殿方には見苦しいでしょう』


 先ほど起きた風呂場でのニアミス。
 否、あれはギリギリで回避したとは言わない。うん、正面衝突――クラッシュのが正しい。

「ねーねーシロウ」

 脳裏に浮かぶのは首元から肩にかけての美しいライン、そこを流るる雫、
うなじに垂れるまとめ損ねた金色の髪、そしてたおやかな胸元、その先端―――――――――!!
 さっきからリフレインしっぱなしの映像をもう一度かき消す。
コレで八度目。ちなみに廃墟での出来事を浮かべた数もカウントすると十一回目になる。

「シロウ? シロウってば!」

 あ、アレは事故だ。けど、事故とはいえ、セイバーの顔がまともに見れない。
あの扉を閉めるとき、俺なんて言ったんだっけ?
何かトンデモナイコトを口走ったりはしていないだろうか?

「うー……」

「おーい、こら。衛宮くーん」

 あー、こんな事なら、一成のやつにまともな読経の一つでも習っておけばよかった。
そうすれば少しは……って、魔術師が精神統一するのに、そんなもの頼ってどーするよ、渇。

「………………ったく、もー」
       ドゲシッ

 と、急に左側から結構強い衝撃がきた。

「ッ――なんだよ遠坂。用があるなら声掛ければ――」

「右向け、右。ほら、お姫さまが拗ねてるわよ」

 と、言われるがまま首を回すと、目に涙を浮べて俯き、唇を噛むイリヤの姿が……って、なにゆえ!?
 ついさっきまで遠坂とやけに楽しそうに―――まったく、いつの間に仲良くなったんだってくらい、喋り倒してたってのに。

「なーに考えこんでるんだか知らないけどね、さっきからイリヤが話し掛けてるのをずっと無視してたのよ、貴方」

 ――――え?

「………………」
 遠坂の言葉に同調し、その通りと、首を縦に振るイリヤ。
 その上目づかいと目元に浮かぶ涙がココロにぐさぐさと刺さる。

「す、すまないイリヤ。ちょっと考え事を……」

 いくらなんでも、こんなに涙ぐむまで無視してしまったとは……まったく、こんなことじゃ駄目だ。
しっかり頭を切り替えないと。

「ふーんだ。せっかく人が誉めてあげたのに。もうシロウなんか知らないんだから」
 そう言って、つーんと首を逆に向けてしまった。
 あう……失敗したな。

 


 結局、食後のデザートを二人前――つまり、俺の分も献上することで、イリヤの機嫌は何とか直ってくれた。

『わたしをセイバーみたいにいつでもこれで許してくれる、とか思ったら大間違いなんだからねー』

と、釘をしっかり刺されたけど、ま、問題ないだろう。これから気をつければいいことだ。
それよりもその発言に対して、セイバーがどう出るのか非常に気になったが、結局何の反応もせず。
 あまりに静かなセイバーに遠坂も訝しがっていた。



「お茶飲みながらでいいんだけど」

と、わざわざ、前置きして話し出す遠坂。

「セイバーと士郎に報告する事があるの」

神妙な顔をしているって事は当然聖杯戦争に関わる事なんだろう。
こちらも佇まいを直して耳を傾ける。
 夕食の間、終始ぼやっとしていたセイバーも表情を引き締めて、遠坂に顔を向けた。

「実は午前中、ちょっと新都の方まで出かけてたのよね。で、マスターの本拠地を見つけたんで、踏み込んでみたんだけど。
あ、もちろん新都だから柳桐寺じゃないわよ。だからランサーのマスターね」

 へー、ランサーの……って――――遠坂のヤツなにかんが…

「凛! 一体何を考えているのですか!? それがどれだけ危険か判っていない貴女ではないでしょう!?」

ェテルンダーって―――全くその通り。

「セイバーの言う通りだぞ、遠坂」

「確かにそうだけど、イリヤにとっ捕まった士郎に言われるのだけは、釈然としないわ」

 半眼で呟く遠坂。

「―――――――」

 言葉もない。
 確かにその通りだ。しかも俺の迂闊な行動が、遠坂からアーチャーを奪ったんじゃないか。
 そのことを棚に上げて、俺は何を言っているんだ?
 第一、遠坂がそんな場所を調べたのは彼女自身のためじゃなく、当然俺とセイバーのためだってのに。

「そうよねー。シロウったら、一人公園でボーっとしてるんだもの。
どうやって捕まえるか悩む前に発見できたから、ほんと楽だったよ」

 って、イリヤ……攫った張本人の言う台詞じゃないだろ、それ。

 少し、趣旨が変わっていきそうだった内容を、遠坂がコホンと咳を一つ入れて仕切りなおす。

「とりあえず、今はわたしの行動の是非は置いておきましょう。で、その拠点なんだけど、
恐らくは元マスターのものと思われる腕が一本転がっていたわ」

「腕……?」

 その『腕』という言葉の意味するところが、よく判らない。

「そう。あとは致死量といっても問題ないくらいの血痕もね」

「――――ッ。それじゃあ……」

 文字通り、人間の片腕が転がっていたってことかよ―――!

「つまり、ランサーはすでに戦線離脱してると言うことですか?」

「いいえ。その腕なんだけどね、切り離されてからすでに二週間近くの時が経っているわ」

「―――まさか」

 わざわざマスターの腕を切り離す意味。それに、ようやく思い当たる。
 つまり。
 俺は自分の左手の甲を返す。
 そこには俺とセイバーの絆があと二画残されていた。

「ええ。ランサーはマスターが入れ替わっている。衛宮君達と出会う、その前にね」

「――――――――――」

 絶句するセイバー。
 その気持ちはよくわかる。
 聖杯戦争の始まりは、サーヴァントが七人揃った瞬間。
 その前に、マスターが変わるなんて、反則もいいところだ。

「つまり、貴女と戦ったランサーは協会じゃない魔術師が使役していたってことね」

「では……」

「そ。結局なんも判らずじまい。半分以上無駄骨だったけど、このことが判っただけでも良かったかな」

「そうですか……」

「ま、明日は午前中いっぱい時間を掛けて、使い魔飛ばして情報収集してみるつもり」

「それならば、午後もそれに当てては? 魔術の本格的な訓練は一昼夜で出来るものではないでしょうし、
今後の戦闘のためにも、シロウは肉体及び感覚的な鍛錬に、より時間を割いたほうが良いかと」

 と、珍しく反論するセイバー。

「んー。悪いんだけど、それは駄目。こんなんでも一応、士郎の先生だからね。
教えられることは少しでも教えておきたいの。明日からやることも全く無駄ってワケじゃないし、
セイバーには申し訳ないけど、我慢してちょうだい」

 むしろ、自分のストレス解消の為に必要なんじゃなかろうかと訝しがってしまうが、

「は、はい。私は何を考えていたのでしょうか。せっかく凛が好意でシロウを指導してくれているというのに」

「ま、そこら辺は追々判ってくるでしょ。他人が口出すのは野暮ってもんだわ」

 そんなことを言いながらにやけた顔で何故か俺を見る遠坂。何か、嫌な感じだ。

「それに、基本的に士郎に指導する本分は私のためだから。
 コイツに足引っ張られるよりは、先に鍛えておけってだけ。あまり気にしないで」

 その言葉が少し引っかかる。いや、鍛えてくれるのは嬉しいんだけど、自分のためって……

「なんでさ。遠坂が戦う事なんて、もうないだろ?」

「なに言ってんのよ、へっぽこ。アンタ一人でどうにかできないから同盟組んだんでしょうが」
「だいたいね。確かにわたしはサーヴァントを失ったけど、それはわたし自身が負けたのとは違うわ。
勝手に人の聖杯戦争終わらせないでくれないかしら、まったく」

 つーんと首を背ける遠坂。
 そっか。よくよく考えれば、当たり前のことだった。
 昔っから俺の中で思い描いていた『遠坂凛』って存在は、決して『諦める』なんて文字を辞書に寝かせてなどいないはずで、
この一週間で俺が知った遠坂凛は、それに輪を掛けて、跪くことを知らないヤツなんだから。

「うん。そうだな。じゃ、明日からまたよろしく頼む」

 そう言って彼女に右手を差し出した。
 思い返してみると、済し崩し的に魔術を教えてもらってはいたけど、
しっかりとした形でこちらから指導をお願いしたことはなかった。

 親父が死んでから、ろくに進歩していなかった俺の魔術は、この聖杯戦争に巻き込まれてから
飛躍的にその能力を上げていると言っていいと思う。
 その背景に遠坂に師事したという事実がとても大きな割合を占めているのは間違いない。

 ―――あとは、認めたくはないけど、今はもういない、あの赤い背中にも。
でもそれだって、ある意味では遠坂のおかげと言っていいのかもしれない。


「――――――――――――」

 俺の言葉がそんなに以外だったのか、遠坂は目を見開いてきょとんとした顔をした。
 そして、

「ん。任せときなさい。
 魔術師にとって、自分の弟子ってのは評価の対象になるからね。
特に士郎は遠坂凛の一番弟子なんだから、なおさら。
 こうなったら、わたしも恥かしい思いはしたくないし、ビシビシいくわよ」

 そう言って、右手を力強く握り返してくれる。
 いつもだったら気恥ずかしくて仕方がない遠坂の手に触れるという行為が、
そういう感情以上になぜか誇らしく、それがとても嬉しかった。

2: HIRO‐O (2004/03/19 20:45:10)



   interlude 1-1   使命






「――――――――え?」


 知覚できたのは、ただの違和感。
 それらは同時に起きたため、高度な魔術を息のように使用するその女にも、理解するのに数瞬のタイムラグを要した。
 まず感じたのは、己が律するサーヴァント、アサシンを繋ぐ呪法の文字――令呪が薄れゆく感覚。


    そして刹那―――自らのマスターとのレイラインが断たれたことも、認識できた。



「宗一郎様っ!!!!!」

 何も考えず、考えられずに疾走る。
 裸足のまま境内へと飛び出し、正面の門へと駆け急ぐ。
 普段、外に出る時は必ず身に纏っているローブを現出させるのも忘れ、
 空間転移で移動したほうがよほど速く着けることも忘れ、
 ただ、走った。

 それは、自分の体が、意識が感じている事実を否定する理由を見つける時間を稼ぐためであったのか、
    ただ、走った。
 それとも、おのれの宝具と似たような武器を持つ者がいる――などといった、都合のいい夢を見る時間を延ばしたかっただけなのか。
    ただ、走った。

「なん―――で……」








 門をくぐり抜け、階段の最上まで辿り着いた。本来ならいるはずの門番。アサシンの姿は無い。
 ただ、目に映ったものは、


 無数の傷。
 無数の痕。

 砕き、
 弾け、
 潰れ、
 剥がれ、
 裂かれ、
 刺さり、

 ……古今東西のありとあらゆる破壊を試された、石段と門の姿と―――


 砕き、
 弾け、
 潰れ、
 剥がされ、
 切り裂かれ、
 突き刺さり、

 ……古今東西のありとあらゆる破壊を試された、肉。


肉。
 肉。                                               ニク
肉 にく 煮苦 脳漿 肉 骨 脊髄 肉 スジ 糸 皮 水 赤い水 肉 憎 肉 人


ずるずる べたべた くちゃくちゃ ねちねち ぐちゃぐちゃ 

どろどろ ぐしゅぐしゅ とろとろ ぐちゅぐちゅ べろべろ 

だくだく ぞりぞり どくどく ざらざら ばらばら  バラバラ 




「いやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 女は悲鳴をあげた。















 教会に戻ってみたところでやはり手持ち無沙汰。
 自分のマスターが何を考えているのかは知らないが、二人ものサーヴァントを使役し、
残る相手もあと二人だというのにまだ仕掛けないらしい。
 
「退屈か、ランサー」

 などと、実に今更な事を訊く言峰綺礼。
 だが、ランサーはそんな言葉にも律儀に答える。

「当たり前だ」

 それに対する返答は、少し、いつもと違っていた。

「ふむ。ならば、指令をだしてやろうか」

「あ?」

「なに。今、衛宮家には三名のマスターと、セイバーがいることはお前も知っているだろう。
 近々キャスター辺りが襲うこともあるやもしれん。だから監視をして貰いたい。そして―――」

「なんだ?」
 その続きを促す。

「バーサーカーの元マスター。アインツベルンの小娘。アレを守れ」

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。バーサーカーを使役していたあの銀髪の少女。
 彼女を守れ、と言ったおのれのマスターの発言に、首を傾げるランサー。
 その意味が、判らない。

「なに。あれは聖杯を喚ぶのに非常に重要な存在でな。今失うと、少々困ったことになる」

「ついで、といっては何だが――我が不肖の弟子、アーチャーのマスターも出来れば」

 今度はアーチャーのマスターまでも。先に出会った少女――凛。

「よく、わからねえな、言峰。お前が善意で何かをするとは思えねえ。
 理由があるなら隠すな。オレには全てを話せ」

「なに、保険と言うやつだ」
「いや、アレは私の一番優秀な弟子で、まあ妹のようなもの。
 ちょっとした親心があっても不思議ではあるまい?
 それにアレの父親は私の師でな。借りが多くある」

 それは、まあ真実では在るようだった。むろん全てを鵜呑みにするほどランサーも馬鹿ではない。
だが、その言葉は十分に納得できた。

「もし、有事のときにセイバー他と対峙する羽目になった場合は? 離脱か? それとも、戦闘か?」

 戦闘に力を込める。

「仕方あるまい。やってしまってかまわんだろう」

 その返答はランサーにとって意外であり、願っても無いものだった。

「ま、いいだろう。こんな陰気な場所で油売ってるよりは遥かにマシだ」

「油を売る、か。よく知っているな」

「てめえが前に、嫌味ったらしくオレに言ったんだろうが……」

 呆れたように、半眼で呟く槍兵。

「そう、だったか」
 何もするなと命令されたが故に、この場に留まっていたランサーに
自分が言ったことを、神父は忘却の彼方へと捨て去っていた。

「ああそうだ。―――――ところで」
「あの金髪野郎は、何処消えた」

 自分が待機を命ぜられている中、アサシンを撃破する命令を受けていたあの男。
 今回は膝元に一番美味しい相手――セイバーがいるので出し抜かれるといった恐れは少ないが、やはり、気に懸かる。

「さて……お前が出て行ったあと、それに倣うように、街へと消えていったようだが。
 まあ、ここで十年も過ごしている。もう慣れたものだ、どこかで暇をつぶしているのだろう」

「ほー。またどっかで余計な手出ししてるんじゃねーのか」

「いや。『今回は』まだ動くなと厳命している。本当に行き先も私は知らんよ」

「『今回は』ね……ま、いいだろう。その指令承ったぜ、マスター」

 その動き、まさに疾風の如く。
 闇夜に、青き槍兵が飛び出した。















 許さない
                                    ――何を?
 許さない
                                    ――誰を?
 許さない

     アイスルヒト
 己がマスターを殺した敵を。
 マスターのマスターを守れなかったアサシンを。
 この輪廻の果てに、やはり変わりえぬ運命を。
 ―――自分を。


 寺の中。あてがわれた自室。
 キャスターの目の前には横たわっている人間が一人。
 その顔はとても穏やかで、静かで、綺麗。
 まるで眠っているようにも見える。

 だがその吐息は静謐。その眠りは永遠。
 二度と帰ることの無い命。失われた魂。



 虐殺の跡を発見したその後。
 ひとしきり叫んだためか、キャスターはなんとか冷静になれたようだった。
 それとも、ただ全てが突き抜けて、通り越してしまっただけなのか。
 ともかく、彼女は冷静に、丁寧に、黙ったまま、片付けを始める。

 散らばったカケラを全て掻き集めた。
 そう、一片残さず。一滴も残さず。
 寺に集まっている膨大な魔力を惜しげもなく注ぎ、破片を全てもとのカタチへと復元した。
 髪も、目も、耳も、指も、皮も、骨も、爪も、血も、髄も、臓腑も、服すらも。
 全部、全部、元通り、一寸たがわず、元在った容へと。

 ただ、命だけが戻らない。

 魔術と言う点において、キャスターは現代を生きるどの魔術師よりも優れた存在である。
これは純然たる事実。現存する四人の魔法使いたちにも勝りこそすれ、劣る事は無い。

 だが、彼女は『到達』していない。
 だから、もちろん第三法を扱うことは出来ない。

      だから、命だけが、どう足掻いても戻らなかった。


 この聖杯戦争の仕組みはとうに理解している。
 もし聖杯を手に入れても、失った命が帰ることなんて、ありはしないと理解している。

「あれだけの破壊、様々な種類……」


 残っているサーヴァントはセイバーとランサー。
 だがこの両名ともに、下手人ではないと、状況は語る。
 特にセイバー。
 彼女と、彼女のマスターであるあの朴訥な青年。
 あの二人が、このような惨劇を繰り広げる姿は、無理をしても想像する事が出来なかった。

 彼女自身が出会っていない敵。
 聖杯を求める外部の狂信者か、それとも聖杯戦争そのものを壊す存在か。

(けれどこの先、もし私が聖杯戦争を生き抜いていけたならば『そいつ』は必ず私の元へと現れるはず。
 その時。『そいつ』を、マスターを、宗一郎様を殺した下手人を、確実に屠るために必要なことは?)

「それは……」

 単体じゃ敵わないかもしれない。ならば手駒を増やせばすむだけのこと。

「あんな聖杯に興味はないけれど……」

 『そいつ』が聖杯を望むなら、絶対に阻止してやろう。
 そのためには、強い力が必要だ。
 あの夜。
 天空を文字通り切り裂いた光。
 じっと監視を続けていた自分にはその正体が読めた。おそらく、

           エ ク ス カ リ バー
 聖剣――約束された勝利の剣。



 酷く歪な笑みを浮かべ、手にしたものは己の宝具。
 それは奇怪な形をした短刀。

         ル ー ル ブレ イ カ ー
 名を、破壊すべき全ての符。


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