(再)Fate/with The knight 第一話(傾:シリアス M:ランサー、凛


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1: HIRO‐O (2004/03/14 05:16:23)



 最期に見えたのは、その背中。
 わたしと契約してからずっと変わらない、後ろ姿。
 背筋を伸ばし、決して振り向かず、跪くことも無く、ただ、真っ直ぐに前を見据えていた。


   そして、サーヴァントを失ったその瞬間、

                   ―――私の聖杯戦争は終わりを告げた。





     第1話   〜Encounter with the knight〜


   1‐1   決意





   12日目・朝


「凛、貴方からもシロウに忠告してくださいっ」

 セイバーの声がわたしを呼び戻す。それで、先程からずっとこの衛宮家の居間を騒がしていた理由を思い返した。
 話しは酷く単純。先日まで敵であったバーサーカーのマスター、イリヤスフィールを家に置くかどうか。

 最初はわたしも反対していた。……まあ、それは当然だ。
バーサーカーにアーチャーを屠られた怒りはそう簡単に納めきれるものじゃない。
 だけど、

(聖杯……)
ふと、あることに気がついてしまったから。
 セイバーとイリヤが士郎にまとわり付きながら不毛な論争を繰り返していた間に、
わたしは自分の中で、ある結論を出していた。

「いいんじゃない? 別に匿うくらいなら」

 あー、我ながら実に魔術師的な思考回路だ。さっきまで、あんなに納得できなかったコトでも
利することがあるなら直ぐに切り替えることが出来る。
 でも、それはわたし、遠坂凛の利点でもあり、本質だ。今更変わることなんて出来やしない。
それに、アイツのことをズルズル引きずったりしたところで、どうせ本人は迷惑がるだけなんだから。

 脳裏に嫌味ったらしい笑みを浮かべる男の顔が浮かぶ。
 それに何かが動かされないうちに素早く消し去った。


「今のセイバーなら、他のサーヴァントが束になっても負けっこない。
聖杯戦争を終わらせるならその方が手っ取り早いし、
それは貴方だって望む所でしょうセイバー。
 ま、貴方が他のサーヴァントに負けるって言うんなら話は変わるけど」

 士郎じゃセイバーの説得が出来そうも無かったので、少し手助け。挑発してみる。

「まさか。今の私がどのような状態か、凛ならば判っているのでしょう。
シロウが私のマスターである限り、私に敗北などあり得ません」

 うんうん、予定通り。これまた簡単に乗ってくるセイバー。
流石は、天下のアーサー王、これくらいの誇りがないならそっちの方がニセモノだ。

「でしょ。ならイリヤを匿うのも問題ない」

 これで、朝の馬鹿騒ぎは終了した。


 士郎とセイバーはいつも通り道場で訓練するとのこと。イリヤスフィールも見学でもするのか、それについていく
――て、ゆーか、彼から離れようとしないだけみたいだけど。
 まったく、いつの間にあんなに懐いたんだか。
 ま、子供のお守りは2人に任せて、わたしはわたしに出来うることをしよう。

 まずは、外へ出かける準備だ。







 ランサー、
 キャスター、
 アサシン。

 セイバーも含めれば、今現在、未だ半分以上のサーヴァントが残っている可能性があることになる。
 その3名の内、わたしが知っているのはランサーのみ。青き鎧に身を包んだ豹の様な身のこなしをする英霊。
セイバーの話を信じるならば、ケルト神話にでてくる掛け値なしの英雄、クー・フーリン、その人だ。
 日本での知名度が低いのが僥倖ではあるが、その存在自体はアーサー王と比べても劣るものではない。
さっきはセイバーにああ言ったが、あの男一人だって本当なら簡単に御せるものではないはずだ。

「出来ることがあるなら、やらないとね」
 コートを着込み、屋敷の外に踏み出す。
 アーチャーを失ったとはいえ、わたしはまだマスターだ。
なら、聖杯戦争が終わっていない以上、やるべき事なんてそれこそいくらでも存在するのだから。

「よし」

 心の中で軽く頬を打ち、わたしは新都に向かって足を進めた。






「ここか」

 見上げたのはどうということの無いマンション。
 そこまで安くも無いだろうけど、さほど高級なものではない、本当に普通以外に言葉が無い建築物。
 しかし、普通とは言い切れないはず。なぜなら、ここにはマスターが潜んでいる可能性が非常に、高い。
協会から派遣された外来の、時計台を卒業したバリバリのエリート魔術師―――ランサーのマスター。
 前々から目星をつけていた、幾つかの物件。
2つ目にして魔力の残滓を見つけることが出来た―――出来たのだが……

「――――――?」

 魔術師独特の痕跡はあるものの、魔力を感じとることがほどんどできない。
―――どうとるべきか……決まっている。ここが黒いのはほぼ確定。
恐らく大英博物館秘匿の魔力封じの一つでも持ってきているのだろう。
あとは士郎とセイバーに教えてやれば、今晩にでも踏み込んで一気に片をつけることになるはず。

(でもまだ、確実じゃない。それなら――)

 思い切って、マンションの中に入り、6階602号室の前に立つ。

それなのに、

「……なんて、微弱」
ここまで近付いてもやはり感じられる魔力は僅かなまま。
それどころか魔力云々以前に、人間が住んでいる雰囲気が全く無い。

「これは……どーみても、留守、かな」
つまり、ここは既に引き上げられて、どっかに移動した可能性が高い、ということだ。

 悔しいが行動を起こすのが遅すぎたと言う事か。いや、もしかしたらランサーは何者かに屠られ、
ここに拠点を構えていた魔術師もとっくに―――

                   ―――決めた。

 こうなった以上、うだうだ考えることに意味は無い。
それに、何か手がかりになるものでも手に入れなきゃ気がすまないし。
 と言っても、魔術師でそんな痕跡を残す馬鹿はいないとは思うけど。だけど、

「虎穴にいらずんば、虎子を得ず」
 部屋の前に着いてから約4秒。自分を信じて、踏み込むと決断した。

 決めた以上、行動は迅速に。魔術で素早く開錠。
扉をそっと押し開け、できる限り息を潜めて体を扉の中に滑り込ませた。



 暗くてよく見えない。
 けれど、微かな臭いが全てを物語る。
 もう気配を隠すのも辞めて、一気に奥まで飛び込んだ。

「――――――――ッ」

 そこには、おびただしい血痕と、腐臭。

 そして、恐らくはランサーのマスターであった者の左腕が。
当たり前のことだが、その腕に令呪は存在しない。
 屈み込んで、血痕に指を這わす。完全に乾いている。そのまま爪で引っかいてそれを口に運んだ。
舐め、溶かし、探知する。そして吐き出す。

「なんて、こと」

 血液が語る内容は一つ。わたしとアーチャーが出会った時点で、

「10日から2週間前ってところ、か」

 ―――このマスターは殺されていた。




「ふむ、いい読みだ。―――正解だぜ、嬢ちゃん」

 玄関側の方から突如として掛けられる、訊いた覚えのある声。
 脳裏に浮かぶ、聖杯戦争の始まりを告げたあの台詞。


   ――何だよ。消しちまうのか、もったいねえ――


 その声に、わたしは出会ってはならないモノと遭遇した事実を、突きつけられた。


2: HIRO‐O (2004/03/14 05:16:51)



   interlude 1-1   錯綜






    数刻前


「――――で」

 不機嫌な声が静謐な空間に雫を投じる。

「いつまで『待ち』を続ける? オマエの指令通り、サーヴァント全員への挨拶はとっくに済ませた。
 セイバーでも、アーチャーでもいい。そろそろ仕掛け時だろう?」

 そこは薄暗い地下室。小さな聖堂にはうっすらと光が差し込む。そして、そこに佇む二人の男。
 いらだたしそうに問い詰める騎士に対し、

「そういきり立つなランサー。今しばらくの辛抱だ」

そのマスターである神父は、全く表情を変えず、目線をランサーにやる事もなく、言葉を返した。

「はっ。その『今しばらく』をもう何日続けたと思ってる。
 別に、オマエの命令がなくてもかまやしないがな。
何つっても一応はマスター様だ。意見は尊重するさ。だがな、いい加減我慢も限界に近い。
逆にヤレっていうならそれこそバーサーカーやアサシンでもオレは一向に―――」

 構わない。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァント、バーサーカー――ヘラクレス。
柳洞寺の門番アサシン――佐々木小次郎。
 共に簡単に御せる相手――どころか、ランサーが単体で挑む場合、
その強さや相性の悪さなどから、命を天秤に乗せなければならない者どもだと言える。
しかし、青き槍兵はそれすら介せず、相手が誰であろうと構わない――すなわち、勝つ――と断言した。

「ふむ。頼もしい限りだ。……ただ、セイバーはともかくとしても――」

 その言葉に、神父――言峰綺礼は満足そうに肯き、

「――アーチャー、バーサーカー、そしてアサシンの三名は既に現界してはおらんが」

その全てを否定した。

「―――なん、だと―――」

「なに、そう不思議がることでもない。アーチャーとセイバーのマスターは顔なじみだしな。
恐らくは、彼らが組んでバーサーカーを掃討。だが、アーチャーはその犠牲となった。
それだけの事だろう」

 絶句するランサーを余所に、淡々と続ける言峰。彼の言葉には一部の間違いもない。

「アサシンのほうは分からんが―――まあ、お前の報告通りキャスターに生殺与奪権が在った以上、
何がおきてもおかしくはないだろうさ」

 その言葉にランサーは声を失う。
 戦いを求める男にとって、あまりに不本意な事実がそこにあった。
 言峰がそう言うのであれば、恐らくその三名がもういないのは事実であろう。
だが、あまりに納得できないその真実が、本当に正確かどうかを問おうと、
ランサーが己がマスターに向き直ったその時、


  「嘘はよくないな―――言峰」


突如、上から声がかかる。
 二人の視線が集まる中、地下室の入り口から、金髪の男が、かつん、かつんと
硬い足音を立てて階段を降りてきた。

「―――誰だ」
 突然の闖入者に身構えるランサー。先ほどまで空手であったその右手には、
紅き魔槍が音も立てずに握られている。
 だが金髪の男はそれを全く意に介さず、歩み、喋り続け、

        オレ
「アサシンは我が打倒した。自分で始末を命じておいて、それはなかろう?」

親しげに、なあ言峰と、
そう、語った。




「……顔見せの予定は、まだ先だと言ったはずだがな、アーチャー」

 予定外の事だと諭しながら、神父に慌てたり責める様子など微塵も無い。
目の前にいる自分のサーヴァントに対し、誤魔化すこともせず、ただ淡々と注意を促す。

「アーチャー ―――だと……」

 絶句するランサー。しかし、そんな彼を他所に、言峰は金髪の男――アーチャーと会話を続ける。

「それに、嘘、とは心外だな。アサシンの性質上、先程言ったことは十分にありえたと思うが」

「―――おい……どういうことだ、言峰」

 流石に蚊帳の外にいるのは我慢ならなくなったのか。言峰を睨み、問いただすランサー。
その鋭い眼光を見て、やれやれと呟き、男はようやく自らのサーヴァントを見やった。

「―――仕方がない、紹介しようランサー。彼が十年前の聖杯戦争にて私のパートナーだったアーチャーだ」

「十年前……?」

「そう、前回の聖杯戦争において、聖杯に呼び出されたアーチャーのサーヴァントだ」

 十年前。
 サーヴァント。
 前回の聖杯戦争。
 そして、目の前の金髪。
 それらから導かれる関連性。
 答は、すぐ近くにあった。

「ハッ。なるほどな。そこのいけすかねえ部屋は、そいつのために在ったわけだ」

 ランサーが視線をずらすと、そこには聖堂には似つかわない横穴への道が。
 その場に居るのは、生かされまま、逝かされている何人もの供物。
 それ自体気に食わない事この上なかったが、それが目の前にいる存在の為だと分かると、
ことさら気分が悪くなった。
(―――まったく、反吐が出る)

「―――で、何故そいつの存在を俺に黙っていた」

 ランサーにして見れば其れこそが本題。先の内容は自分が当て馬、露払いに使われたことを意味するに等しい。


なにしろ、彼に下された命令――令呪は、

 『おまえは全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ』

で、あったのだから。
 男の英雄の誇りが汚された。そう考えてもおかしくはない。

 だが、言峰の返答はにべもない。

「敵を騙すにはまず味方から、という言葉がこの国にはあってな。
アーチャーの存在はできうる限り秘匿しておきたかった。
アサシンは、おまえがやりにくい相手だとぼやいていたからな、
万が一を考え、相性のいい彼に行って貰ったまでだ。
 それにおまえとて、彼と肩を並べて共闘したかったわけではあるまい」

「―――まあ、確かに」
「こんなヤツと一緒になんてやってらんねえな。
戦う時にいちいち背中を気にしなきゃならないとあっては、気苦労が耐えん」

 軽口を言ってるかに見えて、目は笑っていない。それどころか男を強く睨んだまま。
 その視線に、今度はアーチャーが反応した。

「―――言峰。そこな獣にそう野卑な視線を向けるなと命じよ。つい殺してしまうかも知れんぞ」


    ピシッ  

「――――――――」
「――――――――」

 刹那、礼拝堂には恐ろしく冷気が満ちる―――否、途方もない殺気がランサーから発せられ、
それに呼応するかのごとく、間髪入れずにアーチャーからも同等の気が発せられた。ただ、それだけ。

「……余計なことで令呪など使わせてくれるなよ、二人とも」
それにはさすがにこの神父でも二人を止めに入った。
     オレ                                         ・・・・・・
「ふむ、我は構いはせぬが……いつまでその物騒な槍を手にしているのだ、クーフーリン」

 男が語ったのはランサーの真名。言峰が話したか、今までの戦いを覗かれていたのか。

「……は」
 目を軽く瞑る、と同時に魔槍は姿を消した。
 そしてそのまま踵を返すと、黙ったまま、階段へと歩を進める。

「――――ランサー」
                                 ・・・・
「分っている。まだ『待ち』なんだろ、承知しているさ、マスター」

 マスターへの返事をそう呟くと共に、ランサーは薄暗い地下室から颯爽と姿を消した。





3: HIRO‐O (2004/03/14 05:17:30)



   interlude 1-2   追憶






「胸糞わりい……」

 繁華街。その人々が賑わう中を、文字通りすり抜けて移動するランサー。
頭に浮かぶのは当然先の一件。

 理解はしている。                              サーヴァント
いかに、受肉し、意思をその身に戻しているとはいえ、所詮この身は奴隷。
マスターの存在があって初めて自分がいる。その全てを分った上で此処にいるのだから。
 だが―――

(いい加減、我慢も限界だろ、これは―――)

 とにかく全てが気に食わない。
 思い返せば初めから気に食わないことの連続だった。
 出会いからして、意にそぐわない契約。
そう、あの神父、言峰綺礼は本来彼のマスターなどではない。

『では、命じよう。俺をマスターであると認め、令呪に従え』

 元々のマスターを騙まし討ち、令呪を奪い、その絶対命令権を利用して
新たにランサーのマスターとなった、いわば偽物のマスター。

 それでも、よかった。
 まだ聖杯戦争がはじまる前に、他のサーヴァントと一度も手を合わせることなく消えることを考えれば。
 戦えるならば、よかった。
 何の不自由もなく、正々堂々と、世界に名だたる英雄達と剣を合わせることが出来るのなら。
この程度の不愉快や不自由など、取るに足りぬことだった。

―――なのに。

『おまえは全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ』

 二度目の命令もこれまたやっかいで。

 気が昂ぶって、せっかく決着をつけられそうな機会に恵まれても、身体に令呪が重く圧し掛かり、
中断せざるを得なくなること幾たび。

 最初にアーチャー。
 後にセイバーのマスターとなる少年の登場で、戦闘は中断された。
もしあのまま、少年なぞ気にせずに、あの場で仕留めることが出来れば、少しは気が晴れたであろうか?
 否。恐らく、あの男にはまだ隠し玉があったはず。アーチャーというクラスにもかかわらず、
結局宝具――弓を見せてすらいなかったのだから。
            ゲイボルク
 ランサーも結局、宝具は使うことのないままで、アーチャーの真髄を見ることもできなかった。

 次にセイバー。
 今残っている中で、彼女だけが健在だといっていい。
セイバーとの決着だけは、あの十年前のアーチャーとやらに渡すわけにはいかない。
 言峰が何を考えているのかは知らないが、もしこの意にそぐわないときは
契約を破棄して叛くしかないだろう。

(今思えば、あの坊主には感謝、だな)
 二度も仕留めそこなったのは少々、というか結構屈辱ではあったが、
あの少年を殺すこと自体、本当は気が向いていなかったのだから結果として良かったと言える。
 あれから一週間以上。セイバーが強力なサーヴァントであるとはいえ、よく生き延びたものだ。
 意外と、少年のほうもイイ感じに育っているかもしれない。
 そう考えると、楽しみがまた一つ増えた気がした。


 空を見やると、その青さに目が眩む。
 気が向いたので、ビルの壁を沿うように高層の屋上まで一気に移動した。
 屋上に残っている激しい戦闘の痕。そして感じられる強力な魔力の残滓。
それに身をゆだねながら、ランサーは受肉し、給水塔の上にゆっくりと腰掛けた。

 そのまま目を瞑り、順に戦った相手を思い返す。
 次はライダー。先日の流星はセイバーと彼女がここで激突した時のものであるらしい。
 ランサーにとっては結局、たいしたことのないサーヴァントとしか認識できなかった。
 相手の本当の姿を見ることすら出来ていない―――これが、何より悔しい。

 そしてバーサーカー。兎に角規格外だった。一つ一つの攻撃をあしらうことすら危険に満ちていて、
遥か太古、巨大な魔犬や、湖の怪物と対した時よりも、心がざわめいた。
 もう一度対戦した時、あの化け物を如何やって仕留めるかを考えるのは、とても楽しかった。

 遠くに目をやると、小高いお山と、その頂上にある寺の一部が見える。
 寺――柳洞寺を本拠とする魔女と、門番。キャスターに、アサシン。

 アサシン―――彼がセイバーとごたごたやっている時にキャスターに挨拶を済ませ、
その帰り道に出逢った、恐ろしく長い、剣―――否、刀の使い手。
 佐々木小次郎と名乗ったこの国の英霊。
 訊いたこともない名であったが、その刀技は流麗にして神速。
 数十を超える合を打合って、お互いかすり傷をつけることすら適わず。
 いい加減離脱するべきかと悩み始めたとき、

「ふむ、いい加減飽きてはこないか? その赤き槍、その程度のものでは在るまい?」
アサシンはこちらの様子見には付き合いきれぬ、と、そう言った。

「喰らいたいのか? 真の必殺を」

「無論。この身はただ、それだけの為に此処に存在するもの」
 自分に似ている―――アサシンの理由にランサーは誰よりも共感できた。 

「―――ふう。なら仕切り直しといこうか。残念なことにマスターの意向でね、
今全力を見せるわけにはいかないときてる。

 ―――だが、次にまみえるときは、我が全力を持っておまえと相対すると誓おう」

 その言葉に、
「なるほど、何処も似たり、か。お互いマスターの性悪さ加減にはほとほと参っていると見える。
なに、我が主も似たり寄ったりでね。いやいや、あの女狐にはなかなか可愛いところもあるのだが」

 男はそう笑って、鞘に刀を納めた。

     ゲッシュ
 結局、誓いは果たされぬまま。
 佐々木小次郎の秘剣、本来の姿を見ることはなく、
 彼を討ち果たしたときには教えようと思っていた真名を語ることもなく、

        オレ
『アサシンは我が打倒した。自分で始末を命じておいて、それはなかろう?』

 極上の獲物は、横合いから奪われる羽目になった。

「くそったれ」

 あの金髪の男の顔を連想しただけで、また気分が悪くなる。
 そのまま何の当てもなく新都をふらふらと漂おうとして、鉄柵の上に跳び移った。
 そこでふと気が付き、目線を遥か下にやると、見覚えのある建物が視線に入る。
最初のマスターがこの国での根城と定めたマンションはこのビルのすぐ近くにあった。


 思い出す。本来彼を使役し、聖杯に臨むはずであったマスター、バゼットと出逢った日のことを。






 外界の感覚を取り戻したとき、彼が認識できた存在は、目の前に居るこざっぱりとした女ただ一人だった。
つまり――
「――――アンタがオレのマスターってことでいいのかな?」

「ええ。私が君を呼び出した魔術師に間違いはないわ」

「ふむ……召喚の直後だってのに、魔力の流れに無理がねえ……こいつはアタリを引いたかな?」
「ありがと。で、早速だけど、君のクラスを教えてもらいましょうか」

 その言葉に男は自らの宝具を手に浮かび上がらせる。
「見ての通り。ランサーだ」

「……そう」
 ランサーというクラスにか、それとも彼が手にした槍に感じ入るところがあったのか、
女は深く息を吐くように返事をした。

「自己紹介しておこう。私の名はバゼット・フラガ・マクレミッツ。
この左腕の印の通り、君のマスターよ」
 左腕を掲げるように見せる魔術師。そこには三画で描かれる不可思議な文字が光り輝いていた。

「では、マスターとして、最初の質問――――君の、真名は?」

  緊張と期待が入り混じった面持ちで尋ねるバゼット。

「この槍――こいつがオレの宝具なワケだが……
 一たび発動すれば、相手の心臓を必ず穿つ。名は―――ゲイボルク」

「――――クー、フーリン……」
「いかにも。アンタとなら楽しい戦いができそうだ。よろしく頼むぜ、マスター」

 それを聞いた彼女は柔らかく破顔した。

「よかった。そのピアス、本物だったみたいね」
「―――――――オイ、ちょっと待て。……理解った上で呼んだんじゃないのか……」

 一応は、と前置き、
「いやさ、我らが大英博物館の貯蔵品といえど、それが真に大英雄クーフーリンのものである確証は全然なかったんだ」
「――――けれど本物だった。これで私達の勝ちは揺るぎないものとなったわ」
 
ランサーの手を握るため、真っ直ぐな眼差しと、右手を差し出してきた。






 彼女が言峰に片腕と令呪を奪われたのに関して、自分に落ち度はなかった。
アレは間違いなく彼女自身のミスだ。
 しかし、それでも、もし――――
(――仮定の話は無意味、か)

 一瞬頭を掠めたそれは、本来あるべきマスターと共に、戦っている自分の姿。
 対戦相手はなぜかアーチャーで、自らが打合う中、互いのマスターも激しく戦いを繰り広げている。

 ―――そんな、幻想。

 その都合のいい考えを振り切って、頭を揺り動かす。
気持ちを入れ替えようと、マンションの中段階を見ていた目線をふと下ろすと、
ちょうど今頭に思い浮かべた顔によく似た人物を発見した。


 しばらく黙って観察していると、マンションを伺う―――と言うより、睨みつけている怪しい人影が、
そのマンションの入り口玄関に入り込むのが見えた。
(不審者、発見。ってか)
 
 あの少女なら少し楽しいことになるかもしれない。
そんな期待を込めて、ランサーは霊体に戻り、軽く、高層ビルの屋上から身を躍らせた。




 近くにきて確認すると、その人影はやはりアーチャーのマスターであった少女。

『―――彼らが組んでバーサーカーを掃討。だが、アーチャーはその犠牲となった―――』

 言峰の発言が正しいのなら、恐らく彼女はもうサーヴァントを使役していない。
 実際、あと10mもないこの距離でランサーに気がつかない――教えてくれるサーヴァントが近くにいない。
それこそがいい証拠であると言えよう。
 それでも、こうしてパゼットの隠れ家を突き止め、何かを為そうとしている。
 それは、アーチャーを失った少女が、まだマスターであることと、
このランサーと言うサーヴァントを意識していることに他ならなかった。

 彼女は602号室の扉の前に立ち、ほんの数秒だけ思案したかと思うと、間髪いれずに部屋へと侵入する。
 それに続くように扉をすり抜けた。




「なんて、こと」
「10日前から2週間てところ、か」 

 部屋の中央に跪き、残っている遺留品から鑑識している少女に、受肉すると同時に声を掛ける。

 「ふむ、いい読みだ。―――正解だぜ、嬢ちゃん」

(――――さて、どんなコトになる?)

 何かを予感させる邂逅に、心が躍る。
ランサーは今、自らが拠点を飛び出した不愉快な出来事を頭の中から消してしまっていた。

4: HIRO‐O (2004/03/14 05:18:03)



   1‐2   邂逅





「ふむ、いい読みだ。―――正解だぜ、嬢ちゃん」


 危険危険危ない危険キケン危険ヤバイキケンキケン危険キ死キケン危険キ死シキケ死ン死死死―――――

 鐘が鳴り響く。
 それは警鐘。
 ヒトでは抗えない何かと遭遇した事実。

 「――――――――――――――」

 余計な事は考えない。振り向いたりもしない。ただ、前にある窓に向かって飛び――――――


  「―――つれないな。そう急ぐこともねえだろ」


「――――――――」
 動きを止めた。その言葉に、ではない。
わたしの左肩の上にある 『貫く物』 の柄と、その先ある穂先が視界に入ったからだ。

 黙って振り返る。
 そこには想像したとおりの男。ランサーのサーヴァントが。
 チャンスはまだあるはず。
 今の行動、もし本気で狙っていたとしたら、わたしの頭は木っ端微塵に消えていた。
無論この槍手が狙って外す、なんてことはありえない。つまり最初から目的はわたしの殺害ではない。
 ならば―――相手の狙いがなんにしろ、命があるならなんとでもなる。

                     セ ッ ト     ナ イ フ デ ツ キ サ ス
 早鐘を打とうとする心臓を――Anfang――意思で押さえつける―――冷静になれ。

「なんの用よ――――?」
 相手を睨みつけながらも、頭の中ではいくつかの魔術式を描く。
 ヤツの手の内なんて、そう多くはない。今わたしを殺さないということは、
捕らえて、衛宮君たちへの餌にする―――こんなところか。
 
 先ほどの探知で回路が開いているのが幸い。
あとはこの時間帯も。オフィス街である以上、周りの目があるところまでいけば何とかなるはず。
 相手のマスターが、周りの被害などいっさい省みない本当にヤバイヤツだったらどうしようもないけど、
まあ、多分大丈夫だろう。
 足元に転がる腕が、それを拒否しているように見えたが、そんなものは無視しよう。
 それ以前に問題なのは―――

「そう睨まないでほしいもんだな」

目の前出余裕たっぷり――むかつく――なサーヴァントが、数ある英霊のなかでも最速であること。
わたしが魔術でブーストしたところで、とてもじゃないが振り切ることは出来やしないだろう。

(せめて、石が一つでも残ってれば……)

ランサーの対魔力はセイバーほど高くはなかったはず。もし宝石があるなら足止めくらいにはなるだろうし、
その隙に窓を蹴破って階下に逃れる事も出来たのに……ッ!

 だがバーサーカー相手に全て使い切った今のわたしに、
あれほどの魔術をシングルアクションで発動することは不可能だ。
 もちろん、長々と詠唱すればそれなり――いや、相当な魔術を行使出来る。
けど、それを認めるほど、目の前の相手は甘くもなければ馬鹿でもない。

「答えなさい。なんの用かって訊いてんのよ――ッ」

 弱気を見せるわけにはいかない。令呪がさもあるように、今此処に、アーチャーが駆けつけてくるかのように。
そう見せかけて、タイミングを見計らう。

「随分と強気だな、オイ」

「ハン。当然よ。マスターが他のサーヴァントと出会った。
なら、それを仕留めること以外考えるワケないに決まってるでしょ」
 本当は不正解。自らよりも格上の相手からは逃げの一手、それに尽きる。

 そんな私の言葉に対し、ランサーは心底感心したようにうんうんと頷いて、
軽く目を伏せたかと思うと、にやけた口元を正して言った。

「ふむ。公平でないから言っておいてやる。悪いが嬢ちゃんの腕に令呪がないこた知ってるぜ」


 アーチャーが不在である事実はランサーの手の内。
 ハッタリは最初からならず。ったく、少しは思案する時間を寄越せっての――――!

「――――――――」
「――――――――」
 その思いが通じたのか、相手は黙ったまま。
 こっちの何がランサーを止めているかはわからないけど、こう着状態が出来ている。
今、ここで重要なのはその事実だけ。
 考えろ。
 出口は二つ。そこに至るあらゆる方法と可能性を網羅しろ。
 あらゆるパターンを思い描き、成功率を計上。

 パターン1……確率0%
 パターン2……確率0%
 パターン3……確率0%
 パターン4……確率0%
 パターン5……確率0%

 ――――0……0……0、0,0,000000000000000000000000000000
 0000000000000000 0000000000000000 00000000000
 00000000000000000 000000000000000000000000000
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 −−−   −0−   −   −  −  −  −− −−     −  −−−−−−零



 突発的な事故が起こるのを考慮する以外、可能性は 零 ただそれだけ。
(嗚呼、虫の知らせを訊きつけた士郎がそこから入ってくる、とか――――って、無理に決まってんでしょう!!)
 なんでもいい、たった今、局地的に大地震が起こるとか、キャスターが乱入するってのでも可。
 あとは、他には―――――もしもの時は、セイバーと衛宮君に迷惑なんて絶対に――――



「―――で、どうするよ?」


  「うるっさい!! 少し黙ってて!!! 考えがまとまんないでしょ!!!!!」


と、怒鳴りつけて、ようやく我に返った。

 今私が必死に描いていた障害は、ドアとの間にはおらず、何時の間にやら壁際に背もたれて腕を組んでいる。

「なんだ。ようやく腹が決まったのかと思って声を掛けたってのに」

 やれやれ待ちくたびれたぜと、左手を腰に当て、右手をひらひらと宙で振るランサー。

 ―――え? 右手を腰…… 左手を宙……
 って、槍持ってない!? まさか……

「――――――――――――――――ッ!!!!」


「ひとつ尋ねたいんだけど……」
 訊きたくないけど、訊かないわけにもいかない。

「まあ、こちらの不利にならないことならかまわんが」

 うー、あー。すっごい屈辱だ、コレ。士郎達がいなくて本当ーッに良かった。
 気合を軽く入れて、


  「アンタ、どのくらいその体勢だったの?」

『そのこと』を訊いた。


「―――ク」
「クククク、ハッハハハハッ!!」

 うわ大爆笑してる。
てことは、やっぱり―――

「クク……っと、すまねえな。……ま、3分かそこらだな。安心しろ、多分5分は経っちゃいねえよ」

 つまり、わたしは、最悪の敵を目の前に、無防備に百面相してったってワケだ―――






 もう毒気もなにも抜かれた。
 よくよく考えれば、ここで無闇に抗うこと自体が元々得策じゃなかったんだ。
 ランサーが何を考えてるのかは分らないけど、害意は全然無さそうだし。
 意外とキャスター、アサシンを相手にする為に、手を組みにきた――とか?
そこまで考えて、今こちらに敵意がないことを証明するため、心臓に刺さりっぱなしのナイフをスッと抜きさった。

「ほう、流石に本質をきっちり見抜いてやがる」
 それを感じとったのか、彼はひどく満足げに頷いた。

「そりゃ、サーヴァント相手に魔術が使えることが有利に働くとは言い切れないしね。
で、結局、貴方何の用だったのよ?」

「―――ハ。用事なんてものは元々ねえよ」
 そう言って。視線をずらすランサー。

「偶然お前さんを見かけたから来てみただけだ」
「な――――」
 ナンテコトを。まったく、さっきまでのわたしの苦労は一体どうなるんだって話だ。

「こちとら、臆病なマスター様のおかげで、目の前に獲物がいても手を出せねえ立場なモンでね。
ま、サーヴァントの居ない嬢ちゃんを無理にどうこうすることもねえよ」

 あ、なんかイライラしてる。マスター様の『様』が物凄く嫌味っぽく聞こえるところを見ると、
こいつ、マスターと上手くいってないのかも。

「なんだ。セイバーたちと同盟でも組むつもりなのかと思ったのに。
衛宮君は二回貴方に殺されかけてるし、わたしに間を取り持たせるのかな、なんて。
まったく、色々考えて損した」

「なんつー自分勝手な……だが……」
 あ、呆れてる。
「なるほど。そんなのも悪かなかったかもな」
 そのわたしの戯言に何を見たのだろう。彼はそう言って、静かに微笑んだ。


「それにしたって、なんだってこんなところに……」

「先も言った通り偶然なものは偶然だ」
「意味があるとするなら―――全く……それを見たんならわかるだろ」

 そう言って、足元の『腕』に視線をやる。
 ここは彼本来のマスターの根城。

「そっか、色々勘繰ったわたしが馬鹿だったみたい。ごめんなさいランサー。
この場所に何も考えずに踏み込んだ」

 ここで何があったかはわたしの知るところじゃない。
それでも、軽い出来事などではないことくらい、この部屋を見れば一目瞭然だった。

「―――はあ。ったく、こっちはそんなこと考えるほど繊細じゃねえっての」
「それより、よく探し当てたもんだ。ここに目星をつけたのは昨日今日の話じゃねえんだろうがよ。
いや、なかなか。その歳で既に魔術師としては一級品だ」
 

 ―――やば。こいつもいいヤツだ。
 わたしがこんな感想を持ったのは、もちろん誉めてくれたから、なんて事ではない。
こっちが気にしてることをわかって、話題をさくっと変えた、その精神が、だ。
 アーチャーと違ってその性格はわかりやすいかたちで善良であると見て取れる。
 一言でいえば好漢。それに尽きる人物だ。
 ああ、そうだった。最初のイメージが強すぎたけど、彼はケルトの大英雄。
 ヨーロッパの幼児たちのヒーローなんだ。

 そんなランサーも聖杯の為に、不快なことや、不条理なことを我慢しているのかもしれない。
 さっき考えた今のマスターと上手くいってないって、実は当ってる、きっと。
 そんなことを考えてた所為か、

「まったく。貴方がフリーなら、即わたしのサーヴァントにしてあげるのに」
 なぜか、そんな言葉が、自然に口をついた。

「そいつは魅力的な誘いではあるが……ま、まだマスターは健在でな。悪いが断るとしよう」
 その言葉に自然と返事するランサー。

「そ、残念」
 それは半分以上、わたしの本心だった。






「見ての通り、ここには何もない。無駄足だったな、嬢ちゃん」
 無駄? そんなことはない。マスターのことだけでも十二分に収穫だ。
 でも、ま、敵にそれをわざわざ教える事もないだろう。
もしか―――しなくとも、わかってて言っているのかも知れないし。

 それじゃ最後に、これだけは訂正させておこう。

「凛よ。遠坂凛。その嬢ちゃんっての、ムカツクからやめて」
 その言葉が聞こえているのか、踵を返した槍兵は片手を上げて答えた。

「―――ハ、じゃあな嬢ちゃん。次にまた会うなら、あの坊主共々消えてもらうぜ―――リン」
 結局、直したのか直さなかったのかよくわからない返事。
 青き槍兵は姿を消すと、風にまぎれるように颯爽と気配も消し、ここから去っていった。



 嵐が過ぎて、静かになった誰も居ない部屋。
「―――帰ろ」
 わたしはわたしの仲間の元へ。次にあの騎士と出会うのは―――――





                      第1話   〜Encounter with the knight〜    了


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