玄関で桜に会った。どうやらずっと待っていたらしく、気にせず待つなと注意しておく。
セイバーの事を聞かれたが、知り合いの家に暫らく泊まる、と言って誤魔化した。
桜は思い詰めるタイプだから、もっと気楽にいけ、というのは一応伝えておいた。
布団に入り、眠りにつく。これから、どうなるのだろうか?
◇
――運命の輪―― 9話 ”Mourning .”
◇
目を覚ますと既に七時、完全に寝過ごした。
朝食の用意をしに居間に行き、桜と会う。そして、桜が倒れた。
その体はいつかのように熱く、病状がかなり重いであろうことが予想できた。
桜に学校を休ませる。自分の状態に気付かないほどヤバイらしい。
藤村組のヘルパーさんに桜のことを頼んで、学校に向かう。
◇
昼休み、いつものように屋上に行く。
遠坂が言うには、セイバーの足は徐々に治り始めているらしい。
しかし、
「彼女、魔力がほぼ失われていて戦力としては期待できないわよ」
と言われた。
もとよりセイバーが影に取り込まれかけた時点で、そのことは承知している。
聖杯を破壊する際に宝具を使ってくれれば、それでいい。
別れ際に遠坂は、放課後に家を訪れるようにと念を押してきた。
◇
遠坂の家に着くと、まずはセイバーの様子を見に行った。
薄暗い地下に、一枚だけ絨毯がある。
もっと汚かった筈だが、お節介なアーチャーがセイバーのために掃除でもしておいたのだろう。
セイバーは絨毯の上に座っており、俺もその上に座り込んだ。
沈黙。気まずいものではなく、このままでいたくなるような空気。
そんななか、セイバーに一つだけ訊いてみた。
「……なあ、セイバー」
「何ですか、シロウ」
突然の質問にも動じずに、そのままの体勢のセイバー。
「セイバーは聖杯を求めていたんだよな」
「そうです。私はある目的のために聖杯を求めました」
「……何のために、なんだ」
本当は解っている。セイバー――アルトリアは王として最後の務めを果そうとした。
それは過去の変更。自分が王に選ばれた事実を、間違いとして訂正しようとした。
「私が生前に果たせなかった責任を果す為、その為に聖杯を欲している。しかし私はただ、やり直しがしたいだけなのかもしれません」
「アーサー王としての最後の責務として、か?」
セイバーは驚愕の表情を浮かべ、忌々しげに俺を見据える。
「――知っていたのですか」
「一応は」
「……黙っていても、意味はないようですね」
セイバーから語られたのは、他のセイバーに聞いたものと同じだった。
あの日。岩から剣を抜く人物、自分より王に相応しい人物は他にいて、
その人物ならば、平和な国を長く築けたのではないか、そんな、願い。
同じだ、彼女は間違いに気付いていない。
――俺は、それを正してやらなければならない。
「セイバー、それは間違っている。
死者は蘇らない。起きた事は戻せない。そんなおかしな望みは、間違いだ。
過去をやり直せたとしても――それでも、起きたことを戻してはならないんだ。
死者の為に流した涙、大切な人を失った痛み、その記憶も。
そうなったら嘘になるから。
安らかに死ねなかった人がいた。
誰かを助ける為に代わりに命を落とした人がいた。
彼らの死を悼み、長い日々を越えてきた人がいた。
過去を変えてしまったら、一体彼らの思いは何処に行けばいい。
死者は戻らない。傷跡は消えない。現実は覆らない。
その痛みと重さを抱えて進む事が、失われたモノを残すという事ではないのか。
……人はいつか死ぬし、死はそれだけで悲しい。
けれど、残るものは痛みだけの筈がない。
死は悲しく、同時に、輝かしいまでの思い出をのこしていく。
俺が生きるために見捨てた彼らの死に縛られているように。
俺が、衛宮切嗣という人間の思い出に守られているように。
だから思い出は礎となって、今を生きている人間を変えていくのだと信じている。
……たとえそれが。
いつかは、忘れ去られる、忘れ去られてしまった記憶だとしても。
――その道が。今までの自分が、間違ってなかったって信じている」
言い切った。前に、教会の地下で死に掛けたまま彼らの前で思った事。
途中から、それは彼女にではなく自分自身に向けた言葉となっていた。
「……シロウ」
目尻を拭われる。いつの間にか、俺の目から涙が溢れていた。
「私はシロウと契約していた短い間に、貴方の過去を夢として垣間見ていました。あれは、――酷かった。
……シロウの気持ちは解ります。私も、多くの人を見殺しにしました。国の為という大義名分を掲げ、死に行く者たちを見捨てました。
私も、あなたと同じです。
――シロウ、そこまで自分を傷つけなくともよいのです」
ゆっくりと抱きしめられる。嗚咽を殺して、子供のように俺は泣いていた。
◇
セイバーの前で泣くなんて、格好悪いことをしてしまった。情けない。
落ち着いてから、地下室を出る。
そして、一度だけ後ろを向いてセイバーに言った。
「――セイバー。俺の話を聞いて、考えは変わったりしたのか?」
「いえ、まだ私には決断することが出来ません」
まだそんな事を言うセイバーに激情を抑え、しかし、もう一度問おうとしたとき
「ですから、これから私に間違いを教えてください。シロウ」
ニッコリと微笑まれて、思わず顔を赤らめてしまった。
その笑顔は、アルトリアと別れを告げた時のような、そんな笑顔だった――
◇
ここは自宅、つまり俺の家の筈だが、
「……荒らされている」
正確には侵入した形跡がある。
桜の姿は無く、家政婦さんは帰ってしまったようだ。
迂闊だった。何が桜を守る、だ。
これを恐れて、俺は桜を預かったのに結果はこれだ。ふざけるな。
誰の仕業かは考えれば分かる。マキリ、間桐臓硯か慎二の二人だ。
可能性は半々、しかしこのどちらかだ。
なにか残されていないか確認する、そして電話が鳴った。
電話の主は慎二。この状況でこのタイミング、慎二が犯人と見て間違いは無い。
関係の無い話はせずに要件を聞き出す。
『――場所は学校だ。いいか、くれぐれも一人で来いよ。ここにはライダーが結界を張ってるからね。セイバーを連れてくればすぐに判る。
そうなった時――こいつがどうなるか、ちょっと保証はできないな』
慎二と戦うことになった。セイバーは居ないが何故か家にまで着いてきた遠坂が居る。
どうにかなるだろう。奪われたから奪い返す、それだけの話だ。
◇
遠坂が校門まで着いて来る。
フォローを任せると、桜を守ってやるという条件で引き受けてくれた。
当たり前だ、俺は初めからそのつもりでいるのだから。
六時前、生徒はおろか教師さえ残っていない校内。
慎二の性格から考えると、高いところにあり、かつ馴染んだ場所にいると予想する。
ならば該当するのは三階の教室。
遠坂は十分後に入るので、それまで注意を引き付けておいてくれ、だそうだ。
頷いて、走り出す。
――撃鉄を落とす。それで、二十七の魔術回路は全て開ききった。
しかし、”投影”はしない。
下手に慎二の気に触るような事をすれば桜が危ないだろう。
故に使うのは”強化”のみ。
頼りないがそれしか方法はないのだから。
そして三階で、ライダーと桜の首筋にナイフを押し付ける慎二に遭遇する。
ライダーと戦闘を開始した。
to be Continued
副題の意味は『追悼』です。(たぶん)
そして三階で、ライダーと桜の首筋にナイフを押し付ける慎二に遭遇する。
ライダーと戦闘を開始した。
◇
――運命の輪―― 9.5話 ”Oblivion.”
◇
頭の中がグルグルと回転している気がする。短い間に色々なことがありすぎているからだ。
今は、教会の長椅子に座っている。
――桜がライダーのマスターで、ライダーはメデューサで、慎二はライダーのマスターではなく、……
「ああ、もう何だってんだ!!」
知らない知識が大量に手に入るのはいいが、混乱して苛立つ。
遠坂はそんな俺の様子を見て、元気そうだと満足げだ。
桜の魔術だったらしい一撃を喰らい、俺の魔力を根こそぎ奪われてぶっ倒れたので、ここまで連れてこられたのだ。
桜は今治療中、教会の奥に居る。
遠坂の説明によると、二人は姉妹らしい。驚きの新事実。
桜の治療が終わり、言峰が現れる。桜は未だに危険な状態らしかった。
この後も刻印虫なるモノを摘出すると、奥に戻ってしまった。
邪魔だ、と追い払われ、公園で今後の事を考える。
――エミヤは多くの命を救うために少ない命を見捨てた。この状況は正にそれ。
桜の命と多くの命、正義の味方を目指すころならば、確実に桜を見捨てている。
今は、違う。それではエミヤのようになるだけ。世界に絶望するだけと知っている。
エミヤの道が間違っていたとは言わない。俺が中途半端なだけだ――
今の俺は中途半端で、『誰かの』正義の味方か『大切な人の』正義の味方、その中間にいる。
決心をする、今が決断のときなのだろう。答えは解っている。
国の為に戦い、大勢の為に傷ついたアルトリア。
彼女も、最後は俺一人の為に戦ってくれた。
俺は彼女と同じ選択をする。
――俺は、『大切な人の』正義の味方になることを誓う。
◇
遠坂は暴走しない内に桜を殺すという。
俺はそれを止める。なにより、実の妹を自身の手で殺めさせるなんてこと、させない。
殺す、殺さないという物騒な会話が聞こえたのだろう、桜は逃げ出してしまい見失った。
橋の下の公園で桜を見つける。
雨の中、自身の過去を曝け出す桜。
その姿は、罪悪感や嫌悪感そして後悔に、今にも押し潰されてしまいそうな程弱々しかった。
優しく抱き、桜を許す。誰が桜を責めようと、俺は許し続ける。
誰かのためにではなく、大切な人のための正義の味方なのだから――
家に帰ると遠坂に待ち伏せされていた。
しかし、桜が戦うと宣言して遠坂は今の状況を不利に思ったのか帰ってしまった。
俺との協力関係は破棄らしい、セイバーのことを忘れていると思う。
遠坂が気付くのは何時の事になるのだろうか?
――Interlude 9-1―― 遠坂視点
居間で紅茶を飲んでいる。
アーチャーの淹れたお茶は、相変わらず美味しい。
頼みもしないのに茶坊主のようなことをしているのは気に食わないが、まあいいだろう。
しかし、先程から(何故か実体化して)目の前を歩き回っているコイツはどうにかならないものか。
「アーチャー、目障り」
「その辺でウロウロしてろと言ったのは君ではないか、凛」
そうだ。思い出した。
折角これからの事を思案していたというのに、邪魔するからそんな命令したんだっけ。
――桜が死ななかったのは姉として嬉しい。けれど、魔術師としては嬉しくはない。
それでどうしようどうしよう、と悩んでいたのだ。
「私は折角、不肖のマスターに教えねばならぬ事があるので呼んでいたのだがな」
「ふっ、不肖ってねえ」
私はそんなに愚かではないと思う。……多分(汗)
「教えないといけない事って、何?」
「それでは改めて言おう、凛」
アーチャーは眉を引き締め、真面目な顔になってこちらの顔を覗き込んでくる。
突然のことに、少し照れた。
「な、何?アーチャー」
「――君はセイバーのことを忘れてはいないか?」
「あ」
――Interlude out――
to be Continued
副題の意味は『忘却』です。(たぶん)