帰ってきた男 3 〜画策する男〜   M:凛 傾:恋愛


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1: にぎ (2004/03/13 02:49:45)


いつもと同じ、暖かな春の陽気に包まれた昼下がり。
俺は、一人来客の為に茶の準備をしていた。

ちなみに今日は珍しくも紅茶である。
理由はない、ただそんな日もあるだけだ。

別に遠坂が、アーチャーの紅茶は美味しかった、とか言ったのが悔しかったわけじゃない。
そんなわけで、ここの所は毎日紅茶を入れていたりする訳では決してない。
ただ紅茶も意外といいもんだ、と最近思い始めただけだ。
信じろ、そこ。

ともかく、俺は茶の準備をしていた。
はっきり言って今日の出来は結構自信がある。
間違いなく今までで一番の出来であろう。

うむ、この出来なら皆も文句はあるまい。
と、そう思っている俺の隣りから、ひょいと手が伸ばされた。
いつの間にやってきていたのか、そいつは紅茶をくいと一飲みして、

「ああ、全然駄目だな。問題外だ」

といきなりそんなことをのたまいやがった、この赤いのは。










画策する男











まあ、早い話。
来客って言うのは、セイバーとアーチャーの二人な訳で。
先日、遠坂邸を強制占拠した二人、というかアーチャーだが、今日唐突に家にやってきた。
本人曰く、俺たちを気遣って見に来てくれたそうだが、
あの目は間違いなく、単にからかいに来ただけだと思う。

「うん、やっぱりアーチャーの入れてくれた紅茶は美味しいわ」
「ふん、当然だ。そこの未熟者と一緒にしてもらっては困るな」

で結局、アーチャーの奴が入れた紅茶を飲んでたりするわけである。
……ぐ、確かにうまい。
悔しいが今の俺では完敗である。
というか、一体何の為にここまでのスキルを身に付けたのだ、奴は。

「で、どうなの二人とも。その後の生活は?」

紅茶を含みながら遠坂が尋ねる。
まあ、その雰囲気を見れば尋ねるまでもないんだけど。

「ふ、聞くまでもなかろう。何も問題なく過ごしているさ」

やはり顔には笑みを浮かべたまま、アーチャーは予想どうりの答えを返した。

「ふうん、じゃセイバーは?」
「はい、私も問題などありえません。それに、アーチャーの料理は大変美味しい」

……うん、いや、セイバーらしいんだけどさ。
  他にないのか、お前は。

ま、分かっていたけど二人の仲は良好な模様。
中には入ってないけど、この前遠坂邸の前を通った時もなんとなくあの屋敷の空気が和んでる気がしたし。

ちなみに何で中に入らなかったかというと、密かに表札が『アーチャー セイバー』に変えられてたりして、
それを見た遠坂が、ぶち切れ寸前までいったんで、必死で連れ帰ったからだ。
まあ帰ってきてから、しっかりぶち切れたんだけど。

「ってそういえばさ。まさか本当に偽札の投影なんかやってるのか?」
「ふん、何を馬鹿げた事を。安心しろ、偽札の投影『は』やっていない」

……なんかやけに、は、を強調してた気がするが、
  気のせいだろう、うん、というかそう思いたい。

「ああ、ところでセイバー。体の調子はどう?
 最近、私から減っていく魔力の量が少ないみたいだけど、やっぱり私の家のほうが安定する?」
「あ、え、ええとですね、はい、い、今は何の問題もありません、ええ」

遠坂の何気ない質問に途端に慌て始めるセイバー。
?はて、なんでそこまで慌ててるんだろう。
遠坂のほうを見れば同じように、首をかしげている。

そんな俺たちとは対照的に、セイバーは顔まで赤くしてなんかひたすらに慌てている。

「凛、そのことなら何の心配もない」
「へっ?どういうこと」
「なに、既に私とセイバーはラインが繋がったから君の心配はない、とそういうことだ」

ぶううううう!
遠坂と二人して口に含んでいた紅茶を思いっきり噴出した。
当然、正面に座っていたアーチャーに容赦なく襲い掛かったが些細な事だ。

「……貴様ら、私に恨みでもあるのか」
「ええ、沢山。ってそんなことは置いといて!
 ア、アーチャー、ラインをつなげたって言うのは、その、つまり」
「言うまでもない、新婚初夜にする事など決まっているだろう」

事も無げに、そいつはそう言い放った。
セイバーは、もはや消え去らんばかりに顔を赤くしてひたすら小さくなっている。

ああ、そういうことか。
いや、ていうかお前、

「アーチャー、あんた、手速すぎ」

呆れたような遠坂の声。
うむ全く持って同感である。
だがアーチャーは全く気にした風もない。

「ああ、悪いが性分でね。仕方があるまい」

おい、待て、俺の信用を地の底に落すような言動するな。
いや遠坂、やっぱりそうだったんだ…、とか言いながら俺の方を見るのはやめろ。
ていうかやっぱりって何だ、やっぱりって。

「ア、ア、ア、ア、ア、アーチャー!な、なにもわざわざ言わなくても…!」
「なんだ、別に隠す事でもないだろう。
 マスターに自分の状況を知ってもらうのは必要な事ではないか」
「そ、それはそうかもしれませんが!
 そもそも!言っておきたかったのですが、私は貴方と、け、結婚した覚えはありません!」

もはや限界といわんばかりに、赤く染まりきった顔で、があーとばかりに食ってかかるセイバー。
怒りで赤くなっているのか、恥かしさで赤くなっているのか、まあ多分両方だと思うが。
でも確かに新婚なんたらはアーチャーが勝手に言ってる事だよな。
アーチャーも、さも今それに気づいたかの様に、ぽんと手を叩いて、

「うむ、そうだったな。
 よしセイバー、ならば式を挙げよう」

なんかさらにとんでもない事を言いやがった。

「は!?ア、アーチャー!?い、一体何を!?」
「ん?君が言ったのではないか。そうだな、やはりこういったものはちゃんとけじめをつけておかねばな」
「い、いえ!わ、私が言ったのはそう言った意味ではなく…!」
「それに私も、きちんとした形で君と結ばれたいと思っている。
 君はそうではないのか、セイバー」
「!!ああ!だから貴方は卑怯だというのです!い、いきなりそんなことを真顔で…!」

があーとセイバーがもはや体ごと赤くして咆えあがれば、あくまで真顔で淡々と返すアーチャー。
二人は俺たちなんか完全に置き去りにして言い合いを始めてしまった。

……えーっと、なんだ、まあ見ようによっては一応微笑ましい光景といえるのかなー。

とか言えなくもないその光景を、

「一生やってろバカップル、ってところね」

俺の隣りに座るあくまは一言でそう切り捨てました、はい。
……いや俺も同感なんだけどさ。

そんなわけで二人して、
ただ黙って茶をすすって、そんな光景を暖かく見守っていた。




結局の所、なんだかうやむやのうちに数日後に二人の結婚式をやる事が決定していた。
まあ結婚式って言っても、知り合いを家に招いて行うぐらいの小さな物しか出来ないんだけど。
それでも二人にとっては意味のある事だと思うし、
アーチャーじゃないけどやっぱりそういうことは大切な事だと思う。
だから俺たちも、その時はもう一度心から祝福してやろうってそう思ったんだ。

そう、この時は。











interlude






すっかり日も暮れて岐路につく中で、
私は思わず恨みがましい視線を隣りを歩く男に向けていた。

「セイバー、いい加減にそう睨むのはやめてくれないか。
 それ以上睨まれると私も傷ついて今日の夕飯が作れないかも知れんぞ」
「ふん、突然あのような事を言い出す方が悪い。
 もしかして、今日二人の家に行ったのは最初からそのつもりだったのですか」
「ふっ、さて、それはどうかな」

私の問いに、とぼけたような振りをしてみせる。
だけど面白そうに笑っているその顔が真実を語っていた。

「はあ、全く大した策士振りですねアーチャー」

しかし、食事抜きという伝家の宝刀が抜かれてしまっている以上、これ以上食い下がるわけにも行かない。
そう思ってここで話を打ち切ろうとしたのに、
彼はあくまで面白そうに笑いながら、淡々と告げる。

「セイバー、一つ忠告しておこう。
 策というものは実行する瞬間まで、相手に気づかれず悟られないようにしなければ意味はない。
 このような準備の段階で知られるような策は三流以下だ」 
「それがどうかしましたか」
「どうもしないさ。
 ただ、私はそんな策は用いないと、それだけの話だ」
「―――――――は?」

何を言っているのか、彼は。
このことは私に既に知られているのではないのか。

――――いや、違う。
    そうではない。

つまるところ、彼の目的、策というのは。

「アーチャー……あなたは」
「ああ、おそらく君の思っている通りだろうな」
「呆れました。本当に大した策士振りですアーチャー」
「そう拗ねるなセイバー。
 言っておくが、君とちゃんと結ばれたいと言った、その気持ちに偽りはない」
「ええ、言うまでもありません。
 貴方がそんな嘘などつけない人だということぐらい、とうに分かっています。
 ……しかし、なんでわざわざこんな事を」
「なに、大した理由はない。
 そうだな、強いて言うならば、
 昔、ある人物にそんなことで散々からかわれていたからな、その仕返しなのかもしれんな」

ああ、では今回の事も自業自得という事になるのだろうか。
心にもない事をぼんやりと考えつつ、
私は密かに、彼らに同情と謝罪を送っていた。





interlude out












――で、あっという間にその日はやってきた。

俺の家の庭には、セイバーとアーチャーを始めに、
桜と藤ねえ、この二人は分かる。
セイバーのことも知ってるし。

で何故か美綴と一成までやってきていた。
なんでいるんだと尋ねてみても、

「なんだ衛宮、いいじゃないか別に知らない仲でもないだろ」

とか、なにやら笑いながら返されてしまった。

……気になる。
なにが気になるって、その笑い方がなんか企んでる時の遠坂そっくりだったのがこの上なく気になる。
一成は一成で、なんか女狐がどうこう言うだけでちゃんと答えてくれないし。


ああ、どうかこの日が無事に終わりますように……。


「はいはーい、それじゃ二人の準備も終わったみたいだから始めるよぅ」

と、なんか一番騒いでいるのは、何故か神父代行の藤ねえ。
まあ、確かにあれが一番年長者ではあるんだけど、中身は置いといて。

「あ、はーい、じゃただいまより御二人の結婚式を始めます」

で、さらに謎なのが司会進行、美綴綾子。
しかもなんか手馴れてるし。

「はい、それじゃ新郎新婦のご入場〜。
 皆さん拍手を持って迎えてください」

その言葉を受けて、すっと障子が開かれる。
その姿を一目見て、拍手なんて完全に忘れるくらいに目を奪われた。

一体何処で用意してきたのか、
純白のウェディングドレスを身に纏ったその姿。
もはやそれは、見るものにある種、神々しささえ感じさせる。

そして、本当に自然に、
一緒にいるのが本当に当然で当たり前のように寄り添う、
いつもと違う黒い礼服に身を包んだそいつの姿も。

それは、
その思いが、
その在り方が、
ただひたすらに純粋で、
ただひたすらに無垢なものに見えて、

だから俺は、
その二人の姿を見て、
ただひたすらに綺麗だと、心からそう感じた。


「えー、こほん」

二人を前にして、さすがに緊張した面持ちの藤村神父。
いくらなんでもこんな役初めてだろうしなあ、しかも藤ねえだし。
あー、なんか急に不安になってきた……。

「う、えーと、
 す、健やかなる時も、病める時も、
 これを慰め、助け合い、
 死が二人を分かつまで、
 共に生きる事を誓いますか――――」

どうやら、面倒な所は飛ばして一気にクライマックスに向かったらしい。
うん、さすが藤ねえ、それでこそ藤ねえ。
俺たちの期待を裏切らない。

「はい、剣に誓って」

誇らしげに、そう答えるセイバー。
……でもセイバー、多分誓う所間違ってるそれ。

「では、私は鞘に誓おう」

はっきりと、そう答えるアーチャー。
……お前らなあ。

「え、えーっと……、
 そ、それじゃ!二人とも誓いの口付けを」

それでもちゃんと式を進める藤ねえ。
なんか不憫になってきた。

そんな藤ねえを構いもせず、向き合う二人。

「セイバー、その前にもう一度誓わせてもらう」
「はい、なにをですかアーチャー」
「ふっ、決まっている。
 君を愛している、君を必ず、幸せにする」

そしてそっと、
やっぱり何処までも自然に、
二人は唇を重ねた。

それは触れるような、
ほんの一瞬のものだったけど、
けれどそこには、
永遠にも近い時間を経た想いが込められている様に見えた。


「はい!二人とも結婚おめでとぉー!」

うう、緊張したよぅ、と崩れ落ちる藤ねえ。
うん、まあ、なんだ、とりあえずご苦労様と言っておきたい。

「おめでとう、アーチャー、セイバー」
「俺からもおめでとう、セイバー……とアーチャーも」
「はい、二人ともありがとうございます」
「ありがとう凛……ふん、無理に私にまでいう必要はないぞ」

素直なのが二人と、微妙に素直になれないのが二人。
でもまあ、こういう方が俺たちらしいか、と密かに笑う。

普段なら突っ掛かっていくのかもしれないけど、今日はそんなの野暮ってもんだ。
だって二人は、本当に幸せそうに笑っていたんだから。








――――――と、ここで終わっていればいい話で済んだんだけど。



「はーい!それじゃ!いよいよ本日のメインイベントー!!」

いきなり、美綴がそう叫んだ。

「は?」
「へ?」

遠坂と二人して間の抜けた声をあげる。
見れば桜や藤ねえもきょとんとしている。

「何言ってんだ美綴。メインイベントは今終わったじゃないか」
「そうよ、なに言い出すのよ」

思わずいい返した俺たちの声にも、美綴はふふーん、笑うだけで答えようとしない。

―――なんだ、酷く嫌な予感がする。

「いや彼女の言う事は間違っていないぞ、二人とも。
 確かに今日のメインイベントはこれからだ」
「え?」

そういうのはさっきまで今日の主役の一人であったはずのアーチャー。

「どういうこと、アーチャー?」
「はあ、こういうことです。はい凛」
「え?セイバー?」

そしてもう一人の主役だったセイバーから遠坂に、ぽんと、ブーケが手渡された。
へ?と受け取った遠坂ももう何がなにやら分かっていない。
俺も訳がわからなくて、これは一体…?と口を開こうとした時、

「はい!それではこれより!衛宮士郎と遠坂凛の結婚式を始めまーす!!」

再び、美綴の声が響き渡った。

て、え、え?えええええええ!?

「「「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!?」」」

思わず叫び返す俺と遠坂、後藤ねえ。

「ど、どういうことよ!士郎!お姉ちゃんそんなの聞いてないわよぅ!」
「お、俺だって初耳だ!おい美綴!一体何の真似だ!」
「さあて、私に聞かれてもねえ。訳が知りたいならそっちのアーチャーさんに聞いてもらえない」
「ア、アーチャー!あ、あなた、どういうつもり!」
「なに、なんせ君らときたら何時までたっても進展が見られないのでな。
 元マスターを気遣う私のほんの優しさだ、ああ礼はいいぞ」
「だ、だれが礼なんか言うかぁぁ!!」
「それに君の友人も、一言言えば快く協力を申し出てくれたぞ。いや実にいい友人をもったな凛」
「あ、綾子!あんたはぁぁぁ!」

があーと、まだ食って掛かろうとする遠坂。
だがそれより速く、

「はあ、申し訳ありませんが、ここは諦めてください凛」
「な!?セ、セイバー!?」

セイバーにがっしりと取り押さえられてしまった。

「はいはい、そういうこと。それじゃさっさと行くよ遠坂」
「い、行くって、何処によ」
「なに言ってんだい。花嫁がそんな格好でうろつくわけにもいかないだろ」
「ええ、そういうことです、それではいきましょうアヤコ」
「はいよ、行こうか」
「え?え?え?
 ちょ、ちょっと待ちなさいよ!セイバー!あんたマスターを裏切る気!
 ていうかあんたらなんでそんなに親しげなのよ!ちょっと!離してよぉぉぉぉぉぉぉ………」

ずりずりと、二人に両脇を抑えられたまま、
引きずられるように遠坂は姿を消していった。

「さて、それではこちらも行くか」

それに呆然としていると、俺もアーチャーと一成に両サイドを取られていた。

「わっ!?ま、待て!離せよ!
 くそ一成!なんだってこんな悪ふざけに手を貸してるんだお前が!」
「許せ衛宮。これも全てはあの女狐の本性を暴く為のものよ」
「そんなことよりも急げよ、衛宮士郎。よもや花嫁を待たせるわけにも行くまい」
「ま、待てぇぇぇい!大体、なんだって二人分の衣装が用意してあるんだっ!!」
「ふっ、いやつい先日、
 ”たまたま”凛の家の掃除でもしていたら、
 ”何故か”結婚用具が二揃い出てきてな」
「ぜ、絶対嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「黙れ、いいからさっさと着替えろ」



結局、純粋に力勝負となると、英霊になった存在に敵うはずも無く。
抵抗空しく、きっちり正装に着替えさせられた俺が立っていて、
その上、目の前には

「…う……し、士郎……」

ウェディングドレスなんかに身を包んじゃってる遠坂凛がいるわけで。

―――ああもう、反則だこんなの。

「し、士郎、その、何とか言いなさいよ」
「え、あ、う」

な、何とかって言ったって、なに言えって言うんだ、この状況で。
桜と藤ねえの視線は絶対零度を通り越して、ただ痛いし、
アーチャーの奴と美綴は、ただおもしろそうににやにやしてやがるし、
それ以上に、顔を赤くして上目使いにこっちを見ている遠坂が可愛すぎるし、

ああ、無理だって、ほんと。
いまにも倒れてしまいたいぐらいだ。
ていうか倒れる、マジで。

「はいそこ、いつまでも見つめあったりしない、さっさとこっちに来る」

そこに、心底不機嫌そうな声を投げかける藤ねえ。
不機嫌そうではあるが、何故かこの事態は続ける気らしい。

「はい、えーっと、
 で、誓うの?二人とも?」

さっき以上の素晴らしい圧縮振りを見せ付けるタイガー。
相手によって態度を変えるのは、神父代行としてどうかと思うが、どうなんだそこら辺。

「む、どうなのよ、誓うの?誓わないの?」

ギロリ、と獲物を威嚇する虎そのものの目で問うてくる藤ねえ。
その圧倒的なまでの威圧感に、幾多の戦いを乗り切った俺も思わず気押される。
しかも後ろからは、純粋な殺気をも伴った桜の視線が突き刺さっている。

前門の虎、後門の桜。

もはや二人の殺気は、質量をもった呪いとなって俺に襲い掛かるのも時間の問題かと思われた。
その時だった、

「わ、私は……誓い…ます」

「え?」
「遠坂さん?」

今にも消えそうな程か細い声だったけど、俺の隣りで遠坂は確かにそう言った。
そして顔をあげて、もう一度はっきりと言葉にする。

「私は、誓います。
 だって私の目標は、士郎を思いっきり幸せにする事ですから」

しっかりと藤ねえの目を見据え、何の迷いも無く遠坂はそう口にした。

それは間違いなく遠坂の本心だったのだろう。
顔を真っ赤にしながらも、はっきりとそう言いきった遠坂の横顔は、
本当に、初めて見るくらいに、綺麗で、ただ見惚れていた。

―――だからこそ、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

だってそうだ、俺だって自分の気持ちくらい、
もうとっくに分かっているし、
もうとっくに決まっていた。

だったら、それをちゃんと口にしなきゃ、
そうしないと、遠坂の顔をまともに見ることも出来やしない。

「俺も誓う。
 俺だって絶対に遠坂を……いや、絶対に二人で幸せになってやるんだから」

それが、間違えようの無い俺の本当。
多分、俺の顔も遠坂に負けないぐらいに真っ赤だと思うけど、
その気持ちはきっと、誇ってもいいことだと、そう思う。

「うう、はあ〜、なによぅ。そんなにはっきり言われちゃ反対なんて出来ないじゃない」
「え、藤ねえ?」
「士郎」

じっ、と打って変わったような真剣な目で見つめてくる藤ねえ。
いや、違うか。
何だかんだ言って、この人はいつだって真剣だ。

「士郎、言ったからには、遠坂さんを離したりしちゃ駄目だからね」
「当たり前だ、絶対に離すもんか」

そんなこと、言われるまでもない。
俺は絶対に遠坂を離さないし、離れない。
理由なんて簡単。
だってもう俺自身が、遠坂を失ったらやってなんていけないから。

「ふう、士郎ったらいつのまにか大人になっちゃって。
 ……まあ士郎に先越されるって言うのは、お姉ちゃんとしてはちょっとアレだけど…
 そこまで言ったんだから、ちゃんと責任とりなさいよ士郎。
 ……うう〜桜ちゃぁぁん!」

言うだけ言って、さっさと桜に絡みに掛かる藤ねえ。


―桜ちゃん、今日はやけ酒よ、付き合って。
―え?せ、先生。私まだ未成年なんですけど。
―そんなのどうでもいいわよぅ!酔った勢いで士郎の骨の一本や二本はとってやらないと気が済まないでしょう!
―……先生。
―う、な、なによぅ、桜ちゃん。
―…先生、安心してください。骨は私が拾いますから。
―うう、やっぱり桜ちゃんはいい子だよぅ。



――――いや、そういう物騒な会話を目の前で繰り広げられても反応に困るんだが。
というか桜、止めろ、何気に暴挙を促すのはやめてくれ。

まあでも、なんだかんだ言って、ちゃんと俺たちのことは認めてくれたんだし。
アレだってきっと、わざとあんなふうに振舞ってるだけなんだ、
うん、そう思いたい、というか思わせてくれ。

「先生、ひとついいでしょうか」

せっかく終わりそうになった所で、またしても声をあげる、あくま二世美綴綾子。
なんだ、なんだってそんなに遠坂そっくりの笑顔なんだ、お前は。
やっぱりあれか、類は友を呼ぶとかそういう奴なのか。

「む、なに美綴さん」
「いえ、せっかく終わった所で悪いんですけど、なんだか一つ忘れているような気がしまして」
「ああ、私も彼女に同感だな。非常に重要な部分が抜けていたような気がするな」

ニッと顔を見合わせて笑う二人。
……楽しそうだなあ、お前ら。

「むむむ、な、なんだか激しく聞きたくない気がするんだけど、そ、それって……」
「はい、私の記憶が確かなら、このあとに誓いのくちづけがあったはずですよね、先生」
「な…………っ!」

ま、待て待て待て待て待て待てぇ!
な、なにを言い出すんだ!お前はぁぁぁ!

お、落ち着け、さっきの二人は……
ああ、確かにしたなあ、うん。
っていやそうじゃなくて。

「な、なにをいいだすのよ!あなたは!」
「そ、そうだ!こ、こんな人前で出来るか!」
「ほう、人前じゃなきゃ問題ない、となるほどね」
「あ、いや、そうじゃなくてだな……」

「だ、駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!そんなの絶対に駄目ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

虎が吼えた。
近所どころか冬木中に届きそうな声で吼えあがった。

「何故駄目なんでしょうか先生」
「そ、そんなの駄目に決まってるわよぅ!」
「はい、ですから理由を聞かせてください」
「だ、だって、二人はまだ学生だし……それに、えーと…!」

俺たちを置いてけぼりで言い合いに入る二人。
どう見ても藤ねえ劣勢だ、
ええい、もっとがんばれタイガー。

「どうした、速くしないか二人とも」

そんな二人を、ほっといてあくまで先を促すこの男。

「あんたねえアーチャー!いい加減にしなさいよ!」
「む、心外だな。君たちこそいい加減に観念したらどうだ」
「お、お前な!アーチャー!」
「ふん、それともなにか、所詮貴様の想いなどその程度か衛宮士郎」


――――あ、駄目だ、カチンと来た。

その程度、その程度だって?
俺の遠坂への気持ちなどその程度かと、そう言ったのかあいつは。

「――――――――!」

ああ、もう止められない。
そんな事言われて黙ってられる筈が無い。

俺の想いは本物だ、
だからそれを証明しなきゃならない。

「―――――遠坂!」
「へ?士郎――――――!?」

だから何も考えず、
気がついたら遠坂に思いっきりキスしていた。

遠坂も予想外の行動に完全に固まっている。
さっきまで騒いでいた、藤ねえと実綴もただ口をパクパクしている。

「――――――――っ」

口を離して、今更自分のした事に赤くなる。
完全に静まり返った周囲が余計に辛い。
ただ一人、アーチャーだけが本当に面白そうに笑っているのが妙にむかつく。

「え、と、遠坂……?」

反応が無い。
遠坂はいまだ固まったまま目をぱちくりとさせ、
はっと我に帰ったかと思ったら、

「―――――――――、はう」

なんて、間の抜けた声を上げて、その場に卒倒した。















「はあ、私としたことが、まさかあんなことで…」
「うう、め、面目ない」

あの後、倒れた遠坂を抱きかかえて大騒ぎしてるうちに、
なんだかお開きになってしまった。

藤ねえと桜は家に残ろうとしてたみたいだが、
セイバーとアーチャーに文字どうり引きずられて帰っていった。

そんなわけで、家には俺と遠坂の二人だけだったりする。

「べ、別に士郎が悪いわけじゃないわよ、
 そ、その、う、嬉しかったし」
「そ、そっか、ならいいんだけど」

……う、なんか妙に緊張してしまう。
だって、仕方が無い。
あんな形とはいえ、け、結婚式なんてしちまったんだから。

「へへ、でも、結婚式、しちゃったね」

遠坂も同じ事を思ったか、顔をうつむかせてそんなことを言ってくる。

―――ああもう、なんだってここでそんな事いうんだ、こいつは。
   本当に、反則だ、そんなの。

「あ、ああ、そうだな」
「ふふ、このまま婚姻届も出しちゃおっか」
「う、それは、困る。その、やっぱりそれは、俺がちゃんと一人前になってからにしてほしい」
「む、そんなの何年待たされるか分からないじゃない」

……いや遠坂、それちょっと傷つく。
そりゃ自分が未熟もいいとこだって事は分かるんだけどさ、
でも、もうちょっと言いようがあるだろ、くそう。

「ん、そっか、でもちゃんとしてくれる気はあるんだ」

よかった、なんていいながら、
ほっとしたような笑顔で遠坂はそう言った。

それが、ちょっとだけ頭に来た。

「この、馬鹿――――」
「わっ!?し、士郎!?」

だから、思わず遠坂を強く抱きしめた。

「ちょ、いきなりなにするのよ!士郎!」
「うるさい、遠坂が悪い」

反論なんて許さない。
だってそれだけ頭に血が昇ってる。
ああもう、今日はこんなのばっかりだな、俺。

「言っただろ、遠坂を絶対に離さないって、
 だから、そんな分かりきった事で不安に思ったりしないでくれ」
「―――――あ」

そうじゃないと、俺がそんなに信用できないのかと思ってしまう。
他の誰にそう思われても良いけど、
遠坂にそう思われるのは耐えられない。

「士郎、その、ごめん」
「ん、いや、俺もごめん。ちょっとかっとなった」
「ううん、士郎は悪くない。
 ……士郎、ごめん……あと、ありがとう」

そう言って、遠坂は俺の体に体重を預けてきた。

「遠坂……?」
「士郎、もうちょっと、こうしてていい…?」
「ああ、遠坂の気の済むまでずっとこうしててやるよ」
「ん、ありがと…」

そして完全に俺に身を任せる。

……正直、すっごく困る。
何が困るって、あんまり近すぎる所為で、
遠坂の体温だとか、柔らかさだとか、匂いだとか、鼓動だとかまではっきりと伝わってきてしまう。

落ち着けない。
もういまにも狂ってしまいそうなほどに落ち着けない。
そのはずなのに、なんて矛盾か。

そのぬくもりが逆に、何よりも心地いい。
ずっとこうしていたいと、自然に思ってしまうくらいに、それは心地よく思えた。

それで、ああやっぱりと苦笑する。
思っていた通り、衛宮士郎はもう、遠坂凛を無くす事なんて出来やしない。
永遠にこのままでいたいなんて、そんな馬鹿げた願いを、
平気で願ってしまうくらいに、俺は遠坂に狂ってしまっている。


だから、そう、永遠は無理だろうけど、
これからはずっと、二人寄り添って生きていこう――――。














   An epilog...


「それにしてもアーチャー。今日は少しやりすぎだったのではないですか」

食事後のひと時、唐突に彼女はそう言いだした。
食事の後に言う辺りが実に彼女らしい。

「何を言うセイバー。君とてそれなりに楽しんでいるように見えたが」

凛を引きずって行くときなどは、かなり楽しそうにしていた気がするが。

「む、確かに私自身も少々悪ふざけが過ぎてしまったかもしれませんが……
 はあ、今ごろ二人はどうしているでしょうか」

怒ってなければいいのですが、と呟きながら窓の外を見上げる。
どうしてるか…?彼女は本気でそんなことを言っているのか。

「何を言っているセイバー。二人がどうしているかなどわかりきっているではないか」
「は?どういうことですか、アーチャー」

ああ、どうやら本気で分かってないらしい。

「忘れたのかセイバー。ほんの数日前にも同じことを言ったと思うが」
「は?数日前ですか?」

思わず頭に手をやり考え込む彼女。
しばらく考えていたが、ようやくその言葉に至ったのか、途端顔を赤く染める。

そう、要はそういうことだ。

「言っただろう、新婚初夜にする事など決まっている、とな」














そして、それぞれの夜は更ける―――――――――。



              [END]


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