*第一話よりまとめて再投稿します。
*以降、新しい話はこの記事に返信する形で更新していきますので
よろしくお願いします。よって、この記事にレスはしないで下さい。
*誤字を発見した場合。教えていただけると幸いです。
1,平穏は許されず
それは、今から2年前の話。
…懐かしい光景をみている。
悟りきったような顔で、エプロンが妙に似合って
いつも人のことばかり考えている奴が、目を覚まして
私に笑みを向けている。
いや、ちょっと違うか。
笑っているというより、ひきつっている。
まるで、幽霊でも見たかのような顔だ。
それも当然だと思う。
なにしろ、こいつは私にもう逢えないと思っていただろうし
私もそう思っていた。
「遠坂、生きてたんだな。良かった」
そいつの本当に安堵した顔に、なんでこいつは
自分のことをまるで考えていないのか、とちょっとむかっと
きたけど、そうね…、と答えた。
私に顔を向けていた奴は、再び、ゆっくりと瞼を閉じた。
……だから、それだけ。
あの時、これから少しの間会えないと分かっていたけど、
用意していた文句のひとつも出てこないじゃない。
拾ってこられるまで、すごく心配してたこととか、
うつわを手に入れるのに苦労したこととか、
日本最大の霊地で、変わった人に逢ったこととか。
それも結局、何一ついえなかったのが
惜しいと言えば惜しかった。
「桜、さっきこいつ目を覚ましたわ」
「本当ですか!?姉さん」
水を変えに行っていた桜が戻ってきて
そいつの元に駆け寄る。
「ええ…でも、また眠っちゃったみたいね。
桜、そいつも目を覚ましたみたいだし、私今から遠坂邸に
いって直にイギリスに飛ぶわ。引き伸ばしてたけど、
そろそろ、協会やら教会の奴らが連行しにきそうだし」
はぁ、と溜息をついて桜に言う。
本当に困った。こいつのことを隠し通して
さらに、あの状況を説明しなければならないのだ。
一体どうなるのかも想像できない。
「頼んでおいたことお願いね、桜。
色々と後始末が残ってるけど、新しく派遣されたあの爺さんに任せておけば大丈夫だと思うから。」
なんて言いながらも、一応心配はしていた。
桜の体調のこととか、隣で怪しく口元を緩めている
眼鏡をかけた、使い魔のこととか。
こんなことを話しているうちに、やっと私自身が
安心したのか、ふと思ったのだ。
やっと。
長かった戦いが、終わったのだろうと。
……戦争が起きたのだ。
国と国が戦う戦争ではなく、人と人とが戦う戦争。
といっても、いがみ合っていたのは数人だけだ。
それなら戦争なんてお題目は似合わないのだけれど、
その戦う人々がマスターであるなら話は別である。
考え方の違う数人のマスター達はよくわからない理由で競
い始め、よくわからない方法で殺し合った。
そのうちの一人が、わたしの目の前にいる奴だった。
だから、こいつも殺し、いつかは殺される立場にあった。
だけど、こいつは誰も殺そうとは思わなかった。
皆が幸せになることを望んで戦ったのだ。
予想外の事が判明するまで。
そして、最後には苦悩したゆえに
一人を守ることに決めたのだ。
それは、私だって反抗はした。
けれど、私も甘かったんだろう。
結局、最後に幕を閉じたのはこいつと、もうここにはいない、
一人の少女だったのだから。
「大丈夫です。姉さん。私、まだ整理はできていないけど、
色々考えてるんですから。
私に任せて、姉さんはやっつけてきちゃってください。」
大丈夫だろう、確かにまだ影響を大きいのだろうが
桜には彼女もついているし、何より、こいつが傍にいるし。
もう一度。
安らかに眠っているそいつの顔を眺めて、
私はその家を出た。
桜TrueEndエピローグへ。
陽射しが眩しい…昨日も夜遅くまで騒いでいたんだから、
もうちょっと寝かせてくれたっていいじゃない……。
それに、なんか、頭グラグラするし。
って、あれ?なんか誰かいる。
髪が長くて、紫色で。
眼鏡をかけてる、長身の美女……
「ラ、ライダー!?」
何故ライダーが私の寝室にいるのか。
加えて何故今朝はこんなにも気分が悪いのか。
もう、何がなんだかさっぱり分からない。
まさか、桜がやっぱり私に士郎を取られるんじゃないか、とでも思って
この刺客を放ったのか。
「ちょ、ちょっと。ライダー、なんでここにいるわけ!?」
はぁ…という擬音が似合うそぶりをライダーがみせる。
「どうしても何も、私はここにリンを送ってきたのですが。
まさか、全く覚えていないのですか?
確かに、昨夜タイガが出した酒はかなり強烈なものでしたが…」
あー、思い出した。
昨日、藤村先生に飲まされたあれ。
お酒だったのか、やられた…。
それ以降の記憶が見事に飛んでしまっている。
「……そっか。ライダーが話があるとか言ってたっけ。
ごめんさい…昨日の夜に話す約束だったわね。」
ライダーはこくり、と頷く。
「それで?どうしたの?あなたが私に相談だなんて。
あぁ…もしかしてあれ?血を吸わせろとか?それなら問題ないわ。
ちゃっちゃと済ませましょう。」
またもライダーは呆れる様子をみせる。
「私がそんなにも見境なしだとリンは思っているわけですか。
いえ、それならこちらにも手段はあります。」
まずい、今の一言。妙に殺気が篭っていた気がする。
下手したら一週間くらい石化させられるかも。
「いえ、それは今度にしましょう。ずばり、用件はこれです。」
ライダーが一つの封筒を私に手渡す。
封は開けられているようだった。
「すみません。封を開けるつもりはなかったのですが……
ですが、開けていたのが私で良かった。
もしサクラか士郎が開けていたならば、
問答無用で破り捨てられていたでしょう。
一昨日、リンが帰ってくる前に、ここの掃除をしたのですが。
そのときに私がユウビンヤさんから受け取ったものです。」
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世界魔術大会 招待状 遠坂凛 様
主催者:キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ
interlude 0-1 アルバイト
埃は嫌い。手伝うと言ったからにはやらなければならないのだが
何の装備もなしについて来た私にできることはほとんど無かった。
「その髪に埃がついたら取れにくいだろ?ライダーは外で空気でも吸ってきてくれないか」
当然かのように使い魔である私に配慮をしている。
サーヴァント、もとい使い魔に情をかけるなど、魔術師がするべきことではない。
だが、この人にはそんなこと関係が無いのだろう。
しかしそう易々と受け入れられない。言い出したら聞かない、と分かっているのだが
私にとって彼は問題ではない。問題は、その隣で冷たい視線を送ってくるマスターである。
気に入らないのだろう。サクラが彼を好きだということも、
彼がサクラを大切だと思っていることも知っている身としては
ここは譲るわけにはいかない。
「いいえ、心配は無用です。いくら髪に埃が付こうと、
私が手伝うといいだしたことですから。それに……」
口にしそうになって留まった。危ない…思っていたことがつい口に出かけた。
何だろう、と不思議そうに顔をしかめている。
「何でもありません。とにかく結構です。
それにあと少しで終わりではないですか、確かに私はあまり役に立っていないようですが、
いないよりは居たほうがましでしょう。さぁ、続けましょう。」
ピンポーン、言い終わったところで邪魔が入った。
だが、私にもこの作業は辛いものがある、これは邪魔というよりも助けと取るべきなのか。
「私がでましょう、それでいいですね?士郎」
答えを待たずに玄関に向かう。
しかし、この洋館には客はほとんどこないはずだ。
ここに長年住んでいた家主がそう言っているのだから
間違いは無いのだろう。
「はい、どんな御用件でしょうか。」
言いながらドアを開ける。
我ながら慣れたものだとは思う。
もうこの時代に留まって2年になるのだから、
これぐらいのことはできなければ、とサクラに教えてもらったのだ。
屋敷に住むからにはそれぐらいのことはしなければならないだろう。
最初は、タイガを真似ていた。何かおかしいと思っていたが、
それで士郎を出迎えた途端に、彼が凍りついたものだから、
サクラに正しいやり方を教えてもらったのだ。
いや、あれは私の魔眼よりも効果抜群のようだった。
今まではどんな風にしていたのかやってみて、と言われてやったときの
サクラの反応も彼に酷似していたし、それから叱られもした。
こんなこと、二度とやっちゃダメですからね!
と、きつく言われるほど酷かったようなので語らないことにする。
ドアを開けると、そこには士郎と同じ年ぐらいの青年が立っていた。
「郵便で〜す!お届けに参りましたー!」
青年はユウビンヤらしい。屋敷にも何度も来た事があるし、
さほど驚くこともなかった。
だが、今までこんなに愛想を振りまいているユウビンヤさんは
見たことが無い。髪の色も黒じゃないし、ピアスをしているし。
今、目の前にいる青年はなんだかうれしそうにこちらを観察している。
「ご苦労様です。ハンコを持ってきたほうがいいでしょうか?
サインでもよろしければ、それに越したことは無いのですが。」
「あ〜いいんすよ!ハンコなんて!どうせただの封筒だし、
まぁ、ほんとはサインもいらないんだけど。
俺自身があなたのサインが欲しいっすよ!
いや〜正解だったな〜、こんな立派な洋館に住んでいるのは
誰なんだろう、なんて思ってつい呼び鈴ならしちゃったんですよ。
偏屈な爺さんとかだったら嫌だな〜、なんて思いながら。
でも、お姉さんみたいな美人だったら大歓迎!
眼鏡の似合う子も大歓迎!
ほんと、今日はラッキーだなー。
あぁ、じゃあ、ここに名前と住所と電話番号を書いてくれます?」
「はい?」
もう、それしか返す言葉が見当たらない。
何なんだこいつは。
いきなり、初対面の人間に馴れ馴れしい言動。
さらに、名前と住所と電話番号ときたものだ。
これは何か、テレビでやっていたどっきり番組かなにかなのだろうか。
冷静になろう、ただやり過ごせばいいだけのことだ。
「いや、だからここに、名前と…」
「……封筒をおいてお引き取りください。私の記憶が正しければ、
そのような封筒にサインやハンコをする必要が無ければ、
このように、呼び鈴を鳴らす必要も無く、
そこにある四角い穴にそれを投下するだけでよいと思うのですが」
「いや〜きついな、お姉さん。
しょうがない、お姉さんみたいな美人にはそうそう会えるもんじゃないし、
まだしばらく、このバイト続けるつもりだし。
また今度近くにきたら顔だしますよ。はい、それじゃ封筒。
ありがとうございました〜!」
一体、なんだったのか。
以前に新都で絡まれたときのように、しつこいわけでは無かったし。
けれども、また来るなんて言っていたし。
怪しすぎる。これは中身を確認したほうがいいのではないだろうか?
他の魔術師からの差し金かもしれない。
封筒を開けようとする。
が、開かない、どうやら私の勘は当たったようだ。
これは何らかの魔術で、魔力を込めた開け方でなければ
開かないようになっているようだ。
少し指に魔力を込めて封を切る。
2,何を企む、大師父
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世界魔術大会 招待状 遠坂凛 様
主催者:キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ
皆様、日々魔術の研究は捗っておられるでしょうか?
冬も過ぎ、四季の移り変わりが激しい国々では、工房から見られる
色とりどりの木々が、研究意欲を向上させてくれていることでしょう。
この度、急な決定ではありますが、魔法使い殿の提案により
記念すべき第一回世界魔術大会(仮称)が開催されることとなりました。
皆さんの研究成果を試される、よい機会だと思っております。
つきましては、能力優秀な方々に、この招待状を送付させて
頂くこととあいなりました。
本大会は部門別に分かれておりますが、
この招待状は「戦闘部門」のみとさせていただきます。
他の部門につきましては、会場にて詳細が説明されます。
本来、予選を勝ち抜かなければならない所ですが、皆様方にはそれを
免除しまして、是非、ご参加願いたいと思っております。
参加される方は当日までに、参加者を揃えて
本部、時計塔までお越しくださいますようよろしくお願いします。
降霊科 部門長
「戦闘部門、競技内容・注意事項」
競技は勝ち抜きトーナメント形式とさせて頂きます。
予選通過チーム、招待者、合計65チーム。
・1チーム3名とさせて頂き、言葉を喋れるならば、人外でも良いものとします。
尚、3名のうちに使い魔は含まれません。
・基本的には何でもありですが、参加者をできるだけ殺害しないように
していただけると、事後処理に手間が掛からずうれしい限りでございます。
・競技場以外での戦闘は禁止いたしませんが、避けてください。
・また、魔術大会、とありますが、名目上のみですので、魔術師以外の方も
ご参加いただけます。しかし、普通の人間はご遠慮下さい。
命を捨てることになります。
以上4項目のルールは主催者の意向をもとに作られています。
では最後に
優勝賞金: 5000万£
※税は掛かりません。
_____________________________________
なんなんだろう、これ。
まだ頭の中で収拾がつかない。
そもそも、何故、優秀な魔術師が態々、協会に身を晒さねばならないのか。
「いや、確かに、あればいいなぁーなんて言ったけど……」
暫しの沈黙。それは時が止まっているかのよう。
だって、こんなことありえないんだから。
それになんで主催者が大師父なのか、これは私に対するジョークのつもりなのか。
人外でもいいって何よ。そんなこといったら、世界中から怪物が溢れるほど
集まってくるじゃない。
けれど、5000万といえど、お金に釣られて集まってくる者達なんて
たかがしれているだろう。
「リン……私もこれを見たときには驚きましたが、この時代ではこんなことが
時折、行われているのではないのですか?いえ、私の生きた頃にはこんなイベントは
皆無に等しいものですから。」
あー、でもどうしようか。学校内だったら優勝できるかも、なんて思っていたけれども
こうなると次元が違う。きっと、1000年クラスの吸血種とか、概念のみ存在する怪物とか
でてくるんだろうか。いや、彼らは本来そんなことに興味は無いはず。
ということは、出場するのは半端な魔術師とか、自身を過信した雑魚だけか。
「リン?……」
「ライダー、出るわよこれ。ええ、心配でしょうけど私の勘が当たっていれば
たいした奴らなんていないはずよ。本来の魔術師がこんなものに顔を出すなんて
ありえないもの。」
そうだ、私たちなら簡単に優勝できるだろう。
士郎だって、私と繋げとけば戦力になるし、
こっちにはライダーがいる。
負ける要素なんてないはずだ。
こんなお金だけの競技に高貴な者が参加するはずがない。
ただ、主催者が主催者だけに何かあるような気もするのだけど……
出場するとしたら問題は……
「ライダー、桜引き受けてくれないかしら?
あなただってわかってるでしょう?魔術っていうのは途方も無くお金の掛かるものなの
こんなチャンスが転がってくることなんてほとんどないわ。
このまま行くと、私もロンドンにはいられないし。
もう片方なら問題ないわ、私に任せて、あいつじゃ絶対断れないんだから」
何よりも、あの女にあんなことを言わせておくのも口惜しいし。
それに、これからも衛宮士郎が魔術師として生きていくというのならば
絶対に断れないはずだ。
「分かりました、リン。私もあの屋敷で世話になっている身では何もいえません。
今になってみればセイバーの気持ちが良く解る。
いえ、マスターが反対したとしても押し通しましょう。
本来、あんなもの摂取しなくてもなんら関係は無いのですが……」
「言わなくても分かってるわ、ライダー。
それじゃあ、敵地に赴くとしましょう。
無論、帰りは大漁以外はありえないけど」
そうして、二人は敵地に赴く。
お互い、何にも変えられないもののために。
3,思い出と使い魔の優しさ
歩く、歩く、歩く。
遠坂邸とあいつの屋敷は、同じ深山町ではあるが、相反した場所に位置している。
移動手段としては、色々あるのだが、遠坂の家訓を守り通す為には、
一般では代表的であろう、自転車なんて選択肢はなきに等しい。
そのため、屋敷まではひたすら歩くしかない。
途中、小高い丘に建てられた家が見える、あの家自体は既に空だ。
中にあった書物の類は、物に関わらず協会に売り払ったし、
なによりも、あそこにはもう何もいない。
何もいないせいか、お化け屋敷なんて噂は、噂を通り越して伝説に近かった。
だが、騒ぎ立てる割に、周囲の人間はほとんど気にしてなどいないらしい。
普通なら気にするだろうが、文字道理、この町は普通ではなかったからだ。
______ああ、やめた。陰気臭い話は性に合わないし。
「ライダー、頼んだ私が言うのをあれだけれど、あなた、いったいどうするつもり?」
隣にいる、使い魔に正直に聞いてみる、頼んだのはいいが、できないというのなら
やっても無駄だ。いまから、二人で作戦を練らねばならないだろう。
なにしろ、相手が相手だ、あれはあいつの事となると一筋縄ではいかない。
「安心してください、リン。貴女ほどではないですが、私に名案があります。
断れないというよりも断れないでしょう」
「そう、あなたがそういうのなら真実なんでしょうね。
そうよね……あなただものね。聞いた私が馬鹿だったわ」
ごめんなさい、と手でひらひら空を仰ぐ。
彼女は生前、女神と呼ばれたこともある身だ。
色恋沙汰はお手の物なのだろうか、根はいい奴だし、そう心配する必要もなかったか。
どうこう言っているうちに交差点に差し掛かる、懐かしいことが脳裏に浮かんだ。
何故だろうか、まだ、頭に残っているうちに誰かに話しておきたいと思った。
「私さ、子供の頃あっちのほうにある公園でよく遊んだのよ。
遠坂の家の子なら、周りの者たちとの関係を築くことも勉強だから、
なんて、いつもは厳しい人が言うからうれしくて。
そりゃ、来れるのは毎日ってわけじゃなかったけど、あの時は
楽しかったわ。」
「以外ですね、リンは昔からこういう性格だと思っていましたから、
子供たちとは考えが合わずに、楽しめないと思っていましたから。」
「失礼ね……まぁ確かに初めのうちは特に楽しいなんて感じなかったわ。」
そうだ、私は毎日あんなにも耐えて勉強してるのに、なんでこいつらは
無邪気に笑っていられるんだって、内心ではそう思っていた。
だけど、それが羨ましいとは思わなかった。
みんな、私のことを慕ってくれていたし、楽しくはないけれど
辛くもないし、でもどうでもいいわけではなかった。
「初めは?……何かあったというのですか?」
ライダーは不思議そうに、懐かしむように聞いてくる。
その仕草には、何か嬉しそうな、可笑しいって感情が垣間見ることができた。
「その公園にね、私とは全く違う考えの奴が来たのよ。
真逆!って思うぐらい正反対なやつでさ、そいつの派閥と私の派閥と、
まさに、公園領土争奪戦が勃発よ。
でも、そいつとは考えが合わなかったけど嫌いってわけじゃなかった。
いつでも、真正面から突っ込んでくるんだから、こっちは手の込んだ
策略で地に伏せさせたわ」
「リンらしいですね。私には公園がどんな場所は良くは分かりませんが、
あなたの話から推測するに、とても豊かで暖かい場所だったのですね。」
ふふ、なんて笑いながら、いまのリンはとても楽しそうでしたよ。
なんて、顔に書いてあるかのようだ。
自分で言っておきながら、なんでこんなこと話したんだって顔が熱くなる。
でもそれだけ、ライダーも変わったということかな。
それだけでも恥ずかしいのに、ライダーはとどめの一撃とばかりに
こんなことを言った。
「リンは鈍感で正直じゃないから私が言いましょうか。
そうですね。あなたは子供ながらその子のことが好きだったんですよ。
そんな、真っ直ぐなのに憧れて、不思議で、どうしようもなく
惹かれてしまったのでしょう。
あなたの口調からでもそれが大切な思い出だったと分かりますから。
だから、私にこんなことを話したのでしょう?」
ああ、もう一発KO負けだ。
ライダーがこんなこと言うなんて思ってもいなかったし、
なんか、私の奥で図星ですよ〜。なんて踊り狂っているものがいる。
そんなこと意識していたわけじゃないし、忘れていたことだけれど、
無性に恥ずかしいと感じる。
「_____ば、ばか。そんな真っ直ぐ言わないでよね。
私だって、そうかな〜なんて思っていたんだから!
ああーもう。やっぱり、こんなこと話すんじゃなかった……」
そうですかー。なんて応えなのか、そうでないのか分からないような
言い方で、笑いながらライダーは言った。
「さぁ、着きましたよリン。ここまで、あなたと二人でこれて私は楽しかったですよ。
ですが、これからはちょっと厳しい戦いになりそうですから。
気を引き締めていきましょう。」
ライダーは、初めは柔らかく、しかし後では固かった。
これから始めることを意味するかのように。
4,じゃあ投影してみなさいよ
玄関から居間に向かう、ライダーもいることだし、特にチャイムを鳴らす必要も無いだろう。
桜と士郎がちょうどお昼でも作っているのだろうか、いや、顔色を見るに二人とも私と同じで
先ほど起きたところらしい。
「よぉ、遠坂。休みの日はいつもこんなに寝ぼけなのか?」
「あら、衛宮くん達こそ、今起きたんじゃないかしら?昨日の夜同じ席にいたのなら
私とおなじ境遇だと思ったのだけれど」
「む。まぁ、そうだから否定はしない。だけど桜は別だぞ。
俺は桜に起こしてもらったんだし、それより遠坂も飯食うのか?」
「ええ、頂くわ。私も朝から何も食べていないし」
すぐに始めたいところだけれど、腹が減っては、戦はできぬ。っていうし。
昼食を済ませてからにしよう、ライダーもそう思っているだろうから。
「サクラ、昨夜はすみません。リンに用事があったものですから。
本当ならば、タイガを鎮めてから向かうべきだったんでしょうが」
「ライダーが謝ること無いです。それよりも私はライダーがあんなにもお酒に強いことに
びっくりしちゃいました。それに、藤村先生もいつのまにか倒れちゃってたみたいだから」
「しかし、皆、酒には弱いのですね。タイガは中々のものでしたが
私にとって、あの程度では嗜みの内にしか入りませんね。
士郎も男性ならば、もう少し強くて然るべきでしょう」
ライダーは考え込むようなポーズを取って、席に着く。
そうだ、昨夜ただ一人、あの超が付く強烈な酒を飲んで平静を保っていられたのは、ライダーらしかった。
私の曖昧な記憶の中に、一人猛然と藤村先生と張り合う姿が浮かんでいたし。
昔の女性はこんな人ばかりなのだろうか。
それに酒に強い女神って……なんでかさっきのイメージが崩壊していく気がした。
そんなことで昼食を終えた私達は食後のお茶を啜っていた。
本当は紅茶がいいんだけれど、今はそんな気分じゃなかった。
「さてと、衛宮くん。ちょっと話があるんだけど。私の部屋まで来てくれない?」
「ん。魔術の鍛錬の成果でも見るのか?爺さんには教えてもらってるけど
それほど、変わっているわけでもないぞ」
それもそうだろう。こいつは2年間のほとんどを寝て過ごしていたし、
違う体での魔術行使もそう、簡単に慣れるものでもないのだろう。
「ええ、ちょーっと用事があって、まぁ趣旨は似たようなものよ
ほら、早く。今すぐ行くんだから」
ライダーに目線を向けてから、士郎と離れにある私の部屋に向かった。
ベッドに座って、目の前に緊張したような面持ちで立っているやつに
なんの情けもかけずに話をきりだした。
「率直に言うわ、衛宮くん。」
「うん、こっちの準備はいいぞ。遠坂が俺を苗字で呼ぶときは何か良くないことが起こる前触れだし。」
「あら、わかってるんなら話は早いわ。そうね、いきなりで悪いけど、明日イギリスに行くことになるわ。」
「そうか、分かった。準備大変そうだな__________って!おい!今なんて言った、遠坂!?
お前、イギリスに行くってどういうことだよ!?まさか協会に俺の事がばれたとか言うんじゃないんだろうな!?」
「そんなことないわよ!!私がどれだけ苦労して、衛宮くんのこと隠し通したと思ってるわけ!?」
「じゃあ、なんでいきなり俺がイギリスに行かなくちゃなら……」
「そ、そんなこと、許しませんからねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
いいかけたところで、居間のほうから怒号が降り注ぐ。
今のは桜の声だろう。ライダー、あんなに余裕だったのにいったいどんな伝え方したんだろうか……。
「キャーーーーーー!!何!?今の誰の声!??」
ドドドドドドドドドド
「さ、桜ちゃん……?うわぁぁーーーーぁん、桜ちゃんが壊れちゃったぁーーーーーーーーーー!!!」
バッターン……ゴン!
間髪入れずに藤村先生のものらしき叫び声と、何かが倒れて角にぶつかった様な音が響いた。
「……と、ともかく、なんでそんなことになるんだよ……?」
「……な、なんでって、チャンスが舞い込んできたからよ。これを見ればわかるわ。」
招待状の入った封筒をベッドから士郎に投げる。
そうだ、藤村先生も昨日の夜の状況からすればこの屋敷にいたはずだ。
ああ、もう。桜があんな声を上げるなんて計算外だった。
「もう、ライダー……」
一方、士郎の方はどうかというと。
あぁーやっぱり固まってる。
「私がそうだったんだし、驚くのも当たり前か」
「遠坂、いくら金が欲しいからといってもだな……」
「何よ。その言い方、私が衛宮くんの体を協会から売って貰うために、使わないとはいえ
家財をどれだけ売り払ったと思っているのかしら?そりゃ、間桐の物も入ってるけれど、
ちょっと足りなかったから、衛宮くんのために手放したのよ?
それに前に少し話をしなかったかしら?遠坂の魔術はすごくお金が掛かる____だからお金はいくらあっても足りないって」
「……いや、確かにそれは俺が悪かった、ごめん遠坂。
だけど5000万£だったとしてもこんな危なそうなことには賛成できないよ。
このルールを見る限り、遠坂は桜とライダーも連れて行く気なんだろう?だったらなおさら、
桜がこんなことを了承するはずが無いじゃないか。
金なら俺が一生を以ってなんとか弁償する。遠坂の宝石の分もあるしそれは前から思ってたことだ」
「そういうわけにも行かないのよ士郎。私があっちで魔術を追い続けているのはわかってるわよね。
____正直に言うと____お金が足りないのよ……」
「お金が足りないって遠坂。お前の家、あんなに金持ちなのにか……?」
これは本当に本当のことだ。
なんといっても遠坂の転換の魔術で使用する宝石には、莫大な資金が必要だからだ。
代々遠坂の家は、知る魔術師こそ知るが、資金繰りに酷く悩まされてきた。
「そうよ!半端な宝石じゃあ、魔弾としての力も半端なのよ!
それに何でか分からないけどエーデルフェルトのお嬢様は私を目の敵にしてるし。
『あら、ミストオサカ、お金にお困りのようですわね』なんて言われて私がどんな思いかわかるっていうの!?
この魔術大会で優勝して、それこそ浮浪犬のようにギャフンと言わせてやるんだから!!
それとも何?ここまで言っても、衛宮くんは参加しないっていうわけ?
そういうのなら、いますぐにお金を投影しなさいよ!もちろん、すぐ消えない奴よ。
投影できたなら後のことは私がやるから、さぁ、さっさと投影しなさいよ」
我ながら迫真の演技だったのではなかろうか。
まぁ演技じゃないところもあるけど、細かいことは気にしないでおこう。
ここまで言って衛宮士郎が首を縦に振らなければ、その首ごと特大のガンドで吹っ飛ばす気満々だ。
うん、本当にやりかねない。
「____わかったよ、遠坂。元は俺が悪いんだし、だけど、桜が……」
「先輩、私なら大賛成ですよ。さぁ早速用意を始めましょう!行くのなら早いほうがいいでしょうし」
なんて、けろっとした顔で桜が入室してきた。
「桜!?本当にいいのか?だって殺し合いだぞ?魔術戦だぞ、時計塔だぞ?英語なんだぞ?
人外だぞ?飛行機乗るんだぞーーーー?!」
なんだか、士郎は混乱しながら、自分でも何を言っているのか分からない、といった語調で
桜に疑問を一方的に投げつけている。
人のことをいいながら私だって口をぽかんと開けて呆然としているのだけれど。
そんな異常なことを言い出す桜の後ろで、声を抑えて口元を歪めるライダーの姿があった。
いったい、どんな言い訳をしたら、桜が自ら参加するなんていいだすのか、
私には全く想像もつかない。
「ちょっと、ライダー。いったいどんな口添えをしたら、こうなるわけ?!」
ライダーの耳元で囁く、と
「何ですかリンまで、私を信用しているのではなかったのですか?
それに私は、ただ一つだけサクラに助言をしただけですよ」
またまた、口元を歪めながら震えた声でライダーは答える。
聞いても尚、この使い魔はその手口を口外したくはないようだった。
私としては、本当に興味があるのだけれど。
interlude 4-1 愛するということ
二人は私とサクラを残して去っていった。
サクラはやはり浮かない顔つきをしている。
「姉さん、先輩がまだ体に慣れて無くて魔力の通りが悪いって知っているのに、
どうして、魔術のことなんて言い出すんだろう。ライダーだってそう思うでしょう?」
マスターは心配そうな趣でお茶とを飲み、少年がお茶請けとして
買っておいた、タイヤキをほおばっている。
私も何度か、食したことがあるので、これの美味しさは分かっているのだけれど、
マスターは、それこそ鬼のような速さでタイヤキを食べている。
やはり、先程は士郎の前だからと遠慮していたのだろう。
変わりにリンがほとんど食べてしまったのだが、それも気に入っていない様子だった。
そして、そのタイヤキもとうとう残り一つになろうとしている。
「あ……ねぇ、ライダーやっぱりこんなに食べてあったら先輩にはしたないって思われかな?」
「大丈夫ですサクラ。私が食べたということにしておけばいい。」
「本当に?ありがとう、ライダー」
「ですがサクラ、その代わりにその最後の一つは私に……先程からサクラが3つ、私は一つしか
食べていませんから、見ていて無性に美味しそうになってしまって……いいですか?」
「あーごめんね。ライダーだってお腹空くものね、どうぞ、でもお願いね」
その栄養はやはり胸にいっているのだろうか、マスターはやはり4つめも自分で食そうとしていたらしい。
さて、そろそろ本題に移らなければならないだろう。けれど、私には絶対の確信がある。
リンは今頃、話し始めたところだろうか。
「サクラ実は少し、話があるのです。ええ、これからどうするかということですので、真剣に聞いて欲しい」
「どうしたの?ライダー。それに姉さんもまだこっちにいるって言うし、しばらくはゆっくり過ごすのが
姉さんの疲れをとるにも、私達にとっても一番いいんじゃないかな」
「いえ、それは叶いません。五日後にリンと士郎とサクラと3人にはイギリスに渡ってもらう予定ですから、
それに、もちろん私も同行します。リンの策を伺う限り、私がいることが優勝の前提でもあるようなので」
「え……?優勝?イギリス?」
サクラはまだ私の言っていることが飲み込めていないらしい、それは尤もなことだけれど、
今はそれを気にする必要がない。そう思ったので、目を白黒させているサクラに、非道ながらも
追い討ちをかけることにした。
「はい。リンが帰ってくる前、リンの洋館の掃除をしたことは覚えていますね。
あのときに、訪問者が来たでしょう。あの時は私が出て、そして、サクラと士郎には
ただのセールスだったので、丁重にお断りしましたよ、と伝えたのですが、あれは真実ではありません。
実は、あのとき来たのはユウビンヤさんで、そしてその郵便物がリン宛の魔術大会?とかいうモノの
招待状でした。だから、昨夜リンを送っていった後にサクラに洋館に泊まるのでお願いします。
と、連絡したのですが、サクラは気付かなかったみたいですね。
そして、今朝。私はリンにコトを伝えて、そして、これに参加することが決まったのです。
後でリンに聞けば分かると思いますが、その競技は3人で戦うものらしく、士郎、そしてサクラも
出場をさせる。と、リンが決めたのです。そして、私もそれに同意しました。
今頃、士郎もリンとこの事について話し合っていることでしょう。
使い魔がマスターの意向を確かめぬまま、了承したことを許していただきたい。
ですが、私はサクラにもこれを了承してもらうつもりです。
要点をまとめた説明でしたがわかっていただけたでしょうか」
一気に畳み掛ける。この後の反応も既に予想が付いている。
恐らくサクラは茫然とした後に大声で私に怒号を浴びせるだろう。しかしこれが適当だ。
ゆっくり説明をしていたら、聞いてすら貰えなくなるだろう。
マスターはそういう人だ。彼のことが絡んでくると簡単には、うんと言わない。
だからこれが最善、これいじょうの方法は思いつかなかった。
その後のことは容易だ、一声あげて落ち着いたサクラを説得し、
そして、最後にただ一つ助言すればいい。
リンには申し訳ないと思うが、サクラに通じる最後の手段だろう。
サクラならば、うんとしかいえないはずだ。
「_______そ、そんなこと……そ、そんなこと、
許しませんからねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
やはりそうだった、耳に両手を当てておいて正解のようだった。
「だって、せっかく先輩が戻ってきてくれて、それで、私と一緒にいてくれて
『桜、もう怖いことなんておきないんだよ』って言ってくれたのに、それなのにどうして?
なんで、どうしてそんなことをしなくちゃいけないの……?」
少女は頑なに反発をした。無理も無い、彼女が見てきた今までの世界は地獄で。
私も彼女の記憶を視た事がある。
この私でさえ視たくなかった、サクラが今までどんなことをされて生きてきたのか。
それだけは盗み視たくなかった。あれは、分かるといって片付けられるモノじゃなかったし。
私にも分かります。と言って励ましたところで逆効果なのは解っていた……。
暗い、暗い部屋の中、ただ蟲と戯れなければならなかった恐怖、ただの一片の希望も見出せずに
幼い躯を父に陵辱される寂しさ、悔しさ、どうして私だけこんな目に逢わなければならないんだろう。
なんで私だけがこの家の娘にならなくちゃいけないの?なんで?何で?ナンデ?
それでも逆らえない、逆らえばまたアソコに放り込まれる、
アソコはいやだ、いやだ、いやだぁ_______暗い、怖い、寒い……そうか、そんなに嫌なら、
_______この世からキエテナクナレバいいんだ。
彼女は毎夜そう思って台所から包丁を持ち出した。誰にも止められなかった。
気付いていなかったワケではないのだろう。知っていた、あいつらは私がこうやって
苦しんでいるのをみて、ただ愉悦そうな顔を闇に潜めていた。
それでもお前は死ねないんだよ、お前は死ぬのが恐いんだ。
だから無駄だ無駄だ、そんなことはやめておけ、痛いだけだぞ。
イタイ、コワイ……シニタクナイ、死にたくない。
そんな言葉は聞こえてこないはずなのに、部屋の片隅にある
掛け時計が、ただ……ただ、そんな言葉を私に発していた。
うるさい、うるさいうるさいウルサイ。
手首に冷たい刃を当てる。
でもそれまで、いくら力を込めようとしたって、
脳がその命令を拒否する。
一人、男が部屋に音を潜めて入ってきた、
この家で唯一、私がどんな目に逢っているのか知らない人。
その人は血相を変えて私を止めに入る。
馬鹿、なんでこんなことするんだよ、って。
本当に私のことを思っている風で私を止めてくれた。
でも、それは私を知らないからだ。
この兄も、私がどんな淫乱女か知ったら、きっとあいつらと同じように私を虐めるんだ。
だから、この人には知って欲しくなかった。知られたらもっと辛くなるから。
あれはいつからだったのでしょう、私が視たとき、既にその兄すら彼女の恐れるべき対象に
なっていたのは……。
彼女はその兄にも体を要求され、辱められて、罵られて、そうやって今まで生きてきた。
しかし、いつからだったのだろうか、
彼女に、唯一つだけ、安らぎを与えてくれる場所ができたのは。
それが、彼だった。この屋敷だった。
サクラはここに居る時だけは、家でただ苦しむ女ではなかった。
あの戦いが始まった時も、私を使役することを拒否して兄にそれを委ねた。
しかし、ひとつだけ私に言った。先輩を守ってあげて。と、それが、
彼女が戦いを兄に任せるときに言った、ただ一つの約束だった。
「落ち着いてください、サクラ」
「落ち着いていられるわけないじゃない」
「サクラ、士郎に聞こえます、どうか落ち着いてください」
自分が嫌になる。今いったことはサクラの弱みにつけこんだことだ。
でも、言わなければならない、そうすることが、サクラの為でもあると、
思ったからだ。リンにはこのことは伝えていない。
私がリンの提案を了承したのには二つワケがあった。
一つは自分の勝手。そして、重きを置くこの二つ目がサクラのためだった。
「サクラ、あなたは解っていない様だから言います。
士郎は決してサクラ一人のものではないのですよ。
確かに、彼はサクラを守ると言った。サクラを離さないといった。
彼のことですから本心なんでしょうが、それに託けて、あなたが
彼を縛っていてはいけないのではないですか?」
「そんな、私、先輩を縛ってなんかいない。
先輩が私の傍にいてくれるってそういったんだから」
「そうです。確かに士郎はそういった。
けれどね、サクラ、人を愛するっていうのはそれだけが全てじゃないんですよ。
その人を本当に愛するのなら、時には羽ばたかせてやる事も必要なんです。
今の士郎はサクラという檻に入れられた美しい鷹。
彼にはもっと可能性がある。それはあなただって解っているのではないですか?」
「________でも、それでも私は先輩に傍にいて欲しい。
我侭だってわかっているけど、先輩を苦しめることになるかもしれないって
分かってるけど……」
「いえ、これからは貴女が決めることです。私が言えることは此処までです。
マスター、私はあなたのコトを信じていますから」
そういって、居間を後にする、暇つぶしにちょっと新都に行って来よう。
逢いたい人がいるし。
後のことはサクラが決めること、けれど私は、
サクラは絶対正しい答えを出してくれると信じている。
この助言こそが私の絶対の自信。サクラを信じるということ。
今のサクラなら、きっと。
しかし、最後に一言いっておこう。ちょっとした足しにはなるかも知れない。
「そうそう、サクラ。あんまり士郎を檻に入れておくと、悪魔が檻から連れ出してしまいますよ。
士郎も満更ではないようでしたし」
この一言が何よりもの助言になったことは言うまでも無いだろう。
5,メドゥーサという英霊
新都に着いた。しかし、此処に来るまでに掛かった時間はそう長いものではない。
彼女の足を持ってすればこの程度の距離など容易い。
「着きましたね。さて、今日は何をしているのでしょう、あの人は」
彼女が行き着いた場所、そこは深山町よりにある小さな新都の交番。
ここへ来るのは2週間ぶりくらいだろうか。
ここへ来るときの彼女は、衛宮士郎と一緒にいるときの間桐桜に似た顔をしていた。
来ることに慣れたこの交番に足を向ける。
「おはようございます」
「おぉーあんたか、いやいやよく来た。来てくれたのはいいが、
今日は、あいつは来てないぞ」
彼女は中年の警察官の言うことに耳を疑った。
「来ていない?彼が交番に出勤していないのですか?」
「あぁ、やっぱりあんたもそう思うか?不思議だろ?
あいつはここに派遣されてきてから今まで一度だって欠勤したことなんて
なかったからな。まぁ、大方風邪でも拗らせたんだろうよ。
なぁに、心配することは無い、事情はいえないらしいが
今まで溜まっていた休暇を取らせてくれって連絡もあったしな
あいつは今まで一年半頑張ってくれてたんだ。
これも褒美と思って黙ってやることにしたんだ。
だが、あんたにも連絡なしとは妙だな。
俺はてっきりあんたとどっかに旅行に行っているもんかと思ってたよ」
はっはっは、と警察官は笑う。
「そうですか、それでは失礼します」
「なんでぇー、もう行っちまうのかい?いくらあいつがいないからってよぉー?
まぁ座って茶でも飲んでいけや。
何も出さずに返したとあっちゃぁ、この俺の名が廃るってもんよぉ」
中年の警察官はまぁまぁ、座れよ。と促してくる。
だけど今日は元々顔を見にちょっとよろうと思っただけだ。
それに彼がいないとあってはそれにもあまり意味が無い。
この中年の警察官は私もいい人だと思うし、気を許しているけれど
今は本当にちょっと寄るつもりで来ただけだった。
「いえ、お心遣いはありがたいのですが、本当に少し顔を出しただけですので
どうぞ、お構いなく」
「そうかい?そんなら引きとめはしねぇさ。
今度はあいつがいるときに来れるといいなぁ。
あんたが来るとあいつはいつも喜ぶしな。
あんたが来たことは巡査が来たら伝えておくから安心しな」
「はい、ありがとうございます。ではそのように。お邪魔いたしました」
そう言って交番を出る。
「______なんだ、こんな簡単に破れる物だったのか、彼の信念は」
彼女は小声で呟く様にそういって、深山町へと体を向けた。
ものの数分、帰った頃には考えを決めたサクラがいて、
そして、リンの部屋へと向かうことになった。
それは今から半年前のことだった。
その日は晴れていて、士郎とサクラと私と二人で新都に遊びに出かけた。
何故二人かって?私は使い魔、数に数えるまでも無い。
少なくともあの時はまだそう思っていた。
二人はファンシーショップに入っていった。
私は外で待つことにした。ちょうど近くに公園があったからだ。
何もわざわざ二人の邪魔をすることも無い。
ベンチに座る。
彼女はただ、考えを廻らせていた。
私は何故この時代に留まったのか、聖杯戦争は終わったのではないのか、
私の願いはなんだったのか……
英霊、メドゥーサ。神霊、メドゥーサ。
どちらが正しいのかはわからない。
三姉妹の末女。海神ポセイドンに愛されることにより
神々の不評をかい、魔物に堕とされてしまった姉妹の一番下の女性。
彼女達は愛されただけ、それだけで何故このような身にならねばならないのか。
そして最後にも、彼女達は神々の身勝手でその生を終えた。
あの時に誓ったこと、それは復讐だったのか、生への執着だったのか……
昼下がりの静かな公園。子供の姿もちらほらとしか見かけない。
それが彼女の世界をより一層深いものへと変えていった。
そんなことを思っているうち、突然の乱暴な声に彼女の世界は見事に崩れ去った。
「おい、ガキ。なにやってんだよ、お前ら。
この俺たちにボールをぶつけておいてすみません、で済むと思ってんのかぁ?ぁあ?!」
「ご…ご、ごめんなさい……」
士郎たちよりもずっと幼い子供達は、士郎ぐらいの男達に囲まれて
なにやら、揉めている様だった。
否、それは間違っている。子供達は男達に一方的にやられていると見たほうが正しい。
これは助けるべきなのだろうか。サクラなら和やかに止めに入るだろう。
士郎なら有無を言わさぬ勢いで飛び込んでいくに違いない。
あぁ、だめだ。私も彼らに毒されてきたのだろうか。
それともかつて女神と呼ばれていた頃の名残か。
止めに入れ、と頭のなかで命令がよぎった。
「やめなさい。子供達が怖がっていますよ。
年上ともあろうものが、何故こんな醜い真似をするのですか。
さぁ、もう大丈夫よ。あなた達ははやく行きなさい、後は私に任せていいわ。」
やってしまった。まぁ後悔はしていない。こいつらの始末なんて容易いものだからだ。
「さて、あなた達も死にたくないのなら、さっさと消えなさい。」
「へへへ。強気な女だな、あいつらを助けたってことは、
俺たちにその贖いをするってことだって、分かってるんだよなぁ?
それに、死にたくないのならだと?
おい、お前。自分が女だって事を分かって俺らにもの言ってんのか?」
「はい、無論、私が外見上は女性だということは承知していますが、
それが何になるというのです?それに贖う?全く、格下の分際でよくそんなことが
言えるものですね。おとなしく引き下がっていれば許そうと思っていたのですが」
「______ハッハハハハハハ!!」
男達はちょっとの間の後に声を揃えて笑い声を上げた。
「おい、聞いたかよ?こいつイカれてるぜ!!
まぁ、顔はいいから申し分ない、おい、連れてくぞ」
「言っても分からないようですね、ええ、手加減はするつもりですが、
一生そのままでも文句は言えませんからお願いします」
彼女はそういって魔眼殺しの眼鏡に手をかけた……
と、そのとき
「こっぉおおら〜〜〜〜!ま〜たお前らか!いったい何度注意したら分かるんだ!
子供達を虐めるなんておまえら本当に警察なめてんのか!?」
警察官らしき男は、この男達に怒声をあげながら走りこんでくる。
その後ろには先ほどの子供達の姿があった。
どうやら私の為にあの警察官を呼んできてくれたようだった。
「や、やばい。またあいつかよ、ホント俺あいつ苦手なんだよな」
男達は一目散に逃げ出した。
そして、それから遅れて警察官は私の元に辿り着いた。
「そこのあなた、怪我はありませんでしたか?あいつらに何かされませんでした!?」
男は心配そうな声色で私にそう聞いてくる。
この人は私がどんなモノなのか知らないからこの態度は納得できる。
この人は、仕事熱心な良い警官なのだと瞬時に判断した。
遅れて、後ろから走ってきた子供達が到着する。
子供達は息を切らせていた、余程必死になってこの人を呼んできてくれたのだろう。
「はい、大丈夫です。ご心配頂き有り難うございます。……ところで、君達」
そう言って彼女は子供達に顔を向け屈んだ。
そして、真剣な趣で子供達を見据え、
「私のところに警官を連れてきたことには感謝します。ありがとう。
でも、今度からは自分達の安全を第一に考えなさい。
それが、助けたも者への礼儀ということもあるのよ。覚えておきなさいね」
そういって彼女は子供達に笑顔を向ける。
「_____うん、分かったよ。おねえちゃん。助けてくれてありがとう。
僕らも大っきくなったら、おねえちゃんみたいに人を助けられる
正義の味方になれるようにがんばるよ」
子供達はそういって、彼女と警察官のもとから走り出した。
「ありがとう、おねえちゃん。
でも、その警察官のにいちゃんも、もう少しは相手にしてあげたほうがいいと思うよー」
そう言われて少しの間固まる。
私は確かに的確にまとめた言葉を言ったものの、後ろに立つ警察官はなお
心配そうな顔でこちらを見つめ、かつ、ちょっと拗ねてそうだった。
きっと、自分は手短に済まされて、子供たちの相手をされた事に対してだろう。
「すみません。子供たちに早く今のことを言いたかったものですから」
「ははは。優しいんですねあなたは。
それよりなによりご協力ありがとうございました。
あいつら、最近この辺の子供たちに突っかかっては悪さをしている連中なんですよ
あなたが、止めに入ってくれなかった子供達がどうなっていたか」
「いえ、私も普段はこんな人のいい事はするほうでもないのですが、
最近はちょっと別でして、人の影響です。どうぞ御気になさらずに。
では、そろそろ連れが戻ってきてしまう頃だと思いますので」
「そうですか、ではまた今度ここらに来たらあそこの交番に
寄ってくださいね。いつでもいると思いますから。
今回のことで何かお礼をしなきゃならないし」
そういって警察官の男は、私が入ってきた入り口とは
反対側の入り口の先にある交番を指差した。
「いいえ、この程度のことでそんなことは。先程もいったように単なる気紛れですから。」
そうだ、そんなことでお礼をされるというのも気が引ける、
それに、そう毎日のようにこちらの町にくることもない。
「そんなこと言わずに、お礼といってもお茶を出すくらいのことしかできませんけどね」
それから、一週間ほどの間があった。
新都に行くこともなかったし、用も無いのに行くわけにも行かないし。
それに、そもそもあの交番に寄る気もなかった。
しかし、またこの前のように私は新都でひとりになる機会があり、
私はまた公園で一人物思いに耽ることにしたのだが。
「あれー、あなたこの間の」
言葉が聞こえるとともに、ベンチの傍らにはこの間の警察官が立っていた。
時は夕暮れ時、そんなときに逢ったこの警察官はこの間とは違い、
ひどく、私よりも年上かのような雰囲気を漂わせていた。
そうして、話をした。
この間のこと、私のこと、この警察官のこと。
彼の家が少し特殊な家柄で、それが嫌で家を出て警察官になったこと。
私になにか特別な印象を持っていたということ。
ほとんどは彼が喋っていて、私が頷いている。というもの。
他にも他愛も無い世間話をしたけれど、その内容はよく覚えていない。
しかし、彼が言った、彼の唯一つの信念だけは心に残っていた。
「僕は、自分を信じてやり始めたことは最後までやり通すんだ」
その一つが、仕事を一度も休まないこととか、警官として地域の住民を
守るということに繋がっているんだ。と彼は語った。
彼は芯の通った男だった。自分の信じる道をゆく。
それは、どこかエミヤ士郎にも通じるものが感じ取れた。
それから私は機会があればその交番に通うことが多くなった。
ただすることは、本当に他愛も無い数分の世間話。
だからお互い、名前の交換もしていない。
ただ数分話して帰る。そんなことの繰り返し。
それに名前の交換など、特に意味をなさなかった。
彼は聞きたかったようだったが、私の様子を察して
わざと聞こうとしなかったのだろう。
私も彼も呼ぶときは、あなたとか君とか、そういう代名詞を使っていた。
けれど私は、彼の上司が彼を呼ぶのを何度か聞いていたから
それだけは知っていた。
彼はこう呼ばれていた。________刀崎巡査_______
6、二人の男の砦
ここにやってきた。
川の流れを逆行し、その神秘を追い続ける、それはここにいる全ての者たちが行っている。
しかし、いくら時を遡ったところにある神秘に辿り着こうとも、
実際に彼らの肉体のあるこの場所では、それは水の流れと同じだった。
神秘に辿り着くことでそれを、変えられたものもいたというが、それは稀なことであり
全ての者達がそうなれるはずもない。
ただ、時を遡る、それは彼らが自分自身を追い求める故であり、
それが彼らの望みを叶える事になるか、それとも絶望を飲み込ませることになるか。
そんなことも解らないまま、ただ時を遡り続ける。
ある男は、自分がおかしいのだと信じて、ただ、自らの意思とは逆を追い求めたが
その先にあったものは、それが真実だったということ。
彼を愛していると言ってくれた女には到底顔向けできない事実だった。
ならば何故女は彼を愛していると言ったのか。
女は馬鹿ではなかった。
彼がやっていることは、周囲から見れば満たされたものであったのに
彼の心は満たされることは無く、常に独りであったと知っていただろう。
それを知った上で女は何の迷いも見せずに愛していると言った。
あれが間違ったことを言った事は知らなかったし、
それが事実なんだろうと思っていた。
昔に尋ねられて、それが専門分野だったからとはいえ、
それを助言したのは私だったのだし、女の言ったことが何故だったのか知りたかった。
彼は最後までそれを追い求めて死んだらしい。
女が愛していると言った男が最後まで追い求めたモノ。
ならそれがなんであったのか、私がその最後を見届けようと誓った。
幸い、あれと似たようなことをすることは、私にとって容易だったし。
男は辿り着くことが出来なかったが、私がそれを継ごうと。
それが、私に遺された、固い、固い最後の砦だった。
人が生きることと、魔術師が追い求めることは、方向は違っても、
結局最後には同じ結末を迎える。
それがどういう結末を迎えるかは、どちらも分からぬまま。
それでも、走り続けようと誓った。
あの赤い外套の騎士の背中を、
本当に自分自身の力で乗り越えてやろうと思ったそのときから、
あの騎士の胸に、無念と悲しみの詰まった塊を落としたときから、
あの男に、自らの想いを偽り無くぶつけたそのときから。
あの赤い外套の騎士の背中は、何も語らなかったけれど、
何故、俺に自分の腕を預けたのか。
あの騎士は顔には出さなかったけれど、
何故、自分が敗れた事を笑顔に変えることができたのか。
あの男は、自分の想いを受けて辿り着くことが出来たのか、
それとも最後までそれができなかったのか。
だから、それを追い求めるために走り続けようと誓った。
あの時はそれがわからなかったけれど、いつかわかる日を迎えようと。
それが、俺に遺された、硬い、硬い最初の砦だった。
あれから二週間がたつ。
桜が早く行こうと促すのを受け入れて、
遠坂が往復でとっておいたチケットには悪かったが。
藤村の爺さんに特別に貰った小遣いで、4人分の片道のチケットを取った。
行き先は時計塔。帰る先はまだ見ぬ場所か、見慣れた場所か。
遠坂は無駄遣いをしたことに憤慨するだろうと思っていたのだが
「別にいいわよ、そんなこと。それよりも早く私への借りを返してよね」
と、複雑そうに言ったことが以外だった。
着いてみると、そこは予想した場所とは全然違っていた。
魔術学校というよりは鍵のかけられた宝物庫。
特別教えるということはなく、ただ鍵をあけてそれを盗み取るための場所。
着いてからいきなり。
「まだ、始まるまでには一ヶ月くらいの猶予があるし。
桜と士郎には、これから戦力となりうるべく、訓練をしてもらうわ」
遠坂が言い放った一言に掻き回されて、俺と桜は休みのない日々を過ごしていた。
ある日には、
「士郎がいきなり魔力量を増やすのには限度があるから、
私と波長を合わせてもらう事になるけれど……」
と、鬼の錯乱かのようなことを恥ずかしそうにいう遠坂を押しのけて。
「っ!……俺はもう桜から供給を受けてるから必要ないぞ」
と、つい口を滑らせてしまい、そんなこと知ってるわよ。
といった顔でニヤニヤとこちらを観察する遠坂がいて、
やってしまった、からかわれていたんだと思う自分がいたり。
その次の日には、
ライダーが現役の使い魔だと知って、
泡を吹いて倒れた魔術師を介抱することがあって、
降霊科の部門長から感謝の言葉を授けられることがあったり。
またある日には、
遠坂に似たお嬢様と会って、
彼女と遠坂が一緒にいるところには行かないことにしよう。
と心に決める自分がいたり。
同じ日、その考えを共有する仲間にも出会った。
どこか抜けている、此処にいることが不相応かのように思われる二人。
遠坂に聞いてみると、彼らの家はもちろん日本では数少ない名門と謳われるものだったが、
彼らはいまだに、その自らのポテンシャルを生かしきれていないらしい。
二人は後田(ごだ)君と高藤(たかとう)君という、この二人とは
仲良くやっていけそうだな、と思っている。
いつの間にか俺の両隣にいた。二人の第一声は同時であり、
「あぁ、あんな遠坂さんも可愛すぎる、君もそう思わないか?」
と、
「あぁ、あんなエーデルフェルト様も美しすぎる、君もそう思わないか?」
という、ハモっているけど微妙に内容の違うものだった。
学校のやつらを思い出したりした。
あいつらは今頃何やってんのかな。
何故、戦地に赴いたはずがこんな生活を送っているかというと、
遠坂が言うには、
「招待状に開催日が書かれていなかったから」
だそうだ。
「けど、それは既に始まっているという風にも取れるんじゃないか?」
と、なんとなく思いついたことを問うと、
「あら、衛宮君は、たまたま勘が冴えるから分かっちゃった?」
なんて、思ってもいない答えを返してきた。
遠坂が言うには既に予選と呼ばれるものが始まっているらしい。
俺たちは戦闘部門のみの出場で、招待出場だから関係がないのだそうだが。
綺麗に後は消されているけれど、この近辺で、微妙に魔力が濃くなっている場所が
いくつかあるのだという。
まず俺たちが参加する戦闘部門、
そして妙に参加者が多く、熱い戦いを繰り広げているらしいユニーク部門。
静かに、しなやかに行われているという芸術部門。
遠坂が知る限りではこの三つ。
その他にもいくつかの部門の予選が行われているという。
「あれ、士郎?もう始まってるって知ってたんじゃなかったわけ?」
なんて、顔を顰めて聞いてくる。
知っていたわけが無い、そりゃぁなんとなくおかしいとは思っていたけれど、
さっきだって冗談ついでに言ってみただけだった。
「ふーん。まぁ私達には関係の無いことだからいいけど。
そうそう、あなたのお友達もでているみたいよ」
と、なんだかまたとんでもないことを言っている。
最初はもの凄く驚いていたのだけれど聞いているうちに納得した。
彼らが出場しているという部門は無論___________ユニーク部門だった。
どんなネタを披露しているのかは知らないが、ちょっと応援している自分がいた。
この様子だと本戦までにはまだまだ時間があるらしい。
それまでに、ライダーと遠坂で俺と桜の力を引き出すのだという。
今やっている訓練は中々に厳しいものだった。
それに増して、気を抜けば石化の魔眼、背後には赤い悪魔。
俺と桜はそうやって魔術の腕を上げていっていた。
無論、俺より桜のほうが、上達がはやいことは言うまでも無いだろう。
一応、遠坂の家の娘なんだし。
しかし、それはどうでもいい。
俺にとって大切な事はこうやって魔術の腕があがっているということ。
それにつれて、心の鍛錬にもなっているということ。
それが俺にとって何よりも嬉しい事だった。
最初の砦を突破するためには、もってこいの修行だったのだから。
7、終わりを告げる鐘の音
あれからどれくらいたったのだろうか、そう長くは無かったと思う。
あいつらも、こんな生活に慣れ始めてきていた。
それは突然終わりを告げた。
日が昇ろうと準備をしていた矢先、
小さかった、けれど十分、大空へとただ無常な音を鳴らす。
その音は怪しげで、何か暗示しているような、そんな音だった。
まだ起床までは時間があったけれど、眠ることは出来なかった。
今までは稀薄だったモノが一斉に咆哮を響かせた。
きっとそれが何かの合図だったんだと思う。
この中ではきっと私ですら一介の魔術師でしかなかった。
それは、大抵は予想道理。
少なくとも七つ……私たちの切り札と同じか、それ以上のモノがそこにはあった。
「______不味いわね。辞退できるのかな、これ」
少女をそうまで言わせた。
圧倒的、そう思っていた切り札、それすらも凌ぐかもしれないモノ。
少女はあの時の事を思い出していた。
あの時は七つ。今感じ取れるのも七つ。
あれを思い出させる七つのモノ。
忘れたかったワケではない。忘れていたワケでもない。
ただ_______不気味だった。
「いるんでしょう?ちょっと相談があるんだけど」
扉越しにいるであろうライダーに声をかける
「失礼します。_______リン、どうやら貴女の予想ははずれてしまったようですね」
「そうね……ライダー。私はただ七つあることしか分からないけど、
あなたはどうなの?……サーヴァントとして」
「いえ、サーヴァントとして現在感じ取れるものはありません。しかし、
力だけで数えるなら私も七つ、その内、六つがともに行動をしているようです」
六つ?これ程のモノが六つも一緒に行動しているというのか、それだけで脅威。
そんなモノが六つも……
「________で、ライダー……」
「そうですね、その内の四つならなんとかできるでしょうが、一つは厄介ですね、
たぶん私でも、苦戦を強いられるでしょう、それと残りの一つと、もう一つですが……」
「分かってるわ、一つは私でも何とかなるかもしれない。
でも、もう一つはね________ていうか何よあれ、
あんなの、この世界からみれば規格外じゃない」
そうだ、それは世界から恐れられて矯正されても、おかしくないほど恐ろしいモノ。
ただ、隠す必要もない。圧倒的なまでのモノ、それは感じるだけで美しいと思った。
突然、一つ増えた。
「_______っ!?……また、増えたっていうの?」
「リン、これはサーヴァントです。私にはそれが強く感じられる。
そうここから遠くはないでしょう、行って見ましょうか?」
サーヴァントだと、確かに今ライダーはそう言った。
「そんなわけ……聖杯は私達が壊したのよ!?何でここにサーヴァントが」
「いいえ、リン。私が言ったのは、前にサーヴァントだったものの
気配を感じるということです。決してサーヴァントという役割ではないはずです。
あの聖杯ではないですが、それに匹敵するモノが降りてくると思っていいでしょう」
匹敵するものが降りてくる。そういったのかライダーは。
そんなこと、それこそあるはずがない。
冬木の街では聖杯を呼び降ろすのにさえ、三つの優秀な魔術師の家系が手を組んで
そうしてやっと呼び出されたものだった。
それに匹敵するものが降りてこようというのか。
だが、何故に。何のためにそれが降りてこようというのか。
「事情は分かったわ。ライダーはすぐに士郎を呼んできてちょうだい。
桜はもう感づいて来てるみたいだし」
と、ライダーが入ってきたドアに眼差しを向ける。
「姉さん!どういうことですかこれ!?言っていたのと違うじゃないですか!
私は、こんな凄い事になるなんて聞いてない。先輩だって、私達だって、
こんなの太刀打ちできないじゃないですか!」
「桜、予想外だったのよ。私だってこんな奴らがノコノコ表舞台に出てくるなんて
思ってもいなかったんだから。ライダー早く士郎を呼んできて!」
ことは一刻を争う、それほどまでに強大なものがこの国に訪れたのだ。
「桜、分かってるわね。自分達とは格が違うものが相手なら
私達は悪魔でも後方支援に徹するのよ。今のあなたの魔力量だけなら
そいつらに匹敵するかもしれないけど。最大出力が桁違いだから。
でも相手が自分より格下の相手ならば容赦なく戦闘不能にしてやりなさい。
そうしなければ、やられるのは私たちなのよ。
たぶん一度参加してしまった以上そう簡単に抜けることはできないはずだから。」
「分かりました……嫌ですけどやります。
それで先輩や姉さんを失うのはもっと辛いことだから」
桜は強くなったな。そう思った。あれから桜に任せて
私がこっちに来ていたのは、ある意味正解だったのかもしれない。
「遠坂!?なんなんだよ。これ。
俺にだって分かるくらい桁違いなのが一人いるじゃないか」
そういって衛宮士郎が部屋に入ってきた。
彼もあの一つには目を覚まさずにはいられなかったらしい。
それもそうだろう。あれはこの世には本来あってはならないモノなのだから。
「そうよ、だからライダーに呼びに行かせたんじゃない。
分かってるんなら桜みたいに、用意してさっさと来なさいよね!」
そう言うしかなかった。動揺している。臆している。私が。
だが同時にそれを見てみたいと思った。
美しいまでに圧倒的なソレを。
「士郎も分かってるはね。前みたいにセイバーの治癒能力があるわけじゃないんだから、
こんな奴らの攻撃、一度でも受けたらゲームオーバーよ。
私たちは後方支援よ。解ってるわよね!?」
「ああ、解ってるって。嫌というほどお前にいいつけられたからな」
桜には無限ともいえる魔力量、士郎には固有結界。
それにライダーだっている。私だってこんなことのために2年間魔弾を用意してたんだ。
その辺のパーティーとは違う。
「解ってるんならいいわ。ライダー、案内して頂戴。
あなたのほうが強く感じ取れてるみたいだし。
私達よりは確実でしょう?
この前と同じ、って言ってたわよね。誰だか知らないけど。
あのときにこれ程までの力を持っていたのはセイバーとバーサーカーしかいなかった。
そのどっちかだと思っていい訳よね?」
「そうですね、誰かはわかりませんが以前の中の一人に間違いはありません。
そうすると、いるのはセイバーかバーサーカーです。
セイバーならきっと私達の力になってくれるでしょう。
バーサーカーだった場合、どうなるかはわかりませんが」
そう言って私達は部屋を後にした。
それと同時にさっきのとは比べ物にならないくらいの壮大な音で
それは始まりを告げた。
ある日 AM 04:44 魔術大会戦闘部門 本戦 開始。
A certain day,
4:44 a.m.
A magic convention,
A battle section,
This game,
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Interlude 7-1 儀式の鍵
「別に、私は君に造ってもらわなくても構わなかったのだがね」
男はそういって不敵な笑みを浮かべた。
「よく言う。
俺が作らなければ、三女である妹を襲うと言い出したのは貴様のほうだろうが」
「いや、何。君がどうしても嫌というならのお話だよ。
強請して作らせたところで、まがい物が出来上がっては困るのでね。
言っただろう?本気になって作らなくとも良いと、
それは裏返しにも取れるのだよ。まぁ、君は解っていた様でなによりだ。
それと、私は最初、君には期待していなかったんだがね。
途中で逃げ出した愚か者などに、
あの者達が自らの秘を授けているわけはないと思っていた」
家では代々生まれたところでその事実を子供に教える。
だが、奴の言っている事は間違いだ。
「それは残念だったな。
だが、お前の言っていることは間違いだ。
家ではそいつに授けるなんて真似はしない、それでは遠回りだからだ。
家では魂にその秘伝を刻む。
だから、教えるなんてことは無意味だ。生まれたときから知っているんだよ」
「ほう、そうだったか、魔術師の真似事のようなことをお前らもやっていた、
というわけか。いや、それなら納得がいく。
お前の造った物はそれに違わぬ力を持っていた。あれだけの儀式用短剣。
お前たちの家系以外では似せることすら適わないだろうよ。
まぁ、おかげで儀式は成された。後は、お前は自由、と言いたい所なんだが、
どうも、物騒でね。予想外のものが引き寄せられてしまったらしい。
それに知られては厄介だ。お前はしばらくここに居てもらうことになる」
男は少し表情を歪めた。この一片の光すら入り込まない暗い檻の前で。
だが、どうしてだろうか、それが笑っているようにも見えてしまっていたのは。
「それは良い。俺は精々此処でお前の失敗を願うさ」
「_____どうせ願うのなら成功を願って欲しいものだな」
「そんなことできるか。
……なぁ一つ聞かせろよ。
お前、なんでこんなことをする。それなりに理由があるんだろう?」
「……お前には知る必要も無いことだ。
_______が、お前が失くした物への賞賛も込めて一つだけ教えてやろう。
……家族愛、というやつさ」
男はそう言った。この冷徹そうな男から家族愛なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
それでは男の理由は自分と同じ。
「不服か?……どうやら私からそんな言葉が出てくるのは予想外、といった様子だな。
なに……私だってお前とそう理由は違わん。
一応はここまで上り詰めた身だ、そこまで悪というわけではないさ。
_______だが私には君に驚かされるばかりだよ。
あの温厚だった君が。あれを造りだしたときから別人のように変わってしまった。
今では自分を表す言葉も変わってしまったというわけか?」
「ふん、俺は人を選ぶんでね。お前のような外道に、本来の人格で向き合う必要も無い」
「私の前だから……というわけか。外道、そう言われるのもあっているのかも知れんな。
実に結構。恨め、恨め。怒れ、怒れ。その気持ちがあれの餌になる……
さて、私はそろそろ失礼させてもらうよ。あまりこんなところに入り浸っていては
怪しまれるだろうからね」
男はそう言って、牢を去っていった。
闇に残されたのは自分ひとり。
そこにある闇が、今までの自分のあり方を否定するようにせせら笑っている。
「最後までやり通す。か……
こんな形でそれをやり抜かねばならないとは思っていなかったな。
……今頃彼女も、僕のことを怒っているのかな……」
本来の自分に戻った男はただ、そう呟いた。
Interlude 7-2 籠の鳥
「どうやら始まったようだ」
大柄の老人はそういって夜の街に響く鐘の音を聞いていた。
老人という表現は当たっている、しかし彼にはそれすら感じさせぬ威圧感があった。
ただ、身なりが大きいからというわけではない、それは人間を超えたからなのか。
それとも一つの奇跡に行き着いたものだからなのか。
「だれだか知らないが、物騒なことを始めたの、
まさかとは思っていたが、条件を揃えてやるだけでこうも簡単に食いついてくるとは
思わなんだ。何、食いついた獲物は逃がしはせんよ」
老人はただ時計台を見つめてそう言った。
今始まったことが、さも予想道理、そんな言葉を残しながら。
「だが、ちとやりすぎたか。自分で呼びかけたとはいえ、アレがこの国にきたとなると、厄介なことになるだろう。何、教会のやつらも利用しておるのだ、そこは目を瞑って貰うことにしよう。彼奴を釣るのには些か苦労した。なんといっても、彼奴は宝に目が無い。
とはいえ、あれ程の物をくれてやるとは、協会もこのことで開きたいと思っているのか。
だが、それすら防がれることになるとは思っていないだろう。
何、全て私の手のひらだということが解っておるのは、宝欲しさに寄って来た、彼奴だけだろうて」
そう、老人は一人呟く。
このことが全て自分の手のひらで踊ることだと、ただ闇に告げる。
「協会も、内部にいるであろう裏切り者の処罰を私に頼んだのが運の尽きだったな。
何、ことを鎮めるのは私ではない。あの子達が全て終わらせてくれるだろう。
いま事を動かしていると思っているのが、奴ならば。
あの子達に幕を降ろさせるのが道理だろう。
奴が今まで静観していたのは、まだあの代行者が生きておったからだ。
あやつがいなくなった今、過去を思えば事を起こすのは、奴しかおらん。
だが、勿体無いの。
あれ程の地位に就きながら、それさえ捨てて、あやつのやってきたことを引き継ぐというのか。
兄が妹を想う心というのは果てしなく虚しいものだ」
そう言いながら、老人は闇に溶ける。
後はあの子達に任せればよい。
そう思いながら、事が終わるまで、別の世界へと旅立っていった。
8、祖国の英雄
風の如く走り抜ける。
強化した脚は途方も無い速さを得て、ライダーの後を追う。
「ライダー、・・なの?私はこの辺で・・・・だけれど」
「もうすぐ、・・・・・・・・・からそれを感じています。
リン、近づいてみて判りま・・・、サーヴァントの一人と一緒にいる人は、
・・・のようですね……それも・・・・はあなたに・・・・でしょう」
俺は三人を追うことに精一杯で本来なら耳を傾けなきゃならない話も頭に入ってこない。
何か大事な話をしているみたいだけど、途切れ途切れにしか聞こえない。
鍛錬をしていたとはいえ、今の衛宮士郎の体では一つのことに集中するのが限界だ。
そして気付いた時には洋館に着いていた。
「衛宮くん、言った事ちゃんと守ってよね」
「はぁ……っぁ…解ってるよ遠坂、それに今は先行したところで役に立てそうに無い」
「大丈夫ですか、先輩。先輩は無理しないで後ろに付いていてください」
そうして扉を開ける、広い洋館の入り口の先、階段を上った先には
忘れられるはずも無い青い男と。
遠坂に似ている、あのお嬢様が立っていた。
「ほぉ、どんな泥棒かと思えば中々の奴等じゃないか。
嬢ちゃん、協力すると言ったからには、俺がアレと全力で戦ってもいいのだろう?」
「そうね、構わないわ、ただ殺すのは控えて頂戴。後味が悪いことに変わりはないでしょうけれど」
「わかったよ、俺の槍を受けて生きていられたらの話だけどな」
そう言って男の手に魔槍が握られる。
瞬間、ライダーが俺たちを庇う様に前に出た。
キィイン
槍と短剣が交叉する。だが俺に見えたのはそれまで、
青い槍兵は退いたかと思えば、その勢いを利用してライダーにさら迅い一撃を入れたようだった。
それを防ぐためか桜が何か魔術を放つ。
それに助けられたライダーは不意の突進をなんとか受け止めた。
人には見えることのない速さで人を超えたものが打ち合う。
「な、なんで……なんでここにランサーがいるのよ」
遠坂が呆然として呟く。桜はライダーの援護で手一杯のようだった。
「あら、ミストオサカ御機嫌よう。
あなたも参加しているとは知ってはいましたが、初戦からあなた方を潰す事に
なるとは思ってもいませんでしたわ。
先程届いたばかりのトーナメント表を見たときは、うれしさで全身の魔力が震えましたわ。
競技場であなたの醜態を晒して差し上げるのが本望ですが、泥棒に入られたとあっては仕方がありませんわね。
泥棒猫の退治をしなくてはなりませんわ。
まぁ、長話は後にしてもらいます」
そう言って、呆然とする遠坂にルヴィアゼリッタ嬢はガンドを撃ち込まんと構えをとる。
瞬間、本気になった遠坂と同じくらいのガンドが放たれた。
「遠坂!!」
疲れきっていた脚だったが、ガンドが遠坂に命中する前に動いてくれた。
遠坂を跳ね飛ばして横に転がる。あのとんでもない大きさのガンドは、
何も無い絨毯に大きな穴を空けるだけで済んでくれた。
「馬鹿やろう!何ぼぉーとしてるんだよ!いいかげんに目を覚ませ遠坂!」
そう遠坂を平手で打つ。
そんなことしたくなかったが、今はそれが最善。
「……っ!?何よ、叩くことないでしょう!?解ったわよ!やれば良いんでしょうやれば!」
我に返った遠坂は、そういってお返しと言わんばかりのガンドを、ルヴィアゼリッタに向かって放った。
その特大のガンドを前にルヴィアゼリッタ嬢は動こうとしない。
と、思いきや。絨毯にめり込んだ筈のガンドが、
息を吹き返したかのように遠坂のガンドに衝突する。
大きな炸裂音。閃光こそなかったもののその力の大きさが表れていた。
「何でよ!?何でガンドがまだ生きてるわけ!?」
「あら、あなた程の方が、これが何に因るものかも解らないというのですか?
まぁ所詮その程度と言った所でしょうか」
そうして、遠坂を挑発しながら第二弾が放たれる。今度は先程の物よりも小さい。
あんな特大のガンドを撃ち続けていたら、すぐに魔力が尽きると解っての事だろう。
だが、どうすればいいのか、俺たちはあれが自由自在に動かせるものだと、さっきの一撃で知っていた。
だが、それを防ぐ術も先程の一撃で解っていた。
「くっ!避けられないなら……相殺するしかないだろう!!」
先の一撃で破れていた絨毯を瞬時に強化して盾の代わりにする。
強化された絨毯はその一撃を見事に防ぎきり、その役目を終えて崩れ落ちた。
「遠坂、ルヴィアの相手一人でできるか?」
そう、無茶だと解って遠坂に聞いた。
「当ったり前じゃない!あんたはさっさと桜の手助けに行きなさいよ!」
「遠坂……勝てよ!」
言いながら走り出した。階段の上では桜とライダーがランサーを相手にしていた。
後ろで遠坂が、叫ぶのが聞こえた。
「もぉぉぉ!あんたって奴は人使いが荒いんだから!」
後で絞られそうだが、今はそんなことを気にしている暇はない。
ランサーに、一撃を見舞えるのはきっと俺の持つ剣だけだから。
「ミストオサカ、私に勝てるとは心外ですわね。見縊って頂いては困りますわ」
「ふん、見縊ってなんかいないわ、ルヴィアゼリッタ。
あなたを舐めているのですわよ。そんな小細工だけで私に勝ったおつもりかしら」
「っく!言わせておけば、あなたって人は!」
ルヴィアゼリッタが再びガンドを放つ。
……視えた!
そう思いながら放たれたガンドに寸分違わぬガンドをぶつける。
だが、あいつが同時に放っていた二段目がその後ろから現れた。
意外だったけれど都合がいい。どうせいまから相殺は無理だし。避けるしかない。
地面を思いっきり蹴って、命中する寸前に体を右に飛ばす。
ガンドはいきなり曲がることができなかったのか。背後にあった壁にめり込む。
だが、さっきと同じならまだ生きているはずだ。
あと少しでまた私を追跡し出すのだろう。
「壁の直前で避けるとは考えましたね。ですがそう何度も続く芸当でもないと思いますが」
その通りだ。そんなことは解ってる。私が確かめたかったのはあいつの指が
ガンドを動かすこときに動いているかどうかということ。
結果は見事に的中。
「悔しいけれど、そのようね……。
ルヴィアゼリッタ、私が空になるのと貴女が空になるの、どちらが早いかしら?」
「あら、私と総力戦をしようっていうのかしら。
無謀にも程があるわミストオサカ。後何度、私のガンドを撃ち漏らさずにいられるかしらね」
そして、壁にめり込んでいたガンドが私を突き刺さんと、飛んでくる。
やっぱり、あの指がいったん術者から離れた魔力を留めさせ、対象を追い続けさせるのだ。
種が解れば後はその指についた指輪を壊すだけ。
だけど、それをしたらランサーがこっちに戻ってくる。
そうなったら、ライダーが追い討ちをかけることが不可能だし、まず私が殺られる。
そんなことはごめんだ。どうにか時間を引き延ばして、さらに彼女の弱点を見つけなければ。
それを片腕で撃ち落して、もう片方でルヴィアにガンドを見舞う。
けれど、あいつはそれをいとも簡単に避けた。
そうだ、態々相殺せずとも避ければいい。私のものはあいつのもののように追跡はしない。
「このぉ!もうヤケよ!どうにでもなりなさいよ!」
間髪いれずに小さなガンドを連射する。だが、それも易々と防がれるだけ。
この戦いが長引けば私が先に尽きるのは明白だった。
しかし、神様は私を見捨てはしなかったみたいだ。
この戦いは元々一チーム三人で戦うものだ。
それなのにさっきから、あっちは彼女とランサーだけ。
後二人、必ず屋敷の何処かに二人が隠れているはずだ
私が連射したガンドは、ただ闇雲に撃っただけじゃない。
彼女の行動パターンを調べるために撃ったものだった。
ルヴィアゼリッタは何故か一箇所だけ、大きな窓の下、束ねられたカーテンの前には、
決して立とうとしなかった。
あそこに誰かがいる。戦いが苦手な誰かが。
「ルヴィアゼリッタ、私の方が不利と判っているなら、
少しぐらい手加減してくれたっていいんじゃなくて?」
「あら、いいですわよ。あなた方がいますぐ、この戦いの負けを認めて、
私の召使いで生涯を過ごすというのでしたら、今すぐにでもやめて差し上げますわ」
「っ!今いったこと、後悔させて差し上げるわ!」
そういって、彼女から放たれたガンドをひたすら撃ち落す。
「まだ、持つだろうけれど……さっさと決着つけなさいよね士郎」
そう呟いて、相殺しきった後、ルヴィアゼリッタの懐に走りこむ。
それと、同時に、彼女は自身の拳を強化した。
まさか私が懐に飛び込んで接近戦を挑んでくるとは思っていなかったのか、
エーデルフェルトのお嬢様は、身を翻して私との距離を離そうとする。
彼女が私から目を離したその一瞬、加減をしたガンドをカーテンに撃つ。
チェックメイト。
後は、適当に時間を引き延ばすだけでいい。
そうして、エーデルフェルトのお嬢様との格闘戦が始まった。
間に合え、間に合え。さっきから感じているランサーの魔力は聖杯戦争のときとは段違いだ。
前回で例えるなば、セイバー、バーサーカー、クラス。
あいつをあそこまで強くしたのはいったい、なんなのか。
早くしなければ、一秒の遅れがライダーと桜の運命を決めるかもしれない。
階段を走りあがりながらその手に干将と莫耶を握る。
少し頭痛がした。慣れたとはいえこれほどの名刀を投影したのだ。
鍛錬を重ねてきたとはいえ、ダメージがないということはない。
ことが、急を要するとはいえ切り札を最初からみせるわけにはいかない。
あれを使うのは本当のチャンスが来たときだけだ。
この剣ならば、後方での援護も可能なはずだ。
あの時アーチャーの腕から流れてきた記憶を辿る。
「ランサーーーー!!」
そう叫びながら奴の注意をライダーから惹く。
同時に両手に携えた剣を投げる。
「!?」 「先輩!?」
ライダーはギリギリのところで耐えていたようだった。
魔眼を開放したライダーでさえてこずっている様子。
そのせいか俺に注意を払うこともできなかったようだ。
「小僧!そんなものでこの俺を倒せると思っているのか?
小賢しいわーーーーーーーーーーー!!」
一旦ライダーから身を離し。
ランサーは手にした槍で迫る双剣を弾き飛ばす。
速い。元々が神速。それにさらに磨きが掛かった彼の速さはどう表現すればいいのか。
そうして、双剣を払った後に再びライダーへと突進する。
そこに桜の魔術が被弾するも、ダメージはなかったようだ。
だが、今の一撃も大魔術に近い一撃。あの時のランサーとは思えない。
なんという対魔力、それはセイバーに迫るのではないか。
「そんな!今の魔術何節だと……」
そんな言葉に目も暮れず、ランサーはライダーへと攻撃を再開する。
その振る舞い、まるでライダーしか戦士と見ていぬかのようだ。
ライダーは短剣の鎖を利用しながら、どうにか槍の一撃を絡みとって防いでいた。
鳴り響く轟音、軋む鎖、ライダーは力では決してランサーに負けていなかった。
だが、あの速さの槍に翻弄され、ジワリジワリと後退していく。
それでもライダーの目を見ることは叶わない。
こちらにその気を向けていないとしても、そこにあるだけでそれは体を重くする。
それを直視してはならない。
「ふん!生前は戦いの女神なんぞに敗れた女風情が、この俺に敵うと思っているのか!?」
そう、叫びながらランサーは距離を離す、
洋館の広い廊下に出たランサーの位置は、ライダーまで間合いにして10m弱。
そうして、あの時と同じ。
その槍には信じられないほどの魔力が吸い寄せられていった。
刻が止まる、そうして今まさに槍は放たれようとしていた。
「我が必中の槍、受けてみろ!!」
ランサーがそれを助走としてライダーに迫らんと走り始めた。
神速を超えた一撃、放てば必ず当たる因果の逆転。
それを防ぐ術はライダーにはない。
だが、その背後。
弾き飛ばされた干将・莫耶が奴の心の臓に再び狙いを定めて翻る。
________貰ったか……!?
「何だと!?」
突如、走り出していたランサーはライダーに背を向けて、
見てすらいなかった背後に迫る双剣を、再びなぎ払う。
普通ならば、絶対に避けえることのできぬ一撃。
それをもこの男は成した。それは彼に掛けられた、女神の加護に因るものだったのか。
だが、その隙をライダーが逃すはずも無い。
彼女はその隙に自らの宝具である騎英の手綱を。
そして、俺も、この時の為に我慢していた、螺旋剣をその手に創り出す。
今日で二度目の投影。普通のものならまだしもこれ程のものを二度も投影した魔術回路は、
焼き切れるかのようにギィギィと泣き声を上げていた。
「先輩!?そんなもの、そんなに何回も投影したら!」
桜の声がするがそんなことは気にしていられない。
桜を守るためにも、これしか俺がこいつに打ち勝つ方法が思い浮かばなかった。
事は一瞬、騎英の手綱の狙いをランサーへと定めるライダー、
そして俺も螺旋剣を携え、その力の矛先を奴に向ける。
そうして、一旦場は静まり返った。
「ちっ!こんな小僧に裏をかかれることになるとはな。だが、しっかりと弁えているようだな」
ランサーが槍を投げようと向けた先には無防備に立つ桜の姿。
奴はその一瞬の内に自らが不利だと判断して、次なる手を打っていた。
「俺がこの槍をそこにいる娘に投げるのと、お前たちの手にする武器が俺を捉えるのと、
いったいどっちが速いかな?」
奴は投げる気なんてさらさらないんだろう。
あいつの性格から考えるに、そんなことはしないはずだ。
奴はこの状況を仕切りなおす為にそれを利用しようというだけ。
「いや、何。お前が手にしているそれも、そこの英霊が持っているものも厄介みてぇだからな。
お前が、それのゆかりのものでなかったとしても、俺に与える損害はでかいはずだ。
どうだ、小僧。そこの娘を助けたいんじゃあねぇのか?」
「お前の言うとおりだ。こちらは武装を解く。だからさっさとゲイ・ボルクを
桜に向けるのをやめるんだな」
「______ちっ!それを出してきたときから検討はついてたが、てめぇ。
どこの野郎だ。何故、俺の正体を知っている」
「それこそ野暮だ。俺はお前に会ったことがある。
無論、お前はそんなことは覚えてもいないだろうがな。
だが、何故だ。俺たちが知っているお前はここまで強くない。
それに_______なによりお前がここにいる理由が判らない」
そうはっきりと口にした。遠回りないい方はこいつの神経を逆撫でするだけだ。
「会ったことがあるだと……?
ハハハッ!そりゃぁいい、つまりお前は俺の全てを知っているというわけか。
いや、確かに。ないとも言い切れんな」
そう豪快に笑いながら、ランサーが帯びていた戦意が薄れ。
桜に向けていた魔槍を降ろす。
「どうやら、下でも俺の嬢ちゃんがお前の相棒に一杯食わされたみてぇだな……
小僧、今回は俺らの負けだ。だが、命までは奪わねぇんだろう?
俺もそこの娘を助けてやったんだ。それぐらいは許されると思うんだがな。
お前がそこの娘が大事なように、俺も下の嬢ちゃんが気に入っていてな。
お前の疑問も答えてやる」
ランサーはそういって、俺にこの場を納める提案をしてきた。
遠坂の奴、本当にルヴィアゼリッタに勝ったのか……?
俺たちとしては初戦が勝ち進めるのは申し分ない。
「いいだろう、俺たちとしては戦いに勝てればそれで申し分ない。
だが、嬢ちゃん達ってなんなんだ?俺は下には遠坂とルヴィアゼリッタ嬢しか
いないと、記憶してたんだが」
「まぁ、戦力になるのは俺と嬢ちゃんだけさ。
後の二人は隠れて見守ってるだけだ。だがそれも憎めない奴らなんでね」
「まぁいいさ、それよりも。お前がここにいる訳を教えてもらえないのか?」
そうだ、不思議だ。聖杯に似たものが降りてくるとライダーは言っていたけど、
それでもこいつがまたここに召喚されているのはおかしい。
どんな確率だ、それ。
「おいおい、お前、俺の真名を知っているんだろう?
だったら言うまでも無いんじゃねぇのか?
俺は知っての通り、クー・フーリン。アイルランドの英雄だ。
まぁ、確かにここはその島じゃあねぇけどよ。
今はこの国には、その一部が含まれているのだろう?
だから、北部のみとはいえ、祖国を守るためにここに召喚されたってわけよ」
そうか、奴はアイルランドの大英雄。祖国が危険に晒されたとあれば
召喚されてもおかしくはないのだろう。
だから、その一部が含まれるこの国では、こんなにも大きな力を持っていたのか。
「ちょっと待て、お前が召喚されたってことは。つまり……」
「そういうことだ、この国で今、危機に晒されるほどの大事が起こってるってこった。
どこのどいつだが知らねぇが、大層なことをやらかそうしているらしいなぁ」
それはおかしい。これは悪魔で協会主催の魔術大会ではないのか。
それが何故この国の危機になるのだろう。
「はぁ、どうやら。大師父がなんかやらかしたみたいね」
そう溜息をつきながら、
遠坂が階段を上がって来た。
その後ろにはルヴィアゼリッタ嬢が、気に入らない様子で階段を上がって来た。
そしてそのサイドには何故か。ぼぉー、と顔を紅く染めた後田くんと高藤くん。
あぁ、彼らがランサーの言っていた憎めない二人というわけか。
それにしても彼らはユニーク部門ではなかったのか。
「そっちの嬢ちゃんは心当たりがあるみてぇだな。
小僧、それにそっちの嬢ちゃん。どうだ、この場の勝ちはくれてやる。
俺の目的はそれを止めることだからな。
_______それでも、俺達と決着をつけるか……?」
ランサーはエーデルフェルトのお嬢様が顔を真っ青にしているのも気にせずに、
俺達に問いかけてきた。
だが、奴の目は本気だ。
うん、と言わなければ誰かは帰れなくなるぞ。
そう、奴の獣のような瞳が告げていた。
「あら、私は別にランサーの言うとおりでいいけれど」
遠坂から返ってきたのはそんな答え。
妥当だろう。
これ以上戦闘を続けても意味が無い。
初戦を突破するという目標は果たしたのだから問題はない。
「先輩や姉さんがそういうのなら私も文句はありませんよ」
「そうですね、サクラ。私も賛成だ。
これ以上ランサーと戦闘を続ければ、無意味に戦力を削がれるだけでしょう」
桜とライダーも納得してくれたようだった。
「そうか、ありがとうよ。じゃあ、さっさと帰りな。
一応ここは、この嬢ちゃんの家だ。
それに、これ以上ここに留まっていれば、その恨み辛みを聞かされることになるぜ?」
ランサーはルヴィアゼリッタ嬢はこっちに任せてさっさと帰れ、と
手をひらひらとしながら、行け、とジェスチャーをしている。
真っ先に逃げ出したのは、何故かライダーで、それに続いて走り出したのは俺、
その後から、一番の標的になりそうな遠坂と桜が一緒に、エーデルフェルトの館から逃げ出した。
9、忠告、眼鏡の意地
エーデルフェルトの洋館から帰ってきて、俺達はすぐに休むことにした。
桜はライダーの援護で精神的に参っていたみたいで。
遠坂は遠坂で、『まだ余力はあるけど、明日の相手を考えると今しっかり寝ておかないと
勝てる気がしないわ』と、言い残してそうそうに自室に戻っていった。
最後に扉を閉める前、遠坂が言い残した次の対戦チームは『代行者』。
不安を感じていたけれど、それは夢の中で考えることにした。
遠坂は余力があると言っていたけれど、俺から見れば空っぽだったからだ。
競技場につくと、なんとも言い難い光景が広がっていた。
周りには大観衆。これだけたくさんの使い手たちがどこに隠れていて、どうやってここに来たのか。
それほどまでに、競技場は人で溢れかえっていた。
現在までの大会進行状況、と書かれた大きな古めかしい掲示板には、
残り17チームと記されていて、トーナメント表どおりにいかず、
イレギュラーによって脱落していったチームが延々と綴られていた。
たったの一夜で48ものチームが脱落したことに、桜は戦慄していた。
その中で一際目立ったのは、何故か決勝戦までシードになっている。
チーム、『遠野家と部外者』。
なんとも微妙なネーミングセンスと相まって、競技場にいる全ての人々の
注目の的であった。
だがその他にも注目を集めていたチームがあった。
________チーム、『遠坂家と下僕』……
「……確かに、あの家は特別な血が流れているのだけれど……」
なんて遠坂はぶつぶつと言っていた。
そうして俺を驚かせたのは戦闘部門よりも一足速く、終わってしまったらしい、
ユニーク部門と芸術部門に連ねられた名前。
ユニーク部門 優勝チーム『ルヴィア様同盟』
芸術部門 優勝者 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト
俺達のチームが注目を集めていた第二の理由がここで解った。
それは既に終わっていた二つの部門の優勝者で構成されたチーム。
それを破ったということのようだ。
嫌、いや、あれは俺達のチームと信じたくない。
なんだ、『下僕』って……それはやはり俺のことを指しているのだろうか。
遠坂にチーム名を任せたのが不味かった。
俺達の二戦目が始まるまで後二時間。
その途中、時代錯誤なメイド服を着た女の子とか、いかにも日本人っぽい割烹着をきた女の子が
あたふたと動き回っていたのはきっと気のせいだろう。
なぜか、ほうきや虫眼鏡やら持っていた気がしたけれど、きっとそれも気のせいだろう。
そうして第二戦は始まろうとしていた。
俺達が競技場の中心に向かう途中。
すれ違った一人の女性を前に俺達は暫くの間、体を失い、心を奪われた。
「あなた達。代行者なんて名前に踊らされて、舐めてかかると痛い目を見るわよ。
その内二人は、その精鋭なんだから」
女性はそう告げて去っていった。
アレが、自分達が恐怖していたモノ。
なんと美しい、そう思ったのは俺だけではないはずだ。
圧倒的な力の差を前にしても、ただそう思うことしか出来なかった。
彼女なら先程の一瞬で俺達を全滅に導くこともできたのだろう。
だけどそれをしなかった。
遠坂と桜はただ黙って進んでいった。
あのとき動くことができたのは、ライダーだけだったのではないだろうか。
そうして、アノ女に魅入られる中、戦いへの扉の前にたった。
「桜、衛宮くん、これから戦る敵の中には六つとんでもないのがいるわ。
一人は私でも運が良ければ倒せるかもしれないけれど、
後の五つは桁違いよ。特にその内の一つはライダーに任せなさい。
アレは私達ではどうしようも出来そうに無いわ。
かといって三人目も私と同程度と考えておいて頂戴」
「士郎、相手が勝ち抜き戦か3on3か、どんな戦闘方法を提案してくるかわかりませんが、
決して、私が指示したモノ以外には仕掛けないで下さい、無論、桜もです。
リンと私に駆け引きは任せて、あなた達は悪魔で生き残ることを考えてください」
遠坂とライダーは本気だ。
真剣に、この状況を告げていた。
「解った。この戦いの方針は遠坂とライダーに任せる。
桜はともかく乱れ撃ちで援護。俺も不味いと思ったら奥の手を使う、それでいいんだな?」
ええ、とそれだけ遠坂は言った。
俺が固有結界を使うのを否定しない時点で、これから戦う相手がどれほどのものなのか
見て取ることが出来た。
時は正午を回った頃だったろうか、扉を開ければ唸り上がる歓声。
あいつらはこれをショーとしか思っていない。
だから、この命のやり取りが、軽く見えてしまうのだろう。
『死ね、死ね、殺せ、コロセ、戦え、キヅツケ』
脳裏に響いてくるのはそんな醜い歓声だけ。
コロセウムを思わせる造りのそこには見渡す限りの観客が詰め寄せていた。
闘技場の中心に立つと、司会者らしき人物が現れた。
「さぁ、やって参りました、魔術大会バトルセクション!!二回戦、第六試合。
この時を待ち望んでいたデンジャーな方々、お待たせしました!
さぁ、まずは対戦チームのご案内!
北の入り口から颯爽と現れたのは、今大会、もう一つの注目チーム、『トオサカ家と下僕』!!
こちらもジャパンの名門魔術師、トオサカ家から参加!
なんと、トオサカ姉妹は、知る人ぞ知る、あの聖杯戦争の生き残りだっていうから仰天だー!
そして仕えるは、その弟子、エミヤ!
知性派、絶世の美女、使い魔、ライダー!!
今大会では彼女の隠れファンクラブができているらしいぞ!
入りたい奴らは試合前に配られたパンフレットを要チェックだ!」
司会者らしき女魔術師はマイクを持った手で堂々と、仕える弟子エミヤ。
と、そう言い捨てた。ライダーは後付説明ありなのに俺は何もなしか。
それに俺だって一応聖杯戦争の生き残りなんですけど……
いや、確かに公開はされてないだろうけど……
「_______まぁ、解らせて見せるさ……」
鬼気迫る歓声の中、一人悲しく呟く。
「あれ、士郎。どうしたのよ怖い顔して」
遠坂はさっきの緊張した面持ちとはまったく違う様子で
こちらを見て腹を抱えて笑っている。
これから、死合うってゆうのにこれはいかがなものか。
「姉さん!いつから先輩の師匠になったんですか!
先輩を教えるくらいだったら私だって出来るんだから!」
桜、それは突っ込むところが違うのではなかろうか……
「続いて、南から入場は。チーム、『代行者』!!
代行者なんて言葉に、なんだ……っと思ってる方々、ご安心あれ!
代行者は代行者でもこっちは格が違う!
なんてったってあの教会の異端狩り!少数精鋭の埋葬機関の奴らが、
二人も参加しているっていうから驚きだ!
少女二人に、子ども一人だからといって舐めたらいけないよ!
第七聖典の後継者!元死徒、
その身のうちに、隠す黒鍵はいったい何本なのか!?
教会、埋葬機関の弓、シエル!
我が協会の天才魔術師、封印指定の捕獲屋!
こちらも片腕になりながら、惜しくも破れたが聖杯戦争の生き残りだ!
協会の代行者!バゼット・フラガ・マクレミッツ!
見かけは天使のような子ども!だがしかし、その実態は死徒!
その四肢は自らが使役する四大魔獣!フォーデーモン・ザ・グレイトビースト!
埋葬機関、第五位!メレム・ソロモン!」
埋葬機関。その中の二人が俺達の目の前にいる。
子どものような奴はメレムといったか、奴の四肢は魔獣であると聞いた。
だから、奴から五つもの巨大なものを察知していたのだ。
だが、それよりも驚いたのはあの片腕の魔術師だ。
司会者の女魔術師は彼女が聖杯戦争の生き残りだといった。
前々回の聖杯戦争の生き残りとも取れるが、恐らくは言峰に討たれたという、
ランサーの元マスターなのだろう。
あいつが生かしたまま見逃したとは驚きだが、それも納得できる。
他の二人が凄すぎるからか目立たないが、
あいつは遠坂レベルの実力者だろう。
それよりも、ちょっと上をいくであろう物が少年の右足。
他の三つに比べれば、どうしようもなく劣っているといえた。
「遠坂……あの子どもの右足は俺に任せてくれ」
「いえ、勝手に仕掛けないで衛宮くん。あのガキ、とんでもないもの。
それに今はまだやる気がないみたいよ。まずは女の方を何とかしなきゃならないわ」
「そうですね、あの少年はまるで動く気が無いようだ。
残りの二人に任せて静観するつもりでしょう。
引きずり出すには、まず彼女達をなんとかしなければならないようですね」
そんなことを話している内に司会者はなにやらサイコロを投げた。
現れた数字は7。
「奇数ということは、戦闘方式は『代行者』チームに委ねられます!!
さぁ、リーダーのメレムさん。戦闘方式を提案してください!!」
「戦い方?そんなことはどうでもいいさ。好きな様にすればいい」
そう、天使のような少年はいいきった。
「……そうですか、それではトオサカさん。いかがしますか?」
「そうね。勝ち抜き戦でいいわ。ただし、一戦交えた後に交代するのは許可するわ」
遠坂はライダーと相談した上で出していた結論を言う。
『ライダーは正規のルールで戦う場合、どうしても桜とセットでなければならないから。
勝ち抜き戦なら、先鋒には魔力量が底なしの桜とライダーを持ってくるのが一番よ』
ということだそうだ。
「解りました!トオサカさんの戦闘方式で決定します!!
それでは、両チーム、先鋒は前に出てください!」
桜とライダーがリングに上がる。
『代行者』チームは先程、シエルと紹介されていた、女がリングに上がる。
「それでは二回戦、第六試合!先鋒戦!始めっっっ!!」
黒い法衣を着たシスターが地を蹴る。
人間とは思えない勢いで空に舞い上がった、その手に携えられているのは三本の黒鍵。
あいつは言峰と同じ剣を使うようだ。
剣はライダーへと投擲された、それを短剣で軽々と弾く。
あの法衣の女が狙っているものはライダーのみ。
それに本来あの剣は物理的な威力よりも概念的なものが勝る。
射止めた獲物に発動する効果もそれの一種なのだろう。
ライダーは一気に距離を詰める。遮蔽物等の全くないこのリングの上ではライダーは普通のままなら不利だ。
あの鎖のついた短剣を活かした戦闘方法は無きに等しいだろう。
だが、それを許さぬとばかりに黒い法衣から黒鍵が投擲される。
黒鍵を弾く音がリングに何度も鳴り響く。あの可憐な体に纏った法衣に、
シエルと呼ばれる女の子はどれだけの剣を隠し持っていたのか。
今までに弾かれた黒鍵はゆうに二十を越えようとしていた。
それを見て、キョトンとしている桜。驚いているから、ということもあるだろうが、
今は魔力を出来るだけライダーに供給することに徹しているようだった。
だが、弾くだけがライダーではない。
ランサーとはいかないものの、その持ち味は速さにある。
それに彼女が魔眼を開放していないことからも余裕が見られる。
いかに相手が教会の殺し屋だとしても分はライダーにあるだろう。
投擲に阻まれながらもジリジリと距離を詰めていく。
そうして、放たれる神速に近い一撃。
だが、それを黒衣の殺し屋がよしとする筈もない。
どうにか、その短剣から逃れようと身を捻る。
しかし、いったん距離を離したライダーの短剣には血糊がこびり付いていた。
「くっ……」
少女が痛みを声にして漏らす。
どうやら完全に避ける事はできずに、左腕に傷を負わせられたらしい。
「シエル、秩序に縛られることがなくなった君では辛いだろうが、
頑張ってくれたまえ、これも一応仕事だからな」
リングの外にいた筈の天使のような少年はいつの間にかいなくなり、
その場には初老の勤勉そうな司祭が残されていた。
「遠坂あいつ、どこいったんだ」
「さぁ、私に聞かないでよね。私だって戦いを見るのに集中してたらいつの間にか、
ああなってるのに気づいたんだから」
はぁ、と片手で気分が悪そうに顔を覆う。
そんなことをしている間に黒い法衣の女の子の手には銀色の銃が握られていた。
「本来なら黒い銃身を用いたいところですが、これで我慢しましょう」
そう言う女の腕には、先程つけられた筈の短剣のキズは消えていた。
「自動治癒ですか、ですがそれにしては回復が早すぎますね。
一個人が掛けることのできる魔術にしては度を通り越しているとお見受けしましたが」
「あれ、あなたそうみえてもちょっとは魔術には詳しいみたいですね」
銃身から放たれる連撃を易々とかわしながら、ライダーは女と言葉を交わす。
「_____それに、貴女の許容量から察するに、普通の傷程度では何度でも治癒されてしまいそうですね。
ならば、死に至る攻撃をその魔術回路を統括する場所に叩き込むまで……」
「そんなに怖いこと言ってたら、せっかくのファンクラブの人が逃げちゃいますよ。
まぁ万年、シエルだからしょうがない。と言われた私とっては都合がいい事に限りがないのですが」
「理解できませんね」
「そうですか、でもいいんです。眼鏡っ子の座は私だけのものなんだから!!」
そう怨念染みた言葉を投げ捨てて、彼女はその腕にごっつい兵器みたいなものを抱えていた。
「おぉーと!シエル選手!なんと第七聖典を持ち出したぁーー!
今はその影もありませんが、皆さんご存知、彼女の切り札の概念武装です!!」
司会者の女魔術師が実況している。
「ちょっと……埋葬機関の七位っていうから、予想はしてたけど、
まさかこんなことにあんな物騒なもの持ち出すなんてあの人正気……?
ライダーにはあれ、厄介だわ、うん……」
あっちゃぁ……という擬音が似合うそぶりで遠坂が身悶えする。
どうやら、ライダーには余程厄介な物なようだ。
それを聞いたライダーは彼女に進めていた脚を止める。
「聖典を持ち出しましたか、何故かは解りませんが相当必死なようですね」
ライダーが女の子を挑発するかのように言い捨てる。
「魔眼殺しの眼鏡だかなんだか知らないけど、いきなり私の土地に侵略してきた
あなたに何が解るって言うのよ!!」
女は重そうな重兵器を抱えながらライダーの元へと疾走する。
ライダーは短剣の鎖でその兵器の自由を奪う。
と思うも束の間、その刃先に触れていた鎖の一部が突然に消えた。
ライダーとともに召喚された武器である短剣の鎖は、
第七聖典と呼ばれるあの重兵器の前に消え去ったのだ。
不味い、これは本当に不味そうだ。
あれと斬り合ったなら、ライダーの短剣は消滅してしまい。
直撃すれば、ライダーでさえも消え去ってしまうのではなかろうか。
それはたまらない、とばかりに逃れるようにライダーが宙へと飛ぶ。
それを追撃するかのように、黒鍵が投擲された。
俺は、何故か、投げられた瞬間に、今までの投擲とは違うのではないか、
と思っていた。
それをしょうがなく、ライダーは短剣で弾く。
_______それはどんな魔術行使だったのか。
黒鍵を弾いたライダーの体はもの凄い衝撃を受けて吹っ飛んだ。_______
しかし、長引くと思っていた戦いはあっけなくライダーの勝利で事なきを得た。
吹っ飛ばされて戻ってくる内に不味いと思っていたらしく。
ライダーは眼鏡を外して魔眼を開放した。
それを見てしまった殺し屋は動けなくなり、ライダーの勝ち。
無論、観客の一部は、救急班の治療をうけているようだ。
10、裏切られた魔術師
司会者に合わせてリングへ上がる。
交代は認めるって私が言ったんだから、別にいいだろう。
目の前には聖杯戦争の元マスター。
私には関係のないことだけれど興味はあった。
目の前にいる黒いスーツを着こなす女性は、感情なんて余分なものは持ち合わせてないのではないか。
……そう思った。
なら、綺礼の奴はどうやってランサーのマスターになったのだろうか。
「トオサカリンといいましたか、これも仕事ですが、
私は手加減ということを知りませんので、覚悟して下さい」
競技場の中心にある石造りの墓標に上がった麗人が、覚悟をしろ、と忠告をする。
「たいした自信ね、途中退場して、今は片腕になってしまった人がよく言うわ」
「余分ですね、私の自信が真実か否か、それは手合わせしてみれば解る事です」
本当は言峰の事を聞き出したかったのだけれど、男装の女性はそれを知るかのように斬って捨てた。
一瞬で放たれる風の魔術。私の溜め込んでいた宝石には劣るものの、それは一介の魔術師では
決して放つことの出来ない一撃。
それは怒号を含む風、『私の自信が真実かわかったでしょう』
女は語らずして名門の魔術師である少女にそれを理解させた。
そうして、少女は対抗して同じ風の魔術を放つ。
拮抗する風壁、その中心では竜巻のような風が、歓声と共に踊り狂っていた。
そうして消えた。それが合図、消え去った風壁に身を隠していた男装の女は、少女へと距離を詰める。
少女は自らの脚を強化して、空に飛ぶ。
少女がいた筈であろう場所に容赦なく打ち込まれるのは、かかと落とし。
それは一瞬で石造りのリングに大きなクレーターを作り上げた。
『これが、貴女の墓標です』
女はそんな顔をしていた。否、顔を見てそう思ったのではない。
戦いの中でそう勝手に感じ取った。
少女も本気にならなければならないと自覚した。
「このぉぉぉっ!!」
墓標の前に立つ女に数百のガンドが撃ち込まれた。
少女はひたすら空中で女に目掛けて病を連射する。
撃ち終えて着地する。
巻き上がる煙の中には無傷の女。
先程と同じような風の風壁を防御に用いたのだろうか。
少女は絶句した。これほどまでの魔術師はそうそういるわけではない。
「なんで……貴女みたいなのが綺礼に破れるのよ!騙まし討ちにでもあったのかしら。
それもおかしいはね、貴女は騙まし討ちなんてさせないだろうし」
そうして煙が消え去っていき、露になった手には幾つかの穴が開いた長剣が握られていた。
少女はそれが何であるか知っている。
離れた場所で放たれる剣戟。それは空を斬る。
だが、あれはあれでいいのだ、あれは斬りあうためのものではない。
そうして会場に響く風の共鳴。
それはさながら、死者を墓標に導く挽歌。
排除対象たる少女に放たれるのは、不可視の衝撃。
解っていたから考えずに左に跳ぶ。
少女がいた後ろにある観客席の前の壁には巨大な穴が開いた。
「これが、なんであるか知っているとは……やはり名門と言うものは侮れませんね。
やはり人の物を真似して用いるのは今回限りにしましょうか。
これはこれで、便利だったのですが」
そんなことをいいながら、女からはまた剣戟が繰り出される。
今度は三回。縦、横、円状。逃れる術がないかのような三連戟。
剣のみでも達人の域に達しているであろう女の一撃が連続で繰り出されたのだ。
これは受けるしかない。
「Defensive Wand eines Winds gebe ich ihn frei!!」
(解放,風の防壁)
そう判断した少女はトパーズに溜め込んでいた風呪を開放してそれを防御に用いた。
紛れもなく女は戦闘のプロだった、協会の封印指定捕獲のための実践向きの魔術師。
防壁に用いた宝石はその一度で崩れ落ちた。
目の前には爆風。視界は全く無いといってもいいだろう。
それでも少女は次の手を考える。
視界が戻った瞬間に、男装の女の一撃が来ると解っていたからだ。
風の一撃だろうか。それとも物理攻撃だろうか。
どちらにせよこっちだって何時までも防御に回っていられない。
「こうなればダメもとよ!ルビーに込められた炎呪を解放して黒焦げにしてやるんだから!」
遠坂の血は肝心なときに大ポカをやらかす、これは本当に遺伝的な呪いだろう。
彼女は先程見せられたのが風にも関わらず、炎を繰り出そうというのだ。
それは一種の賭け、彼女もその身を危険に晒すと言うことだ。
炎が風よりも増すならばさらに勢いをまして男装の女に襲い掛かるだろう。
だが、風が炎を凌げば、風と共に自らの獄炎に焼かれることになる。
女が繰り出すのは風か、己の拳か。
少女はそんなことは考えずにルビーに込められた炎呪を解放する。
「Flamme der Hölle, die ich es freilasse.」
(解放、地獄の炎)
少女は女の攻撃を待たずしてルビーからその一撃を解放しようとする。
爆風によって起された、視界をさえぎっていた風が止む。
その先には男装の女が放った一撃。
それは風でも物理攻撃でさえない。
男装の女が放った一撃。
――――――それもまた炎。
男装の女が放った一撃、それが揺らぐことのない忠誠を女に誓った、
炎の化身だったならば。
少女が放ったものは、地獄の業火を纏った古代の怪物か。
これなら、少女が勝つだろう。
観客の誰もが、それを見守る衛宮士郎でさえそう思ったであろう。
…………だがそれは間違いだった。
男装の女は戦闘中に一度も緩ませなかった口を僅かに歪める。
瞬間、炎の化身の背後には巨大な風が衝突した。
女が手に握るものは先程の長剣。
それによる、女の達人染みた剣戟を自らの、炎の化身にぶつけた。
風は炎の化身を覆う。
そして、それが再び姿を見せたとき、
――――――それは神々しく怒り喚く不死鳥。
少女の古代の怪物と女の不死鳥。
その二つが、
――――――今、衝突した。
熱という熱。競技場の温度は瞬く間に上昇していく。
25、30、40、50.
無論、そんなに半端なものではない。
予想以上の技の報酬に唖然としていた協会のお偉い方がついに、あたふたと重い腰を上げる。
競技場の石造りの墓標は、一時的に彼らの手によって、別空間へと固定された。
そうして、競技場にいた観衆毎、爆発に巻き込まれることはなくなった。
観衆は息を呑む。
今この中でいったい、どんな地獄が蠢いているのか。
静けさ、静けさ。
蟲一匹の吐息さえ聞こえることがない。
皆が息を呑んで静まり返る。
「遠坂っ―――――――――!!」
少年は叫ぶ。だが助けられるはずもない。
あの場所は今別の空間にある。
外にいる少年に出来ることは何一つない。
それでも少年はリングへ上がろうと走り出す。
それを必死に使い魔が抑える。
「――――――士郎、リンを信じなさい!
彼女がこんなことでいなくなるわけがない。
私達の知っている、トオサカリンはこんなことでは決して死なない。
信じなさい、士郎。信じるしかないんです!
今、あなたがあそこに上がっても出来ることは何もない。
例え彼女が敗れていようと、死ぬことはない……
それが――――――トオサカリンという女性でしょう……!?」
使い魔は必死になって少年を止める。
隣の、妹である少女は固く、固くリングを見つめる。
『きっと、姉さんは帰ってくる。きっと……!!』
いつもは、そんなではない少女の妹を目にして、少年も心を決める。
「遠坂――――――遠坂、……遠坂ぁー!戻ってこいよーーー!!」
少年は一言、静寂の狂気の中、ただそう叫んだ。
自らの心が燃え尽きてでも少女に帰ってきて欲しい。
その願いを込めて。
少年の叫び声が木魂する静寂に包まれた競技場。
ただ、黙り込む観衆。
第二回戦にしてこれ程までの死合をだれが予想しただろうか。
いや、だれもが予想などしていなかった。
観衆は自らの欲望を満たすためだけに、愉しむ気持ちを満たすためだけにここに訪れていた。
だが、見せ付けられたのは本当の殺し合い。
天使のような少年や、黒衣の女とは違う。
あの二人は決して、本気ではなかった。
だが、あの男装の女は違った。基より、手加減を知らぬ性格。
彼らには殺すなと言われていたけれど、女には加減をする気など、
全くなかった。
そもそも加減をしたらこちらが致命傷を負う。
女は判っていた。そして、あの少女が自分の腕をもぎ取った男の、
兄妹弟子だということも知っていた。
男が夢見た幻想。それを打ち破ったという少女達。
女には男の考えなんて解らなかった。
だから、あの時に頼りにされたのが嬉しかった。
でも結果は片腕を失っただけ。
最後まで男の考えは判らなかったし、最後まで男が女に素顔を見せることもなかった。
――――――だから、それを打ち破ったと言う少女と本気で向き合うことで、
何かが掴めるのではないかと思っていた。
別空間へと隔離していた魔術が解ける。
今だ靄に包まれたリング。
少年も、少女の妹も、そして使い魔も。
欲望を満たすために訪れたいた筈の観客でさえ静寂の中、ただリングを見つめる。
石造りのリングの靄がだんだんと薄れていく、それはどちらの墓標になったのか。
そこに立つ者は古代の怪物を放った少女か、それとも不死鳥を放った男装の女か。
そうして、靄が晴れて、明らかになった石造りのリングがあった場所には
――――――男装の女を担いだ、一人の少女が立っていた。
湧き上がる歓声。
あの少女は、絶対に不利だった。
勝てるはずがない。誰もがそう思っていたのにまさかの大逆転。
さらに少女は敗者となったらしい、男装の女の命すら守りきってあの地獄から帰ってきたのだ。
少年は少女の元へと誰よりも早く駆け寄る。
「――――――おかえり、遠坂」
「ただいま――――――士郎。余裕とまでにいかなかったわ。
私だけ生き残って、この人が死ぬなんてのも気分悪いし。
両方助けることにしたから……もう、……空っ………ぽ…」
少女はそう無邪気な笑顔で少年に言って倒れる。
少女の妹は涙を流していた。
姉さん、良かった……。等と口々に言っては泣いている。
そして少年は、地獄から生還した二人の女性を抱えて、リングから降りていった。
11、The industrious left arm
「先輩、次もわたしとライダーがでてもいいですよね?
―――先輩じゃあ、あの司祭の方には太刀打ちできそうにないですから……」
「士郎、リンが傷を負っていて、自らの手で勝利を勝ち取りたいという気持ちは判りますが、
リンが暫くの間戦えない状態の今、あなたまで失ってしまっては勝ち残れません」
「そうですよ、先輩。ライダーの言うとおりです。
姉さんは、しばらく休めば大丈夫だって、協会の人が言っていたし。
それに……先輩が先にやられたりしたら、わたし、もう戦えなくなっちゃいますから」
桜だって心配なんだ。それでも俺のことを気遣ってくれている。
それに、二人の言っていることは正しい。
俺がいくらこの身を削ったところで、あの男には一撃も与えることは出来ない。
「解ってる。けど、遠坂のようにはなるなよ。
それだけが条件だ。
もし、そうなりそうなら、リング外からだろうが構わず俺はあの男に仕掛けるからな。
「先輩……大丈夫ですよ。
私とライダーに敵なんていませんから」
桜は笑顔でそう言う。きっと俺を安心させるためだけに作ってくれた最高の笑顔。
目の前のリングに上がる司祭が人で無いモノと知って―――
「チーム『トオサカ家と下僕』は次の戦いを行う選手をリングに上げてください」
司会者による警告によって桜とライダーはそれに促されるようにリングへ上らんとする。
「あれ、ライダー。そんなに太っていたっけ?」
「……士郎……戦いに赴かんとするものに与える言葉がそれですか……?」
ライダーは怒っている。
眼鏡に手を掛けようとする勢いだ。
「でも、本当のことだ。そう見えるんだからしょうがない。
ん……桜もライダーと一緒に食べすぎたのか?」
「そうですか。
あれを始末しようと決断していたのですが。
あなたがそう言うのなら仕方がない。まずは、あなたをどうにかしなくてはならないようだ。
そうですよね。サクラ。」
「ライダーの言うとおりです。
あの司祭さんとの決着をつけるのは重要ですけど、今のは聞き捨てなりませんね。
先輩……今のどうゆうことですか?」
あー怒ってる。間違いなく怒ってる。
ピンチだ、ピンチだ。
死ぬ前に、後田くんと高藤くんの作ってくれた、
ひまわりラーメンをもう一度食べておきたかった。
二人ともそういいながら俺に振り向く。
「士郎!?」「先輩!?」
二人ともなんか怖そうな顔でこちらを見る。
「強制転移……!?そんな。油断していた」
ライダーがなにか良くわからないことを言っているがそれまで。
瞬間、世界が歪む。
そうして視界は蜃気楼に包まれた。
二次元、三次元、あらゆる次元を経由して、
さっきいたはずの場所とは少し違うところに放り出された。
「手荒な真似で申し訳ない、我が主の無礼を許せ少年」
目の前にはいつのまにか男の子と移り変わっていた司祭。
俺はいつの間にかリングに上がっていた。
「なんとメレム選手らしき司祭。強制転移でエミヤ選手をリングに引きずり出したー!!
一度リングに上がったからには試合が終わるまで選手の交代は認められません!
それにしても、一定の人物だけを転移させるとはなんという魔術でしょう!!
トオサカの弟子エミヤに待つものは、もはや決まってしまったのか!」
「先輩!そんなのに勝てるわけ!」
桜が何か言っている。それをライダーが制する。
「少年よ、我が主から伝言だ。
『君の力は知っているよ、ちょっと話をしたいんでね。
誰にも聞かれたくないんだよ。
僕のほうでやっても構わないんだけど、真実かどうかちょっとやって見せてよ』 だそうだ。
私は負けろと命令されている。主の言うとおりにするならば君の命の無事は約束しよう」
初老の司祭は、一瞬の内に俺の真横にいて、そう囁いた。
人ではない。ライダー程ではないが人ではありえない速さ。
この司祭に、主と呼ばれるあの少年は何者なのか。
司会者は死徒だと言っていたがそれがなんなのかはまだ知らない。
遠坂には今朝、代行者と共に埋葬機関の存在を教えられただけで、この単語には聞き覚えがない。
死徒とはいったいなにか解らないが、こんな司祭を従える辺り、
人ではないとここにきて実感した。
「何やら話をしているのか!?メレム選手らしき男はエミヤに話しかけている!!」
司会者の実況が響く。
観客達は静まり返っている。
圧倒的な力の差に、また地獄が見られると思ったのか、見せられると思ったのか。
「―――見せてやる、俺の世界を―――」
そうするしかない。この司祭は俺が了承しなければ俺の身体を丸呑みにしかねない。
それぐらいの力を持っている。
「―――I am the bone of my sword.」
呪文を紡ぐ。
「おぉーと!エミヤ、何か呪文を唱えだした!
しかも弟子には分不相応とも思われる長さの呪文です!
司祭はそれを静観するのみ、いったいどうなっているのかぁー!」
司会者が俺の紡ぐ十節をゆうに超える魔術と司祭の態度に対して疑問の声を会場に響かせる。
「―――My whole life was "unlimited blade works"」
周囲のどよめきの中、真名を口にする。
瞬間、世界が壊れて、炎に包まれた場所で、何もかもが再生した。
「……ほう、驚きだな。主が言ってはいたが、
まさか君のような少年が、魔術の一端を完成させてしまったとは」
司祭は特に驚いている様子はない。
俺がこれを扱えることを知っていた。
あいつの腕から流れてきた知識が魂に刻まれていたから、
俺はこの魔術をあれからたったの二年足らずで成すに至った。
だが、消費されるエネルギーは俺から賄われる物ではない。
これは桜から無限に供給されるエネルギーを用いて創った世界。
「いいだろう、約束は守ろう。
君もそう長くこの世界を形成していられるわけでもあるまい。
肝心な話を始めるとしようか」
「―――お前は人間ではないのだろう?さっきの少年とも違う。
それなら、答えは一つ。司会者が言っていた、魔獣なのか……?」
「うむ。事情の飲み込みが早くて結構だ。
私は主の左腕だ、君達が言うところの魔獣に相違ない」
「解った。お前の主は何だって俺に話があるっていうんだ?」
あの圧倒的な力を持っていた少年が俺に話を持ちかけることになんら利益がない。
ならば、何故こんな真似をするのか。
先程の黒衣の女もそうだったが、あの少年にも、自らをその左腕だ。
と称するこの司祭にも、全く本気で戦う気がない。
黒衣の女は桜を決して狙わなかった。
それと同じようにこの魔物は、俺の隣にいながら攻撃を加えようとしない。
少年に至っては既に会場にいないらしい。
「何、私達は少し頼まれごとをしていてね。
依頼者の意向では君達の手助けをしろと言われている。
主もその報酬には目が無くてな、困ったお方だ。
それに偽者とはいえこれ程の宝物。主が君を気に入るのにも納得がいく……」
司祭は戦う気がない。
『手助けをしに来たのだ』と、冷静な顔で俺に伝える。
「依頼者の名は語れないが。
先程バゼット君と試合をした、あの少女に言えば全て解ってくれるだろう。
―――我らは君達の手助けをするのみ。
バゼット君は、人数合わせを探していたところに是非、と加わってきたのだ。
彼女は手加減などせずに、全力で向かったようだったが……。
君達が彼女に敗れるような器だったならばこれから生きてはゆけまい」
「……依頼者のことは俺もなんとなく察しがつく。
だが、お前が知っているのなら話してもらおう。
今、この国で何が起ころうとしている……?
ある男はこの国がとんでもない事態によって、危機に晒されていると言っていた。
それは何だって言うんだ?」
「根源への儀式だ」
即答する。この男は今言ったことの重大さを理解して言っているのか。
根源へ到達することは魔術協会に課せられた使命。
そういっても過言ではない。
「ちょっと待て、魔術協会がそれをやろうとしているというのか?」
「いや、それには少しばかり語弊がある。
協会自身はやってはいない、薄汚い奴らは自らの手を汚すことはしない。
彼らはそうなるように仕向けただけだ。
今回の首謀者は彼らだが、彼らが動いているわけではない。
彼らにとっては、裏切り者の処刑を兼ねた都合のいい儀式。
自らの手は汚さずに、門を開く。
君達に発生した根源の渦を消滅させられたことが、彼らを突き動かした一つの原因だろうな。
―――そして今、断頭台に立つものはある一人の男」
以前、冬木の街で聖杯戦争によって、その門は開かれた。
だが、それは俺や遠坂、
そして今はもういない白い少女の手によって閉じられてしまったのだ。
それには協会は憤慨していた。
現れた魔法使いの言葉によって一時的には事を収めたというが、
彼らはそれに不満だったのだろうか。
「一人の男……?一体誰がそんな馬鹿げた事をやろうっていうんだ」
根源に到達することは簡単に出来ることではない。
力任せにやるとしたら、莫大な魔力がいる。
それに、例えその魔力が得られたところで、開くものが根源かも判らない。
失敗して出てくるものには予想すら出来ない。
それをやろうという男はいったい誰なのか……。
「それは依頼者の意向で教えられぬことになっていてな。
……とにかく、我らの役目はそれを阻止することだ。
こちらは表立って動くことは適わない。行動するのは君達だ。
無論、出来る限りの助力はさせてもらうつもりだがね。
―――さて、そろそろこの心象世界が崩れだしてきたようだな。
君の力には驚かされだが、所詮は人間。
維持できるのは数分といったところか」
そうして俺の世界が崩れた。
「おーぉっと!エミヤ選手、メレム選手らしき司祭が現れた!
いったい何処に行っていたと言うのか。
さすがはトオサカの弟子と言うところかエミヤ!
ここに生き残って帰ってきた!
しかし会場から姿を消した魔術はどちらが放ったものでいったいどんな魔術だったのか!?」
「司会者の方。
私はちょっと急用が出来てしまってね。この試合は棄権させて頂くよ」
「え……?あ、はい、判りました。
―――メレム選手なんと棄権です!
いったい、エミヤはどんな言い回しでこの男を突き動かしたのか!」
司会者は言いたい放題言っているがそんなことは放って置こう。
今は頭の中を整理するので精一杯だ。
あの司祭が言ったこと。
それは今回の魔術大会に繋がって来る事なのではないのか。
「作者の駄文 そのx」
すいません。途中でめんどうになってまとめてしまいました。
最初からこうすればよかったと後悔してます。
編集機能、早く実装しないだろうか。
ところで第10話、第11話いかがだったでしょう。
メレムと士郎の戦闘を期待していた方すいません。
元々、メレムは真相を照らしていく提灯役だったもので。
そろそろ話の七割くらい消化しました。
後残されてるのは、遠野家と部外者、真相、決着、そして最後の締めです。
遠野家戦と最後の締めが今だ構想段階で躓いています。
更新がさらに遅くなりそうな……。
PS 管理者様へ
一括で再投稿したのが不味ければ、どうぞ消去してやってください。