夜の一族


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1: ぐまー (2004/03/12 17:18:45)




「小僧、さっきも言ったが貴様の墓場はここだ。」

「悪いな爺さん。 俺はここで立ち止まるわけには行かない。 だからアンタを倒して先に進む。」

「ふん、人間風情が図に乗るな!」

目の前の爺さんは手に持っていた扇を振り上げて風を起した。
だが何の問題もない。
眼鏡をかけていない為世界中に死が溢れている。
たった今狗鳥が起した風にも線も点も視える。
七ツ夜を風の点に突き立てて疾走した。
それはさながら風の如く。
よほどの者でなければ残像さえ捕らえられないだろう。
姿勢を出来るだけ低くして一気に駆け寄る。
狗鳥は当然のように扇を振り下ろしてくる。
だが問題無い。
こんどは風ではなくカマイタチが発生したが全く問題無い。
なぜならカマイタチにも線も点も視えているからだ。
体を反らさずに七ツ夜でカマイタチに走る線をなぞった。



“直死の魔眼”



それは例外なく全てのものを“殺す”ことのできる魔性の瞳。
故に数多の魔術師がこれに挑み敗れ去った。
実現できるのならそれは「   」にたどり着くということ。
それは既に魔法の領域。
人が時間と資金を幾ら費やしても辿りつけない“奇跡”。
その魔眼がこの程度の“風の塊”を殺せないはずがない。
カマイタチに見える線をなぞる。
それで終わり、カマイタチは文字通り殺された。
だが本来物の“死”を見るということはソレを理解しなければならない。
人は人であって鉱物や植物ではない。
そのためそれらの線や点を見ようとすると脳に負担がかかり頭痛が起こる。
むしろこれだけの奇跡を成し遂げたのだから代償がその程度といえるなら幸運とさえいえる。

「莫迦な、有り得ん。」

一歩で懐まで踏み込んで右手を薙ぎ払うようにして体に視える線を引いた。
それで終わるはずだったが体を反らして線を外された。
だが一度かわされたぐらいで見送るほど七夜は甘くはない。
七ツ夜を左手に持ち替えてもう一度体に視える線を狙った。

ザシュ

また体を反らして交わされたが七ツ夜は狗鳥の体を抉っていた。

「ぐっ、・・・はぁ、・・・はぁ。 おのれぇ、貴様。 殺す。 貴様は殺す。 貴様は殺すなと言われているが関係ない。 今この場で殺す。」

狗鳥の周りに風が集まっていく。
だがその風は唐突に止んだ。

「何? 貴様、何をした!」

狗鳥は血走った目でこちらを見据えている。
そこで初めて気付いた。
何か青白く光意図のような物が視える。
それも一本や二本ではない。
まるで寂れた館の蜘蛛の巣のように辺り一面無数に張り巡らされている。

「おのれぇぇぇぇぇ。」

狗鳥がこっちに突っ込んでこようとしてその糸に触れて体中から血を流して止まった。

「ぐぉぉぉぉぉぉ。 き、貴様ぁぁぁぁぁ。」

狗鳥には視えていないらしい。
どうやらこの糸に触れたら切れるらしい。
狗鳥は気が狂って見えない相手を戦っているように何も無い所に攻撃している。
今は目の前の敵よりもこの糸の方が問題だ。
これだけ張り巡らされては思うように動けない。
糸の先を眼で辿っていくと不思議なことに糸が幾重にも折り重なって繭のような物に行き着いた。
その青白い糸で編み上げられた繭なのだろう、アレに触れれば体は一瞬でバラバラだろう。
その繭を観察する。
繭が青白く光っている為か線も点も見えない。
だが繭の中に薄っすらと青白いフィルターをかけたようにぼんやりとしているが線と点が視える。
中に繭とは別の物があるのだろう。
それの線と点が繭を通して見えているのだろう。
これは異常だ。
そもそもこの糸がなんなのか判らない。
今は狗鳥よりもあの繭の方が先決だ。
試しに目の前の糸を七ツ夜で切ってみる。

プツン

問題なく切れた。
だが一本や二本切った所で辺りに張り巡らされた糸に比べれば何の問題解決にもならない。
そうしている間にもその糸は増えていく。

「くそっ、これじゃあまともに動けない。」

そもそもこれは一体誰が作り出したのか。
敵の能力かそれともこちらの誰かの能力か。
それさえも判らない。
ここはひとまず合流した方がいいだろう。
幸い狗鳥はこの糸のせいで身動きが取れていない。
糸の少ないところを見つけてそこを移動する。

「貴様! 逃げる気か。」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう。 こんな状態で勝負になるわけないだろ。」

「くっ、致し方ない、この場は引こう。 だが次ぎ会った時が貴様の最後だ。」

そういい残して狗鳥は立ち去った。





糸は際限なく刻一刻と増えている。
相変わらずあの繭から糸は流れるように増え続けているがアレに近づくのはさすがに無謀だ。
さっき別れた地点に近づいた時、木にもたれ掛る八雲を見つけた。

「おい、八雲。 大丈夫か?」

みれば腹部にかなり酷い傷がある。
服が血で真っ赤に染まるほど出血している辺り早めに止血しないと危ないだろう。

「八雲、しっかしりろ。」

「うっ、・・・・・・うぅ、・・・・・・もう少し・・・・・・休ませろよ。」

「馬鹿なこと言うな、そんな傷で眠ったら起きられないぞ。」

「だろうな。」

「解ってるなら寝るなよ。」

「ふぅ、それよりも片付いたのか?」

「いや、周りの様子がおかしいから途中でお互い諦めた。」

「周りの様子?」

言って八雲が初めて視線を上げた。

「なんだこりゃ、なんでこんなことに。」

「わからない。 ただいつの間にか辺りに青白い糸が張り巡らされてたんだ。」

「・・・・・・志貴。 こいつはまずいぜ。」

「なにがだ?」

「コイツはな、雪之の能力なのさ。 しかもここまで大量に糸を発生させるたのは過去にもたった一度だけだ。」

「どういうことだ。」

「本来雪之の能力は能に負担が掛かるから余程のことが無けりゃ使わねぇ。 それがここまで能力を酷使するってのはどういうことだと思う?」

「そこまでしなきゃならない状態だって事だろ。」

「ああ、過去に一度だけ雪之は魔に殺されそうになったことがある。 まだ雪之が未熟だったころ他の七頭目は別の相手をしていて雪之の援護に入れなくてな、そのとき目覚めちまったのさ。 あいつはな、自分の身に危険が迫るとあの糸で繭を作って外的を排除するのさ。」

「それじゃああの繭の中には雪之がいるんだな。」

「ああ。 しかも雪之の相手は手に負えない相手みたいだ。 けどどうするんだ、あの繭は近づく物なら容赦なく切り刻むぜ?」

「前回はどうしたんだ。」

「収まるのを待ったのさ。」

「・・・・・・・・・ここにいてくれ、すぐ戻る。」

「言われなくても動けねぇから行けねぇよ。」

自分でも無謀だと解っているけど糸を断ち切りながら繭に向かって進んでいく。
繭に近づくに連れて糸の量は増えていく。
切っても切っても際限なく糸は増え続ける。
このままじゃ埒が明かない。
おそらく中心部である繭はこの比ではないだろう。
ダメだ。
これ以上進めない。
糸を断ち切る速度は正に神速。
残像さえ残らない速度だ。
だが糸の増える速さはそれさえも凌駕する。
なんとかしなきゃこのまま能力を使い続けたら雪之が危ない。
と、その時突然辺りの糸が一斉の燃え出した。





「所詮は人間、この程度ね。」

両儀式の意識が落ちたのを見届けて振り返ったときその異常に気付いた。

「こ、これは・・・・・・」

あたり一面に青白い糸が視える。
これは雪那から聞いていた七夜雪之の能力だろうか?
だがこの量は異常だ。
人間の脳で負担できる量ではない。
だというのに糸は尚も増え続けている。

「雪那では手に負えないわね。」

気配を探るが全く何も感じない。
まさかこれほどとは。
よもや気配さえも遮断するとは考えてもいなかった。

「とんだところにジョーカーがいたわね。」

すぅ、と手を上げる。
それだけで目の前は業火の海となる。
だがその炎は糸に触れるとまるで炎が形を持ってるかのように切り刻まれた。

「なるほど、中々笑えるわね。」

少しだけ力を解放してもう一度炎を放つ。
今度は糸に切られる事無く逆に糸が燃え出す。

「流石にこれなら燃えてしまうか。」

そのまま炎を絶やさず前に進む。

「ん、この気配。 ・・・・・・・・・・・・七夜・・・・・・雪之。 はぁ、元凶はこの先ね。」

更に奥へと進む。
奥に進むに連れて糸の量が増える為燃やす力を強くしていく。
と、

「この気配は・・・・・・・・・・・・七夜・・・・・・志貴? なんだ狗鳥、負けちゃったんだ。」

炎の範囲を一気に広げて辺りの糸を全て焼き尽くした。
糸を焼き尽くした後には七夜志貴の姿があった。





繭の中心部に向かって糸を切っていく。
だが糸は切っても切ってもきりがない。
それでもやるしかない。
前に進むに連れて糸の量は増える一方だ。
更に進もうとしたとき足が何かに引っかかった。

「しまった!」

前ばかりに気を取られていて下から昇ってきた糸に気づかなかった。
ナイフで切ろうとしたが間に合わない。
足を諦めようとした時突然目の前の糸が一斉に燃え上がった
焼き尽くされた糸の中から出てきたのは白狐だった。

「お前は、白狐。」

「七夜志貴。 流石ね、狗鳥じゃ貴方に勝てないとは思っていたけど。」

「それは残念だったな。 生憎狗鳥とは戦ってない。」

「あらそう。 それよりも、妹の躾ぐらいしっかりやっておいてよね。 これじゃあまともに動けないじゃない。」

「そうは見えないけどな。」

「そんなことないわよ。 この炎を維持するのって結構集中してなきゃいけないし。」

「それで、・・・・・・どうするんだ。 ・・・・・・・・・ここで殺り合うか?」

「まさか、そんな馬鹿な事するわけないでしょ この状態で殺り合う? まともに動けないのにそんな事できる訳無いでしょう。」

「それならどうするんだ。」

「そうね、・・・・・・ひとまず休戦ってとこかしら。 この状況じゃまともに生き残ってそうなのって雪那だけだもの。 貴方だってそうでしょう? 現に八雲だって手負いだったでしょう。 それに両儀だって早く手当てしないと本当に死んじゃうかもよ。」

「くっ・・・・・・・・・・・・・・・」

「信じられないって顔ね、安心していいわよ。 弱りきった貴方達如き皆殺しにするのは訳ないわ。 けどそうしたらそこの繭の中の人が私たちを離してくれないでしょう。」

「・・・・・・わかった。」

「さて、それじゃあこの糸を何とかしなきゃね。」

「どうするつもりだ、お前らが雪之の近くにいる限りこの糸は消えないぞ。」

「あらそうなの。 やっぱり退魔衝動に基づいて反応してたか。 なら私たちがここを離脱するのを手伝ってもらえるかしら。」

「・・・・・・・・・判った。 それで・・・・・・」

「その必要はないわ。」

唐突に第三者の声が割って入った。
辺りに気配はなく姿も見えない。
そもそもこんな状態になっている所までどうやって入ってきたんだ。

「隠れていないで姿を見せないさい。」

白狐の声が辺りに響く。
途端、鬱蒼としていた糸が全て消し飛んだ。
繭のほうに目をやると雪之がぐったりとしている。
それを一人の女性が支えている。
その女性に目が釘付けになった。
歳は俺より少し下、秋葉と同じくらいだろうか。
秋葉よりも長いだろう、黒い長髪を風になびかせている。
もう七頭目の人たちで慣れてしまったが黒い着流しを着ている。
遠目でもはっきりと判るくらい白い肌と着流しの黒が対照的だ。
けれど、なにより俺の目を引き付けたのはその瞳の色だ。
それは深い蒼。
決して自然には生まれてこない色。
だというのに、その女性に蒼い瞳というのは恐いくらい自然な物に見えた。
その女性は蒼い瞳で白狐を見据えている。
白狐も同じくその女性から目を離そうとしない。
ここまで来れていたり、雪之の糸を吹き飛ばしたりする辺りからしてもそこら辺にいる普通の人間ではないだろう。
なにより、普通の人間で蒼い瞳を持っているなんて有り得ない。

「隠れていたつもりはないわ。」

「貴女、・・・・・・こんな所に何の御用かしら?」

「貴女の方からわざわざ出向いてくれたんですもの、出迎えるのが礼儀でしょう?」

「あら、気にしなくて良かったのに。」

「そうもいかないのよ。 貴女が何故ここに来たのかは知らないけれどこの付近で魔を放っておくわけないでしょう。」

「ふう、・・・・・・仕方ないわね。 ここは一旦引くとしましょうか。」

「賢明な判断ね。」

「当たり前でしょう。 このままここにいたら周りのが黙ってないでしょう。」

「ええ、私の直轄部隊だけど私と違って気が長くないわよ。」

「また会いましょう。」

辺りが炎に包まれて視界が遮られる。
炎が消えた後には白狐の姿はなかった。




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