夜の一族


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1: ぐまー (2004/03/12 17:16:58)




「七夜雪之、あの時の決着をつけよう。 今度は殺す。」

「ええ、そうね。 後々厄介にならないように今ここで貴女を倒しておくべきね。」

「お前には本気で相手をしてやろう。」

雪那は右手を握りこんで何かを握ってたら掌に突き刺さるように左手に押し当てた。

「あの時使っていた武器は玩具にすぎない。 今回は宝具を使わせてもらう。」

「宝具?」

「古来よりこの国に伝わる強力な概念武装のことだ。 我々七神はそれぞれの属性の宝具を暗夜より授かっている。 白狐は炎、雷狼は雷、狗鳥は風、九蛇は土、鈴丸は木、鬼呑子は水、そしてこの私は氷。 見せてやろう、私の宝具、“黎氷刀”を!」

雪那は右手を握り締め調度何かを握っていたなら突き刺さるように左手に打ち付けた。
そしてゆっくりと左手を引いていく。
今まで何もなかった右手にはいつの間にか柄が握られていて左手から青白い刀身が“生えて”きているように見える。
右手と左手が調度これ以上伸びないぐらい伸びた時調度剣先が左手から出てきた。
雪那の右手には以前闘った時と同じくらいに長い長刀が握られている。
しかも刃の幅が五寸はありそうだ。
泰からみたら巨人が使う刀といったところか。

「これが私に与えられた宝具、“黎氷刀”だ。 その昔ここより遥か北の氷の国に絶対零度の洞窟と呼ばれる場所があったそうだ。 そこは常に絶対零度を保っていて一度足を踏み入れたら二度と出てこれなかったと言われている。 その洞窟の最深部にその洞窟を常に絶対零度に保たせていた“原因”である“黎氷”と呼ばれる氷から作り出させたのがこの黎氷刀。 未だに黎氷が何故常に絶対零度を保てるかは魔術師・錬金術師を以ってしても解明されていない。 全ての宝具の材料はこの黎氷刀のようにその属性の無限の力が込められた物で出来ている。 黎氷刀の力を解放すればここいらの山を全て一瞬で氷漬けにできる。」

「ご丁寧に武器の説明ありがとう。 それに比べれば取るに足らないでしょうけど、一応私の武器は遠野の分家・刀崎が自らの骨で作り出した槍、七槍よ。」

「刀崎? 遠野の分家で久我峰と同じく戦闘能力を発言しなかった家系で一生に一度だけ自らの骨で作り出す武器は宝具ほどではないがかなりの強度を持っているとか。」

「さぁ、どうかしらね。 ・・・・・・それを今から試しましょうか。」

七槍を取り出して雪那に駆け寄る。
口で言えば“駆け寄る”だが実際には残像さえ残らない速さで“駆け寄った”。
渾身の力を込めて一気に七槍を振り下ろした。
だが当然のように雪那は反応していて黎氷刀でそれを受け止めた。

「実力の差を見せてやる。」

雪那は片手で黎氷刀を振るった。
ただそれだけで吹き飛ばされた。
やはり腕力では勝てないようだ。
すかさず雪那は間合いを詰めて二撃目に入ろうとする。
空中で体勢を立て直してソレを迎え撃つ。

「遅い。」

突然後ろから声がした。
咄嗟に振り返って七槍で薙ぎ払う。

ガキン

何時の間にか雪那に後ろを取られていた。
少なくとも自分の目には前にいたように見えた。

「いい反射神経だ。 だが知覚能力が些か低いな。」

「何時の間に。」

「無駄だ、お前には見えんよ。 私等七神は普段人間の姿をしているがそれは平常時に無駄な力を使わない為だ。 本来の姿に戻ればお前等など骨も残らんよ。」

「どうかしらね。」

「生憎お前程度なら私が“封”を切る必要はない。 この姿で充分だ。」

お互いの間合いはおよそ十メートルくらい。
でもお互いにこの程度の距離は無いのと同じ。
仮に片方が動かなくても得物の長さでカバーできる。
それ故に十メートルは無いのと同じ、互いに武器を振り下ろせば当たる距離にいるのと変わらない。

「行くぞ。」

ザシュ

突然体がナニカに斬られ血が地面にこぼれた。
雪那は動いていない。
いや、動いたのだろう。
おそらく全力で移動しただけの話。
さっきの時点で雪那の動きが見えなかったのだからスピードだけ本気になったというところか?

ザシュ

どうしようか。
私の能力では相手の速さについていくことは出来ない。

ザシュ

なら、相手についていけないなら。
相手を私に合わせさせればいいんだ。

ザシュ

能力を開放して糸を使う。
辺りに蜘蛛の巣のように乱雑に糸を張る。
これなら相手が動けば糸にかかって相手を束縛できる。
糸に何かがぶつかった。

「何!」

その瞬間糸でぐるぐる巻きにした。

「なるほど、お前の能力は“見えない糸”だったな。 それをあたり一面張り巡らせていたか。」

「ええ、私が貴方についていけないなら、貴女を私に合わせればいい。」

「考えたな。」

「その糸がただの糸だと思わないことね。 どんなことをしてもそれは切れない。」

「どうかな?」

雪那から冷気が流れ出てくる。
それに触れた物が次々に凍っていく。
自分の足元まで冷気が広がってきたので距離をとる。
途端に糸が凍りついた。

「やはりな。 この糸はお前から離れれば離れるほど僅かだが力が弱くなる。」

見抜かれた。
そう、実はこの糸は先端部分には力が行き届かないのか強度が根元に比べ弱くなっている。

バリン

と、音を立てて糸が砕けた。

「確かにお前の能力の強さは認めよう。 だが、怖れるに足らず。」

雪那が今度は私の目の前から消え去った。
闇雲に七槍を振り回した所で当たるわけでもない。
だが、あくまでそれは闇雲に振り回せばの話だ。
まだ雪那は知らない。
七槍の本当の力を。
七槍に張ってあった護符を剥がす。
すると七槍が一度大きく脈動した。
体が回って七槍を薙ぎ払った。

ガキン

と音がして雪那が跳んでいく。
後ろから風が吹いているのか、体が前に跳んで行き雪那に七槍を振り下ろした。

ガン

「その槍、とり付かれているのか。」

そう、七槍には意思が宿っているのだ。
まだ幼かった頃、七槍を父様から譲り受けた時に教えられた。

『いいか、雪之。 この七槍はな、以前の持ち主である五代目当主の霊が宿っている。 もしお前がどうしようもない敵に追い詰められたらこの護符を剥がせ。 五代目様が力を貸してくれる。 だが平常時には決して剥がすな。 お前が取り殺されるぞ。』

幼かった自分にはその意味がわからなかった。
だが、今から十一年前。
七夜の家が遠野に襲われた。
あの日、私は初めて七槍の護符を剥がした。
すると今まで蒼かった七槍は突然紅くなり勝手に動き出し敵を次々に殺していった。
その間私は七槍を放すことが出来なかった。
それは比喩ではなく、七槍に手が接着剤でくっついているように取れなかった。
辺りの敵が全滅して初めて七槍は止まってくれた。
私は恐くなってすぐに護符を貼った。
すると今まで紅かった七槍はまた元の蒼に戻ってくれた。
あの時理解してしまった。
七槍は父が私の弱さを心配して私に譲ってくれたんだ、と。
その証拠に兄さんにはそういった類の物はなにも与えていなかった。
私が弱いから死の危険に直面した時七槍に助けてもらえ、と今まで父親らしいことは何一つしてこなかった父様。
ただいつもいつも訓練訓練の毎日。
私は女だから私の師は母様だった。
父様はいつも兄さんに付きっ切りで、私には母様が用事があってどうしても私に付いていられない時だけ相手をしてくれた。
そんな父様が、遠野に七夜が滅ぼされる前の日に突然私を自分の部屋に呼び出して七槍をくれた。
きっと父様は明日遠野が七夜に攻め込んでくるのを知っていたのだろう。
だから、まだ弱くて頼りなかった私に七槍を“あの日”にくれたんだろう。
だからこれは父様の形見。
ただの一度も父親らしいことをしてこなかった父様が、最後の最後で私にくれたただ一つの大切な形見分け。
だから私は誰にも負けられない。
私が負けたら死んだ父様が心配してしまう。
死人に心配をかけるわけにはいかないと、私は七夜が滅びてからはひたすら訓練に打ち込んだ。
幸い七夜の技術は使えこなせないが体得はしていたので何の問題も無かった。
それから九年後、私は若干十五歳で七頭目の長の座に付いた。
七頭目の中で唯一勝てない相手だった両儀が長の座を私に譲り空けたのだ。
理由はどうあれ私は長になったのだ。
いつも私の心配ばかりしていた母様。
表立っては私に何もしてくれなかったけど影から見守ってくれた父様。
七夜が滅びたあの日、遠野が襲撃してきた時真っ先に母様は私の所に来た。
父様は私の所には来てくれなかったけど七夜の里に敵が入ってこないように戦いに行った。
結局は心配ばかりかけてきた。
だから死んだ父様も母様も安心していられるように私は強くなければならない。
雪那になんて負けてられない。
体は以前勝手に動いて雪那を追い詰めていく。
雪那はおそらく血塗れなのだろう、辺りに血が飛び散っている。
だが私には雪那の姿は見えない。
ただ体が勝手に動いて、正確には七槍が勝手に動いて雪那を殺そうとしているのだ。

ガキン

一際大きな音を立てて雪那が吹き飛ばされた。



「なるほど、槍に霊魂を宿らせ護符で封じ込め非常時にそれを開放して敵を殲滅する。 まさかお前の武器が噂に聞いた“霊器”だったとは。」

霊器。
それは七槍のように霊魂を宿らせてその霊に憑依させて戦う武器のこと。
昔は霊器を使う者はバーサーカーと呼ばれていた。
だがバーサーカーとは武器に霊を宿らせているのではなくただ霊を口寄せして憑依させているだけだ。

「まさかお前がここまで私の理解を超える存在だったとは。 いいだろう、認めよう、・・・・・・お前の実力を。 だがそれ故に惜しい、・・・・・・ここでお前を殺さねばならないことが。」

「あら、ここで死ぬのは貴方の方よ。」

「忘れたか? 私らは力を抑え込んだ状態で戦っていると。 お前のその力、放っておけば必ず暗夜殿の障害となる。 今ここで殺しておかねばな。」

今まで手にしていた黎氷刀が右手に吸収された。
途端に雪那から先程以上の冷気が流れ出す。
中心部が白く発光していて何が起こっているか判らない。
と、体が勝手に動いて後ろに思い切り跳んだ。
だいたい距離にして二十メーターくらい後ろに跳んで着地した。
着地したのと同時に冷気が弾けて調度足元辺りまで氷付けになった。
なるほど、この為に後ろに跳んだのか。
雪那に目をやる。
そこに立っていたのは白い悪魔だった。
先程と何が変わっているのかといわれればそれはすぐには解からない。
俯いているがはっきりと見える瞳から感情というものが根こそぎ無くなっている。
そして雪那を中心に殺気が台風のように渦巻いている。
近づけばそれだけで切り刻まれてしまいそうなほど雪那の周りは異常な空間だ。
ふ、と雪那が顔を上げた。
目が合った瞬間体が凍りついた。
それはただ目が合っただけで何かされたわけではない。
ただ目が合っただけ。
それだけで指一本動かせなくなった。
七槍はしきりに体を動かそうとしているが体がそれを拒絶している。
体の震えが止まらなかった。
全身がガクガクと震え冷や汗が頬を伝う。

―――アイツには勝てない。 ここにいたら殺される。

頭ではそうわかっている。
だが体が言う事を利かない。

「何をしているの。」

何の前触れも無く後ろから声がした。
すぅ、と雪那の手が後ろから伸びてきて私の頬を撫でる。

「さっきまでの威勢はどうしたの?」

体の震えは一向に治まらない。
雪那の手はとても冷たくて体が氷にでもなったみたいだ。

「怯えているの? でもそれじゃあ私は殺せないわよ。」

雪那の手が頬から離れたと思った次の瞬間私の体は木に打ち付けられていた。

「ごふっ。」

口から血を吐いた。
おそらく肋骨が何本かもって行かれたのだろう。
ただ、今の一瞬何が起こったのか判らなかった。
気がついたら木に打ち付けられていた。
気に打ち付けられた衝撃よりも雪那の攻撃によるダメージの方が遥かに大きい。

ドゴッ

間髪いれずに雪那の右腕が腹部にめり込む。

「がはぁ。」

前のめりに倒れこんだ。
七槍が手からこぼれ落ちた。
痛みで気が遠くなる。
同時に体が凍り付いていく。
意識が朦朧としてきた。
既に体は指一本動かせない。
七槍ですら反応できない相手に勝てるわけが無い。

「残念ね。 その槍、私が本気を出したら連いて来れないなんて。」

雪那は私の目の前に立っている。
ただそれだけ。
止めを刺すでもなくただ私を見下ろしている。

「その程度で七頭目の長なら退魔機関も高が知れるわね。」

雪那が何か言っているが上手く聞き取れない。
意識が遠のく。
私がここで負けたら父様と母様に心配をかけてしまう。
それは嫌だ。
それはとても嫌なこと。
昔から心配ばかりかけてきて何一つとして親孝行できなかった。
だからせめて父様と母様が安心して眠れるように私は負けられない。
けどこのままでは私は死んでしまう。
それは敗北。
二度と立ち上がれない。
そんなのは嫌だ。
死にたくない。
死んだら父様と母様が心配してしまう。
そこでふと思い出した。
私がまだとてもとても幼かった頃はそんなに心配されてはいなかった。
いつからだろう、父様と母様が私のことをあんなにも心配するようになったのは。
ああ、そうだ。
アレはまだ私が四つだった頃。
初めて自分の能力に気付いた時。
最初は視界にある糸がなんなのかはわからずにソレを手にとって遊んでいた。
そこへ女の子がやってきて『何してるの?』って聞くから『糸を巻いて遊んでいるの』って答えた。
女の子は私が何を言っているのか解らないって顔をしていたので私は女の子の手に糸を持たせてやった。
だがソレが不味かった。
糸は私の体を傷つけはしないがそれ以外は何の例外も無く傷つける。
女の子の手はスッパリと切れて血があふれ出した。
女の子も私も何が起きたのか解からなかった。
痛みで女の子が泣き出して大人たちが駆けつけて血まみれの女の子の手と私を見てすぐに母様が呼ばれた。
父様はその日仕事で出かけていて家にいなかったので母様だけが呼ばれた。
私はその後母様にひどくしかられた。
それはどうやってあんなことをしたのか?、ではなく何故あんなことをしたのか?とばかり聞かれた。
私は何度も『糸を触らせてあげただけよ』って答えた。
母様は『怒らないから正直に話して』って私に何度も聞いてきた。
そこへ父様が帰ってきて話を聞いたら父様は私と母様を奥の間に連れて行った。
そこは父様以外は滅多に立ち入れない場所。
いわば七夜の書庫と言った所か。
奥の間の一番奥には一段高くなっていてそこには畳が引いてあってそこで書物を読めるようになっていた。
そこで私と母様にちょっと待ってろと言い残して父様は本棚の奥に消えて行った。
暫らくしてとても大きな一冊の本を手にして父様が戻ってきた。
その本を畳の上においておもむろに頁をめくっていき、ピタリと手を止めた。
そこには難しい時で何か書いてあったけどまだ幼かった私にはそこになんて書いてあるのか読むことは出来なかった。

『雪之。 お前糸が見えるって言ったな。 それはお前にしか見えない特別な糸だ。 その糸はお前が望めばいくらでも出てくるし望まなければ一本も出てこねぇ。 そしてお前が望むならどんな物でも切り裂くことが出来るし、望まなければ何も斬ることは出来ない。 いいか、雪之。 その力はな、本来お前が持つべきものじゃない。 だが持っちまったなら仕方ねぇ。 その力と折り合いをつけていかなきゃならねぇ。 お前には明日からその力を制御する為の訓練を追加する。 もしやらなかったら今日みたいに誰かを傷つける、へたすりゃ殺すことになるんだぞ。』

私は父の話を聞いても何を言っているのかよく判らなかった。
だが私がこの力を制御できなければ私の意思とは関係なく人を傷つけてしまうということだけは判った。
ソレが嫌でただ私は次の日から始まった精神修行をこなしていった。

―――ああ、そうだ。 思い出した。

私が父様と母様にあんなにも心配されるようになったのはこの力に気付いてからだ。
意識が遠のく。
だんだん眠くなってきた。
なんだか、前にもこんなことがあった気がする。
ソレがいつかはわからない。
そんなことが本当にあったかさえ定かではない。
ただ、とてもとても懐かしい気分だ。
なにか、大事な“なにか”を忘れていたような。
そんな気がした。





雪那は倒れこんだ雪之を見届けると背を向けて歩き出した。
力を押さえ込んで“封”をする。
いくら霊器をもっていて特異な能力を持っていても所詮は人間。
私の敵ではなかったか。
だがまさか封を切る羽目になるとは思ってもみなかった。
七夜雪之。
その名は覚えておこう。
私に封を切らせたのは暗夜に続いてお前が二人目だ。
さて、他の奴は終わったかな。
とその場を去ろうとした時、

ズバッ

「え?」

思わずそんな声を上げていた。
何が起きたか判らない。
ただ自分の右腕から血が流れ出ている。
凍結させて止血しようとするが血は止まらない。
ゾクリ、と背筋が凍りついたような気がした。
振り返るとそこには幽霊のようにふらふらと立っている七夜雪之の姿があった。

―――有り得ない。

それがすぐに思いついたことだった。
最後の一撃は封を切って力を解放した状態で全力で放ったのだ。
あの一撃を喰らって生きていられる生命体などいるわけが無い。
いるわけが無いのに目の前に立っている。
それが有り得ない。

「―――、――――――、―――」

「 ?」

何か聞こえる。
これは、・・・・・・・・・歌?
どうやら七夜雪之が唄っているようだ。
声が小さすぎてよく聞き取れない。

「――――――、―――」

「驚いたぞ。 あの一撃を受けてまだ生きているとは。」

「―――、――――――、―――」

反応が無い。
そもそも本当に生きているのか?
霊器に宿った霊魂が肉体に憑依したのでは?
いや、さっきの攻撃からしてかなり好戦的な正確なはずだ。
ならばとっくに襲い掛かってきているはずだ。
そしてもしアレが“七夜雪之”ならこちらの言葉に反応するはずだ。
ならば、・・・・・・・・・一体アレは?

「――――――」

ピタリと今まで聞こえていた歌が止んだ。
瞬間今まで目の前にいたはずの七夜雪之の姿が消えた。
それは本当に唐突で、残像が消えるように薄れていくでもなく何かに遮られて見えなくなっていくように消えたのでもない。
本当に一瞬で消えた。
まるで初めからそこには何も無かったかのように。
辺りを見回すが当然そこに七夜雪之の姿はない。
気配さえない。
いや、それを言うなら果たして立ち上がったときから気配は有ったのか?
それさえも判らない。
ただ目で見ていただけだ。

「―――、――――――、―――」

全身がゾクリとした。
また歌が聞こえてくる。
だが今度は何処にもいない。
ただ何処かから歌が聞こえてくるだけ。

ズバッ

体が切られた。
何が起きたのか解らない。
気配もない、見えもしない、ただ歌声が聞こえるだけ。

ザクッ

「――――――」

一向に血は止まらない。
さっきから傷口を凍らせて止血しようとしているが全く凍らない。
そもそも何で傷つけられたかさえ判らない。
切り口はこれ以上ないというくらい綺麗でまるで、・・・・・・・・・これは・・・・・・・・・そう。



“直死の魔眼”



だが直死の魔眼なら直接私に触れなければその力は発動しない。
いくら私に殺されかけたからといって唐突に私に知覚出来ないほどの運動能力になるとは思えない。
“血”に目覚めたと仮定しても限界がある。
そもそも血に目覚めるということは平常時に抑え込んでいる力を解放することを意味する。
たしかに血に目覚めれば身体能力、知覚能力、反射神経などが飛躍的に向上するが所詮は“人間”と言う“器”を超えることは出来ない。
七夜雪之の平常時の身体能力からして血に目覚めても私が知覚出来ない範囲ではない。
では一体何が起こっていると言うのだ。
いや、そもそも仮定が間違っているとしたら?
私は傷口の切断面から直死の魔眼ではという仮定を立てたが、もし別の能力だったら?
例えば遠く離れた位置から相手の体を切断する能力。

ズバッ

「―――、―――」



まさか、・・・・・・いや有り得ない。
七夜雪之の能力は浄眼でなければ視えない糸を使って相手を攻撃する。
だが私の冷気に触れた途端に凍りついた。
ならば一体・・・・・・・・・

ザシュ

どうやら深く考え込んでいる時間はないようだ。
封を切って反撃する。
私を中心に冷気が流れ出す。
一言に冷気と言うがそれはもはや絶対零度。
だが、私の周りにあるであろう糸は凍りつくどころか冷気が糸に触れているであろう範囲に流れているのにモノに当たった感覚がない。

ザクッ

有り得ない。
力を解放した状態でも攻撃方法が解らないなんて。
もはや考えられる理由は一つ。
だがそれは認めたくない。
それは屈辱。
そう、ただ単に相手が自分の理解を超える存在なのだ。
たかが人間を理解できないなどあってはならない事。
だが現状に説明をつける方法はそれしかない。

「―――、――――――」

歌声は一向に止まない。
ただ頭では必死に否定しているが体が理解してしまっている。
“これは殺戮だ”と。
殺し合いとは読んで字の如く互いに互いの命を奪い合うことをいう。
だが今ここで行われているのは一方的な略奪。
殺し合いとは互いに奪い“合う”ので殺し“合い”なのだ。
それが一方的な“略奪”だったら何というのか。
それは殺戮。
ただただ強者による弱者への一方的な略奪行為。
つい先程までは自分が“狩る”側だったのに、あの一撃で“狩る側”と“狩られる側”が入れ替わっている。
このままでは殺される。
何の抵抗も出来ずに。
人間等と言う下等な生き物を超越した存在である自分が、高が人間ごときの殺戮によって殺される。
それは回避使用のない事実。
否定しようのない事実。

「か―――め―、か―――――」

何かが聞き取れた。
だがあまりにも途切れている為ソレがなんなのか判別できない。

「か―――な―――と―――は―」


なんだろう。
辺りがシンと静まり返りただ七夜雪之が唄う歌しか聞こえなくなる。

「かーごーめ、かーごーめ、かーごのなーかのとーりーは、いーつーいーつーでーああう、よーあーけーのーばーんに、つーるとかーめがすーべった、うしろのしょうめんだーれ。」

これは、かごめ・・・かごめ?
子供なんかがやるアレだろうか。
一向に七夜雪之が何処にいるのかは判らない。
ただあたりに聞こえるのは七夜雪之が唄う子守唄だけだった。



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