倫敦の霧の中で (M:遠坂凛 傾:まったり+ちょびっとシリアス


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1: 幸倖 (2004/03/12 16:40:52)



 倫敦の霧の中で



 歩く

 道を歩く

 キリキリと

 せびろにコート いしの道を叩くたくさんのくつ音

 ドラムのようにりずむが伝わる はだを叩くくつの音

 痛い

 りんりんりんりん…………

 首輪をつけた猫がわたしのしたを歩く

 歩く歩く歩く歩く

 歩くだけなのに 痛い なんでこんなにもたくさんの音が

 こんなにもうるさい 痛い 少しぐらい減っても イタイイタイ だれも気付かないだろう

 くらやみのろじう イタイ らでおいしそうな肌を食べて見る。でもこ イタイイタイ れもあまりす イタイ きじゃない。

 血よりも脳漿よりも イタイ 二の腕よりも小腸よりも目よ イタイ りも心臓よりも肺よりも生殖器よりも爪よりも指 いたい よりも鼻よりも耳よりも いたいイタイ そのどれよりも いたい アレの方が美味だった。





 『幸せ?』
 もし今そう聞かれれば、俺何とか首を縦に振れるだろう。今はそういう状況だった。
 聖杯戦争は数ヶ月前に幕を閉じ、セイバーは自らの決意とともにこの世から消えた。
 そして今、俺は遠坂とともにロンドンで新しい生活を始めようとしている。
 魔術師として、遠坂とともにそれなりに充実した新しい生活、そう、その第一の障害が現れただけのはなしだ。
 俺の目の前には山のように積み立てられた遠坂家の家財が立ちふさがっていた。

「なぁ、遠坂……」

 これなんだ? と、背後の遠坂にちょっとうるうるした感じの目で訴えかける。
 すると、遠坂嬢は不思議そうに

「なにって、引越しの荷物でしょ」

 などとのたまってきた。
 ……いや、それはわかるんだ、わかるんだよ遠坂。だけどな

「……その荷物が一番大きな部屋の七割を占めるのはどういうことだろう?」
「なによ、いいじゃない。荷物の大半は工房用だし、あとかさばる物って言ってもタンスぐらいだし」

 たしかに、特待生として招かれた遠坂には弟子付きと言うこともあって、このアパートメントの中でも特に部屋数の多い場所をあてがわれている。六部屋あるうち二部屋を工房にしてあるとは言え、のこり四部屋もあれば確かに収納スペースは十分以上にあると言えた。
 だが

「……この荷物は誰が運ぶんだ?」

 どう見積もっても、二人がかりでやっても一日で終わらないぐらいの量がある。

「…………」
「…………」

 お願いです遠坂さん、そこで静かにならないでください。

 ……しばらくの沈黙の後

「ま、まぁ、士郎ががんばってくれるから何とかなるわよ」

 とあかいあくまはのたまった。





「疲れたわ……」

 と、何故か在るコタツにもぐりこみながら遠坂はぼやいた。
 たしかに、十時間以上もの引越し作業だった。
 今思えば何も一日で全てやってしまう事もなかったと思う。が、間違ってもあくまの目の前でそんなことを口にするわけにはいかないのだ。
 だが、おかげで部屋は綺麗に片付いた。

 部屋割りは、中央にこの一番大きいロビーのような部屋があり、その周りを五つの小部屋が囲んでいる形だ。
 そのうち二つは遠坂の工房になっていて、そこを片づけるのが一番苦労した。さらに二部屋は俺と遠坂の部屋に、最後の一部屋は俺の希望で和室にしてもらった。ちゃんと茶も出せるようになっているし、なんと遠坂は掛け軸まで用意してくれていた。
 俺は遠坂に「ありがとう」と礼を言ったのだけれども、なにに怒ってしまったのか遠坂が顔を真っ赤にして歩いて行ってしまったのが、ついさっきの食べ物の買出しのときのことだ。

 一日中片づけをしたあげく、不慣れな街で食料品を買い漁る。俺は割りと楽しかったのだけれども、遠坂にはよっぽど堪えたらしい。普段はシャンとしている遠坂も、今日ばっかりはコタツで猫のように丸まっている。

「なによー」
「いやさ、遠坂がそういうふうにくつろいでるのって珍しいじゃないか。だからさ、なんかいつもと違う意味で遠坂のいいところを見つけたって気がして……」
「……!」

 遠坂が顔を真っ赤にして睨みつけてくる。……いや、それは恐いぞ遠坂。

 と、
「この女たらし」
 とだけつぶやいて、遠坂は俺から顔を背けてしまった。

「な、なんだよ。女たらしって、俺は何もしてないじゃないか!」
「うるさいっ。ボローベローじゃ私がちょっと目を離したら、すーぐに女の子たらしこんでたじゃない!」
「あ、あれは遠坂がアンティーク見てる間に、食べ物買おうと思って店の場所を聞いてただけだ!」
「あーら、衛宮君。そんな安っぽいごまかしでこのわたくしを騙し通せると思って?」

 騙し通すも何も、最初に骨董品の店から動かなくなったのは遠坂だし、案内人がいなくなった俺はもう誰かに道を聞くしかないわけで、けっして俺は悪くないし下心もなかったんだ!っていうか遠坂八つ当たりっぽくないか?
 ……と、主張したいところだけれども何か今の遠坂にそんな正論をしようもんなら、百倍の言葉の暴力で返報されそうなので控える。

「ノッティングヒルゲートのあたりじゃ、女の子三人にウィンクなんてされちゃって。しかも帰りの駅でまーたボローベローの女と話してたじゃない!なによあの金ぴか!あの目が気に入らないのよ、目が!!」

 遠坂さん、それはどっからどう見ても八つ当たりです。
 さすがにこれは止めるべきだろう。

「まま、まった遠坂!いくらなんでもそれは言いすぎじゃ……」
「なに?」

 ヘビに睨まれた蛙。

「……いや、何でもない」

 条件反射というかパブロフの犬というか……。すこしだけわが身が情けない。

「大体士郎も士郎よ!なんでウィンク返したり、見知らぬ何処の馬の骨とも解らないようなあんな女と楽しそうに喋ってるのよ!」
「う、馬の骨って……。で、でもだな! それは誤解だ! だいいち俺が遠坂以外の人とどうこうなるわけないだろ!」

 なんか遠坂がセイバーみたいに説教してる……。
 タチの悪いところは、セイバーはあくまで正論を剣にこちらを叱っていたのに対して、遠坂は他人の心をえぐる言葉をマシンガンや核ミサイルに変えて攻撃してくるって事か。しかも反論は全て十倍返し。

 いますぐにでも俺に向かって言葉の銃弾がズバズバと

「…………」
「…………」
「…………」

 あれ?
 俺が見ると、遠坂は顔を真っ赤にさせて俯いていた。

「遠坂?どうした、風邪か?」

 言葉をかけてみるが遠坂はまったく反応しない。やっぱり今日一日の疲れが出たのかもしれない。
 遠坂はぶつぶつと「……ばか……鈍感……そういう所が……」などと一人で呟きっぱなしだ。あいかわらず、こうなるとなかなかこっちに戻ってこない。

「おーい、遠坂ー?」

 俯いている遠坂の額に、手のひらをぴたっと当てた。

「!」

 もし熱があるようなら早めに寝かせて明日のお粥の準備とかもしてやらなきゃいけないし。
 と、遠坂は

「なんでもないっ。くのっ…………ばか」

 俺の手を振り払って早足に自分の部屋に逃げ込んでしまった。

「お、おいっ」
「今日は寝るっ!おやすみ!」
「お、おやすみって明日の『時計塔』の手続きの事とかはどうするんだよ」

 と、そのまま遠坂の部屋の電気が消えてしまった。どうやら本気で眠るつもりらしい。

「あぁ、もう」

 遠坂はあの格好のまま眠るつもりなのか。たしか衣服類だけはまだ片づけていなかったはずだ。
 俺はロビーのダンボールの中から遠坂のパジャマ(……黄色のくまさん柄?見なかったことにしよう)を取り出すと、遠坂の部屋の前に戻った。ドアノブに手をかけて

「おい、せめて着替えてから眠れよ。じゃないと風邪引くぞ。ほら、パジャマを持って……き……」

 ドアを開けると中には下着姿の遠坂がいた。
 ……うん、さすがは遠坂だ。今夜着替える物の用意ぐらいはしていたらしい。椅子の上には深紅のパジャマが置かれている。
 ……うん、そうだな。やっぱり遠坂には黄色よりは紅のほうがよっぽど似合う。
 ……うん、遠坂がにっこり微笑んでる。でもな遠坂、俺はその表情と、握りこぶしや青筋は似合わないと思うんだよ。な、もっとこう

 俺が何か弁解をする前に、遠坂の豪腕が唸りを上げた。


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