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《士郎》
「落ち着いたかしら? 衛宮さん、セイバーさん」
「はい、申し訳ございません。お嬢様」
「失礼しました」
セイバーは秋葉ちゃん(心の中だけなら良いだろう、こう呼んでも)と師匠(心の中以下略)、そしてとんでもない金髪美人がやってくると、とたんに大人しくなった。
そして今はなぜか硬い顔つきで俺の隣に座っている。
空気が、違う。まるで騎士のような――。
あらためて互いの自己紹介が終わると
「失礼ですが、先に質問してもよろしいでしょうか?」
セイバーがそう言った。秋葉ちゃんは黙って首を傾げる。どうぞ、ということだろう。
「貴女は、何者です?」
「え、わたし?」
す、と静かな威圧感を持つ眼差しで見つめる先に居るのは、師匠の隣に座っている金髪美人。さっきまでお茶菓子に夢中で自己紹介はしてくれなかった。
「おい、セイバー。どういうことだ? この人に失礼だろう」
「シロウ……。普段の貴方はどうしてそう鈍いのです。気付かないのですか? この女性から凄まじい魔力が溢れているのを」
「え?」
そう言われて、強化した眼に入ってきたのは
「――――っ!」
桁違いの力の奔流。
震えが来るほどの魔力。
それすらも、おそらくは氷山の一角。
「えー、どうしたのー?」
……どうにも緊張感が無いのだが。
その様子を見ていた秋葉ちゃんは一つ息を吐いた。
「なるほど、流石にシオンが紹介しただけのことはありますね」
「お嬢様……」
「そこのそれの事は『凄い吸血鬼』だとでも思っておいてください。あやしいものですが
血は吸わないらしいのであまり気にしないように」
「む、何よ妹、『そこのそれ』って」
俺は頷いた。
「……かしこまりました」
「シロウ!?」
声を荒げたセイバーを見る。
「俺は今執事としてここに居る。主人が『気にするな』と言えば俺は月が落ちてこようが気にせんぞ」
「しかし……」
「それに、そんなに悪い人には見えないだろ?」
セイバーは、俺を見て、秋葉ちゃんを見て、『吸血鬼さん』を見て
「……解りました。シロウ、貴方を信じます」そう言った。
「見苦しいところをお見せしました、お嬢様。そちらの、ええと……」
「アルクェイドだよ」
「アルクェイドさまも」
「ううん、こんなに早く納得する人の方が珍しいよ」
すごいねー、士郎、と屈託の無い笑みで言われた。
恐縮です、と返す。
「本当に凄いですね」
師匠は感心したようにそう言った。秋葉ちゃんや使用人姉妹も頷いている。
「いえ、慣れてますから」
本当にな。
何といってもこっちは聖杯戦争の生き残りである。
とんでもない力を持つ人外が、ご飯食べてお代わりしてお風呂に入っておねむする生活など慣れっこである。
それもどうかと思うが。
うん?
「アルクェイド……?」
懐に手を当てる。
金髪。
女。
紅い目。
どうやら、大師父の手紙の受取人にさっそく出会ったらしい。
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《志貴》
俺は驚いていた。
こいつの正体をこうもあっさり受け入れる人たちが居るとは思わなかった。
只者ではなさそうだ。衛宮さんとセイバーさん。
これならばこの非常識な日常にも対応できるかもしれない。
そう思っていると
「アルクェイド……?」
衛宮さんは訝しげにそう呟くと、懐に手を当て
「もしかして、アルクェイド・ブリュンスタッドさま、ですか?」と、聞いた。
「え、うん。そうだよ。でもどうして苗字知ってるの?」
「大師父――いえ、『宝石』のゼルレッチからお手紙を預かっております」
「え、爺やから?」
衛宮さんは手紙をアルクェイドに渡し、懐から大きな宝石を取り出して何か唱えた。
宝石がわずかに光る。
ゼルレッチさんから?
この人には、なんか驚かされてばかりだな。
「珍しいなー。私からは結構手紙書くんだけど」
「そうなのか?」
「うん」
わたしと志貴のらぶらぶを、と言って笑う。
「なっ……」
秋葉の髪がざわつく。お客さんの前だぞ。
琥珀さんの着物の袂から注射器が覗く。またしこんでたの?
翡翠の眼が泣きそうになる。いや、その眼は正直キツイ。
膝の上のレンが爪を立てる。悪夢はもう勘弁。
セイバーさんは……よく解っていなさそうだ。
ていうか、何です? 衛宮さん。その「流石はししょー」って呟きは。
「えーっとね、『元気の無い今のお前を想像するのは実に困難なのだが、さして独創性を求める類のものではないのでお決まりの出だしから始めようと思う。元気か?』うん、元気げんきー」
十分に独創性があると思う。
それからは向こうの近況。
『無駄だとは思うがたまには帰って来い』とのこと。
……無駄だと思います。
「『手紙を託した二人とも仲良くするように。セイバー君はいい子だし、シロウ君は、ファニーかつインタラスティングな面白さを持つ青年だ。付き合っておいて損は無い』だって。よろしくねー」
衛宮さんは「ファニー……」と呟くと、アルクェイドの握手に応えながら、がっくりと肩を落とした。器用な人だ。
そんな衛宮さんの頭をセイバーさんがなでなでしている。
あ、よけい傷ついたみたい。
「追伸――」
アルクェイドの言葉が止まる。
そしてふにゃふにゃとした笑顔で「もう、爺やったらぁ……」と言うと、俺の肩をぺちぺちと叩き、俺の腕をぎゅう、と抱きしめ、俺の肩にぐりぐりと額を押し付けた。
「お、おい。どうした、アルクェイド」
「えへへー」
俺の顔を見ようともしない。耳まで真っ赤だ。
「志貴……、は英語読めないし、ねえ士郎そこ、読んで」
俺の肩に顔をうずめたままそう言った。
「かしこまりました」
衛宮さんが手紙を受け取る。
「『追伸――』」
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《士郎》
手紙に眼を通す。
お、あったあった。
…………。
なるほど、大師父。
これは爆弾です。いい意味で。
まったく、粋な計らいをする人だなあ。
この様子を撮影して来いだなんて、《宝石》も孫にはただのおじいちゃん、ということか。
よし、この衛宮士郎。
執事として、この二人の幸せ造りを最初の仕事にいたしましょう。
「『追伸――』」
ふふふ、気分はキューピッド。
「『ひ孫はまだか? 楽しみにしている』」
この言葉に
この屋敷は
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《志貴》
読み上げた衛宮さんはもう凄い笑顔で「おめでとうございます」とか今にも言いそうだ。セイバーさんも「シロウ、羨ましい役どころですね」と、にこにこしている。
俺にとっては死刑宣告に等しい。
「えへへ、志貴。頑張ろうね……」
「お、おう」
じゃない! ここでこんな返事をしたら――
「兄さん、ちょっとシキに挨拶しに行ってくれません?」
「あはー、秋葉さま。このお薬なら一発ですよー」
「駄目です姉さん。一発だなんてもったいない。ここはじわじわと……」
「にゃあ」
あ、レンが鳴いた。初めて。
どうやら俺は自分から死刑宣告にサインして自分から十三階段を登って自分から縄を首に掛けて自分から飛び降りたらしい。
「あなたたち志貴に何する気? ――志貴は今から私と忙しいんだけど」
「認めません」
秋葉の髪が真っ赤だ。
衛宮さんとセイバーさんは、予想外の周囲の反応に驚いている。
……そりゃ驚くだろうさ。
「いい加減、妹たちも認めたら? 私たちの仲を」
「さて、何のことやら」
逃げてええぇぇぇぇッ!
だが、逃げれば殺される。
たぶんアルクェイドからも。
「一緒に遊んだ? 窓から見てた? はん、私と志貴の運命的な馴れ初めに比べれば、街ですれ違ったのと同じね」
「どういう、ことです」
「ええ、教えてあげる」
「お、おいアルクェイド……」
それは俺の罪の記憶。
アルクェイドは許してくれた。
でも、秋葉たちはどうなのだろう?
こんな殺人鬼を――
「私はいきなり志貴に襲われたのよ!」
「ぶっ!!」
ま、間違っちゃいない。まちがっちゃいないが。
「部屋のドア開けたら何だか解らないうちに、こう、がばーっと」
「に、兄さん!?」
首。くびしまってます、あきはさん。
「わたし(殺されるなんて)初めてだったからすごく痛かったし、血もいっぱい出ちゃったの」
ああ、血の海だったね。はは。
「だから志貴には責任取ってもらわなくちゃいけないのっ!」
うすれゆく意識の中で
「なるほど、恋はPush and Pushなのですね。シロウ」
「頼むから参考にはするなよ、セイバー。……それにしても流石はししょー」
この状況で、そんな話ができるなんて、やはり只者じゃないなあ、この二人。
ていうか、ほんとに、ししょーってなにー?
暗転
《つづく……のか!?》
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どーもどーも、「爆弾」大炸裂ですね。
志貴に、そして士郎に明日はあるのかっ!(笑)
ちょっと事情がありまして、しばらく更新が滞るやもしれません。
がんばってはみますが。
それでは。」