アっちゃん M:セイバー 傾:壊れ


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1: 甚六 (2004/03/11 13:28:41)



注意。この作品は、ジャンル「壊れ」に該当するものです。
作品イメージまたはキャライメージを大切にしたい方は見ないほうが吉。





アっちゃん


副題:はじめての超るすばんΩ









「ん……もう朝か。おはようセイバ、ってあれ? なんで遠坂?
しかもここどこだ、教会の聖堂?」

「おはようという挨拶は正しくないわ衛宮くん。
 今は夜の八時、あとここはわたしの家の地下室よ」

「待った。なんで俺がそんな時間に遠坂の家にいるんだ。
 もしかして遠坂になんか迷惑かけたのか、俺」

「それは杞憂よ。放課後ぼーっと歩いてた衛宮君をわたしが拉致っただけだから。
 呪いで眠らせてね」

「―――?」

「じゃあ士郎、これからちょっとした実験につきあってもらうわよ。
 ああ、そんな顔しなくても平気だってば。
 ちょっと髪の毛とか血液とか精液とか貰うだけだから」

「――ぶっ!け、けつえきとかせいえきって問題あるぞそれ!
 ええいこうなったら大脱出してやるから見てやがれー!
 ……ってうわ、手錠足かせ付きー!?しかもなんだこの足かせについてる
 モーニングスター!芸が細かすぎるってんだこのやろー!!」

「そ、脱出は最初から無理なのでしたー。
 大丈夫、ちょっと痛いけど慣れればどうってことないわよ」

「うわやめろ遠坂!そのガトリング砲じみた注射器、絶対痛いってそ――」

(ぶす)

「ぎゃーーーーー!!」







きーんこーんかーんこーん

「あ、もうこんな時間だ。先輩の家に行かないと」

「桜」

「あ、に、兄さん?」

「すまない桜、僕が悪かったー!(がばしゃー)」

「あ、え、?」

「きのうまでの間桐慎二は確かに兄失格だった。しかし今日からは違うぞ。
 これからは桜の兄貴として、胸を張って生きていきたいと思う!
 苦労をかけたなさくら。すっかり女ざかりになっちまって、お兄ちゃん嬉しいぞ」

「それ、誰の真似のつもりですか」

「(聞いてない)さ、帰ろう桜。今夜は兄妹水入らずで語り合おうじゃないか」

「……ええ。嬉しいです、兄さん」







「もー。いい年して若い衆とラグビーだなんて。
 士郎の晩ごはん、食べれなくなっちゃったじゃない」

「たまには孝行するもんじゃ。一食ぐらいうちで食おうと死にはせんじゃろ。
 ……いたたた、包帯はもっと優しく巻かんかい!いやむしろギブ!ギブ!ぎにゃーー!!」







「遅い。シロウも大河も桜も、なにをしているのですか」

居間のテーブルの前にきちんと正座しながら、
セイバーは広い衛宮邸で一人ぽつねんとしていた。

時計の短針はすでに九を指している。
普段なら夕食を終えて各々の部屋に引き上げる時間帯だ。
だというのに、この家の住人は誰一人として帰ってこなかった。
なにかあったのでは、ともちろん心配はした。
しかし、もし士郎に危機がふりかかればレイラインのつながりで彼女にもそれと分かるし、
いくらあのとぼけたマスターでも
有事の際にはサーヴァントである彼女を頼りにしてくれるだろう。
ということは、少なくとも士郎は無事なはずだ。
あとは藤村大河と間桐桜だが、この二人の災難において、セイバーは出る幕を持たない。
むやみに探し回って家を空けるわけにもいかないし、ただここで待つことしかできなかった。

ただ、問題がひとつ。

「く――兵糧攻めが、ここまで卑劣にして凶悪だったとは」

くう、と可愛らしい音が――もっとも本人はそう思わないが――静かな衛宮家によく響いた。
はしたない、と真っ赤になったセイバーだが、この家の主の不在を思い出して安堵する。

問題というのはそれだ。
もしかして夕食は抜きかもしれないというこの状況。
それはまさに、騎士王の生涯で最も過酷な苦難のひとつだった。

 『シ、シロウ……魔力が切れて存在が維持できそうにありません。助けてください…』

棒読みの上にやや誇張された念を飛ばしても、士郎が駆けつけてくることはない。
どのみち、ただここで待つことしかできなかった。





ぼーんぼーんぼーん。
時計の針が十時を指した。
いまだに誰も帰ってこない。

「シロウ、夕食がたべたい」

なんか今にも飢え死にしそうな細々とした声でつぶやくセイバー。
ぴんと背筋を伸ばした凛々しい姿勢も過去のもの。
正座したままくの字に折った上半身をテーブルに突っ伏した姿はとてもかの騎士王とは思えぬ
たれっぷりだった。
ギル様が見たら卒倒しそうだ。

もちろん、自分で料理をつくってみようとかそういう気も起こしはした。
しかし彼女は一国の王。生前料理をする必要がなかったし、従ってスキルもない。
キャメロットの雑な(セイバー主観)料理なら見よう見まねで作れなくもないが、
なまじ士郎や桜のハイレベルな(セイバー主観)料理を知ってしまった今、古英国風の夕食では舌とおなかが満足できなくなってしまったのだった。

理想は高く、調理スキルは低い。
こと食事に関して、セイバーに自活能力はあんまりないっぽい。





ぼーんぼーんぼーん。
時計の針が十一時を指した。
人通りはとうに絶え、冬木の住宅街は闇と静寂に包まれている。
そのなかで、戸締りもせずこうこうと蛍光灯の光を放つ家一軒。
否、明かりがついているのは居間だけ。明らかに周囲の闇に押されていて、
頼りなげな印象を与える。
さながら風前の灯。そして中心で正座するセイバーの生気もまた風前の灯だった。

「おなかがすきました、シロウ」

ずっと同じテーブルにうつ伏せる姿勢のまま、ただ違うのは半泣き声で訴える。
ただし、救済の叫びはどこにも届かない。
脳に糖分が足りないせいか、頭がくらくらする。

「ここまでですか。さようならシロウ。あなたに会えて、本当によかった」

それを魔力切れと勘違いするほど、セイバーはいい感じに崩壊しかけていた。





かっちこっちかっちこっち。
時計の針が十二時を指す直前。

上半身をしゃんと起こし、背筋を張って。
ついに、セイバーが立ち上がった。

「騎士の誇りをこの時だけは捨てましょう。信条にもひとときの別れを告げましょう。
 もはやこの家に存在し、食糧と呼べるものならば何であろうと構わない。
 一片残さず食べ尽くそう。
 私はシロウを守ると誓った。ならばそれを果たし通すまで、
 決して死ぬ訳にはいかないのだか ら―――!!」

超空腹という極限状態の中、妙なハイテンションに陥ったセイバーが冷蔵庫へのっしのっしと歩いていく。
しかしそれでも、彼女から優雅さは奪えない。
流れるような動作でドアを開け、白魚のような細指でニンジンをつかみ、端からちまちまと食べていく。
可憐さを残しながらなお神速。一本食べきるのに十秒とはかからなかった。
次は豆腐。ちゃんと皿に移して箸を使ってもどうせ三秒で消えた。
そしてゼリーかと思ったら消臭剤。むにゅむにゅしてておいしかった。
イチゴジャムのわずかな残り。勢いあまってビンまで食べた。
一度鎖を解かれた野獣が暴れるのと同じ理屈で、
セイバーは冷蔵庫ごとその中身を食い尽くした。

「タリナイ。コンナモノデハ、ミタサレナイ」

獣の目が、次はタンスだと告げていた。






「……ひどい目にあった。まったく遠坂のやつ、なに考えてるんだか」

衛宮士郎が凛に帰宅を許可されたのは、結局夜が明けてからだった。
筆舌に尽くしがたい仕打ちを受けながら『ひどい目』の一言で済ませられるのは、
ひとえに惚れた弱みというやつのせいらしい。
太陽が黄色いなー、とぼんやり考えながら自宅への道を歩む。
門をくぐろうとしたところで、遅まきながら彼はその異変に気がついた。

「家が、ない?」

道を間違えたのかなー、と優しい嘘でごまかそうとしても、
くぐった門は確かにいつものそれだった。
ただ、門しかない。広がる荒地。蔵も池も、玄関も居間も客間も廊下も他にはなにもない。
ただひとつ変わらないのは、元居間があった場所にぽつんと残されたテーブルとそれに突っ伏す金髪の少女――

「セイバー!? どうした、何があったんだ!!」

自らのサーヴァント、セイバーを発見してその安否と事の顛末を聞くため駆け寄る士郎。
ここまで大規模な破壊をするのはおそらくバーサーカーいやサーヴァントなら誰でも家一つ吹き飛ばすぐらい軽いはずどっちにしろ誰かの襲撃をうけたに違いない敵はまだいるのか桜は藤ねぇはセイバーはどうなった―――!
多くの懸念が頭の中で渦を巻く。

「セイバー、無事か!」

中でも一番の大事がまず口をついて出た。

「ええシロウ。いまだ空腹であるということをのぞけば、おおむね健康です」

セイバーは相変わらずの姿勢だったが、その答えに安堵する。
腹が減っている、などといかにも彼女らしいことを言うからには、大した怪我もないようだ。
ただいささかほっとしすぎたせいで、士郎は地獄の底から響くような昏いセイバーの声に気づけなかったという致命的なミスを犯してしまった。

「それで誰が攻めてきたんだ。…えっと、家とかなくなってるけど」

「おいしくいただきました」

「そうか。すまんセイバー、こんな時に家を空けてて悪かった。土蔵まで壊れるなんて、よっぽど激しい戦いだったんだろ」

徹夜明けのため、士郎はけっこうボケていた。

「おいしくいただきました」

「いや、責めてるんじゃない。家なんてセイバーが無事だったんだから構わない。
 ……そういえば桜と藤ねぇ、今朝は来てないみたいだな。バレなくてよかったけど、二人とももう学校行ったのか?」

「いえ、おいしくいただきました」

「そうか。よし、今日は遠坂の家に朝ごはんを貰いにいこう。魔術の基本は等価交換だって思い知らせてやる」

行こう、とセイバーに伸ばした士郎の手は、逆にがっしりと彼女に握られていた。
その腕の華奢さと温もりに惑わされて万力のような力に気づかなかったのは幸か不幸か。
ともかく衛宮士郎は、照れて顔を真っ赤にしながらセイバーという名の死へと一歩一歩近づいていった。

「ちょ、ちょっと急に引っ張るなセイバー……!
 近すぎだって、もうちょい離れろ、離れてくれ……!
 え?な、そんな朝っぱらからむぎゅ……頭?あたまになんかついてるのか、っていたいいた  い!やめろセイバー、噛むなってば、痛っ!なんだこれ、血が垂れてきたぞセイバーなにを  やって…え、いただきます?ははは冗談やめろよそんなもぐもぐとかぱくぱくとか耳元で聞
 かされたらほんとに食べられてるみたいじゃないかいやだからって耳を噛むなうわ右耳喰
 いやがった俺の体は剣で出来てるからおいしくないからそれ以上喰うな本気で死んじまうだ
 ろセイバァァァァーーーーー!!」

もぐもぐ、ぱくぱく

「おいしくいただきました、シロウ」

それは後に幾人ものサーヴァントと一般人を飲み込んだ謎の黒い影誕生の瞬間。
アンリマユは、こうして生まれた。







「っ――すまない、シロウ」



DEAD END



あとがき:ごめんなさい。
はらぺこセイバー→何でも食べる→○っちゃん、と単純な発想で生成。
他の方とかぶってないことを祈ります。



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