周りを睨む、そこには影の姿は無く臓硯やアサシンの姿も無い。
ただ、始末しろとでも言われたかのように蟲だけが残っていた。
鞘の効果で蟲は俺たちに近づけない。
そこから先は、ただ蟲をいたぶるだけの戦いにもならないものだった。
◇
――運命の輪―― 8.5話 ”A Formal Contract.”
◇
――Interlude 8-1―― 遠坂視点
深夜、巡回の後に家に戻って寝ようとした矢先に来客があった。
わたしの家を訪問するような輩は、少なくともいない。
訂正、一人(二人?)いた。
玄関に行き、扉を開ける。一応、間違いだった時のために宝石を持っていった。
そこには予想通り、衛宮士郎とセイバーのサーヴァントがいた。
しかし、様子がおかしい。
居間に連れて行ってからの、わたしの第一声は
「――何が、あったの?」
非常に不愉快な声となってしまった。
◇
衛宮くんは疲労困憊、セイバーは完全に衰弱しておりソファーに寝かせてある。
セイバーは衰弱しているが、呼吸は安定し、眠って疲労を回復させようとしているようにも見える。
話を聞いた限り、とんでもない目に遭ったようだった。
柳洞寺でアサシンと戦闘。
セイバーが孤立し衛宮くんが追うが臓硯による妨害。
どうやら、臓硯はアサシンのマスターになったらしい。
妨害を振り切り、セイバーの支援に駆けつけるが、そこにあの黒い影が居た。
セイバーが影に吸収されかけ、それを阻止する。
この部分はあやふやに誤魔化され、詳しいことを訊けなかった。
その後、残った蟲を始末する。
セイバーの状態は今よりも悪く、すぐにでも消えてしまいそうだったらしい。
そして衛宮くんは、セイバーに血を飲ませた。
――魔術師の血は精に次ぐ魔力の塊で、使い魔の類には簡易の応急処置にはなるだろう。
実際、少しは回復してはいる。しかし、
「この足、踝から下は完全に汚染されているから、一日二日で治らないわよ。魔力を通せば消えるってわけでもなさそうだし」
直接影に触れていた足首から下は、治癒に大分時間がかかる。
「それじゃあ、この屋敷で休ませてやってやれないか。遠坂邸は吸血鬼が寝床にしていた霊脈にあるんだろ?
まわりのマナを吸収したりすれば、セイバーの回復も早まると思うんだが」
「まあ、いいけど。セイバーはそれで納得するの?ここは一応、他のマスターの工房なんだし」
「そうです、シロウ。私は平気ですから、あの家に戻りましょう」
「セイバー!?お前、大丈夫なのか?」
いつの間にか、セイバーは身を起こして気だるそうに座っていた。
「平気ですと言ったでしょう。私を心配することはありません」
「そんな体でふざけたことを言うなよ」
「こんな身でも盾となるぐらいのことはできます」
「盾、か。君は誰かを助けるという事に自分を含めていない。それは致命的だ」
「アサシンも同じ事を言っていました」
「なら何故……」
「私はサーヴァントです。主(マスター)を守るのは当然でしょう!!それに、その事は貴方にも言えることです。人のために後先考えずに行動するのは貴方でしょう」
沈黙。そして、
「……そうだった、君はそんな風だったな。すっかり失念していたよ――本当に、頑固な奴だ」
衛宮くんはよく分からないこと言って微笑み、言った。
「俺は、そんな体で盾になられるよりも万全の状態で剣になって欲しい。」
「しかし、」
「セイバー」
「ですから、」
「セイバー」
「シロウ、――やはり、貴方は卑怯です」
「分かってくれたか?」
「ええ、そうですね」
優しく微笑みながら、セイバーに話しかける衛宮くん。セイバーは不機嫌そうにしている。
でも、そのセイバーが何故か嬉しそうに見えた。
――Interlude out――
――Interlude 8-2―― アーチャー視点
凛の屋敷を訪れた衛宮士郎――昔の私はセイバーを連れていた。
これは、並行世界のなかでも特に珍しいものだろう。
この頃の私はまだ未熟。先日、投影をして私に打ち勝ったのが気になるが…
しかし、あの影から逃れるのは、ほぼ不可能の筈だ。
この世界の衛宮士郎はナニカが違う。何より、知識。
契約の方法、血での魔力の補給、そして投影。
本来、まだ知らぬ筈のモノを知り、使いこなしている。
<ふむ、一度問い詰めてみるか>
偶然にも、衛宮士郎が、聞きたいことがあると名指ししてきた。
丁度いいので、地下で話をすることにした。
◇
地下に着いてからのヤツの第一声は
「今から話す事は、全て真実だ。だが、信じる信じないはおまえに任せよう」
だった。
その話を要約すると、
――衛宮士郎は、幾度も聖杯戦争を繰り返している。
「なるほど。それならばおまえの知識量、小源(オド)の事も納得がいく」
「原因は解るか?エミヤ」
「アーチャーで良い。貴様の考察は、大体は合っている。しかし干渉しているのは聖杯ではない。願望機にすぎん聖杯に、消えた後で魂に干渉する程の力は無い。干渉しているのは大聖杯だ」
「大聖杯が?しかし、アレは”孔”を開くだけだろう」
「アレは”この世、全ての悪(アンリマユ)”に汚染されているだろう?」
「それが何だって……ああ、そうか。つまり、アレの中のアンリマユが俺に興味を持った、と」
「そうだな、自身の一部といえるモノを破壊されたのだ。恨み言でも言わんと気がすまんのだろう」
「復讐者(アベンジャー)。第三魔法、不老不死の成功例。聖杯のなかで受肉しているアンリマユ――やはり、言峰の発動した聖杯に取り込まれかけたのが発端だろうか?そ…」
うむ、実際数年分は知識が増えているらしい。私に相当する程か。
ただ、人の話を聞かずに思考に耽るのは止めたほうが良い。
私の知りたいことは、今ので殆ど分かった。
喩えれば、衛宮士郎は大アルカナの『The Wheel of Frotune(運命の輪)』の逆位置だ。
逆位置の場合のキーワードは避けられない運命や暗転、停滞などのもの。
正に今のこの男の状態を表している。
そしてこのカードの象意はサイクルの終わりと始まり。
壊れた運命の輪は逆転し続けこの男を巻き込む。
――「運命の輪」が回転することによって、ひとつの物事の終わりと始まりを体験する、これは「偶然発生」すること。
人は誰も自分の「運命」を操作することなどできない。
私達がどこから来て、どこへ行くのか、どうしてここに居るのか…?
「神のみぞ知る」こととして称されるのにふさわしい私達の「運命」。
根拠なく降りかかり、そこに人の意志など介在する余地はない――
これに衛宮士郎は抗おうと言っている。面白い話だ。
「お前は、運命の輪を元に戻せるのか?衛宮士郎」
◇
最後に私の聞きたいことは――ただ一つ
「衛宮士郎」
「何だ?」
「私の最後はどうだったのだ?貴様が答えだしたと言った、私の最後は」
「は?――ああ、アイツは笑っていたよ。遠坂に俺を任せて満足そうに。そうだな、まるで俺見たいな笑い方だった。」
「……そうか」
私ではない私、唯一のチャンスを棒に振った、その私の答えを知ることが出来た。
――どうやら、そのオレは本当に満足できる答えに辿り着いたみたいだな
昔のような口調でその気持ちを噛み締める。
怒りか、憎しみか、羨みか、妬みか、疑問か、喜びか、諦めか、それらの渦巻く感情を――
――Interlude out―― 士郎視点へ
家に着くと、時刻は午前二時前後。
玄関で桜に会った。どうやらずっと待っていたらしく、気にせず待つなと注意しておく。
セイバーの事を聞かれたが、知り合いの家に暫らく泊まる、と言って誤魔化した。
桜は思い詰めるタイプだから、もっと気楽にいけ、というのは一応伝えておいた。
布団に入り、眠りにつく。これから、どうなるのだろうか?
to be Continued
副題の意味は『本契約』です。(たぶん)