そんな状態で、頭の中では
――十年前の風景がいつまでも離れなかった。
◇
――運命の輪―― 8話 ”survive.”
◇
体調は万全。昨日のアレが嘘のように感じるほど、体は軽かった。
桜は昨日、セイバーと喧嘩して顔をあわせ辛いそうだ。
俺とセイバーの朝飯を作って、一足先に学校に行ってしまった。
詳細をセイバーに聞くと、桜の勘違いに近いものらしい。
セイバーと桜は、二人とも互いを気遣って、気持ちのすれ違いがあったようだ。
朝のニュースで、三十名に及ぶ意識不明者が出たと報道していた。あの影の行為であろう。
セイバーと話し合い、巡回では影の探索をするという方針にすることにした。
しかしあの影は、倒せる倒せないの次元の話ではない。
”この世、全ての悪(アンリマユ)”と同等の呪いが歩き回っているのだ。
原因を調べなければ、どうにもならない。アーチャーが知っているようだったので、遠坂に協力を要請しよう。
◇
学校で、藤ねえが暫らく家に来れないことを聞く。日常の一コマが減ってしまい、空虚さを感じてしまう。
ついでに、藤ねえが俺になにか起こる、と不吉なことを言ってきた。
屋上、昼休みに遠坂と落ち合う。
影のことについて、排除するという意見は賛成された。
今後の予定も指定してくれて、とてもありがたい。
しかし、
「わたしは臓硯を追うから」
これは気になる。
影を倒すならまわりを綺麗に片付けてからということらしい。
間桐邸に乗り込むとも言うが、危険である。無理せずに、と伝えておいた。
アーチャーに話を聞きたいというと、明日遠坂の家に来いと言われた。
◇
今日の巡回は柳洞寺に向かう。
屋敷でその事が決まると、セイバーが桜の話をしてきた。
曰く、桜は自責の念に囚われている、と。
薄々気付いていた事だったが、他の人に指摘されて直さない訳にはいかない。
今度、話をしてみようか?
◇
石段を登りきった。境内を抜け、寺の中を探る。本殿を最後に調べ、寺の裏側に向かおうと廊下に出る
その瞬間に、――嫌な予感がした。その予感から逃れるように転がる。
立ち上がると同時に先程まで自分のいた地点を見る。そこには投擲武器(ダーク)が刺さっていた。
「シロウ!」
セイバーが叫び、俺はバックステップをしながら、投影した双剣で短剣を防ぐ。
「アサシンか!!!」
――この攻撃方法から、言峰の言っていたアサシンだと推測する。アサシンは本当に佐々木小次郎ではないようだ
短剣が投擲されている方向を見ると、白い髑髏の仮面が浮いていた。
否、黒衣を羽織り、闇に同化して見えるだけだ。
臆す事無くセイバーが斬りかかる。
近づこうとするセイバーに、アサシンが短剣を投擲し後退する。
幾つかはセイバーを逸れて俺に向かってきた。
――アサシンは、サーヴァントではなくマスターを狙う暗殺を得意とする。
故にアサシン。殆どの攻撃は俺を狙ったモノだった。それが俺を狙うのは当然のこと。
しかし、アサシンの攻撃は俺を確実に仕留めようとするモノではない。
おかしい、そう疑問に思い始めると、アサシンは廊下を抜け何処かに消えた。
「待て、アサシン!」
セイバーが追う。
しかし、嫌な予感がする。先程とは比べ物にならない悪寒。
このままセイバーを行かせれば、大変なことになる。そんな、確信めいた予感だった。
既に、廊下の端から端ほどの差がある。だが、今すぐ追えば間に合うだろう。
身体を強化する。脚に魔力を通し、疾走する。
◇
あと少し、角を曲がればセイバーが居る筈。
セイバーたちには及ばないが、人の普通を遥かに越えた速さで走る。
そこまで来て、目の端に小さな複数の影が見えた。
斬、斬、斬、斬、斬
複数のナニカは真っ二つに斬られ、無様な死体を曝した。
それは蟲。ふと周りを見ると、数え切れないほどの蟲に囲まれている。
蠢く蟲は、見たこともないような種類で、普通の虫よりも強い嫌悪感を覚えた。
――これが誰の仕業か、考えずとも答えはでた。
「間桐臓硯、邪魔をするな!」
「邪魔なのはおぬしのほうだ、衛宮の子倅。アサシンが用を終わらすまで、そこで大人しくするがよい」
壁のように細かく密集した蟲の中から、老人が哂いながら現れる。
――ただ何も言わず、その体を切り裂いた。
何故体が復元しているのか、そんなこと些細な問題だ。
臓硯は魔術師、欠けた部分を復元する術などもっていておかしくは無い。
それが大魔術と呼ばれるモノでも、五百年を生きた妖怪にはそれ以外の方法でも実行できるだろう。
斬るのに使った双剣が溶けた。これも些細な問題だ。
この身は幾らでも武器を投影できる。こんなものは痛手でもなんでもない。
首が転がる。それでも臓硯は喋り続ける。気にしない。
今は、セイバーの身に降りかかるだろうこの嫌な予感を消し去りたい。
新たに投影した双剣で壁(ムシ)の一部を斬り裂き、飛び込む。
受身を取り、立ち上がった。そこには、セイバーとアサシンが対峙していた。
しかし、おかしい、
――セイバーが、あの黒い影に囚われている。
「セイバーーーー!!!」
突進する。まず目の前のアサシンに踊りかかった。
「む、」
アサシンは一言呻き、闇の中に消えた。
追いはしない。一足飛びでセイバーの元に向かい、影の上に降り立つ。
そして、あの『呪い』に包まれた。
「ぐ、う」
体が焼ける。熱いコールタールの中に落ちた感覚。
遠坂を庇って”影”の影に立った時とは、比べ物にならない程嫌な感覚。
「シロウ――」
セイバーが影を振り払うためか、最大出力の魔力を放出して剣を構える。
それは、
ザクリ
「キ、キキキキキキキーー!!!」
――俺の背後を狙った、呪いの手を切り落とした。
セイバーの体が影に倒れこむ。手を伸ばして、慌ててセイバーを受け止めた。
影が俺の体を侵食する。
苦しい、辛い、逃げたい、でもそんなことは出来ない。
これは英霊にとってよくないものだ。このままだと、セイバーは消える。
嫌だ、セイバーがこんなことで消えるなんて許さない、許される筈がない。
こんな事が前にもあった。”この世、全ての悪(アンリマユ)”に呑まれた時。
妖精郷の名を冠する聖剣の鞘。今にも消えそうな、腕の中の彼女の鞘。あの時はソレを投影した。
だが、あれからあの鞘の投影に成功したことは無い。成功するのは必ず、セイバーが窮地に陥ったときだった。
そう、今がその時。確信できる。今なら、あの鞘を投影できる。
投影を開始する。俺の半身は、すぐに手の中に現れた。
「――”全て遠き理想郷(アヴァロン)”」
光の粒子が俺と、俺の抱えるセイバーを包む。
俺たちを中心に、黒い影は退いて行く。
セイバーを侵食していた影は、光に浄化され消え去った。
――しかし、セイバーの踝から下が黒い。殆どアレに侵されたからだろう、治療しない限り動けそうには無い。
「遠坂の小娘には使い道があるが、おぬしはどうしようかのう、小僧?」
風に流されるように、しわがれた声が聞こえた。
周りを睨む、そこには影の姿は無く臓硯やアサシンの姿も無い。
ただ、始末しろとでも言われたかのように蟲だけが残っていた。
鞘の効果で蟲は俺たちに近づけない。
そこから先は、ただ蟲をいたぶるだけの戦いにもならないものだった。
to be Continued
副題の意味は『生存(生き残る)』です。(たぶん)