”黒い影”はその場に留まり、蜃気楼のように立ち続ける。
その光景を、何故か懐かしいと感じた。
◇
――運命の輪―― 7.5話 ”Another Battle”
◇
あの”影”が現れた瞬間、怯え、恐れ慄きながら臓硯は公園を離脱した。
その後、誰も動かない空間で、”影”の影が動き出した。
狙いは遠坂。獲物を見つけ、貪欲に喰らい付く。
アーチャー、セイバーでは間に合わず、遠坂は気付かない。
消去法で遠坂を助けられる者は、俺一人だけ。
そして遠坂を突き飛ばした。
――結果、俺は影に飲み込まれた。
影の中はまるで”この世、全ての悪(アンリマユ)”に近い、いや同一の呪いのようだった。
体がだるい。一体アレは何だったのか。
その答えは、
「助かったか。まあ本体に触れた訳でもなし、実体のあるモノなら瘧を移された程度だろう」
アーチャーが知っているようだ。
アイツはキャスターの消えた今、町の人々の魔力を吸い上げているのはあの影だと言った。
そして、俺を見据え
「どうやら、私怨を優先できる状況ではなくなったようだ。そうだろう、衛宮士郎。
アレがなんであるかは、おまえの直感が正しい。
……ふん。サーヴァントとして召喚されたというのに、結局はアレの相手をさせられるというワケだ」
「アーチャー……?貴方は、一体」
「そうか。君はまだ守護者ではなかったな。ではあの手の類と対峙した事はなかろう。……まったく。何処にいようとやる事に変わりがないとはな」
俺達に背を向け遠坂と立ち去ろうとする。――寸前。
「……いや、そう悲観したものでもないか。
―――まだ事は起きていない。後始末に留まるか、その前にカタをつけるのか。今回は摘み取れる可能性が、まだ残されているのだから」
そう言っていた。
――Interlude 7-1―― 柳洞寺にて
一日前に槍兵が訪れたこの寺に、また人影がある。
境内のど真ん中を、威風堂々と歩く姿には王の威厳が見える。
金髪の青年、彼の名はギルガメッシュ。彼の『英雄王』である。
「臭うな。こんな所には我が来るべきでは無かったのだが、貴様の不始末のせいでな。こんな所に来ることになった」
それは誰に言っているのか。答えは無く、周囲に人の影も無い。
ただ、黒いナニカが存在するだけ。
「…クー・フーリンよ。既に言葉も無くしたか」
それは、英雄と呼ばれたモノだった。
手に持つ槍は、赤く禍々しいゲイ・ボルク。
青かった痩身は黒く染まり、心臓が在るべき場所には黒い靄があった。
「それで英雄を名乗るか。ならば英雄王として汚点を消してやらねばならんな」
青年が手を上げる。
周りの空間が歪み、数十本の武器の柄が現れる。
パチリ
と、指が鳴らされた。その音と同時に、あらゆる武器が槍兵に牙を向ける。
しかし――
「ふむ、『矢よけの加護』とは目障りなモノを持つ」
それらの全ては防がれた。
槍は、点ではなく線の攻撃で薙ぎ払う。
それに巻き込まれ、武器は次々に打ち落とされる。
点ではないのは、それでは防ぎきれないからだろう。
「ならば、その加護の限界を試してやろう」
武器が弾かれ、一瞬後にはその数を上回る武器が放たれる。
時間では数分、感覚では無限であったその半無限ループに、遂に終わりが訪れた。
ドスッ
一つの細長いシルエットが、その胸を貫いた。
その後に次々と襲い掛かる武器。
敗北したのは槍兵。胸に刺さっているのは、彼の持つ槍と全く同じ。
「は、『必ず心臓を穿つ槍』とは愉快な槍だ」
武器の突き立てられた肉槐に、英雄王が話しかける。
「どうだ、クー・フーリン。わが子を殺し、親友を殺し、神話の最後に自分自身を貫いた槍の感想は?やはり、英雄はその神話の最後と同じ最後が相応しいな。」
どこか悦に浸るような言葉に、槍兵の体が反応した。
――既に槍兵は息絶えていなければおかしい。
しかし、彼の生存能力は、致命的な傷を負わない限り彼を生かそうとする。
否、致命的な傷を負ってさえも、暫しの時間は生き延びる。
まだ彼の意識はあった。
意識らしい意識ではなく、ただ目の前の敵を倒せという本能であったが。
宝具を発動できるような知性は彼には無い。
操り人形には、ただ命じられたことを実行するのみ。――
英雄王に襲い掛かる。その身はまるで、針鼠のよう。
その体で、渾身の一撃を放つ。
「ぐっ!?」
槍は、英雄王の脇腹を捕らえた。しかし、浅い。
死に至らすことは出来ぬ、掠り傷に等しい攻撃、しかし最後の一撃を加えた。
その表情が仄かに誇らしげに笑っているように思える。
誇り高き『アルスターの戦士』は日本の豪傑、弁慶と同じ仁王立ちの最後を迎えた。
◇
徐々に崩れる槍兵の体。
傍らには脇腹を押さえ、憤怒の表情で消え行く亡骸を見詰める英雄王の姿があった。
「ちっ、我に傷を負わせるとは予想外だった。神父に治療を頼むしかなさそうだな」
槍兵を蹴り飛ばし、ギルガメッシュは境内に背を向け、石段を降りていった。
後には血の跡一つ残ってはいない、しかし、戦いの痕跡が残されていた。
そして、英雄王は気付いてはいなかった。槍兵が黒い影に飲み込まれていることに――
――Interlude out――
――Interlude 7-2―― 柳洞寺にて
黒衣を羽織る、髑髏の仮面が唐突に寺に現れる。
その視線の先には、戦いが有ったであろう微かな痕跡。
「門番の代わりが倒されたようだな」
その代わりの姿は既に無く、あの黒い影に戻ったのであろう。
「さて、倒したのは如何なるサーヴァントか。マスター共々、探し出さねばな」
なにかを楽しむような口調で、アサシンは数刻前に戦場だった場所を眺めていた。
――Interlude out―― 士郎視点へ
いつの間にか、自分の部屋に戻っていた。布団の中で眠りかけている。
耳元で何かを囁かれるが、聞こえない。体の感覚が薄く、五感も正常ではない。
そんな状態で、頭の中では
――十年前の風景がいつまでも離れなかった。
to be Continued
あとがき
オリジナルストーリーが入りました、鴉です
いや、ギル様をランサーと戦わせたかったからですね。やっちゃいました。
アーチャーと士郎の二人だけ、ていうのがやりたいな。
副題の意味は『もう一つの闘い』です。(たぶん)