日常の終焉と裏切り そして・・・ 前編
2月2日
ベッドで安眠を貪る綾子に天敵が先に目を覚ました。
「朝にゃー、朝にゃー」
「ん・・・・ぁふぅ」
綾子はその天敵(目覚まし時計)の音に微かに反応するが覚醒するには至らず、ベッドの中で抱き枕を耳栓にして軽く喘いだだけだった。
学園での彼女を知っている人間が見たら、今までの考えを改めるかもしれない。
それほどまでに今の彼女は年相応の可愛らしさを持っていた。
しかし天敵はそんな姿を晒す綾子を嘲笑うかの如く、音を大きくしながら次の行動に移った。
「朝にゃー、朝にゃー、早く起きにゃいと折角のヒロインの座を引きおろすぞー」
「う、うっさい・・・この化け猫」
バキッ。
「ろ・・・り・・・・・」
目覚ましが不穏な事を口走ったため、思わず眠りから覚醒し思い切り叩く。結果、これ以上の不穏な言葉を止めて沈黙した。
「痛ぅ〜〜、相変わらず硬いわね〜、この目覚まし」
ベッドから上半身を起こし叩いた手を擦りながら目覚ましを見る。
目覚ましは猫と人を付け合せたような姿をSDにした形状をしていた。
「あまりにもキモ可愛いかったから思わず衝動買いしたけど、失敗だったかな」
この目覚ましは少し前に遠坂と一緒に遠出をしたとき、怪しい露店で買った物だった。
遠坂は「こんなの昔のゲームに出てきて馬鹿を言いそうなキャラの何処が良いの?」と呆れていた。
しかし性能は文句の付け所が無いほど良く、目覚まし声の種類も「中にあるコンピューターがランダムで作っていますので、毎日が刺激的ですよ〜」と露店の人が言っていたが、事実、今までの中で一つとして同じ言葉が出ることは無かったし、確かに毎日が刺激的だ。
「でも、心臓には悪いかも」
あたしは呟きながら目覚ましのお腹にあるアナログの文字盤を見ると、こうしてぼ〜っとしている時間が無いことに気付き慌てて準備する。
大方の準備が終わり、リビングに着くと母が朝食の準備をしている。
「おはよ、お母さん」
「あら〜起きたの、綾子」
皿を出すのを手伝いつつ挨拶を交わす。
「今日は頼んだわよ」
「・・・・ん、何が?」
食事中、母が何を言ってきたのか分からず、聞き返す。
「忘れちゃったの、今日は道場の先生からお父さんに見せる物を預かってくる予定でしょ」
「あっ、あぁ〜そうだったね、大丈夫ちゃんと寄っていくから心配しなくても」
「ほんとうに大丈夫なの」
母はあたしが忘れやしないか心配なようだ。
「大丈夫よ」と母に言い、食事を終えると学園に行くための最終準備に取りかかる。
「んじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい、頼んだわよ〜」
母にしつこい位に心配され、あたしはいつもより少し早い時間に家を出ることにした。
(でも、あそこに行くのは久しぶりね)
あたしは道場のことを思い出していた。
その道場の主は祓岐勝旦(ふつぎまさかつ)といい、実戦派の日本剣術を教えている。
もう五十を超える歳なのに、その体捌きや剣筋はその道の人に聞くと今でも日本で最高ランクと言われているらしい、が、本人はいたって陽気な性格であたしにも色々と教えてくれた優しい先生だった。
(部に入ってから敬遠になっていたから挨拶するには丁度いいか)
と、考えつつ学園に向かった。
朝錬を終え教室に向かっていると。
「おっ?」
「あっ!」
昨日、学校をサボった遠坂と廊下で出くわした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言のまましばらく肩を並べて歩き出す。
ふと、あたしは遠坂にあることを確認するため行動を起こす。
「昨日はどうしたの遠坂さん。学園に連絡も入れずに休むなんて、何かあったの」
(訳:昨日はどうした遠坂。ズル休みなんかして、一体何してたの)
笑顔で遠坂に聞いてみる。一瞬、遠坂はう゛っと顔をしかめたが。
「ええ。急に用事が出来てしまって、その用事が終わるまでは連絡できなかったの」
(訳:いきなり何言い出すのよ、ちょっと用事があって来れなかったのよ)
遠坂も笑顔を浮かべながら答えた。
「そう・・・一体何があったの」
(訳:まさか男絡みか?教えろ遠坂)
「い、いいえ、大した事はありませんでしたから気にしないで」
(訳:ちょ、ちょっと、いきなり何言い出すのよ。そんなんじゃ無いから安心して)
「そうなの?」
(訳:本当なんだろうな?)
「ええ、そうゆう事だから大丈夫よ」
(訳:本当よ、だから昨日のことには触れないで)
ふむ、男絡みでは無さそうなのであたしは安心した。
廊下は登校する学生がいる、あたしはともかく遠坂は猫を被っている身なので腹の探り合いにも神経を使う。
その後は楽しく二人でお喋りをしながら教室に入っていった。
interlude2−1
「先ほどの人物は凛、君の友人かな?」
遠坂凛は席に着くなり何か含みのある口調で男性に話しかけられた。
しかし、彼女の周りには話しかけた男性の姿は見当たらない。
だが、彼女は呟くような小さな声で。
「そうよ、何か問題があるのアーチャー」
「いや、さすが君の友人だ。良く似ているよ」
凛にアーチャーと呼ばれた者はそんな小声で言われたのにも関わらず返事を返した。
まるでその人物がすぐ近くにいるような感覚を持つ。
「本当に嫌なサーヴァントね」
「何故だ?私は君に似て美人だと言っているのだが。何か気に触ったのなら謝るが」
「そ、そういう所が嫌なのよ」
彼女は一人で怒ったり、顔を赤らめていたりしているが運良く誰も見ていなかった。
「・・・・・」
「アーチャー?」
声の主は急に真剣な雰囲気に変わった。
「君の友人の為にも、一刻も早く結界を探すことにしよう」
「・・・そうね」
きーんこーんかーんこーん
凛が答えた直後、チャイムが鳴り始め二人の会話はそこで終わった。
interlude out
「なぁ美綴。ちょっといいか」
「ん、蒔寺さん。一体何の用?」
今日は土曜なので午前中で授業が終わり、食事や部活に出るため弓道場に向かおうと教室を出て行く前に、後ろから蒔寺さんに呼び止められた。
昨日の事は忘れてしまったのか、相変わらず敵意のある態度で接してくる蒔寺さん。
その後ろでは呆れ顔の氷室さんと心配そうな顔であたし達を見ている三枝さんがいた。
あたしは三枝さんに優しい笑顔(やっちゃうよの合図)を向けると三枝さんは諦め顔になり、隣にいた氷室さんが「フォローはするが、少しは手加減してくれ」という顔をしていた。
さて、一応お友達の了承も取ったし思う存分やりますか。
「なぁ、無視するなよ。遠坂が昨日、なんで休んだか知ってるんだろう」
あたし達のやり取りに気付かず、突っかかってくる蒔寺さん。
まずは軽〜いジャブ。
「あら、蒔寺さんは聞いてないの」
「う゛、あたしは聞いてもよく分からなかった、だからわざわざアンタに聞いてんだろ」
蒔寺さんは多少怯んだものの、すぐに反撃してくる。
さすがにジャブじゃ倒れないか。内心、苦笑を浮かべるあたし。
ならば。
「本人から聞いたんでしょ。なら、あたしに聞いてくるのは筋違いじゃないかしら」
「はうっ」
あたしは少し怒ったフリをして蒔寺さんを叱り付ける。
「それに、もしあたしが聞いた事とあなたが聞いたことが違っていていたら、一体どうするつもりなの?」
「あ゛う゛っ」
あたしは蒔寺さんの弱り具合を見て、一気に畳み掛ける。
「遠坂さんは身の回りをこそこそと調べる人を嫌うでしょ」
「う゛ぅ゛〜」
「彼女の友達であるあなたが、彼女の嫌がる事をするのは感心しないわよ」
「う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛〜」
KOの二文字が頭に浮かんだ。
「用は済んだわね蒔寺さん。じゃあ、あたしはもう行くから。氷室さんに三枝さん、後は頼んだわよ」
あたしは蒔寺さんの後始末(慰め)を二人に任すと教室を出て行った。
背後から「あ、あの、あくまー」という叫びには正直、カチンときたが何とか怒りを抑えることが出来た。
あたしは部員たちと昼食を食べるため、弓道場に向かった。
「ん?」
弓道場へと続く道で、見知った顔がこちらに向かって歩いてくる。
「おーい、遠坂ー」
「えっ、美綴さん?」
あたしは遠坂に近付く。
「まだ、帰っていなかったの」
「ええ、少し用事があって」
「本当か〜?」
遠坂は帰宅部のはず、あたしは訝しげな視線で見る。
そんなあたしの視線を遠坂は軽く往なす。
「本当よ・・・あっ、そうだ美綴さん」
「ん、何?」
「今日、部活が終わったらすぐ帰るの?」
遠坂の目付きが変わった。
「あ、ああ、今日は用事があるからすぐ帰るけど」
いつもと雰囲気が違う遠坂に、多少気圧されながらも答える。
「そう、ならいいわ」
一方的に言い終えると、遠坂は校舎の方へ戻っていった。
「ん〜、アイツどうしたんだ一体?」
あたしは遠坂の何か納得のいかない行動に不思議に思いながら、彼女の後ろ姿を見送った。
「はいは〜い。今日はこの位で終わりにしましょう」
日が傾き始めた頃合を見て、弓道部の顧問である藤村先生が今日の部活動の終わりを告げる。
部員の皆が後片付けをしていると。
「間桐くーん、ちょっと来てくれるー」
藤村先生は女子部員達と話していた副主将の間桐慎二を呼んだ。
「何か用ですか先生、僕はこれから彼女達と遊びに行く予定で忙しいんですが」
慎二は笑顔を浮かべて、自分の後ろに控えている女子部員達を見る。
「じゃあ、それは次回に持ち越しねー」
「な、何でですか?」
藤村先生は笑顔であっさりと答える、その事に驚く慎二。
「いや〜、最近道場が散らかっているでしょ、弦も最近巻いてないし、だから後はよろしくね〜」
ようするに道場を整理しろという訳である。
「そ、そういう雑用なら主将にやらせればいいじゃないですか」
後片付けをしているあたしを見て、藤村先生に食い下がる慎二。
「美綴さんは今日用事があるみたいなの、それに雑用してるのはいつも彼女じゃない。だから、副主将である間桐くんにやってもらうことにしたの」
手を腰に置き、ちゃんと知ってるんだぞー、と踏ん反り帰るような仕草で慎二に言い聞かせる。
「分かったのなら、後は頼んだわよー」
藤村先生はそう言い終えると弓道場を後にした。
後片付けをしながら一部始終を見ていたあたしは、慎二にザマミロと思いながら用事を済ませるために外に出た。
interlude2−2
間桐慎二はしばらく弓道場で立ち尽くしていた。
「せんぱーい、どうしますぅー?」
「今日は止めときますかぁー」
これから一緒に遊びに行くはずだった女子部員達が聞いてくる。
(畜生、なんでこの僕が雑用なんかしなくちゃいけないんだ)
彼女達の声を背中で聞きながら、心の中で愚痴る。
(雑用なんて綾子にやらせればいいのに、どうせ用事なんて無いくせに嘘言ってるヤツなんだからさ、この僕に嫌がらせするなんて何様のつもりだ)
八つ当たりに近い事まで考え始めた慎二。
「どうするー、なんかせんぱい考え込んでるけどー」
「もうー帰っちゃよっかなー?」
「そーするー?」
「え、ちょっと待ってくれないか?」
帰ろうとする彼女達に気付き、慌てて引き止める。
「だってー、せんぱいはー雑用を片付けるまで帰れないじゃないですかー」
「待ってたらー、店閉まっちゃうしー」
「ほかにー、頼める人もーいないじゃないですかー」
「・・・・・頼めるヤツ!!」
彼女達の一人が言った頼める人間を思い出した。
(そうだ、アイツなら雑用を押し付けることが出来る)
慎二は喜んだ。
「大丈夫だよ。ちょっと皆で校舎へ行こうか」
慎二は笑顔を彼女達に向けた。
interlude out
日常の終焉と裏切り そして・・・ 前編 了