「ふぅ。」
今まで処理していた書類をまとめる。
「終わりましたよ、橙子さん。」
「そう。 ご苦労様、幹也君。 今日はもうあがっていいわよ。」
橙子さんは今眼鏡をかけているため性格が丸くなっている。
「解かりました。 それじゃあお先に失礼します。」
道具を片付けて事務所を後にしようとした時、
「待て黒桐。」
呼び止められて振り返ると、橙子さんは眼鏡を外して立ち上がっていた。
「黒桐、裏口から外に出ろ。」
橙子さんは自分のデスクの下に置いてあったのだろうオレンジ色のトランクを手にしていた。
「一体何があったんですか?」
「私にお客さんだ。 それもとびきり性質の悪い。」
稀に橙子さんに喧嘩を売りに来る輩がいるらしい。
けど大抵は橙子さん自らは出ずに使い魔や鮮花の手で追い返されている。
「いつもみたいに使いまで追い返さないんですか?」
「どうやら使い魔どうこうできるレベルの相手じゃなさそうだ。」
「大丈夫なんですか?」
「さあな、なんともいえないな。 だが一つだけいえることは黒桐。 お前がここにいたら邪魔になるということだ。」
「・・・・・・解りました。 気をつけてくださいね。」
ここは橙子さんを信じて裏口に向かう。
が、
「何処に行こうというのだ。」
「えっ?」
裏口に向かおうと奥へ行くとそこには見慣れぬ格好の男が立っていた。
男は右肩と胸に灰色のプロテクターを着けていて、その下は和服だ。
上は緑で、下は藍色の袴をはいている。
髪は短く切り込んでおり瞳の色は緑色だった。
「・・・・・・・・・貴様、ここが何処だか判っているんだろうな?」
「無論だ。 人形師・蒼崎橙子のアトリエとお見受けする。」
「ほう、それなりの礼儀をわきまえているなら名ぐらい名乗ったらどうだ?」
「失礼した。 我が名は九蛇。 古より続く一族、暗夜に仕える者だ。」
「暗夜だと? ・・・・・・で、その暗夜に仕える者が私のアトリエに一体何の用だ?」
「ふむ、なにやら勘違いをしているようだ。 我は人形師・蒼崎橙子のアトリエにいる黒桐幹也という者に用がある。」
「えっ、僕に?」
「黒桐に一体何の用だ?」
「主には関係ないことよ。 ともかく黒桐幹也は連れて行く。 おとなしく来るも良し、刃向かうも良し。 好きな方を選べ。」
「ふん。 悪いが黒桐は渡さんぞ、内の大事な職員だからな。 さて、来て早々で悪いが、・・・・・・お引取り願おうか。」
「刃向かうか、・・・・・・愚かなる者よ。 よかろう、相手になろう。 その身で知るがいい、我に刃向かうが如何に愚かな事かを。」
「黒桐、裏口から非難していろ。」
「大丈夫なんですか、橙子さん?」
「心配するな。」
「その余裕、私を相手にした後でもまだ残っているかな?」
「お前、九蛇とか言ったな。 私が勝ったら全て話してもらうぞ。」
「よかろう。 万が一にも有り得んがな。 ・・・・・・・・・行くぞ」
慌てて奥に引っ込んだ。
次の瞬間すごい音がして爆風が来る。
何も考えずに外に出る。
橙子さんを信じてここは逃げた方がいいだろう。
巻き込まれるのもなんだし。
一度だけ事務所を振り返る。
窓は爆風で吹き飛んでいて黒煙が昇っている。
そして夜の街に走り出した。
「Exsprode―――」
「覇王・蛇岩撃」
ドゴンッ!
お互いの技の威力は全く互角。
事務所にあった物は跡形も無く吹き飛んで今ではまるであきテナントのようになっている。
「ふん、なかなかやるな。」
「貴様も、まさか我の技が消し飛ばされるとは予想外だった。」
くっ、どうする。
お互いの距離は十メートルくらい。
中距離からの攻撃ではコイツには無意味だろう。
かといって接近戦はコイツに圧倒的に有利だ。
もともとこの狭い事務所の中を戦場に選んだ時点でこちらに勝ち目は無い。
外に連れ出すにしても相手に隙が無い。
これは、やられたかな。
「では、行くぞ。」
一呼吸の間に間を詰めてくる。
「仕方ない。 使いたくは無いが止む終えん。 ―――出ろ!」
今まで手に持っていたトランクを足元において足で小突く。
相手の間合いに入るより速くそれは行われトランクが開く。
そこから、神話に出てくるような怪物が飛び出す。
だが相手は怯んだ様子もなく難なくソレらを灰に返した。
そのまま近づいてくる。
まずい。
「この程度か。」
「Storm―――」
一工程で対応するが間に合わない。
次の呪文を唱えようとしたとき鳩尾に鈍痛が走った。
「また機会があれば会おう。 ・・・・・・先刻言ったとおり黒桐幹也は連れて行くぞ、傷んだ赤色よ。」
「貴様、・・・その名を・・・呼んだ・・・事・・・を後悔・・・する・・・ぞ。」
「させてみろ。」
九蛇の最後の捨て台詞を頭に残して意識は深い闇に堕ちていった。
「・・・さ・・・・・・と・・・こ・・・」
何か聞こえる。
しかしそれが何かまでは聞き取れない。
「橙子さん! 起きてください。」
「っく、鮮花か。」
「橙子さん、一体何があったんですか?」
「不覚にも襲撃を受けた。 ついでに黒桐を連れて行かれた。」
「なっ! ・・・・・・兄さんが。」
「私がついていながらすまない。 だが安心しろ鮮花。 黒桐は私が必ず連れ戻す。 ・・・・・・・・・それで、そこにいるヤツ・・・何の用だ?」
「流石は人形師蒼崎橙子。 私は中央協会からの使いのものです。」
「時計塔の? 私を連れ戻しに来たか?」
「いえいえ、とんでもない。 私の力では到底無理でしょう。 私は先程も申したとおり使者なのです。」
「それで、時計塔が私に何の用だ?」
「はい。 実は人形師蒼崎橙子氏に是非協力を仰ぎたいと思いまして。」
「私に協力しろだ? 私がお前らに協力するとでも思っているのか?」
「いえいえ、勿論ただでとは言いません。 協会はもしこの件に協力するのなら今後一切貴女とはこちらからは関わりを持たないと約束します。」
「つまり私を追い回すのを止めるというのか?」
「はい、そういうことです。」
「それで、私に何を協力しろと?」
「はい、その前に暗夜をご存知ですか?」
「ああ、嫌と言う程な。」
「それはそれは。 心中お察しします。」
「御託はいい。 話を続けろ。」
「解かりました。 実は暗夜の生き残りがいるとの情報をつかんだのです。 それで教会より先に暗夜を保護して頂きたいのです。」
「・・・・・・・・・それはアイツにも依頼したのか?」
「ええ、無論です。 今回は相手が相手ですので少しでも補強したいので。」
「・・・・・・他の面子は?」
「はい、都合上残りは二人で、一人は宝石のゼレッチ。 もう一人はアトラスの錬金術師です。」
「はっ、大層なこった。 ・・・・・・貴様ら私とアイツの仲を知らんわけでもあるまい。 それであえて私にアイツと組めといってるのだな?」
「はい。 今回は何分あの暗夜ですので。」
「・・・・・・・・・よかろう。 それで、その暗夜とやらは何処にいるのだ?」
「はい、三咲町です。」
「三咲町? 隣町じゃないか。」
「はい、既に御三方は現地に向かわれました。 現在はそちらにご滞在のはずです。」
そう言って一枚の紙切れを差し出してくる。
「必要ない。 アイツの気配は嫌でも判る。」
「はは、それはそれは。」
「用が済んだならさっさと消えろ。」
「詳しい事項はお三方よりお聞きください。 それとくれぐれも教会より先に保護してください。」
「五月蠅い。 私は同じことを二度繰り返されるのが嫌いなんだ。」
「それは失礼しました。 では私はこの辺で。」
そう言い残してその男はさっそうと人ごみの中に消えていった。
「橙子さん今のは一体どういうことですか?」
「まあ落ち着け鮮花。」
「落ち着いてなんかいられません。 兄さんはどうしたんですか!」
「分かった分かった。 実はな・・・・・・」
「そう・・・・・・ですか。」
「鮮花、さっきも言ったとおり黒桐は私が連れ戻す、・・・・・・・・・なんとしても。 だからお前は安心して待ってろ。」
「・・・・・・・・・橙子さ「ダメだ!」」
「お前のことだから自分も連れて行けって言うんだろうが今回の相手は分が悪すぎる。」
「でも・・・」
「鮮花。 私が帰るまでにルーンの単語を最低千個は覚えておけ。」
「なっ、千個なんて無理です。」
「ほら、やることができたろう。 だからお前は残れ。 これは命令だ。」
「・・・・・・・・・判りました。」
「心配するな、黒桐は無事だ。」
「どうしてそんな事が判るんですか?」
「なあに、アイツらの黒桐の使い道なんて一つか二つだ。」
「何なんですか?」
「一つ目は人質だ。 これが最も濃厚な線だろう。」
「でも橙子さんに対しての人質なら連れ去る意味は無いんじゃないですか?」
「誰も私に対しての人質なんて言ってないだろう?」
「・・・・・・! まさか・・・」
「ああ、その通りだ。 式にとって黒桐は確実に弱点になるだろうな。」
「くっ、こんなことならさっさと殺しておけば良かった。」
「・・・・・・さて、それじゃあ私はもう行くからな。」
「橙子さん、兄さんの事お願いしますね。」
「ああ、それじゃあな。」
一陣の風と共にオレンジ色の魔術師は旅立つ。
暗夜のいる街へ。