ああもう、腹が立つ! 後で覚えときなさいよ柳洞一成!
だいたい士郎も士郎よ! わたしが何度も会いに行ってるっていうのに、いつもいないってどういうこと!?
っていうかなによ、うがあって!? なんでわたしがそんな藤村タイガーばりの雄叫びを披露しなくちゃいけないわけ!? アンタのせいだ! しろーのとーへんぼくー!!
怒りのあまり、思わず心の中で二人を徹底的にいじめぬく。
「あ、あの、遠坂さん!」
む。もう少しで一成が泣きそうだって時に(ちなみに士郎はとっくに泣かしてる……ちょっとかわいいとか思ったり)邪魔するなんて、どこのどいつだ。
「なに?」
──しまった。つい苛立ちが声に出てしまった。
しかも、相手は三枝さんだった。彼女の顔には驚き……というより怯え……かも。まあとにかく、そんなのが見られた。
ほにゃっとしてて、かわいくて、わたしを慕ってくれてるらしい彼女がお気に入りなわたしとしては、そんな顔で見られるのは正直キツイ。罪悪感がビシバシ刺激される。今のは八つ当たりみたいなものだったし。
「あ、あの、えっと、ご、ごめんなさい。わたし、何か遠坂さんの気に障るようなことを──」
悪いのはどう考えたってわたしなのに、三枝さんは謝ってくる。ああぁぁちょっと待って泣くのはやめてお願いだから!
「あ、いえ、三枝さんは何も悪くありません。実はちょっと嫌なことがあって、いらいらしてしまって。それが、つい声に出てしまっただけなんです。ごめんなさい。
嫌なことっていうのもたいしたことではないし、どうか気にしないでください」
慌ててわたしも謝ると、ホッとしたらしく「よかった」といって、ほにゃんとした笑顔を見せてくれた。
……いいなあ、かわいらしくて。
わたしも彼女みたいだったらもっと士郎と──ってらしくもない。遠坂凛ともあろうものが他人を羨むなんて……
それもこれもぜ〜んぶ、馬鹿でアホで鈍感で甲斐性なしで朴念仁で唐変木でそのくせケダモノなアイツのせいだ。…………うわあ……しろーってさいてー……
「ところで、わたしに何か御用ですか?」
士郎にどんな制裁をくわえるかにいくらか思考を割きつつ、聞く。
もちろん優等生スマイルも忘れずに。
「あ、はい。えっと、まだだったらなんですけど……よければその……い、いっしょにお昼食べませんか!」
と、彼女にしては随分と気合の入った声で言ってきた。
緊張してるけど、何ていうか自信あります、みたいな?
──さて、どうしようか。
彼女はこんなふうに、よくわたしを昼食に誘ってくれるが、今まではずっと断わってきた。
魔術師として生きると決めてたので他人と親しくなるのは避けてたし、彼女といるとつい地の性格が出そうになってしまうから。
でも────
「そうでしたか。いつも誘ってくれてありがとうございます。幸い、わたしも今日はお弁当なので、迷惑でなければぜひご一緒させてください」
誘いを、受けた。いろいろとまいっている今、彼女と共にいることで心に安らぎを得たかったから。
「ああやっぱり、でもだいじょうぶです! 今日はわたし…………って、あれ? 今、お、お弁当って……そ、そうなんですか!?」
?三枝さんは随分と驚いている。はて、なんか変なこといったかな。
「ええ、本当ですけど……なにか問題が? ひょっとしてやっぱり迷惑だとか……」
「そんなことはありえません!! 遠坂さんとお昼一緒に出来るなんて、もう死んじゃってもいいくらいの幸せです!!!」
……いや……そこまで喜んでくれるのは嬉しいけど、そんなことで死んじゃダメよ?
「ただその……そう、以前遠坂さん朝が苦手だって聞きましたから、お弁当持ってるのがちょっと意外だったんです。それだけです」
なんて、彼女はそう言うけれど、なんかどこか気落ちしているような……?
「じゃあ教室に戻りましょう。早くしないとお昼休み終わっちゃいます」
でも、見せてくれた笑顔はやっぱりほにゃにゃんとしてた。
うーん、癒されるなあ。
──なんだかんだで疲れている人の多い昨今。彼女の纏う癒しのオーラのようなものの秘密を解明し、商品化できれば大ヒット間違いなしね。遠坂の魔術はお金かかるし、真剣に研究してみようかしら?
商品名三枝さんのヒーリングパック(使い捨て)。
勉強に仕事に人生に疲れたあなた、お一つどうぞ!
袋を開ければ優しい声で「がんばってー。」 ほにゃっとした空気と共に届きます。
常にポケットに入れておきたい一品です。
……………………あはは。こんな変なこと真面目に考える自分をおかしいと感じなくなってきた。こりゃ末期だわ。
いやしてー、さえぐささーん。(←処置なし)
頭の中でそんなことを考えているそぶりはつゆとも見せず。三枝さんと廊下を歩く。
……そういえば、彼女はわざわざ教室を出てきてまでわたしを探してくれたということか。
……お持ち帰りはOKかしら?(←犯罪)
ああもうなんてかわいいの!!
独りが淋しいそこのあなた! 彼女がいればもう大丈夫。健気な心で癒してくれます。
その効果に、あの遠坂凛も絶賛! 「彼女がいればわたしもう士郎なんか要らないわ」
これからの時代、一家に一台三枝さんよね!
────遠坂凛は、もうダメかもしれません。
おっと、いつの間にやら教室に。
「蒔ちゃーん。鐘ちゃーん。遠坂さんがお昼一緒にしていいってー」
────────────あ。
しまった。すっかり忘れてた。
彼女はいつも三人で食事を摂ってたじゃないか──
「ほう。それはよかったな、由紀」
これは、氷室さん。いつも冷静で、わりとツッコミが鋭い。
まあ、彼女は問題ない。
「げ。マジかよ」
コイツ。蒔寺楓。がさつなくせに和服美人。
休みの日には一緒に遊びに行ったりする仲だが、今のわたしの精神状態でコイツといるのはよろしくない。……いまさら遅いが。
「蒔の字。いくらなんでも『げ。』はないだろう。
遠坂嬢に対してその物言い。恐れというものを知らないのか?」
「あ、ヤベ。あいつに聞こえたかな」
……氷室さん。貴女のそれも随分な発言よ?
そして蒔寺。本気でビビッた顔をするんじゃない!
そんなことを言いながらも二人は手際よく机をくっつけ始め、三枝さんもそれを手伝う。っと。わたしもボゥッとしてないで手伝わないと。
「まあでもよかったじゃん。あいつの分まで弁当作ってきた甲斐があったってことだし」
「あ! ま、蒔ちゃんダメ!!」
────え?
「……三枝さん、もしかして貴女……」
思い出す。
わたしを誘うときの自信ありげな声。そのあとのおかしな態度。
「……由紀。君はもしかして遠坂嬢に言ってなかったのか」
「……だって……遠坂さんお弁当もってるっていうから……」
──つまり、だ。
彼女はわたしとお昼を食べるために、わざわざ二人分のお弁当を作って、昼休みにすぐ教室からいなくなったわたしを探してくれて──
……それは、嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。
さっきまで感じてたバカ二人への怒りが鎮静化するのがわかる。
「三枝さん」
「ぁ……いえ、気にしないでください。その……朝、おかず作りすぎちゃったから詰めてみただけだし。た、たいしたものじゃないですから」
「そうなんですか? でも、わたしぜひ食べてみたいです。よかったら頂けませんか」
「え……で、でも。遠坂さんはお弁当あるって……」
問題ない。せっかく作ってくれた士郎には悪いが、わたしを放っとくアイツがイケナイのだ。
「残ったらもって帰ればいいだけです。なんだったら皆さんでいただいてもらっても構いませんし。
たいした量でもありませんから、蒔寺さんあたりがきっと食べ尽くしてくれますよ」
隣で、あたしを引きあいにだすなーっとか言ってるヤツがいるが、無視。
今のわたしは三枝さんのために在るのだ。
「由紀。遠坂嬢もそう言っている事だし、いいのではないか?
正直、彼女の弁当には興味がある。ぜひ食べてみたいのだが」
「鐘ちゃん……うん、そうする!」
うむ、三枝さんが笑ってる。よかったよかった。
「あたしのことはシカトかよ……」
よかったよかった。
さて、なにかやたらと時間がかかった気もするが、ようやくお昼だ。
机を二つ向かい合わせ、その両脇にも一つずつ置く。
わたしの視界には三人の女子。
左から三枝さん、蒔寺、氷室さん。
人呼んで陸上部三人娘。
確かにみんなかなりかわいい顔してると思う。
「あー、やっとメシだよ。腹減ったー」
中身がダメダメなヤツもいるが。
「……蒔寺さん。貴女も女の子なんだからもう少し慎みを持ったらどうです。貴女と街を歩いていると、たまにわたしの方が恥ずかしくなるんですけど。
特に、丸一日何も食べていなかったかのような食事の仕方だけは勘弁してほしいわ」
先月の半ばくらいだったか。コイツと一緒にファーストフードのチェーン店に入ったのだが、そのときのコイツときたらまさに欠食児童の如し。がつがつといった音が聞こえてくるような食いっぷり──いや、喰らいっぷりだった。
……あんな食べ方をするヤツは漫画の中にしかいないと思ってたのだが。
「それってこないだのハンバーガーの話? 仕方ないだろー。あの日は朝食ってなかったからすげぇ腹減ってたんだよ」
「……限度っていうものがあるでしょう」
アレは百歩譲ったところで年頃の女性の行動とは認められなかった。
「なんだよーいいじゃんかよー。どーせみんな遠坂の方ばっかりであたしのコトなんか見ちゃいないんだから。
それに、遠坂が不機嫌そうだったからメシ代おごってやっただろー」
────こいつは今なんと言ったのか。
蒔寺がわたしに食事を奢ったと、そう言ったのか。
「……蒔よ。遠坂嬢はかなり怒っているようだが」
「げ。なんで?」
「……蒔寺さん。食事代を払ったのはわたしです。貴女の分までわたしが払ったんです。
その無意識に自分の都合のいいように記憶を改竄する癖、どうにかしないと考えますよって言わなかったかしら?」
「あれ、そうだったっけ? あ、じゃあおごったのは今川焼きか」
こ!? コイツはぁっ!!
「いいえ! わたしは何も奢られてません。あの後食べたのも今川焼きではなくてクレープ、それもわたしの奢りでした。そもそも、貴女あの日財布を忘れてたでしょうが……!」
友達と遊びに行くのに、さらにその予定がショッピングだったりしたのに財布を忘れるなんてオマエは何様のつもりだ! しかも「あ、財布忘れた。遠坂貸して」なんてかるーく言いやがって……! ガンド発動直前までいったわよ!!
「うそ、マジで? あ、ちょっとタンマ。謝るからその顔やめて……っていや、ちょ、ちょっと! ホ、ホンキで怖いってば!?」
む。どこまで失礼なヤツだ。まるでわたしに殺されるとでもいうような怯えようじゃないか。
いくらなんでもそこまで怖くは──
「こらこら遠坂、なにすさまじい殺気出してるんだい」
……あったのかもしれない。
「あ、美綴さん」
「こんにちは三枝、氷室も。珍しいヤツとご飯食べてるわね。一緒してもいいかな?」
美綴綾子。武芸百般で、部活はあえて心得のない弓道を選んでいながらも主将まで任される強者。
あまり認めたくは無いがわたしとよく似た性格をしていて、わたしの本性を知る数少ない内の一人。
いつからか話すようになって、今じゃ友達なんだか敵同士なんだかよくわからない関係だが、まあ概ね仲良くやっている。
ちなみに、一応許可を求めているがヤツの中ではすでに一緒に食べることは確定しているらしい。早くも机を運び始めている。
「わたしはもちろん構いませんよ。でも、美綴さんもお昼まだだったんですか?」
「まあね。ちょいと野暮用があって、すぐ終わることだったんで先に済ましてきたんだ。で、氷室もいいかな?」
「ああ。たまにはいつもと違う面子で食事をとるのも悪く無い」
「そういうことだね。じゃ、ちょいと邪魔するよ」
そんな感じに三人だけでさっさと決めてしまう。まあ、別にいいけど。
「……ちょっと美綴さん。ご飯を一緒に食べるのはいいんですけど、さっきの台詞はあんまりじゃありません?」
「ん? さっきのってなんだい? っと、氷室、そこ机動かして」
そう言いながらわたしの隣に机を置く。
「だから、わたしが殺気を出してたとか言ったでしょ」
「だって、事実出してたじゃないか。あのふてぶてしい蒔寺が本気で怯えるくらいきっついのを。
──よし、準備完了。いただきます。……ん、うまい。
……っていうかさ、あんた自分がさっきどんな目してたかわかる? それこそ視線で人が殺せるんじゃないかって感じだったぞ。見てみな、蒔寺のヤツいまだに口も利けないじゃないか」
それからわたしの耳に近づいて、「なんかあったの? いつもより被ってる猫の数が二十匹ぐらい少ないんじゃない?」とか言ってきた。……むう、怒りの残滓だろうか?
遠坂家家訓に曰く、『どんな時でも余裕をもって優雅たれ』。
────ごめんなさい、父さん。凛は悪い子かもしれません。
しかし蒔寺の、アレは単に口にモノがいっぱいなだけだろう。
いつのまにかわたしの(士郎の)お弁当を開けて、詰め込むように食ってるし。どこまで図々しいんだ。というか、ついさっきわたしが言った事をもう忘れたのかコイツは。
「蒔の字。あまりがっつくな。また遠坂嬢に叱られるぞ。なにより、私の分まで無くなるではないか」
「ふぃや、ぶぁっふぇふまいふぁら」
ええい、口にモノを入れたまま喋るな! 飛んでくるじゃないか!
「んっん、んく。ふぅ、うまかった。しっかし遠坂って料理まで出来んのかよ、ホント嫌味なくらい完璧なヤツー」
まあ、たしかにわたしは料理得意だけど……わたし、一言も自分で作ったなんて言ってないぞ?
──あ、そうか。そういやわたしが坂の上の屋敷で一人暮らししてるっていうの、結構有名だったっけ。
そりゃ一人で暮らしてるハズのヤツがお弁当持ってたら、普通はソイツが作ったもんだと思うわよね。
……ここでそれはわたしが作ったんじゃないって言ったら、やっぱり誤解……じゃないけど。まあ、騒がれるわよね。仕方ない、勘違いさせたままでおこう。
なんかもう、士郎との関係はばらしちゃってもいいかなと思うんだけど、わたしのお弁当を士郎が作ってるって知れたらひどく不愉快な噂が流れそうだし。……女王様と奴隷、とか。
……ん? 別に間違ってないって? 何を言うか! その物言いじゃ……あ、愛が……感じられないじゃないか!
「え、なに? その弁当って遠坂が作ったの?」
「そうなんです。すごくおいしいんですよー」
あぅ……ごめんなさい三枝さん。わたし、貴女を騙してます。ああ……その穢れ無き笑顔が痛いです。痛恨です。許してぇぇ。
──っていうか綾子。アンタ意外だって顔しすぎ。
「美綴さん? わたしがお弁当作ってくるのがそんなにおかしいですか」
「うん。だってアンタ朝すごい苦手じゃん」
いや、まあそうなんだけど。っていうか最近セイバーに魔力バカ食いされてるもんで、ますます朝はひどい状態なんだけど。士郎に起こされることすらあるのよね……
────遠坂凛は、花も恥らう(検閲)歳乙女。(←失格)
「それはそうですけど……苦手だっていうだけで早起きが出来ないわけじゃないんですよ、わたし。だからたまにはお弁当くらい作ります」
「……こんな手の込んだのを?」
ッくぅっ!? 確かにそれはちょっと不自然かも。
和食を中心とした凝ったメニュー。洋食も入っているのはわたしへの気遣いだろう。定番の玉子焼きももちろんある……きっと甘く作ってる。自分は塩味が好きなくせに。
……こんなことには気が利くくせに、女の子の扱いは全然なっちゃいない。
どうして今日は一緒に昼飯食わないか、ぐらいのことも言ってくれないのか。
…………あいつは、わたしがいなくてもいいのだろうか。
……あー、やめやめ。こんなこと考えるのは健康によくないぞ、うん。
「──気が向けばそういう日もあります」
無難に答えておく。
「ふーん……ま、いいけどね。
さて、あたしも遠坂の料理の腕前を確かめてみるかな。えーっと、じゃあコレを」
綾子が選んだのは鯖の味噌煮。食卓に並べるものとは違う、お弁当用に工夫を施した士郎こだわりの逸品だ。アレは本気でおいしい。
それを、生意気にも実に上品に口に運び──
「────────ん?」
なぜか、首を傾げた。
「どうしたんです、美綴さん? 味、おかしかったですか?」
そんなはずはないんだけど。
「──ん。いや、すごいおいしいよ。ただこの味、覚えがあるんだよね。
……和食っていうのも遠坂のイメージじゃないし……別に疑うわけじゃないんだけど、これホントにアンタが作ったの?」
──しまった。そういやコイツは弓道部だった。
士郎が弓道部をやめてだいぶ経っているにもかかわらず、アイツはいまだに部内で虎の飼育係として認識されていると聞いた。そんなわけで、虎が腹を減らして暴れているときは士郎がエサを持っていくことに決まっているらしい。
……うかつだった。なら、綾子が士郎の味を知っていてもおかしくないじゃないか……!
っていうか一番の誤算はオマエがそんな味の違いの解る繊細な舌をもっていたってことだ、生意気な!
しかしどうごまかすか……
「……ああ、もしかして。味に覚えがあるって、桜のことかしら。
わたし、最近時々だけどあの子と一緒に料理しているの。他人の味付けって参考になるし、あの子とわたしは得意な分野が違うからお互い良い勉強になるのよね」
これは別に嘘ではない。ただ場所が衛宮家の台所だと言ってないだけだ。
「間桐? ……そっか、あの子アイツに料理習ったって言ってたっけ」
よし、何とか納得してくれたみたいだ。
「あ、あの! 桜さんって誰ですか!」
「うん? 弓道部の後輩だよ。C組の間桐は知ってるだろ? アイツの妹さ。兄貴に似てない良い子でね、ちょっと押しが弱いけどしっかりしてるし、弓の腕もいいから次の部長にって思ってる。
で、アンタのお気に入りなんだよね、遠坂」
「……お、お気に入り……」
はて? 三枝さんは何にショックを受けてるのだろうか?
「由紀、気をしっかり持て。……ふむ。遠坂嬢、話が変わるが由紀のことは好きかな」
「か、鐘ちゃん!」
へ? いきなりなにを……
「いや、突然ですまないが出来れば答えてくれないか」
「別に構いませんけど……そうですね、三枝さんのことは好きですよ。好きか嫌いかって聞かれなくても好きだっていえるくらいです」
そりゃもうお持ち帰りしたいって思ったほどですから。……レンタル、ありません?
「──ということだ。よかったな」
三枝さんの顔が赤い。ああ、それってつまり──
「いやあさすが遠坂、男だけじゃなく女にまでもてもてじゃないか」
やっぱそういうこと? ……うわあ、どうしようかわいい。わたしソッチの気なかったハズよね?
「由紀っちは相変わらず趣味悪いな。やめといたほうがいいぞー。遠坂はマジ恐いから」
ええい、やかましいぞ蒔寺!
「──ところで、その間桐の妹君が料理を習ったあいつとは? 美綴女史の記憶にあったのはそちらの味なのだろう?」
「まあね。それ、衛宮のことなんだけど……たしか氷室は去年同じクラスだったでしょ。じゃあ、アイツが料理上手だって知ってるよね」
「────ああ、彼か。そういえば彼が弁当を持参したときには大勢がたかっていたな。
あまりに哀れだったので私は遠慮していたが……これと同等の味だったとすると、実に惜しいことをした。容赦などするのではなかったな」
……やっぱり昔からそんなだったのかアイツは。
「確か衛宮も以前は弓道部だったな。さらに言えば、間桐の友人と、まがりなりにも言えるかもしれない可能性が無きにしも非ずな稀有、いや唯一の人物でもある。料理を習うことになったのはその関係か?」
「うわ、氷室、アンタクールな顔して結構言うね。ひょっとしなくても間桐嫌い?」
「さてな。間桐のことを本気で良い奴だと思っているらしい衛宮には尊敬の念すら抱く、とだけ言っておこうか」
うひゃあ、氷室さんってホントきっついなぁ。
「それだけ言やあ充分だって。──まあ確かに兄貴の友人だってのがキッカケなんだろうけど、料理を習ってるのは目的じゃなくて手段っていったほうが良いね。間桐は衛宮に惚れてるし。
怪我で部活を辞めたアイツの世話するっていう理由で家に通い始めてさ、いやぁあのときはおとなしい顔してやるもんだって驚いたけど。今じゃ家族同然らしいよ」
「ほう。つまり通い妻というわけか。衛宮はそちらの方面は疎いと思っていたが……ふむ、彼も男だったということか」
む? なんか話が不愉快な方向に進んでるぞ。
「あはは、それが全然なんだよね。衛宮の鈍感って筋金入りだから、間桐の気持ちに気付いてすらいないんじゃないかな。あの子も苦労するよ、ホントさ」
いいえ、苦労してるのはわたしです。そりゃもう精神に異常をもたらすほど苦労かけられてます。
「なあなあ、さっきから話してる衛宮ってあの衛宮士郎?」
はやくもお弁当を食べ終わったらしい蒔寺が会話に参加する。
「あんたの言うアノってのが何かは知らないけど、うちの学校で衛宮って苗字なのは衛宮士郎だけだよ。蒔寺アイツの事知ってたの?」
「中学が一緒だったんだよ。ユキチと鐘には話したことあったよな、あたしの中学の陸部に伝わるあいつの逸話」
逸話? なんだそれは。わたしもお前と同じ中学だったけど思い当たらんぞ。
「──ああ、あれか。なかなかに味わい深い話だったなあれは。
それで? その衛宮士郎がどうかしたのか」
「いやさ、こないだの日曜のことなんだけどさ、商店街であいつ見かけたんだよ。
暇だったんで声かけようと思って近づいたら、隣に金髪のものすっげー美人連れててさ。あたしらと同じかちょっと下ぐらいの年だったな。
んでおもしろそうだったから後つけてみたんだけど」
間違いなくセイバーのことだろう。日曜といえば現世に不慣れな彼女に日常を過ごす上での常識を教えるため、士郎が外を連れまわしていたはずだ。へ、わたし? ……家で寝てました……ってちょっとマテよ? そ、それってどう考えたってデートよね? そんな! 士郎と二人きりのデートなんてわたしだってしてないのにぃ!?!? 凛ちゃんショォック!!(←自業自得)
────えー、コホン。今のは忘れなさい?(ニッコリ)(←怖ッ!)
しかし蒔寺、悪趣味だぞそれは。
「いや、マジ驚いたね。二人仲良く買い物してたんだけど、そんときの会話がすごいのなんのって。
今日の晩飯何がいいとか、服は俺じゃわかんないからまた今度なとか。ハブラシなんかの日用品まで買ってんの。あれは絶対同棲してるね」
「うっそ!?」「ほう」「……ほわぁ……」
同棲って……もう少し言葉を選べんのかコイツは。今まで静かにご飯食べてた三枝さんまで、目をまん丸にして驚いてるじゃないか。
「実に興味深い。私の中の衛宮像に大きく修正を加える必要があるかもしれないな」
「いや、それはいくらなんでもないんじゃないか? アイツの家には桜だけじゃなく藤村も通ってるんだぞ。あの人が衛宮にベッタリだって話は有名だし、アンタらも知ってるだろ。とても女の子連れ込める環境とは思えないぞ」
いやいや、しっかり連れ込んでるわよ? しかも二人。
「えー? それじゃつまんなくねー? あ、じゃあこういうのはどう? 藤村も桜って子もあたしの見た金髪美人も全部まとめて衛宮の餌食になってるとか」
ぶっ!? コ、コイツ……! 問題発言多すぎるぞ! だいたいあの甲斐性なしは三人どころかわたし一人にすらろくに手を……って今のナシ! わたしは何も思ってない! 夜にぬくもりがほしいなんて夢にだって思ってない! ……ただちょーっと隣が寒いかな、なんて……あぅ、やっぱり忘れて。
「……それは……すごいな」
うわ、氷室さんちょっぴり赤くなってる。結構かわいいかも。
「あはははは! ないない! 衛宮にそんなことできるはずないって」
「なんだよー。そんなのわかんないだろー」
話を盛り上げようとする蒔寺と、それを笑って否定する綾子。
そこに三枝さんが控えめに意見を述べる。
「うーん、わたしも違うと思うな。衛宮君って、よく生徒会長のお手伝いしてる人でしょ? わたし、あの人が困ってる人を助けてるの何度も見たよ。
わたしもね、この間助けてもらっちゃった。週番の仕事で社会科の資料持ってこなくちゃいけなかったんだけど、おっきいし重いしで途方に暮れてたら衛宮君が手伝うって言ってくれて。
その時少しお話してね。わたし『あ、この人すごく優しいひとだな』って思ったの」
ほにゃほにゃスマイル全開。『萌え。』ってこういう感情のことを指すのね、きっと。しかしそんなことまでしてたのか、アイツ。ホントに見境なしに世話焼いてるんだな、決めた殴る。
「うっわベタなことしてんなー。でもさ、ユキチが男のことそんな風に話すなんて初めてじゃない? さてはおまえも衛宮にやられたクチかー?」
「え、えぇ!? ち、ちがうよぉ!」
どうしても話をそこにもっていきたいのか蒔寺。ああ三枝さん、なんとも思っていないと言うには顔が赤くなりすぎてる気がするんですけど? この場合貴女と士郎どちらに腹を立てれば──って迷うまでも無く士郎に決定、滅殺。
「……ほう……うちの由紀にまで……衛宮とは一度話をつけなければいけないな」
「か、鐘ちゃんまで!?」
「はは、衛宮も罪な男だね。ところでさ、陸上部に伝わる逸話ってどんなの? 聞かせなよ」
「ああ、それ? 簡単に言っちゃえばあいつが走り高跳びの練習してたってだけなんだけど────」
────ああ、なんだその話か。
──夕焼け空。
──誰もいない校庭。
──跳べないハードルに挑み続ける少年。
──それをずっと見ていた少女。
……そっか……わたしだけじゃなかったのか……
「──結局最後まで跳べなかったらしいから、普通なら笑い話なんだけどね。スゴイのはこっから。なんか実際にそれ見てたやつがスゲー感動したらしくてさ。そいつ短距離の選手なんだけど、それからめちゃくちゃ熱心に練習するようになって、中学最後の大会でとうとう全国いっちゃったんだなこれが。しかも、そんとき全校で壮行会やったんだけど、そこで『今の自分があるのは衛宮君のおかげです』とか言ったもんだから一気に話題に。
まあ、尾ひれ背びれがついちゃって正確な話が伝わってるのは陸部だけだったけど。
衛宮のやつ、わけわかんなかったらしくて目をシロクロさせてたよ。
あ、ちなみにそいついまだに陸上続けてて、全国でもトップクラスのタイムもってるから、いつかオリンピック出る可能性もあるんだよね。そしたら間違いなく全国ネットで衛宮の名前言うね、あいつは」
「うひゃあ、ホントかい、それ? ちょっと予想以上だったわ」
確かにびっくりだ。
……ああ、そういえば珍しく風邪引いて久しぶりに学校行ったら、なぜか騒がしかったってことがあったけど……あのときか。
……でもわたしは蒔寺のいやらしい笑いのほうが気になるんだけど。
「ついでに言うとそいつ女。ポニーテールが似合っててかなり人気あったよ、男女問わずに」
結局それかい。
──もう随分ながいこと士郎の話をしている。
わたしの知らない士郎の話。
その中では桜も、藤村先生も、セイバーだって出てきた。名前も知らない誰かも出てきた。
でも、わたしはカケラも登場しない。
──わかってる。
これはいわゆる猥談で、女の子が最も好む類のもの。
誰が誰を好きだとか、誰と誰がああだとか。
全部本気で言ってるわけじゃなくて、せいぜい話半分程度にしか思ってない。
だけどなんとなくおもしろくなく。
窓の外に視線を向けて
────全身固まった。
[なかがきの2。]
……あれ? 中篇?
おっかしいなー、昨日前編出した時点ではこれで終わるはずだったのに。……それどころか現在進行形で後編も長くなっていってるし。つ、次でも終わらなかったらどうしよう!
ところで、なんか士郎最後まで出なかったらいいって意見が何人かの方から出てますが……いや、だしますよ? だってそんなことしたら俺が凛に殺され……ってゲフ、ゲフン! じゃなくてですね。そんなことしたら100%ギャグになっちゃうし。これのテーマは一応恋なので(笑)
今回は登場人物いっぱい。しかも全員女の子ということでキャラの書き分けが出来ているか心配です。意見求む。
えー、ではまた。次も大体は書き終わってるのでそんなに遅くはならないと思います。