聖杯外典・序文   M:衛宮士郎 傾:シリアス 


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1: もりす (2004/03/08 03:53:18)



瞑想という法がある。

意識をどこまでも拡大していくことにより自己の内的宇宙――小宇宙と外的宇宙――大宇宙とを

繋げて自己と宇宙の意識を合一させる法であり、 

宇宙意識とひとつになって世界に直接働きかけ、己が願望を達成させる法である。

呼吸・弛緩・集中・空想の四要素から成っており具体的には、

深く静かでリズミカルな呼吸によって精神面から、全身から無駄な凝りや緊張を解きほぐすこと

によって肉体面からそれぞれリラックスさせてまず修行に適した状態に心身をもっていく。

ついで意識を人体の特定の場所にかけ続けたり、瞑目した状態で目前の闇に意識を集中させ続け

るなどの方法で集中力を高めていき、次の空想で行なうイメージ喚起にさいしてそのイメージを

持続させたり鮮明にするのに用いる。

最後の空想は目的によって変わる。

密教ならば曼荼羅。

ヨーガならばチャクラ。

魔術ならば生命の木と呼ばれる魔術回路といった感じに、自分の目的にあった世界観を自分の小

宇宙に構築するのに使うのだ。

魔術使いを目指す衛宮士郎ならば当然魔術回路の構築に使うのが道理である。

だが、いま自分は花を見ている。

燐光を放って薄闇に浮かぶ蓮の花。

チャクラ――サンスクリット語で車輪を意味する名を持つ幻想の花である。

瞑想の中、俺はその花を見ているのだ。

外からではない。

花の内から・・・チャクラに自分を同化させながらその同化した花を、その花自身となった自分

を見ている。

そこは蒼暗い水底のようなところであった。

チャクラは一本の茎に串刺しにされたような格好でゆらゆらと揺らめいている。

チャクラは頭頂部・眉間・咽喉・心臓・臍・脾臓・尾骨の七つの部位に対応してそれぞれ、

サハスラーラ
アジナ―
ヴィシュッダ
アナハタ
マニプーラ
スワディスターナ
ムーラダーラ

と呼ぶ。

その七つのチャクラが脊柱という茎に沿って咲き誇っている。

俺はその周囲を寄り添うようにゆっくりと泳ぎ周り、順繰りにチャクラを経巡っていた。

ひとつのチャクラに同化し、それが終われば次のチャクラへと向かい、また同化する。それを繰

り返しながらこのチャクラの木を軸にして浮き沈みを続けている。

この自己の宇宙における俺の姿は異様であった。

一匹の蛇。

目も鼻も口もない、全身がドス黒く変色した禍禍しい蛇が俺である。

クンダリニー。

それがこの蛇の名であった。

クンダリ二ー・ヨーガでは、ムーラダーラにシャクティ(性力)と呼ばれる力が眠っているとさ

れ、螺旋状の蛇に喩えられているものがこのクンダリニー。

進化力の意味の名をもつこのクンダリニーは桁外れの力の塊であり、これをムーラダーラから一

気にサハスラーラまで脊柱の中心を昇らせ、そのまま天へと昇華させることができれば人はあら

ゆる能力が覚醒し、超能力を得るという。

その螺旋の蛇が衛宮士郎である。

本来これはただの力でしかない。それを俺が蛇と感じたため、そう見えているだけだ。

その蛇に俺は俺自身を喰らわせることで中に入り込み、こうして同化している。

乗っ取ったといってもよいだろう。

しかも蛇に食べさせたのは衛宮士郎の闇。負の部分。

誰もが持ち、見せ付けられれば正気を保つことなど不可能な、普通なら心の奥底に封じられてい

て、決して表には現れない致死毒。

十年前に負った塞がることのない傷からいまもドクドクと垂れ流される汚泥。

だが間違いなく衛宮士郎であるソレを俺は蛇に食わせたのである。

俺にとっての毒であったソレは蛇にとっても毒だった。

ヤツは狂気にとりつかれたかのように暴れ、悶え苦しみ、泣き喚きながら変質していき、衛宮士

郎という毒に全身を蝕まれた頃にはその姿形や体色が歪に変貌していた。

そうして衛宮士郎となったクンダリニーをまわす。

傷口から止め処なく流れ出る黒い血をどんどん吸収させてクンダリニーを肥大化させながら小宇

宙の海をたゆたっていく。

そうしてクンダリニーが宇宙すら呑み込むほど巨大に育った頃、ソレが聞こえた。


キイ


という音。

錆び付いた鉄同士が上げるあの嫌な音である。

俺ははじめその音が外から聞こえてきたものだと思った。

自分がこの行をはじめたのはいつもの土蔵の中である。衛宮士郎の家族のひとりである藤村大河

――藤ねえが持ってくるガラクタなんかが所狭しと山積みになっているいわば物置。なにかの拍

子でそんな音が鳴っても不思議ではない。

だが。


キイ 

キイ


再び聞こえてきた音は外から聞こえてきたものではなかった。

その音は自分の中。

遥か宇宙の深遠、世界の果ての果てから聞こえてきたものだ。

根のチャクラ―――ムーラダーラのその下。

何も無いはずのそこから響いて来る。

それに気が付いて俺は震撼した。

恐怖と、そして歓喜に打ち震えた。

ついに。

ついにここまで来たのだと。

逃げ出すことすらできない絶望を感じながら、なお俺は狂喜していた。


アグニ・チャクラ―――


幻の八番目のチャクラ。

クンダリニーがやってくるといわれる場所。

人間が――全ての生物が捨て去った可能性。

その扉が開こうとしているのである。


キイ

キイ

キイ





キイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイキイィィィィィィィィィィィ―――――――――――――――――――




錆び付き、開かなくなった鉄の扉を強引に抉じ開けようとする金切り音が休むことなく轟き。

地の底から何かが這い出ようとしている気配が押し寄せてくる。

呼応するように俺はクンダリニーを一度頭頂のサハスラーラ・チャクラに導き、ムーラダーラ・

チャクラのその下部に存在するアグニ・チャクラに向けて一気に叩き落とした。

眉間・咽喉・心臓と加速しながらそこのチャクラを突破し、心臓・臍・脾臓を貫き、クンダリニ

ーは猛り狂った様に突き進む。


ガンッ


一際大きな音が世界を震わせる。

同時にムーラダーラを突き破り、そこから何かが盛り上がってくる。その様はいまにも大爆発と

ともに大量の溶岩が凄い勢いで噴出しそうだ。

クンダリニーが迫る。

俺は歯を軋らせながらそこを睨む。

膨れ上がる底。

衝突まであと少し。

衛宮士郎の精神が幾度目かの限界を越えた。

そして、到達した瞬間―――

アグニ・チャクラは出現した。





















































     


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