名門の魔術師(後編・2) 傾:シリアス


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1: tetsu (2004/03/08 03:48:27)




 ※この話は『士郎のアルバイト』の続編です。そちらを先にご覧になってからお読みください。







「本当にこれでよかったのか?」

 尋ねる声は、唯一この場に生身で存在することの出来る老いた魔法使いのものだ。

「ええ、ありがとうございます。マーリン――――いえ、キシュア・ゼルレッチ」

 そして、答える少女は既に生きた身ではない。



「ここには、かつて私が追い求めた理想があります。王として民の幸福のために努めることは当然のことでしょう」

 ここは「全て遠き理想郷」。

 アーサー王がその役目を終えたとき、再び世に出でるまで眠り続けるとされる場所。

 伝承とは若干異なるものの、円卓の騎士たちを従え12の戦場を駆け回った王の魂は、死後この場所に保存される。

 ――――いや、幽閉される、というべきだろう。

 彼女が守ろうとした民の末裔たち、ヒトという種が絶えるときまで彼女の魂は果てることを許されない。

 民を守るために戦い抜いた王は、その生を終えた後も英雄として種の行く末を見届けることになるのだ。



 しかし、本来ならこの少女の魂はこの理想郷へ来るはずではない。

 証である剣を岩から引き抜いた瞬間に少女としての自分を捨て王となった彼女は、生の最後の一瞬、少女であるもとの自分を取り戻した。

 彼女は戦の王として死んだのではなく、一人の少女として眼を閉じたのだ。

 そう、本来ならその場で朽ち果てる魂であった。

 英霊となることを条件に世界と契約をし聖杯を手に入れようとした彼女は、生の最後に見た、いや決して見るはずのなかった『夢』の中で、自身の未練とともに手に入れようとした聖杯を断ち切った。

 しかし、契約を自らの手で破棄し朽ち果てようとした魂は、聖杯の奇跡か、もしくは少女として彼女が残した一抹の未練からか、一時のみ世に留まった。

 そして少女の魂は、彼女の親代わりであり、さまざまな世界を旅する時空の番人でもある魔法使いの手によってこの地に移されたのだ。



「――――それに、彼には忘れることの出来ない恩があります。それを返さずして朽ち果てることなど私には出来ない。」

 彼とは『夢』の中で彼女の主となった少年のことだ。

 他人を助けるたびに自身を傷つけながら、理想を掴もうと決意した不器用な少年。

 自身を持たない代わりに、命を救ってくれた人の理想を追い求めた少年を、少女は王であった自分と似ていると思った。

 だが、それは違っていた。

 少年の分身である赤い騎士は、自らが犯した罪、間違った理想をなかった物にしようとして、ついにそれを果たすことが出来なかった。

 少年を消し去る力が無かったわけではない。

 それは傍で見ていた自分が一番良く知っている。 

 少年が、自分の剣術の理想である騎士に力で適う道理はない。

 だからそれは、彼がかつての自分の理想を信じてしまったということだ。

 数々の戦場を駆け抜け、守ろうとしたものを心と共に斬り捨てながら理想を貫き通そうとした、鉄の意志を持った英霊がその少年を信じてしまったのだ。

 それが間違いである筈がない。

 少女が自分と似ていると感じた少年は、結局のところ少女とは違っていた。

 彼は最後まで自分の理想を貫き通すだろう。

 たとえそれが達成できるものでなくとも、それが理想であるかぎり彼は愚直に追い求める。

 それをなかったことにすることなど、あってはいけないというように。

 少女は聖杯を断ち切った瞬間に自らの間違いを悟った。

 そして、生の最後を一人の少女として安らかに迎えたのだ。



「では、お前さんはここに留まることになる。それでよいのだな?」

 老魔法使いとの契約――――代価は少女の魂。

 既に王ではなくなっているが、彼女は歴戦の英雄である。

 魂だけの存在である限り、彼女はここに縛られる。

 未練がないといえば嘘になる。

 少年と過ごした『夢』の間、彼女は王ではなく少女であった。

 僅かな時間であったが、確かに少年の傍にいたいと感じていた。

 しかし、王としての生を終えないまま少年と過ごすことは自分の理想を汚し、少年の理想を冒涜することになる。

 よって、彼女に後悔などない。

 確かに、少年を最期まで見守ることが出来ないのは心残りといえば心残りだ。

 彼の剣になると誓ったのは決して形式だけのものではなかった。

 魂となった彼女に出来ることなど限られてしまっていたが、それでも出来うることはした。

 自分の理想を借り物の理想だと信じ込んでしまっていた英雄に、真実を伝えた。

 自分を犠牲にすることを厭わない危うかった少年に、二つの『鞘』を託した。

 結果、彼女自身はその魂まで囚われることになったが、迷いはない。

 もはや彼女に残っているのは、少年と過ごした『夢』の記憶だけ。

 それさえあれば、この悠久の時の中でも過ごしていけると少女は信じている。



「そうか。ならば私からはもはや何も言うまい」

 そう告げる老人の顔にはどこか哀惜の色が見える。

 王の出現を予言したのはこの老いた魔法使いであったが、少女が自分を捨て王となるのを止めようとしたのもまた老人自身であった。

 しかし、彼にはもう彼女を止める理由がない。

 少女が岩の剣を引き抜き王となった時のように、彼女自身が望んで契約を受け入れたのだ。

 それを止めることなど出来るはずもなければ、する必要もない。

「しかし――――士郎は何というかな?」

 それでも、彼は少女が最後まで見守ろうとした少年の名を口にした。

「お前さんが英霊になることを望んではいなかったのだろう。ヒトに呼び出されることがないとはいえ、今のお前さんの魂のあり方はそれと変わりあるまい」

「――――――」

 不意に老人の口から発せられた懐かしい響き。

 彼女の死後、既に千年以上が経過していたが、その名を忘れたことは一度としてなかった。

「――――彼は関係ありません。聖杯を破壊した時点で、私は英霊ではありません。貴方との契約について、・・・シロウは知らないのですから」

 彼女がこの理想郷において、少年の名前を口にしたことは一度も無かった。

 記憶だけで生きる彼女にとって、その名を口にすることは何よりもつらかったのだ。

「そうだな、そうであった。ふむ、これ以上語ることもなかろう。――――では、達者でな」

 長身の老人は少女に背を向けて、別れの言葉を告げる。

「ええ、貴方もお達者で。マーリン」

 老人は既にそこから姿を消していた。

 だから彼女が知ることはないだろう。

 彼女のよく知る魔法使いの顔が、いつもの悪戯好きの老人のそれに変わっていたことを――――。














 老人が去ってからどれだけ経っただろう。

 つい昨日のようでもあり、人間が一生をまっとうするのに十分過ぎるほどの時間が経ったのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 この湖のほとりで過ごすようになって時間の感覚などとうに消えうせてしまったのだから。



 私は夢を見ている。

 本来、魂だけの存在が見る夢などあり得ない。

 故にこれは夢ではなく。

 既に遠くなってしまった『夢』の記憶、自己を確認出来るたった一つの存在理由(レーゾンデートル)。



 まどろむ意識の中、いつも頭に浮かんでいるのは私の主であった少年の姿。

 彼の表情、容姿、声、仕草、全てが時間と共に色褪せ、それのみが私に時間の経過を認識させる。

 他の何が欠けてもいい。

 彼を忘れてしまうことが何よりも怖い。

 少年の謳った理想、私の信じた理想。

 それを失うことが何よりも恐ろしい。



 記憶の中で少年は、常に私の身を案じた。

 彼の剣となることを誓った自分を、その鞘になるように守ろうとした。

 何よりも危うかった少年、誰よりも気高かった理想。

 それを守り抜くと誓ったはずだった。

 だが、今となってはそれも叶わない。

 出来ることはこの記憶を糧に待ち続けるだけ。

 訪れることのない全ての終わりを。



 思えば、『夢』の中の私は随分と時を浪費していた。

 主のためとはいえ、持ちうる自由の全てを力の温存に費やしていた。

 少年の傍にいれたはずの時間を思うと、記憶の中の自分が狂おしいほど腹立たしくなる。

 だが、彼も正直失礼だったと思う。

 採る必要のない過度の睡眠、食事は全て主を勝たせるためのものだった。

 それを寝ぼすけ、大喰らいと罵るのは無神経にも程がある。

 今この時、彼がここにいるのならそれを正してやらなければ私の気が済まない。

 だがそれは叶わぬ夢、頭に響く声は色褪せた記憶のはずだ。

 だというのに――――




「寝ているのか?なんだ、相変わらず寝ぼすけなんだな、セイバーは」

 やはり失礼で、懐かしいはずのこの声は、かつての少年のものでもなければ、赤い騎士のものでもない。

 そして幻聴でない限り、この場に存在できるものでもない。

 眼を開き、声の主を確認しようとする。

「――――シ、ロウ?」

「おはよう、セイバー。――――それと、大分遅れたけどありがとうな」

 それは、記憶にはない『夢』の続きだった。










【後書きになるはずだったもの】

 ・・・・・・・・・・・ええそうです、そうですとも!私は嘘つきです!救いようのない大嘘つきです!!

 同日にすると豪語した前回の更新から既に二週間・・・・。

 しかも【後編・1】の予告ではフィナーレになるはずだった【後編・2】。

 罵ってやってください、蔑んでやってください。

 でもこれだけは分かってあげてください・・・・。





    『あれもこれも悪いのは全部、一人旅のせいなんだ〜〜〜〜〜!!!』





 どうしても仕上がらなくて泣く泣く出発したはいいが、旅の途中に想像が膨らんでしまって、手直し続きでちっとも完成しない。

 仕上がったはいいが、量が中途半端。話も途切れてる。

 おまけに、悪天候続きでちっとも帰れる気配がない・・・・。

 さて、もはや完全に存在を忘れられてしまった本作ですが、やっとこさ更新です。

 掲示板もすっかり風変わりして『士郎のアルバイト』なんざ過去ログの隅に追いやられちゃってます;;

 目を通してくれていた読者の皆様にもすっかり見放されて、既に自己満足と化しておりますが、こんな駄作でも感想などをいただけるとさらに嬉しいです。

 本当に次回で完結(のはず・・・)なんで気が向いたら見てあげてください。

 では〜ノシ


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