死線の一 第四話


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1: ちぇるの (2004/03/08 02:06:07)

『死線の一 第四話』


「■〜〜〜〜〜〜〜〜ぅっっっ!!」
 声にならない叫びを上げて、五人の不良を血祭りに上げた巨大の筋肉の塊がこちらをゆっくりと振り返る。
「なんでさ……」
「昨日の説明が概ね正しかったってことでしょ?」
 凛は冷や汗をかきながら眼前の敵を見つめる。
 純粋な筋肉の塊。
 ただの戦闘のための肉体。
 剣を振り回すだけで台風の中心よりも尚激しい嵐と破壊を振りまく。
「■■■〜〜〜〜〜〜〜っっ!」
 もう一度だけそいつは雄叫びをあげた。
「士郎さん、あいつはやばいんですか?」
「やばいよ、そりゃ。普通の攻撃なんて聞かないうえに12回殺さないと倒せない」
「なるほど、でも士郎さん。それは俺にとっては結構楽なことかもしれません」
 とちょっと強気に笑って志貴はバーサーカーに、ヘラクレスと呼ばれた英雄に走っていった。
「士郎! 私は今回本気でサポートに回るけど、無茶しちゃダメよ?」
「わかってる。俺だって、あいつをもう一回ぐらい殺してみせる!」
 そうして俺も志貴の後ろを追いかけていった。

 バーサーカーの一撃は狂った圧搾機の様。
 幾十と打ち出されるその全てが致命的。

――じゃあ、そんな暴風圏の中心で蜘蛛みたいに攻撃を避け続ける少年は何者か――

 左からの上半身を容易に爆ぜ飛ばすことの出来る一撃を地面に手をついてかわし、
 右斜め上から叩きつけるような力任せの斬撃を嘘みたいな姿勢からの跳躍で距離をとる。
 
 その戦いに、人でありながらサーヴァントと同列の戦いに持っていく志貴の技量に少々見とれてしまう。
「なんなのよ、あれ。七夜じゃあるまいし……」
「七夜?」
 遠坂の呟きの中に新出単語を発見して思わず尋ねてしまった。
「伝説の退魔集団よ。血統を極めて濃くすることによって得られた超能力と、極限まで鍛えた己の肉体を使って人外と渡り合ってきた奴ら」
「人外って、あんなのとか?」
「あんなのは規格外でしょうけど。でも、魔術師でも人外でもないのにあんなのと戦えるのなんてそっちの方が規格外ね。あっきれた」
 はぁ、といいながらも遠坂は右手にアゾット剣を握ってサポートするタイミングを常に計っている。
 俺も黙っているわけには行くまい。
 大体、ちょっとばかしこの衛宮士郎よりも余裕そうに見えてたからって平気なわけが無いんだ。
 あの攻撃は一撃一撃が致死で、かすっただけで重症を負ってしまうなんて、そんな馬鹿みたいなやつだ。
 だからその中心にいるってことは常に神経と体力をすり減らしている。
 たとえ志貴が必殺の一撃を持っていたとしてもそれを放つ余裕が無いのでは意味が無い。
 だからその隙を作るというのが今回の俺と遠坂の役目のはず。

 隙を作るために投影しなければいけない剣。
 それはなんだろうか。
 バーサーカーを一度でも殺せるような武器じゃないときっとそれは成立しない。
 思い出せ。
 あの聖杯を巡る戦争でバーサーカーを傷つけることができるような武器をどのくらい見た。
 見たことが無いなら想像しろ。
 創造しろ。
 想造しろ。
 剣を。

――どくん、と体の中で何かが脈を打った――

 そうだ、俺は知っている。
 あんな化け物と戦えた剣を。
 思い浮かべるのは簡単。
 そう、とても簡単だ。
 金色に輝いていても、黒く染まっていても。それはどこまでも綺麗で。

 何よりエミヤシロウという魂に一番しっくりと形が当てはまる。

「――投影、完了!」
 出来上がった剣を見て苦笑する。
 途中であの金髪の少女の笑顔なんて思い出したせいか。
 自分でも確かに分かるほどに不完全。
 だが、それでちょうどいいのかもしれない。
 街中で使えるような剣ではない。

 タイミングを計ってもどうにもならない台風の中心に自ら飛び込んでいく。
 一撃でも喰らったら助からない。
 だけど一撃でも食らわせればこっちだって殺せるのだ。
「■〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 雄たけびとともにこちらに蹴りを繰り出す。
 もらえば内臓の悉くが破裂するだろうそれを、本当に紙一重で回避して俺は手に持った不安定な剣でバーサーカーを切りつける。光が薄く漏れ出して、奴の内部に致命的なダメージを与える。
「一回!!」
 一瞬動きの止まったバーサーカー。
 それは本当に一瞬で、なんとか俺が崩れかけた体勢を整えたぐらい。
 その一瞬で志貴が
 
 一閃、切り上げ。
 一突、喉を。
 一閃、なぎ払い。
 一閃、袈裟切り。
 一突、胸。
 一閃、下から。

 総計で六つの死を叩き込んだ。
「■■〜〜〜っっ!!」
 爆音を響かせながらも筋肉の塊は動きをとめなかった。
「くっそ、この、往生際が悪すぎだっての!」
 もう一度背中を切りつけて八つ目の死を繰り出したところで剣は砕け散った。
 志貴がとっさに俺に蹴りをいれて、吹き飛ばす。
 ワンテンポ遅れて真上から叩き潰すだけの無骨な攻撃が俺の元いた場所に落ちていった。
 が、そこまで。
 わかってしまった。
 志貴も俺も体勢を崩していて、遠坂もこのタイミングじゃ何もできない。
 だけど、志貴は迷いも無く恐怖も無くまっすぐに死線をバーサーカーに向けていた。
「モノを殺すってことを目に焼き付けろ!」
 崩れた姿勢から志貴は地面に短刀を突き刺す。
 がこん、と音がしてバーサーカーの足場が壊れて崩れた。
 が、それも一瞬だ。
 あのバーサーカーがその程度で目測を誤るはずがないし、ひるむこともない。
 流石にそれには驚いた表情の志貴。
 そしてバーサーカーの横薙ぎの一撃は志貴の体に襲い掛かっていき……。

「こうなることは予測済みでした」
 って台詞が真っ白になった頭に響いたあと、志貴の体が釣竿に引っかかったみたいに面白い軌道を見せて飛んでいく。
 飛んでいった先にはアトラスの錬金術師。
「ソイツが混乱し終わるまで後一秒。貴方も早く回避行動に移りなさい」
 淡々と事実を述べる様は出会ったばかりのセイバーを髣髴とさせた。
 まあ、そんな感傷に浸るよりも先にその言葉に従うべきだってのは分かったのでまよわずに数メートル後ずさる。
「正直に言って私ではソイツの相手は出来ませんし、志貴も無理な動きをし続けたせいでしばらく戦えません」
「シオン、俺は……!」
「黙ってください。志貴。貴方の体のことは貴方以外の人の方がよく知っている」
 そういってシオンは志貴を担ぎ上げるなんて、その細い腕に似合わないことをやりながら最後通知とばかりにこっちに声をかけた。
「残りはまかせました。貴方たちなら約17.8%の確立で勝てます、アトラスの錬金術師が言うのだから間違いはない」
「そういう時は水増しして約20%って言っておきなさいっ! 馬鹿!」
 遠坂、そんなこと言ってる場合じゃない。
 と、バーサーカーの攻撃をとっさに投影した夫婦剣で防ぎながら心の中で突っ込む。
「む、馬鹿とは聞き捨てなりません、遠坂凛。今は時間が惜しいですが後で存分に説き伏せましょう」
 なんて、なぜか笑顔でいいながらシオンはとっとと去って行く。
 なんとなく、本当になんとなくなんだけど。
 重低音の一撃を受け流しながら俺は思う。
 昔は素直ないい子だったんだろうなー。うん。志貴。周りにあくまがいると大変だな。
「で、遠坂!」
「なによっ!」
「どうすりゃいいんだ!」
 よけるので精一杯だぞ、これ。
「どうもこうも……ないわよっ!!」
 たん、とさっきからこそこそとこの広場の周りを一周してた遠坂が地面に最後の魔方陣を書き終える。
「ふん、ライダー仕込みの特別製なんだからね!」
 と言いながら空中で印を高速で切る。
 と、バーサーカーの一撃。
 片方の剣が弾かれる。
 もう駄目だ。後一撃が限界!

「――祖は黒海、満ちる月
   祖は磔台、満ちる海
    硬く硬くただ硬く
    強く強くただ強く
   繋がれた腕は動かず
縛られた脚は微塵の自由もなし
   終わりゆく刻限は紅く
   止まれ留まれ停まれ
   鳥の啼き声終わるまで
    汝、海を眺めよ ――!」

 大魔法“テンカウント”!?
 遠坂の歌った声に反応するかのように広場の周囲に六つの光が発生する。
 左手に残っていた最後の剣が弾かれる、次の一撃が来たら終わり……!

「――拘束封印・監獄神殿“バインダー・ネプチューン”!!」
 
 呪文の完成を告げるその声と同時にバーサーカーは四方八方から鎖に取り囲まれる。
「今のうちに士郎! あんまり長くはもたないわ!」
 ぎりぎりと音を立てる鎖で我に返る。
 なるほど。確かにこれは。もちそうもない。
 後四回を一瞬で殺しきる武器。

 殺すことのスペシャリストの志貴はここにいない。
 だったら自分が殺すのみ。
 だがどうやって?

 自分に出来るのは剣を作ることのみだ。

 そう、だったら、殺せる剣を。

 その想像理念はただ殺すこと。殺せるための構造で、殺せるためのモノを使っている。
 殺すためだけに使われ、ただ殺すという年月を重ねる。
 惑うな。そう。

 それは、いかなるものをも殺せる剣。

「が、ああああああああっ!」
 回路がばちばちと焼けて行く。
 ほとんど形はつかめている。
 だが正確な形にならない。
 なんでだ。何が足りない。
 ぎりぎり投影できた剣は無骨な鋼で出来た剣だった。
「■〜〜〜〜〜〜っ!」
 ぶちん、と鎖が一本切れる。残った鎖は後4本。
「くっそ!」
 とりあえずその持っている剣でバーサーカーに切りかかる。
 だが、その一撃はバーサーカーの中から何かを奪っただけだ。
 目に見えて動きが弱弱しくなったが、それだけでは足りない。第一これは俺の想造した剣ではない。
 だって、そうだろ。これは、殺せてない。切ったらそいつを生かさない剣だが、切ったそいつを殺す剣ではない。

――そんなまがい物は放棄――!

 一から想い、造り直せ。

 その想像理念はただ殺すこと。
 殺せるための構造で、殺せるためのモノを使っている。
 殺すためだけに使われ、ただ殺すという年月を重ねる。

 それは、いかなるものをも殺せる剣。

 そのすべては一つに繋がっている。なら、そこに問題があるとするなら……。
 俺の持っている殺すの概念と実際の殺す概念のずれ。
“モノを殺すってことを目に焼き付けろ!”
 と言ったのは殺しのスペシャリストじゃなかったのか。
 その言葉と同時にバーサーカーの足元の煉瓦すらも殺し、打ち砕いた。

 ……ああ、なるほど。

 全てが一本につながり自分の心の中に眠っていた全ての剣を遡って行く。
 ばちり、と魔力回路を焼き切る魔力量が流れて、同時にソコに『辿り着く』

 唐突に手に感じる重み。ああ、これの名前は決まっている。
「――死線の一“ワンオーヴァーキル”――!!」
 全てが終わる時へと強制的に連れて行く死神の剣。
 武器と言うものの原点であり到達点。
 現界させられる時間はおそらく十秒ともたない。
「それで十分だろうが!」
 都合四度。
 それをとりまく遠坂の魔力の結晶であり、英霊すらも繋ぎとめる大魔術の鎖すら容易く『殺し』切ってその剣は消滅した。
「なるほど、これがモノを殺すってことか」
 だとしたら、ああ。
 なんて哀しいぐらい怖い世界を歩いているのだろう、あの志貴と言う奴は。


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