死線の一 第二話


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1: ちぇるの (2004/03/08 02:03:55)

『死線の一 第二話』


 意識がまどろんでいる。
 そんなふわふわとした空気の中。
 夢を見た。
 知りもしないものの夢を見た。

 何か暖かく安心できる何かの中で、自分は目を覚ます。
 金色の何かで満たされたガラス管のようなものの中で自分は外の人間の話を聞いている。
 声は出ない。
 代わりにぼこり、と足元から気泡が発生してそれが体を撫でていく。
「――――」
 ガラス管の向こう側で誰かがにこりと微笑んだ。
 ああ、そんな。
 そんな、灰色の空を眺めてたあの時と同じ笑顔で。

 切嗣がそこにいた。


 ぼんやりと意識が覚醒してくると同時に少々テンパっている遠坂の声が聞こえてくる。
「え!? 本当!? 6千万よ? 6千万」
「その程度は管理しています。兄さんが止まらないと言うならそれ相応の安全策をとっていただきたいですから。簡単に言えば保険ですね」
「で、でも」
 あの強欲、もとい抜け目のない遠坂が悩むとはどういうことだろう。」
「いいんです。私がそうしたいと言っているんですから。大体、人外の仕事は人外が担当しなければならない。テリトリーを荒らされて面白くないのは私も一緒です。まあ似非カレーは公務員ですから勝手にやるでしょうけど、ちゃんとした仕事をする人にはちゃんと給料を払わないといけません。もちろん必要経費も」
「む、聞き捨てなりませんね。神父らしくないのは認めますけどカレーに関しては真剣です」
 突っ込むところそこなんだ。
「えと、じゃあこいつ、衛宮士郎って言うんだけど。こいつも労働力に入れたらいくらくれる?」
 ……なんでさ
 と思ったので口にだしながら。起き上がってみる。
「なんで俺まで労働力に入ってるんだよ、遠坂」
 痛い頭を振りながらのそり、と俺は立ち上がると一瞬思考停止した。
 いや、遠坂の家でちょっとばかし高級な感じには慣れたつもりだったのだが。どうもそんなことは慣れの「な」の字にもなっていやしなかったらしい。
 露骨に高価な調度品の数々に囲まれて悠然としている一人の少女と、そのお付かと思われる和服の少女。
 さらに、志貴と遠坂が高そうなテーブルの周りに腰掛けていて、俺は一人でひとつのソファーを占領していた。
「目が覚めましたか?」
 と、後ろの方から声が聞こえてきたのであわててそちらを向くとそこには学生服を着た眼鏡の女の人が柔らかい笑みを浮かべていた。
「えっと、その、すまん遠坂。状況がわからない」
「そうでしょうね」
 と遠坂はさらりと言って紅茶を一口。
「落ち着いて飲んでみるとおいしいですね」
「ええ、それはもう。私の趣味の一つですから」
 とお嬢様風の少女が言うと、後ろでお付の女の子がくすくすと笑う。
「ちょっと、琥珀。何が面白いのかしら」
「いえいえ、秋葉様。ええ、なんというか。面白いと言うよりは心温まってしまって。ねえ、志貴さん?」
「え? ああ、そうだな。秋葉」
 と志貴は突然話を振られて焦ってそんな回答をする。
 秋葉と呼ばれた少女はかあっ、と顔を赤くしておほん、とわざとらしい咳払いをした。
「はあ、兄さんは琥珀に踊らされすぎです。もう少し落ち着いたらいかがですか」
「落ち着くも何も。秋葉だって手玉にされてるだろ。しょっちゅう」
 琥珀と呼ばれた女の子はくすくす、と笑っているがああ、その表情には見覚えがあるぞ。あかいあくまと一緒だ。
 急激に秋葉の周りの空気が文学的でなく物理的に冷えていき、
「ええ、そういう態度をとりますか兄さん。後で覚えてなさいこんちくしょう」
 なんて顔と態度に似合わないことを言った後にこっちに向き直る。
 志貴がなんか表情を強張らせてがくがくと震え始めたのは見えなかったことにする。
「えっと、秋葉さん、だっけ。俺は」
「衛宮士郎さんですね。よろしく」
「あ、うん。よろしく」
 と、いつのまに現れたのかメイド服姿の少女が俺の前にお茶をすっと差し出した。
 ありがとう、と言おうと思った瞬間にくるっと少女は反転して台所に戻っていってしまう。
「ああ、そうだ。状況。詳しくなくてもいいからここはどこで自分はどこにあるか教えてはくれないか?」
「哲学的な質問は嫌いではないですけれど。簡潔に申しますとここはそこの遠坂さんの家から少し歩いた程度の場所です。山の上のお屋敷と言えばわかりやすいでしょうか?」
 ああ、ってあそこ人が住んでたのか。初めて知った。
「で、なんで?」
「俺の家だからですよ。助けてくれた人を助けなかったら怒られる」
 と、志貴が追加に簡潔な説明をしてくれる。
「えっと、じゃあとりあえずありがとうって言ったらいいのかな?」
「お礼は先輩に。俺は何もやってないんですから」
 そう言う志貴の視線の先を見ると先ほどの眼鏡の人がにこっと微笑む。
「シエルです」
「ああ、ありがとうございます。シエルさん」
「で、大体状況は把握した?」
 そこで遠坂が話しに割り込んでくる。
「大体は」
「じゃあ補足トリビア。この遠野秋葉さんが私たちのことをバックアップしてくれるんですって。だから士郎がんばって働いてね」
 にっこりと微笑む真紅の悪魔。
「……へぇ〜」
 ああ、さっきの会話はそんな流れだったのか。で、だからなんでさ。
「働くって何を。非常に納得できないんだけど」
「別に、そこの志貴と一緒に私たちも同行すればいいだけ。一人よりは安心でしょってこと」
「……そんなことで6000万とかそんな話になるのか?」
「なるでしょ? 貴方は自分の価値ってもんをもう少し分かりなさい」
 さらりと言ってのけて遠坂は件の秋葉嬢に向き直る。
「で、秋葉。今回の敵はなんであるかは分かってるの?」
「それについては兄さんの方が詳しいはずです」
 志貴は頷いて口を開いた。
「今回の敵はタタリって言いいます。人々の悪い噂の具現化。詳しい話はよく分からないけど、“一番良くない噂"を姿に変えて世界に誕生する吸血鬼です」
 なんだそりゃ、と言う俺の表情とは裏腹にげげっ、なんて女の子にあるまじき呻き声をあげて遠坂は顔を押さえている。
「遠坂?」
「あちゃー、まさか本気で27祖にぶちあたるなんて。ちょっとばかりあきれてものも言えないわ」
 はぁ、と俺の分からないため息をついているが俺としてはなんかいまいちよく分かっていない。
「結局どんなことになるんだ? それ?」
「ああ、それは……みた方が早いと思うんですけど。ちょっと待ってください」
 と志貴が懐から携帯電話を取り出してぷるるるる、と電話をかけ始めた。
「……あ、もしもし、アルクェイド? ああ、俺だけど。うん、今からこれる?」
“これるよー”
 なんて、さっきまで死の具現として存在した奴の声が窓の方から聞こえるのはいかなるマジックか。
「窓から入るな、って何回言ったら分かるんですかこのアーパー」
「う〜、靴の裏の泥は取るようにしたよ?」
「窓から、入るな、と言ったんです!」」
 普通に会話するその様は先ほどのアレとはずいぶんと様子が異なる。
「……うわ」
 と、遠坂も遠坂でショックを受けているご様子。
「あー、分かってくれますか? 士郎さん。これが本物のアルクェイド。先ほどのが噂の具現としての、つまり『タタリ』のアルクェイドです」
 よく知っているはずの知人が敵にもなりえるということ。なるほどそれは。
「えげつない……」
「む、初登場なキャラが二人もいるけど。またこの家人が増えるの?」
「違います。ただの客人です」
「客人といいつつ地下に住み続けてる奴までいるじゃない」
「否定はしませんが、悪印象を持たれる表現を使われるのは遺憾です」
 唐突に響いた声に視線を向けると紫色の髪をした少女がそこに立っていた。
「それと、志貴。なるほどこの現象は確かにタタリに似ている。しかしタタリそのものである可能性は限りなく0に近い」
「だって、あそこまで一緒で……」
「ええ、確かに。ほとんど一緒でしょう。それはそうです。システムそのものはタタリと酷似している。しかしワラキアの夜と呼ばれたシトはもういない」
 紫髪の少女は隣よろしいですか、と一声たずねた後に俺の隣に座る。
「とりあえず自己紹介しましょう。私の名前はシオン・エルトナム・アトラシア。アトラスの錬金術師です」
「アトラシアって……うそ……」
 なんかさっきから遠坂が目を白黒させっぱなしなのだが、少しでいいからその知識を分けてほしい。分けてくれないと思考がついていけない。
「アトラシアってなにさ」
「錬金術師って知ってるでしょ? そのトップ」
 ……聞きかじった程度だけど確かすごく大きな組織じゃなかっただろうか。それは。
「エミヤシロウ。悪いとは思いましたが。貴方の気絶中に貴方の持っている知識を引き出させてもらいました」
 しゃらん、とシオンの手首にまかれた金の腕輪が音を立てる。
「それらの情報から推察される結論をいいましょう。今回の吸血鬼は噂、と言う願いが叶えられ、この世界に存在する。そう言った現象です。本来ならそんなことは不可能でしょう。なぜならそれはほとんど第三魔法に近くなる。だが、このシステムとこの街と言う条件が重なった今なら可能です。貴方達にはこの意味が分かるはずですが」
 俺と遠坂を見つめる紫の瞳が深く光った気がした。
 願いが叶う。
 その聞き覚えのある単語に思わず俺と遠坂の声が重なった。
「聖杯……」
「ええ、そのとおり。ただタタリと違うことはただ一つ。今回の吸血鬼は消えない。殺さない限り消えない。一定量のダメージを与えることでは消滅しない」
「なんでそこまでわかんですか」
 当然の疑問を口に出してみる。
「タタリの特性についてはよく知っています。だからタタリではないとほぼ確信できる。しかし類似したシステムであることは間違いない。その結果から推測される現象は6通り、ですがこの街の特性を知った今なら確信できます。この現象は噂から実体を作り出すシステム」
 むむむ、つまりその吸血鬼は……。
「何かとして生まれたがっている?」
「ええ、そうです士郎。志貴よりも飲み込みが早くて私はうれしい」
 くすり、とシオンが笑うと志貴が、むっと困った表情をする。
 なぜだろう、異様に親近感が沸いてくるのは。
「あ〜、なんかいろいろありすぎていろいろ頭混乱してきたけど。とりあえず協力体制ってことで、今日は帰っていいかな?」
「ええ、そうですね凛。明日にでもしっかりと作戦を立てましょう。夜な夜な外へ飛び出す不良長男のためにも、ね」
「うっ、秋葉。そんなこといってもな……」
 秋葉は聞く耳もちません、と言った感じでつーんと顔をそらしている。
「とりあえず、ありがとう、さようなら。ほら、早く席を立って士郎」
「うわっ、そんな急いでもどうにもならないだろ、遠坂」
 ひっばられながら俺は最後に志貴に手を振った。
 志貴も俺に手を振った。



 二人の背中を見送りながらシエルはゆっくりと口を開く。
「で、だいじょうぶなんですか?」
「何がですか?」
「信用して」
 試すような視線に秋葉はさらり、と黒く長い髪を綺麗に後ろにかきあげる。
「抜かりはないです。シオン、大丈夫なんでしょう?」
「はい。秋葉。士郎という人間は少なくともいい人間です。士郎の知る遠坂凛と言う少女も間違いなく」
「エーテライトですか。なるほど、便利ですね」
「代行者と琥珀にだけは教えてはいけないと志貴から念を押されているので教えることはできません」
 と、シエル先輩と琥珀さんがにっこりとめちゃくちゃ怖い笑顔でこっちを睨んできた。
 負けないぞ! 自分の平穏のためにも!
「あー二人とも黒いもんねー」
 やめてくれ、アルクェイド、喧嘩ふっかけるのは。
 シエル先輩はそっちいくけど琥珀さんはなんでもかんでも俺にぶつけるんだぞ? 怖いんだぞ? 地味に。
「ええ、いい度胸ですアーパー。死にさらしてください」
「ふん、シエルもいい啖呵覚えてきたわね。いいわよ。志貴とデートしたかったけどちょっとだけ遊んであげる」
 もう少しそこそこ仲良しできないものだろうか、この人たちは。
「志貴、私は部屋に戻って寝ていますが。鍵は開いていますので」
 用があるなら勝手に入って済ませていいですよ、と深い意味は無く言ってるんだろうけど。
 いや、それは俺はわかるよ?
 シオンが微妙に説明下手なことぐらい。
 でも、この状況で言うと空気が、空気があああああああっ!!


 どん、と爆発音に士郎と凛がびっくりして屋敷にかけもどった話は番外となる。


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