第1章 Encounter with the knight
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「ふむ、いい読みだ。―――正解だぜ、嬢ちゃん」
危険危険危ない危険キケン危険ヤバイキケンキケン危険キ死キケン危険キ死シキケ死ン死死死―――――
鐘が鳴り響く。
それは警鐘。
ヒトでは抗えない何かと遭遇した事実。
「――――――――――――――」
余計な事は考えない。振り向いたりもしない。ただ、前にある窓に向かって飛び――――――
「―――つれないな。そう急ぐこともねえだろ」
「――――――――」
動きを止めた。その言葉に、ではない。
わたしの左肩の上にある 『貫く物』 の柄と、その先ある穂先が視界に入ったからだ。
黙って振り返る。
チャンスはまだあるはず。
今の行動、もし本気で狙っていたとしたら、わたしの頭は木っ端微塵に消えている。
無論この槍手が狙って外す、なんてことはありえない。つまり最初から目的はわたしの殺害ではない。
ならば―――相手の狙いがなんにしろ、命があるならなんとでもなる。
セ ッ ト ナ イ フ デ ツ キ サ ス
早鐘を打とうとする心臓を――Anfang――意思で押さえつける―――冷静になれ。
「なんの用よ――――?」
相手を睨みつけながらも、頭の中ではいくつかの魔術式を描く。
ヤツの手の内なんて、そう多くはない。今わたしを殺さないということは、
捕らえて、衛宮君たちへの餌にする―――こんなところか。
先ほどの探知で回路が開いているのが幸い。
あとはこの時間帯も。オフィス街である以上、周りの目があるところまでいけば何とかなるはず。
相手のマスターが、周りの被害などいっさい省みない本当にヤバイヤツだったらどうしようもないけど、
まあ、多分大丈夫だろう。
足元に転がる腕が、それを拒否しているように見えたが、そんなものは無視しよう。
それ以前に問題なのは―――
「そう睨まないでほしいもんだな」
目の前出余裕たっぷり――むかつく――なサーヴァントが、数ある英霊のなかでも最速であること。
わたしが魔術でブーストしたところで、とてもじゃないが振り切ることは出来やしないだろう。
(せめて、石が一つでも残ってれば……)
ランサーの対魔力はセイバーほど高くはなかったはず。もし宝石があるなら足止めくらいにはなるだろうし、
その隙に窓を蹴破って階下に逃れる事も出来たのに……ッ!
だがバーサーカー相手に全て使い切った今のわたしに、
あれほどの魔術をシングルアクションで発動することは不可能だ。
もちろん、長々と詠唱すればそれなり――いや、相当な魔術を行使出来る。
けど、それを認めるほど、目の前の相手は甘くもなければ馬鹿でもない。
「答えなさい。なんの用かって訊いてんのよ――ッ」
弱気を見せるわけにはいかない。令呪がさもあるように、今此処に、アーチャーが駆けつけてくるかのように。
そう見せかけて、タイミングを見計らう。
「随分と強気だな、オイ」
「ハン。当然よ。マスターが他のサーヴァントと出会った。
なら、それを仕留めること以外考えるワケないに決まってるでしょ」
本当は不正解。自らよりも格上の相手からは逃げの一手、それに尽きる。
そんな私の言葉に対し、ランサーは心底感心したようにうんうんと頷いて、
軽く目を伏せたかと思うと、にやけた口元を正して言った。
「ふむ。公平でないから言っておいてやる。悪いが嬢ちゃんの腕に令呪がないこた知ってるぜ」
アーチャーが不在である事実はランサーの手の内。
ハッタリは最初からならず。ったく、少しは思案する時間を寄越せっての――――!
「――――――――」
「――――――――」
その思いが通じたのか、相手は黙ったまま。
こっちの何がランサーを止めているかはわからないけど、こう着状態が出来ている。
今、ここで重要なのはその事実だけ。
考えろ。
出口は二つ。そこに至るあらゆる方法と可能性を網羅しろ。
あらゆるパターンを思い描き、成功率を計上。
パターン1……確率0%
パターン2……確率0%
パターン3……確率0%
パターン4……確率0%
パターン5……確率0%
――――0……0……0、0,0,000000000000000000000000000000
0000000000000000 0000000000000000 00000000000
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−−− −−0−− −− −− −−−− −0−−−− −−−−− −−−0−−−−
− −− − −−0−− −−− − −−0−− − −−−0−− − −−
−−− −0− − − − − −− −− − −−−−−−−零
突発的な事故が起こるのを考慮する以外、可能性は 零 ただそれだけ。
(嗚呼、虫の知らせを訊きつけた士郎がそこから入ってくる、とか――――って、無理に決まってんでしょう!!)
なんでもいい、たった今、局地的に大地震が起こるとか、キャスターが乱入するってのでも可。
あとは、他には―――――もしもの時は、セイバーと衛宮君に迷惑なんて絶対に――――
「―――で、どうするよ?」
「うるっさい!! 少し黙ってて!!! 考えがまとまんないでしょ!!!!!」
と、怒鳴りつけて、ようやく我に返った。
今私が必死に描いていた障害は、ドアとの間にはおらず、何時の間にやら壁際に背もたれて腕を組んでいる。
「なんだ。ようやく腹が決まったのかと思って声を掛けたってのに」
やれやれ待ちくたびれたぜと、左手を腰に当て、右手をひらひらと宙で振るランサー。
え? 右手を腰…… 左手を宙……
「――――――――――――――――ッ!!!!」
って、槍持ってない!? 真逆……
「ひとつ尋ねたいんだけど……」
訊きたくないけど、訊かないわけにもいかない。
「まあ、こちらの不利にならないことならかまわんが」
うー、あー。すっごい屈辱だ、コレ。士郎達がいなくて本当ーッに良かった。
気合を軽く入れて、
「アンタ、どのくらいその体勢だったの?」
『そのこと』を訊いた。
「―――ク」
「クククク、ハッハハハハッ!!」
うわ大爆笑してる。
てことは、やっぱり―――
「クク……っと、すまねえな。……ま、3分かそこらだな。安心しろ、多分5分は経っちゃいねえよ」
つまり、わたしは、最悪の敵を目の前に、無防備に百面相してったってワケだ―――
もう毒気も抜かれた。
よくよく考えれば、ここで無闇に抗うこと自体が元々得策じゃなかった。
ランサーが何を考えてるのかは分らないけど、害意は全然無さそうだし。
意外とキャスター、アサシンを相手にする為に、手を組みにきたとか?
そこまで考えて、今こちらに敵意がないことを証明するため、心臓に刺さりっぱなしのナイフをスッと抜きさった。
「ほう、流石に本質をきっちり見抜いてやがる」
それを感じとったのか、彼はひどく満足げに頷いた。
「そりゃ、サーヴァント相手に魔術が使えるから有利とは言い切れないしね。
で、結局、貴方何の用だったのよ?」
「―――ハ。用事なんてものは元々ねえよ」
そう言って。視線をずらすランサー。
「偶然お前さんを見かけたから来てみただけだ」
「な――――」
ナンテコトを。まったく、さっきまでのわたしの苦労は一体どうなるんだって話だ。
「こちとら、臆病なマスター様のおかげで、目の前に獲物がいても手を出せねえ立場なモンでね。
ま、サーヴァントの居ない嬢ちゃんを無理にどうこうすることもねえよ」
あ、なんかイライラしてる。マスター様の『様』が物凄く嫌味っぽく聞こえるところを見ると、
こいつ、マスターと上手くいってないのかも。
「なんだ。セイバーたちと同盟でも組むつもりなのかと思ったのに。
衛宮君は二回貴方に殺されかけてるし、わたしに間を取り持たせるのかな、なんて。
まったく、色々考えて損した」
「なんつー自分勝手な……だが……」
あ、呆れてる。
「なるほど。そんなのも悪かなかったかもな」
そのわたしの戯言に何を見たのだろう。彼はそう言って、静かに微笑んだ。
「それにしたって、なんだってこんなところに……」
「先も言った通り偶然なものは偶然だ」
「意味があるとするなら―――全く……それを見たんならわかるだろ」
そう言って、足元の『腕』に視線をやる。
ここは彼本来のマスターの根城。
「そっか、色々勘繰ったわたしが馬鹿だったみたい。ごめんなさいランサー。
この場所に何も考えずに踏み込んだ」
ここで何があったかはわたしの知るところじゃない。
それでも、軽い出来事などではないことくらい、この部屋を見れば一目瞭然だった。
「―――はあ。ったく、こっちはそんなこと考えるほど繊細じゃねえっての」
「それより、よく探し当てたもんだ。ここに目星をつけたのは昨日今日の話じゃねえんだろうがよ。
いや、なかなか。その歳で既に魔術師としては一級品だ」
―――やば。こいつもいいヤツだ。
誉めてくれたから、じゃない。こっちが気にしてることをわかって、
話題をさくっと変えた、その精神が、だ。
アーチャーと違ってその性格はわかりやすいかたちで善良であると見て取れる。
一言でいえば好漢。それに尽きる人物だ。
ああ、そうだった。最初のイメージが強すぎたけど、彼はケルトの大英雄。
ヨーロッパの幼児たちのヒーローなんだ。
そんなランサーも聖杯の為に、不快なことや、不条理なことを我慢しているのかもしれない。
さっき考えた今のマスターと上手くいってないって、実は当ってる、きっと。
「まったく。貴方がフリーなら、即わたしのサーヴァントにしてあげるのに」
なぜか、そんな言葉が、自然に口をついた。
「そいつは魅力的な誘いではあるが……ま、まだマスターは健在でな。悪いが断るとしよう」
その言葉に自然と返事するランサー。
「そ、残念」
それは半分以上、わたしの本心だった。
「見ての通り、ここには何もない。無駄足だったな、嬢ちゃん」
無駄? そんなことはない。マスターのことだけでも十二分に収穫だ。
でも、ま、敵にそれをわざわざ教える事もないだろう。
もしか―――しなくとも、わかってて言っているのかも知れないし。
それじゃ最後に、これだけは訂正させておこう。
「凛よ。遠坂凛。その嬢ちゃんってのムカツクからやめて」
その言葉が聞こえているのか、踵を返した槍兵は片手を上げた。
「じゃあな、嬢ちゃん。次にまた会うなら、あの坊主共々消えてもらうぜ、凛」
結局、直したのか直さなかったのかよくわからない返事。
青き槍兵は姿を消すと、風にまぎれるように颯爽と気配も消し、ここから去っていった。
嵐が過ぎて、静かになった誰も居ない部屋。
「―――帰ろ」
わたしはわたしの仲間の元へ。次にあの騎士と出会うのは―――――