――体は剣で出来ている
血潮は鉄で 心は硝子
幾たびの戦場を越えて不敗
ただの一度も敗走はなく
ただの一度も理解されない
彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う
故に、その生涯に意味はなく。
その体はきっと剣で出来ていた。
――衛宮士郎は正義の味方になりたかった。
決して報われなかろうと。助けた者に裏切られようと。
俺はソレを目指す。
それが俺が俺である証明であり、唯一無二の生きる道なのだから。
だから、その道を失うなんて、考えもしなかったんだ――
きっかけはほんの些細な事。
川で溺れた少女を助けようとして、衛宮士郎は命を落とした。
油断があったかと問われれば、そうだと答えるだろう。
あの戦争を生き抜いた事に比べれば、少女一人救う事なんて簡単だと、心の何処かで考えていたのかも知れない。
人を『護る』。
その事の難しさを分かっていなかったのだ。
――故に、俺の人生はそこで幕を閉じた。
意識が覚醒する。
気付くと、そこはベットの上だった。
見知らぬ天井。
――いや。
俺はこの景色を知っている……?
だが、確かに『知らない筈』の風景だ。
事実を確認するかのように声に出してみる。
「一体何が……。俺、さっき死んだよな?」
うん、それに間違いはない。
あの少女を必死こいて岸まで上げたのはいいが、そのまま俺は流された筈だ。
これでも魔術師のはしくれ、自身を観測することは出来なくとも、周囲の観察に掛けては常人より遥かに優れている。
それ故に、俺が最後に感じた周りの状況は、衛宮士郎が100%死亡した事を示していた。
――後に。いや直後にだが、その観察が寸分違わず間違っていなかった事を思い知らされるのだが。
「ミギリ〜、起きないと遅刻するよ〜」
階下から若い女性の声が響いてくる。
その声を聞いて俺は首を捻る。
何となく自分が呼ばれたような気がしたのだ。
だが、俺の名前はシロウであって、ミギリなどと一風変わった名前ではない。
そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされる。
「ミギリ?調子でも悪い?」
直後、遠慮も何もなく部屋に入ってくる女性。
それに焦ってベットから立ち上がるが、トランクス一丁と言った自分の格好に気付き、思わずシーツにくるまるようにして座り込んでしまった。
「わわわわわっ、リアさんっ、勝手に入ってこないでよっ!!」
「な〜んだ、起きてるんじゃないか。あたしゃてっきりミギリが調子悪くて倒れこんでるものだと……」
と、ここまでやりとりをして始めて気付いた。
……あれ?
俺何言ってんだ、と。
見たこともない天井で、見たこともない部屋と女性。
そのくせ、ちゃんと会話が成立しているとはこれいかに。
「と、とにかくっ!ノックしても返事が無かったら入っちゃ駄目、いいですか?」
「……ちぇっ。でも、本当に倒れてたら大変じゃん」
そう言って心配そうに見つめてくるリアさん。
だが俺は聞き逃さなかったぞ。
最初のちぇって何だ、ちぇって。
んで、また違和感に気付く。
『俺はこの人を知っている。それどころか、自分が誰なのかも認識出来ている』
だが、リアさんのマシンガントークは休まる暇も無く、俺は考える余裕を見つけることが出来ない。
……えぇい、思考が纏まらない。
透けるような金髪美人を部屋から追い出して、考えにふけることにした。
「とにかくっ、すぐに着替えますから。部屋から出てってください」
「えぇ〜〜〜。だってまた倒れたら大変じゃあ……」
「問答無用っ!!」
リアさんの言葉を遮って、シーツを纏いながら俺は彼女をドアまで後退させる。
そうだ、さっきチラっと視界に入った疑問を解いておかなくてはいけない。
「あ、リアさん。ちょっと聞きたいんですけど、いいですか?」
「ん、なぁ〜に?……スリーサイズだったら黙秘権を行使するわよ?」
またこの人は、俺をからかうのが生きがいのような人だ。
だが若輩の俺には、頬が紅潮するのは止められないわけで…。
結局目の前でにやに楽しそうに笑っているリアさんには適わないわけだ。
「……違いますよ。ただ今日が何年の何月何日なのか聞きたいだけです」
「?」
その問いが心底不思議だったのか、リアさんは年に似合わずかわいく小首を傾げる。
――ビシィッ
そんな事を考えていたら目の前の女性から強烈な打撃を見舞われた。
「ったぁ〜〜〜〜〜。何するんですか!!」
「うっさい。何か失礼な事考えてたでしょ?」
鋭い。やはり長年の付き合いと言うべきか、彼女に隠し事は出来ないようだ。
「とにかく、俺の問いに答えてください」
「……まぁいいけどさ。でもそんなの、そこにあるカレンダー見ればいいんじゃないの?」
それはもっともなのだが。ちょっと信じられないので誰か別の人に確認したいわけだ。
もしかしたら俺が幻覚を見てる可能性も0.1%ぐらいはあるかも知れないし。
「教えて下さい」
俺が繰り返すと、眼が真剣なのを悟ったのか、溜息を付きながらもリアさんは答えてくれた。
「2004年の1月28日。これでいい?」
「…そうですか。ありがとうございました」
「ん。じゃ、私は下に行くから」
俺がぺこっと頭を下げると、リアさんはさっさと階段を下りていってしまった。
……さすがにこの質問は変に思われたようだ。
あの人の頭の中は、『ミギリ……何かショックなことでもあったのかしら。お姉さんが癒してあげなきゃ♪』とか思ってるに違いないのだ。
まぁ、それはかなり不本意だけどいい。
問題は――
――俺が衛宮士郎ではなく、桐生砌だということと、今が聖杯戦争の始まる数日前だって事だ。
事態の割に冷静だって?
まさか。
頭の中身が付いていけてない何てことは、沸騰寸前のこの脳みそでも事実として捉えれるって事だ。