綾子の日常
2月1日
「あ、そろそろ時間だ。じゃあね衛宮、今度あたしの弓の調子見に来てよ」
あたしはそう衛宮に言い終えると同時に返事を聞かず、制服に着替えるために急いで学校の正門から走り去った。
どうせ衛宮のことだ、今さらあたしがどう言おうが弓道場に来るわけが無い。だが慎二のストッパー役でもある衛宮に多少愚痴ったり、からかったりする位いいだろう。
慎二のせいで溜まったストレスの解消にもなるし。
更衣室の前に着き、中に入ると・・・誰もいない。
壁に備え付けてある時計を見るとHRまであと少し。
「あちゃ〜、マジで急いで着替えないと」
すぐに着替えの準備に取り掛かる。
正門から走ってきたせいか体はうっすらと汗を掻いていた。
胴衣を脱ぎつつ汗をタオルで拭き、急いで制服に着替え教室へ向かった。
「セーフ」
持ち前の運動能力を活かし、あたしは何とかHR数分前に教室の前に着いた。
深呼吸をして呼吸を整えてから教室に入る、すると。
「危なかったね、美綴さん」
「おはよう、美綴さん」
「美綴ぃ〜、これでまだ無遅刻無欠席の記録更新か〜」
男女問わず次々と声をかけられ、一つ一つ愛想良く返事を返してから自分の席に座り体を休める。
「あれ?」
ふと、ある人物の席に目が止まり、その人物がまだ登校していないことを知った。
「美綴さん、どうしたの?」
「いや、なんでもないのよ、気にしないで」
「ん〜、そう、でね・・・」
談笑していた後ろの席にいる学生の一人があたしの挙動を不振に思ったのか声をかけてきたが、あたしは誤魔化した。
きーんこーんかーんこーん
「ん、チャイムが鳴ったわよ、ほらほら早く席に着かないと葛木先生が来ちゃうわよ」
「はぁ〜い、じゃね〜」
「はいはい、わかっているわよ」
チャイムが鳴り、あたしは後ろでしゃべり続けている人たちに軽く注意し、席に戻らせる。
ガララララ〜。
鳴り終わるよりも早く教室に入ってきたのは2A(うちのクラス)担任の葛木先生だった。
教壇に立つと生徒たちは私語を止め、教室は静寂に包まれる。
「HRを始める、まずは出席を・・・」
相変わらずの無表情で淡々と出席を取っていく。
「遠坂が来たら職員室に来るように伝えておくこと。では連絡事項は・・・・」
(昨日は早く来たのに今日は遅刻か、珍しいこともあるのね)
あたしはそんな事を考えながら葛木先生の連絡事項を聞き流していた。
四時限目の授業が終わり、男子は学食やパンを買いに急いで教室を出て行き。女子の大半はお 弁当を持参しており複数のグループで固まって食べようとしていた。
あたしは弓道場に向かわず、あるグループの一つに近付いた。
「ねぇ、蒔寺さん、少し聞きたいことがあるけどいいかしら」
「ん、あたしになんか用か美綴」
彼女、蒔寺楓はあたしを軽く睨めつけながら聞いてきた。
彼女のグループは陸上部のホープである蒔寺楓、氷室鐘と部のマネージャーである三枝由紀香の三人で作られていた。
「遠坂さんの事で少し聞きたいの。今日の事、何か聞いてるかしら」
そう今日、遠坂は四時限目が終わっているのに未だ学園に来ていない、優等生を演じているのに学園の方に連絡も入れないなんて、何かあったとして考えるべきだろう。
というわけで遠坂と割りと仲がいい蒔寺に聞いてみたが。
「はぁ〜、昨日遠坂と最後に話したのアンタじゃない、あたしの方が聞きたいぐらいよ」
蒔寺は人を馬鹿にした態度で告げた。
なぜか蒔寺はあたしを目の敵にしているらしく、ことあるごとにあたしに突っかかってくるので今回はお返しとばかりに。
「ふぅ〜ん、蒔寺さんは遠坂さんと仲が良いと思ってわざわざ聞いたのに知らなかったなんてごめんね」
あたしは蒔寺さんに相手を凍らせるような笑顔を見せた。
「う゛っアンタも聞いてないだろ、なら同じようなもんだろ」
遠坂ほど威力は無いのか少し怯んだだけですぐに言い返してくる。
ならば、これはどうだ。
「いや、遠坂と大変仲の良い蒔寺さんなら知ってると思って・・・そう、知らなかったのね。ごめんなさいね、わざわざ聞いたりなんかして」
本当に申し訳なさそうな顔をして蒔寺さんに謝ってみる。
「はうっ」
今度はかなり効いたようだ、言い返してこない。
『勝った』と心の中でガッツポーズするあたし。すると。
「蒔の字、相手が悪い君の負けだ」
「う゛う゛ぅ゛ぅ゛〜」
横であたしたちのやりとりを静観していた氷室さんは冷静に勝負の判断を下し、蒔寺さんは頭を抱えてもがき始めた。
「ごめんね氷室さんに三枝さん、楽しく食べている時間を邪魔しちゃって」
あえて蒔寺さんを抜かして二人に詫びた。
「いや、一応親友なんで勝ち目の無い勝負を続けさせるほど薄情ではないからな」
「え、えっと、私は気にしてませんから」
気持ちのいい返事をしてくれる二人。
「う゛う゛ぅ゛ぅ゛〜、由紀っちにカネっちのはくじょうもの〜」
蒔寺さんはますますもがき始めたので、少しやりすぎたかと思い。
「も、もちろん、蒔寺さんもごめんなさいね」
「う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛〜」
どうやら、傷を大きくしてしまったようだ。
「じゃ、じゃあ、あたしもお昼を食べに行くから」
「そ、そうだなフォローはしておくから早く行ったほうがいい」
「は、はい、安心して行ってください」
二人は冷や汗をたらしながらも心強い返事をしてきたので後は任せることにした。
そそくさと教室を出て行き弓道場へ向かう。後ろから「チクショー」と声が響いてきたがあたしはあえて無視することにした。
interlude1−1
柳洞寺に続く階段を男は一歩一歩ゆっくりと登って行く。
「ここに何用だ、魔術師」
男は門が見える位置までたどり着くと不意に声をかけられた。
門の方を改めて見るとそこに群青色の羽織を着て背中には長刀を背負った青年が立っていた。
先ほどまでは門の周囲を含め辺りには人の気配を感じなかった。が、男は突如現れたその青年に少しの驚きもしなかった。
「・・・・・」
男は無言で青年を見上げていると。
「もう一度問おう、ここに何用だ魔術師」
青年はもう一度男に問いかけた。
「いや、こうも早く会えるとは思わなかったのでな。これでも少しは驚いているのだよ、・・・・アサシン」
男は少しも驚いていない様子で青年(アサシン)に語った。
「ほう。という事は私をサーヴァントと知っていて会いに来たのか魔術師よ」
アサシンは不敵な笑みを浮かべながら。男に向かって殺気を放った。
男は少しでも動けば殺される状況に置かれながらも笑みを浮かべ。
「私はこの地で行われる戦いの監督役だよ」
「監督役だと、その監督役が何故私に会いに来た」
男はアサシンが話しに乗ってきた事に満足したのか、ゆっくりとアサシンに近付きながら。
「答えはアサシン、君も分かっていることだと思うのだが」
「私が・・・」
アサシンは殺気を変わらず放っているが、近付いてきた男に呑まれてしまい刀をぬ抜刀け出来ずにいた。
「そう、聖杯戦争もあと一人が召喚すれば始まるが、その前に問題を解決するためにこうして君に会いに来たのだよ」
「・・・・・それで」
アサシンは殺気を放つのを止め男に続きを促した。
「君はサーヴァントであるキャスターに召喚された今の状況に満足しているかね」
「―――――!」
男はいきなりアサシンの心の内、核心に触れた。
アサシンが再度、否、先ほどよりも強烈な殺気を放ち始める。
「何故それを知っている」
そんなアサシンを男は満足げに見つめ、問いには答えず。
「ふむ。やはり満足はしてないか」
「当たり前だ、体中にのろい腫瘍を植えつけられて満足する者がどこにいる」
アサシンは柳洞寺の方を睨み怒鳴った。男はアサシンの横まで来ると肩に手を置き。
「では、新しい・・・いや正式なマスターを用意しようか。アサシン」
「マ、マスターを・・・」
アサシンは驚いて男を見る、男は人が見れば背筋がゾッとするような笑顔を浮かべた。しかしアサシンはその笑顔に惹きつけられたように男を見続ける。
「し、しかし私は」
アサシンは不意に男から顔を背けると。
「この地を触媒に召喚された身だ。キャスターの補助なしにこの地を離れることは出来ん、それに腫瘍はキャスターの意思一つで何時でも発動する」
「答えはある」
男は気落ちするアサシンに笑顔を浮かべ続けながら答えた。
「答えだと?」
「簡単なことだよ。腫瘍の方はキャスターを殺せば問題は解決する」
「キャスターを殺す・・・だと」
男は事も無げに言った。驚くアサシンを無視し、続けて。
「そう、術者を殺せば腫瘍は発動することはできまい。触媒の方は・・・・・そうだな。別の触媒に移せば自由・・・とはいかんが少なくともこの地を離れることも出来るだろう」
「・・・触媒を変えることは可能なのか」
アサシンは半信半疑なのか、男の答えの信憑性を確かめようと真剣に聞いてきた。
「確証は出来ん、が、この地よりも結びつきが強い触媒(モノ)があればそちらに移すことも可能だろう」
男の問いを聞くとアサシンは姿を消し考え始めた。
「別に今すぐ答えを出せとは言わん。よく考えてから結論を出せばいい、私も色々と準備があるからな」
男は霊体に見えなくなったアサシンにそう告げると踵を返し、柳洞寺を後にした。
アサシンは男が去ったのに気付かないほどに考えに没頭していった。
(これで今回の聖杯戦争は思い通り円滑にすることが出来る)
男は内心、今後の展開をどうするか考えていた。
「よう」
男が階段を降りきると、前に青年が片手を挙げて男に挨拶をした。
「どうしてこんな所にいる。街で遊んでいるのではなかったか」
「ふん、たまたま通りかかっただけだ」
青年は挙げていた手を下げ、男に近付きながら。
「どうだアサシンは、お前の策略に乗りそうか?」
「見ていたのか」
男の問いに青年は笑い。
「当たり前だ、面白い余興だがこんな事で協力者を亡くすのは勿体無いからな」
「そうか」
「で、どうだ」
青年は再度問いかけてきた。が、男は問いに答えず。
「話は食事を取りながらでも遅くはあるまい」
「そうだな、我もそれは構わないが」
男は告げると返事を聞かず食事を取るべく歩き出した。青年は歩き出した男に習い、後を付いてきた。
「一つ、聞いてもよいか」
「なんだ」
青年は不意にイヤな予感がしたのか、男に問いかけた。
「い、いや、少し気になったのだが何処で食事を取るつもりだ」
「決まっているだろう、いつもの所だ」
「そ、そうか」
男の問いの中に何かあったのか、青年は諦めような顔になりながらも男の後を付いていった。
interlude out
「失礼します」
あたしは職員室に入ると壁に設置してある鍵置き場の扉を開けると弓道場の鍵を入れた。
「気を付けて帰れよ」
「はい、分かりました。それでは失礼しました」
職員室に残っていた運動部の顧問に返事を返しながら扉を閉めた。
「さてと帰りますか」
あたしは靴に履き替え、学園の門を出ると帰路についた。
「そういえば、信二の野郎は部活に来なかったわね」
歩きながら、今日の部活のことを思い出していた。
今日は信二が来なかったおかげで平々凡々と時間が過ぎていったので問題は無いのだが昨日の遠坂との一件もある。不安になるのも無理は無い。
(まさか、信二が遠坂に何かしたんじゃ・・・)
頭の中で想像してみる。しかし、どう考えても信二が返り討ちされ遠坂が悪魔のような笑みを浮かべている想像ばかり浮かんでくる。
「ぷっ、遠坂がやられる所なんて想像できないわね」
あたしは一人で歩きながら笑っている事で、通行人に怪訝に見られているのに気付き慌てて笑うのを止めてポーカーフェイスを決め込んだ。
(遠坂の本性は悪魔だ、普段は猫を被っているが間違いなく本性は悪魔だとあたしは断言できる、そんな人物が優男に負けるはずは無い、か)
あたしはそう結論付けると、今度は遠坂との勝負を思い出した。
(はぁ〜、どうやったら男を好きになれるんだろうか、分からないわね)
あたしは家に着くまでどうやったら男を好きなれるのか考えていた。
家に着くなりあたしはすぐにお風呂に入った。
お風呂から出るとデフォルメされた熊が描かれているかわいいパジャマに着替え、リビングに着いた。
「そういえば、綾子」
「ん、なに」
食事の準備をしている母が綾子に用事を頼み込んだ。
「ふぅ〜ん、父さんに道場の先生が見せたい物があるって」
「そうなのよ、でもお父さんは今用事が重なってて行けないでしょ、だから綾子をそれを取りに行かせることにしたんだけど良いかしら」
母も弟の進学の手続きなど色々と忙しいのであろうと思い、二つ返事で了承した。
「でも、部活が終わってから行くから帰りは遅くなるけどいいの?」
「だって綾子、そこら辺にいる男の子より強いでしょ、お母さんは心配しないわ」
「あ、あんたは〜」
少しは娘を心配してくれるかと思いきや、おほほほ〜と笑顔で身の安全に太鼓判を押されると呆れを通り越して殺意を覚える。
食事を終えるとあたしはゲームをするべく自室に入った。
部屋にはデフォルメされたぬいぐるみやファンシーな雑貨が所狭しと部屋を埋め尽くしていた。
綾子はゲームをやっていると、段々と眠気が襲ってきた。
やっていたゲームは対戦格闘だったのでそのままゲーム機とテレビの電源を切り、眠りに付くためベッドに潜り込んだ。
白馬の抱き枕を抱きながら、綾子は心地よい毛布の柔らかさや抱き心地がいい抱き枕に包まれながら眠りについていった。
綾子の日常 了
「信二」ではなく「慎二」